『テポルヴァ事変』 4
続きです。
自分で書いといて何ですが、後の布石の為とは言え、シリアス展開に少々引いています(笑)。
次回あたりで『LOL』の物語は一旦終わると思いますが、その後は反動でギャグ展開多めでお送りするかもしれません。
皆さんは、シリアスとギャグ、どちらが好きですか?
◇◆◇
“専守防衛”と言う言葉がある。
それは、第二次世界大戦後の『日本』において練られている『軍事戦略』である。
これは、過去の反省から『日本』が下したらひとつの『選択』であり、今現在においても、もちろん様々な意見や議論、解釈がある中で遵守されてきたモノである。
その内容は、全般的な作戦において、相手の攻撃を受けてから初めて軍事力を行使する事、その程度は自衛に必要最低限の範囲にとどめ、相手国の根拠地への攻撃(戦略攻勢)を行わない事、自国領土またはその周辺でのみ作戦する事、などである。
『地球』における『日本』では、複雑な『政治的』・『軍事的』バランスの上でのみ何とか成り立っているモノであるが、こちらの世界においては、残念ながらそんな“幻想”は存在しえない。
なぜなら、『戦争』の放棄など、身近に様々な脅威があるこちらの世界では、正気の沙汰ではないのだから。
『軍事力』とは『防衛力』でもあり、そして一種の『抑止力』でもある。
『平和』を渇望する事、『戦争』に対して忌避感を持つ事はとても尊い“考え方”ではあるのだが、しかし、世の中皆が皆同一の考えを持っている訳ではないのだ。
故に、己の『生命』を、『財産』を、『家族』を守る為には、脅威に対抗する『手段』は確実に必要になってくるのである。
それ故に、アキトがかつて『経験』し、アラニグラが今現在脱却しようともがき、『LOL』が今まさに直面している様に、『日本』とこちらの世界との『ギャップ』に悩まされる事となるのであるが。
アキトはすでにそれに乗り越えてこの世界の『常識』にある程度適応しているが、こちらに来てまだ半年そこそこの『LOL』のメンバーが、そう簡単に割りきれる話でもない。
当然、『LOL』は『争い』や『殺し合い』とは程遠い『世界』で生きてきたのだから・・・。
◇◆◇
「いやぁぁぁっーーー!!!誰か助けてぇぇぇっーーー!!!」
「うるせぇ女だなぁ~。おいっ、誰か口に布でも突っ込んどけっ!」
「おいおい、また壊すなよぉ~?新しいのはさらってこれねぇ~だからよぉ~。」
「オメーは乱暴過ぎんだよぉ~。少し優しく『調教』してやりゃ、喜んでソイツも股を開く様になるぜぇ~?」
「別にオレの女じゃねぇ~し、『帝国女』に優しくしてやる義理はねぇ~よ。それに、抵抗された方が燃えんだろ~?」
「うわっ、コイツちっとヤベーぞっ!」
「『衛兵』さぁ~んっ!コイツでぇ~すっ!!」
「「「「「ぎゃははははっ!!!!!」」」」」
悲痛な叫びを上げる10代後半の少女を凌辱しながら、下卑た笑い声を上げる『カウコネス人』の若者達。
目も当てられない惨状ではあったが、これもある意味ではこちらの世界の『常識』でもあった。
これは、何も『カウコネス人』だけがやっている特別悪逆非道な行為ではない。
『地球』でも、様々な『紛争』の影では、こうした悪行は『歴史的』に繰り返されてきているし、『カウコネス人』側からしたら、『ロンベリダム帝国』から受けた“仕打ち”をそのまま返しているだけである。
もっとも、今まさに被害を受けている少女からしたら、たまたま『ロンベリダム帝国』側の住人だっただけで、彼女自身に何の非もないのであるが。
しかし、もはや『暴徒』と化し、そこら辺の『野党』と変わらないほどに堕ちた『カウコネス人』の若者達には、そんな道理は最早通用しない。
弱いヤツがいけないのである。
少なくとも、彼らの中では。
「・・・チッ、ヘドが出るぜっ!人の醜い面を見ちまうとなっ!!!」
「なっ、誰だっ!!」
そこに踏み込んで来たのは、『神の眼』によって、『カウコネス人』達の本隊を割り出したアラニグラであった。
