策略家気取り
続きです。
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その事件は、瞬く間にハレシオン大陸全土に知れ渡っていく事となった。
と、言っても、“正しい情報”が、ではない。
一部の事実がねじ曲げられた、“フェイクニュース”が、である。
そもそもの話として、確かにバートン家は“三国”の間では力のある豪商の家ではあるが、流石に“三国”のトップや“三国同盟”のトップほどの影響力がある訳ではない。
しかも、あくまでセレスティアは、次期後継者のバルドのパートナーでしかないので、彼女の死が一般大衆の耳目を集めるほどのニュースにはなり得ないのである。
もちろん、“暗殺”という悲劇的な末路だった事もあり、一部の情報通などは知っていたとしても不思議な話ではないが、だからと言って、この広大なハレシオン大陸全土にまで話が広がるのはあまりに不自然な事なのである。
では、どういう情報が出回っているのか?
それは、人々の関心が非常に高い、“魔王軍”を絡めた話だったのである。
実はイアード教団が主張していた、セレスティアが“魔王の再来”である、という話は、あくまで狭い範囲の中での話でしかなかった。
そもそも、インターネットどころか、マトモな通信手段がまだ存在していないこの世界において、情報の伝達速度はお察しのレベルでしかない。
一般市民の情報の収集の基本は所謂“口コミ”であり、もう少し裕福な者達でさえ、“手紙”の様な媒体が主であった。
(逆に言えば、こうした状況だからこそ、バルドとセレスティアの披露宴の様な人やモノ、情報が集まる場所に赴く事が非常に重要になってくるし、それらを扱う“商会”が力を持つ下地となっているのであるが。)
こうした事もあり、イアード教団の主張を知っていたのは、関係者か、かなりの情報通しかいなかったのである。
逆に、その事に彼らは目をつけたのである。
向こうの世界においても、為政者側や力のある者達が、自分達の都合の良い様に情報を捻じ曲げたり、あるいは握り潰す事は往々にしている。
また、インターネットの登場により、情報の取得、発信すら容易となった現代においても、“正しい情報”というものを見極める事は非常に困難なのである。
それこそ、偏向報道、一部を切り抜いた情報の改竄、そもそも虚偽の情報である、など、何が正しくて何が間違っているのかを、受け手側がしっかりと取捨選択しなければならない時代となっているのである。
まぁ、それはともかく。
情報の取得の容易な向こうの世界でさえ、偽物の情報を掴まさせる、踊らされる者達が一定数いる状況を鑑みれば、情報の少ない、つまり比較する知識の足りないこの世界においては、一般大衆を騙す事など造作もない事なのである。
(もちろん、その為にはそれなりの影響力を持っている必要はあるのだが。)
こうした状況を逆手に取って、イアード教団は、自分達に都合の良い情報を吹聴して回ったのである。
もちろん、先程述べた通り、イアード教団は最近台頭してきたばかりの新興宗教でしかない。
つまり、ハレシオン大陸全土に情報を伝達させるほどの影響力がある訳ではないのであるが、ここで“三国同盟”のトップであるプトレマイオスとの繋がりが意味を持ってくるのである。
プトレマイオスにとっても、イアードにとっても、“『新人類』達が悪者である”、というシナリオは、様々な面において都合の良い状況であった。
それこそ、プトレマイオスにとっては、『魔石』の採掘権を奪い取り、経済的な面で覇権を取るのにちょうど良かった訳であるし、“人間(族)至上主義”を掲げるイアード教団にとっても、『新人類』達が何か企んでいた、という状況は、大手を振るって彼らを攻撃出来る理由となるのである。
筋書きはこうである。
再三述べてきた通り、セレスティアの才能、能力は、“他種族とも意思疎通を可能とする能力”、であった。
(ちなみに、彼女亡き今では確認のしようがないが、おそらく彼女の才能は、後の世のアキトの幼なじみであるテオが獲得した能力、“魔物の心”、ではなく、それより更に上位の、アキトが持っている能力、“言語理解”であると思われる。
