作戦開始
続きです。
◇◆◇
「それで?私達は一体何をお手伝いすれば良いのでしょうか?」
どこか遠くの地で、一人の男の命運が決まっていた頃、ハイドラス達は依然として話し合いを続けていた。
もっとも、先程までは協力体制を構築する為の、ある種のお願いだったのに対して、今の話し合いに関しては、もっと具体的な仕事の話になる訳であるが。
「そうだな…。まずは、やはり場所の確保だろう。ハイドラス達の例もあるが、別にその者達に何かしらの野心がなかったとしても、たまたま“封印”が解けてしまう可能性もある。それ故に、少なくとも人々が簡単に踏み込めない様な場所の確保が必要となるだろう。」
「・・・ふむ。」
ネメシスの言う条件に、ハイドラスは早速思考を巡らせる始める。
「それに加えて、エネルギーの集まる場所でなければならない。俺らの力なしにも、彼女の力を縛る必要があるからな。」
「・・・なるほど。」
更に付け加えられた条件で、ハイドラスは頭の中で検索をかけていた。
人々が容易に近づけない場所、かつ、エネルギーの集まる場所。
ハイドラスは、すぐにその条件を思い付いたのであった。
「…この惑星の“龍脈”を使うのはいかがでしょうか?」
「・・・ふむ。」
やはりそうか、という風に、ネメシスも頷いた。
龍脈とは、風水や古代の思想における、大地を流れる気のルートの事である。
山脈の流れが龍の背中のように見える事から名づけられ、その気が集まる場所を“龍穴”と呼ぶ。
龍脈の概念は、建物の気の流れにも例えられる。
(某百科事典より抜粋)
この惑星を一つの大きな生命体として考えると(所謂、向こうの世界でいうガイア理論)、当然ながら、人類、あるいは他の生命体とは、もはや次元の違う膨大なエネルギーを持っている事となる。
そして、そのエネルギーが集まるポイントが、“龍脈”や“龍穴”なのである。
こうした場所には、神聖なパワーが宿ると信じられており、実際、向こうの世界では、こうした場所に神社や古代の遺跡群が存在する事でも知られている。
この世界では、これはより顕著である。
“魔素”という特殊なエネルギーが存在するからである。
これがどういった因果関係があるのかはいまだ不明ではあるが、この惑星における“龍脈”や“龍穴”には、所謂“魔素溜まり”が発生する現象が確認されている。
『魔法技術』にも利用されるこの“魔素”は、当然ながら非常に強力なエネルギーとなる。
それと同時に、“魔素”は生命体にも多大な影響を与える事もあり、あまりに濃すぎる“魔素溜まり”には、生物は近寄ろうとしないのである。
(生物の進化や変異にも、この“魔素”が多少なりとも影響を与えた事はこれまで述べた通りであるが、あまりに濃すぎると“魔素溜まり”は、生物が持っている様々な情報を書き換えてしまう可能性があるからである。
そうでなくとも、濃すぎる“魔素”は、セルース人類の例にもある通り、“魔素酔い”を発生させてしまうリスクもある。
この世界に元々住んでいる生命体ならば、別の惑星から来たセルース人類とは違い、ある程度の“魔素”に対する耐性が備わっているが、これはどんな物でもそうであるが、過ぎたエネルギーなどというものは、それだけで生命体に多大な悪影響を与える可能性があるのである。)
アクエラ人類はもちろん、生物があまり近寄らない場所、かつ膨大なエネルギーが得られる場所。
ネメシスが示した条件には、まさにうってつけの場所と言えるだろう。
「それがベターだとは俺も思う…。だが、物事に絶対はないからなぁ〜…」
「しかし、それ以外となると…」
うぅ〜む、と考え込むネメシスとハイドラス。
惑星上である以上、どうしても懸念点が存在するのは致し方ない事であるが、万が一の事を鑑みると、どうしても心配が勝ってしまうのは無理からぬ事であろう。
ー…つかさ。彼女が元々幽閉されてた場所じゃダメなん?ー
と、そこへ、思わぬところからまた別の提案が出される。
誰あろう、今まで黙っていたセレウスであった。
「「・・・・・・・・・あっ!!」」
二人は失念していた、という風にハッとしていた。
アスタルテが元々幽閉されていた場所。
すなわち、この惑星の衛星の一つである衛星ルトナークにある、元々はセルース人類が惑星アクエラに入植する為の前哨基地として建築した施設の事である。
当然ながら、この惑星の衛星である以上、今現在のアクエラ人類には到底到達出来ない場所にあり、なおかつこの惑星自体のエネルギーには劣るまでも、膨大なエネルギーも存在する。
