『伝道師』の誤算 1
続きです。
プライベートな飲み会があった為、更新が遅れた事を謝罪します。
事前に予約投稿する予定だったのですが、推敲が間に合わなかったので・・・。
◇◆◇
「ジュリアンッ!」
「おおっ、母上!ご無沙汰しておりますっ!」
「挨拶は良いのですっ!ジュリアン、どういう事か説明なさいっ!!」
喜色の表情を浮かべ、久々に再会した母親をジュリアンは笑顔で出迎えた。
しかし、一方のオレリーヌは、挨拶もそこそこに、怒気を孕んだ声色でジュリアンに詰め寄った。
この『貴族』らしからぬ、また、ジュリアンの記憶の母親らしからぬ様子に、ジュリアンは面食らってしまった。
王都『ヘドス』の『ノヴェール家』の別宅にて、ジュリアンはオレリーヌと面会していた。
オレリーヌは、『ノヴェール家』が『リベラシオン同盟』との『協力関係』を結んだ事をジュリアンに伝える『使者』としての訪問であったが、『トラクス領』の中央都市『ルベルジュ』から、王都『ヘドス』への旅の道程で、オレリーヌは耳を疑う様な『報告』を受けていた。
「ジュリアンが『リベラシオン同盟』に『掃除人』チームを差し向けた」
そう『報告』して来たのは、ジュリアンの執事兼秘書にして、公私共に彼を支える腹心のライルと言う男からであった。
それ故に、その『情報』は『信頼性』が高く、オレリーヌは一体どこから『リベラシオン同盟』と『ノヴェール家』の『関係』が漏れたのかが、まず気になった。
しかし、考えを纏めるには『情報』が不足しており、とにかくオレリーヌは、ただちにその『情報』をガスパールへと流し、『リベラシオン同盟』に注意換気する様促したのだった。
そうして、その『情報』はフェルマンを介して『リベラシオン同盟』の知る所となったのだが、オレリーヌは残りの日程の間中ずっと暗澹たる気持ちを抱えたまま、『ヘドス』まで来たのである。
その結果として、気が急いた事もあり、会うなりジュリアンに詰め寄るのも無理からぬ事ではあった。
「は、母上!どうされたのですか?まずは落ち着いて説明して頂けなければ、何を仰りたいのか分かりかねますが?」
「っ!・・・そ、そうですわね。私とした事が、少し取り乱してしまいましたわ。ごめんなさいね。」
久々に見る我が子の戸惑いながらも変わらぬ姿に、オレリーヌは息を深く吸い込み、自らの感情的な行動を恥じ、心を落ち着けて謝罪した。
心の中で燻っている様々な『感情』はともかく、まずはきちんと説明して、確認して、状況を把握しなければならない。
フェルマンからは、『リベラシオン同盟』は今回の件を特に問題視していない様子だったと聞いてはいるが、それをそのまま鵜呑みにするのは『ノヴェール家』にとって良い事ではない。
アキトとしては、『交渉』が成立した時点で、『ノヴェール家』とは対等な関係であると考えているが、ガスパールとオレリーヌとしては(もちろん色々と思う所はあるが)、大きな『借り』がある相手だ。
それを返してもいない内に、さらに『借り』を作る事態になってしまっている。
今後の事も考えると、これ以上の『失態』は絶対に避けなければならなかった。
「よくお聞きなさい、ジュリアン。ライルから『報告』があったのです。貴方が『リベラシオン同盟』と言う『組織』に『掃除人』チームを差し向けた、と。これは事実ですか?」
「なっ!?」
「・・・申し訳ありません、ジュリアン様。私の独断でその事を奥様に『報告』致しました。この処分は如何様にも。」
「いえ、ライル。貴方の判断は間違いではありません。むしろ、よく報せてくれました。それが無ければ、今頃『ノヴェール家』の『命運』も尽きる所でした・・・。」
オレリーヌからそう問われて、ジュリアンは反射的に自分の執事を睨んだ。
その視線を窘め、オレリーヌはライルの『忠誠心』に労いの言葉を掛けた。
「なぜです、母上!?確かに私が用いた『手段』は褒められた方法ではなかったかもしれませんが、『リベラシオン同盟』とか言う『組織』の言いなりになっていては、父上や母上、ひいては『ノヴェール家』の未来に影を落とす可能性があるのでしょう!?」
「ジュリアン・・・。どうしたのです?聡明な貴方からは考えられない浅はかな行動と言動・・・。一体何があったのですか?一体何処の誰にその様な事を吹き込まれたのですか?」
