タルブ政変~三つ巴の攻防~ 1
続きです。
◇◆◇
『グーディメル子爵家』の夜会にて、ディアーナ生存の報と、『主戦派貴族』達の不正行為や“裏”に関わる『極秘資料』の入手、余興と言う体で『農作業用大型重機』の『試作機』が御披露目されていた頃、第二公太子グスタークやシュタイン・ド・オルレアン侯爵らを中心とした『主戦派』一派も、『ヒーバラエウス公国』の首都・『タルブ』にある『オルレアン侯爵家』にて密かに『集会』を開いていた。
これは、ニコラウスが“裏”から手引きする“段取り”となっている『政変』計画の説明の為であった。
『主戦派』一派の、特に不正行為や“裏”に関わる『極秘資料』を奪取された者達は、この『政変』計画に一も二にもなく飛び付いた。
もちろん、これは失敗すれば明確な『国家反逆』、あるいは『国家転覆』の罪に問われる行為ではあるのだが、このまま座して何もしなければ、まず間違いなく身の破滅なのであるから、彼らが一か八かの勝負に出るのも無理からぬ話である。
「・・・と、言う訳だ。“段取り”は御理解頂けたかなっ?」
「「「「「っ・・・!!!」」」」」
ザワッと、グスタークの発言にどよめく『主戦派貴族』達。
その内の一人が、グスタークに質問を投げ掛けた。
「グスターク公太子殿下、“段取り”は理解出来たのですが・・・、その、この事が『リベラシオン同盟』に露見している可能性は御座いませんかっ・・・?」
その者の発言に、他の者達も無言で同意していた。
彼らには後がないのだ。
万が一にも失敗する訳にもいかないのだから、その慎重な意見ももっともであろう。
グスタークも、それは心得たもので大きく頷いた。
「うむ、卿の懸念ももっともだと俺も思う。すでに、我らは『リベラシオン同盟』に後れを取っている訳だからな。しかし、我らが『協力者』は、単純な『武力』ならばともかく、『策謀』に置いては『リベラシオン同盟』とも渡り合える猛者よ。過去に『リベラシオン同盟』と戦り合っていながら、今だ“自由”の身である事がその何よりの証左。それに、『リベラシオン同盟』の“首魁”は、『グーディメル子爵家』の夜会に参加している事はこちらでも確認している。『リベラシオン同盟』の手の者が、こちらを『監視』しているのも確認済みだ。逆に、それが『罠』だとも気付かずに、な。『リベラシオン同盟』の動向は、最低でも現時点に置いては掴んでいる事をここに宣言しておこうっ!!!」
「おおっ!!!」
「なるほどっ・・・!!!」
まず、アンブリオが倒れる事。
これが、この『政変』計画の第一関門である。
それが、『リベラシオン同盟』の『監視下』の中で起これば、“裏”で『主戦派』一派の息のかかった者が動いていようとも、表向きは『主戦派』一派が疑われる事はないのである。
しかも、これに関してはニコラウスが“裏”で手引きする“段取り”故に、仮に『実行犯』が捕まろうとも、万が一にも『主戦派』一派と繋がる事もないのである。
その後、速やかに『貴族院』にて『議会』が緊急召集される運びとなるだろう。
君主不在は『国家』の一大事であるから、新たなる君主を、『即位』させるのか、あるいは『代行』させるのかはともかく、どちらにせよ新たに立てる必要が生じる為である。
もちろん、第一公太子ドルフォロと、第三公女ディアーナもその場に顔を揃える事となるだろう。
その場で、第二関門であるドルフォロの糾弾が始まる。
『主戦派』一派に取っては不利な事に、ディアーナは『主戦派貴族』達の不正行為や“裏”に関わる『極秘資料』を握っている訳だが、まだ精査が済んでいないのは確認済みだ。
強力な『政治的カード』とは言え、出すタイミングを一旦見誤れば、その効果が薄くなるのは『政治』に関わる者達には、ある種“常識”であろう。
しかも、ドルフォロの糾弾のタイミングで、こちらの“狙い”に気付いて、慌ててその『カード』を切ったとしても、ドルフォロの“擁護”の為の『策』の一つと捉えられかねない。
しかも、その後、グスタークが『政権』を掌握したとしたら、その『カード』の効力は、永遠に葬り去られる訳である。
逆に言うと、グスタークが決断出来ないままズルズルと結論を先伸ばしにしていたならば、この『策』、『政変』計画は、まず間違いなく失敗に終わっていたのだ。
このタイミングでの実行が、絶好のタイミングであり、また、ある意味ギリギリのラインだったのである。
「ご、御報告申し上げますっ!!!」
「(来たかっ・・・!)どうしたっ、騒々しいっ!まだ、夜会の最中であろうっ!!!」
と、そこに『オルレアン侯爵家』の家人が、慌てて飛び込んで来た。
グスタークは、何も知らない体を装い、そう叱責して見せる。
『情報漏洩』を避ける為に、『オルレアン侯爵家』の家人とは言え、もちろん『集会』の『真の目的』は知らされていないのだから。
「も、申し訳ありませんっ、グスターク公太子殿下っ!!!しかし、ア、アンブリオ陛下が、先程、ほ、崩御されたとの報がっ・・・!!!」
「な、何だとっ・・・!!!???」
ザワッ!!!
