『魔道人形【ドール】』
続きです。
『遺物』、そう、『遺物』なのだ。
それが、私の運命を決定付けたのかも知れない。
私の家には、代々不思議な『遺物』が受け継がれていた。
後に私が『先史文明』に強い興味を惹かれたのも、幼い頃のその記憶が影響しているのかも知れない。
それが『先史文明』の『遺物』であったと気付いたのは、ずっと後の事ではあるが、私がまだ10歳になる前に私の家はその『遺物』を失う事となった。
『ラ・イアード教会』による『聖遺物』狩り。
その『事実』に気付いたのは、私が大人になってからだったが、おそらく、私が住んでいた街はその『遺物』が原因で滅んだのだろう。
もちろん、その『事実』が公になる事はないだろう。
私の住んでいた街は、謎の『疫病』によって、滅んだ事になっているのだから。
~中略~
好奇心旺盛であった私は、もちろん、子供であった事もあってか、所謂『掟』を破る事がしばしばあった。
大人になった今でこそ、自分が悪い子供であったと思えるが、むしろそれが原因で、私はその『疫病』から逃れる事が出来たのだった。
もっとも、私がその事を思い出したのは数十年も後の事である。
その時見た光景は、幼い私には衝撃が強すぎた為、その記憶を封印する事で、己の『精神』を守ろうとしたのかも知れない。
また、運も相当強かったのだろう。
たまたま通りがかった旅人に私は保護されて、こうして生き残る事が出来たのだから。
~中略~
私の家は、かなり裕福な方だった。
残念ながら、件の『疫病』で、私は家と家族を失う事となったが、親戚筋の人間に私は引き取られる事となった。
やはり、その親戚筋も裕福な方で、子供一人増えた所で問題はなかったのだが、『異物』が紛れ込む事による違和感はあったのだろう。
大人達はともかく、私の“いとこ”達は、私の扱いを困りあぐねた様子だった。
私自身も、それを敏感に感じ取り、波風を立てない様に生きる術を身に付けた。
それ故、多少内向的で書物を友人とした子供時代を過ごす事となったのだが、表面上は“いとこ”達とも上手くやっていたし、後に『数学者』となった私は、それで良かったのだと考えている。
~中略~
私が成人する頃、“いとこ”達は『軍人』になったり、嫁いでいったりした。
一人前の男として、身体能力が高い者が一段上に見られる風潮があった私の国では、国に奉仕する『軍人』を自身の家から輩出する事はこの上ない名誉な事であった。
私は、目立たぬ様に書物などを友人に子供時代を過ごしていたので、もちろん身体能力については同年代の男に比べたら劣っていた。
しかし、結果的にそれで良かったのだろう。
“いとこ”達は、ある種私を下に見る事で心の平穏を守り、結果的に希望していた将来を切り開いたのだから。
少なくとも、私の存在が悪影響にならなくて、私はホッとしていた。
一方の私は、『数学者』として植民都市への留学が決まっていた。
いくら親戚筋の家と言えども、『異物』である私がその家を出る事は、私にとっても、親戚筋の家にとっても良い事であろう。
それに、私は親戚筋の直接の子供ではないのだが、他から見れば同じ事だ。
『軍人』ほどではないが、『学者』を輩出した家ともなると、『市民』達のその家を見る目もまた変わるだろう。
私は私で、ある程度親戚筋に対する『恩』を返せたのではないのだろうかと思う。
その後、他国との戦争でその私が住んでいた都市が他国の軍門に下るまで、また、私が出奔するまで、私は定期的にその家に“仕送り”を送っていた。
後に風の噂で、『軍人』となった“いとこ”は残念ながら戦死したらしいが、その家は今も健在だと聞き及んでいる。
~中略~
『模様』、そう、『模様』なのだ。
私は、自分で言うのも何だが、かなり『才能』があった様だ。
植民都市で『数学者』として名を馳せていた私は、ある時、その植民都市の一番の『名家』に仕える事となった。
どうやら、他国に鞍替えする算段で、その『手土産』を欲していた様である。
『数学』は、ただの数字の羅列などではないのだ。
その『深遠』は、『秘術』たる『魔術』にも通じているのだそうである。
