『テポルヴァ事変』 2
続きです。
中々話が進みません・・・。
◇◆◇
『カウコネス人』達の『実質的指導者』はホンバであったが、実際に『カウコネス人』の若者達を動かしていたのは、『セレスティアの慈悲』のエルファスであった。
その方法は、以前ヴァニタスが回収した『神の眼』を使用して、『テポルヴァ』の駐留軍の動向を監視し、警戒網の薄い場所を割り出して、『カウコネス人』達に指示を出していたのである。
残念ながら(?)『カウコネス人』達とエルファスは、アキトやその仲間達が所持している『通信石』や、『LOL』のメンバー達の『DM』の様な、遠距離の人物との『リアルタイム』な『通信手段』は有してはいなかったが、『神の眼』から得られる『情報』は、それを補って余りある『アドバンテージ』だった。
何せ、相手に一切気付かれる事なく、相手の配置状況が丸見えなのだから。
『通信手段』がない事による「指示→実行」に移すまでの『タイムラグ』の欠点は、『呪紋』の『力』と、『時間制限』を設定する“工夫”で乗り切った。
まぁ、若干運任せの要素が強い部分が多かったが、結果的に『カウコネス人』側の被害は軽微、そして、『ロンベリダム帝国』側の被害は、襲撃を重ねるごとに甚大になっていった。
『カウコネス人』の若者達は、『成功』を重ねるごとに『ボルテージ』が上げていったが、エルファスは、簡易的に『指令室』として借り受けていた民家の一室で、ここら辺が“潮時”であると考えていた。
『神の眼』には、今現在『テポルヴァ』に現れた『LOL』のメンバー達が映っていたからだ。
エルファスは、事前に『LOL』の規格外の『力』を、ヴァニタスから直に忠告を受けていたのである。
〈ヴァニタス様・・・。〉
エルファスが『心の中』でそう呟くと、数瞬の間をおいて、虚空からヴァニタスが現れた。
「はいは~い。何か用かい、エルファス?」
「そろそろ“潮時”です。お借りしていた『神の眼』をお返ししようかと思いまして・・・。」
ヴァニタスは、チラッと『神の眼』に映し出された『LOL』のメンバー達を確認して、納得顔で頷いた。
「あぁ~、『異邦人』達が出張ってきちゃったんだねぇ~。なら確かに“潮時”だ。ま、結構いい感じに『負のエネルギー』も集まったみたいだし、いいんじゃないかなっ?んじゃ、行こっか?」
ケラケラとヴァニタスは無邪気に笑いながらエルファスに手を差し伸べるが、エルファスは相変わらずむっつりした陰気な雰囲気を崩さずに、しかし、不気味に微笑み首を降った。
「いえ、ヴァニタス様は『神の眼』だけ回収して先にお行き下さい。私は最後の“仕事”が残っておりますので。『カウコネス人』達を『絶望』の底に叩き落として、大きな『負のエネルギー』を集めると言う大事な“仕事”が、ね・・・。」
その様子に、若干引いた様なフリをして、『神の眼』を受け取ったヴァニタスは軽口を返した。
「おお~、こわいこわい。じゃ、僕は行くよ。心配いらないとは思うけど、ちゃんと戻っておいでよぉ~?これでも、君の事は結構頼りにしてるんだからさっ!んじゃまたね~!」
ヴァニタスは、現れた時と同じ様に、『神の眼』を回収して虚空に消えていった。
と、そのタイミングで、エルファスの動向を監視していたホンバとその取り巻き連中が、鬼の首を取った様にギラついた顔でエルファスのいる部屋へと突入して来た。
一瞬、エルファスと“密談”を交わしていたヴァニタスがいない事に怪訝そうな顔をしたが、すぐに気を取り直してエルファスに向き直った。
「話は聞かせて貰いましたよ、『救世主』殿。いや、この場合は『裏切り者』とお呼びした方が良いですかな?ようやく尻尾を出しやがったなっ!」