グスタークは驚いて見せる。
もちろん、半分は演技だが、もう半分は本当の気持ちだ。
ニコラウスは、「いえいえ、殺すなどと滅相もない。」と、発言していたが、この『策』に乗った時点で、アンブリオが崩御する可能性も考えてはいたのだ。
アンブリオは、こちらの世界ではかなりの高齢に差し掛かった年齢だ。
しかも、最近ではディアーナの件で心身共に疲弊していた。
ニコラウスがどの様な“手段”でアンブリオを『退位』に追い込むのかは、具体的は方法までは聞かされていなかったが、まずあまり誉められた“手段”ではないだろう事は察する事が出来る。
故に、その事も計算の内に入ってはいたのだ。
グスタークは、いち『政治家』として、『肉親』の『生命』よりも、自身の『野望』を優先させる事を『選択』したのである。
その程度には、グスタークの『倫理観』は、壊されていたのだった。
グスタークの驚愕の声に合わせて、その場に集まった者達も動揺の声を上げる。
『主戦派貴族』達も、アドリブとは言え、この程度の『腹芸』はお手の物であった。
「こ、こうしてはおれんっ!!!ご、ご来客の皆さん。火急の様が出来ました故、私はこれにて失礼させて頂きますっ!!!シュタイン候、後の事は任せますっ!!!」
「は、ハッ!!!畏まりましたっ!!!」
慌ただしく会場を後にするグスターク。
そうして彼は、“段取り”通り、アンブリオの居る『宮殿』へ急ぐのだったーーー。
・・・
「ふむ。予定通りですねぇ。アンブリオ陛下が崩御されたのは些か予定外でしたが、思いの外体力が衰えていたのでしょう・・・。御苦労様でした。下がってよろしい。」
「ハッ・・・!」
「・・・。」
首都・『タルブ』のグスタークらとは別のとある場所にて、ニコラウスも部下からアンブリオ崩御の報を聞いていた。
ニコラウスがアンブリオに仕掛けた“罠”は、単純かつ使い古された“手段”ではあるものの、それ故に防ぐのが難しい『毒』を盛る事だった。
もちろん、一国の君主ともなると、そうした事には十分注意を払われる訳ではあるが、『毒殺』が目的ではないので、露見するのはかなり難しいのである。
アンブリオの周囲の者達をすでにニコラウスに抱き込まれているし、『致死量』に達しない極少量を、食事に混ぜさせるなり、薬に混ぜさせるなりと、徐々に体内に蓄積させていき、端から見ればあたかも体調を崩したかの様に印象付けられるからである。
先程も述べたが、ディアーナの件でアンブリオは心身共に疲弊していた訳だから、そうしたアンブリオの体調の変化も不自然な事ではないのである。
まぁ、ニコラウスもアンブリオ崩御は予定外と表したが、グスターク同様に、ニコラウスもそれは想定内の出来事だった。
故に、彼にも焦りは微塵も無かった。
「・・・13号。『リベラシオン同盟』の介入は確認出来るか?」
「・・・『データ』解析中・・・。・・・ノー。現在、周辺ニ『アストラル』モ、『マテリアル』モ、感知サレマセン・・・。」
「ハハッ、そうかっ!!!アハハハハッ、完璧だなぁっ!?これで『リベラシオン同盟』に目にモノ見せてやる事が出来るっ!!!あのガキの悔しがる様が、目に浮かぶ様じゃないかっ!!!」
「・・・。」
ニコラウスは、『魔道人形』・エイルの解答に満足そうに頷き、狂喜していた。
次の“段階”に進めば、『リベラシオン同盟』も容易には手を出せない。
ニコラウスは、この『ゲーム』に勝利した事を確信していた。
しかし、一度痛い目に遭っているだけに、喜ぶのもそこそこに、慎重に最後の一手を仕掛ける。
「13号。『例の資料』を持って、グスタークに届けろ。くれぐれも慎重に、な。」
「・・・イエス、マスター・・・。」
ドルフォロを嵌める為の、でっち上げられた『資料』。