オレリーヌは、ジュリアンと改めて冷静に対面した事で、彼の様子がおかしい事に気が付いた。
オレリーヌとジュリアンは、ジュリアンが『ロマリア王立魔法学院』に入学してからは、王都『ヘドス』と『トラクス領』の中央都市『ルベルジュ』とで離れて生活していたが、それでも年に数回は会っていた。
確かにこの少年期から青年期にかけて、印象が『別人』の如く変貌する事はあるが、それでもその『根底』にある部分まではそうそう変わらない。
ましてや、全く会っていない訳でもなく、さらにオレリーヌは、『侯爵夫人』として様々な人物と会って来た『経験』から、人を見る目にはそれなりに自信があった。
その『経験則』から、オレリーヌは、ジュリアンの『内心』の変容を他者から歪められたモノだと直感した。
「・・・『リベラシオン同盟』の事は、誰から聞いたのですか?」
その為、オレリーヌは順を追って説明を求める事にした。
「・・・覚えておりません。」
「ジュリアンッ!」
しかし、ジュリアンはその質問に答えなかったので、オレリーヌは再び激昂した。
普段であれば、オレリーヌもここまで感情的にはならないのだが、相手が我が子であり、しかも、『状況』は非常に悪い事も手伝って、あまり心に余裕が無かった。
「お待ち下さい、奥様!ジュリアン様の仰っている事は本当です。我々も覚えてないのです。家人にも聞き取りをしましたが、大半の者が同じでした。ただ、本当にごく少数でしたが、『ライアド教関係者』を名乗る人物が訪ねてきた様な記憶がある、と。その者の証言もかなり曖昧なのですが・・・。」
「なんですって・・・!?」
ニコラウスの『魔眼』の『効果』は絶大であった。
特に、自身の『保身』にかけては、より一層念入りに『暗示』をかけていた。
しかし、一方でそれもやはり『絶対』では無い。
人によっては、『暗示』や『催眠術』にかかりにくいタイプの者もいる。
そうした『耐性』を持つ者の存在には、ニコラウスはある意味無頓着であった。
なぜなら、ニコラウスは独学の『催眠術』モドキの『技術』は一応持っているが、その『技術』レベルは素人に毛が生えた程度であり、もっぱらその『催眠効果』も『魔眼』に依存しているからである。
これは、まだこちらの世界では『心理学』などに関する『学問』が体系化していない事、ニコラウスが『平民』出身である故に高い『教育』を受けてきていない事も大いに関係する話であった。
さらに、ニコラウス自身の『経験則』も関係してくる。
人は『多数派』の『意見』に流される傾向にある。
それ故、こうした事態の場合は「自分の『記憶』が間違っているのではないか?」などと、自身の『記憶』を改変してしまう事、あるいはその『記憶』自体を飲み込んで表に出さない事も往々にしてある。
そうでなくとも、『少数派』の『意見』は軽視される傾向にあるのだ。
それを、ニコラウスは自身の『体験談』からそう理解し、今回もそうなると思い込んでいた。
しかし、
「なるほど、『ライアド教』・・・。フフフ、『ノヴェール家』が『リベラシオン同盟』と『協力関係』を結んだのはやはり間違いではありませんでしたね。一度ならずも二度までも、よくも『ノヴェール家』を虚仮にしてくれたモノですわっ!」
「は、母上?」
今回のニコラウスの行動は、完全に失策であった。
もちろん、ニコラウスが『ハイドラス派』から期待された『トリックスター』・『扇動者』としての『役割』的にはある意味間違った『方法』では無い。
『リベラシオン同盟』と『ノヴェール家』を引っ掻き回し、その『関係』を悪化させれば、アキトに対する『妨害工作』としてはこの上ない成果であるだろう。
しかし、これも一種の『賭け』である事には気が付いていなかった。
もちろん、これは『リベラシオン同盟』が持つ『規格外』とも言える『武力』あってこそであるし、アキトが『異世界人』である事も大きい。
・・・おそらく、これ以上調べても今回の『仕掛人』に関する『情報』は出てこないだろう。
オレリーヌは直感的にそう読んだが、これは残念な事ではあるが、『ライアド教関係者』と言う『キーワード』だけでもある意味、オレリーヌにとっては十分だった。
