英雄【ヒーロー】は、遅れてやってくる
続きです。
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さて、セレスティアの暗殺という事件を経て、ハレシオン大陸、特に“大地の裂け目”周辺では、非常にきな臭い雰囲気となってしまう。
と、言うのも、謎の水晶(“アドウェナ・アウィス”)の神託を受けたプトレマイオスとイアードがその事実を政治利用して(というか、そもそもそう仕掛けたのも彼らが裏で糸を引いていた結果ではあるが)、セレスティア、ひいては『新人類』達が魔物と結託し、密かに人間族の抹殺を目論んでいた、という噂が、もはや事実であるかの如くまことしやかに囁かれてしまったからである。
もちろん、これは順番が逆であるし(仮にそれらが本当だとしたら、まずは当人達に確認するなり抗議するなり他に選択肢はあった訳であるが、セレスティアを殺してから実はこれこれこういう事情があったのだ、と言うのは、“死人に口なし”ではないが、事実を如何様にでも捻じ曲げる事が出来てしまう訳である。)、そもそもセレスティアや『新人類』達にもそんなつもりはなかったのであるが、たとえそれが偽物の情報であろうとも、人々が本当である、と認知した瞬間から、それを覆すのは非常に困難な状況に陥ってしまう。
(当然ながら、特にアベル達英雄四人組は、そんな事実はなかったと訴えた訳であるが、それを聞き入れられる事はなかったのである。)
こうして、人間族と『新人類』達は決定的に対立する事となり、いつ衝突したとしても不思議ではない政情となってしまった訳である。
ただ、例の水晶(“アドウェナ・アウィス”)にとっては、もしかしたら予定通りだったのか、あるいはやはり予想外の事だったのかは定かではないが、少なくともプトレマイオスとイアードにとっては予想外な事に、ここにアスタルテとネメシス(セレウス)が介入する事となってしまったのである。
基本的なスペックや特殊な能力を鑑みれば、『新人類』達の“個”としての力は人間族のそれを大きく上回っている。
故に、これが個人間のやり取りであれば、十中八九『新人類』側の勝利となる訳であるが、事戦争となると、ここに技術力や数の力が大きな意味を持ってくる。
残念ながら、『新人類』達の総人口は、人間族のそれより大幅に下回っており、数の優位性においては人間族側が圧倒している。
なおかつ、『魔法技術』をはじめとした様々な技術力を人間族は持っており、先の大戦の英雄たるアベル達四人組が健在であったとしても、仮にこのまま衝突すれば、十中八九人間族側の勝利で幕を閉じるーーー、筈だったのである。
そういう計算があったからこそ、プトレマイオスとイアードはこの計画を推し進めた訳であるが、そこへ来て、英雄達よりも、更にデタラメな力を持つ存在が現れてしまうと、その計算も全て狂わされる事となる。
ハッキリ言って、アスタルテとネメシス(セレウス)の力は、もはや次元が違う。
彼らが力を行使すれば、アクエラ人類を全て抹殺する事は十分に可能であるし、何なら惑星アクエラごと無に帰す事も出来てしまう。
まぁ、流石に後者は、いくらアスタルテとは言えど、子供達の手前やらないが、逆に子供達の為ならば、少なくとも“大地の裂け目”周辺の人間族、すなわち三国や三国同盟に属する者達(人間族)を皆殺しにする事は躊躇しないのである。
もっとも、そんなアスタルテにネメシス(セレウス)がついた事によって、そうした無茶をさせない様に、色々と裏で駆け回って、そうした自体になる事は未然に防がれている訳であるが。
しかし、その代わりではないが、ネメシス(セレウス)が参謀をやったり、前線に出たりなど、八面六臂の活躍を果たす事によって、プトレマイオスやイアードの予想に反して、人間族VS『新人類』の戦争は、膠着状態、どころか、『新人類』側に有利な状況で推し進められる事となっていたのである。
さて、焦ったのはプトレマイオスとイアードである。
正直、楽勝であると高をくくっていただけに、思わぬ苦戦と戦争の長期化によって、彼らはどんどん追い詰められる事となってしまったからである。
当然であるが、いくら“大義名分”があるとは言えど、一般の人々にとっては戦争など負担でしかない。
それも、戦争が長期化すればするほど、戦費の為の徴収とか接収が行われる事となり、人々の生活がどんどん圧迫される様になる。
そうなれば、当然上や軍のやり方に疑問を持つ者達も増えていく事となるし、中には和平を訴える者達も出て来る訳である。
つまり、はじめのうちは異常なまでの高さを誇っていた二人の支持率、というか求心力も、徐々に陰りが見え始めたのである。
