対立 3
続きです。
◆◇◆
「遅くなりましたっ!」
一方その頃、カエサルは一時的に別れていたハイドラス達のもとに合流していた。
「おお、お帰り。それで?上手く彼を仲間達のもとに送り届ける事は出来たのかい?」
「ええ、問題なく。彼も仲間達も、とても感謝してくれましたよ。ハイドラス様達にもよろしく、との事でした。」
「それは良かった。」
表面的には、いつもと変わらない会話であった。
…だが、実際にはお互いに顔にこそ出さなかったが、妙な緊張感が漂っていたのであったーーー。
〜〜〜
「さて、とりあえず、これで全てが元通り、かな?」
「ええ、その様ですね。見た目的には、異変が起こる以前の状態に全て戻った様です。」
カエサルは、コレル(“アドウェナ・アウィス”)に、正確にはカエサルが所持していた“水晶”からではあるが、に“力”を目覚めさせてもらった事によって、覚醒時よりも強大な力を扱う事が出来る様になっていた。
ただ、その代償として、彼の人格や精神に、“アドウェナ・アウィス”の影響が及ぶ様にもなっていたが。
もっとも、その変化・変質も、カエサル自身は、至極当然の事として受け止めていた。
そもそも“神”の真似事をする様な事は、以前のカエサルならば、出来なかった事もあるが、彼自身のトラウマや正義感を差し引いたとしても、するべきではない、と考えていた。
どれだけ強大な力を有しようとも、“人”が“人”の生き死にどうにか出来るなど、傲慢な考え方でしかないのだから。
そこから逸脱してしまえば、もはや“人”ではいられなくなる。
それが、朧気ながらに理解出来ていたのであろう。
だが、“アドウェナ・アウィス”の策略によって色々と精神的に追い詰められたカエサルは、その一線を越えてしまったのである。
まぁ、彼の擁護をするのであれば、カエサルがあまりに生真面目であった事もあるかもしれない。
生来より天才であった彼なのだが、ある意味天才にありがちな傲慢さや他者を見下す事はほとんどなく、むしろ両親の影響もあって、“人に尽くす”事が当たり前の事だと思っていたのである。(自分の力についても、世の為に使う為に備わっているのだ、と考えていた訳である。)
それは、ある意味では素晴らしい考え方ではあるのだが、一方では、“自身の自由”は何処かに置き去りにする考え方でもある。
当然ながら、カエサルにはカエサルの人生が、他の者達には他の者達の人生が存在する様に、“生き方”、ないしは“死に方”など、ある意味全てその者の“自由”な訳である。
(変な話、武人が武人としての生き方を貫くとした場合、その者の“生き方”、ないしは“死に方”は、“戦場で散る”事かもしれない。
だが、他方で“人に傷付いて欲しくない、死んで欲しくない”というカエサルの考え方は、ある種の倫理観や道徳心としては素晴らしい事ではあるが、その者の人生を否定する事でもある。
つまり、本当に他者を思うのであれば、最大限その人の考え方や価値観を尊重するべきなのである。
それが、たとえ自身の考え方や価値観に合わなかったとしても、である。)
結局のところ、自分は自分であり、他人は他人だ。
他人の人生をどうこう言う権利は誰にもなく、その“優しさ”が、時としてはただの“お節介”になる事も往々にしてあるのである。
そうした意味では、元々“悪ガキ”だったアベル達とは、カエサルは対照的であろう。
似た様な性質や気質も持ちながら、自分達がやりたい様にやっているアベル達と(結果として、それが他人の助けになっているからこそ、彼らは“英雄”と呼ばれるに至っている訳であるが)、“人に尽くす”事を建前に、もっと心の奥底では“自分の為”に行動を起こしたカエサルでは、そこに似て非なるものがあるのである。
いや、あった、という方がより正確か。
いずれにせよ、それはもはや過去の話に過ぎない。
そこに“自分の為”という後ろめたいものがあったと言えど、“人に尽くす”、“他者を思う”という信念は本物であったのだが、今現在のカエサルは、強大な力を得た事により、もはや自分が“正しい”と思う事、価値観を、ただ他者に押し付けるだけの存在に成り下がってしまったのであった。
そして、その一番厄介なところが、“アドウェナ・アウィス”の影響を受けてしまったとは言えど、正しくもないが間違ってもいないので(少なくとも、本人の中では)、自分を諌めるタガ、の様なものが失われている事であった。