以前『リベラシオン同盟』から、『ハイドラス派』が『ノヴェール家』に対して何をして、その結果『ノヴェール家』が窮地に立たされる事となった事、『ハイドラス派』が今後何をしようとしているかの『推測』を聞いているのだ。
それを合わせて考えれば、十中八九『妨害工作』である事は容易に想像が付く。
これは上手い手だ。
本来なら、ジュリアンが騙されたからと言っても、『ノヴェール家』が『リベラシオン同盟』に対して『裏切り行為』をした『事実』は変わらない。
それ故に、『掃除人』チームの『成果』次第では、『リベラシオン同盟』と『ノヴェール家』の『関係』は決定的に決裂。
最悪、『リベラシオン同盟』と『敵対関係』にもなり、その『報復』として『ノヴェール家』の『御家取り潰し』が現実味を帯びた話になってしまうのだ。
そう、アキトの存在がなければ。
アキトは自身が『幻術系魔法』の『使い手』であり、『前世』の記憶から『心理学』に関する事も、もちろん専門知識がある訳ではないが何となく知っている。
それ故に、ジュリアンの『暴走』の可能性として、当然他者からの介入を受けているケースも想定出来た。
その事も踏まえた上で、今回の件を特段問題視しない様にしているのだ。
そうした『知識』の『差異』を(オレリーヌ自身が持つ『貴族』故の高い『教養』からくる『洞察力』と、『異世界人』が持つ『未知』の『知識』)、ニコラウスは完全に見誤っていた、いや想像もつかなかったのだった。
「よくお聞きなさい、ジュリアン。そしてライルも。なぜ『ノヴェール家』が『リベラシオン同盟』と『協力関係』を結んだのか。そして『ライアド教ハイドラス派』が『ノヴェール家』に何をしたのか、今後何をしようとしているか、を。」
「「は、はいっ・・・!」」
オレリーヌから漏れ出る不気味な『雰囲気』に圧倒されて、ジュリアンとライルはただただそう頷くしかなかった。
◇◆◇
※『掃除人』・アルファーの場合
ダールトンは、その夜『リベラシオン同盟』の本部兼施設に詰めていた。
と言うよりも、アキトから『通信石』で『掃除人』からの『襲撃』を警告されてから数日間は、こちらの方で寝泊まりをする様にしていたのだった。
と、言うのも、当然ダールトンの家族に被害が及ばない様にする事はもちろんだが、とある理由から、こちらの方が都合が良かったからでもある。
さて、ではアクエラの『生活環境』に関する話であるが、当然ながら『地球』の特に『先進国』と違い、『インフラ整備』が進んでいないのが現状である。
そうなると、当然夜間は真っ暗だ。
もちろん、『街灯』に相当する物はあるし、晴れていれば、双月の月明かりもあるし、各家庭でも『照明』に相当する物はある。
しかし、やはり『地球』の様に、夜の闇を煌々と照らせるほどではもちろんない。
故に、こちらの世界の大半の者達は日の出と共に起き、日の入りと共に寝るのが一般的であった。
夜の『世界』は、夜行性の『魔獣』や『モンスター』の独壇場であり、そして夜の『住人』の独壇場でもあった。
そう『掃除人』の様な。
「・・・。」
寝込みを襲うのは、『掃除人』の様な存在にとっては、ある種『セオリー』の様なモノだ。
『地球』でも、深夜帯は目撃情報が減る。
大半の者達は寝入っている時間帯だし、『明かり』があるとは言え当然視界も悪い。
こちらでは、前述の『インフラ整備』の問題から、よほどの夜目が効く者でない限り、顔を見られるリスクはほぼ無いと言っても過言ではなかった。
それ故、アルファーもその『セオリー』に乗っ取り、ダールトンに『夜襲』を仕掛けるのだった。
アルファーはひそかに『リベラシオン同盟』の本部兼施設に潜入していた。
事前の『下調べ』で、大体の建物内の構造は把握している。
現在ダールトンが、『盟主用』の『執務室』に併設している『書斎兼仮眠室』にいる事も把握している。
他の者達に気取られない様、素早くアルファーは『書斎兼仮眠室』に移動していた。
「Zzz・・・。Zzz ・・・。」
「・・・。」
ニヤリと顔を歪ませて、アルファーは『ダールトン』の存在を確認した。
『掃除人』達は、その『職業柄』比較的夜目が効く。
夜の『住人』の名は伊達ではないのだ。
歪んだ表情を引き締め、アルファーは『一撃』で仕留めるべく、慎重に『ダールトン』との距離を詰めた。