“魔物の心”が、あくまでこの世界由来の動物、“魔獣”や“モンスター”の言語を“魔素”を介して理解出来るのに対して、そもそもアキトは、元々この世界の住人ではないにも関わらず、赤子の頃よりこの世界の言語を理解していた。
つまり、“魔素”を介した能力では説明がつかない能力であり、彼の場合は“英雄の因子”というモノによって発現した特殊な能力なので、その対象は魔物に限定されず、それこそ未知の生命体とも、ごく短時間で意思疎通を取る事が可能なのである。
仮にセレスティアの才能が“言語理解”であった場合、逆説的に彼女の真の才能は、もしかしたら“英雄の因子”に由来するモノであった可能性が極めて高いのである。
まぁ、先程も述べた通り、確認する術はもはやないのであるが。
それはともかく。)
これは事実である。
彼女はこの才能故に、人間族に不気味に思われ、疎まれ、迫害された過去があるし、エルフ族の集落に移り住んでからは、毎日の様に魔物の“お友達”と遊んだりおしゃべりをしたりしていたからである。
だが、あくまで“意思疎通を可能とする”、という程度のもので(まぁ、良好な関係を築ければ協力してもらえる可能性は否定しないが)、“強制的に他者を従える能力”、ではないのである。
しかしプトレマイオスやイアードにとっては、そうであった方が都合の良い。
人々の不安を煽って、イアード教団に心酔してもらいたい訳だし、世論が形作られれば、『新人類』達に対する攻撃が、“正義”という名の大義名分になるからである。
それ故に、セレスティアが“強制的に他者を従える能力”を持っており、密かに魔物達を従えていたーーー、彼女は“魔王の再来”であり、着実に“新生魔王軍”を組織していた、という筋書きにした方が、何かと都合が良かったのである。
(また、一部の過激派にとっても、むしろ自らの手で戦争を引き起こすキッカケになってしまった事実を誤魔化す為にもこの“シナリオ”は非常に都合が良く、それに全力に乗っかった訳である。)
そして性質の悪い事に、これらの情報は、一部は事実が含まれていたのである。
再三述べている通り、セレスティアに特殊な才能があった事は事実であるし、彼女がエルフ族の集落に移り住んだのも事実である。
しかし、あくまでそれは、彼女が人間族から迫害を受けた結果でしかなかったのだが、先の大戦でも魔王軍に協力した事実もあり、“魔王の再来”であるセレスティアを、『新人類』達がいち早く匿った、という見方も出来てしまう訳である。
更にその情報を補強するのが、セレスティア暗殺の折に現れた、“光輝く『白狼』”の存在なのである。
通常、魔物達は警戒感が強いので、人間族の領域、街中に現れる事は滅多にない。
逆にそういう事件が起こるとしたら、相当追い詰められて、腹をすかせている可能性が高いので、見境なく人々を襲い、すぐに討伐されて終わる話なのである。
しかしその“光輝く『白狼』”は、人々が多く集まった披露宴会場に現れながらも、人々を襲うでもなく、セレスティアを連れ去っていっただけなのである。
その後、当該の魔物に襲われたという記録もなかった。
当然である。
“光輝く『白狼』”、こと女神アスタルテは、憐れなセレスティアを迎えに来ただけだからである。
しかし、そんな事実を知らない者達にとってみれば、その魔物が主人を迎えに来た=やはりセレスティアには魔物を従える能力があったのだ、という論理になってしまったのである。
で、人間族にとっては幸いな事に、“魔王の再来”、“魔女”たるセレスティアは排除出来た訳であるが、これまでの経緯からそれだけでは安心出来なくなってしまったのである。
セレスティアが亡くなってからも、件の魔物が彼女に付き従っていた様子であった事からも、彼女の力の効力がどの程度まで続くか分からなかったし、そもそも彼女が本当に亡くなったのかも、亡骸を連れ去られた事でその真偽も不明になってしまったからである。
もしかしたら、彼女は一命を取り留めて、その復讐の為に人間族に宣戦を布告する可能性もあるし、仮に彼女が亡くなっていたとしても、高い知能を有するらしき魔物達が、彼女の報復としてやはり戦争を仕掛けてくる可能性もあるからである。
疑わしきは罰する。
向こうの世界にはこれとは真逆の、“疑わしきは罰せず”、という“推定無罪の原則”も存在するが、事、武力衝突においては、確固たる証拠がなくとも、“相手がこちらを攻撃してくる、かもしれない”、という可能性があるだけで、十分に戦争を始める口実となってしまうのである。
