盤外戦術
続きです。
◇◆◇
「…一体、どうした事なのだっ、これはっ!?」
『新人類』の代表者達は、予想外の事態を受けて頭を抱えていた。
人間族側からの“贈り物”の取り扱いを巡って、とりあえずネメシスかアベル達が帰って来るまで一旦保留とし、宝物庫の様な場所でそれを保管する事で一応は決着したのであるが、どうした訳か、それが一夜にして無くなってしまったからである。
いや、原因自体は分かりきっている。
保管を任せた秘書官(以前にも言及した通り、この場にいる者達は『新人類』達の代表者達であるから、政治的にはそれぞれの“国”の首長の様な立場だ。当然ながらこうした者達には、自らのサポートをする為の部下が付き従っており、秘書官はそうした者の一人であった。)も、一緒に行方をくらませたからである。
状況から考えれば、その秘書官が“贈り物”を持ち逃げした、と考えるのが自然だろう。
もっとも、何故そんな事をする必要があったのかは、皆目見当もつかない訳であるが。
しかしここで問題なのは、動機とか原因とかではなく、相手国(しかも絶賛戦争中の、である)からの“贈り物”が忽然と姿を消した事である。
現状から鑑みれば、十中八九“罠”である可能性の方が高かった訳ではあるが、それでも、何某かの文書や書簡である可能性も否定出来ない。
(“罠”を警戒するあまり、中身を改めなかったのである。)
そんな重要な物をなくしたのだ。
焦らない筈もない。
もし仮に、これが停戦や休戦に関する文書であった場合、なくした=それを握りつぶした、と相手国には捉えられる訳で、場合によっては相手方に更なる紛争の口実(大義名分)を与える事となる。
“せっかく仲直りしようとしたのに、相手はそれを無視した”
と、いう訳である。
もっとも、もっと冷静に考えれば、そうした重要な事柄を、文書だけ一方的に送り付ける事はほぼないだろう。
少なくとも、代表団なりの“人”とセットでやって来て、相手方と交渉する筈だからである。
だが、アスタルテやネメシスに依存しきっていた事もあり、また、パニックになって冷静な判断がつかなかった事もあって、彼らは気が動転していたのだろう。
そうなれば、面白いもので人は、どれだけ“大人”であろうとも、全く子供染みた事を言い放つのである。
「と、とにかく、持ち逃げした秘書官の捜索は密かに行う事として…、ネメシス様やアベル殿達への“言い訳”はどうする?」
「い、いやいや…。そんな物は最初から“無かった”のですよ。」
「「「「「っ!?」」」」」
そう。
子供染みた“嘘”である。
知らぬ存ぜぬ。
記憶に御座いません。
本来、偉い立場である“政治屋”でさえ、良く使う手段だ。
自分達は、“贈り物”の存在を知らない。
何故ならば、自分達は受け取っていないからである。
だから、自分達には責任はない。
こういう理論であった。
もちろん、本来はそんな子供染みた言い訳が通用する筈もないのであるが、この場にいる者達が口裏を合わせれば、その無理が通るのである。
「し、しかし、ネメシス様はともかく、アベル殿達は、一瞬とはいえ、“贈り物”の存在を知っているだろう?そもそも彼らに、“危険物ではない”、と判断してもらった訳だし…」
そうなのである。
ネメシスの代わりにアスタルテを抑える役割を頼まれたアベル達ではあったが、“贈り物”が届いた時にはまだ出かけていなかった事もあり、“贈り物”が危険物かどうかを視てもらっていた訳である。
それなのに、“贈り物”の事など知らない、は、流石に苦しすぎる、と一人の男は言った。
「いえいえ、そうでもありませんよ?確かに、アベル殿達には危険物かどうかを判断して頂きましたが、彼らもお忙しい事を承知しておりましたから、別にそれが人間族からの“贈り物”である、とは一言も言っておりません。単純に、変な物が届いたから、それが危険かどうかを判断してもらっただけ、なのですから。」
「「「「・・・」」」」「…そういえば」
ここら辺は、ある意味流石というところか。
言い方は悪いが、人の上に立つ立場にある者は、ある種の保身に長けているものなのだ。
それが何であれ、他者に突っ込まれるネタというのは、自らの立場を危うくするからである。
(向こうの世界でも、スキャンダルを警戒する事はよくある話である。
もちろん、中には清廉潔白な人物もいるかもしれないが、大抵の場合は叩けばホコリが出る訳で、そうなった場合、事実を捏造したり握り潰す事が往々にしてある。)
そうした事もあって、この者が言う通り、最初から“保険”をかけておいたのである。
流れとしてはこうだ。
・人間族側から“贈り物”が届く。
・ネメシスが不在だった為、その扱いに困る。
・罠を警戒して、(それが人間族から贈られた物である事実を隠して)まだ出かける前のアベル達にそれが危険物かどうか判断してもらう。(下手に開けると危険、という事で、中身を開かずに、である。)
・アベル達は、“魔素”の兆候がなかった事や、“霊能力”にも引っかかるところがなかったので、“特に危険な物ではない”、と判断。
・アベル達はアスタルテの事もあり、後の事は彼らに任せてそこで出かけていく。
・アベル達のお墨付きをもらったので、ネメシスが戻るまで一時的に保管。