『LOL』の“スタンス”は、『名目』も含めて(もちろん『LOL』が意識的に『選択』した訳ではないのだが)、前述の様な、“専守防衛”の“考え方”に偏っていた。
これは、『異邦人』である『LOL』からしたら、特段『整合性』のとれていない“考え方”ではないのである。
『LOL』も『LOL』の身を守らなければならない訳で、この世界の『紛争』などは、本来『LOL』には全く関係のない話なのだ。
しかし、『LOL』も人としての『良識』を持ち、様々な『思惑』も手伝って、今回“平和維持活動”の一環として介入する事となった。
それによって、『LOL』の中では、一定の『言い訳』と言うか、『名分』が成り立っているのだが、当然、皆が皆、それに納得している訳ではない。
元々『LOL』は、『TLW』を『攻略』する上で発足した『ギルド』であり、『主義』・『主張』の似通った者達の集まる『政治的団体』ではないのだ。
当然、中には様々な『意見』を持つ者達がいる訳で、アラニグラは、生来の『気質』と『アバター』の持つ『性質』も相俟って、決定的に『LOL』との“考え方”に隔たりを感じていた。
しかも、ヴァニタスとの邂逅により、薄々勘付いていた『地球』への帰還が不可能であると悟った。
そうなれば、アラニグラの中では『LOL』と同じ道を歩む道理はなくなる。
『LOL』は、こちらの世界で生きていく事を余儀無くされたのだから、過去の“しがらみ”も最早関係ない。
故に、アラニグラは独断専行で事を起こした。
彼が『理想』としていた、『ダークヒーロー』を体現する為に。
「なんでい、コイツっ!一人でのこのこやってきやがってっ!?」
「自分は特別だと思い込んでる勘違い野郎なんだろっ?けど、ここを見られたのはヤベーからなっ!『帝国』にバラされる前に、ここで殺っておこーぜっ!!」
「「「「「さんせ~いっ!!!!!ぎゃははははっ!!!!!」」」」」
「・・・その身体でどうやって?」
「「「「「へっ!?」」」」」
チンッと小気味良い鍔鳴りの音を鳴り響かせ、不敵な笑みを浮かべたアラニグラは、『カウコネス人』の若者達に問い掛けた。
「ぎゃあぁぁぁっーーー!!!お、俺の腕がぁぁぁっーーー!!!」
「あし、足がねぇよぉっ~~~!!!」
「いでぇぇぇっ~~~!!!いでぇよぉぉぉっ~~~!!!」
一瞬の内にその“場”は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
元々『LOL』の『力』は、こちらの世界ではデタラメなレベルである。
しかも、ある種の『覚悟』を決めたアラニグラは、今まで『心理的』にセーブしていたタガが外れ、最早こちらの世界の『S級冒険者』クラスの者でも、手に負えないレベルの『力』を発現しつつあった。
いくら『呪紋』の『恩恵』があると言っても、せいぜい『初級』~『中級』レベルの『カウコネス人』達では、最早束になってもアラニグラには敵わないのである。
「【復元】っ!」
「えっ・・・!?」
アラニグラは、『暗黒魔道士』であり、『僧侶職』の様な『回復魔法』は有していなかった。
しかし、アラニグラの操る『魔法』の中には、所謂『時間干渉系魔法』が存在し、それを応用する事で、捕らえられた少女の暴行の跡を残さずに復元してみせた。
「大丈夫か?」
「は、はいっ!!あ、あの、あ、ありがとうございましたっ!!!」
「いや、助けるのが遅くなってすまなかったな。けど、傷は治したし、時間が経てばこれまでの出来事はただの『悪夢』になる。アンタは、ここでなにもされなかったんだからな・・・。」
「えっ!?それって、どういう・・・?」
「【強制睡眠】っ!」
「えっ・・・?Zzz・・・、Zzz・・・。」
「ここで最後みたいだな・・・。」
戸惑う少女に取り合わず、アラニグラは『睡眠攻撃』を仕掛けた。
これから行う所業を彼女に見せるのは憚られるし、何よりアラニグラの発言通り、彼女が『経験』した暴行や凌辱は“無かった事”になるからだ。