「…だ、だが、あそこに幽閉されていて、彼女は“アドウェナ・アウィス”からの干渉を受けたのだろう?ならば、むしろ危険ではないか?」
「………いや、そうでもない。それを言うならば、この惑星の“龍脈”を使ったとしても、奴らからの干渉がある可能性はある。ならば、そもそも奴らからの干渉をシャットアウトしちまえば良いだけの話だからな。」
「…そんな事が可能なのですか?」
誰にも気付かれずに、これまで度々暗躍していた“アドウェナ・アウィス”だ。
ハイドラスの懸念ももっともであろう。
だが、ネメシスも腐っても同じ“アドウェナ・アウィス”である。
しかも、どういった理由があるのかは定かではないが、彼が目覚めてからは、彼らがネメシスに直接的に干渉した事は一度もないのである。
「奴らにも、物事に干渉をする為には条件が必要なのさ。前に言ったが、奴らは直接的、あるいは物理的な干渉は不可能だ。それ故に、間接的にそれをするしかない訳だが、つまりは“代行者”が必要なんだよ。それが、人工知能だったり人類、あるいは生命体だったりする訳だが…」
ーだったら、ルトナークの施設を完全に“スタンドアローン”にしちまえば良いだけの話さ。おそらく、今回のアスタルテへの干渉は、例の施設が人工知能と繋がっていた事が要因だ。人工知能が奴らの遺してったモンであるのは言うまでもない事だが、彼らはそれを利用して、アスタルテへ何かしたんだよ。マギ達は完成度の高い自律した人工知能ではあるが、自分達を創った存在として、“アドウェナ・アウィス”を最上位者として認定しているんだよ。だから、仮に俺らセルース人類と、“アドウェナ・アウィス”からの命令が重複した場合、彼らの命令の方が優先されちまったんだ。ー
「しかし、今回の場合はあくまで女神アスタルテの封印を目的としているから、様々な設備等を保守・管理する必要がない。それならば、お前らの創り出した人工知能でも十分に事足りるだろう。」
「…なるほど。」
これまで述べてきた通り、“アドウェナ・アウィス”は命令を受け取る“受け皿”がなければ、生物達への干渉が難しいのである。
まぁ、全く不可能ではないものの(例えば、これはアクエラ人類でもセルース人類でも誰でも良いのだが、彼らに対して“夢”という形で接触するなどして、行動を指示する事は出来るからである)、しかしそれでは、行動を事細かに指示する事は難しいのである。
それ故に、人工知能なり“水晶”なりを介して、“代行者”となりうる何者かを操る必要があるのだが、その起点となる“窓口”さえ潰せば、実質的に彼らが干渉する事はほぼ不可能になってしまうのである。
「…ただ、この場合の大きなネックは、どうやって彼女をルトナークまで誘導するか?、って話だな。お前らも、自由に動かせる宇宙船は持ち合わせちゃいないだろう?」
「まぁ、そうですね…。私達自身は、“化身”の姿でこの地に降り立っていますから、そもそも宇宙船は使っていませんし、ソラテスの件もあって、元々“能力者”達が使っていた宇宙船も人工知能が厳重に管理しています。仮に、上手い具合に宇宙船の一つを拝借出来たとしても、当然それは人工知能の影響下にあるので、それでは彼らの干渉を招いてしまうでしょうし…」
しかし、セレウスの提案は、先程の“龍脈”を使う案より安全性は高いのであるが、実現可能性、という意味ではより困難なものであった。
「…やはりその案はダメだな。中々面白い提案だとは思うのだが…」
ーそっか〜…ー
「今回の場合、時間も人員も限られた中での話になるからな。その中であれば、やはり私が提案した案の方が、現実的な策かと思う。彼らの干渉に関しても、ネメシス殿にアドバイスを頂ければ、何とかなると思うし…」
「そうだな…。まぁ、もしかしたら奴らの遺した遺跡ならば、宇宙船の一つや二つ、あったとしても不思議な話じゃないが、それを捜索している時間もないしなぁ〜。逆に言えば、彼女を封印した後、改めて移転する、という手もある。どっちにしても、この件が片付いたら、分離の方法を探す為にも遺跡の調査はしなきゃならん訳だからな。その時に、改めて考えても良いかもしれん。」
ー…ふむ。ー
「…なるほど。」
「あの…、お話はまとまりましたか?」
純粋なアクエラ人類であるカエサル達は、当然ながら三人の話していた内容に関しては、半分以上理解出来ない内容であった。
だが、それでも、話がまとまったらしい事は何となく察する事が出来たのか、代表してカエサルがおずおずとそう言葉を切り出したのである。