・物がなくなる。
となるのだ。
「…ね?」
「「おおっ…」「「「確かに…」」」
ニヤリと笑う男に、他の者達も納得の声をあげていた。
「そんな訳で、“贈り物”が贈られた事実は、知らぬ存ぜぬを貫き通しましょう。危険物について突っ込まれたら、それは別件ですでに処理済みだと言い張るのです。」
「し、しかし、もし人間族側が何か言ってきたらどうするのだ?」
「それも、知らぬ存ぜぬを押し通すのです。そもそもそれほど重要な代物であるならば、“物”だけ送ってそれっきり、というのは、人間族側の落ち度です。世の中には野党や盗賊などごまんといるのですから、彼らが物資を奪い取り、我々の側には届かなかった、という言い訳も成り立ちますからね。何か言ってくれば、逆にこちら側に難癖をつけるつもりで虚偽の事実を捏造している、と責め立てる事すら可能でしょう。」
「ふむ…」「「「「・・・」」」」
事保身の事については、これ以上なく無駄に頭が回った。
言い方はアレだが、結局は彼らも、いつの間にか人間族側のタヌキ親父達と同じ穴の狢に成り果てていたのであろう。
だが、得てして“人”とはそういうものなのである。
もしかしたら彼らも、アベル達の様な存在(英雄)に憧れた口かもしれないが、当然ながらアベル達と彼らではその力や経験に圧倒的な差がある訳で、同じになれない事にいつしか歪んでいく事も往々にしてある。
そうしていつしか、自分達の理想とは真逆の生き方をする事も珍しい話ではなく、光があればやはり闇もあるのである。
まぁ、あえて彼らの擁護をするのであれば、時としてこういう存在もビジネスや政治の世界には必要なのであるが。
それはともかく。
こうして結構重要な事を、『新人類』達の立場を守る為、という言い訳で、その実は自らの保身の為に彼らは“無かった事”にした訳であるが、それがこの後、とんでもない事態を招く事になるとは、当然ながら彼らには想像も出来なかったのであったーーー。
◇◆◇
ーさて、では私をとある方に届けてもらえますか?ー
「…はい、我が主よ。」
『新人類』の代表者達がそんな結論に落ち着いていた頃、一人の獣人族の男が、何かを大事そうに抱えてひた走っていた。
それは“水晶”であった。
そう、例のプトレマイオスが所有していた“水晶”であった。
以前にも言及した通り、この“水晶”自体は別に危険な物でも、力のある物でもない。
あくまで“水晶”は、通信機器か端末の様な物に過ぎないからである。
(それ故に、アベル達も“それが危険物ではない”、と判断した訳である。)
重要なのは、それを誰が操っているか、という点なのである。
もちろん、こちらも再三述べている通り、それは“アドウェナ・アウィス”な訳であるが、彼ら自身に“力”があるので、結果的にこの“水晶”は非常に重要な代物へと早変わりする訳である。
(実際、“水晶”を手に入れてからプトレマイオスは、“アドウェナ・アウィス”からもたらされる様々な知識や情報などを活かし、今や一国のトップより上のポジションである“三国同盟”のトップとしての立場を盤石なものとしている。
だからこそ、“水晶”を手放す事に難色を示していたのである。)
ただ、これに関しては“アドウェナ・アウィス”からしても、結構なバクチであった。
先程も述べた通り、“水晶”はあくまで通信機器か端末の様なものでしかないので、当然ながら自らの意思で動く事は不可能なのである。
それ故に、プトレマイオスを説得(あるいは脅迫)して、人間族側から『新人類』側に受け渡す必要があったのである。
となれば、場合によっては“アドウェナ・アウィス”とは敵対しているネメシスの手に渡る、あるいは知られる危険性もあったのである。
仮にネメシスが“水晶”の存在を知れば、アッサリと壊されてそれで終わりだった事だろう。
・・・だが、“アドウェナ・アウィス”には、ある種の確信があったのである。
ネメシスには知らされない、という確信が。
ここら辺は、やはりネメシスも“アドウェナ・アウィス”と同類、という事だろう。
以前にも言及した通り、“アドウェナ・アウィス”は肉体を失って(正確には、自らの意思によって様々な制約、例えば寿命とかそういった類のものである、から解放される為にそうしたのであるが)から、ある種の“人間性”も一緒に失っている。
自らが肉体を持たないが故に、他者の痛みなどが、知識としては残っていても、真に理解出来なくなってしまった訳である。
言うなれば、人間が社会を構成する上で必須ともなる能力である、所謂“共感性”を失ってしまっているのである。
それ故に、ある意味倫理観や道徳心からも解放されるに至っている訳であるが、だからこそ、“人間には感情がある”という、至極当たり前の事も、時折忘れてしまう事が多々あるのである。
ネメシスはそれを、“アドウェナ・アウィス”が傲慢になったキッカケと捉えている訳であるが、当然ながらネメシスも似た様な傾向にあったのである。
いや、ここら辺はネメシスだけでなく、セレウスやハイドラスなど、“力”を持つ者達が抱える弊害かもしれない。
自らは“力”があるが故に、“力”を持たない者達の気持ちが理解出来ないのだ。
“自分に出来る事が、何故他人には出来ないのだろうか?”
