『山の神』・エキドラスと『限界突破』の『試練』 2
続きです。
今回は、作者の独自解釈が様々盛り込まれておりますので、そこのところご了承下さい。
また、台風19号の件もありますので、皆さんくれぐれもご注意下さい。
◇◆◇
エキドラスとアキトの人知を超えた激突に、アイシャ達は唖然としていた。
さながらそれは、『虚構』の『怪獣映画』か『戦争映画』の様相を呈しており、こちらの世界の住人である彼らでさえ、何の“作り物”なのかと言う、ある意味現実感のない光景に見えたからだ。
実際に、現実のエキドラスとアキトは、そこで気を失っている訳であるし。
「な、何だこりゃ・・・。」
「私達は、“悪夢”でも見ているのでしょうか・・・?」
震える声で、ポツリと言葉を漏らしたルイードとラインハルト。
二人がそう言うのも無理はない。
しかし、レルフはゆっくりと首を降った。
「・・・多分これは『現実』だ。どういう方法かは知らないが、ここではないどこかの“場所”で、『山の神』とアキトくんは実際に戦り合っているんだ。おそらく、これが『限界突破』の『試練』なんだろうな・・・。」
「アキト・・・。」「主様・・・。」「ダーリン・・・。」
「・・・私達に出来る事は、この戦いを見届ける事だけです。主様の為にも、皆さんしっかりと目に焼き付けておいて下さい。主様が無事戻った時に、私達の見たモノが何かしらの“ヒント”になるかもしれませんから。『山の神』と主様がそちらで気を失っていた事を含めて、ね。」
そのイーナの言葉に、アイシャ、ティーネ、リサ、ハンス、ジーク、ユストゥス、メルヒ、そしてレルフはハッとして先程のエキドラスのセリフを思い出していた。
ー〈すまんな。しかし、見ておればお主ほどの者ならば何かの“糸口”が掴めるかもしれんぞ?お主を同行させたアキトの“読み”は当たってるかもしれんのぅ~。〉ー
当たり前の話であるが、“当事者”であるアキトより、“第三者”であるアイシャ達の方が、色々なモノが見えてくる可能性がある。
『スポーツ』で例えるならば、『プレイヤーの視点』と『サポートスタッフの視点』、『観客の視点』の違いの様なモノである。
“俯瞰”で見ているが故に気が付く事もあるし、その逆もまた然り。
そうした多方面からの『情報』を収集・分析して、今後の『戦術』や『戦略』・『組織運営』などの『参考』とするのは、もはや『現代地球』では当たり前の様に行われる行為であるが、そもそもこちらの世界には残念ながら『記録媒体』がないのだ。
それ為、アキトが見逃した、あるいは見れなかったモノは、誰かの『目撃情報』をアテにするしかない。
その為の(だけではもちろんないが)仲間達の存在であるし、レルフを『同行者』に推した理由である。
どれだけ強大な『力』を持っていても、人一人に出来る事は限られている。
その当たり前の事を、アキトはしっかりと自覚していた。
「そうだねっ!」
「ここにいる事自体が主様のお役に立つ事にも繋がるのですねっ!?」
「戦っているのは、ダーリン一人じゃない。ボクの作った『武器』も『防具』もダーリンと共に戦っているんだっ!」
「そういう事か・・・。」
自分達のこの場にいる事の存在意義を再確認したアイシャ達は、再び『モニター』に目を凝らすのだったーーー。
◇◆◇
僕とエキドラス様の激突は、膠着状態に突入していた。
とは言っても、均衡が崩れるのは時間の問題である。
『武術』や『武器術』を駆使した『近接戦闘』、所謂『物理攻撃』は効果が薄いのは実証済みだし、どうしても『ダメージソース』としては『魔法攻撃』に頼らざるを得ないのが実情だ。
かと言って、僕の持てる装備にも数に限りがある訳で、『符術』を使った『オートマチック方式』の『魔法攻撃』には限界がある。
その点で言うと、『マニュアル方式』の『詠唱魔法』はその弱点をカバー出来るのだが、今度は『詠唱』、『印』、『魔法陣(魔法式)』を逐一構築しなければならない訳で、『発動スピード』に難が出てしまうのである。
今現在は、それらを織り混ぜる事で何とか誤魔化しているが、形勢は完全に僕の不利であった。
一応『切り札』としての『結界術』もあるのだが、アレは『精霊石』を“設置する”という作業行程が必要な『ネック』がある。
ある意味ではエキドラス様が動いていない今が一番の狙い目ではあるのだが、『魔法攻撃』に紛れ込ませて『精霊石』を同時に射出し『結界術』を構築するプランはリスクが大きい。
『精霊石』を破壊されると『結界術』そのものが発動しないと言う、もう一つの『ネック』があるからだ。
故に、エキドラス様に察知される可能性が少しでもあるのならば、使用に躊躇してしまうのである。
以前にも言及したが、『精霊石』は非常に高価で希少価値の高い鉱石なのである。
それ故に、僕が所持している数にも限りがあり、『切り札』を潰されると完全に僕の勝ち目がなくなってしまう為、慎重にもなるのである。
しかし、打つ手が全くない訳でもない。
〈クハハハッ!ここまで儂と渡り合えるとは、流石は『英雄』と言ったところかっ!?〉
エキドラス様は嬉しそうに咆哮した。
その咆哮だけで、僕は身体が竦み上がる感覚に陥る。
やはり、『生物』としての『格』が違い過ぎるッスわー。
〈しかし、いささかこの状態も飽いたわい。どれ、そろそろ『本気』でやるとしようかのぅっ!〉
来るっ!