こうして、嘘と真実がごちゃ混ぜになった“フェイクニュース”によって人々の不安を煽り、世論を自分達の都合の良い方向に操作して、人々を戦争へと駆り立てる事にプトレマイオスらは成功した訳であるがーーー。
・・・
「ハッハッハ。ここまで上手く事が進むとは思いませんでしたな。いえ、主のおっしゃる事ですから、初めから疑ってなどおりませんでしたがね?」
「ええ、そうですな。」
上機嫌そうに笑う立派な法衣姿の男、イアードの言葉に、プトレマイオスも同じく笑った。
「・・・しかし、正直不安要素があったのも事実なのですよ。」
「と、申しますと?」
「いえね?私も信者を煽ったりはしましたが、立場上、あくまで“過激派”の連中は私の指揮下にある者達ではなかったのですよ。つまり、私が事細かに指示を出した者達ではないので、こうも上手く“魔女”を排除してくれるとは思わなかったのですよ。」
「ああ、なるほど・・・」
しかし、一転して神妙な顔をしたイアードの言葉に、プトレマイオスは納得していた。
ここら辺は、ある意味建前の部分であった。
セレスティア暗殺を実行した者達は、イアード教団の一部“過激派”であった事は事実である。
しかし、イアードが直接彼らに指示を出した訳ではないのだ。
何故ならば、仮にイアードと“過激派”に繋がりがあった事が白日の元に晒されれば、イアードの求心力が地に落ちる可能性があるからである。
少なくとも、教団関係者ならばともかく、世間一般からしたら、イアードが仕掛けた陰謀だ、と思う者達も出てくる訳である。
その為、煽ったりはしたものの、計画を主導・実行したのはあくまで“過激派”の者達であり、イアードはそれに関与した訳ではないのである。
少なくともそういう事にしておけば、世間一般に対する“言い訳”として、“私が指示した訳ではない。”という体裁が成り立つのである。
ただ一方で、自分が直接指揮した訳ではないから、そこには当然ながら不安もあったのである。
(もちろん、イアードが直接指揮したからと言って、上手くいく保証はどこにもないのであるが)ある意味運要素の高いギャンブルに身を任せるのに似た状況だ。
上手くいったから良いまでも、当然失敗もあり得たのである。
しかし、プトレマイオスの意見は違った様である。
「・・・良い機会ですね。少しレクチャーをしておきましょうか。」
「・・・は?」
落ち着いた雰囲気のプトレマイオスに、イアードは少し戸惑った様に問い返した。
「貴方は、まだ人を使う事には慣れていませんね?まぁ、そもそも教団を設立するまでは、そうした立場に立った事すらないでしょうから、それも致し方ない事だとは思いますが。」
「・・・おっしゃる通り、確かに私は人を使う事には慣れていません。少なくとも、長年そうした立場に立っておられる貴方に比べたら、まだまだ若輩者も良いところでしょう。」
プトレマイオスの言葉に、イアードは素直に頷いた。
もちろん、プトレマイオスが“三国同盟”のトップになったのはそこまで古い話ではなかったが、それでも彼は、“政治家”という立場故に、“三国同盟”のトップになる前から、人を使う事に慣れている。
一方のイアードは、イアード教団を設立するまでは、誰かを使う、という立場になった事がなかったので、そこには当然ながらかなりの経験の差が存在するのである。
「ですから、そういう不安を抱いてしまうのですよ。そもそも人、他者というのは、当然ながら自分の思った通りには動かないものです。それ故に、逆にそれすらも計算の中に入れておかなければ、そうした不安はつきまとってしまうのです。」
「・・・なるほど。」
他者を使うという事は、想像以上に大変な事なのである。
何故ならば、プトレマイオスが言った通り、その者が100%自分の思惑通りに動くとは限らないからである。
例えば、上司が部下に仕事を任せた場合、自分が想定したものとは全く違う方向に行ってしまう事も往々にしている。
極論を言えば、自分の思い通りに事を進めたいのであれば、全て自分でやる方が良いだろう。
だが、現実的にはそんな事は不可能であり、結局は誰かに仕事を任せる事となる。
