振り回される者達
続きです。
どうにか土曜に間に合った・・・。
◇◆◇
元『LOL』のメンバーで、現在は『所属』を明確にしていない、『異邦人』・ウルカは、徐々に『ライアド教』に傾倒しつつあった。
『宗教』と言うモノは、まぁ、一言で語る事は難しいのだが、人々の生活において非常に重要な役割を担っていると考えられている。
人々の心と言うのはそれほど強いモノではないので、“何か”にすがる事、絶対に倒れない『価値観』、あるいは『概念』とも呼べるモノに“心の拠り所”を求めるのは、心の平穏を保つ為にも、決して悪い事ではないのである。
それ故に、その『中心』となるモノは、人々には理解が及ばない『超常的存在』や『超自然的存在』を据える事がままある。
例えば、『神』や『仏』、『原理』、『道』、『霊』などがこれに当たるのだ。
言いかえると、『宗教』と言うのは『人生』と言う長い『旅』を続ける為の、ある種の『杖』の『役割』を果たしてくれる、と言えるだろう。
しかし、とかく人は、そうしたモノにどっぷり『依存』する事がままある。
先程も述べた通り、『杖』としての、言い方はアレだが、ある種の『道具』としての『役割』以上のモノを、『宗教』に求めてしまうのである。
言うなれば、『宗教』に自身の“全て”を委ねてしまうのだ。
ウルカは、向こうの世界に帰れない事に対して、強い未練を持っている女性だった。
そうした“心の隙”を持った者は、容易に“何か”にすがってしまうし、『他者』にその“心の隙”を利用されてしまうモノである。
ー・・・『異邦人』ウルカよ・・・ー
「・・・えっ・・・?」
『ライアド教』の『外部協力者』として奉仕活動に尽力していたウルカは、ふいに頭の中にハイドラスの『声』が響き渡るのを感じていた。
内心ハイドラスは、ウルカと『リンク』が繋がった事に安堵しつつも、威厳のある『声色』で、戸惑うウルカの懐柔を始めた。
ー戸惑うのは無理がない。我は『至高神ハイドラス』。我は今、そなたの『心』に直接語りかけているのだ。ー
「『至高神ハイドラス』、様、ですか・・・?」
ウルカの『ライアド教』への傾倒は、所謂『代償行動』であった。
人は、何らかの理由で目的を満たす事が不可能だった場合、他の“何か”でそれを満たそうとする事がある。
ウルカの例でいくと、向こうの世界に帰れない事がそれに当たり、その『代償行動』として、こちらの世界での自身の『承認欲求』を満たす事で、その現実から目を逸らす事としたのかもしれない。
ウルカも最初は、あくまでこの世界の『情報収集』の一環として、『ライアド教』への『外部協力者』として出入りしていたにすぎない。
ククルカンと共に、“『回復魔法』の使い手”としての立場から『ライアド教』と一定の距離を置きつつ付き合って来たのだ。
しかし、そうした活動を通して、神官や修道女、信者や患者からの感謝と尊敬を一心に浴びると、正直ウルカも悪くない気分を味わっていた。
もちろん、これは、他のメンバー達も多かれ少なかれそれぞれの場面で感じた優越感であろう。
客観的事実として、それだけ、『異邦人』達の『力』は優れていたのだから。
しかし、『テポルヴァ事変』の折り、ウルカらは向こうの世界に『帰還』する事が、ほぼ絶望的である事実を知る事となった。
それに伴い、『仲間達』の“考え方”の違いも浮き彫りになり、ウルカは精神的に追い詰められる事態となった。
もちろん、ティアらによって、ある種の“精神ケア”も試みられたが、ウルカが求めているモノは、あくまで向こうの世界への『帰還』であって、事実をありのまま受け入れて、こちらの世界で前向きに生きる事、と言うのは、彼女には難しい注文だったのだ。
いつしか、向こうの世界の事を思い出す、と言う理由で、『仲間達』との接触を拒む様になり、ウルカにとって“居心地の良い場所”となっていた、『ライアド教』の『教会』に入り浸る様になっていく。