(仮にそうなったとしても、本来であれば周囲の者達が諌める事で、最悪の方向へ向かう事を未然に防ぐ事も出来るのだが、強大な力を得た今現在の彼を諌める事が出来る存在など、もはやこの世には存在しない両親か、同格以上であるネメシスかセレウス、ハイドラスしか存在しない。
カエサルは特殊な例ではあるが、世の人々も、歳を取り、無条件で自分をしかったり諫めてくれる存在を失う事で、変な方向に行く事はままある。)
まぁ、そんな訳で、見た目こそ今までとそう大差ないのだが、もはやその精神性はかつてのカエサルとは全く別の存在になってしまった彼は、しかし、その明晰な頭脳は今現在も健在であったのであるーーー。
「…それで?これからカエサル殿はどうされるのですか?」
「もちろん、仲間達のもとに戻るさ。当面の問題はまだ片付いていないからね。」
コレル(“アドウェナ・アウィス”)の質問に、カエサルはそうあっけらかんと答えた。
それに、コレル(“アドウェナ・アウィス”)は意外感をあらわにしていた。
と、言うのも、完全に“アドウェナ・アウィス”の操り人形にはなっていなかったとは言え、力を得る代償として“アドウェナ・アウィス”を受け入れた事で、カエサルは限りなく“アドウェナ・アウィス”に近しい存在になっていたからである。
少なくとも、そんな今現在のカエサルが、“アドウェナ・アウィス”に対して否定的、敵対的であるハイドラスらのもとに帰る事は、かなりリスクのある事なのである。
「…その、よろしいので?」
色々と含みを持たせた言い方になったコレル(“アドウェナ・アウィス”)の言葉に、カエサルはコクリッと頷いた。
「ああ。いずれにせよ、彼女の存在は危険だからね。もしかしたら、今の俺の力なら、彼女を消し去る事も不可能ではないかもしれないけれど、彼女にはまだまだ色々と使い道がある。それ故に、向こうの思惑に乗っかって、あえて“封印”という決定を手伝おうと思う。いざとなれば、こちらの手札に出来る様に、ね。」
「…なるほど。」
「それに、おそらく向こうも俺に対して疑念を持っている事はまず間違いないけれど、尻尾さえ出さなければ、少なくとも、彼女の“封印”までの期間はこちらに手出しする事もないだろう。単純な戦力的な問題でね。」
「目の前に大きな課題があるのに、他の事にかまけていられる余裕はない、と?」
「そ。」
「ふむ…」
“アドウェナ・アウィス”で勝手に利用する為に、アスタルテを無理矢理目覚めさせておいて、いざ危険である、邪魔である、となったら、アッサリそれを切り捨てる事を含めて、“アドウェナ・アウィス”の精神性が垣間見えてくる事だろう。
傲慢で自分勝手。
一言で言えば、それに尽きる。
ただ、そうした“アドウェナ・アウィス”に対する評価や感情論を抜きにすれば、確かにアスタルテの存在は、『新人類』達を含めた『アクエラ人類』にとっても危険な存在である事には変わりない。
つまり、事“女神・アスタルテ”の事案に関しては、両者の意見が一致しているのである。
「分かりました、お任せします。」
「応よ。…んで、アンタの事なんだがな…」
カエサルの考えを読み取ったコレル(“アドウェナ・アウィス”)は、そちらの事は彼に任せる事にした様である。
「はぁ、何でしょうか?」
「その肉体を返して、人間族のもとに向かってもらいたい。」
「………はっ?」
カエサルの思わぬ言葉に、コレル(“アドウェナ・アウィス”)は思わず目を丸くしていた。
「い、いやいや、いくらなんでも、そんな急に…」
コレル(“アドウェナ・アウィス”)はそう反論しかけた。
今現在のカエサルは、確かに“アドウェナ・アウィス”の影響力を受けてはいるが、しかし一方で、完全に“アドウェナ・アウィス”の支配下に置かれた訳ではない。
ずる賢い“アドウェナ・アウィス”の事だ。
ここで、カエサルに対する人質、兼監視役を失うのは避けたい、と考えたのだろう。
しかし、カエサルはにべもなく答える。
「っつってもよ。俺は今から向こうに合流するつもりなんだから、当然アンタは連れてけないぜ?元々アンタを仲間のもとに送り届ける為に、こうして一時的にパーティーから離れた訳なんだから、“やっぱり連れてきちゃいました”じゃ、向こうは納得しないからな。下手すりゃ、変な疑念を更に増やしかけない。故に、アンタをここに残す、以外の選択肢はない。」