エキドラス様はゆっくりと動き出し、『翼』をはためかせ始めた。
〈アキトも『本気』でやらんと死ぬぞっ?〉
「くっ!?」
そうして、膠着状態の均衡は崩れ去り、一方的な蹂躙劇が始まったのだったーーー。
『山の神』・エキドラスは、ルドベキアやアキトが言うところの、自然崇拝から派生した『神』・『荒御魂』、つまりは『自然現象』そのものを具現化した『神々』の末裔であった。
『自然現象』には、時に『生物』にとっては“災厄”となる現象も数多い。
地震、台風、洪水などがこれに当たる。
しかし、これは次の『生命』を育む『プロセス』ともなりうるので、一概に悪しき現象とは言い難い部分もある。
それ故、特に『日本』においては、ただそうした『自然現象』を畏怖し忌避するのではなく、手厚く祀りあげる事で『守護神』となると考えて、『自然現象』と向き合って来た歴史があった。
『自然災害』の特に多い『国』ならではの考え方だろう。
『自然現象』を“恩恵”と考えるか、“災厄”と考えるかの違いである。
これに似たような考え方は世界各地にも存在する。
そして、それはこちらの世界でも同じ事であり、特に『鬼人族』が『山の神』を信仰、崇拝しているのも、そうした理由からであった。
『至高神ハイドラス』の例にもある様に、『神々』にとっても、人々の信仰や崇拝は無視出来ないモノだ。
信仰する者の数は、そのまま『神々』の『神格』や『力』にも直結するからである。
それ故、自らを信仰する人々の考え方の変遷と共に、『神々』の“在り方”にも少しずつ変化や影響を受けるのである。
元々は『自然現象』そのもの、いうなれば『混沌』そのものだった『荒御魂』や『祟り神』に、別の『立場』や『役割』を宛がう事で、『秩序』を司る側面を持たされるとかがこれに当たる。
それが『俗界』における『神々』の『制約』となり、『山の神』・エキドラスが『ノーレン山』に括り付けられている理由の一つでもある。
そうした事もあり、エキドラスは『俗界』においては、『荒御魂』や『祟り神』としての“本能”の部分を著しく制限されており、『ノーレン山』には一定の『秩序』が保たれているのである。
もし、エキドラスのこの圧倒的な『力』が無秩序に行使されてしまったら、『ノーレン山』だけでなくこの辺り一帯、下手すれば『ロマリア王国』そのものが崩壊してしまう恐れがあるだろう。
『神』の『立場』を宛がわれてる以上、特に『自然現象』を起源とする『神々』は、『世界』のバランスを大きく崩す行いは出来ないのである。
しかし、今現在、アキトと対峙しているこの“場”にはエキドラスにそうした『制約』は存在しない。
それ故、エキドラスは思う存分“本能”としての部分、『破壊』と『混沌』を司る『自然現象』としての側面を解放していたのだった。
◇◆◇
「と、飛んだっ!!??」
「あの巨体で何と言うスピードだっ!!??」
「おいおいっ、マジでヤベぇんじゃねぇのっ!!??」
遂にその『飛翔能力』を解放したエキドラスは、縦横無尽に大空を駆け回り、『ブレス攻撃』による『絨毯爆撃』を敢行した。
先程までの、まるで高火力重装甲の『戦車』の様な『戦闘力』に加え、更に『制空権』までをも支配した今のエキドラスは、もはや手が付けられない状態だった。
しかも、彼の『ブレス攻撃』は、『戦車』や『戦闘機』などの爆弾やミサイル、弾薬などと違い、数に限りが無いのである。
それ故に、『爆撃』・『空爆』が収まるまでひたすら逃げ回って、反撃のチャンスを窺うといった事は非常に困難となる。
ただでさえ、“場”は見通しの良い広野であるから、逃げる事も隠れる事もアキトにはほとんど不可能に近い状況だった。
「アキトっ!!??」「主様っ!!??」「ダーリンっ!!??」
アキトを慕う3人娘から、悲鳴に似た絶叫が飛び交う。
それはそうだろう。