せっかく『身体的』な傷や、『精神的』な傷を復元したのに、新たな『トラウマ』を植え付ける必要はないとの判断であった。
本来なら、この世界において、すでに起こった『事象』を“無かった事”にする事など不可能である。
それは、例えアキトでも、セレウスやアルメリア、ルドベキアと言った『神々』にも、である。
しかし、『LOL』のメンバーは、こちらの世界とは異なる『理』による『力』が使用可能であり、それが『LOL』が『TLW』時の『力』を、もちろん様々な『変更点』があるものの、使える理由であった。
異なる『理』の『力』、すなわち、『異能力』であった。
ただ、これにももちろんデメリットが存在する。
当たり前の話だが、何かを得るには、それ相応の代償を支払う必要があるからだ。
その代償が“何か”は、残念ながら『LOL』は知らなかったのだが・・・。
「さて、これでさらわれた『人質』はいなくなったか。後は、いっちょド派手に決めて、『カウコネス人』達の心を折るだけかな?っつっても、『指導者』まで巻き込むと『戦後』の話し合いに支障を来すし、コイツらみてーなバカ共を血祭りに上げるぐらいがちょうどいいかね。」
アラニグラが恐ろしげな作戦をひとりごちるが、残念ながら、それに反応出来る者達は、この“場”にはいなかったーーー。
◇◆◇
「ドリュースっ!?何があったっ!?おいっ、しっかりしろっ!!」
「ふぇ・・・?」
アラニグラに『睡眠攻撃』を受けたドリュースを、アーロスが発見したのはかなり時間が経った後だった。
『LOL』がいくら『チート』染みた『力』を持つとは言え、人間である以上は疲労も蓄積するし、ドリュースの感覚の“同調”にはかなりの『集中力』を必要とした。
『テポルヴァ』の『市民』達への被害を減らす上でも、ドリュースの『力』は必要不可欠である訳で、それ故、ドリュースには独自に一人で集中する『環境』が与えられたのだった。
そんな事もあり、ドリュースの“異変”に気付いたのは、『テーベ』に移動を開始する事を伝えに来た、つい今しがたとなったのである。
「あれっ・・・?僕はっ・・・!!!ね、ねぇっ、アーロスっ!!アラニグラさんを見掛けなかったっ!?」
「お、おうっ、目が覚めたのかっ!?いや、聞きたいのはこっちなんだが、アラニグラさん・・・?そういや、しばらく見てないかもなぁ・・・。」
「た、大変だっ!?すぐに“捜索”しないとっ!?」
「お、おいっ、ドリュースっ!?マジで何があったんだよっ!?」
「ごめん、アーロスっ!後で説明するよっ!!それよりも、皆さんを集めてくれないかなっ!?僕は“捜索”に集中したいから、『DM』を送れないっ!!」
「えっ!?もしかして、ガチなヤツっ!?」
「はやくっ!!!」
「は、はいっ!!!」
ドリュースの剣幕にたじろいだアーロスは、疑問は一旦棚にあげて言われた通り『LOL』を召集するのだったーーー。
・・・
「なんじゃとっ!!??」
「真偽は定かではありませんが、その少年はそう言っておりました。それに信憑性はかなり高いかと。向こうの世界ならまだしも、こちらの世界でアラニグラさんや僕の『個人情報』、しかもこちらの世界では名乗った事すらない僕らの『本名』を調べる事は不可能な筈ですから、その少年が何か特殊な『存在』である事は間違いないでしょう。」
「ヴァニタス・・・?」
「“願いを叶える者”・・・?」
「っつか、『地球』に戻れないって、マジかよっ!!??」
アラニグラを除く『LOL』のメンバー達がドリュースのもとに集まり、彼からヴァニタスとの会話の内容が伝えられた。
その内容は、にわかに信じがたい話で、一部のメンバーはかなり取り乱していた。
「とりあえず落ち着くのじゃっ!!このタイミングで儂らに接触してきたのがどうも腑に落ちん。もしかしたら、儂らを混乱させる事が狙いかもしれんし、とりあえずはこの“状況”を打開してから、冷静になって話し合う必要があると思う。とにかく、アラニグラ殿と連絡を取って『テーベ』に避難してからっ・・・!!」
ティアは聡明な女性だった。