「そ、それはそうですが…。な、ならば、やはり影から付いていけばっ…」
「そう来ると思ったけど、俺は別に厄介払いをしたい訳じゃねぇのよ。“アドウェナ・アウィス”には、新しい仕込みをしといて貰いたい、って言ってのよ。」
「………へっ?」
一転して真剣な表情を浮かべるカエサルに、コレル(“アドウェナ・アウィス”)は間の抜けた声を出していた。
「どういう原理からいまだに分からないが、“アドウェナ・アウィス”は“水晶”を介して、人々を操る事が出来んだろ?で、今現在この世界にある、少なくとも自由に動かせる“水晶”は、二つしかない。で、一方は俺が、もう一方は、獣人族達が所持している、だよな?」
「え、ええ、まぁ…」
「で、俺が所持している物はいいが、獣人族達が所持している物は、下手すりゃ破壊されかねないぜ?」
「…いやいや、獣人族達はそんな事…」
「誰が獣人族達がやる、っつった?考えてもみろよ。俺の力で元通りになったとは言っても、当然ながら獣人族達の異変を『新人類』達が全く知らない訳がないだろ?少なくとも、ネメシスの奴なら、色んなところに目や耳を用意している筈だ。つまり、その真偽を確かめる為に、必ず誰かが派遣される事となる。しかも、状況から考えても、その誰かは、少なくとも、ただの一兵卒ではあり得ない。“アドウェナ・アウィス”の存在を知っているネメシスなら、実力があり、なおかつ今現在ある程度自由に動かせる人物を投入してくる筈だ。つまり…」
「…“英雄”達…」
「そ。少なくとも、俺がネメシスの立場だったら、アベルさん達を投入するね。そして、アベルさん達は、俺と同じく、覚醒を果たしている。それに、ネメシスがある程度事情を話していると仮定すると、十中八九、“水晶”を発見したら、壊すか封印するかするだろうよ。」
「…確かに。」
理路整然としたカエサルの説明に、コレル(“アドウェナ・アウィス”)は納得していた。
「まぁ、俺としちゃ、ぶっちゃけると“水晶”がどうなろうが、“アドウェナ・アウィス”がこの世界に干渉出来なかろうがどうでもよい。別に俺は、“アドウェナ・アウィス”の完全な仲間になったつもりはないからな。ただ、この先、俺がやろうとしている事には、“アドウェナ・アウィス”の協力があった方が、色々と都合は良い。だからこそ、あえてこんな提案をしている訳よ。」
「…ふむ。」
「まぁ、それでも俺の意見を突っぱねる、っつーなら、それもどうぞご自由に。ただ、その場合、さっきも言った通り、ほぼ間違いなく、“水晶”の一つは失われる事となるが、ね。」
「………」
コレル、というか、“アドウェナ・アウィス”は頭を回していた。
どうやら、新しい“駒”も、一筋縄では行かない様子だからである。
ただ、少なくとも、話の全く通じないであろう女神・アスタルテよりかは、話が通じるだけ、カエサルはまだマシな方だろう。
それに、利害が一致する限り、協力関係を築ける可能性はある。
まぁ、最終的な目的は異なる様子であるから、それも限定的ではあるのだが。
「…分かりました。貴方の意思に従いましょう。」
「そうこなくちゃっ!」
パチンッと指を鳴らして、カエサルは喜びをあらわにした。
「…それで?私はどうすれば良いので?」
「さっきも言ったが、獣人族が持っている“水晶”を持ち出して、人間族の手に再び渡る様にして貰いたい。アンタは獣人族ではあるが、あそこの連中とは所属が違うだろ?言いかえると、足がつきにくい、って事だ。逆にあそこの連中を動かしちまうと、アベルさん達の情報網なら、簡単に尻尾を掴まれちまう可能性が非常に高い。で、無事に人間族のもとに渡ったら、アンタはその肉体を返してくれ。足がつきにくいとは言ったが、流石にずっとその肉体を使い続けてると、いずれ尻尾を掴まれるかもしれないからな。だが、その肉体を解放しちまえば、記憶は一切残らないんだろ?」
「ええ、まぁ…」
基本的に、今まで使っていた“駒”は、そのほとんどを間接的に動かしていた。
故に、直接的に操った人物がどうなるかの確信を持てなかったので、コレル(“アドウェナ・アウィス”)は曖昧に頷いたのである。
とは言えど、記憶が失われるのはまず間違いない。
…もっとも、“アドウェナ・アウィス”の影響をモロに受けた人物は、そのあまりに大きな存在力故に、十中八九記憶、どころか、人格なども全て吹き飛んだ廃人になる事請け合いだろうが。