これは、もはや『戦い』などと言う生易しいモノではなく、一方的な蹂躙と言う名の『絶望』に等しい光景だったからである。
「あんなバケモン、どうすりゃいいんだよ・・・。」
「あれでは、アキト殿は、もう・・・。」
ルイードもラインハルトも、そう呟き目を伏せた。
諦めムードが漂う中、エキドラスの『絨毯爆撃』が一旦収まる。
回数制限がないとは言え、『ブレス攻撃』はエキドラスにとっても物理的に負担の大きいモノだ。
『爆撃』・『空爆』の影響で、辺り一面は土煙で覆われ、視界は非常に悪かった。
〈おろっ?やり過ぎてしまったかのぅ?〉
久々に“本能”の赴くままに行動したエキドラスだったが、一応『山の神』としての“理性”も残っていた。
別に彼も、アキトをただただ殲滅するのが目的ではない。
しかし一方で、ノリノリでアキトとの激突を楽しんでいた節もあり、やり過ぎてしまったかなぁ?と冷や汗を流しながら、土煙が晴れるのを待つのだった。
それと言うのも、曲がりなりにもアキトがエキドラスに対抗出来てしまったのが問題であった。
エキドラスは、その『役割』や『制約』上、生まれてこの方『本気』で『力』を解放する機会がそうそうなかった。
しかし、『荒御魂』や『祟り神』の“本能”に加え、『竜種』としての“闘争本能”を併せ持つエキドラスは、好戦的な側面、それこそ『鬼人族』と似通った特性を有していた。
そんな者が、『制約』もない“場”で、まともに自分と渡り合える者と出会ってしまったら、『闘争本能』に火が付いたとしてもおかしな話ではないだろう。
アルメリアは、意図的にアキトに『限界突破』の『試練』の“クリア条件”を名のある『竜』とタイマンで勝つ事だとしたが、実はそれは事実ではない。
今の状況の様に、『最強種』の名を冠する『竜種』、とりわけその中でも最強の『力』を持つ一体であり、『神々』の末裔でもあるエキドラスと、『制約』がない“場”で激突すれば、いくら『英雄』の“称号”を持つアキトと言えども、『人間種』一人では太刀打ち出来よう筈がないからだ。
それこそ、単独で渡り合う為には“モビル〇ーツ”、とまでは行かないまでも、『地球』における『最新兵器』くらいは必要な『戦力差』がある。
故に、そもそも『限界突破』の『試練』の“クリア条件”は、相手に勝つ事ではないのだ。
己に打ち克つ事。
『絶望』的な状況でも己を見失わず、最後まであきらめない『精神力』を鍛える為の、所謂『精神修養』的な意味合いが強いのである。
当然ながら、どれだけ優れた『力』・『才能』・『技術』を持っていても、それを十全に活かせないのでは宝の持ち腐れである。
その為、特に『スポーツ』などの勝負の世界に生きる者、あるいはこちらの世界で『冒険者』を生業とする者などは、日々の修練は欠かせない。
しかし、それはどちらかと言うと『身体』的な訓練に偏る傾向にあり、特にこちらの世界では『地球』よりも遥かに過酷な環境下故に、意図的に『精神』面を鍛えずとも、日々を生き抜く事で自ずと『心』が鍛えられていく状況にあった。
だからこそ、逆に『精神』面における『学問』の体系化、あるいは『トレーニング方法』が確立していないのが実情なのである。
『精神論』や『根性論』は、半ば眉唾物に聞こえるが、とりわけ『スポーツ』におけるそれが、如何に重要かは今さら議論するまでもない。
「頑張れば出来る」とか、「根性見せろ」とか、そうした前時代的なモノではなく、要は『パフォーマンス力』の維持が重要になってくるのである。
プレッシャーや焦り、パニックなどの心理状況は、冷静な判断力を低下させ、結果的に『パフォーマンス』の低下にも繋がる。
レルフも言及していたが、どんな状況下でも、一定の“状態”を保っていられる者が『本物』なのである。
さて、ではなぜアルメリアはそんな事を言ったのか?
