ユストゥス教官のブートキャンプ(+α) 3
続きです。
◇◆◇
「コクッ、コクッ・・・。」
「コラコラッ、皆さん。寝てはダメですよ?」
・・・ゴゴゴゴゴゴッ・・・。
ビクッと、舟をこいでいたレイナード達はティーネの威圧感のある声で目を覚ますのだった。
昼食後の腹ごなしも兼ねて、この時間は所謂『座学』の時間であった。
『シュプール式トレーニング方法』では、某龍ゴンボールのエロ仙人に習って頭も鍛える方針である。
とは言っても、レイナード達はすでに『教学』に通っているので、当然ながら(こちらの世界の)一般的な教養はそれなりに身に付けている。
しかし、これは僕自身の経験にも由来する話なのだが、下手に『前世』の記憶がある事により、こちらの世界でも問題なく過ごせてしまったが為に、『歴史』面や『ライアド教』に関する知識が抜け落ちていた経緯もある。
これは、知識の『アンバランス』さが招いた笑い話だが、結構根の深い問題でもある。
人は、生きる上で常に学ぶ必要がある。
知識や知恵以上に大事なのは、その思考力を磨き、それらを元にした応用力で、状況に応じた最適解を出す能力だからである。
先人達の残した知識や知恵、特に様々な『ノウハウ』は、『データ』としては非常に重宝するが、これはあくまで『統計学』であって、これからも絶対に同じ事が起こるとは限らない。
『地球』でも、文明レベルの変化により、地球温暖化などの問題が浮上し、1000年前と今、100年前と今ですら、全く状況や環境が変わってしまうなんて事も普通に起こっている。
例えば、かつては温暖な気候だった地域が、温暖化や気候変動の影響で、極寒の地、逆に熱帯の地に変わる事も、全くありえない話ではなくなった。
まぁ、これは極端な例だが、それに近い話は割と珍しくない。
そうなれば、その地の、特に農業などの気候にモロに影響を受ける産業では、それまでの常識が全く通用しないなんて事態も起こってくる。
土地を移り住むのは、『地球』でも決して容易な事ではない。
となれば、生き残る為にも、その気候に合わせた農業にシフトするのは必然である。
シフトする以上、また一から『ノウハウ』の習得をせねばならないし、機械化や大量生産などを見据え、農業とはまた違った知識を学ぶ必要も出てくるかもしれない。
まぁこれはあくまで一つの例だが、この様な事例は世界各国で起こっているので、かつての勢力図が一変する事も珍しい事ではないのだ。
栄枯盛衰は世の常なので、『大国』だろうと『大企業』だろうと、それに胡座をかいて“思考停止”に陥っていると、取り返しのつかない事が起こりうると言う例え話である。
ま、ちょうど今『ロマリア王国』の『貴族』や『特権階級』の人達が直面している事態に似通っているんだけどねー。
要するに、そうした『視野狭窄』や“思い込み”を起こさない為にも、レイナード達には柔軟に色々な事を学んでほしいのである。
学ぶと言っても、もっと簡単に捉えても良い。
様々な事を見て回る事、人と出会う事だって立派な勉強だ。
その中には、もしかしたら新たな“発見”もあるかもしれない。
この『座学』は、より実用的な事を教えているが、「これ必要かな?」って事も、将来的には何らかの“参考資料”になる事も珍しくないので、おっさんとしては頭の片隅に留めておく事をオススメする。
まぁ、この時間帯が満腹感による睡魔が襲ってくる、ある意味『地獄の時間』である事は、僕も経験があるので分からんではないけど。
「ふむ。今日はここまでにしましょうか。」
「「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」」
最近のティーネは、アランとエリーの家庭教師を請け負っている関係で、妙に『教師』役が板についていた。
学ぶ範囲は、『教学』と重ならない様に、所謂『エルフ族』の『薬学』に関する初歩的な知識と、応急救護の知識だ。
この二つは、知っておけば日常生活でも役立つし、『村』や『街』の“外の世界”では一命を取り止める可能性もある、かなり重要な知識だ。