私は、それまで『魔術』に触れる機会がなかったが、その植民都市で、初めてその『存在』に出逢ったのである。
それが、『魔術師』との邂逅であった。
彼の者が操る『魔術』は、非常に興味深かったが、それ以上に私を虜にしたのは、その『魔法式(数式)』であった。
その『魔法式(数式)』には、幼い頃に親しんでいた、あの『遺物』に描かれていた『模様』と類似した点が多くあったのだ。
私が、数ある『学問』の中で、特に『数学』に惹かれたのは、これもやはり幼い頃の記憶が関係していたのかも知れない。
そうして私は、『魔術』にのめり込み、いつしか『魔術師』と呼ばれる様に成っていったのである。
~中略~
滞りなく植民都市の他国との併合は進んだ。
やはり、他国にとっても『魔術』は魅力的だったのだろう。
私は、我が師と仰いだ『魔術師』と共に、他国に赴く事となった。
他国に協力しながら、私は独自の研究に没頭していた。
その頃になると、私は封印していた幼い頃の記憶を完全に思い出していた。
それは、望郷だったのか、はたまた『教会』に対する憎悪だったのかは、それは今でも定かではないが、私は、いつしか、あの『遺物』をもう一度この目で見たいと考える様になっていた。
~中略~
『魔術師』狩りがあった。
私は、いつしか、我が師と仰いでいた『魔術師』から独立し、弟子を取るまでになっていた。
ある時、我が師が私のもとを訪れた。
すぐに姿を隠せ、と。
『魔術』の需要が高まると、様々な勢力が私達の『力』を付け狙う様になっていた。
かねてから、『遺物』と『先史文明』の研究をしたいと考えていた私は、私に付き従ってくれた弟子達や従者達を伴って出奔する事とした。
目指すは『タールブ』の地である。
そこは、私の家にあった『遺物』を持ち帰ったと伝えられた土地だからである。
~中略~
長く困難な旅路の果てに、私は『タールブ』の地に辿り着いていた。
執拗な『魔術師』狩りに見舞われ、私の弟子達や従者達は、一人また一人と捕らえられていった。
もちろん、私も人並みの心はあるつもりだ。
彼らを見捨てる事は出来よう筈もない。
だが、私は一人ではなかった。
私を慕って付き従ってくれた者達を巻き込んで、自暴自棄な行いをする事は憚られた。
苦渋の決断の末、私は少数になった弟子達と従者達を伴って前に進んだ。
そして、ようやく私達は安息の地を得たのだった。
~中略~
『タールブ』の地には、『先住民』が住み着いていた。
彼らは、『異邦人』である私達を、始めは警戒していたのだが、私達が操る『魔術』を見ると、私達を歓迎する様になった。
『先住民』の長老に話を聞くと、彼らの『信仰』する『神』もまた、私達が操る様な『秘術』を用いて、彼らをこの地に導いたのだと言う。
私達の事を、どうやら『神』か、それに類する者と勘違いした様だ。
しかし、『神』かどうかはともかく、私達は彼らを、彼らは私達を、お互いに助け合う事で良好な関係を築く事に成功していた。
私達は、この地を終の棲家と定めて定住する事とした。
流石の『魔術師』狩りも、この地までは追って来なかったからである。
そうして、月日は流れていった。
~中略~
私は、ついに私の家にあった『遺物』と同じであろう『先史文明』の『遺跡』に辿り着いていた。
『タールブ』に定住して何年後か、ある時、長老が気になる話を聞かせてくれた。
『先住民』達が『聖域』と定めている『洞窟』の話である。
そこは、彼らの『神』が住んでいた『聖域』とされているのだそうである。
私は、長老に許可を取り、一人で密かに調査に赴く事とした。
弟子達や従者達は、幸いな事に、この地で家族を得て、幸せに暮らしていたので、それを邪魔する事は憚られたのである。
『洞窟』は、『魔獣』や『モンスター』の巣窟であった。
しかも、数々の『罠』もあり、私が最奥の『レリーフ』や『石版』を見つけた時には、私自身も深く傷付いていた。
しかし、私は満足であった。
私は、私の『故郷』を失った事で、言い知れぬ虚無感を持っていたのだろう。
自分自身の『起源』とも言うべき、家や家族を失っていたからだ。
