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11鍾乳洞へ行こう

 馬車に揺られること三十分。

 シュテル湖近くの鍾乳洞についた。

 平日だけれど、観光客の姿はそこそこあった。

 売店の呼び声が響き、露店で売る食べ物の匂いが漂ってくる。

 お腹のすく匂いだなあ。焼いたお肉の匂いだ。

 馬車には私たちの他にも客がいて、若い男女の姿が目だった。

 その距離感から、まだ恋人にはなっていないんだろうな、と思われる男女が鍾乳洞へと向かっていく。

 鍾乳洞の中にある地底湖のそばに、女神様の形に見える石がある。

 まさに自然の神秘なんだけれど、その女神様のところに好きな相手と一緒に行ってお願いをすると恋が確実に実るのだそうだ。

 そもそもこんな所に一緒にくる異性はそこそこの関係になってる場合が多いのではないかと思うのだけれど、恋が実りました、なんていうお礼のお手紙が多いのだとか。

 ユリアンが足取り軽く鍾乳洞への道を歩いて行く。


「楽しみだなー!」


 と、弾んだ声で言う。

 彼はくるりと振り返り、


「エステル姉ちゃんとマティアスさんは、ふたりでお出かけしたことあるの?」


 なんてことを言った。


「ない」


 異口同音。

 まったく同じ言葉を同時に発し、私たちは思わず顔を見合わせる。

 出かけたことはないよね。

 別荘で顔を合わせてお庭のお散歩をしていただけだもの。

 まあ、ふたりきりで会っていたけど、出かけたとは違うものねえ。

 ユリアンは首をかしげて、


「幼なじみなのに?」


 なんて言った。

 幼なじみだけど、一年に一回、ほんの数時間顔を合わせていただけだもの。

 どこかに出掛ける時間もなかったし、そんなことを想ったこともなかった。


「そう言うことはこれから先、できたらいいかな」


 なんてことをマティアス様が言う。

 そんな日は来るのでしょうか?

 でも一緒に暮らしていたら普通に一緒に買い物はあり得るか……


「じゃあさ、他の異性と一緒にお出かけしたことは?」


「それもないんだよね」


 マティアス様がいうと、ユリアンは目を大きく見開いた。


「嘘。モテそうなのに?」


 すると、マティアス様は乾いた声で笑った後言った。


「まあ、そうなんだけどねー。なかなか二人きりでってなるとね」


 何と言っても王子だもんね。

 ふたりでお出かけって難しそう。


「昔、一度あるような」


「え、そうなの?」


 私の呟きに明らかに衝撃を受けました、という声で言ったのはマティアス様だった。

 反面ユリアンは目を輝かせて、


「誰と? どこに行ったの?」


 なんて言ってくる。


「十三歳くらいの頃かな。お母様の友達の子供が私と同い年で、けっこう遊んでいたんだけれど、その子と買い物に行ったことがあるの」


 確か、妹の誕生日のお祝いを自分で買いたいからって付き合ってあげたんだよね。

 世間的に見たら私は公女で、ひとりでお出かけってやっぱりなかなかできなくって。

 侍女もなしで出かけたのなんてあれっきりだな。


「へえ。マティアスさんなんてもっと遊んでる人だと思ったけど、違うんだね!」


 言いにくいことを満面の笑顔でいうユリアン。

 私はハラハラしながらちらりとマティアス様を見る。

 彼は笑顔で首を振り、


「そんなに遊ぶ暇はなかったかなあ」


 と答えた。とりあえず、気を悪くしたと言う様子はない。


「ユリアン、その言い方は失礼よ?」


 私が言うと、ユリアンはきょとんとした顔をする。


「大丈夫だよ、エステルさん。遊んでるように見えるとは割と言われるし」


 正直マティアス様はちょっと軽い感じがするし、女性のひとりやふたりと付き合ったことあると言われても不思議ではないかなと思っていたのだけれど。

 恋人もいたことないってことだよね、それって意外。


「ユリアンはいつになったらリーズちゃんとふたりでお出かけするの?」


 すると、ユリアンはくるっと私たちに背を向けて、


「あ、鍾乳洞が見えてきた!」


 と声を上げた。

 あ、誤魔化した。

 下見に来たのはいいけれど、誘えるのはだいぶ先の未来じゃないかなあ。


「彼、面白いね」


「面白いと言うか、まだ子供なんですよね。私たちより長く生きているのに、中身は見た目通りなんですよ」


「あの様子じゃあ、さっきの女の子を誘ってふたりきりで出かけるなんて無理だろうね」


「そうですねえ」


 尻尾を大きく振って小走りで道を行く背中を見つめ、私は言った。

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