自分の存在
(ここはどこだろう。暖かくて、いい匂いで、賑やかで。やっぱり俺はあの時死んだのかな)
少年は考えれていた。
(ってことはここは天国?本当に存在するなんて思わなかったからな。でもお父さんとお母さんは言ってたよな、天国も地獄もあるって。)
少年は考えていた。
(信じて無かったけど、今身をもって知ったかもしれないな。)
「起きろ。」
(起きろ?)
「起きるのだ、少年よ」
(だってよ、少年)
「聞こえていないのか?やはり死んだのか?」
(死んだ、か。それにここには俺しかいないしな…………、ってことは俺か?)
「もう遅かったか……」
(目、開けてみるか)
少年は死んだと思っていた自分の体を、自分の意志を持って動かした。
目を開くと、目の前に黄金の鱗を備えた巨大な龍の顔があり、こちらをじっと見ていた。
「そうか、俺は生きてたのか」
「なんだ、生きておったのか」
龍には理解されないと思いながらも発した言葉が、龍に同じ言葉を返されたことに驚く。
「え、人の言葉を分かるのか?」
「当たり前だ。だが奇妙だな、龍語を理解するとは。」
少年は少しも同様せずに話した
「言葉を覚えてから、動物の言ってることが段々と分かるようになってきたんだ。それより、俺を助けてくれたのはあんたなんだよな?」
「そうか……。ん、まぁそうだな。私が助けた」
「そっか、ありがとうございました。俺はリュートって言うんだ、あんたは?」
「助けたのは気まぐれだ、気にするな。それと、私に名前などない。」
名前が無いということに驚きつつも、勝手な考えだが自分が経験したことと似たように、この龍は父と母すら分からなくて名前が無いんじゃないかと考えてしまった。
少し表情を暗くしたリュートを見て、黄金の龍は口を開く
「何を勝手な想像をしてるかは知らんが、名前が無いことを今まで気にしたことは無い。」
「そうだったんだな。じゃぁ俺が名前を付けていいか?」
「ほう、人間のくせに龍である私に名前を与えるだと?」
急に黄金の龍から怒気の様なものを感じ取ったリュートは、両親を殺した巨大な犬よりも遥かに迫力があった。
確かにいきなり失礼な事を言ったな思ったリュートは謝罪を述べた。
「ご、ごめん。助けてくれたのに生意気な事言って。」
黄金の龍は驚いた。そして何か心に熱くなるものを感じた。
(こやつは私の怒りを理解しながらも逃げることも、怯えることもしないか。それに私もこやつとなら一緒にいてもいいと思えている。あやつらがどう言うか分からんが私たちの居場所に連れていっても良いか……)
怒気を感じなくなったことに安堵を覚えたリュートはもう1度謝罪を述べた。
「ごめん。」
「フフフ……フハハハハハハ!リュートは今の私を怖いと思ったか?」
「え、いや……?」
「そうか、そうなのだな。面白い、気に入ったぞ」
「そ、それは良かった。でもどうして?」
リュートには龍の心境の変化があまりも大きすぎて理解が追いつかなかった。元々人間と龍とでは明らかに考えも感じ方も違うとは思ってはいたがここまでとは正直想像を超えていた。
「私の怒気にふれて怯えなかった者は今までいなかったからな。そこが良いのだ。それで、今まで聞かなかったがリュートの親はどうした?」
「…………」
「……。言いたくないなら言わなくてよい。」
確かに言いたくはない。それも助けてはくれたが、何も知らない相手だ。言ったところでどうなる?