「・・・はて、何の事でしょうか?」
ホンバの怒声を聞いても、殺気立った取り巻きに囲まれても、エルファスは余裕そうにとぼけてみせた。
エルファスは、ホンバらが自分を『監視』していた事を知っていたからだ。
「とぼけて無駄だぜっ!俺らはアンタが誰かとこそこそ会話していた内容を全部聞いていたんだからなっ!まぁ、相手はどうやら間一髪逃がす事に成功したみたいだが、まだそう遠くへは行ってないだろうよ。仲間がすぐに捕まえて、ここに連れてきてくれるだろうさっ!それで、アンタは“終わり”だっ!」
見当違いな推論を並べるホンバに、エルファスは思わず嘲笑を漏らしていた。
「クククッ・・・。」
「何がおかしいっ!?それとも、気でも触れたかっ?」
「いえいえ、私は正気ですよ?まぁ、もっとも、その“根っこ”の部分は大分前に『壊れて』いる様ですがね?しかし、今笑ったのはそういう理由からではありませんよ。あなたがたが、こうも“予想通り”に動いた事が可笑しかったのですよ。『魔眼』を使った訳でもないのにねぇ・・・。」
『カウコネス人』達の前では、その姿をおくびにも見せなかった“素”のエルファスの不気味さに、ホンバらは若干尻込みしたが、すぐに気を取り直して内心の怯えを隠す様に声を荒げた。
「訳の分からねぇ事言いやがってっ!まあいい、みんなコイツを拘束しろっ!それで、若者達の目を覚まして、正常な状態に戻すんだっ!」
「「「「「応っ!!!!!」」」」」
「いやいや、ここで捕まる訳にはいきませんねぇ~。どちらにせよ、最終的に邪魔な私は『処刑』される事になるのでしょう?」
「へっ、今さら命乞いしても無駄だぜっ!?」
「いえいえ、そういう事ではありません。貴方の“望み通り”、私は姿を消しますよ。と、言うか、“元々貴方が『実質的指導者』でしょ?”『影武者』は『表舞台』から消えると言っているだけです。そちらに不都合はないですよね?」
エルファスは、自身に『移植』された『魔眼』の『力』を解放した。
一瞬ボーッっとしたホンバらだったが、すぐに正気を取り戻して言った。
「・・・ああ、いや、そうだったな、ご苦労さん。用が済んだらアンタはさっさと姿を眩ませろ。『影武者』の存在が明るみに出ると面倒な事になる。」
「もちろんです。私は絶対に捕まりませんよ。ご安心下さい。」
「ああ。そうか。」
こうして、あっさり命の危機を脱したエルファスは、『カウコネス人』達の前から姿を消したのだった。
と、言っても、『カウコネス人』達に対するエルファスの影響は、あえて消していなかったが。
元々周知の事実として、エルファスを快く思っておらず、何かと対立していたホンバらが、「エルファスは最初からホンバの『影武者』だった」、「エルファスは『役目』を終えて立ち去った」、などと訳の分からない事を言い出しても、熱狂的な『信奉者』である若者達が納得する筈もない。
『魔眼』の『力』でホンバらが『催眠』や『暗示』を掛けられている事など、知る由もないのだから。
十中八九、エルファスを疎ましく思ったホンバらが『処刑』したか『追放』したと考えて、激しい憤りと怒りをホンバらに向ける事になるだろう。
そして、エルファスを失った事で『ゲリラ戦』も上手く機能しなくなり、更に不満や不信感が増幅して内部から崩壊していく事になるだろう。
こうしてエルファスは、ただ姿を眩ませて裏切ったと思わせるよりも、より効果的な“幕引き”を『演出』する事によって、『カウコネス人』達を間接的に『絶望』の底に叩き落とす事に成功したのだった。
エルファスが言及した通り、大きな『負のエネルギー』を回収する為にーーー。
◇◆◇
“同調”とは何だろうか?