人の心と言うモノは、何とも難しいモノである。
そして、“癒しの女神”やら“聖女”ならと褒めそやされる事で、前述の通り、『代償行為』としての『承認欲求』を満たしていたのだった。
自分を“無条件”で(もちろん、そんな事はないのだが、ウルカはもはやそんな事すらも冷静に判断出来ない『精神状態』であった)受け入れてくれる『ライアド教』に傾倒するのは、ある意味無理からぬ事であろう。
更に、ここで『至高神ハイドラス』から『啓示』を受けた事で、ウルカの中の『依存心』は最高潮に達していた。
当然ながら、こちらの世界においても、『神』と呼ばれる様な超越的な存在は、極一部の者達には『アストラル体』として明確にその存在を確認されているが、大半の人々にとっては認識も出来ないほど遥か遠い存在である。
そんな存在に“選ばれた”と言う優越感は、『血の盟約』の例からも分かる通り、容易に人はそれを『盲信』してしまうモノなのである。
ーそなたの『異邦人』でありながら、この世界の民達を思う献身、誠に見事である。我は、そなたの『心』を嬉しく思う。ー
「そ、その様な事はっ・・・!」
そう謙遜しながらも、内心ウルカは絶頂状態であった。
超越的な存在から『自己』を認められる事。
それほど、『承認欲求』を満たす事も他にはないだろう。
ーしかし、我は憂いているのだ。民達の平穏を脅かす、災いの数々を・・・。ー
「と、申しますと?」
ーそなたも知っていよう。『魔獣』や『モンスター』が我が物顔でそこらを闊歩し、それにも関わらず、人同士でも醜い争い事をし、更には、そなたらをこの世界に招いてしまった『古代魔道文明』の『遺産』、『失われし神器』などの存在を。ー
「はい。一応、ですが。私は、こちらの世界に来て、まだ日も浅いですから。」
ーうむ、そうであったな。実は、我は、そなたの様な『心』を持つ者に、『失われし神器』などの『古代魔道文明』の『遺産』を捜索・回収する様『神託』を下しているのだ。悪しき者達に、それを利用されない様に『封印』する為にな。ー
「なんとっ・・・!」
ーしかし、ここから遠くの地にて、悪しき者によって、『失われし神器』が『悪用』されている様なのだ。残念な事に、それの捜索に赴いていた我が子が、我がもとに召される事となった・・・。ー
「そんなっ・・・!!!」
ー我が子には悪い事をした。しかし、それからも分かる通り、悪しき者に『失われし神器』が渡る事は、悲劇を生みかねないのだ。ー
「それは、そうでしょうね・・・。」
ウルカ自身も、『失われし神器』・『召喚者の軍勢』によってこちらの世界に喚ばれてしまった『被害者』の一人であり、その『力』を身を持って知っている。
『ロンベリダム帝国』・皇帝であるルキウスも、同様に『失われし神器』の捜索をウルカらに求めていたが、ウルカはルキウスに対して不信感を持っていたし、現状では、仲間達も、『失われし神器』の『情報』は入手してはいない様だった。
そもそも、『失われし神器』と言うのは、そう易々と手に入る物ではないので、当然と言えば当然なのだが。
明確な『情報』が入ったのは、ウルカらがこの世界に来てからは、初かもしれない。
ーそこで、そなたに頼みたいのだ。その『失われし神器』を悪しき者から奪還して欲しいのだ。ー
「それは・・・、もちろん、協力させて頂きたいのですが、何分私はこちらの世界の事は、皆目分かっておりません。それに、私でお役に立てるかどうか・・・。」
ウルカの『職業』は『大司教』。
所謂『支援職』であり、もちろん、彼女も『TLW』時には戦闘経験がそれなりにあるが、こちらの世界で実戦を経験した事は、『テポルヴァ事変』を経てもなお皆無であった。
なぜなら、『戦闘職』である仲間達が、『魔獣』や『モンスター』を簡単に打ち倒してしまう為、『支援職』であるウルカにまでお鉢が回ってくる事がなかったからだ。