それ故に、その『起源』に必要以上に執着していたのかも知れない。
それが、『遺物』であり、それに類似した『数式』であり『魔術』だったのだ。
しかし、私はとうとう自身の『起源』に辿り着いていたのかも知れない。
私は、おそらく私の家は、『先史文明』を築いた民の『末裔』なのだろう。
残念ながら、『石版』に描かれている『古代語』を研究している時間は私にはなかった。
しかし、『レリーフ』に描かれている『絵』は、何故か懐かしい様な、物悲しい様な感情を私に与えてくれた。
地を覆い尽くすかの様な林立する構造体。
飛翔する数々の物体。
翼を生やした人ならざる者。
天に届こうかと言う巨大な空飛ぶ都市。
私は、頭ではなく、心で理解していた。
これは、かつてこの地上に存在したモノなのだと。
嗚呼、口惜しい。
私がもう少し若く強ければ、こんな傷を負うこともなく、それを心行くまで研究したと言うのに。
願わくば、私の弟子達が、あるいは遠い未来の心ある者が、これらの謎を解き明かしてくれる事を切に願う。
この手記が、何かの役に立てば良いのだが・・・
めが、かすれてきた・・・
しかし、わ・・・は・・・、とんでも・・・もの・・・を
あ・・・は・・・、なん、だ・・・
ひと、な・・・か・・・
手記は、ここで途切れている・・・。
ー『とある魔術師の備忘録』より抜粋ー
◇◆◇
「おのれぃっ!!!またしても『リベラシオン同盟』かぁっ!!!何度も俺の邪魔をしてくれるっ!!!」
部下からの報告を受け、爛々と危なげな光をその片目に映した男が、そう激昂していた。
その男は、隻眼で、なおかつ左手と右足首が無かった。
しかし、この世界では生きるのも困難な状態にあっても男は生き永らえ、『ヒーバラエウス公国』を『裏社会』から操るまでに至っていた。
ひとえに、彼の並々ならぬ“執着心”によるモノだろう。
『裏社会』の人間としては、国内情勢は安定しているよりも、少しキナ臭いくらいの方が都合が良い。
故に、もちろんこの男が直接的に関与した訳ではないが、『公女暗殺計画』を実行したモルゴナガルやその周辺を密かに支持・支援していた。
その『結果』は先程の部下からの報告の通り、『リベラシオン同盟』が(偶然)介入した事で失敗に終わった訳だが。
しばらく考え事をすると言って、男は人払いをしてから、一人考えをまとめていた。
「・・・しかし、奴に手を出すのはダメだ・・・。俺もそれで嫌と言う程痛い目に遭っている・・・。しかし、どうにかして奴に仕返し出来る手段はないモノだろうかっ・・・?」
無くした右目が疼くのか、それを手で押さえながら、ブツブツと男は呟く。
と、そこに、人払いし、誰もいない筈の空間から声が鳴り響いてきた。
「あらあらァ、随分荒れているのねェ、ニコラウスちゃん。探したのよォ?」
「っ!!!???だ、誰だっ、お前はっ!?」
そう、その男は、随分風貌が変わってしまったが、アキトや『ノヴェール家』を引っ掻き回した、あの『トリックスター』・『扇動者』のニコラウスであった。
アキトの『事象起点』の影響を受け、その『反動』をその身に受けた様だが、それでも悪運の強い事に、五体不満足ながらもしぶとく生き残ったのであった。
ニコラウスは、およそその“場”には似つかわしくない女が立っていた事に驚愕し、慌てて誰何した。
「あらあらァ、ご挨拶ねェ?これでもォ、私達は『同僚』だって言うのにィ。もっとも、貴方は自分が『番外』メンバーである事は知らなかったかもしれないけどねェ?貴方も聞いた事くらいないかしらァ?『血の盟約』の“噂”をォ。」
「っ!!!そ、それじゃあ、お前はっ!?」
「そうよォ。はじめましてェ、で良いかしらァ?私は『血の盟約』の“エネア”よォ。よろしくねェ、ニコラウスちゃん。」
ニコラウスは、目の前に現れた女を改めて警戒しながら観察した。
・・・狂っている。
それが、ニコラウスの印象であった。
まぁ、それはニコラウスも似た様なモノなのだが、その女は、その全てにおいて常軌を逸していた。
見た目は、間違いなく美人の部類に入るだろう。