しかし、だからこそ、彼女は『論理』優先で考えてしまう。
世の中には、理解不能な事、計算出来ない事は往々にしてある事にも気付かずに。
その間も、ドリュースは『魔獣』や『モンスター』、『精霊』との感覚を“同調”させて、ここにいないアラニグラを必死で“捜索”していた。
ドリュースには、嫌な予感があった。
自分の知っているアラニグラが、すでに存在しない様な、そんな感覚が。
「見つけたっ!!!いや、でも、まさかっ!!??」
「どうしたっ!!??」
「いけない、“皆逃げるんだっ!!!”」
「「「「「「「「えっ!!!???」」」」」」」」
ズガァァァァンッと、ドリュースが叫んだ瞬間、『精霊の森』の方向から耳をつんざく様な爆音が響き渡った。
慌てて『LOL』のメンバーや、その音を聞き付けた駐留軍、『市民』も、表に出てその方向に目を凝らしていた。
そこには、こちらの世界では見た事もない様な『キノコ雲』が発生しており、こちらの世界の住人達は、『神の怒り』が顕現したのかと怯え、『LOL』のメンバーは、その要因に心当たりがあり、半信半疑でドリュースを見やった。
「ド、ドリュースさん・・・。もしかして、あれってっ・・・!!??」
「・・・アラニグラさんの『広域殲滅魔法』、です・・・。彼は、数百人の『カウコネス人』達を、今、『殺害』しました・・・。」
「「「「「「「「っ!!!!!!!!」」」」」」」」
力なく応えたドリュースの言葉に、『LOL』のメンバー達は、息を飲み込むのだったーーー。
◇◆◇
「あらぁ~、こいつはマズいわ~。彼を御するのは難しいかもしれないわねぇ~。『敵対』するなんてもっての他だしぃ~。流石にニルがアタシを寄越すだけあるわぁ~ん。他の仲間達も一筋縄ではいかないみたいだしねぇ~ん。」
『キノコ雲』を眺めながら、口調とは裏腹に冷や汗を流す長髪のシルバーブロンドの男。
彼は、ニルの盟友、『血の盟約』のメンバーで、名を『エナ』と言った。
もっとも、『ニル』と同じく『エナ』も彼の本名ではなく、所謂『コードネーム』である訳だが。
『LOL』のメンバーが、“平和維持活動”にて、ルキウスらの思惑通り動くかのを『監視』するのが今回の彼の『役割』であり、途中までは、その思惑通りに『LOL』は動いてくれた。
『LOL』の実際の『立場』はともかく、客観的に見た『事実』としては、皇帝・ルキウスの『要請』に従って今回『LOL』は動いている事となる。
つまり、所謂『LOL』に対する『所有権』や『命令権』が、あたかもルキウスにあるかの様に『帝国民』達に『錯覚』させる事に成功したのである。
いくら皇帝と言えど、『独裁者』と言えど、『国民』無くして『王』はありえない訳で、『世論』を完全に無視する事は難しい。
そしてこれは、何も『為政者』に限定した話ではない。
今回の件で『LOL』の活躍の噂が広まれば、『LOL』の『名声』は必然的に高まっていく事となるだろう。
そして、仮にまた何か“異変”が起これば、否が応でも『LOL』の活躍を、『帝国民』は期待する事となる。
そうなれば、『LOL』は、ますますルキウスらの『要請』を断る事は難しくなっていくのである。
『同調圧力』。
集団生活を営む『社会』において、その『力』に抗う事は難しいのだから。
ところが、これは、ある種『消極的姿勢』をみせる『LOL』だからこそ使える『手法』であり、そこから逸脱したアラニグラには最早当てはまらない『理屈』でもあった。
単純な話だが、本来なら『圧倒的強者』たる『LOL』を飼い慣らす事など、それこそ『隷属の首輪』でも用いない限り、いくら『強国』と名高い『ロンベリダム帝国』の『軍事力』を持ってしても難しいのだから。
まぁ、もちろん、アラニグラの様に振る舞うには、それ相応の『覚悟』が必要にはなってくるのだが・・・。
「とにかく、彼が起こした事を問題視されない様に、上手く立ち回らなきゃならないわねぇ~。彼に『敵対』されたら、こんな事態では済まなくなりそうだしぃ~。しっかし、解せないわねぇ~?あの坊やと二人で『密談』した後から、急に彼ったら人が変わった様になっちゃったしぃ~?何かあったのかしらねぇ~?」