それ以降は、前述の通り、帝都・『ツィオーネ』にある『ライアド教』の『教会』に入り浸っていた為、彼女は、いまいち自分の『力』がどれ程強力なモノかを理解しかねていた。
ーそなたの『力』なら大丈夫だと思うが、そなたの言ももっともである。ならば、我が子を一人つけよう。その者と協力して、事に当たって欲しい。ー
「分かりました。」
ーうむ。そなたの献身に感謝しよう。・・・ああ、それともう一つ。ー
「???何でしょうか?」
ーあちらの世界への『帰還方法』についてだが・・・。ー
「っ!!!???」
ハイドラスは、最後に“揺さぶり”を仕掛ける。
現金な話だが、『対価』を支払わない『労働』など、本来ありえない。
それが、事『権威』からの『勅命』や『神託』であると、その辺をうやむやにしてしまう事がままあるが、ハイドラスはそこをあえてクリアにしておく事で、ウルカの『心』を更には“縛ろう”としていた。
『絶望』のどん底にいたウルカにとっては、その言葉は甘い『希望』であった。
ー我の『力』ならば、そなたらをあちらの世界へと“還す”事も可能なのだが、残念ながら、我は『制約』によって、そなたら子らに直接介入する事が出来ないのだ。あくまで、人の世の『理』は人の手で成さねばならぬからな・・・。しかし、そなたらをこちらの世界に喚んでしまった『失われし神器』があると言う事は、そなたらを向こうの世界に“還す”『失われし神器』もあると言う事。もちろん、『本来の肉体』には戻れぬかもしれぬが・・・。ー
「なんとっ・・・!!!」
ウルカが求めているモノ、それをハイドラスが“ある”と示唆した事によって、ウルカの中で『失われし神器』への優先度が更にはね上がった。
それと同時に、ハイドラスに対する『依存心』も。
ーそなたが『失われし神器』を捜索していく内に、それに出逢う事もあろう。その時は、そなたの“望む通り”にすれば良かろう。本来、そなたは『異邦人』なのだから・・・。ー
「ハッ!御心に感謝致します。」
ーうむ。では、頼んだぞ・・・。ー
「はい。お任せ下さい。」
ウルカは、ハイドラスとの『リンク』が切れた事を、何となく感じていた。
しかし、いつの間にか平伏し、歓喜の涙を流している自分に気付いた。
『夢』ではない。
そう、ウルカは感じていた。
こうして、ハイドラスは『異邦人』の中から、自由に動かせる『駒』を一つ手に入れたのだったーーー。
◇◆◇
「アキトぉ~、『極秘資料』取って来たけどぉ~!」
「ああ、お疲れ様でした、アイシャさん、ティーネ、リサさん。それはディアーナさんの所に持っていって下さい。」
「しかし、どこの国でも『貴族』と言うのは不正ばかりですねぇ~。」
「逆に言うと、それくらいしか『武器』がないって事じゃない?」
「あの~・・・、これはっ・・・?」
「えっ?『反戦派』を快く思っていない『貴族』達の『極秘資料』ですけど?」
「そうではなくっ!!!って、これ、全部ですかっ!!!???」
「モルゴナガルさんからも『情報提供』頂きまして。僕らよりも、ディアーナさんの方が、有効に活用出来るでしょ?使える様なら『味方』に引き込んでも良いし、使えない様なら『処罰』すれば良いし。」
サラリと恐ろしい事を平然と述べるアキト様。
私の目の前には、今、まさしく山と積まれた『資料』の数々が持ち込まれていました。
「しかし、『極秘資料』を取ってくるのは簡単ですけど、それを『処理』するのがディアーナさんお一人では大変ですよねぇ~。とは言え、僕らが勝手に判断を下せるモノでもありませんし・・・。いっその事、ディアーナさん寄りの方々の手を借りるのも一つの手ですよね。あるいは、あれっ?『ヒーバラエウス公国』では、どういう『統治機構』を取っているんでしたっけ?普通に考えると、君主一人で全ての政務をこなすのは不可能ですから、『議会』とか『元老院』が存在する筈ですけど・・・。」