整った顔立ち、艶やかな唇、美しいダークブロンドに、肉感的でしなやかな肉体。
ドレスに身に包めば、『社交界』では注目の的だろう。
街娘の様な格好で街を歩いても、男性達の視線を独占する事請け合いである。
しかし、その吸い込まれる様なブルーの瞳は、非常に危なげで、なおかつそら恐ろしかった。
その瞳には何も映していない。
いや、正確には“何か”、以外見えていない、と言った方が正しいかもしれない。
それに、その肢体に絡み付く大量の血液と、その華奢な手に引き摺られたニコラウスの部下達の首の数々。
それらを特に気にした風もなく、ごく自然に纏っているのだ。
少なくとも、『正常』な感覚の持ち主ではあり得ないだろう。
「・・・『ライアド教』の関係者が俺に何の様だ?まさか、俺をわざわざ連れ戻しに来た訳でもあるまい?」
しかし、そんなエネアを前にしても、内心はともかく、ニコラウスは動じる素振りを見せなかった。
元来『小心者』である彼からは、想像もつかない『胆力』であった。
「そのまさかよォ。私は貴方を連れ戻しに来たのォ。貴方が『任務』を放棄したのはァ、まぁ、個人的には気に入らないンだけどォ、私も貴方の『価値』は分かっているからァ、手荒なマネはするつもりはないわよォ?貴方も自分の『価値』くらい分かってるでしょゥ?まぁ、多少『罰』があるかもしれないけどォ、生命までは取られないわァ。だからァ、さぁ、大人しく私と戻りましょゥ?」
検討違いの言葉を述べるエネアに、ニコラウスは内心ほくそ笑んだ。
どうやら、現在の自分の『情報』は知られていない様である、と。
以前にも言及したが、『至高神ハイドラス』は、『信者』の『目』を利用して『情報』を収集している。
腐っても『ライアド教』はこの世界においては1、2を争う『宗教』であり、その『信者数』は桁外れに多い。
残念ながら、その『目』を利用するには、とある『条件』が必要になってくるので、当然全ての『信者』の『目』を利用出来る訳ではないのだが、それでも『至高神ハイドラス』は、この世界においては、一番の『情報強者』であると言うのは間違いない事であろう。
しかし、その『至高神ハイドラス』を持ってしても知り得ない事、見通す事が出来ない事も多いのである。
その一つが、『不真面目な信者』・ニコラウスの、現在の状況であった。
「残念だが、それは無理な相談だ。俺の状況を見れば分かるだろう?ある時、凶悪な『モンスター』に襲われてな。右目と左手、右足を無くしちまったのさ。」
「そうみたいねェ・・・。それでェ?」
「そんな状況になったってことは、少し考えれば分かるだろ?俺は『力』も無くしちまってたのさ。でなければ、俺だってこんな風になる前に何とかしたさ。そんな訳で、アンタが言う俺の『価値』は無に帰したって訳だ。幸い、俺が以前に施していた部下達への『力』の『効力』までは失われなかったから、こうして生き永らえているけどな。『任務』の放棄は、まぁ、悪かったと思っているが、今の俺じゃあ『ライアド教』の役に立てそうにないさ。だから、そのまま帰ってくれるとありがたい。もちろん、ただでとは俺も言わんさ。『寄付』って『名目』で『ライアド教』に『資金提供』してもいいぜ?それで、一つ手を打っちゃあくれないか?」
「ふぅん・・・。」
殊勝な台詞を吐くニコラウスを見据えたまま、エネアは軽く思考を巡らせる。
確かに、ニコラウスの身体の状況はエネアも確認している。
もっとも、ニコラウスの『魔眼』によって、そう見せられているだけ、と言う可能性もあるが、彼女にはどちらか判断がつかなかった。
もっとも、エネア自身は知らない事だったが、過度な『狂信』故に、『血の盟約』の中でもエネアだけにはそうした『精神干渉』が通用しない。
それ故に、彼女にはニコラウス捜索の『神託』が与えられたのである。
本当に目の前の男には、『価値』が無くなっているのかもしれない。
しかし、エネアには、そもそもそんな事は関係ないのである。
彼女にとっては、『至高神ハイドラス』の『神託』は絶対であり、自分はそれをただ遂行すれば良いだけなのだから。