まぁ、もっとも子どもには多少難しい内容だが、あまり勉強が得意ではないレイナードとバネッサも聞くともなしに聞いているし、テオ、リベルト、ケイアに至っては、真剣な表情でティーネの言葉に耳を傾けていた。
とりあえずは興味を持たせられたので、まずまずの成功と言えるだろう。
「ふぁ~あ!ねみぃ~!」
「疲労感と満腹感で、ウトウトしちゃったよぉ~。まぁ、ティーネさんの“威圧”ですぐに眠気もふっ飛んじゃうんだけどねぇ~。」
「確かに、バネッサにしては珍しく起きてたな。」
「二人ともしっかりしろよ。結構為になる事をお話されていたぞ?」
「特に『薬学』は本当に役立ちそうだよね~。オウキュウキュウゴ?の事は、よく分からなかったけど。」
「ここは知識の宝庫ですねっ!『魔法技術』だけが知識の全てでない事を改めて思い知らされますっ!」
ただ、何だかんだで一番この『座学』が刺さっていたのは、意外にもヴィアーナさんだった。
確かに、ある種『魔法至上主義』に傾倒していたなら、こうした他分野の知識は目から鱗だろう。
『魔法技術』は確かに利便性や応用性の高い『技術』だが、当然ながら“万能”ではない。
しかし、僕自身が体現している様に、『結界術』と『魔法技術』と言う『別ジャンル』の『技術』を組み合わせる事により、限りなく“万能”に近付ける事も可能だし、更にその他の分野の『技術』との組み合わせ次第では、その可能性は無限大、とまではいかないまでもかなりの広がりを見せるだろう。
特に『回復魔法』は『ライアド教』が独占しているので、『魔術師ギルド』側としては、別アプローチから『回復魔法』に迫れる可能性を匂わされたら、食い付かない筈もない。
一応、ヴィアーナさんは『魔術師ギルド』の僕の『監視者』、つまり言うなれば『間諜』みたいなモノだと分かってはいるが、ある程度の『知識』を公開する事はこちらにもメリットがある。
これは『冒険者ギルド』にも言える事だが、一応『魔術師ギルド』も『冒険者ギルド』も、その組織の成り立ちから言えば、『国』とは一線を画した独立した組織だ。
それ故に、『国』を越えて横の繋がりがあるのが大きな強みなのである(とは言え、『国』の思惑が全く働かない訳でもないが)。
『リベラシオン同盟』としては、最終的には『ライアド教・ハイドラス派』と言う、ある種のこの世界の一番巨大な勢力に対抗するのが目標なので、様々な『国』やら組織ならと“連合”を組むのが大前提なのだが、当然『国』同士では腰が重く、足並みが揃わない事もあるだろうし、最悪、『ロマリア王国』の様に、一度立て直さなければならないなんて可能性も出てくるだろう。
しかし、『魔術師ギルド』と『冒険者ギルド』は独立した組織故に、“フットワーク”は『国』よりは遥かに軽い。
その二つが『リベラシオン同盟』に本格的に合流してくれれば、かなり心強い事は間違いない。
まぁ、それぞれ“内部”に問題もあるだろうし、これからの『交渉』次第ではどう転ぶか分からないけど、少なくとも、そこにメリットがあれば、『リベラシオン同盟』の話を聞く価値くらいは見出だせるだろうしね。
「ティーネ殿、ありがとうございました。よしっ、次の『訓練』だ。皆、『大部屋』に移動っ!」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
さて、次は『昼寝』のトレーニングである。
・・・何だか『幼稚園』染みて来たとお思いかもしれんが、意外とこれがバカにならないのである。
某猫型ロボットの友達のメガネ少年の特技が「どこでもすぐ眠れる」と言うモノだが、これは実はとんでもない能力だったりする。
脳機能と身体機能の回復の為には、当然ながら『睡眠』は重要かつ必要不可欠な行為である。
しかも、特に『旅商人』や『冒険者』、『騎士団』などの人々は、劣悪な環境下でこれを行わなければならない事も往々にしてあるのだ。
睡眠不足では、脳機能の低下、身体機能の低下により、そのパフォーマンスに著しい悪影響を及ぼし、体力の低下による免疫機能の低下を引き起こし、体調を崩しやすくする。
