トリトラトラウマ 〜聖女を寝取った勇者は村人を嘲笑いに行く〜
俺、宮藤和正はある日、異世界に転移した。
俺を異世界に召喚した王国のお偉いさん曰く、この世界では俺は勇者で、魔王を倒す為に召喚されたようだ。
おいおい、これってオタク共が話してたやつだよな。
たしか……今流行のテンプレ異世界俺TUEEEモノってやつじゃね?最高だ!
地球にいた頃はさっぱりモテなかった俺だが、この世界ではやりたい放題してやる。
予想通り、俺は異世界勇者としてチートの力を授かっており、王国最強の戦士だろうが一捻りだった。
さらに魔王退治の付き人として、金髪ロングヘアのチョー美人な剣聖、巨乳ツンデレ賢者の2人が選ばれ、もう有頂天。
しかも2人共、どう見ても既に俺に気があるじゃねえか!
これも勇者のチート能力のおかげなのだろうか。笑いが止まらない。
◇◇◇
今日は新たに聖女が誕生したとの事で、俺達は彼女を勧誘しに辺境にある村へ向かっている。新しく聖女になるのは今年成人の儀を受けた村娘との報告だ。
この世界では成人になると、神に祈りを捧げる成人の儀が行われる決まりがある。その儀式の際に神から天啓が下り、人々は自身に合った適性クラスを与えられる。
必ずしも与えられたクラスにならなければならない強要は無い。しかし天啓のクラスは本人の生来の資質や性格に馴染み、クラス特性の恩恵もあるので、ほぼ全ての新成人が受け入れるようだ。
受け入れないのは、貴族が農民のクラスを授かってしまうような不運なミスマッチや、暗殺者等のロクでも無いクラスを授かった時くらいだと聞いた。
聖女なんて大当たりのクラスを受け入れない女などまずいないだろう。
報告によるとその女は品行方正、慈愛に満ち、しかも可愛いらしい。聖女になる為に生まれたような女じゃないか。
フフフ、あと少しで俺のハーレムパーティーが完成する。村への道中、俺は顔をほころばす。
村に到着するとさっそく聖女を紹介された。銀色の髪にどこか儚げな雰囲気を漂わせる美少女。なんて美しいんだ……。
彼女に触れたい早まる気持ちを抑えて、勇者として紳士的に話しかける。
「やあ、君がこの村で天啓を授かった聖女だね。僕は、勇者カズマサ。よろしくね」
「はい。確かに私は一週間前、成人の儀式で聖女のクラスを授かりました。名はシエラと申します、勇者様」
「うん、シエラか。良い名前だね。早速だけど、僕達はこの世界を苦しめる魔王を倒す旅をしている。世界の平和の為にはどうしても聖女の力が必要だ。僕達の旅についてきてほしい」
断れるはずも無い。この世界では、勇者は絶対の存在。聖女は魔王退治に参加する運命にあるのだから。
「……分かりました。聖女としての運命を受け入れ、勇者様の魔王退治にご同行させていただきます」
勝 っ た 。 勝 っ た 。
チート能力に、ハーレムに。すべてが俺様の思い通り。
勇者、剣聖、賢者、聖女の男女比1:3。なんて最高のパーティーなんだ!
目的は果たした。こんな辺鄙な村に長居は無用。
聖女の気が変わらないうちに彼女を馬車に乗せ、俺達はすぐに村から出発しようとした。その時だった。
勇者パーティーを見送る村人達の中から、一人の青年が飛び出してくるではないか。
黒髪で精悍な顔付きのその青年は、馬車に向かって叫んだ。
「シエラ!」
俯いていた聖女は、その声にハッとした表情で、馬車から駆け降りる。
見つめ合う青年と聖女は、お互いに溢れる涙を隠そうともせず、言葉を交わす。
「アーク……ごめんなさい……私……行かなければならないの……」
「シエラ……僕は、君と離れたくない。……愛している。愛しているんだ、シエラ……」
「っ……。私も……私もよ、アーク。あなたを愛してる。この村でずっと一緒に過ごして、笑って、泣いて……あなたと離れたくない……」
俺は呆気に取られながら2人のやり取りを見ていた。
は?
なんなんだ、あの黒髪の村人は。
なぜ俺様の聖女と愛の告白をしているんだ?