これによって、この『政変』計画の成否が左右される。
それ故、ニコラウスは『リベラシオン同盟』の介入を警戒して、自身の持つ『最大戦力』であるエイルを投入するのだったーーー。
◇◆◇
「動いた様デスね、ウルカ様。」
「その様ですね、トリアさん。」
そのニコラウスの動向を、『魔法』を使って遠巻きから『監視』していたのは、すでに『ヒーバラエウス公国』入りしていた『異邦人』・ウルカと、『血の盟約』のメンバーの一人であるトリアと呼ばれた褐色の肌をした中東風美女であった。
それと、もう一人。
「ウルカ様ァ。ニコラウスちゃんにこの間のお礼をしてきて良いかしらァ?主の御命令だからァ、あの『お人形』ちゃんは見逃してあげるけどォ・・・。」
そう述べたのは、口調とは裏腹にギラついたブルーの瞳をした、死んだはずのエネアであった。
「エネアさん。お気持ちは分かりマスが、今は『作戦行動中』デス。我々の『目的』は、あの『人形』を奪還する事デス。現時点では、ニコラウスの『制裁』は、後回しでも良いと思いマスが・・・。」
「けどけどォ、トリアちゃん。よく分からないけどォ、ニコラウスちゃんとあの『お人形』ちゃんはァ、『主従契約』で結ばれているンでしょォ?ならァ、先にニコラウスちゃんをどうにかすればァ、奪還も簡単に済むんじゃないのォ?」
「フム・・・。」
エネアの意見に一考の余地があると認めたトリアは、ウルカに視線を移した。
エネアも、同じくウルカを見やる。
「そうですね・・・。いえ、エネアさんは、生き返ったばかりですし、この世界では、それがどの様な『影響』があるかも未知数です。ここは、別行動は極力控えるべきでしょう。」
一瞬黙考したウルカだったが、何が起こるか分からなかったので、エネアの意見を却下するのだった。
「はぁい、了ォ~解ィ~。それに私もォ、正直“本調子”じゃないしねェ~。ウルカ様がそう仰るならァ、それに従うわァ~。」
「恐らく、エネアさんの現在の『状態』は、『デスペナルティ』によるモノだと思われます。エネアさんほどの方ならそこまで心配する事もないとは思いますが、それでも多少違和感が出てきてしまうと思われますので、慣れるまではやはり行動を共にする方が良さそうですね。」
「「っ・・・///。」」
ウルカは、『聖女』然とした微笑みを浮かべる。
それに、トリアもエネアも同性でありながらも、顔を赤らめて頷くのだったーーー。
□■□
10日ほど前、ウルカとトリアはこの世界ではありえないほどの速度で『ロンベリダム帝国』から『ヒーバラエウス公国』に到達していた。
“レベル500”の『ステイタス』由来の身体能力を持つ『異邦人』であるウルカは言うに及ばず、トリアも『血の盟約』のメンバーの一人であり、御多分に漏れず、彼女も『S級冒険者』クラスの『使い手』であった。
彼女達だからこそ可能な、驚異的な移動速度であろう。
彼女達が『ヒーバラエウス公国』に着いてから、始めにしたのが『ハイドラス派』の『協力者』・『支援者』との接触であった。
以前にも言及したが、この世界の『ライアド教』の『影響力』は思いの外強い。
故に、何処の『国』の内部にも、『ライアド教』、それも『ハイドラス派』の『協力者』・『支援者』は存在するのである。
ここら辺が、『リベラシオン同盟』にはない『下地』であり『強み』であろう。
ウルカらの『真の目的』は、『至高神ハイドラス』から『神託』を受けた、『失われし神器』である『魔道人形』・エイルの確保ではあるものの、表向きは世界各地を練り歩いて人々を救いながら『布教』の旅をしている『宣教師』・あるいは『伝道師』としての『身分』を名乗っている。
これは、『血の盟約』のメンバーが良く使うアンダーカバーであり、ニコラウスも似た様な『肩書き』を名乗っていた事もあった。