そうならない為にも、睡眠時間を確保する事は重要だ。
もちろん、睡眠時は非常に無防備となるので、特に『上級冒険者』クラスの実力を持つ者達ともなると、『危機察知』スキルの高さから、睡眠中でも異変や『殺気』を察知し、即座に臨戦態勢に移行する事も可能だ。
まぁ、そこまで行かなくとも、一般的には交代で見張りを立てるなどして対策を立てるのが普通なのだが、どちらにせよ、“寝付きが良い事”、“目覚めが良い事”は大きなアドバンテージとなる。
最終的には、レイナード達にも『危機察知』スキルを獲得してほしいモノだが、何事にも順序がある。
まずは、集団での状況下で、もちろん疲労回復の意味合いもあるが、『昼寝』による素早い『入眠』、素早い『覚醒』のトレーニングである。
「何だか、変な感じだなぁ~。」
「Zzz・・・Zzz・・・。」
「はやっ!?」
「バネッサは流石だな・・・。」
「よく授業中も寝てるもんね~。」
「貴方達、静かにしなさい。眠れなくとも、目を瞑って少しでも体力回復に努めなさい。これは、おそらくそういう『訓練』です。」
ヴィアーナさんは、確実にこちらの“意図”を察してくる様になったなぁ。
元々彼女の中に“思うところ”があったのだろうが、確実に彼女の中の『価値観』に変化が生じているのだろう。
そうなれば、“大人”であるが故に、その“裏の意図”を読み解く力は、レイナード達よりも高く、その観点から、ユストゥス達とは別の立場からレイナード達を導いてくれている。
意外と、彼女をレイナード達と一緒に『稽古』させようとしたユストゥスの判断は正しかった様に思う。
集団での寝泊まりの経験、特に思春期頃の修学旅行などの行事の際に、友人達との普段とは違う状況下にテンションが上がってしまい、おしゃべりに興じる、興奮してなかなか寝付けない、くだらない事で大笑いするなどと言う経験をされる方も多いだろう。
かく言う僕も、『前世』ではそのクチだったのだが、こうした事は、ただの旅行の『思い出作り』としてなら全くもって問題はないのだが、状況が変われば条件も変わってくる。
先程も言及した通り、『睡眠』は非常に重要なので、特にこちらの“外の世界”では、その“質”如何では生死に直結する事もある。
しかし、この集団での状況下で即座に寝る事は、慣れなければなかなか難しいモノなのだ(まぁ、バネッサはアッサリクリアしたが)。
「うつらうつら・・・。」
「Zzz・・・Zzz・・・。」
「ふぁ~。」
「・・・。」
「・・・。」
「すぅ、すぅ・・・。」
まぁ、これまでの『稽古』と『座学』の疲れと、ヴィアーナさんに指摘によって静かになったので、少しずつ眠気が襲ってきている様だが・・・。
問題は、“質”と“覚醒”だ。
さてはて、どうなる事やら。
「ふぁ~、ねみぃ~。」
「う~ん、スッキリッ!」
「なかなか寝付けなかった・・・。」
「僕もだ・・・。」
「頭がボーッとする・・・。」
「はふぅ・・・、中々難しいモノですね。」
「ま、始めはそんなモンですよ。これはあくまで『訓練』ですから、最初から上手くいかなくても良いのです。慣れるまでは大変でしょうが、それまでは我々がサポートしますしね。」
バネッサ以外は、あまり上手くいかなかったみたいだな。
てか、当たり前なんだけどね。
これは、“駆け出し”の『旅商人』や『冒険者』が一番最初に躓く問題だし。
最初の内は、皆睡眠不足に悩まされるモノだ。
何と言っても、食事も睡眠も当たり前過ぎて、それを意識して『訓練』する者達はなかなかいないからだ。
“強くなる”と言って、一番最初に思い付くのが、『武術』や『武器術』などの『技術』の向上だろう。
もちろんそれらも重要だが、もっと大事なのは、非日常でも普段と変わらないパフォーマンスを発揮出来る状態にしておく事だ。
当たり前の話だが、寝不足であったり、体調不良であったりすれば、自分のポテンシャルを十全に発揮出来ないからな。
それ故、『地球』の『プロスポーツ』の選手とか、こちらの一流の『冒険者』達は、普段の生活から食事にも睡眠にも気を使うのである。