「『ヒーバラエウス公国』では、我が父、君主・アンブリオ大公を頂点とし、我が兄・ドルフォロやグスタークを始めとした『名門貴族』出身者から成る『貴族院』が君主の政務的な補佐を司っておりますわ。一応、私もその一員ですけれど・・・。」
「なるほど、実質的には、その『貴族院』が『ヒーバラエウス公国』を治めている訳ですね?しかし、議員たる『貴族』の中には、『主戦派』がかなりの割合を占めていますねぇ~。現状では、この『極秘資料』を『貴族院』で審議するのは、些か『公平性』を欠くかもしれませんね。やはり、『反戦派』を纏め上げて、『主戦派』を一人一人切り崩していくのが得策でしょうねぇ~。」
「やはり、それが一番ですわよね・・・。って、そうではなくっ!!!」
「・・・はい?」「・・・うん?」「・・・どうされました?」「・・・どしたの?」
やれやれと言った感じで、外出から戻られたアイシャ様、ティーネ様、リサ様は寛いでおります。
アキト様は、先程から気にした風もなく、何やら“書き物”に興じておりますし、私と“気持ち”を共有して頂ける方は、この場では、私達の身の回りの世話をして頂いている侍女の方々だけですわね。
「『極秘資料』、どうやって取って来たんですかっ!!!???一番入手困難な物の筈ですよっ!!!???」
そうなのです。
もちろん、私も『政治』の『世界』に関わる者の一人として、“清廉潔白”な『政治家』など、それこそ皆無に等しい事は重々承知しております。
それ故、それら不正行為の数々を示す『極秘資料』が存在する事は理解出来ますが、しかし、それは『政治家』にとっては一番の『急所』でもあります。
つまり、それらを入手する事は困難を極め、更には、面白半分で藪をつつけば、その者に『明日』はないでしょう。
言わば、『水面下』で『謀略』・『知略』・『計略』・『武力』・『資金』などなど、その者の持てる“全て”を駆使して守っている筈です。
こんなにアッサリ、陽の目を見る事など本来有り得ない事なのですけれど・・・。
「どうっ、て・・・?」
「普通だよね?ちょっと『潜入』しただけだし・・・。」
「今や、アイシャ殿もリサ殿も、一流の『隠密技術』を持っていますから、我々だけでも『任務』は可能ですもんねっ!」
「けど、あいかわらず、ボクは苦手なんだけどねぇ~、『潜入』って。正面からぶっ飛ばした方が早くない?」
「あっ、それ分かるぅ~!」
「いやいや、勘弁して下さいよ。僕らは戦争に来た訳じゃないんですから。」
あっけらかんと述べるアキト様達。
私は、以前に仰っていたアイシャ様達の発言を思い出していました。
~~~
「ああ、うん、大丈夫っ!アキトの『心の中』に還っただけだからっ!!」
「「「・・・はっ???」」」
「お三方・・・。私から申し上げるのはアレなのですが、主様やセレウス様がなさる事に一々反応されていては、この先身が持たないかと存じます。」
「そうだねぇ~、あんまり気にしない方が良いよぉ~?ボクらも“事情”は知ってるけど、正直よく分かってないのが実情だし。まぁ、ダーリンとセレウス様にはボクらの『常識』は通用しないから、とりあえずそれだけ分かっておけば良いよぉ~?」
~~~
どうやら、『常識』云々と言うのは、アキト様やセレウス様だけでなく、アイシャ様、ティーネ様、リサ様にも言える事なのかもしれませんわね。
私は、軽く目眩を覚えつつ、しかし、“気持ち”を切り替える事としました。
入手方法は、この際置いておくとして、これらの『極秘資料』は、確かに私にとっては強力な『武器』になるのですから。
「まぁ、そんな訳で、そちらの方はディアーナさんにお任せします。セドリュカ子爵も話せる御仁の様ですし、ディアーナさんを支持している方も多いでしょう?僕は政治的な事には疎いモノですから・・・。」
これだけの事を仕出かしておいて、この御方は何を仰っているのでしょう?