これは非常に理にかなったやり方ではあった。
そもそも、大半の人々にとっては、『神々』と呼ばれる『高次の存在』は知覚する事すら不可能な遠い存在である。
故に、極端な話、人々が信じるのは、実際に救いを与えてくれる『人』の存在であり、彼、あるいは彼女を介して、間接的にその“バックボーン”である『宗教』の『信者』となるからである。
また、『ライアド教』の『秘術』である『回復魔法』によって、効率的に『信者』や『信仰』を集められる様になっているのは以前にも言及したが、その『副次効果』として、当然ながら『情報』も数多く集まってくる訳である。
ウルカらも、『協力者』や『支援者』のもとに身を寄せながら、表向きの活動をしつつ、『ヒーバラエウス公国』の『情報』を集めていたのだった。
言うまでもないが、この世界では『インターネット』などの『IT技術』が発達していない。
しかし、そうした世界であろうとも、人々の“噂話”と言うモノはそうそうバカに出来ないモノなのである。
中には、当然眉唾なモノも数多く存在するが、また中には、何故そんな事が流出したのかと疑問に思うほどの『重要』過ぎる『情報』が出回る事もままある。
かなりの短期間に事を成したので、多少なりとも“ひずみ”や“軋轢”が生じているとは言え、『ヒーバラエウス公国』の“裏”を牛耳っている筈のニコラウスの『情報』にしても、いつの間にか人々の“噂話”に乗っていたりする事からも、人々の“口コミ”の『力』がいかに恐ろしいかが良く分かるだろう。
さて、そうした『情報』の中に、エネアがニコラウスと接触した、あの炎上して『ヒーバラエウス公国』の『裏社会』から消え去った『組織』の話もあった。
火を放ち恐らく『証拠隠滅』を図っている以上、トリアとしてはそこにはすでに『手掛かり』がない事は分かりきっていたのだが、ウルカが「少し試したい事があるのでそこに行きたい」と言うので、ウルカには何か考えがあるのだろうと、トリアも特に反対する事なく付き従ったのである。
しかし、『至高神ハイドラス』からの『神託』とは言え、また、ウルカが『異邦人』であり『血の盟約』のメンバーである彼女達よりも、更にとんでもない『使い手』である事は、同じ『血の盟約』の『同胞』からの『情報』で承知しているとは言え、トリアにとっては、当初ウルカはただの『新参者』でしかなかった。
それ故、極短期間に『至高神ハイドラス』に選ばれたウルカに、ある種の『嫉妬心』みたいなモノを抱えたまま行動を共にする事となったのである。
だが、『ロンベリダム帝国』から『ヒーバラエウス公国』への旅の道程で、トリアはその認識を改めた。
いや、より正確に言うならば、トリアはウルカを信奉するまでに至っていたのである。
以前にも言及したが、『血の盟約』のメンバー達は、『至高神ハイドラス』が操りやすいと言う理由で、高い『能力』を持ちながらも、何処か『精神』に異常をきたしていたり、破綻していたり、あるいは、心に闇を抱えている者達で構成されていた。
トリアも、もちろん例外ではない。
しかし、彼女の心の闇は、ウルカの手によって打ち払われたのであった。
トリアが抱えていた問題、それは、所謂『呪い』によるモノだった。
この世界には、『現代魔法』へと統合される以前に、今現在では『失伝』した『技術』が数多く存在する。
『呪術』に関するモノもその一つであった。
もっとも、アキトの使用する『結界術』同様に、今現在でも“完全な形”ではないものの細々と『継承』されてはいるのだが。
トリアは、今現在は滅びてしまってはいるが、『ロンベリダム帝国』の周辺国家群の一つの、小さな『国(部族)』の『高貴』な生まれであった。
