抑止装置
続きです。
◇◆◇
ー嗚呼っ!ダメよっ・・・!!!ー
当然ながら、その出来事は女神アスタルテも目撃していた。
『新人類』達と人間族の架け橋になってくれる存在。
長年見守っていた事もあり、ある意味では、自身の分身か何かの様に自己投影をしていたセレスティアが、“愚か者”の余計な行動によって、その命を散らしてしまったのである。
ー〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!ー
彼女の怒りは、いかほどのものだったのだろうか?
そしてついに、彼女を“力”を解放してしまう。
セレスティアがあまりにも不憫であったから、かもしれない。
とは言えど、彼女にはセレウスやハイドラスの様に、“化身”を生み出す技術はない。
それ故に、既存の生物の身体を借りて、この世界に干渉したのであった。
それが、例の“光輝く『白狼』”の正体であった。
以前にも言及したかもしれないが、『白狼』は非常に知性が高い。
もちろん、他の魔獣やモンスターの中には、人間種や『白狼』に匹敵する知性を持った種も存在するが、アスタルテが獣人族を生み出す過程で、『白狼』の遺伝子を利用した事もあって、つまりある程度見知った存在だった事もあって、咄嗟に彼の『白狼』の肉体を借りたのかもしれない。
彼の『白狼』は、その知性の高さと野生動物だからこその純粋性故に、上位存在であるアスタルテの願いを素直に聞き届けたのかもしれない。
後は、これまで語った通りである。
セレスティアの亡骸をバルドやノリスから預かり、彼女をあの場から遠ざけたのである。
もちろん、アスタルテには何か明確な考えがあった訳ではない。
単純に、これまで見守ってきたセレスティアの最期を不憫に思い、思わず“物語”に干渉してしまっただけだからである。
だが、その行動が、様々な波紋を呼んでしまう事となる。
ある一方では、そのあまりに神秘的な出来事故に、“神”の存在を思い出させるキッカケとなり、またある一方では、強力な魔物の存在感から“新生魔王軍”の脅威を予感させる出来事となったからである。
どちらも、当然アスタルテが狙ってやった事ではない。
・・・ないのだが、結果として彼女の行動が、セルース人類の行動を無に帰す結果となり、また、人間族(というか一部過激派)の焦りを加速させる事に繋がってしまったのであった。
もっとも、とある者達にとっては、それは“シナリオ通り”、だったのかもしれないがーーー。
◇◆◇
ー・・・これは、シナリオ通り、なのですか?ー
惑星アクエラの動向を観測していた“アドウェナ・アウィス”の思念の一つが、そう疑問の声を上げていた。
ーうむ。まぁ、数あるシナリオの一つにしか過ぎなかったのだが、どうやら彼らは、このルートを選んだ様だね・・・ー
その疑問の声に、他の声がそう答えた。
ーしかし、以前にもおっしゃっていた筈ですが、我々はアプローチを変えたのでは?それなのに、何故この様な行動を・・・?ー
その声は、以前の“若者”の声だったのだろうか?