「・・・おや、こんな時間に『お客さん』とは、礼儀知らずだね。」
「っ!!」
が、ふいに『ダールトン』が身体を起こし、声を発した事にアルファーは驚いた。
「さて、何か用かな『掃除人』くん?あまり時間を掛けていると、君の『命運』は尽きると思うが?」
「フッ!!」
『ダールトン』の『挑発』に、アルファーは気を取り直して攻撃を仕掛ける。
『ダールトン』に気付かれたのは予想外だったが、アルファーは自分の方が彼より『強者』である事は疑っていなかった。
この『判断』は正しい。
ダールトンは『政治家』なので、事戦闘においてはアキトとドロテオには及ばない。
しかし、だからと言って弱い訳でもないのだ。
ダールトンは使用していた毛布でアルファーに目眩ましを仕掛ける。
『悪あがき』の様に見えるが、歴とした『計算』あっての『行動』だ。
アルファーはそれをすでに抜刀していた『短剣』で咄嗟に切り裂こうとするが、中々上手くいかない。
空中に浮いている『物質』、特に柔軟性のある布製品を切断する事は容易ではない。
「くっ!?」
仕方なく毛布をひっぺがすが、その『ワンアクション』は致命的な隙になってしまった。
ダールトンはすでに迎撃体勢を整えているし、しかも、アルファーの『殺気』に反応して、ダールトンの執事・ヨーゼフがすでに駆け付けていたからだ。
「旦那様っ!」
「問題ありません。彼は単独の様です。無力化して下さい。」
「畏まりましたっ!」
「チッ!」
アルファーは、この執事には警戒していた。
アキトも言及していたが、見る者が見ればヨーゼフはかなりの『使い手』と分かる。
『貴族』とは違い、ダールトンは大掛かりな『セキュリティ』を持っている訳では無いが、この執事の『力量』はそれらと遜色ないとダールトンは考えていた。
時に『護衛』とは、『量』より『質』の方が重要であったりする場合もある。
夜間だと言うのに、しっかりとした身形に身を包んでいるヨーゼフは、手慣れた様子で『暗器』を投擲した。
「クッ!」
それを避けるアルファーだが、これは陽動だ。
室内であるから、回避する場所も限られてくる。
誘われた格好になったアルファーに、ヨーゼフは素早く間合いを詰め、容赦なくケリをお見舞いした。
「シッ!」
「ガッ!!」
アルファーもやはり『腕』の立つ男であるが、咄嗟にガードするも体勢が悪かった事もあり、その衝撃までは受け流せなかった。
小さくない『ダメージ』を負い、なおかつ『状況』は悪かった。
すぐに体勢を立て直そうとするが、それを待つほどヨーゼフは『襲撃者』に優しくはない。
ダールトンも、『敵』の『勝利条件』が自分の『命』である事を理解しており、下手に逃げ出さずに邪魔にならないスペースに移動して警戒体勢を取っている。
これをやられるとキツイ。
逆に逃げてくれた方が、アルファーとしては一対一の『状況』に持ち込みやすくなり、どうにかヨーゼフさえ振り切れれば、『ダールトン』を仕留めて後は逃げれば良いだけだ。
しかし、この場に残られると、ただ逃げるだけでも容易な事ではなかった。
やはり二対一では、数の上でも『精神的』にも不利であるし、アルファーも『腕』の立つ男だが、どちらかと言えば『暗殺術』に特化している為、所謂『普通』の戦闘はあまり得意分野ではない。
あれもこれも一流である、『S級冒険者』ほどデタラメな『実力』は流石に有していなかった。
それでも、ヨーゼフの的確な攻撃をしのぎ、どうにか『離脱』する隙を窺っていた。
そして、そのチャンスは思わぬ所からやってきた。
「投降する事をオススメしますが?」
「・・・フンッ!」
ヨーゼフが攻防の合間にアルファーにそう呼び掛ける。
勝敗はすでに決していた。
アルファーのボロボロな様子がそれを物語っている。
『敵』をこの場で『処分』するのなら話は簡単だが、『リベラシオン同盟』としては『掃除人』の『処分』は『ノヴェール家』がする事が望ましい。
もちろん、そんな『政治的』な話は、切迫した『状況』なら無理をしてでもする事ではないが、あいにくとそれが出来る『状況』だった。
「・・・あのぉ~、ダールトンさん?どうかなさいましたかぁ~??」
「「はっ!!??」」
「っ!!」