しかし、その周辺国家群は常に対立の火種を抱えていて、彼女が幼い頃に、彼女と彼女の『一族』は、『敵対勢力』であった『国(部族)』に雇われた『呪術師』の手によって、彼女を残して全滅したのだった。
もちろん、『指導者』を失えば、『国(部族)』もろくに機能しなくなるので、先程も述べた通り、『国(部族)』も攻め滅ぼされる事となった。
しかし、トリアだけは、生来『魔素』との高い親和性を持っていた為に、『呪術』に対するある程度の『抵抗』も可能であった。
それ故、生命は助かった訳だが、その『呪術』の影響で、とある『呪い』を受ける事となったのである。
それが、彼女の深い『コンプレックス』のもとともなり、また、彼女が『血の盟約』に籍を置くキッカケともなった、顔から常時『分泌物(膿)』が吹き出す『呪い』だった。
これは、特に年若い女性にとっては、ある意味死ぬよりも『精神的』にキツい『呪い』であろう。
生来彼女は、非常に美しい少女であったのだが、この『呪い』を受けて以降は、その『素顔』は二目と見られないモノとなり、常に『素顔』を隠す生活を余儀なくされた。
その苦痛は筆舌に尽くし難いモノだったであろう。
事実、彼女は何度も自ら命を絶とうとしたか分からないほどであった。
それでも、今日まで生き長らえてきたのは、ひとえにトリアの『一族』を滅ぼし、彼女をそんな状況に追い込んだ者達への『復讐心』と、『至高神ハイドラス』の『言葉』の支えがあればこそだった。
詳細は省くが、トリアは『至高神ハイドラス』の『力(情報力)』を借り、彼女の『復讐』はすでに果たされている。
その結果として、彼女は『至高神ハイドラス』に深い感謝と忠誠を誓っていた。
しかし、彼女の『呪い』だけは打ち払う事が叶わなかった。
彼女の『復讐』の対象には、当然『呪術師』も入っていた訳だが、その『呪術師』も、『呪い』の『解呪』方法までは知らなかったのだ。
これは、前述の通りに、『呪術』が『失伝』した『技術』の一つだった為である。
もちろん、ハイドラスにとってみれば、その程度の問題を何とかする事は朝飯前な訳であるが、『制約』によって、この世界の者に直接『干渉』する事が困難だった為、捨て置かれる事となった。
一応、トリアに『呪い』を何とかする方法がある事だけは示唆して。
その後、ハイドラスから『神託』を受けて『使命』に赴いては、その一方で『呪い』の『解呪』方法を彼女は探し求めていた訳であるが、結局、何の進展もないまま無為に時間を過ごす事となった。
そんな時に出逢ったのが、『異邦人』・ウルカであった。
ウルカは、トリアと旅を共にする過程で、トリアの『呪い』を知る事となった。
心優しく、なおかつ同じ女性であるウルカがトリアに同情するのは当然の流れであろう。
しかも、ウルカには、『呪い』をどうにかする事が可能であった。
「トリアさん。少し試したい事があるのだけれど。」
「・・・何ダ、『異邦人』。」
その時のトリアは、ヴェールで『素顔』を覆い隠し、ウルカに対する態度も素っ気ないモノだった。
長い年月をかけた『呪い』の『解呪』方法を探す事にも疲れ果て、半ば『自暴自棄』になっていたのである。
「恐らくだけれど、私の『力』を使えば、貴女の『呪い』を解く事が可能だと思うのですけど・・・。」
「なっ・・・!!!???そ、それは本当カっ!!!???」
しかし、そんな態度もウルカは気にせず、トリアにその『事実』を伝える。
トリアは、それを目を見開いて問い返した。
「え、ええ。多分、だけれど。トリアさんさえ良かったら、試してみても良いかしら?」
「た、頼ムっ!!!可能性が少しでもあるなら、それだけでも十分ダっ!!!」
「分かったわ。」
必死に懇願するトリア。