ふざけるな、村人風情が。
俺は苦虫を噛み潰したような顔をしていただろう。何とか怒りを鎮めて平常の表情を作り、馬車から降りて2人に割り込んだ。
「や、やあ、こんにちは。僕は勇者のカズマサさ。君は……シエラの何なのかな」
「はじめまして。勇者様。僕はこの村に住むアークと申します。僕とシエラは幼馴染の関係です」
「なるほど。で、君達はどうやら、、、お互い愛し合っているようだね」
「「……」」
シエラとアークは顔を赤くして俯く。
俺は腸が煮えくり返りそうだったが、堪える。
「その反応。2人を見ていれば分かるさ。あぁ、すまない。2人共。君達の仲を引き裂くような真似をしてしまって」
「そ、そんなっ! 勇者様は悪くありません! 悪いのは、魔王です!」
「僕が君をパーティーに誘ったのは事実さ、シエラ。アークくん、本当に申し訳ない。でも仕方がないんだ。魔王を倒す為には、聖女の力はどうしても必要。辛いけど、シエラを連れて行かなければならない」
「分かります……でも僕は、シエラが心配で」
「分かるよ、アークくんの気持ちは。そこでだ、君に提案がある。どうだろう、王都にある戦士学院に通ってみないかい?君には学院で成長してもらって、充分な実力がついたら勇者パーティーに入るっていうのは」
「え!? それは、本当でしょうか!?」
かかった。解決策を見いだせないバカは、すぐ甘言に釣られる。村人が、勇者パーティに入れる程の力を得るはずが無いだろうが。
「あぁ、本当さ。僕達はアークくんの成長を期待してるよ」
「は、はい! 頑張ります」
「アーク、良かった……これで私達、一緒にいられるわ」
「あぁ、シエラ。本当に良かった……戦士学院に通う間、少し会えなくなるけどすぐ追いつくからさ、その後は、ずっと一緒だ……」
「っ……うん」
アークと約束した後、俺達は再び馬車に乗り込み村を出た。アークが馬車に向かって手を振っているのを見て、俺は内心笑っていた。
じゃあな、村人。シエラは俺がいただいてやるよ。
◇◇◇
聖女シエラが勇者パーティーに参加した。
参加直後のシエラは、剣聖、賢者と女の子同士で仲良くした。俺とはやや距離を置いているようだった。村人アーク以外の男と仲良くする事に、少し負い目を感じているのだろう。
参加1ヶ月記念として、彼女に高価な魔力のイヤリングをプレゼントした。と言っても、費用は王国持ちだが。
あくまで戦闘用装備なので、彼女も身に付ける事に抵抗は無かったようだ。
3ヶ月目で、俺とシエラは気軽に会話するようになった。アークと会えなくて寂しい気持ちを抱えるシエラ。心に秘めた悩みを相談する彼女を、俺は紳士的に慰めた。
シエラはアークとたまに手紙でやり取りしているようだが、やはり魔王退治の旅の途中では中々難しいようだ。
さらにこの頃から、勇者である俺と聖女シエラの戦闘コンビネーションも合うようになってきた。
5ヶ月目、俺からの肩や腰などへの軽いボディタッチを、シエラは受け入れるようになった。また、俺が剣聖や賢者と話す様子をシエラはチラチラと見てくる。
あと少しだな。
7ヶ月目、休息中思い悩むシエラを見る機会が増えた。俺と村人アークで心が揺れているのだろう。
ある日、パーティーの死角から魔物がシエラを襲撃する。間一髪のところで俺が身を挺して彼女を庇った。決して自作自演では無いぞ、決して。
涙を流して、俺を見つめるシエラ。彼女の瞳には俺しか映っていなかった。
シエラはもう長らくアークに手紙を出していないようだ。
8ヶ月目、俺が剣聖や賢者と寝ると、シエラは一日中不機嫌になる。ならばと俺はシエラを誘ってみた。彼女は顔を真っ赤にして断ってきたが、まんざらでも無い様子だ。
9ヶ月目、俺達は魔王軍四天王の一角を討伐した。奴は四天王の中でも最弱だったらしいが、それでも俺達は勝利に沸いた。