ただ、嘘は言っていない。
…本当の事も言っていないが。
「そしたら、そうして貰って、“アドウェナ・アウィス”は再び人間族のもとに潜伏しておきな。対立構造を利用してやるんだ。いくらネメシスとは言えど、小康状態とは言え絶賛戦争中の相手国に刺客を送り込む事は困難だからな。下手すりゃ、再び戦火が拡大する恐れもあるし、そうなりゃ、ネメシスは戦犯以外の何者でもなくなる。」
「…ふむ。しかし、逆に“英雄”達を使う、という選択肢もありますよ?彼らならば、相手側に悟られる事なく、内部に潜入する事も可能でしょう?」
「まーね。ただその場合、『新人類』であるアベルさん達は絶対に使えない。彼らの実力は俺も知るところだが、物事に絶対はない訳で、少なくとも見た目的に特徴があり過ぎる彼らは、人間族への潜入捜査は不向きだからな。つまり、選択肢は一つしかない。」
「…貴方のお仲間を使う、ですか…」
「そ。俺達は人間族だからな。人間族が人間族の中にいる分には、違和感は一切ない。“木を隠すなら森の中”、ってね。」
「…なるほど」
再び理路整然と語られるカエサルの策略に、すっかりコレル(“アドウェナ・アウィス”)は会話の主導権を奪われていた。
「…しかしそれですと、せっかく回避した“水晶”の破壊の可能性を、再び呼び寄せる事になりますが…」
「いや、そうはならないよ。」
「………はい?」
至極当然の懸念を示すコレル(“アドウェナ・アウィス”)に、しかしカエサルは自信満々にそう返した。
ハイドラス達が“アドウェナ・アウィス”に対して、否定的・敵対的である事はまず間違いない。
そんな彼らが、女神・アスタルテの件が片付いたら、もう一つの懸案事項である“アドウェナ・アウィス”の件をスルーするとは思えなかったからである。
しかし、カエサルは“大丈夫だ”と言う。
コレル(“アドウェナ・アウィス”)はますます困惑した。
「一体どういう事で…?」
「…すまんが、それについては今はまだ明かせない。」
これまで饒舌に語っていたカエサルが、ここに来て、一変して言葉を濁した。
「“アドウェナ・アウィス”の事を、まだ完全には信用していない、ってのもあるが、どこに目や耳があるかも分からない状況では、重要な事は伏せておきたいのさ。」
「…まさか。貴方も理解していると思いますが、周囲にそんな存在は…」
「言ったろ?物事に絶対はない、って。“アドウェナ・アウィス”は、まだ俺の仲間達や、ネメシスを舐めている。少なくとも、力では“アドウェナ・アウィス”に遠く及ばなくとも、彼らはそれを覆せるバイタリティと頭脳を持っているんだ。これまで、散々やり込められてきた事を忘れたのか?」
「………」
本来であれば、全知全能に近い存在である“アドウェナ・アウィス”ではあるが、その割にはいまだ目的を達成していないし、ネメシスの造反を招いたり、セレウスやハイドラスにも手を焼くなど、とてもそうした存在である様には見えない。
これは、“アドウェナ・アウィス”が力があり過ぎるが故に、心の奥底に傲慢さや慢心、油断といったものが存在しているからである。
故に、足元を掬われる事もあるのである。
“アドウェナ・アウィス”の価値観では理解出来ないかもしれないが、実は強者の天敵は弱者なのである。
(例えば、下剋上や革命など、社会的、構造的強者を社会的、構造的弱者が打ち砕く例は枚挙に暇がない。
もちろん、“アドウェナ・アウィス”が圧倒的な強者である、というか、そもそも次元の違う存在である事は間違いないが、少なくとも、同じステージに立っている存在がいる以上、いくら“アドウェナ・アウィス”と言えど、その理から逃れる事は出来ないのである。)
最初から“アドウェナ・アウィス”だった者達とは違い、様々な困難を乗り越えてきたカエサルだからこそ、そこに一切の油断がなかったのである。
…あるいは、一番近くで見てきたからこそ、仲間達がいかに厄介かを理解出来たのかもしれないが。
「…ま、いいでしょう。先程も申し上げた通り、今は貴方の意思に従いますよ。」
「…そうしてくれ。」
一瞬目線が交差する両者。
そこには、様々な思惑が存在していた。
一言で言うのであれば、それは
“最後に勝つのは俺(我々)だ。”
と、言ったところだろうかーーー?
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