まぁ、これも継続する事で徐々に慣れてくる事だろう。
「よ~し、じゃあ、最後は軽く『体術』と『剣術』・『弓術』の『訓練』をするぞ。」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
最後の最後に、普通の『訓練』に入る。
この世界でも、『剣術』と『弓術』はポピュラーな『戦闘技術』だ。
それに加えて、『体術』を押さえておけば大抵の事には対応出来る様になる。
もちろん、その『技術』を達人クラスにまで高めるのならば、それ相応の長い歳月を費やす必要があるが、それは各々が得意な『武術』・『武器術』で極めれば良い事である。
「『体術』は私が担当するよ~!」
「「「「「「よろしくお願いしますっ!」」」」」」
僕らの中でも、『無手』での『超近接戦闘』の専門家であるアイシャさんが『体術』の指導役である。
『無手』の『技術』は、それこそ膨大な流派・種類が存在するが、アイシャさんが習得しているそれは、アスラ族に伝わる『アスラ流格闘術』に加えて、S級冒険者・レルフさんから指導された『技術』、『シュプール』に来てから学んだ様々な『技術』を組み合わせた、もはや『アイシャ流』とも言える『総合格闘技術』である。
ただ、ここで教えるのは、その中でも基本中の基本である拳術、足技、防御の『型』である。
「じゃあ、お手本通りにやってみてねぇ~!」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
ブオンッ、ブオンッ!
シュッ、シュッ!!
サッ、サッ!!!
これでも、アイシャさん的には“手加減”しており、非常にゆっくりと丁寧に『型』を繰り出しているのだが、『鬼人族』特有の『膂力』に加えて、アイシャさん自身の『高レベル』由来の『身体能力』により、もの凄い風圧がその場に吹き荒れた。
「「「「「「・・・」」」」」」
「んっ?どうしたの?あっ、“拳”の作り方が分からないのかな?“拳”はこうでねぇ~、ケリは最初の内は足の甲じゃなくて、脛寄りな所をヒットさせるイメージで。防御は、腕だけじゃなくて身体全体で捌く感じでね。」
「「「「「「は、はぁ・・・。」」」」」」
違う、そうじゃない。
あまりに人間離れした『怪力』に、皆唖然としてしまっただけだよ、アイシャさん。
まぁ、かく言う僕らも今さらアイシャさんのそれには慣れてしまって感覚も麻痺してしまっているし、流石にアイシャさんの『パワー』には対抗出来ないが、『組手』などでは普通にそれをいなしたりするんだけどね(もちろん、真っ向からの力勝負では分が悪過ぎるので、総合的な『身体操作』によってだが)。
やがて、レイナード達は考えるのを止めて、おずおずと『型』を真似し始めた。
アイシャさんは、満足そうにそれを眺めながら助言をするのだった。
「それじゃ、今日はここまでっ!」
「「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」」
一通りの『型』を模倣して今日の『体術』の『訓練』は終了である。
「『剣術』は僕が担当するよ。」
「「「「「「よろしくお願いしますっ!」」」」」」
『剣術』はハンスが担当する。
ぶっちゃけ、『剣術』と『弓術』はティーネ達『エルフ族』なら、誰が担当しても遜色ないレベルの達人達である。
ただ、“鬼ごっこ”にはジークを起用しているし(まぁ、慣れる事はないと思うが)、“新鮮さ”を失わせない為にも、イーナを交代要員としてジークと交互に“鬼”役を担当される事とし、それなら指導役も固定した方が良いと判断したのである。
スキル的には同じ様なモノでも、人によって指導方法は変わってくるからなぁ。
それ故、『剣術』をハンスが、『弓術』はメルヒが担当する。
練習用の『木剣』(僕作)を皆に配り、ハンスが指導を開始する。
「では、僕の手本通りにやってみてくれ。」