近くの地方都市で、凱旋パレードが行われた。俺達勇者パーティー4人に向かって敬愛の念を持って歓声を上げる黒山の人だかり。その光景を眺めると、自尊心が満たされた。
その後、領主に招かれた祝勝会で俺達は勝利の美酒に酔いしれる。シエラも開放的になり、恍惚の視線を俺に送ってきた。
そしてこの日ついに、俺はシエラを初めて抱いた。最高の夜だった。
フッ、ハハハハハハハ、ついにやったぞ。勇者である俺は、全てを手に入れる。金も、名誉も、女も。
あの生意気な村人が絶望に打ちひしがれる顔を想像すると、笑いが止まらなかった。
◇◇◇
聖女シエラが勇者パーティーに参加してちょうど1年が経つ頃、俺達は彼女の故郷である村へと向かっている。
彼女の幼馴染であるアークはこの時期、戦士学院がある王都から村に帰省しているようで、そのタイミングに合わせて彼に会いに行く。
表向きの理由は、アークの成長を見る為。だが真の目的は、シエラにアークとの縁を切らせる為であった。
「勇者様……アークは、分かってくれるでしょうか」
「大丈夫さ、シエラ。アークくんも分かってくれるはずだ。彼は、君の理解者だからね。僕達は、魔王を討伐し世界を救う運命に選ばれた人間。村人であるアークくんとは進む道が違うんだ。きちんと誠実に、アークくんと別れてあげる事が、今後の彼の幸せにも繋がる。辛いだろうが、頑張ってシエラ。君と愛し合う者として、僕カズマサも立ち会うよ」
「は、はい! 勇者様。いえ、カズマサ様!」
後で思い返すとツッコミしか無いが、シエラも勇者パーティーとして世界を救う中で感覚が麻痺していた。
俺達の行動全てを皆が敬い、尊び、肯定した。
魔王退治の旅も順調だ。全能感が溢れ、全ては俺達の思い通りに進むと思えた。
「ここが、アークくんの家だね」
「そうです、カズマサ様。アークは今、家にいると衛兵が言っていました」
「分かった。よし、行こう。シエラ、皆」
コンコン
パーティーを代表して、勇者である俺がアークの家をノックする。
「ハーイ、どうぞー」
中から、男の声が聞こえた。この声は……間違い無い。あの忌々しき村人アークの声だ。
「失礼するよ」
俺が扉を開け、俺、聖女、剣聖、賢者の順で家の中に入る。玄関から廊下の先、奥の部屋に人がいる気配を感じる。
(あの部屋だな。)
廊下を歩く俺は、これから始まるショーに胸の高鳴りが止まらなかった。
(さあ、村人アークよ。絶望を見せてくれ。お前はこれから最愛のシエラに捨てられるんだ。シエラに色目を使った事を生涯後悔させてやる。涙、鼻水を垂れ流して己の惨めさに虚脱しろ!)
俺達4人は、彼のいる部屋に入る。そして、部屋の中には、
一人のチャラ男が立っていた。
金色の髪、両耳にはピアス、肌は健康的とは言い難いほど色濃く焼けており、シルバーのネックレスとシルバーの指輪を身に着けた、少し筋肉質の男。
ん?誰?
予想外の光景に、思考が止まる。シエラも唖然とした表情を見せた。
「チース、シエラ、勇者様おひさー!それに剣聖ちゃん、賢者ちゃんも、よく来たな!」
馴れ馴れしく挨拶するチャラ男。
「え、えっと、失礼ですが、どちら様……でしょうか……」
シエラが問う。
「えぇ〜、酷いなぁー。シエラ。俺だよ、オ・レ。去年までずっと一緒だったじゃん。幼馴染のアークだよ」
「ええぇぇぇーーーーーーー!ア、ァ、ァ、ア、アーク!!!???」
そこにいた皆が驚いた。
俺達の記憶にあるアークは、黒髪で精悍な顔付きで、男の俺から見ても羨ましいと思えるほど容姿の整った、清潔感のある男だった。
目の前にいるチャラ男とは、全く真逆のタイプ。
(なんだよ、その格好は! その金髪! そのピアス! シルバーのネックレスに指輪! しかもいくつ指輪してんだよ! 重くねーのかよ!! 俺の故郷の日本じゃ、少し古臭いタイプのチャラ男だよ!!!!)