故に、まだ『敵』を無力化していない『状況下』で、予想外の『闖入者』が現れた時に、ダールトンとヨーゼフの対処が一瞬遅れてしまう。
「し、しまっ!」
「フィオレッタさんっ!?」
「えっ!?キャアァァァァッ!!!」
「フッ、運が良いぜっ!」
かすかな物音に気付き寝ぼけ眼で『執務室』にやって来たフィオレッタは、アルファーにいち早く捕らえられてしまった。
アルファーに取っては、これは『脱出』する為の千載一遇のチャンスだった。
もちろん、ダールトンもヨーゼフも『リベラシオン同盟』で保護されているフィオレッタ達の事は考慮していた。
しかし、『パニック』になってはいけないと事前にフィオレッタ達に『情報』を開示しなかったのが裏目に出た形である。
そもそも、『執務室』と『書斎兼仮眠室』は、『情報漏洩』の観点から『防音仕様(もちろん完全なモノではないが)』であるし、こことフィオレッタ達が滞在している建物は、一応繋がってはいるが別棟である。
なので、まさかフィオレッタが就寝中にトイレに立ち、寝ぼけていた事も手伝って軽い迷子になり、別棟まで来て、かすかな物音が気になり、『執務室』を訪れると言うのは、いくつもの偶然が重なった想定外の不運であった。
アルファーは、フィオレッタに刃物を突き付けた。
所謂『人質』の状態である。
「ムゴッ、フタイ、ハファフィテッ!!」
「騒ぐなっ!騒ぐと、殺、しやしねぇけど、キズモノになっちまうぞ?顔とか、身体とかよ・・・。」
「ファッ、ファイッ!!」
フィオレッタの叫び声をすぐに手で塞いだアルファーは、低い声のトーンで『脅し』を掛ける。
アルファーに取ったら、折角掴んだ『脱出』の『人質』だ。
『人質』は生きていてこそ『利用価値』がある。
が、逆に生きていてさえいれば、多少いたぶってもアルファーとしては問題なかった。
フィオレッタは青ざめた表情になり、ガクガクと足を震わせながらも、懸命に頷いた。
「待ちなさい、『掃除人』くん。君の『狙い』は私だろう?彼女は無関係だ。彼女は放しなさい。」
「旦那様っ!?」
ヨーゼフを制止を振り切り、ダールトンはアルファーの前に立ちそう告げた。
一瞬考えたアルファーだったが、すぐに頭を横に振り、じりじりとフィオレッタを連れて『執務室』の出口に向かった。
「ダメだ。コイツを放したらお前を殺れても、俺もソイツに殺られる。いくら『仕事』とは言え、自分の『命』までは懸けたかないぜ。」
「そうか・・・。残念だ。」
交渉は決裂した。
後は、アルファーがフィオレッタを連れて『脱出』するのを、ダールトンとヨーゼフは指を咥えて見ている事しか出来なかった。
まぁ、普通なら。
「全く、悪運が強くて往生際の悪い『人間』だな。」
「はぁっ?ガハァァァァッ!!!」
突如発生した声に、一瞬気を取られたアルファーだったが、次の瞬間には強かにボディブローを喰らい、『くの字』に身体を折り曲げて倒れこんだ。
『人質』に取っていたフィオレッタも、突如発生した声の主に簡単に掠め盗られ、今度こそアルファーの『命運』はあっさりと潰えたのだった。
「ゴホッ、だ、誰だっ・・・。」
意識を失う前に、アルファーが辛うじて誰何し見たモノは、森や夜に溶け込む様な服装に身を包んだ、どこか『忍者』の様な印象を受ける『エルフ耳』の青年の姿であったーーー。
「大丈夫ですか、お嬢さん?」
「は、はひっ!あ、ありがとうございましたっ///。」
ニコリと笑ってフィオレッタの無事を確認したジークは、気絶したアルファーを『確保』しているヨーゼフと、それを見守っていたダールトンに向き直った。
「遅れて申し訳ありません、ダールトン殿、ヨーゼフ殿。『伏兵』がいないかどうかの確認に手間取ってしまい、対応が後手に回ってしまいました。」
「なぜジーク様がここに・・・?」
「私も、さっき『通信石』に連絡が入るまで知らなかったよ。まさか、私を張り込んでいたとはね。」
「何ですってっ!?」
驚愕を露わにし、ジークを再度見たヨーゼフに、彼も申し訳なさそうに謝罪した。
「すいません。主様から『口止め』されていたモノで・・・。主様が仰るには、敵を騙すにはまず味方から、だとか・・・。」
「いや、アキトくんの考えは大体想像が付くよ。大方『掃除人』を炙り出そうとしたのだろう?」