「ううん、ダメねェ。我が主のお望みは貴方の『ライアド教』への復帰だしィ。貴方に本当に『価値』が無くなったのならァ、我が主が『処理』の『ご判断』を下すでしょゥ。残念ながらァ、強制的にィ、貴方を連行させて貰うわァ。あァ、後、『資金』に関してはァ、有り難くこちらで徴収させて貰うわァ。元々貴方は『ライアド教』の『信者』なんだからァ、貴方の物は我が主の物よねェ?」
蠱惑的な笑みを浮かべてエネアはそう断じた。
しかし、ニコラウスにとってはそれは悪魔の微笑みに等しかった。
「くっ・・・!!!チッ、この『狂信者』めっ・・・!!!」
自分の『考え』、あるいは『欲』とも言えるものを『至高神ハイドラス』に依存しているだけに、ニコラウスにとってはエネアのその思考は気持ち悪く、また厄介に感じてそう呟いてしまった。
「アァンッ!?テメッ、今何つったァ!!??『背教者』風情が生意気言ってンじゃねぇぞォ!!??私の我が主への『信仰』をバカにしてンのかァ!!??それとも、我が主を愚弄してンのかァ!!??」」
「ひ、ひぃぃぃぃーーーっ!!!」
エネアにとっての『禁句』を口走ってしまったニコラウスは、豹変したエネアの濃密な『殺気』を一身に受ける事となった。
エネアも、ニルやエナらといった他の『血の盟約』のメンバーと同様に、『S級冒険者』クラスの『使い手』である。
『圧倒的強者』から受ける『圧力』は凄まじく、余裕を装っていたニコラウスも、情けなく失禁し、悲鳴を上げていた。
それで、少し溜飲を下げたエネアは、再び蠱惑的な笑みを浮かべた。
その情緒不安定な感じが、彼女の雰囲気をより一層不気味に見せていた。
「けどけどォ、我が主の『神託』は絶対よォ。だからァ、ニコラウスちゃん、右手と左足どっちがイイ?それで、今の発言は聞き逃してあげるゥ。あァ、安心してねェ。私、これでも『回復魔法』にも精通してるのよォ?『力』が使えるか使えないかは私には分からないけどォ、それが確認出来たりィ、使用出来ればいいだけなんだしィ、今さら手足が無くなっても問題ないわよねェ?」
ニコラウスはゾッとした。
この女はヤバいっ!
初めから薄々感じていたが、エネアには“会話”が一切成立しないのである。
「あァ、面倒だわァ。両方貰っておく事にしましょゥ。」
「っ!!!じゅ、“13号”っ!!!『襲撃者』だっ!!!迎撃しろっ!!!いや、殺せっ!!!俺を守れっ!!!」
そう呟いてスッとエネアが消え去った事で、危機感のメーターを振り切ったニコラウスは、急いで『命令』を下した。
「“13号”ゥ?お友達の事かしらァ?それとも囲っている女ァ?どっちにしてもォ、“番号”で呼ぶなンて、ニコラウスちゃんったら酷いのねェ。」
「・・・イエス、マスター・・・。『襲撃者』、ヲ、“抹殺”、シマス・・・。」
「へ・・・ッ・・・ェ・・・?」
いつの間にかニコラウスの後ろに立っていたエネアは、今まさにその手に持った凶刃でニコラウスの四肢を切り裂こうかと言うところで、突如発生した“音”に一瞬呆気に取られた。
『気配』を全く感じなかったのである。
その一瞬の隙をついて、その“音”の主は、エネアの胸に謎の光線を射出した。
何の抵抗もなく、また痛みもなく、エネアの肺はアッサリ貫かれたのだった。
理解が及ばないエネアは、その艶やかな唇から鮮やかな鮮血を撒き散らしながらも、それでも自身の身に起きた事が分からなかった。
「えっ、な、何、なのォ・・・?(カヒュッー)あっ・・・、えっ・・・?(カヒュッー)血ィ・・・?(カヒュッー)」
「はっ、ふへへへへぇっ・・・!!!ひ、ヒャハハハハッ!!!よ、よくやったぞ、13号っ!!!なかなか“いい女”だから、少し勿体ないが、コイツを生かしておくのは危険だからなぁっ!!!盲目的な『狂信者』ほど恐ろしいモノはないしなぁっ!!!」
「・・・イエス、マスター・・・。」
そこに立っていたのは、『人間』の少女そっくりの、しかし、『人』ではない、『人型』の“何か”、であった。
『人間』、あるいは『生物』であれば、エネアほどの『使い手』が『気配』を感じない筈がない。