俺は内心、叫んだ。
「ねぇアーク!?一体何があったの!?別人かと思ったわよ!!!」
前のめりでシエラはアークに質問する。
「だろ〜、シエラ。つーか、見違えるほどカッコよくなっただろう?俺っち」
(なんだその俺っちって)
「いや〜、1年前シエラと離ればなれになってさ、俺っちマジスッゲェ寂しかったワケ。で、ゆーしゃ様に言われた通り、とりま王都の戦士学院に入ったの。そこまではシエラも手紙で知ってるよな?」
「う、うん」
「学院での授業はスッゲェキツかったけど、頑張って成績上位取り続けたワケ。次第にアレ?もしかして俺っち才能ある?とか思っちゃってさ〜。勇者パーティーに入った後、何持って戦おうかな〜とか考え始めたの」
「へ、へぇ……」
「剣はゆーしゃ様と剣聖ちゃんがいるからダメでしょ?後衛職全般は……男ならやっぱ前っしょと思ってスルー。前衛職で何か無いかなーと考えて思い付いたのが一つあったのよ」
「そ、それは?」
「それはね、槍だったわけよ。ヤリ。前衛職で、華麗に舞う槍捌きに憧れて槍術士になろうって思ったワケ。ヤバいっしょ?」
「槍術士…」
「そう、槍。マジカッケーの。そうと決まれば授業以外でも槍術を重点的に学ぼうと、学院内にある槍術サークルに参加したのヨ」
「槍術サークル?」
「うん通称、槍サーって呼ぶんだけどね。そこで俺っちは、まあ……色んな事を先輩達から学んだわけよ。先輩達のおかげで、大きくなれたと言うか、一皮剥けたと言うか。とにかくマジ先輩リスペクト」
「……」
「それで、マジパネェ先輩達のようになりたいと思って、ファッションに磨きをかけてイメチェンしたってわけ。どう?カッコいいだろ?」
話を聞いていたシエラは、開いた口が塞がらない。
幼馴染のアークがチャラ男になっていた現実。彼女は、フラフラと足元がおぼつかない様子だ。
「つーか、シエラに、剣聖ちゃんに、賢者ちゃんも、見違えるくらい可愛くなったねー。今度、王都で一緒に飲もうよ。槍サーの皆紹介するからさー。あ、そうだ、合コンしよう!」
「お、おい!」
俺のハーレム達を合コンに誘うアークに、俺は激昂して声を上げた。
「あ、ゆーしゃ様もいたね。ゴメンゴメン。心配しなくてもダイジョーブ、槍サーには女の子もたくさんいるからさー、ゆーしゃ様なら余裕っしょ」
両手で如何わしいジェスチャーを作りながら怪しく笑うアーク。
「そうじゃない! あ、俺達はお前に言う事があるんだ!なあ、シエラ」
チャラ男がつくり出す場の空気に呑まれてはいけないと思い、俺は当初の計画を実行に移すこととした。
呆然としていたシエラは俺に声をかけられてハッと我に返る。
「え、えぇ……。そうですねカズマサ様。……ねえ、アーク。私、あなたに謝らなければならない事があるの」
「んー、マジで? 何?シエラ」
「私、実は勇者様の事が好きなの、愛しているの。勇者パーティーとして一緒に旅をしていくうちに、私の中に彼に対する愛情が芽生えた。だからアーク、私はもうあなたを愛していない。ごめんなさい」
「……」
黙り込むアークを見て、俺はほくそ笑む。チャラ男といってもこれはさすがにショックなようだな。さて、アークはなんと言うかな。
「うーん、ナルホドね。シエラは、ゆーしゃ様の事を愛しているのか。それはすげーショックだわ。マジ、テンション↓↓↓。けどさ、それでも俺っちは勇者パーティーに入りてえンだわ」
(ん?今なんて言った? シエラはお前を振ったんだぞ?お前から最愛の人を奪った男がいるんだぞ? それなのに、何故勇者パーティーについて来る?)