そう思っていたリュートだが、もう一つ、思っていることがあった。
この龍になら話してもいいかな。という気持ちだった
「俺の……」
「ふむ……」
「俺のお父さんとお母さんはあの犬に殺されたんだ、それから俺は逃げてきて、アンタに助けられたんだ」
「そうか、だがお前は仇を取ろうとしてたな。立派な子だな、リュートは」
龍の言葉を聞いて胸が熱くなった。立派な子と言ってくれたことが凄く嬉しかった。
自然と涙が零れ、見られまいと顔を下げ、腕で隠した。
「聞きたいことがある。父と母の名前を教えて欲しい」
「どうして?」
「それはリュート、お前の事を知るためだ。」
「よく分かんないけど……父さんはリト、母さんはユーリシア。でもたまに2人とも違う名前で呼ばれてる時があったんだ。」
「違う名前?どんな名前だ?」
「兵士が来ると父さんはギルダーツって呼ばれて、村の人が来ると母さんはフィリムって呼ばれてたんだ」
それを聞いて龍は確信する。この子は、リュートは龍の血が流れていると。
あの森で感じた龍の波動、一瞬ではあったがとても強力な波動だっため感じ取れた。
それを発していたのがリュートだと、この時を持って龍は確信したのだった。
「リュート、お前について分かったことがある。だが、今の様子を見るに気づいていないだろう。」
「え、何を?」
「ほらな。そうだな……」
リュートは龍が何を考えているのか何も分からなかった。だから龍が言うのを待つ
「そうだ、もしそれが知りたいなら私たちの国にこい。そうすれば教えてやる、それにリュートを強くしてやろう」
「知りたい。でもどうして俺のことを強くする?」
「なんだ、リュートは大切な人をもう1度無くしたいのか?今はまだいないだろうが、この先出来るかもしれない。それでもいいのか?」
嫌だ。あんな気持ちはもう感じたくない。心が張り裂けそうで、死ぬほど胸が痛くて、自分の無力を嘆くなんて。
だから、俺は強くなりたい。
「嫌だ……、俺強くなりたい!自分のことなんてどうでもいい!あんたの国に連れてってくれ!」
「フハハ、そう言ってくれると思っていたぞ。私の背中に乗れ、リュート。」
「あぁ、分かった」
「飛ばすからな、振り落とされるなよ?」
そうニヤリと笑いながら龍はいうと、翼を広げ一気に飛び立った。
凄い風を感じたが、何故か今さっきいた森の木々は葉っぱを1枚も落とすことなく佇んでいた。
リュートはこの時、この龍がいったい何者で自分は本当に強くなれるのか、と思っていたが、初めての空を飛ぶ経験で頭がいっぱいになり、初めの飛行を楽しんでいたのだった。
それから2時間くらい空を飛び続けた。そして龍の言う国がみえてきた。
そこには大量の巨大な龍達が住んでいた。更にはそんな龍達を遥かに超え、聳えあっている1本の木があった。
その木は空を超え、目で追うことが出来ない高さまで伸びていた。さらにその木は光っていて、その光は暖かく、落ち着くものを感じた。
それだけの絶景でリュートのテンションはマックスで、それ以外の事など何も目に入らなかった程だった。
「おいリュート、着いたぞ」
「あ、あぁ。」
あまりの絶景に意識が混乱し、龍の声に反応するのがやっとだった。
「どうだ、すごかったか?」
嬉しそうに龍が言った。
「あぁ!凄いな、龍の、あんたの国は!」
思いのまま伝えた。本当にそう思ってるんだろうなと感じた龍はそれだけで嬉しくなった。
「龍王様ー!」
遠くから声が聞こえた。
「龍王様ー!!!」
その声は近ずいて来ていた。その声の方向を見てみると、蒼い龍が飛んできているのが分かった。
焦っているのか、少し顔が面白いことになっていたが、リュートは黄金の龍で迂闊なことは言わない方がいいと学んだため、心に留めといた。
「龍王様ー!!……グハァ!」
蒼い龍のうめき声と共に、国が揺れた。さらにはリュートの目の前の地面が抉れ、大きなクレータが出来ていた。
その中心には蒼い龍が倒れていて、黄金の龍が尻尾で叩きつけたんだなとひと目でわかった。
(死んだだろう)
そう思わずにはいられないほどの威力だった。だが
「い、痛いです、龍王様……」
「だからどうしてお前は生きているんだ。普通なら死ぬ強さでやっているのだぞ!」
生きていた。それも今回が初めてではないようだった。
「はっはっはっ。これ位で死んでたら龍王様のお役に立てないではありませんか。」
「ちっ、次は殺してやる。それと、じいや、お前に話がある。それを円滑に進ませるためにやって欲しいことがあるのだ。」
「はて、何事ですかな、龍王様」
「この少年、リュートをお前の『叡智の碧眼』で魔力をよく見てほしいのだ。確信が欲しい、何か気づくことはないか?」
リュートは何がどうなっているのか分からないが、話の流れ的にはまだ何もしなくていいというのは分かっていたため、黙ってじっとしている事にした。
そして、じいやと呼ばれた龍は黄金の龍に言われた通りにした。
じいやの左目が紫に光、その瞳には魔法陣が広がっていた。そこにはリュートがうつっていた。
「っ……!これは……!」
「どうだ?なにか分かったか?」
「彼女の、聖龍様の魔力を感じます……!」
「ふっ。やはりそうか……。それと思う一つ、魔力のもっと深くまでと、根源を見てみろ。」
「これ以上、何かあるというのですか…………。こ、これは!?」
「どうだ?何か感じたか?」
「ま、まさか、勇者様の、ギルダーツ様の魔力に根源の欠片が?!」
リュートは何を言われているのか分からなかった。聖龍?勇者?俺がその子供?