今ならハッキリと、『リベラシオン同盟』の“英雄譚”は、だだの噂でも誇張でもなく、明確な『事実』なのだと理解致しました。
こんな感じで、この方達は、『ロマリア王国』にも変革をもたらしたのでしょうね・・・。
「分かりました。御協力、感謝致しますわ。・・・ところで、アキト様は先程から何をされているのでしょう?」
「ああ、これですか?これは『農作業用大型重機』の『設計図』ですよ。元々“プラン”自体は、随分前から僕の中にあったのですが、リリさんの協力を経て、ようやく現実味を帯びてきました。ここでポイントになるのが、『魔道具』を『魔法使い』と完全に分離する事ですね。本来、『魔道具』と言うのは、『魔法使い』と言う特殊な『魔法技術』を修めた者以外にも、つまり“一般人”にも使えてこそ意味のある物ですが、『生活魔法』以外は、前提として『魔法技術』が必要になってきます。もちろん、僕も、『魔法技術』が流出する事を恐れる事は理解しておりますが、『技術』は発展してこそ意味のあるモノだとも考えていますし、セキュリティの問題も、ここではクリアしておりまして、物自体を『ブラックボックス化』する事によって、『模倣』される事を防いでいるのです。これは、『生活魔法』にも施されているんですが、そもそも『生活魔法』やこの『農作業用大型重機』には『古代語魔法』による『魔法式(魔法陣)』を盛り込んでいますから、よほど『古代魔道文明』に精通した者でなければ、何が記されているかも理解出来ないと思います。さて、それで『農作業用大型重機』と対になる『始動キー』についてなんですがっ・・・!」
「は、はぁ・・・。」
「あぁ~、はいはい。アキト、ディアーナさんが困ってるからその辺で・・・。」
「ああ、失礼。リリさんの提唱している『魔素結界炉』は、やはり『機械』との相性がバッチリなモノで・・・。『ヒーバラエウス公国』の、『増幅魔法』からの派生なんでしょうが、その発想は素晴らしいですよねっ!おそらく、『古代魔道文明』の『遺産』から着想を得たのでしょうがっ・・・!」
「・・・ディアーナ殿、席を外された方がよろしいかと。」
「こうなると、ダーリンは止まらないからねぇ~。リリさんでも呼んでこようか?」
「あ、ハハハッ・・・。」
アキト様は、本当に(色々)凄い方ですわねぇ~・・・。(棒)
◇◆◇
セドリュカ子爵は、ディアーナと同様に、持ち込まれた『書類』の山に唖然としていた。
「な、何だっ、これはっ!?」
続々と運び込まれる『書類』に、それを黙々とこなしていた執事達に問い掛ける。
その内の、セドリュカの腹心の一人であり、執事長であるハーヴァーが答えた。
「はぁ、公女殿下が一人では捌ききれないから、お手伝い頂きたい、と・・・。」
「公女殿下がっ!?」
ディアーナの名には、セドリュカも嫌とは言えない。
とりあえずパラパラと『書類』を眺めると、セドリュカは汗をびっしり掻いて顔色を変えた。
「な、何だっ、これはっ!!??」
先程と同じ言葉だが、今度は若干ニュアンスが違う。
この『書類』が『貴族』達の『とんでもない秘密』である事に気付いたのである。
慌ててセドリュカは、ディアーナのもとに走るのだったーーー。
『グーディメル子爵家』は、元々は『商家』から始まった『家』である。
それが、『爵位』を賜るに至ったのは、ひとえに『ヒーバラエウス公国』が数多く抱える『鉱石類』によるところが大きい。