エナもニルと並ぶ『S級冒険者』クラスの『実力』の持ち主ではあったが、流石に『神性』たるヴァニタスの存在には気付けずにいたのだったーーー。
◇◆◇
「アッハハハッ~!!!『正解』だよ、『正解』、アラニグラくんっ!!!やっぱりアラニグラは、僕が睨んだ通り、面白い『逸材』だねぇっ~!!!」
「なんというっ・・・!!!これが『異邦人』の『力』なのですかっ・・・!!??」
『キノコ雲』を眺めながら、ヴァニタスはケラケラと無邪気に笑い声を上げた。
一方のエルファスは、アラニグラの放った『力』の一旦に、青ざめ驚愕の表情を浮かべていた。
「いやいや、まだまだ『異邦人達』の『力』はこんなモンじゃないよぉ~?どうやら、『カウコネス人』達に『恐怖』を植え付けて、『紛争』の早期解決を促すのが狙いなんじゃないかなぁ~?そうじゃなきゃ、今の一撃で、『カウコネス人』達はこの世界の『歴史』から、永遠に抹消されていた筈だし、この方法なら、『ロンベリダム帝国』に対しての『牽制』にもなるからねぇ~?結局、人って言うのは、『数値』だけでなく、自分達が実際に見たモノの方を信じる訳だし。」
「これほどの『力』でも、まだ『手加減』していると言うのですかっ!?」
ヴァニタスのその言葉に、今度こそエルファスは気が遠くなる様な感覚に陥った。
「まあねぇ~。もっとも、『異邦人達』はまだ気付いていない様だけど、当然それ相応の『リスク』が存在するんだけどねぇ~。」
「・・・ヴァニタス様。差し出がましい様ですが、アラニグラと接触したのは失敗だったのでは?アラニグラに『敵対』されるのは、『セレスティアの慈悲』にとっても脅威でしょう?」
「ところがそうでもないんだなぁ~。『異邦人』の『力』は強力だから、誰もが『異邦人達』を『圧倒的強者』と認識するんだけど、『異邦人達』ははっきり言って、『圧倒的』に『強い』ってだけで、言うなれば、“底知れない恐ろしさ”がないんだ。君も見ていただろう?僕にあっさり懐に侵入される様を。」
「はぁ・・・。」
ヴァニタスの言わんとする事が分からず、エルファスは生返事を返した。
「おいおい、頼むよぉ~、エルファス。結構単純な話なんだから。つまり、『異邦人達』を排除する事自体は簡単なのさ。何せ、いくら『神性』とは言え、『隠密技術』においてはお世辞にも上手いとは言えない僕があっさり懐に侵入出来たんだから。つまり、一流の『暗殺者』なら、『異邦人達』を殺す事は比較的簡単な話なんだよ。もっとも、今回の件で『異邦人達』の『噂』が広まる筈だから、その辺の有象無象ならともかく、一流と呼ばれる者達が、『異邦人達』に手を出す『リスク』を背負うとは考えづらいけどねぇ~。けれど、『異邦人達』は、本当の意味での『強者』ではないんだよぉ~。」
「あれほどの『力』を持っているのに、ですか?」
「そっ。まぁ、こちらの世界の住人ではなかなか気付けない『事実』なんだけどねぇ~。こちらの世界の『常識』では、普通『強者』と言ったら何かしらの『達人』であると連想する筈だからね。」
「はぁ・・・。」
エルファスは、ニルやエナほどの『力量』を有してはいなかったが、総合的な『力』は、それにひけをとらない『実力者』であった。
しかし、こちらの世界の住人である彼には、ヴァニタスの言っている『意味』は、朧気ながらにしか分からなかった。
「ま、そんな事も含めて、僕ら側から接触しない限り、『異邦人達』が僕らを捕まえるのは不可能なのさ。ドリュースくんの『異能力』なら、ワンチャンあるかもしれないけど、それもどうとでもなるしね。この世界で、特定の『尋ね人』を探し出す難しさは、君もよく分かってるんじゃないかな?そもそも、今回『異邦人達』に接触したのは僕だけだし、『セレスティアの慈悲』の『名』は出していないから、君の心配は杞憂だよ。」
「なるほど・・・、確かに。」