彼女からしたら、これまでの経緯から藁にもすがる思いだった事だろう。
そして、それを受けて、ウルカは頷き、『魔法』を解き放った。
「【女神の癒し手】っ!」
「っ!!!」
それは、トリアが今まで聞いた事もない『言葉』で紡がれた『魔法』であった。
【女神の癒し手】は、フルダイブ用『VRMMORPG』・『The Lost World~虚ろなる神々~』内限定の『魔法』だが、元・『Lord of The Lost World』のメンバー達は、『異能力』によりこちらの世界でも使用可能であると判明した『戦闘不能』以外の『バッドステータス』を回復する『状態異常完全回復』の『魔法』である。
当然、こちらの世界とは『魔法・魔術体系』が違うので、トリアが聞いた事がないのは当たり前であろう。
優しい光が、トリアを包んだと思ったら、彼女の顔を長年蝕んでいた苦痛、あるいは違和感が嘘の様に消えて無くなっていた。
『術者本人』であるウルカにも、どういう理屈で『TLW』の『魔法』がこの世界でも使えるのかは疑問だったが、実際に問題なく使用出来て、しっかり効果があるのは見ての通りだ。
それ故、今ではすっかりその事に慣れ、特に気にする事も無くなっていた。
ハッとして、トリアは恐る恐るヴェールの中の『素顔』に触れる。
その手には、『分泌物(膿)』が着いていなかった。
慌ててトリアは一種の心の『防波堤』として機能していた『ヴェール』を取り払う。
「っ!!!???」
「あら、『素顔』はとても美しいのね?羨ましい限りだわ。」
「・・・ぇっ・・・?」
「問題なく上手くいったみたいね。もう大丈夫よ、トリアさん。はい、私の手鏡を貸してあげるわ。」
内心ウルカは『魔法』が上手く機能した事に安堵し、トリアにそう告げた。
その現実に今だに思考が追い付かないトリアは、手渡された手鏡を促されるままに恐る恐る覗き込み、そこに映っていたモノを見た。
そこには、美しい顔立ちの女性が映し出されていたのだった。
しばらく、呆然としていたトリアだったが、その現実が彼女の頭に染み渡っていくと、彼女は感涙にむせび泣いた。
長年、トリアの身体と心を蝕んでいた『呪い』は、今、完全に取り払われたのであった。
涙を流すトリアを優しく抱き締め、ウルカは微笑んでいた。
その様は、まさしく『聖女』然としたモノだった。
「主ヨ、この御方を遣わされた事、御逢いできた事に感謝しマスっ・・・!!!ウルカ様、これまでの数々の御無礼、どうぞ御許しくだサイ。そして、もし許されるのならば、我が身をどうぞご自由にお使いくだサイ。」
「・・・えっ!?」
しばらくして気持ちの落ち着いたトリアは、ウルカが自分の仕えるべき方なのだと見定め、伏してウルカに嘆願したのだった。
ウルカは、そのトリアの様子に面食らったが、この世界に詳しく、かつ信頼出来そうな者がこれまでいなかった事も手伝って、すぐに頷くのだった。
「顔を上げてください、トリアさん。私は気にしていませんから。それに、使う使わないは私にはよく分かりませんけれど、よければ私のお友達になってくれないかしら?この世界の事を、色々教えて貰えると有り難いわ。」
「・・・何と慈悲深い御言葉・・・。ハッ、お任せくだサイ、ウルカ様。」
「もう・・・。」
こうして、多少の『認識』の齟齬はあるものの、ウルカとしては心強い『仲間』が、トリアとしてはハイドラスに並び立って仕えるべき『主』が出来たのであったーーー。
誤字・脱字がありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。是非よろしくお願いいたします。
また、もう一つの投稿作品、「遊び人・ハヤトの異世界事件簿」も、本作共々、御一読頂けると幸いです。