これは、ネメシス(セレウス)の狙い通りであった。
特にネメシスは、戦いにおける知識と経験は非常に豊富であり、戦争によって人々の心情がどう変化していくのかも熟知していた。
よくある話ではあるが、戦争を望んでいるのは実は極一部であり、その極一部が人々を煽る事によって戦争に発展する事はあるが、人々には明確な目的意識なり覚悟が存在しない場合が大半であるから、少しでも思い通りに事が進まないと、内部から不満が噴き出す事が往々にしてある。
世論は、味方につければこれほど心強い事もないのであるが、逆に敵に回すと非常に厄介なものでもある諸刃の剣なのである。
こうした事もあり、アスタルテとネメシス(セレウス)の登場によって、プトレマイオスとイアードの立場はかなり微妙なものになってしまった訳である。
それは、ひいては彼らを裏で操っている例の水晶(“アドウェナ・アウィス”)の影響力をも低下させる策略でもあり、なるほどネメシスは、個人としての戦闘能力に加え、政治的な知略すら熟知した、非常に稀有な存在だったのである。
さて、追い詰められたプトレマイオスとイアードは、戦略の見直しを余儀なくさせる。
本来であれば、アスタルテとネメシス(セレウス)が登場した時点で彼らはある意味詰みの状態であるから、もはやなりふり構わず和平路線に切り替えて、この戦争を終わらせるのがもっとも現実的な話であろう。
だが、その為には、戦争を引き起こした責任を取って、二人の退陣(というか、物理的に首を差し出す必要すらある)が絶対条件になるだろう。
残念ながら彼らは、そんな覚悟は持ち合わせていなかった。
(まぁ、特に向こうの世界の様々なトップの者達も、“責任を取る”という事の本当の重みと覚悟を持っている者達の方が稀であるだろうが。)
となると、彼らの“なりふり構わない”という姿勢は、全く別の方向に向かう形になるのは想像に難くない。
“化け物には化け物をぶつける。”
ある種、ネタの様な発想ではあるが、意外と歴史的にも筋の通った理論でもある。
鉄製の武器には、鉄製の武器で対抗する。
銃には銃で。
核には核を。
ならば、“英雄”には“英雄”を、となるのは、別に不自然な流れではないだろう。
折しも、ネメシス(セレウス)の後を追い、ハイドラスやカエサル達が、都合の良くハレシオン大陸に戻っていた事もあったのである。
だが、あくまでそれはカエサル達の事情だった事もあるが、事実上“三国同盟”を去ったカエサル達を再び自分達の陣営に加えるという事は、プトレマイオスとイアードにとっては苦渋の選択でもあった。
彼らが現状を知れば、まず間違いなく二人は排除される事となるだろう。
何せ二人は、権力を私物化し、要らぬ戦争を引き起こした大罪人達だからである。
だが、一方で、カエサル達が困った人々を無視出来るほど薄情ではない、という計算のあったのだろう。
それ故に、自らの政治家生命や宗教家生命と引き換えに、彼らに頭を下げ、協力を要請する事としたのであったがーーー。
◇◆◇
「・・・なるほどな。それで私達、というか、カエサル達に戻ってきてもらいたい、と・・・」
「はっ・・・!」
「・・・ふむ。」
そんな事もあり、ネメシス(セレウス)を追ってハレシオン大陸に戻っていたハイドラス達のもとに、プトレマイオスからの使者が接触した、という訳であった。
(ちなみに、『覚醒』の影響によって“不老”となってしまったカエサル達は、当然ながら身分を隠していた訳であるが、逆に言えば彼らをよく知る者達であれば、その容姿が変わらない事もあって、今現在の“三国同盟”の力を使えば探す事はそれほど困難な事ではなかったのである。
それなのに、今までこうした者達からの接触がなかったのは、カエサル達が別の大陸に渡っていた事はもちろんあるのだが、特にプトレマイオスやタヌキ親父達にとっては、今更カエサル達に戻ってこられても困る、という事情もあったからなのである。
それ故に、実は彼らの動向は常に監視していたので、逆にこうして接触しようと思えばアッサリ出来た、という裏事情が存在していたのである。
まぁ、それはともかく。)
「・・・それって、自分達が下手こいた尻拭いをボク達に頼んでいる、って事だよねぇ〜?浅ましい事この上ないよねぇ〜?」
「・・・・・・・・・」
「ちょっ、ルドベキアセンパイ。いくら本当の事とは言っても、この人には関係ないッスよ。この人は、ただのパシリなんスから。」
「・・・・・・・・・」
ルドベキアの辛辣な嫌味と、アルメリアのフォローになっていないフォローに、使者の男は冷や汗を流しながら縮こまっていた。
確かに、この男はただのメッセンジャーに過ぎない。