エルファスには、ヴァニタスの話は半分も理解出来なかったが、最後の部分は痛いほど理解出来た。
それは、エルファスが『セレスティアの慈悲』に加入する“キッカケ”となったのだから。
「さて、アラニグラくんのお陰で予想以上の『成果』を上げられた訳だけど、これで今回の件は終息に向かうだろうし、僕らは新しい『ステージ』に移ろうか?次はどこがいいかなぁ~?あ、その前に『神の眼』は回収しとかなくちゃねっ!!」
『カウコネス人』達の“滅亡の危機”も『LOL』の“亀裂”もなんのその。
ヴァニタスの興味は、すでに“次”に向かっているのだったーーー。
◇◆◇
時は、一旦『精霊の森』に『キノコ雲』が発生する直前に戻る。
『カウコネス人』の『実質的指導者』たるホンバは、取り巻き連中と共に“異変”を感じ取り『現場』に急行していた。
『暴徒』と化し、最早ホンバの言葉など聞かない若者達であったが、好き勝手ではあるが、『テポルヴァ』に対する襲撃は継続していた。
しかし、数刻前からそれがパッタリと止んでいたのである。
“異変”を感じた彼らがそこで見たモノは、まさしく『地獄絵図』であっただろう。
うめき声をあげながら、うずたかく積み上げられた『カウコネス人』の若者達。
生きている者もすでに事切れている者も関係なく積み上げられた、その不気味な『タワー』の傍らに立っていたのは、少々風変わりな青年であった。
「アンタが親玉か?」
底冷えする様な声色と、射抜く様な鋭い視線。
見た目は、『ハレシオン大陸』では見掛けない様な東洋系の容姿だが、整った顔立ちをしており、身形も見た事もない高級な装備品の数々に身を包んでいた。
場所が場所でなければ、どこぞの名のある『貴族』かそれに類する『高貴な者』が現れたのかと思うところだが、その『現場』は凄惨の一言に尽きる。
その絵画の様な美しい容貌が、むしろホンバらの目に不気味に映り、どこの『悪魔』が顕現したのかと、『現実感』のないその光景に、『恐怖感』で遠くなりそうな意識でホンバらはそう思った。
「違うのか?なら、アンタらも『タワー』の一部になるか?」
「ま、まてっ!!待ってくれっ!!!お、俺が『実質的指導者』のホンバだっ!!!」
「そうか・・・。ところで一つ聞きたい。ここには『カウコネス人』の女子供が見当たらない様だが・・・。」
そんな状況だと言うのに、その青年は世間話でもする様な冷静な振る舞いを見せる。
それには、ホンバらはガタガタと震えながら、しかし、何とか言葉を絞り出した。
「こ、ここにいるのは『戦士』達だけだ。ど、同胞達は『精霊の森』の奥地で我らの帰りを待っている。」
「『戦士』・・・。『軍人』ってこたったな。なら、“死ぬ覚悟”も出来てる、って事だよな?流石に、何の罪もないヤツを殺すのは気が引けていたんだ。」
ホンバらはゾッとした。
このままでは皆殺しにされてしまう。
そう、本能的に悟ったのかもしれない。
「ま、待ってくれっ!!!お、俺達の負けだっ!!!『一斉蜂起』は止めるっ!!!『帝国』に投降するっ!!!だからっ!!??」
「いや、俺にそう言われてもな・・・。それに、それは少し虫のいい話だろ?アンタらにはアンタで、『帝国』に反抗する理由はあるんだろうが、関係のない『一般市民』を弄んでいたじゃねぇか。『戦士』なら『戦士』らしく、駐留軍と戦り合って死ねば良かったのによ。」
青年も、『知識』としては『戦争』や『紛争』の影の『略奪行為』を知っていたが、実際に見るのは今回が初めてだった。
当然、青年の『価値観』から言えば、『カウコネス人』の行いは、『悪事』以外の何物でもないのである。
「そっ!!!」
「んじゃ、アンタらは下がってな。曲がりなりにもアンタが親玉ってんなら、死なれると困るんだよ。『責任』を取るヤツがいなくなるからな。俺はいいけど、『帝国』の連中に、『カウコネス人』は根絶やしにされるかもしれねぇ~し、それだと俺も少し目覚めが悪い。さっきアンタが吐いたセリフ、よ~く覚えておきなっ!!!」