その『鉱石類』の『交易』によって巨万の富を築いていた『グーディメル家』が、当時財政面で困難な状態にあった『領主家』の一つから『鉱山』を買い取り、雇用や経済面から『ヒーバラエウス公国』の基礎の一部を築き上げたのである。
その功績が認められ、『グーディメル家』には、『子爵』の『爵位』が贈られたのである。
しかし、『新興貴族』である『グーディメル家』は、『貴族家』の中では新参者である。
現在の地球に置き換えたならば、『ヒーバラエウス公国』の一部を担うほどの莫大な『資金力』を有していたら、その『発言力』は無視出来ないモノになるのだが、『ヒーバラエウス公国』では、『領地』を有する『貴族家』や、『軍属』を数多く輩出した『貴族家』よりも、『商家』から成り上がった『貴族家』は一段下に見られる風潮がまだあった。
さて、そんな中『ヒーバラエウス公国』の『貴族』達は、以前にも言及したが、『主戦派』と『反戦派』に大きく二分していた。
もちろん、『グーディメル家』は『反戦派』である。
『グーディメル家』の“成り立ち”を考えれば、むしろ当然の『選択』であろう。
『交易』によって成り立っている『ヒーバラエウス公国』の、その『交渉相手』の一つを潰すなど、セドリュカにとっては正気の沙汰ではなかった。
確かに『主戦派』が主張する『食糧問題』を根拠とした領土や資源の簒奪は、ある程度セドリュカも理解出来るが、長期的に見ればそれは悪手でしかない。
そもそも、『ロマリア王国』を内包出来るだけの『力』が『ヒーバラエウス公国』にはないのだから。
当たり前の話だが、少人数の争い事ならともかく、『国』と『国』同士の『戦争』において、相手を全滅させる事など、現実的には不可能である。
ならば、当然、どこかで“手打ち”をしなければならない。
では、仮に『ヒーバラエウス公国』が『ロマリア王国』に勝ったと仮定して、「その領土と資源が欲しいから皆出ていけっ!」と、言う訳にはいかない。
その農作地や様々なところで働く人々を、『ヒーバラエウス公国』側の“人材”だけで丸々賄える筈がないからである。
ならば、当然それらの人々をそのまま残す事になるのだが、今度はそれを統治する側の問題である。
当然ながら、『ヒーバラエウス公国』側としては、『ロマリア王国』側の『貴族』達は排除したい訳だが、『ヒーバラエウス公国』側の『貴族』達にも数が限りがある訳だ。
いい加減な統治をしようものなら、侵略された恨みもある訳で、その内『元・ロマリア王国』側の情勢は悪化していってしまうだろう。
そうなれば、『内乱』の始まりである。
つまり、何が言いたいかと言うと、『ヒーバラエウス公国』の『国力』であれば、『戦後』の事を見据えた『根回し』を『戦前』に済ませておかなければならないのである。
しかし、『主戦派』の者達は、そうした事を『表』でも『裏』でも動いた様子がない。
それ故、セドリュカは『主戦派』の主張を論外としていた。
しかし、先程も述べた通り、『グーディメル家』の『発言力』は弱いし、多くの『貴族』達はマトモに取り合おうともしなかった。
ディアーナの存在により、何とか持ちこたえている状況だったのだが、『ヒーバラエウス公国』では、『開戦』の機運が徐々に現実味を帯びた話だったのである。
そこへ受けての『公女暗殺未遂』である。
『主戦派』が、なりふり構わず強行しようとしているのが発覚したのである。
本来なら、これはもはや『反戦派』側としては『詰み』の状態である。
今さら何を言ったところで、『主戦派』の“暴走”は止まらないだろう。