辞典によれば、“同調”とは、
1.調子が同じである事。同じ調子。
2.他に調子を合わせる事。他人の意見・主張などに賛同する事。
3.受信機などで、特定の周波数に共振するように固有振動数を合わせる事。
などと記載されている。
『LOL』のメンバー達が、こちらの世界の『言語』を理解し話せているのは、『同調の指輪』による、この“3番目”の『効果』によるモノだった。
そして、ランジェロ達が『同調の指輪』が『隷属の首輪』の『下位互換』であると『認識』していたのも、この“1番目”と“2番目”の『効果』の事であったのだが、残念ながら、その『効果』が『LOL』のメンバーに現れる事はなかった。
表面上は、の話ではあるが。
これは、『LOL』が元から持っていた『異文化』である『地球』の『倫理観』や『道徳心』など、所謂『一般常識』を持っていた事が、一種の『精神防壁』として機能した結果である。
しかし、以前にも言及したが『LOL』の“考え方”も少しずつ変化が現れ始めていた。
これは、『アバター』と『プレイヤー』が、時が経つにつれて“馴染み”つつあったからだった。
分かりやすく言うと、完全に『アバター』に“なりきって”いるのである。
しかし、これは、何も『LOL』が特殊な訳ではない。
一般の『社会』でも、しばしば見られる『現象』であった。
例えば、これは都市伝説レベルの話だが、とある『芝居』で『殺人鬼』役を演じていた役者が、本当の『殺人鬼』になった、なんて眉唾な噂もあるし、こちらは、結構よく聞く話ではあるが、『恋人』役を演じていた役者が、役を飛び越えて本当に相手を好きになるなんて話もある。
つまり、この一種の『自己催眠』に類似した“なりきり”『現象』は、実際に事例のある『現象』なのである。
また、『社会人』なら誰でも経験があると思うが、初めは誰でも『素人』で『新人』な訳であるが、不思議な事に、長く同じ『職種』に従事していると、初々しさは鳴りを潜め、それっぽく振る舞う様になってくるのである。
これは、一種の“慣れ”も関係してくるのだが、ここで重要なのは、『考え方』の方向性も『画一化』されてしまう事の方である。
「朱に交われば赤くなる」と言うことわざもある様に、“同調”とは、多岐にわたり人々や社会に様々な影響を及ぼすのである。
とは言っても、一度『芝居』や『仕事』を離れると、その人本来の“素”の『人格』が存在する訳で、一生『別人』に“なるきる”などと言う事は、本来はありえない話である。
肉体を持っていれば、の話ではあるが。
人の『精神』と言うのは意外なほど不安定で脆いモノである。
以前にも言及したが、『LOL』は『アバター』と『プレイヤー』だけでこちらの世界に『召喚』されてしまっている。
つまり、『LOL』は『自分自身』の“素”の『人格』の“拠り所”となるべき『本来の肉体』を持っていない状態なのである。
故に、もはやこちらの世界の『アバター』こそが、『LOL』の『本体』であり、その『アバター』の持つ『情報』などに必然的に“引っ張られて”しまうのも無理からぬ事であった。
これが、『LOL』の“考え方”に少しずつ変化が現れ始めていた原因であった。
これは、以前にも言及したがアキト自身も経験した事であった。
もっとも、アキトの場合は、アルメリアの『加護』や『英雄の因子』の『力』、彼自身の『霊能力』によって、『西嶋明人』と『アキト・ストレリチア』を上手くバランスを取って『統合』したので問題はないのだが・・・。
また、これはルキウスとしても嬉しい誤算であった。
彼が狙っていたのは、むしろ『同調現象』とか『同調圧力』による時間を掛けたある種の『正攻法』であり、少しずつ『LOL』の“外堀”を埋めていく算段であったのだが、まさか、『LOL』自身の『本質』そのものが“変わる”などとは想像もしていなかったのである。