ーっ!!!ま、まさかっ!!!『魔道人形』、かっ!?『魔道兵量産計画』っ・・・!!!成功していたのかっ!?ー
「ッ!!!『強制アストラルリンク』、ヲ、検知、シマシタッ!『カウンターアタック』、ヲ、実行、シマスッ!」
ー・・・(ザザッ)・・・な、・・何、・・だ、と・・っ!?・・・(ザザッ)ー
「ど、どうした、13号っ!?」
「わ、我が、主よ・・・?(カヒュッー)どうされましたか・・・?(カヒュッー)『お声』が聞こえません・・・(カヒュッー)」
エネアの頭に直接響いた驚愕の『声』。
しかし、ニコラウスの反応の通り、本来ならエネア以外の者には聞こえる筈のない『声』に反応し、13号と呼ばれた“存在”は、『対抗措置』を実行した。
そうすると、エネアの頭から、『声』は掻き消えてしまった。
「『襲撃者』、ノ、『目』、ヲ、通シテ、『何者』カ、ガ、コチラノ、様子、ヲ、盗ミ見テ、イマシタ。デスガ、『カウンターアタック』、ヲ、実行、シタノデ、問題、アリマセン。」
「???『目』を通してっ・・・!?まさか、『神の眼』かっ!?ヴァニタスのヤツが覗き見をしていたのかっ!?」
淡々と答える13号に、勘違いしたニコラウスはそう問い返した。
「ノー、分カリマセン。『神の眼』、ト、イウ、『データ』、ハ、ワタシ、ニハ、アリマセン、ノデ・・・。」
しかし、13号は、肯定とも否定とも答えられなかった。
13号には、『神の眼』やヴァニタスの『データ』がインプットされていなかったからである。
ニコラウスは軽くそれに落胆したが、とりあえずの“脅威”は去った事で納得する事とした。
「ふむ、まあいいか。いずれにせよ、お前がそれに対抗出来る事は分かったし、『血の盟約』のこの『狂信者』も、簡単に始末出来たのは大きい。聞いた話だと、『血の盟約』とか言う連中は、とんでもなく『凄腕』かつ『狂信者』の集まりだと聞いていたし、実際俺も、コイツと対峙した時は生きた心地がしなかった。しかし、お前の『敵』ではなかったな。本当に俺はツイてるぜっ!!!お前を拾えたのは幸運だったっ!!!」
「・・・。」
「我が、主、よ・・・。(カヒュッー)今、お側に参ります・・・。(カヒュッー)」
肺を謎の光線で貫かれた為、それが致命傷となったエネアは、そう、か細く言い残すと静かに事切れたのだった。
しかし、ニコラウスにとっては、すでにエネアの存在など眼中にはなかった。
「ったく、好き勝手部下共を殺してくれやがってっ、この『狂信者』がっ!!!・・・しかし、部下共もいなくなっちまったし、ヴァニタスのヤツが覗き見していたらしいから、どちらにせよこの『拠点』は放棄する必要があるな・・・。この『狂信者』の死体が出てくると、『ライアド教』も本格的に動きかねんし・・・。いっその事、謎の『襲撃者』によって『組織』が壊滅した事にすれば、俺の死を偽装出来るし、色々とうやむやに出来るかもしれん。部下共は少し惜しかったが、これまで稼いだ『資金』と、そしてこの13号がいれば、いくらでもやり様はあるからなっ!!!よしっ、そうと決まればこの『拠点』を放棄するっ!!!めぼしい『資金』を回収してから、全て燃やしてしまおうっ!!!13号っ!各階層を確認し、生き残りがいたらソイツらも協力させて、めぼしい『資金』を回収しろっ!!!それが終わり次第、俺に報告。その後、『拠点』を放火して退避するっ!!!いいなっ!?」
「・・・イエス・マスター・・・。」
四肢に欠損を生じ、『魔眼』も無くしたニコラウスだったが、それ以上のとんでもない『切り札』を手に入れたのだった。
その日、『ヒーバラエウス公国』の『裏社会』から、一つの『組織』が姿を消した。
そしてもう一つ、『血の盟約』のエネアと呼ばれた女の消息が不明となったのだったーーー。
誤字・脱字などありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
ブクマ登録、評価、感想等頂けるとありがたいです。
また、もう一つの投稿作品、「遊び人・ハヤトの異世界事件簿」も、本作共々よろしくお願いいたします。