こちらも『剣術』の基本中の基本である、斬撃の九種(すなわち、唐竹、袈裟斬り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左切り上げ、右切り上げ、逆風、刺突)の『型』の『訓練』である。
まぁ、これは全ての『武術』・『武器術』にも言える事だが、ここら辺は『使い手』によって得意な『型』、多用する『技』にはクセや片寄りが出るモノである。
ただ、自分があまり使わないと言っても、その『型』を知っておけば防御面で対処が立てやすくなる。
それ故、基本は大事なのである。
まぁ、ある程度『剣術』を修めているレイナードには多少退屈かもしれんがな。
しかし、そのレイナードを持ってしても、ハンスの『太刀筋』は恐ろしく速く感じるだろう。
スッスッ。
アイシャさんとは逆に、全く空気が振動しない斬撃。
どちらかと言うと、スピードに特化している『エルフ族』のそれは、流麗にして洗練された『太刀筋』である。
正しく、基本に勝る奥義はないと言うのをハンスは体現していた。
「す、すげぇっ・・・。」
当然、アイシャさん同様にハンスも“手加減”している。
ハンス達の“本気の一撃”は速すぎて、まだまだ『低レベル』かつ達人の域に達していないレイナード達では認識する事も困難な為、『訓練』にならんからな。
アイシャさんと違い、ハンスは特に助言をする事なく斬撃九種を黙々と繰り返していた。
これは、所謂『見取り稽古』である。
慌ててレイナード達はハンスに倣うのだった。
『見取り稽古』は古来より重宝してきた『伝授法』の一つである。
アイシャさんの様に懇切丁寧に指導する方法もあるが、『見取り稽古』の利点は『観察眼』を養う点である。
達人の手本を目標に、その動作をよく観察し、それを実際に自分でやってみて、どうすれば再現出来るのかを考え、少しずつ修正していくのである。
これにより鍛えられた『観察眼』は、様々な所で役立つ(もちろん実戦にも)。
当然ながら、逐一修正する指導法に比べれば時間が掛かるが、モノに出来れば大きな強みだろう。
夢中で斬撃を繰り返すレイナードの目には、新たな闘志が宿った様に感じた。
「よし、今日はここまでっ!」
「「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」」
延々と斬撃を繰り返していたハンスは、唐突にその動作を止めレイナード達にそう宣言した。
この『伝授法』は意図的に直接指導しないので、人によっては“不親切”と感じるかもしれないが、レイナード達にはその心配はなさそうである。
意外と見落としがちだったり忘れがちであるが、赤ん坊が言葉を覚えるのも、イチから“言葉”を仕込んだ訳ではなく、母親とか父親、家族とのコミュニケーションで育まれた結果であり、つまりは興味を持って“観察”した結果に過ぎない。
好奇心は全ての“学問”の始まりであり、それは『武術』・『武器術』でも同じ事である。
これが『仕事』であればその限りではないかもしれないが、事『武術』・『武器術』、あるいは『学問』に関しては、習っていないとか、教わっていないと言うのは『言い訳』にもならない“戯れ言”である。
“受け身”で『技術』を習得出来る筈もないので、見て盗み、分からなければ考えたり調べたり、それでも分からなければ教えを乞うべきなのだ。
そうでなければ、次の“領域”に至れない。
ただ、それだけの事である。
「『弓術』は私が担当します。」
「「「「「「よろしくお願いしますっ!」」」」」」
最後に、メルヒが担当する『弓術』である。
『森の民』の異名を持つ『エルフ族』は、特に『弓術』を得意としている。
しかし、それ故に『エルフ族』はアクロバティックに矢を放つ事が可能だ。
具体的に言うと、走行しながらとか、馬上でとか、速射もお手のモノだ。
さらに、メルヒ達は『近接戦闘』でも縦横無尽に駆け回りながら、しかも百発百中と言う、常識では考えられないスキルを持っているが、これはあまりに高度過ぎて参考にならない。
それ故、ここでも基本の『訓練』である。
「それでは、今日は基本から押さえて行きましょうか。」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