反射的に反論しようとしたホンバには目もくれず、青年、アラニグラの周辺には、凄まじい『暴風』が吹き荒れるのだった。
『スポーツ』において、“スポーツマンシップ”と言う言葉が存在するが、例えば『強豪校』と『弱小校』が対戦する場合、時に“イジメ”の様な大差がつくケースがある。
観戦者によっては、「『手加減』しないなんて、“スポーツマンシップ”に反する」と非難する者もいるだろうが、逆に『手加減』をする事の方が“スポーツマンシップ”に反する、と言う意見も存在する。
選手達も『遊び』でやっている訳ではない(もちろん、『意識』の違いは存在するだろうが)。
『勝負』の『ステージ』に立った以上は、『強者』も『弱者』も関係なく、一人の『戦士』なのである。
故に、あらゆる『戦略』は肯定されて然るべきだ。
『トーナメント』においては、『勝ち点』が『勝利条件』に大きく関わる事もある。
そうでなくとも、「どっちが『強い』か?」を、明確に示す事で、その後の対戦を優位に進める事が出来るだろう。
話を元に戻そう。
これは、何も『スポーツ』に限った事ではない。
『戦争』においても言える事である。
元々、『ロンベリダム帝国』と『カウコネス人』達の間には、圧倒的な『戦力差』があった。
『力』で押さえ付けている、と言えば聞えは悪いが、その『軍事力』、所謂『抑止力』によって、仮初めとは言え“平穏”が保たれていたのも、また紛れもない『事実』なのである。
当たり前の話だが、『地球』における『平和』も、その表には出ない『政治的』・『軍事的』均衡によって成り立っている“平穏”なのである。
それに反発するのは、まぁ、人として分からない話ではないが、その前にあらゆる努力したのだろうか?
以前にも言及したが、『冒険者ギルド』や『魔術師ギルド』が、その“存在”を勝ち得たのも、理不尽な『国』やら『権力者』ともどうにか折り合いをつけて、自分達の『技術』を一部供与する事によって“利用価値”を認めさせたのだ。
その後は、“利用価値”を高める事によって、むしろ手を出すどころか、なくてはならない『組織』へと成り上がっていったのである。
当たり前の話であるが、『交渉』とは、何も『戦争』が全てではないのである。
では、『カウコネス人』達の場合はどうか?
『カウコネス人』からしたら、先祖伝来の土地を、『力』で『ロンベリダム帝国』に簒奪されたのは紛れもない『事実』であろう。
それに対する憤りや怒りがあって然るべきだが、客観的に見たら、その『力』に対抗出来なかったのもまた『事実』なのである。
それにとらわれすぎて、『カウコネス人』は『外交』を怠った。
『カウコネス人』には強力な『交渉カード』が、『呪紋』などの『技術』があるにも関わらず、『支払い』は一切せずに、例えエルファスに『扇動』されたとしても、『故郷』を『武力』で奪還すると言う“願い”を『選択』したのである。
確かに、勝てば様々な『支払い』は踏み倒せるかもしれない。
しかし、その“覚悟”が本当にあったのだろうか?
負けた場合は、『カウコネス人』の、“存続”そのものを懸ける“覚悟”が。
「【爆炎陣】っ!」
「「「「「あ……………ァ…………………ひっ…………………」」」」」
撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけだ。
『カウコネス人』は、『一斉蜂起』の代償として、『ロンベリダム帝国』以上に恐ろしいモノを引きずり出してしまったのだ、と。
高熱の炎に飲み込まれて爆発した『カウコネス人』の若者達と、その後の『キノコ雲』を顕現させた、後に“殲滅の魔道士”と呼ばれるアラニグラを虚ろな目で眺めながら、完全に折れた心でそう思ったのだったーーー。
誤字・脱字がありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
また、今後の参考の為にも、ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。よろしくお願いいたします。