と、した場合、ある種の“合格ライン”を決めておけば良いのである。
自分の想定した100%には達しないまでも、80%は達してくれたのであれば、それて納得する、とかである。
「主のお考えを私ごときが理解する事など出来はしませんが、少なくとも今回の件は、何も全て上手く必要はなかったのではないか?、と私は考えています。」
「・・・それは、何故でしょう?」
「先程も申し上げた通りです。全て自分の思い通りにはいかない、という事を、まず前提条件にしているからですよ。しかし、その中で、“これさえ出来れば良い”、というラインを決めていたのではないでしょうか?例えば、結果的に全て上手く行きましたが、本来であれば、別に彼の“魔女”を討ち滅ぼせなくとも構わなかったのだと思います。」
「えっ・・・!?」
プトレマイオスの言葉に、イアードはわけが分からないと困惑した。
「別に驚く事ではありません。必要だったのは、彼の“魔女”が魔物達を操っている、という事実さえ確認出来れば良かったのですから。それ故に、あえて彼の“魔女”を追い詰めた訳ですね。追い詰められた者は、切り札を使うしかないですからね。まぁ、結果的にはそうなる前に彼の“魔女”を謀殺する事に成功してしまった訳ですから、ある意味では作戦は失敗でした。もっとも、その後、運良く魔物が彼の“魔女”を連れ去る、という流れが発生したので、結果オーライですがね。“材料”さえあれば、後は“燃料”を投下するだけである程度世論を操作する事は可能ですからね。今回、我々が行った様に、ね。」
「なるほど・・・」
プトレマイオスの言う通り、別にどちらに転んでも良かったのかもしれない。
“過激派”を使ってセレスティアを追い詰める事で、彼女が力を使い、魔物が動いてくれれば万々歳だった訳であるし、逆に上手く謀殺出来たとしても、その報復として『新人類』達が何かしらのアクションを起こす可能性があるからである。
まぁ、結果として“光輝く『白狼』”こと女神アスタルテの介入によって、シナリオはプトレマイオス達の理想通りの展開となったのだが。
しかし、そうでなくとも、“政治家”と“宗教家”という立場から、民衆をある程度操る事の出来るプトレマイオスとイアードにとっては、現実の推移がどうなろうとも、はじめからある程度の舵取りは出来る訳なのである。
それ故に、完璧な計画の進行など、最初から必要ではないのである。
「こうした事から、組織の運営というのは非常に大変なのです。しかし、その反面、こちらで複数のシナリオを用意しておけば、それらの修正も可能。それ故に、人が自分の理想通りに動く事を期待するのではなく、そうではない事をあらかじめ加味した上で、運営を行う事が現実的なのですよ。」
「ふぅ〜む・・・」
思いがけないプトレマイオスの貴重な講義に、イアードは感心した様に頷いた。
人を思い通りに使うのではなく、筋書きを思い通りに脚色|する事。
少なくとも、他者を100%思い通りに動かす事よりかは、そちらの方がずっと難易度は下がる。
そして、教団を率いるイアードには、これから確実に必要となる能力なのである。
もちろん、イアード教を国教として利用するつもりであるプトレマイオスにとっても、イアードがそうした策略に精通しておいた方が、何かと都合が良い訳である。
それ故に、これまでの経験から得た貴重な奥義を、あえてイアードに伝えたのであろう。
「さてさてイアード殿。講義はこれくらいにしておきましょう。ここからが、更に大変ですからね。何せ、戦争となるのです。やる事はいっぱありますからね。」
「ええ、そうですな。」
プトレマイオスの講義が、浮足立っていたイアードの気分を引き締める効果もあったのだろう。
先程の上機嫌ぶりが嘘かの様に、イアードは気を引き締めた表情に神妙に頷いたのであったーーー。
こうして、“水晶”の力もあったが、後の世のルキウスに並び立つほどの稀代の詐欺師らの手によって、この世界、ハレシオン大陸は再び戦争に向かって歩みを始めてしまったのである。
しかし、彼らは知らなかった。
この世には、策略などではどうにもならない存在が確かに存在している、という事にーーー。
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