「おお、すまんすまん。お前らを置いてきぼりにしちまったな。」
それに、軽い調子で謝るネメシス。
「とりあえず私達は、良さげな場所を探す事となったよ。“龍脈”に関しては、君達も理解出来るだろう?」
「ええ、もちろん。」
「ボク達も、れっきとした“魔法使い”だからねぇ〜。“魔素”の集まるポイントくらい、知識はありますよ。」
「けど、流石に、実際にはどこに“龍脈”があるかは把握してないッスけどね。」
流石に高度な『魔法技術』、しかも、もとをただせばセルース人類が体系化した技術であった事から、“龍脈”や“龍穴”に関しては、いちいち説明しなくてもカエサル達は理解していた様である。
「ハハハ、それを探すのが私達の仕事だからね。」
アルメリアの言葉に、ハイドラスは笑った。
「だが、ある程度は当たりをつけられるだろう?」
「うむ。幸いな事に、この大森林地帯にもいくつか存在するだろうからね。」
以前にも言及した通り、“魔法使い”は基本技術として、“魔素”を感知する事が出来る。
(というか、これが出来なければ、そもそも“魔法”を使う事が出来ないのだが。)
そのスキルによって、カエサル達は、大森林地帯にもいくつか膨大な“魔素”の集まる場所がある事を、朧気ながらにも察知していたのであった。
もっとも、その正確な位置というのは、あくまで現地に赴かなければ分からない。
それでも、全く何の手掛かりもない状況よりかは、幾分かマシではあるのだが。
「では、早速出発しよう。あんまりノンビリしていられる時間は無い様だからね。」
「「「はいっ!!!」」」
「すまんが頼んだ。ああ、後、緊急で連絡を取り合う必要もあるかもしれないから、そん時は“念話”で通信してくれ。“チャンネル”はもうすでに把握してるだろう?」
「承知しました。ネメシス殿も、その、頑張って下さい。」
「応よ。」
ー気を付けてなぁ〜。ー
元々、大森林地帯を旅する為に用意はしていたので、ハイドラス達はその足で封印候補地を探す為にネメシス(とセレウス)に見送られて立ち去っていった。
「…さて、こっちはこっちでやる事が山積みだからな。そろそろ戻るか。」
ーアスタルテがいつまでも大人しくしているとも考えづらいからなぁ〜。また、新しい手も考えなきゃならんか…ー
ー「はぁ〜………」ー
無事にハイドラス達を味方につける事には成功したが、それでも根本的な解決はまだ当分先の話である事から、ネメシス(とセレウス)は深いため息を吐くのだったーーー。
◇◆◇
「…ネメシス様はまだお戻りにならんのか?」
「ええ。フラッと出かけたっきり、しばらく姿を見ませんな。」
「あの方にも困ったものだな…。もう少し、ご自身の立場を自覚して頂きたいのだが…」
一方その頃、ハイドラス達に接触する為に不在となっていたネメシスの帰りを待つ者達がいた。
誰あろう、『新人類』達の代表者達であった。
以前にも言及した通り、本来、『新人類』達を導く立場にあるのは、この場に集まっている代表者達である。
しかし、ここにアスタルテがやって来た事により、そこら辺のパワーバランスが大きく崩れる事となってしまう。
再三述べている通り、アスタルテが『新人類』を創造したのは紛れもない事実である。
しかもそれだけでなく、彼女は“アドウェナ・アウィス”達の策略によって、所謂“神”としての力にも目覚めてしまった事で、彼らとの奇妙な上下関係が生まれてしまったのである。
彼らにとって、アスタルテの言う事は絶対である。
たとえ、それが間違っていた事だとしても、である。
しかし、幸いな事に、ここにネメシスが存在する事により、ある種の緩衝材となってくれたのである。
本来であれば、アスタルテの命ずるままに、(望まぬ)人間族との全面的な戦争に雪崩込んでいたのを、ネメシスがいたお陰で何とかギリギリ“普通の戦争”レベルで落ち着いたからである。
(仮にネメシスが存在しない場合、アスタルテの抑止力となる者がいなくなるので、戦争どころか、一方的な大量虐殺が行われた可能性が非常に高いのである。
もちろん、『新人類』達にとっても、人間族との関係は悩みの種であった事は否定しないが、かと言って、そうした経緯で手に入れた“平和”では、彼らも心の底から喜べなかった事だろう。)
だが、そうした経緯もあって、彼らはネメシスに依存する事が多くなってしまったのである。
アスタルテに関しては仕方のない部分も存在するのだが、その他の事。