本当に責められるべきは、彼の上司であるところのプトレマイオスやタヌキ親父達の方であろう。
だが、ルドベキアやアルメリアの意見も当然の事だ。
自分のやらかした事を、今更彼女達に何とかしてもらおうなどと、虫が良すぎる話だからである。
それは、嫌味の一つも出てくるものだろう。
「・・・アルメリア。フォローになっていないよ・・・」
「え?そうッスか?」
それまで黙っていたカエサルも、流石に使者の男を哀れに思ったのか、やんわりとアルメリアにツッコミを入れる。
・・・まぁ、若干天然が入っている彼女にはあまり効果がなかった様だが。
キョトンとするアルメリアを放っておいて、カエサルはハイドラスを見やった。
「・・・どうされますか、ハイドラス様?」
「・・・どうもこうもないよ。協力してやろうじゃないか。」
「「「・・・」」」「お、おおっ!!!」
ハイドラスの答えに、使者の男は思わず破顔していた。
先程の雰囲気から、断られると思っていたのだろう。
一方のカエサル達は、その答えをすでに予想していたのか、特に驚いた雰囲気もなかったが。
「・・・ただし、いくつか条件はある。まぁ、君の雇い主に直接会った時にまた改めて提示させて貰うが、事前に知らせておいた方が、交渉もスムーズに進むだろうと思ってね。」
「・・・どの様な条件でしょう?」
突如始まったハイドラスの交渉に、使者の男も慌てて襟を正した。
「一つは我々の“独立権”だ。私達はあくまで“協力者”であって、君達の陣営に正式に加わるつもりはない。故に、君達からの命令も受け付けない。我々の独自の裁量で動く事。まずこれを、第一に担保して貰いたい。」
「そ、そんなっ・・・」
「身勝手なのはお互い様だよ?それに、下手に我々がそちらの陣営に加わると、様々な軋轢も出てくるだろう。我々の事は、“傭兵”か何かだと思ってくれたまえ。」
「・・・わ、分かりました。」
使者の男は、自分があくまでメッセンジャーである事を思い出したのか、ハイドラスの言葉を飲み込むのだった。
・・・それに、考えてみたら彼らが自分達の陣営に加わらない事は、プトレマイオスらにとっては喜ばしい事かもしれない。
少なくとも、組織を乗っ取られて、彼らの立場が追いやられる、という事は回避出来るかもしれないのである。
「・・・それで?その他の条件は?」
「そうだな。とりあえず、かかった費用は全てそちら持ち、という事も確約して貰おう。何をするにしても、世の中資金がかかるものだろう?残念ながら、私達はそこまで裕福な訳ではないからね。」
「・・・承知しました。申し伝えておきます。」
大真面目に情けない事をのたまうハイドラスの発言に、使者の男は多少彼らへの評価を下方修正した。
もちろん、見方によってはハイドラスの発言は至極真っ当な発言だ。
世の中、何をするにしてもお金がかかる。
そして、その必要経費をクライアントに請求する事は、仕事を請け負う立場としては至極真っ当な権利である。
しかし、ここら辺は使者の男の勝手な価値観かもしれないが、“英雄”と呼ばれるほどの者達が、そこらの傭兵の様な交渉をしてきた事に、彼は軽く失望感を覚えたのである。
・・・まぁ、実際にはこれはハイドラスの仕掛けたブラフなのだが。
「ああ、それとは別に、仮に仕事が成功した場合は、また別途報酬を頂くよ?先程の件は、あくまで必要経費の話だからね。」
「・・・し、承知しました。」
ハイドラスの追撃に、使者の男は鼻で笑いかけて、何とか踏みとどまってそう答えた。
“英雄”などと呼ばれてはいても、今は金にガメついそこらの傭兵と変わりないのだーーー、と思ったからである。
それならそれで与しやすい、と使者の男は思ったのだろう。
「まぁ、とりあえずそんなとこかな?」
「「「・・・」」」
ハイドラスの確認する様な仕草に、カエサル達も無言で頷いた。
「だ、そうだ。とりあえず以上の事を、君の雇い主に伝えといてくれたまえ。まぁ、先程も言った通り、直接会った時に、こちらからも伝えるがね。」
「承知しました。とりあえず、皆様がこちらの要請に応じてくださった事は、間違いなく申し伝えておきます。では、私はこの辺で・・・」
ファーストコンタクトが成功した事。
それに加え、ハイドラスの演技にすっかり騙されていた使者の男は、そそくさとその場を立ち去っていった。
きっと今頃、ほくそ笑んでいる事であろう。
「・・・あいかわらず、役者も顔負けの演技力ですね。咄嗟に、よくあれだけの事を思いつくものですよ。」
仲間達だけとなった空間で、カエサルはややあってハイドラスに水を向けた。