想定外のアークの反応に、俺は二人の会話に割り込む。
「ア、アークくん、君はそれでいいのかい?」
「ん?OKだよ、ゆーしゃ様。確かにシエラに振られたのはショックだけど〜、人生ポジティブシンキングっすよ。恋人としては終わったけど、シエラとはズッと友達でいたいンだよね。それにシエラの事はまだ好きだからさ、俺っちの華麗な槍術見てもらいたいジャン?」
「……アーク、私はもう、身も心もカズマサ様のものなのよ」
後ろめたい気持ちがありつつも、シエラは俺との親密な関係をアークに告白した。
「そんなの全然問題無いっしょ。俺っちは好きなコの最初の人になりたいとか、そんな願望全くねぇンだわ。シエラはこの1年間、ゆーしゃ様に恋してスッゲー美人になった。凄く魅力的、もう激ヤバ。恋はオンナを綺麗にするって先輩も言ってたしね。俺っちとしては、昔のシエラより今のシエラの方が1億倍良い、マジで。シエラにもう一度振り向いて貰えるよう、これから頑張るだけっしょ。つーか、肉体だけの関係もOKよ?」
「アーク……あなたそこまで私の事を……」
(いや、おかしいだろう??? アークもそうだが、シエラも何グッときてるんだよ!! そんなシーンじゃねえよ!!! 最後の一言ちゃんと聞いたのか??? とにかく、こいつは危険だ。こんな奴がパーティーに加入すると、俺のハーレムが崩壊してしまう!)
俺はアークを何とか排除しようと、脳内で策を練って閃いた。
「アークくん、君の気持ちはよく分かった。シエラの彼氏である僕としては少し複雑な気分だが、僕はシエラを信頼しているからね。だが、君が勇者パーティーに相応しい戦力となるかは話が別だ。そこでだ、僕と君で1対1の模擬戦をしようではないか。もし君が相応しい力を見せてくれれば、僕達は1年前の約束通り君をパーティーに迎え入れよう!」
「ゆーしゃ様と模擬戦ッスか……オッケーっす!ぶっちゃけ、一度ゆーしゃ様と戦ってみたかったんっス、俺っちマジ感動」
(フッ、ハハハハ。予定通りとはいかないが、これで問題無い。最も単純明快な解決策だ。シエラに振られてもアークが折れないなら、俺が実力で叩きのめしてやる。学院で優秀といってもそれは所詮学生の話。勇者である俺に敵うはずが無い。)
アークの家から出た俺達は、村の広場で向かい合った。俺達の様子を眺めていた村人が話を広めたのだろうか、瞬く間に老若男女問わず多くの野次馬が広場に集まる。
「では、アークくん。これから勇者である僕が、君をテストしてあげよう。もし相応しい力を示せれば、君は今日から勇者パーティーさ」
「オッケーっす。ゆーしゃ様にテストしてもらえるなんて、マジヤバ。全力でいかせてもらうっすわ」
槍を構えるアークと、剣を構える俺。シエラ、剣聖、賢者は固唾を呑んで見守る。
(さて、チャラ男をどう痛めつけてやろうか)
俺はヤツに最も惨めな敗北を与えてやろうと企てる。脚をへし折り這いずらせようか、背中傷でもつけてやろうか。そうだ、下半身でモノを考えるような奴だ、男の尊厳を痛め付けるのも面白いな、ハハハ!
「それではこれより、アーク対勇者カズヒサ様の模擬戦を始めます。始め!」
シエラの合図で模擬戦が開始する。
模擬戦が始まっても思索にふける俺に対し、アークは戦いが始まると同時に一瞬で間合いを詰めてきた。
アークはその勢いのまま俺に槍先を向け、突きを仕掛けてくる。
(っ、速い!)
村人アーク相手に油断して不意をつかれたのもあるだろう。
しかしそれ以上に予想だにしなかったアークの素早さに、俺は受け身の姿勢を取るのが精一杯だ。
キィィィィン──
金属と金属がぶつかり合う音が轟く。
(くっ! 重い!)
なんとかアークの攻撃を剣身で受け止めるが、その衝撃に両手が痺れる。俺は勇者スキルの1つ、緊急回避を発動してアークの追撃を避け、一旦間合いをとった。
(な、なんだこいつは……本当にただの村人なのか!?)
想定外のスピードとパワー。勇者に届きうるかもしれないその力に焦りを覚えて、汗が一筋流れる。
(落ち着け……落ち着け。俺は勇者なんだ。世界一強い俺が負けるはずが無い)
俺は呼吸を整え本気になる。
勇者クラス特性──ブレイブスピリット。使用者の肉体に女神の加護を宿らせ、才能を超えた力を引き出せる。ド素人の俺が剣を扱えるのもこの特性のおかげだ。普段は3割程度に力を抑えているが、俺は精神を集中して全力全開に引き上げた。
俺の体を黄金のオーラが纏う。溢れんばかりの力に自然と笑みがこぼれ、俺は特別なのだと実感する。
(素晴らしい、素晴らしいぞこの力は! やはり俺は、この世界の主人公なのだ!)