例えば、戦況をコントロールして膠着状態、すなわち、実質的に停戦状態にする策略だったり、その期間を利用して、人間族側と協議し、停戦・休戦に関する交渉をしたりなど、彼らにも出来る事はいくらでもある訳である。
しかし、ネメシスがあまりに優秀過ぎた結果、彼らはいつしか、“ネメシスの言う事を聞いていれば良い”という、ある種の甘えが生まれる事となってしまったのであった。
客観的に見れば、依存先がアスタルテからネメシスに変わっただけ、なのである。
まぁ、これまでの経緯から鑑みれば、彼らは彼らで、今まで何とか自らの手で平和を勝ち取って来れたのだが、当然ながらそこにはかなりの疲弊があった訳である。
たとえ“大人”と言えど、時には甘えたい時もある訳で、そこに都合良く、アスタルテとネメシスという、彼らを遥かに凌ぐ上位の存在が現れたとしたら、今現在の彼らの様な状況に陥ったとしても不思議な話ではないのである。
まぁこれも、一種の支えや精神安定剤としての役割までだったらまだ良かったのだが、依存になってしまった結果、彼らはもはや、ネメシスの指示なしでは自ら判断出来ないレベルにまでなってしまっていたのであった。
何事も、バランスが大事なのである。
まぁ、それはともかく。
もちろん、これはネメシスが望んだものではないし、『新人類』達の中にも、アベル達などの極一部の者達は、ネメシスに頼るのではなく、彼と協力しつつ、自らの手で問題解決をすべきである、という考え方も存在していたのであるが、ここら辺は集団が集まればどうしても“多数決の罠”が生じてしまう訳で、どちらかと言えばそうした考え方は少数派として軽んじられる事となっていたのであった。
では彼らは、何をそんなに困っているのだろうか?
こちらも再三述べている通り、彼らと人間族との間で紛争が起こっているのは紛れもない事実であるが、ネメシスの策略によって、アスタルテの動きは封じている。
故に、戦況は膠着状態であり、今のところ大きな動きは見受けられない訳である。
つまり、彼らが緊急で判断すべき案件がある訳では本来ないのだが、ここで、人間族側から不可思議な物品が贈られた事により、その状況が変わってしまったのである。
膠着状態とは言えど、絶賛戦争中の相手から贈られた物だ。
普通に考えれば、十中八九“罠”を疑うのが道理であろう。
かと言って、無下にも出来ない。
もしかしたらこれは、人間族側が所謂“仲直りの印”として贈った物である可能性も否定しきれないからである。
そんな訳で、この物品の取り扱いについて困り果てた彼らはネメシスの判断を仰ぎたかったのだが、その肝心のネメシスが今は不在である事から、冒頭の様な会話になっていたーーー、という流れであった。
「いずれにしても、特に危険な物ではないのであろう?」
「アベル殿達が言うには、そうであるな。」
「…そう言えば、その英雄殿達は?」
「彼らは彼らで、ネメシス様が出掛けられる時に、アスタルテ様の事を任された様だ。この場にはいない。」
「…まぁ、ネメシス様が不在である以上、アスタルテ様を何とか出来るのは彼の英雄殿達くらいしかいないが…」
「…これ、どうする?」
彼らが困り果てていたのは、ネメシスの不在に加え、一応は立場上は同格ではあるが、先の大戦の英雄たるアベル達もここには居なかった事もある。
先の大戦時もそうであるが、その後長らく『新人類』達を率いてきたアベル達は、彼らにとってはネメシスの次に頼りになる存在であった。
「…とりあえず、危険な代物ではないのであれば、ネメシス様かアベル殿達がお戻りになるまで、どこかに保管しておくべきだろう。」
「そう…、だな…」
まぁ、それが無難だろう。
誰もが、そう提案した者のセリフに、コクリと頷いていた。
一般的に考えても、彼らの判断は別に間違ったものではなかった事だろう。
所謂“責任者”や“分かる者”がいないのであれば、その者達が来るまで下手な事はしない、という事だからである。
だが、時としてそれは、取り返しのつかない事態を招く事もある。
緊急で処理しなければならない事だったりする事もあるからだ。
それ故に、分からないなら分からないなりに、分かる者に報告し、指示を仰ぐ必要があるのだが、残念ながら今現在のこの惑星には、長距離通信を可能とする手段は極一部の者達しか持っていなかったのである。
ー…フッ。あいかわらず、詰めが甘いですね、反逆者殿は…ー
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