一つには、当然ながら“負け”を意識して挑む者に勝利の女神は微笑まないからだ。
いや、逆に「負けて元々」と開き直って、普段以上の『ポテンシャル』を発揮する可能性もあるので、一概にはそうとも言い切れないが、それでも事勝負事においては、より“勝利”に対して貪欲な者が有利なのは間違いないのである。
それ故、『精神修養』である事は告げずに、勝つ心積もりでアキトが『限界突破』の『試練』に挑める様にと、あえてそう伝えたのである。
それにもう一つは、アルメリアはアキトが普通に勝つ可能性もあると見ていたからだ。
少なくとも、この様な『絶望』的な状況下でも、この“場”にもし“仲間達の存在”があれば、アキトは間違いなくエキドラスを降すだろう。
それだけの『力量』と『技術』、『経験』がアキト達にはあるし、それを導き出す『知力』と『胆力』が、こちらの世界での長きに渡る『経験』でアキトには備わっていたからである。
土煙が晴れた“場”は、景色が一変していた。
『爆撃』・『空爆』を受けた戦場の如く、大小様々な『クレーター』がそこかしこに散見される。
「「「・・・っ!!!???」」」
3人娘が、息を飲んだ様な声にならない悲鳴を上げた。
他の者達も似た様に呆けて、エキドラスの『力』の強大さに背筋が凍る思いを抱いていた。
しかし、その中でもイーナは比較的冷静であった。
「っ!アレをっ!!」
「「「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」」」」
まるでヘリコプターの様に空中で“ホバリング”しながら、眼下の光景を眺めていたエキドラスの更に上空に、器用に愛用の杖をまるでサーフボードの様に扱いながら、同じ様に“ホバリング”している豆粒の様な人影らしきものが見えた。
それは全身ボロボロとなりながらも、五体満足に生き残ったアキトの姿であった。
「あれはっ!!!」「まさかっ!!!」「信じられんっ!!!」
「アキトっ!!!」「主様っ!!!」「ダーリンっ!!!」
「さて、反撃開始だ。」
◇◆◇
エキドラス様は本当にとんでもない『力』の持ち主だ。
眼下の光景の様に、たった一体で『地球』の一国の軍隊以上の『戦闘力』を有してるのは疑いようがない。
しかし、その“在り方”、『神』としての『立場』が、所謂『武神』とか『戦神』などの類でなかった事が僕にとっては付け入る隙となった。
『知能』としては僕ら『人間種』と同程度から更に上である可能性もあり、アイシャさんに『シュプール』を示した様に、何かしらの『感知能力』を有している事は間違いないだろうが、それ故に、僕の『幻術』に上手く引っ掛かってくれたのだ。
〈なっ!?〉
ようやく僕が健在である事に気付いた様だが、もはや遅い。
僕の『準備』はとっくに終わっている。
『戦術』や『戦略』的観点から見れば、“策を弄する事”は至極当然に行われる行為だ。
特に、こちらの世界の『魔獣』や『モンスター』は、大抵の『人間種』達よりも『強者』である事が多い為、そんな存在に立ち向かう為にも『罠』や『騙し討ち』は立派な兵法の一つである。
それにアキトは、『前世』での『スポーツ』の『経験』から、“騙す事”・“欺く事”に対してはあまり忌避感がなかった。
もちろん、日常生活で人を騙したり悪い事をしたりと言う話ではないが・・・。
さて、では今回のこれまでの経緯を見ていこう。
元々アキトには、ある程度『竜種』に対する『知識』があった。
これは、『前世』の『オタク的知識』もそうだが、こちらの世界での『亜竜種』との『戦闘経験』に加え、『伝説』・『伝承』を始めとした『文献』を事前に調べたからだ。