先ほど受けた攻撃の仕返しをと、俺はアークに斬りかかった。
(死ねえええぇぇぇ。村人!)
するとアークは俺の渾身の一撃を簡単に受け流して、柄の部分で俺の顔面を強打した。
「ぶぼあ」
顎を捉えたクリーンヒットに俺の視界が揺れた。手に持っていた剣を落としてフラつく。
姿勢が崩れた俺をアークは見逃さない。流れるような動作から槍を振り回し、足払いをした。
俺はその足払いをまともに受けてしまい、尻餅をついて背中を強打した。
「ぐあっ」
模擬戦はわずかな時間で終了した。俺がアークをボコボコにするはずが、逆にアークに瞬殺されてしまった。
一瞬の静寂の後に、観戦していた村人達から大きな歓声があがった。
シエラ、剣聖、賢者は信じられないといった様子。俺自身も結果が信じられない。
「っしゃ、やったぜ。俺っちの勝ちだからテストは合格ってコトでいいんっすよね。ゆーしゃ様」
「ちょ、ちょっと待て。何故村人のお前にこんな力があるんだ! こ、この俺が負けるはずは……」
俺は敗北に動揺し、素の口調に戻ってしまう。
「ん? その反応……もしかしてゆーしゃ様本気だったんすか」
図星を付かれて赤面する俺。そんな俺をアークは続けて囃し立てる。
「まさかゆーしゃ様がこの程度だとは思ってなかったっすね。マジ失望っす。俺っちが強いのは槍術士として努力の賜物、と言いたいところっすけど、実は成人の儀式で授かった天啓のクラスのおかげなんすわ」
「そ、それはなんだ?」
俺が問うと、アークはニヤリと笑い近づいてきた。そして他人には聞こえないように耳打ちする。
「それはな、俺っちが授かったクラスは遊び人。遊ぶほど能力が向上する特性を持つクラスなんだよ。槍術士だなんて名乗っているが、本当は遊び人さ」
「あ、遊び人だと……」
「1年前、成人の儀で与えられた時は失望したな。幼馴染のシエラは聖女なのに、俺っちはめったにいない超ハズレクラスだからな。だが、この1年王都で暮らして目覚めたよ。俺っちの本質はクソ真面目野郎の村人アークでは無くて、遊び人アークなんだとな。ま、遊び人が勇者を超えるポテンシャルを秘めていたのは予想外だったわ」
そう喋るアークの表情からは、勇者である俺を敬う気持ちなど消え失せていた。口調や態度にもやや変化が見られる。
「遊び人の俺っちの方が勇者であるテメーより強いんだから、これからの旅では俺っちを最優先にしろ。遊び人は遊ぶほど能力が向上するクラス。世界の平和の為にどんどん遊んでいくんで、色々とヨロシクお願いしますよ、ゆ・う・しゃ・サ・マ♪」
あああああああああああああああ
◇◇◇
勇者パーティーに槍術士が加わり半年後……
ある日、国王の元に勇者パーティーの悪評の噂が飛び込んできた。内密に侍従を通して調査をさせたところ、勇者パーティーは連日連夜豪遊して湯水の如く国費を使い、また勇者パーティー内での性の乱れも発覚した。
勇者パーティーの堕落は王国の品格と威厳をも揺るがしかねない。事態を重く受け止めた国王は勇者パーティーから堕落の原因である4人──聖女、剣聖、賢者、槍術士を追放した。王国が勇者カズマサを保護した時には、勇者は部屋の隅で震えており重度の女性不信に陥っていたという。
勇者の女性不信は回復の兆しを一向に見せない。もどかしさを感じた国王は追放された4人の代わりとして、男性の実力者達を呼びよせた。
聖女に恋人を裏切らせ、のちにハーレムに裏切られた過去を持つ勇者。彼はかつての自身の振る舞いを反省し、同時にこんな自分を支えてくれる男達との間に友情を覚え新生勇者パーティーに強くアイデンティティを求めた。
勇者を筆頭に男性のみで構成された勇者パーティーは抜群のコンビネーションで残りの四天王を倒し、遂には悲願の魔王討伐をも成功させる。
魔王討伐の凱旋パレードで屈強な男達と肩を並べる勇者カズマサは、爽やかな笑顔で澄んだ瞳をしていた。
後年勇者カズマサは独身を貫き、パーティーメンバーと共に世界平和の為に魔物退治に勤しんでその生涯を閉じた。この世界の歴史上幾度か現れた勇者の中で、最も仲間を信頼し重んじた勇者であったという。