ダールトンの言葉にジークは頷いた。
ある種『チート』染みた『英雄の因子』の『能力』で、『掃除人』達の『存在』に気付いたアキトだったが、『掃除人』達のその優れた『隠密技術』と『気配隠蔽技術』の前に、『掃除人』達の『特定』までは流石に無理だった。
それ故、ダールトンとドロテオに事前に『通信石』で『掃除人』達が近くまで来ている事、おそらく近々『襲撃』に見舞われるであろう事は伝えられたが、いつ、どこで、誰に、までは分からない。
ならばと、発想の転換で、『掃除人』達以上の『隠密技術』と『気配隠蔽技術』を持つ『使い手』である自慢の仲間達を、ダールトンとドロテオの周辺に張り付けさせておけば良い、との結論に至った。
彼らに近付く『不審な人物』がいれば、まず間違いなくその者が『掃除人』である、と言う訳である。
もちろん、ダールトン達の『力量』は信頼しているし、これからの事を考えれば、自分達の『戦力』をアテにされても困るのだが、物事には『不測の事態』が付き物だし、ダールトンとドロテオは『リベラシオン同盟』の中核を成す『重要人物』でもある。
まぁ、一種の『保険』であったが、今回はそれが功を奏した形だ。
アルファーは、確かにかなりの『使い手』であった。
ジークから事前に『通信石』に連絡が無ければ、ダールトンも『仮眠室』にまで侵入された事は気付かなかったし、ダールトンに気付かれた事でアルファーが放った『殺気』が無ければ、ヨーゼフも気付けなかっただろう。
これは『相性』の問題もあったのだが、ダールトンとしては、今回の件は自身の『重要度』が高まった事、それに伴う『警備レベル』を引き上げる必要がある事に気付かされる結果となった。
「もちろん、私達は同じ『リベラシオン同盟』の『仲間』であるし、アキトくんが『成人』するまでは『エルフ族』のサポートも期待出来るだろうが、『エルフ族』はあくまでアキトくんの『協力者』。『ハイドラス派』が『失われし神器』獲得に本格的に乗り出せば、必然的にその『争奪戦』に参戦するのはアキトくん達になるだろう。そうなれば、当然私達も自分達の身は自分達で守らねばならない。もちろん、私達も『防衛』には気を付けていたが、今回のケースが示す様に、現状では心許ない部分もある。それに気付かせる為に、アキトくんはわざと私達に『内密』にしたんだろうね。こういう事は、自ら気が付かねば意味がないからねぇ。」
「ふむ、なるほど・・・。流石はアキト様ですな。」
「おそらく、ダールトン殿の仰る通りかと。主様が仰るには、皆さんの事は『信頼』してるが、それでも不測の事態は起きる。との事でしたので・・・。」
「いやはや、全く、末恐ろしい少年だよ、アキトくんは・・・。」
「あぁ~、ところで・・・。お嬢さ、」
「フィオレッタと申します、ジーク様っ!!」
「・・・フ、フィオレッタさん。出来れば離れて頂きたいのですが・・・。」
アルファーを拘束し、真面目な顔で『情報交換』をしていたダールトン達だったが、ジークに引っ付いたままのフィオレッタに、流石のジークも突っ込みを入れざるを得なかった。
「申し訳ありません。恐ろしい思いをしたので、まだ一人ではフラついてしまいまして・・・。その、ご迷惑でしょうかっ!?」
「あっ、いや、そんな事は・・・。」
「ならば、よろしいですよねっ!?」
「は、はぁ・・・。」
「ハハハッ、フィオレッタさんは強い娘さんだねぇ。」
「ホホホッ、確かにジーク様の傍が一番安全でしょうなぁ。」
何かと頼りになるジークだったが、年頃の女性の前ではそれも形無しであった。
朗らかに笑うダールトンとヨーゼフを前に、バツが悪そうな顔を浮かべたジークだったが、フィオレッタを無理矢理引き剥がす事も無かった。
こうして、何だかんだでダールトン達は『掃除人』・アルファーの襲撃を乗り越えたのであった。
誤字・脱字がありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
連日暑い日が続いておりますので、熱中症にはご注意下さい。
今後の参考の為にも、よろしければ、ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。よろしくお願い致します。