「この程度の腹芸は出来ないと、交渉など出来ないからね。・・・しかし、思ったよりもずっと、その例の組織のレベルは下がっている様だね。まさか、あんな下手な演技に騙されるとは・・・」
ポリポリと顔をかくハイドラスに、ルドベキアとアルメリアは苦笑いをした。
「・・・それだけぬるま湯に浸かってきた、って事の裏返しだと思いますよ。これまで、自分達にとって有利な交渉しかしてこなかったのでしょう。だからこそ、一番重要な事を確認せずに、早々に引き下がってしまう。」
「ま、その前にルドベキアセンパイの“圧”の効果もあったんスけどね。」
自分達が作り上げた組織の成れの果てを目の当たりにし、ルドベキアは自嘲気味にそう言った。
それに、アルメリアの、やはりフォローになっていないフォローに三人は苦笑いをした。
向こうの世界には、“良い警官・悪い警官のメソッド”、というものが存在する。
簡単に言えば、交渉の際に意図的に第三者の悪役を作る事で、自身は相手の立場を理解しているように振る舞って相手の妥協を引き出そうとする交渉テクニックの一つである。
先程の例で言えば、まずルドベキアとアルメリアがその“悪い警官”である。
そして、ハイドラスがその“良い警官”であり、使者の男はそれにすっかり騙されて、ハイドラスの提案を丸呑みしてしまった訳である。
(もちろん、あくまでメッセンジャーに過ぎない彼には、所謂“決定権”がある訳ではないのだが、それでも、直接接触する立場ではあるので、彼が受けた印象は、そのままプトレマイオスらに伝わる訳である。)
曲がりなりにも交渉の第一段階を踏む者であれば、もっと慎重で頭の回る者を寄越すべきだった。
そうした意味で、カエサル達は“三国同盟”の現状がどういうものか、彼から透けて見えてしまったのである。
「しかし、曲がりなりにも“三国同盟”や三国を持ってしても手に負えない相手、ですか・・・。まぁ、アベルさん達もいるのでまだ確定ではありませんが・・・」
「十中八九、セレウスだろうな。いや、正確には、アイツを乗っ取った何者かの仕業ではあるかもしれないが、な。」
「それもあって、ボク達の“独立権”を認めさせようとしたので?」
「ああ。仮に本当にセレウスが相手なら、残念ながら他の連中は足手まといでしかない。まぁ、こちらとしても、身内のやらかした事だとバレるのも不都合だしな。だったら最初から、別々に行動した方が効率的だろう。彼らにとってみたら、問題さえ解決するなら、別に方法にはこだわらないだろうし。」
「むしろ、下手に組織に合流しない事を喜ぶんじゃないスかね?自分達の立場が守られる、って勘違いして。」
「だろうね。為政者のやる事は、今も昔も、どこの世界でもそう大差ないものだ。最後まで、自己保身に走るだろう。すでに詰んでいる事にすら気が付かないまま、ね。」
当然ながら、カエサル達も独自の情報網によって、人間族VS『新人類』、の戦争の事は知っていた訳である。
そして、その中には、自身の“尋ね人”であるセレウスらしき人物が関与している事も当然知っていた訳である。
それ故に、別に使者の男が接触しなくとも、彼らはこの件に関わるつもりだったのだ。
セレウスを救い出す為にも。
そこに、(まぁある程度は予測していたが)たまたま使者の男が接触してきたので、それに乗っかっただけに過ぎないのである。
彼らの力を、逆に利用する為に。
「・・・しかし分からないのは、セレウスの他に、もう一人、謎の人物が存在するらしい事だな。情報が正しければ、とてつもない力を持った存在である事はまず間違いないのだが、下手すればセレウスと同格以上、つまり私と同格以上の力を有する存在など・・・」
「「「・・・」」」
ハイドラスがポツリと呟いた。
もちろんこれは、アスタルテの事であろう。
しかし、これまでの流れを知らない彼らにとっては、まさか幽閉(というか封印)されていた筈のアスタルテが現世に復帰し、あまつさえ、“神の力”まで獲得しているなど、想像の埒外であろう。
それ故に、ハイドラスの頭の中では、それこそがセレウスを乗っ取った何者かではないか?、という疑いを持っていたのである。
「いずれにせよ、直接会ってみればハッキリする事ですよ。」
「・・・そうだな。」
結局は、それしかない。
カエサルの言葉に、ハイドラスとルドベキア、アルメリアはコクリと頷くのだったーーー。
こうして、女神アスタルテ、ネメシス(セレウス)に少し遅れて、セレウスの双子の片割れであるハイドラス、先の大戦の英雄たるカエサル、ルドベキア、アルメリアも、再び戦争に関わる事となってしまった訳であるがーーー。
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