そんな彼の為人と功績を讃え、人々は勇者カズマサを『戦友の勇者様』と呼んで、永年、崇拝及び敬愛している。
ありがとうございました。
登場人物紹介
・勇者カズマサ
本名、宮藤和正。地球から異世界に召喚され、勇者となる。
地球ではあらゆる面で中途半端で存在感が薄く、モテない事に不満を抱いていた。
異世界転移後はハーレムを形成するも、聖女の元恋人アークから意趣返しをされてハーレムを寝取られてしまう。
その後女性恐怖症のトラウマを抱えてしまうが、新たに仲間となった男達との友情に目覚めて勇者として精力的に活動して英雄となる。
(本人にとっては)愛に裏切られたカタチなので、友情に依存したとも言えるかもしれない。女性恐怖症は生涯治らなかった。
勇者クラス特性
ブレイブスピリット……戦闘に関して女神の加護を得る特性。つよい。
カリスマ……他人から好印象を持たれやすくなる特性。洗脳の類いでは無い。隠れ特性の為、カズマサも存在には気付いていない。
勇気あるもの……勇者が困難に挫けてしまった場合に自動的に発動。徐々に勇者らしい人格に矯正されてしまう。それを良しとするかは考えもの。
・遊び人アーク
村人。聖女シエラの幼馴染。のちに槍術士を自称する。
村に住んでいた頃は真面目な性格で精悍な容姿も相まって評判が良かった。
しかし、成人の儀で外れクラスとされる遊び人を授かってしまい、シエラに相談する事もできず思い悩んでいた。
勇者にシエラが連れて行かれるところで、自身の想いを打ち明けて彼女と相思相愛になる。
遊び人で戦う力も無い自分が聖女であるシエラについて行くのは不釣り合いだと考え、勇者の甘言通り戦士学院に通って遊び人以外の道を模索する。
しかし槍サーとの出会いで本人の遊び人としての素質が開花。チャラ男と化して娯楽が溢れた王都での生活を満喫する。
勇者パーティー加入後は、潤沢な勇者の資金を利用して毎晩槍サーや聖女剣聖賢者達と豪遊三昧。発覚して追放される。
追放後、戦士学院を中退。転々と紐生活を送るが、ある日ギャンブルで大当て。生涯遊んで暮らした。
遊び人クラス特性
遊ぶほど能力が向上する。特に運が非常に良くなる。
遊び人は名前からして外れクラスという固定観念があり、そのクラスを受け入れる者はかつていなかった。しかし実は遊びの神に愛されたクラスで、その特性効果は勇者と勝るとも劣らない。
・聖女シエラ
元村人。遊び人アークの幼馴染。
ただの村娘でアークと相思相愛だったが、成人の儀で不相応な聖女のクラスを授かってしまい、人生が変わってしまう。
勇者パーティー加入後はアークを想う日々を過ごしていたが、会えない寂しさと勇者からの長期間のアタックに心変わりしてしまう。
勇者の策略でアークとの縁を切ろうとするが、チャラ男と化したアークに勇者共々言い包められる。
アークが勇者パーティーに加入してからは、遊び慣れたアークに連れられて連日連夜豪遊して徐々に人格が変わっていく。日々聖女としての力が薄れていたところでアーク達と共に勇者パーティーを追放される。
その後、アークと入れ替わるように戦士学院に入学。卒業してからは冒険者として活動していた。何人かの男性と交際した後に、地元の村近くにある街の警備兵と結婚。3人の子供を授かり幸せに暮らした。
・剣聖
モブ一号。ハーレム要因。セリフ無し。
勇者パーティー追放後に実家を勘当された。その後は各地の武闘大会に参加して優勝し評判となる。ある日、大会での実績が認められ某国の皇女親衛隊に加わり、数年後に親衛隊長となった。追放された4人の中では最も出世した。
・賢者
モブ二号。ハーレム要因。セリフ無し。
勇者パーティー追放後に実家に戻るも、好きでも無い相手と政略結婚。一時期は悲嘆に暮れたが、結婚相手が広大な領地を持つ事を知ると、領地経営に没頭。その手腕を知る一部の人からは、影の支配者と呼ばれるようになった。