それは、セドリュカの耳にも当然入っていた、たまたまディアーナを助けた“噂”の『リベラシオン同盟』の『力』を借りたとしても・・・。
しかし、『リベラシオン同盟』はいとも簡単に状況をひっくり返してみせた。
『極秘資料』の入手。
そして、もう一つ、『食糧問題』の解決策、であったーーー。
「公女殿下っ!!!」
「あぁ~、セドリュカ卿ぉ~。ご機嫌麗しゅう存じますわぁ~。」
『グーディメル子爵邸』に簡易的にしつらえた『客間』の一つを改造したディアーナ用の『執務室』で、ディアーナは山の様に詰み上がった『極秘資料』と格闘していた。
セドリュカの訪問に、これ幸いとばかりに、その山から疲れた表情で脱出してきた。
「お、お疲れのご様子ですな・・・。」
「それはもう。これでもかと言うほど、『ヒーバラエウス公国』の『貴族』達が腐敗している『証拠』を突き付けられては・・・。」
分かっていた事とは言え、そのあまりの多さに、ディアーナも辟易しながら、ほの暗い笑みを浮かべていた。
それに若干引きながらも、セドリュカは言葉を続ける。
「しかし、これで『勝利』の道筋が見えましたなっ!やはり、これも『リベラシオン同盟』が?」
「ええ。何処かに出掛けたと思ったら、あっという間に回収して来て下さいましたわ。今頃、『主戦派』の方々は戦々恐々・・・、いえ、『リベラシオン同盟』の『力』を鑑みれば、『極秘資料』を奪われた事にも気付いていないかもしれませんわねぇ~。」
「何とまあ・・・。」
ディアーナはもちろんの事ながら、セドリュカも、もはや驚きを通り越して呆れていた。
「とにかく、ここまでお膳立てして頂けたのですから、早々に『主戦派』を切り崩して、『国内情勢』を落ち着かせてしまいましょう。とは言え、明らかに人手が足りませんわ。流石に、この件では『リベラシオン同盟』は頼れませんし、アキト様からも遠回しに自分達で何とかする様に言われましたわ。おそらく、自分達が関与した事が明るみに出た時の事まで予測されていたのでしょう。それに、リリとの『共同研究』の方も重要ですからね。」
「そうですなぁ~。流石に『他国』の者の手を、まぁ、借りはしたのですが、表立って関与した事が発覚すれば、何を言われるか分かったもんではありませんからなぁ。とは言え、人手をどうするか、ですな。」
「ああ、それなら、『パーティー』でも開けばいいんじゃないですか?『反戦派』の『決起集会』って体で集まれば、いきなり皆さんをお呼びするよりかは不自然ではないでしょう?」
「「っ!?」」
いきなりひょいっと現れたアキトに、ディアーナとセドリュカは驚きの表情を浮かべた。
「すいません。『設計図』がこちらに混ざってしまった様でして。取りに来たら御話し中だったので、聞くともなしに聞こえてしまったのですが、っと、あったあったっ!じゃっ、頑張って下さいねぇっ~!!」
「「・・・。」」
まるで嵐の様に、突然現れてはすぐに消えたアキトに唖然としながらも、ディアーナとセドリュカのこれからの『予定』が決定したのだった。
「で、では、そう言う事で・・・。」
「え、ええ、『招待状』を送っておきます・・・。」
微妙な表情のまま、二人は空虚な笑みを浮かべるのだったーーー。
誤字・脱字がありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。お嫌でなかったら、是非よろしくお願いいたします。
また、もう一つの投稿作品、「遊び人・ハヤトの異世界事件簿」も、本作共々御一読頂けると幸いです。