それを参考に、『装備』を整えて、自分の持っている『技術』や『スキル』を確認し、何度も『シミュレーション』を重ね、万全の態勢で挑んだのである。
もちろん、それでもエキドラスの『戦闘力』は、アキトの想像を遥かに越えるモノだったが、それでもギリギリ許容範囲内だった。
なぜなら、アキト自身も『魔法技術』と『結界術』の応用による、『地球』における『大量破壊兵器』並みの『威力』を持つ『切り札』を持っていたからである。
しかし、それを可能にするまでの『プロセス』が非常にシビアだった。
“レベル500”に至った身体能力とは言え、エキドラス相手ではその高い『防御性能』故に、『物理攻撃』はあまり効果が見込めなかった。
これは想定内だったが、『ダメージソース』を瞬時に『魔法攻撃』に切り替え、エキドラスとの『遠距離攻撃』の撃ち合いになった時に予想外の事が起きた。
エキドラスの『ブレス攻撃』の手数が異常に多かった事である。
これは、『竜種』の持つ特殊な言語による魔法・『竜語魔法』が密接に関係していた。
『ブレス攻撃』とは、『竜種』の放つ『息吹』による『攻撃』で、『竜種』の最大の武器にして代名詞でもある。
それに加え、高い『防御性能』、凶悪な牙や爪、尻尾による『物理攻撃』方法を備え、更には『人間種』と同等かそれ以上の『知能』を有しており、特殊な『魔法』を操る事が出来る、と『文献』には記されている。
それ故に、一般的にもそしてアキト自身も勘違いしていたのだが、『ブレス攻撃』と『竜語魔法』が別々に存在するのではなく、実際には『ブレス攻撃』そのものが『竜語魔法』だったりするのである。
しかし、『人間種』と同等かそれ以上の『知能』を持つ『竜種』ではあるが、エキドラスの様に『人化』の術を使える者はそうはいない。
これは、『イデア』そのものに干渉する“術儀”の為に、『神』の『立場』にある者でないと扱えないからである。
いくら『知能』が優れていても、『人間種』の様に器用とは言い難い『竜種』の身体ではアキトが操る様な『魔法技術』は使いこなす事は困難だ。
しかし、『魔術師ギルド』が主流としている『オートマチック方式』の様に、『詠唱』、『印』、『魔法陣(魔法式)』を逐一構築しなくとも『魔法』が発動可能である様に、『竜語魔法』は身体を動かす必要がない『魔法』なのである。
『圧縮言語』による『魔力(魔素)放出』。
それが、『ブレス攻撃』の正体だった。
『圧縮言語』とは、『地球』における『ルーン文字』などの様に、それ単体で“意味”を持つ言語体系の事だ。
これにより、『詠唱魔法』の『詠唱』、『印』、『魔法陣(魔法式)』の構築などの行程をまるまる省略して、さらに『詠唱魔法』と同等の多彩な応用が可能なのが『竜語魔法』と呼ばれる破格の『技術』なのである。
ただし、『竜種』は『自然現象』から派生した『荒御魂』の『眷属』なので、基本的に『基礎四大属性』のいずれかの『属性』を有している(『炎竜』・『水竜』・『風竜』・『土竜』。ただし例外もいる)。
エキドラスとその『眷属』で言えば、『炎』を司る『炎竜』である。
それ故、多彩な応用が可能な『竜語魔法』による『ブレス攻撃』なのだが、得意な『属性』がそれぞれ異なるので、どうしても得意な『属性』の『攻撃方法』に偏る傾向にある。
それが、『ブレス攻撃』と『竜語魔法』が別々に存在すると誤解を与える切っ掛けとなったのだった。
(例えば、『剣術』を得意とする者がいるとしよう。
その者は、『剣術』を通してその他の様々な『武術』にも精通していたが、大事な場面、とっさの場面、それこそ決戦の場、命が懸かった場面で、あえて得意でない他の『武術』を用いるだろうか?