『近衛騎士』の『職業』を持つタリスマンが、ルキウスに心酔しつつあったのも、これらの理由によるモノであった。
とは言え、ここまでならまだ何とかなるレベルだった。
『アバター』はあくまで『プレイヤー』の『分身』であって、『設定上』何かの『キャラクター』の様に、独自に『人格』を持つモノではなかったからである。
『LOL』の変化も、『アバター』の持つ『情報』に“引っ張られて”いるだけで、多少の変化はあるものの、本来の『性格』までもが大きく変化する事はない筈だった。
ところが、『TLW』には『性格』に直結しうる特徴的な『システム』があった。
それにより、誰もが予想していなかった事が『LOL』の身に起こっていたのだ。
それこそが、『カルマシステム』であった。
『TLW』における『カルマ値』や『カルマ属性』は、本来ならただ単に『職業』獲得や所属する軍勢に関わってくるだけの『システム』なのだが、こちらの世界では、その『業』も『アバター』の『精神性』として“引き継がれて”しまったのである。
それらにより、『LOL』のメンバー達は、本来は持ち得ない『性格』を発現しつつあったーーー。
・・・
「次の方、どうぞっ!」
「ううぅっ、いでぇぇよぉっ~!!!」
「もう大丈夫ですっ!ご安心下さいっ!」
『テポルヴァ』の『市街地』の中央広場は、今や『野戦病院』の様相を呈していた。
と、言うのも、『カウコネス人』達の度重なる襲撃により、数多くの建物が破壊されたり放火されたりしていたからだ。
始めは大きな『集会所』や『教会』などが、所謂『避難所』として機能していたのだが、徹底的に帝国側に打撃を与えたい『カウコネス人』側からしたら、人が多く集まる場所は格好の『ターゲット』だった。
その結果、一時的に避難した『避難所』にも襲撃の手が及び、予想以上に被害者・負傷者を出す事態となってしまい、最終的に使える物資をかき集めて、中央広場を『避難所』兼『野戦病院』とする他なくなってしまったのである。
とは言っても、こちらの世界の『医療技術』はまだまだ未成熟であり、使える物資も制限されている中では、止血や薬学を用いた『応急処置』程度が関の山であり、怪我や感染症による死亡率はかなり高かった。
『テポルヴァ』にも、もちろん『ライアド教』の聖職者達が駐留している訳だが、彼ら自身も被害者・負傷者であるし、彼ら自身は純粋な『魔法使い』ではない者達が多いので、『ライアド教』が『秘術』としている『回復魔法』も、“使い手”によって精度も熟練度もまちまちであった。
残念ながら、『テポルヴァ』にいた彼らは、『回復魔法』の“使い手”としてはレベルが低かった。
そこに、颯爽と現れたのがウルカ達であった。
『LOL』の操る『魔法技術』は、『TLW』時とは『変更点』があるので、一見こちらの世界基準に変化している様に見えるが、実際には『体系的』に全く別の『技術』であった。
残念ながら、それを指摘出来るほど高度な『技術』や『知識』を持つ者達と『LOL』は会った事がなかったので、その事を知る由もなかったが。
しかし、今この“場”で一番重要なのは、『LOL』の扱う『魔法技術』が非常に優れていると言う事実のみであろう。
ウルカの合図によって運ばれてきた腹部から出血していた男は、そのウルカの“微笑み”に一瞬ポカンとして痛みを忘れていた。
「【大回復】っ!」
「えっ・・・!?」
そこにすかさずウルカの『回復魔法』が作用し、あっという間に痛みどころか傷さえ消えてしまった。
彼女の『異能力』による、『TLW』基準の『対象者』には一切デメリットのない『回復魔法』であった。
不思議そうに傷のあった箇所を何度も触る男。
そこに、ウルカが笑顔で訊ねる。
「もう痛みはありませんか?」
ウルカの『職業』は『大司教』、そして『カルマ値』は“極善”であった。