と、いったところか。
(こうした事は、何も彼ら特別な力を持つ者達だけが持つ感覚ではなく、広く一般社会でもよくある話である。
当然ながら、人によって能力はマチマチであるから、自分に出来る仕事のレベルが、他人にはハードルが高い事もある。
そこら辺を理解していないと、サボっているとか手を抜いている、と映ってしまい、不平不満が現れてしまう=職場やその他の人間関係がギクシャクしてしまう要因ともなるのである。
もちろん、最低ラインのハードルさえクルア出来ないのは論外ではあるが、人によっては能力やペースはバラバラである事を理解する=もう少し寛容な心を持つ事が、人間関係を円滑にする、というか自身の精神衛生上良いと思われる。
まぁ、それはともかく。)
ネメシスは、何でも自分で出来てしまうが故に、全てを自分の中で解決してしまう悪い癖があった。
そして、そんな者が身近にいたとしたら、周囲の者達の反応は大体決まりきっている訳である。
嫉妬か依存である。
優秀な者が周囲にいれば、嫉妬心を抱く事はある意味普通の事であろう。
この“嫉妬心”も時としては悪い事ばかりでもなく、ライバル心とか対抗心となり、自らを高める要因ともなる。
だが、あまりに自分と懸け離れた者となると、もはや嫉妬心すら湧かずに、依存になってしまう事も往々にしてある。
“もう、全部アイツ一人でいいんじゃないかな?”
という訳である。
結果として、ネメシスの存在は、『新人類』達の代表者達にとっては、ある種の劇薬となってしまった訳であった。
(もちろん、あえてネメシスの擁護をするのであれば、今、ネメシスが抱えているものの大半が、普通の人間には手に負えない事ばかりである。
アスタルテを抑える事は、少なくともアベル達レベルの者達でなくては不可能に近いし、ハイドラス達に振った仕事についても、彼らでなければ出来ない事だ。
だがそうでなく、一般の者達にも出来る事であれば、彼らにも役割を与えてやる方が吉である。
それをする事で、彼らも仕事をした=役に立っていると実感し、自分達もチームの一員であると肯定出来るからである。)
そして、ほとんど仕事をしていない者達が、仮に今回の様な失態を演じたとしたら、やはり今回の様な結論に陥る事がままあるのである。
すなわち、隠蔽である。
彼ら自身は否定するかもしれないが、心の奥底では仕事をしていない、役に立っていない事を自覚しているから、今回の様な、“物を預かってそれを目的の人物に渡す”、という、ある意味至極簡単な仕事ですらマトモに出来ないのか、と思われたくないのである。
だから隠した。
事実がなければ、結果もまたあり得ないからである。
先程も述べた通り、ひどく子供染みた行動であろう。
だが、“アドウェナ・アウィス”はそうなる事が分かっていたのである。
こちらも先程述べた通り、“アドウェナ・アウィス”もネメシスと同様に、ある意味他人の気持ちが理解出来なくなって久しい訳であるが、ここでネメシスと“アドウェナ・アウィス”では経験に圧倒的な差がある事が如実に現れてしまった訳である。
ネメシスは、この惑星に封印されてかなりの期間が経つ訳であるが、その間も“アドウェナ・アウィス”は、他のところで色々と暗躍を続けてきている。
つまり、他者の気持ちは理解出来なくとも、論理的に“これこれこういう事をすれば、大抵の生命体はこう動くだろう”、というデータや知識が、“アドウェナ・アウィス”にはあったのである。
事実、プトレマイオスやイアードの事から鑑みても、事“人心掌握術”、あるいはもっと身も蓋もない言い方をするのであれば、“洗脳”という技術においては、“アドウェナ・アウィス”はネメシスの数段上のレベルに達している事が伺い知れる。
まぁ、色々と言ってしまったが、つまり“アドウェナ・アウィス”は、自分達を警戒している筈のネメシスらを、上手く出し抜く事に成功した訳であった。
とは言えど、先程も述べた通り、あくまでこの“水晶”は通信機器か端末の様な物に過ぎない。
それ故に、“水晶”だけでは何の役にも立たないし、行きずりに利用したこの秘書官程度では、対して影響を与える事も出来ない訳である。
“アドウェナ・アウィス”が真に欲しているのは、もっと力のある“駒”だ。
そしてその目星は、すでに“アドウェナ・アウィス”はつけていた訳であった。
ー…これからの時代を創っていくのは、忘れられた神でもなければ古き神々でもなく、狂った女神でもありません。ー
「・・・・・・・・・」
ーあなた方、アクエラ人類なのですよ?ー
「・・・・・・・・・」
散々ちょっかいをかけ、色々と引っ掻き回した挙句に今更そんな事をのたまった“アドウェナ・アウィス”は、やはりいい性格をしている様であったーーー。
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