答えは否であろう。)
それをアキトは、そうとはまだ気付かないまま『オートマチック方式』と『マニュアル方式』の『魔法技術』を組み合わせて何とか対処しながらも、勝利の道筋を模索していった。
その『鍵』となったのが、もう一つのアキトの『奥の手』、『幻術系魔法』であった。
『催眠』は『動物』にも有効だ。
まぁ、これは厳密には『人間種』の『催眠』とは『プロセス』が多少異なるのだが、それはともかく。
『竜種』は『人間種』と同等かそれ以上の『知能』を有している故に、当然ながら『催眠』による効果が期待出来る。
しかし、実際には高い『精神耐性』を持つエキドラスには『催眠』の効果が薄いのであるが、ここにアキトの“作戦勝ち”であった。
エキドラスを『状態異常』にする事。
正確には、『荒御魂』や『祟り神』としての“本能”と、『竜種』としての“闘争本能”を刺激し『興奮状態』にする事によって、一時的に冷静な判断力を低下させたのである。
『集中力』を高める事は良い事なのだが、一方で『視野競作』に陥る危険性もある。
エキドラスは、アキトとの『戦闘』に夢中になるあまり、その事を失念してしまったのだった。
タイミングとしては、エキドラスが『飛翔能力』を解放する瞬間。
エキドラスは、アキトの『イリュージョン』に嵌まったのである。
その後は“時機”との勝負だった。
『幻術』のアキト相手にエキドラスが『絨毯攻撃』を敢行している隙に、本物は『気配遮断』スキルを駆使して土煙に紛れて“エキドラスの上空”に退避。
更に『爆撃』・『空爆』が収まったタイミングでの、クナイの様な『暗器』にセッティングした『精霊石』の、エキドラスを中心とした四方への『投擲』。
どちらも、『幻術』の効果があるとは言え、エキドラスほどの『存在』ならば、気付かれたら一発『アウト』と言う緊張感のある状況にも関わらず、見事にアキトはその『プロセス』を乗り切ってみせたのだった。
「『エクスプロージョン』っ!!!」
エキドラス様の体勢が整わない内に、僕は『精霊石』の時と同じくクナイにセッティングした『符術』をエキドラス様の『翼』目掛けて『投擲』し、『魔法』を解放。
『エクスプロージョン』は、所謂『爆発魔法』の事である。
しかし、こちらの世界では、『火薬』や『ガソリン』の様な物質がまだ一般的でないので、『魔法技術』だけの効果ではそこまで大規模なモノにならない。
とは言え、『空中』にいるエキドラス様には効果的で、それ単体ではエキドラス様の『防御性能』の前ではそよ風に等しいだろうが、『気流』を乱す事は可能である。
〈しまっ!!??〉
体勢が整わない内に『気流』を乱されては、いくら『飛翔能力』を持つとは言え、質量の重いエキドラスが重力に逆らうのは困難でだろう。
そもそも、エキドラス様と言えど、『空中戦』をまともに戦った事はないだろうし。
地面に落ちるのを確認しながら、続けて『結界術』を発動。
「『精霊石』よ。
繋がりし『龍脈の欠片』よ。
我に力を与えたまえ。
『結』っ!』
〈あいてててっ!ムムッ!?〉
エキドラス様をしっかり『防御結界』に捕らえて、『結界術』が問題なく発動した事も確認。
さらに『結界内』の『フィールド効果』を『変質』させる。
『詰み』の作業を油断なく進める。
さあ、最後の一手だっ!
「アキト・ストレリチアの名において命ずる。
水よ、風よ、大気の精霊よ・・・。」
先程の撃ち合いの時に確認したが、『火』・『水』・『風』・『土』の『基礎四大属性』や『上位属性』である『氷』はエキドラス様の装甲の前では効果が薄かった。
もちろん、そのどれもが『結界術』の応用次第では致命的な一撃となる可能性もあるが、それよりも確実に効果的で副次効果も含めて優秀な『上位属性』の『雷』を僕は選択した。
エキドラス様がどれだけ優れた装甲を有していても、『生物』である以上“内側”はそうはいかないだろう。
〈まだまだっ!!!〉
「っ!?」
だが、エキドラス様は驚くべき事に、その巨体には似つかわしくない『スピード』で体勢を整えて、再び『飛翔』して『防御結界』に体当たりを敢行した。
流石に一度で『防御結界』の『強度』を破るには至らなかったが、僕の方も『詠唱』が完成していない。
『フィールド効果』自体は単純なモノにしたので、例え破られても問題ないと言えばないが、これを避けられてしまったら僕の敗北が確定するっ!!
「創世にして原初の雷よ。
古の盟約に基づき、我が暴風となりて轟き敵を穿て。
顕現せよ、『サンダーストーム』っ!!!」
ピキッ!!!
〈しめたっ!【灼熱】っ!!!〉
とうとう完成した僕の『魔法』と、直前で『防御結界』にヒビを入れたエキドラス様の『ブレス攻撃』がほぼ同時に解放されたのだったーーー。
誤字・脱字などありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
今後の参考の為にも、ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。よろしくお願いいたします。