もとより彼女自身は心優しい女性だったが、それに加えて『アバター』としての負傷者を懸命に治療する様は、治療される側からしたら、まさしく『女神』や『天使』の様に見えた事だろう。
「は、はいぃ///、あ、あの、あ、ありがとうございましたっ!」
「どういたしまして。」
ウルカの『神々しさ』に触れた男は、顔を真っ赤にして慌てて礼を言うのだった。
「次の方、どうぞっ!」
「これはいけないっ!すぐに治療致しますっ!」
「お願いいたします、神官様っ!!!」
「いたいよぉ~っ、いたいよぉ~っ!!!」
『野戦病院』と化した『テポルヴァ』の中央広場にて、負傷した女性や子供達を診ているのはククルカンであった。
『大司教』であるウルカと違い、純粋な『僧侶職』でないククルカンは、『回復魔法』においてはウルカに一歩劣っていた。
だからこそ、女性や子供達を治療しているのである。
『カウコネス人』達は、前述の通り女子供を『略奪』の対象としているので、まずは無傷で捕らえようとする。
が、それが失敗すると、“方針”を簡単に切り替えて、『殺害』して逃走しようとするのだ。
もっとも、当然男らによる抵抗もある訳で、『殺害』を免れた女性や子供の怪我の程度は意外と軽いのである。
「【回復】っ!」
「いたいよぉ~、いた、・・・えっ???」
「もう大丈夫だよ。」
痛みにうめいていた女の子は、ククルカンの『回復魔法』が作用すると、一瞬で痛みと傷が消えていてポカーンとした。
すかさず微笑むククルカンをボーッと見上げ、頭に疑問符を乱立させる。
しかし、母親とおぼしき女性は女の子と違い、弾かれた様に祈りを捧げ、ククルカンを拝み、何度も頭を下げるのだった。
「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ、神官様っ!!!」
「いえいえ、礼には及びません。彼女はもう大丈夫ですので、心配はいりません。しかし、仲間達が警戒していますが、またいつ襲撃があるかも分かりませんので、避難の準備をなさって下さい。君っ!」
「は、はいっ!こちらへどうぞっ!」
ククルカンは、『ライアド教』の『修道女』と思わしき女性に声を掛ける。
ククルカンは、真っ先に『ライアド教』関係者を治療していて、『回復魔法』が使える者には治療の手伝いを、それ以外の者は、こうして助手として手伝って貰える『人材』を確保していた。
ククルカンの『職業』は、『暗黒神官』、そして『カルマ値』は“邪悪”であった。
とは言っても、その『アバター』は『魔族』(まぁ、所謂『異形種』などではなく、彼の“厨二病的趣味”全開の闇っぽい、アウトローっぽい雰囲気にしただけの、実際はただの『人間』なのだが)で、見た目と『カルマ属性』的には何だか悪役っぽい雰囲気なのだが、『悪人』と言う事ではない。
どちらかと言えば(彼自身の『設定』的には)、彼の考える『信念』故に、やむを得ず『教会』側と対立してしまい、最終的に『破門』された孤高の『神官』と言った感じである。
そうした普通の聖職者達とは一線を画した雰囲気もあり、ククルカンもウルカとは別の意味で多いに人々の注目を集めるのだった。
“癒しの女神”と“孤高の神官”がそれぞれ活躍していた頃、中央広場の一画では剣呑な空気に包まれていた。
「おいっ、さっさとしろっ!!」
「早く安全な場所に連れていってよっ!!」
「駐留軍は何やってんだっ!?俺達を助けるのが仕事だろーがっ!?」
「『野蛮人』共を皆殺しにしろっ!!」
こうした状況の時、一番厄介なのは集団によるパニックであろう。
被害者・負傷者の治療と、平行して避難準備を着実に進めていた『LOL』にとっては、ある意味一番の『敵』であった。
『市街地』のパトロールを行っていた『衛兵』に、そう混乱した『市民』達が口々に不満を述べながら詰め寄った。