その疑問は尽きない。
「リュートよ、よく聞くのだ。」
黄金の龍が口を開く
「私は龍の頂点に立つ、龍王なのだ。知っているか?」
「あ、あぁ。母さんに教えてもらった。物語だと立派に見えるけど、ホントはだらしないよってことも聞いた。」
「な……小娘が……。って、それはいい。分かっているのならよいのだ。それでだが、お前の正体が分かった。」
「正体って言われてもな……。」
人間扱いされないことなんて今が初めてで、何がどうなっているのかさっぱりわからなかった
「リュートは、龍と人間のハーフなんだ。」
「龍と人間の……?」
「そうだ。私はお前の龍の波動を感じで助けたのだ。何か心当たりはないか?」
無い。無かった。自分は人間として育てられてきたつもりだった。それに実際人として育てられたから何も心当たりが無いのだろう。だから分からなかった。
「分からないようだな。では一つ質問だ。リュートはどうやってあの犬の尻尾と首二つを吹き飛ばした?」
その質問でリュートは閃いた。
「あ、確かに。あの時は急に目の前が遅く見えたんだ。」
「目の前が遅く、か。その経験は今まで1回だけか?」
「あ、あぁ。その時が初めてだ。」
どんなに記憶をたどってもそれが初めてだった。
「ふむ、そうか。お前は稀に見る『龍人』と呼ばれる存在だろう。」
「龍人……、つまりは人間じゃないってことか?」
「厳密に言えば、リュートは人でもあるし龍でもある。それも恐らく世界最高峰の、な。」
リュートにとって今日は忘れることができない日となった。自分がただの人間じゃなかったこと、母と父が有名だったこと。それが原因だった
「世界最高峰?どうして?」
「聖龍とは、龍王の私と互角に戦えたのだ。そして勇者も私と互角だったのだ。」
「龍王様、完全に勇者様に負けていたではありませんか。王たるもの嘘はいけませんな。」
「え、嘘なの?」
「ちっ。じいやめ、余計なことを言いやがって」
この世界の事をあまり知らないため、龍王がどれだけ強いのか、それよりも勇者が強いと言うのもハッキリとしてすごさが分からなかった。
ただ、漠然とはしているが、龍の中で1番強いのが龍王で、それと互角に戦った母さんとそれよりも強かった父さんで、何となく凄いのは分かった。
「俺さ、本当は今回の旅行で王都に行く予定だったんだ。そこで父さんと母さんに世界の常識を教えてもらうはずだったんだ。」
「ふむ、世界の常識というと?」
「ほら、龍の強さとか、勇者の強さとか、この世界にはどんな生き物がいて、どんな場所があるのか、とかさ。」
「なるほどな。ところで、リュートは今何歳なんだ?」
「9歳だ。」
「ならば別に知っていなくても良いことだ。私が親代わりになる。色々と教えてやろう」
そしてこの日から俺の人生は激的な変化を迎えることになった。