『弓術』にも基本となる射法八節と言うモノが存在する。
まぁ、厳密には、これは礼儀作法とかに分類される類のモノなので、先程の『剣術』同様に、実戦では変則的に使う事が多いが、結局は全て基本に立ち返るので、正しい作法はしっかり押さえておかなければならない。
射法八節、すなわち、
1、足踏み
2、胴造り
3、弓構え
4、打起し
5、引分け
6、会
7、離れ
8、残心
である。
この一連の動作を、淀みなく行う事が良いとされている。
まぁ、『エルフ族』に伝わる『弓術』が全く同じ名称ではないと思うが、出自が違えど、考え方は似たり寄ったりだろう。
メルヒのそれは、ハンス同様に流麗にして洗練された美しい所作だった。
「「「「「「・・・」」」」」」
思わずレイナード達もメルヒの姿に見惚れていた。
「皆さんもご経験があるかと思いますが、何事も基本が大事です。ゆっくりと動作を確認して行きましょう。」
「「「「「「は、はいっ!」」」」」」
順番に指導を開始するメルヒ。
彼女は、所謂カッコいい系美人なので、ヅカ的な魅力がある。
レイナード、テオ、リベルトの男子達以上に、バネッサ、ケイア、ヴィアーナさん達女性陣は、彼女の指導をコチコチに固まりながら受けるのだった。
これは、ある意味失敗かもしれんなぁ・・・。
「皆さん、非常に飲み込みが良いですね。それでは、今日はここまでとしましょう。」
「「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」」
「皆、お疲れ様っ!今日の『訓練』はこれでおしまいだ。最後に身体を解して、怪我をしない様にな。」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
ユストゥスが最後にストレッチを指示し、今日の『訓練』は終了となった。
そこに、作業を終えた僕が合流する。
「お~、皆お疲れ様~。」
「よお、アキト。お前どこ行ってたの?」
「えっ?ずっと見てたよ。まぁ、作業しながらだったけど・・・。」
『裏方』に徹していた僕は、意外とやる事が多かった。
『アスレチック』の再設置・補強に始まり、ドニさん、リサさん協力のもと木剣の作成に弓、矢、矢筒の作成、夕食の用意は『妖精執事』達や、シモーヌさん、リオネリアさん、フィオレッタさんに任せていたとは言え、その食材の調達に、アラン、エリーにも手伝って貰っての畑仕事。
『狩り』は、今日は暇だったイーナに頼み、僕は今の今まで『露天風呂』の作成に勤しんでいたのだった。
『シュプール』の外観も手伝って、『露天風呂』が完成した事により、より『旅館』っぽさが増した気がするなぁ~。
やっぱり『合宿』と言えば『旅館』だよねっ!
まぁ、ほとんど『元・日本人』としての僕の趣味の割合が大きいんだけど、疲れを癒す上でもこうした『保養施設』はあっても良いだろう。
「それで、どうだった?初日の『訓練』を終えてみて。」
「ああっ、俄然やる気が出てきたぜっ!最初は思ったのと違ったけど、ハンス兄ちゃんクラスの『剣技』に迫れる様に頑張るよっ!」
「私はやっばりメルヒさんの『弓術』かなぁ~。割と得意な方だと思ってたけど、奥が深いよねぇ~。」
「俺は全てキツかったけど、『狩人』になるなら、このくらいこなせないとダメかなぁ~?」
「全て新鮮だったけど、僕は特に“鬼ごっこ”の『戦略性』と、『座学』が面白かったかな?」
「でもこれってまだ基礎の基礎でしょ?アキト達は普段どんな『訓練』をしてるの?」
「う~ん、基本的にはレイナード達とそう変わらないよ?確かに、やってる事は複雑かつ高度に見えるかもしれないけど、シンプルイズベストってね。」
『奥義』って言うと、『大技』をイメージされると思うし、もちろんそうしたモノもあるが、特にこちらの『武術』や『武器術』は、『殺人術』の意味合いが強い。
となれば、高度な“駆け引き”や“心理戦”、“読み合い”は必要になってくるが、最終的には、如何に相手を素早く無力化出来るかに話は収束する。