これは、はっきり断じてしまえば、身勝手で馬鹿げた『主張』である。
向こうの世界でもこちらの世界でも、“災害時”や、こうした“紛争時”に、最終的に自分の命を守れるのは自分だけなのだから。
だからこそ、それをより自覚している『冒険者』は、常に『情報』にアンテナを張っているし、緊急時には素早く撤退の『自己判断』を下せる。
とは言え、これは『冒険者』達がある程度の『力』を持つが故に出来る事でもある。
集団と言う“カテゴリー”で身を守ると言う『選択』をした『一般市民』達に、それをしろと言うのは些か酷な話でもあった。
「ティアさんっ!!」
「うむ、【獅子の心】っ!」
「【癒しの風】っ!」
それを見かねたティアは、『状態異常回復』効果のある『魔法』を使用した。
それにより、“恐慌状態”にあった『市民』達の『精神』が鎮静化され、更にエイボンが発動させた『精神回復魔法』の効果により、精神的な疲労が回復した。
『ゲーム』においては、当たり前の様に存在する『状態異常回復』や『精神回復魔法』ではあるが、これは言わば『精神干渉系魔法』に分類されるので、こちらの世界では“使い手”が極端に少ない。
何せ、『医療技術』自体がまだまだ未成熟な分野であるし、以前にも言及した通り、『精神医学』や『心理学』は『学問』として『体系化』すらしていない分野だからである。
そんな事は知る由もない『市民』や『衛兵』達は、一歩間違えれば『暴動』に発展しかねなかったパニックを一瞬で鎮め、今まさに『演説』しているティアとエイボンに唖然としていた。
「皆さん、落ち着いて下さいっ!“こういう時”こそ、『秩序』と『冷静さ』を失ってはいけませんっ!!」
「『カウコネス人』達の動向は正直不明だが、駐留軍と儂らの仲間達が警戒に当たっているので、とりあえずはここは安全じゃっ!負傷者の治療も仲間達が懸命に行っているっ!お主らが“暴走”して、無意味な被害を出さなければ、それだけ早く避難出来るじゃろぅ。」
ティアのある意味辛辣な言葉に、一部の者達はバツの悪い表情を浮かべていた。
しかし、不思議な事に二人に反論・反発する者はいなかった。
ティアの『職業』は、『巫女』、『カルマ値』は“中立”である。
エイボンの『職業』は、『大賢者』、『カルマ値』は同じく“中立”であった。
そして、二人は『LOL』においての『頭脳』であり、『職業』的にも『為政者』や『勇者』を“導く者”である。
それ故、ある意味では『LOL』の『リーダー』であるタリスマンよりも、よっぽど『カリスマ性』があるのだ。
「それよりも、避難準備を手伝って下さい。移動手段の確保、食糧や飲料水の確保、携帯出来る武器類の確保。残念ですが、家や財産は今の時点では一旦諦めて下さい。まずは『生命』を守る事が最優先ですから。」
テキパキと指示を出すエイボン。
彼は『地球』にいた頃に、とある大災害で被災した経験がある。
それ故、彼の言葉には説得力があった。
「『援軍』も今頃こちらに向かっている筈じゃ。避難が早ければ早いほど、この事態の終息も早くなる。騒いでいる暇があったら、今は協力して事に当たるのじゃっ!」
「「「「「は、はいっ!!!!!」」」」」
『暴動』による『二次被害』を未然に防ぎ、瞬時に“場”の『主導権』を掌握した二人は、こうして、避難準備を一気に前倒しする事に成功したのだった。
『治療班』のメンバーは、のちにこれらの『活動』から、『テポルヴァ』の住人や駐留軍から厚い支持を受ける事となったーーー。
誤字・脱字がありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
今後の参考の為にも、ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。よろしくお願いいたします。