それ故、特に“対人戦”においては極限まで極めた『基本技』に勝る『奥義』はないと言うのが僕の結論である。
もちろん、『モンスター』や『魔獣』相手の討伐の場合は、相手が『人間種』と異なり、もの凄く頑丈である事も多いので、『DPS』に重きを置いた『戦術』を考える必要はあるが、そうした時にも、『基本技』は『決め技』でなくなろうとも『削り技』には使える訳だし、応用範囲は広いのである。
逆に、『奥義』・『大技』は使い所が限られてきて、応用があまり効かずに使いづらいなんて事も多い。
ま、そこら辺は最終的にはその人の好みやスタイルによるんだけどね。
「まぁ、まだ初日だからね。全て理解しろとか、全て覚えろと言うつもりはないよ。結局は、それをどう自分に落とし込むかだからね。けど、この一連の『訓練』は決して無駄にはならないよ。焦らずに行こう。」
「おうっ!」「うんっ!」「だなっ!」「ああっ!」「そうだねっ!」
「「「皆さん~、お食事の用意が出来ましたよ~!」」」
そこに、シモーヌさん、リオネリアさん、フィオレッタさんから夕食のお声が掛かった。
一日通してかなり体力を使っただろうレイナード達は、それでもその言葉にはまだまだ元気に反応した。
「メシだ~!」
「お腹ペコペコだよぉ~!」
「肉、肉っ!」
「テオ、野菜もバランス良く食べないとダメだよ。」
「今日一日、色々やったから疲れちゃったよぉ~。さぁ、アキトも。」
「あぁ、行こう。」
「子ども達は元気ですね。」
「ええ、頼もしい限りですよ。ヴィアーナ殿には、突然参加させてしまって申し訳ない事をしましたかな?」
「いえ、私としましても、様々な事に触れられる機会は貴重な体験です。逆に『魔術師ギルド』の『監視者』である私を受け入れてしまってよろしかったので?」
「ええ、特に問題はありませんよ。私達としましても、主さんに弓引く者に容赦するつもりはありませんが、『領域干渉』に進入出来て、主さんが認めたのなら敵対するつもりはありません。それに、私も元々他の者達と違い主さんには懐疑的な一人でしたので、ヴィアーナ殿達のお気持ちは分からなくもありませんからね。」
ユストゥスの発言に、ヴィアーナは驚きの表情を浮かべた。
「そうなのですかっ!?」
「ええ。集団である以上、様々な考えがあるのは致し方ない事ですからね。」
「それは・・・、そうかもしれませんね。」
「ですが、ヴィアーナ殿もお感じの様に、主さんの『知能』と『能力』は本物です。それ故、私は下世話な話、目的の為に彼を利用する方向に考えをシフトしました。まぁ、もっとも主さんには私の考えなどとうにバレていますし、それを咎められる事もありませんでしたけどね。なので、事情はあまり分かりませんが、ヴィアーナ殿に思う所があれば、主さんに相談されるのも一つの手だと思いますよ?」
「・・・。」
ユストゥスのこの発言は『嘘』である。
確かにアキトに対して当初懐疑的だったのは本当だが、今ではアキトの従者として仲間として彼に忠誠を誓っている。
まぁ、それに見合う成果をアキトが示しているのも大きいが。
しかし、逆に懐疑的だったが故、ユストゥスはティーネ達とは少し違う角度からアキトの助けとなっている。
もちろん、ユストゥスは『魔術師ギルド』の“内部事情”など知らないが、ヴィアーナに何か思う所がある事は察していた。
それ故に、そう助言するのだった。
「まぁ、ゆっりくと考えてみて下さい。さて、我々も夕食に参りましょうか?」
「・・・そう、ですわね。」
レイナード達に遅れて、ユストゥスとヴィアーナも皆との夕食に合流するのだった。
こうして、レイナード達の『特別合宿』初日は終わりを迎えたーーー。
誤字・脱字がありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
今後の参考の為にも、よろしければ、ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。よろしくお願い致します。