ーうむ・・・。確かに、我々が直接的に干渉するのは好ましくない、とは以前にも語ったが、しかしそれと、彼らの存在はまた別の話だ。ー
ー・・・彼ら?ー
ーセルース人類の事だよ。ー
ーああ・・・ー
それに答えたのは、こちらも以前の“老人”の方の声だったのかもしれない。
ー以前にも言及したが、我々は直接的に知的生命体に干渉する事を止め、人工知能を通して別の知的生命体にその役割を代行させてみる事とした。それが当該のセルース人類だった訳だが、彼らは我々の狙い通り、“神”という役回りを立派に演じてくれる事となった。しかし彼らは、その後我々の狙いとは別の方向に舵を切る事となる。それが、アクエラ人類に溶け込む事。すなわち、惑星アクエラに帰化する事だった訳だ。それ自体は別に構わない。アクエラ人類は、セルース人類との接触を経て、文明の発展、進化のキッカケをすでに得た訳だからね。その先がどうなるかは分からないが、少なくとも役割を果たしたセルース人類には、後は好きにしてもらうつもりだった。だが、そうも言っていられないイレギュラーが発生した・・・ー
ー“混沌の神”、ですか・・・ー
ーうむ。もちろん奴の存在も、アクエラ人類自身が生み出したもの。それ故に、別に放置しても構わないのだが、問題となるのは奴の“性質”の方なのだよ。ー
ー“混沌”、ですね?ー
ーうむ。奴の存在理由、目的は、惑星アクエラに混沌をもたらす事。それも、ある意味では進化を促すキッカケともなるのであるが、どうやら奴は、もっと性質の悪いものの様なのだ。アクエラ人類そのものの未熟さを反映したのか、混沌を通り越して、全てを無に帰す可能性すらある。流石にそれは、我々としては見過ごす事は出来ない。ただ、奴に関してはセルース人類の中から奴を危険視した者達が現れて対処した。その結果、奴は打ち倒され、思わぬイレギュラーは発生したものの、それも我々の想像とは違う結果となる可能性を考慮すれば、それはそれでまた良いだろう。しかし問題となるのは、奴が“神”である以上、決して滅びる事はない、という事だよ。ー
ー神学的な“神の不滅性”、ですか。ー
ーうむ。まぁ、先程も述べた通り、奴がアクエラ人類が生み出した存在である以上、アクエラ人類が滅びない限り、奴もまた永遠に復活する。そうなると、また世の中は乱れ、場合によっては惑星アクエラは死の惑星になってしまう可能性すらある。それは、観測対象を奪われる事と同義な訳であるから、我々にとっては都合が悪い。そこで・・・ー
ー奴に対抗する存在が必要となった・・・、と。ー
ーその通り。まぁ、“神”と言っても、あくまで惑星単位での話でしかない奴は、我々にとっては取るに足らない存在でしかないが、アクエラ人類にとっては絶対に敵わない相手だ。奴に対抗出来る存在となると、セルース人類の、それも上位の人物達だけになる。しかし、その該当人物達は、“神”となる事を拒むのは、これまでの経緯からも明らかであろう。故に、別の人物を擁立する必要があったのだ。ー
ーそれ故に、“水晶”を使って仕込みをした、と?ー
ーうむ。彼女はこれまでの経緯から“神”になる素質自体は十分に備えていたが、一方で彼女自身には特別な能力などはない。まぁ、明晰な頭脳と美貌は持っている様だが、そんなものはあの施設を突破するには何の役にも立たんからな。一方で我々も、直接的に彼女に力を与える事は出来ないから、必然的にやはり間接的にそれをするしかなかった訳だ。その結果、遺産の一つを前倒しで使い、アクエラ人類達をある程度操る事とした・・・ー
ー『新人類』達を追い込む事で、必然的に心の拠り所を求める様になる。つまり信仰が生まれ、その信仰が彼女に流れ込む事で神化を促す事に繋がった、と。ー
ー中々君も分かってきた様だね。その通り。その為に対立を煽ったのだ。まぁ、アクエラ人類達には多少可哀想な事をしたが、“混沌の神”を抑え込むにはこれしかなかったからね。ー
驚くべき事に、そこで語られていた内容は、セレスティアの暗殺に至る裏事情であった。
つまりどういう事かと言うと、またもや全ての元凶は“アドウェナ・アウィス”の仕業だった、という事である。
もちろん、彼らにも言い分はある。
二人も語っている通り、“混沌の神”は非常に厄介な存在だからである。
もちろん、ヴァニタス自体はセレウスとハイドラスの手によって、すでに排除されている訳であるが、曲がりなりにも“神”である以上、ヴァニタスが滅びる事はない。
今は、一時的にその姿を消しているだけで、いずれ何らかのキッカケによって簡単に復活してしまうのである。
そして、当然ながら彼が“神”である以上、たとえカエサル達ほどの存在でも、彼を打ち倒す事は不可能である。
彼を倒し得るのは、同じ“ステージ”に立つ者達だけなのである。
せっかく苦労して創った“実験場”の“実験動物”達が、彼らの選択の末ならばともかく、アクエラ人類の深層心理が生み出したもの(ヴァニタス)であろうとも、むざむざ滅ぼさせる事は“アドウェナ・アウィス”にとっては都合が悪かった。
そこで、すでに役割を終えたセルース人類に、ヴァニタスに対抗する為の“抑止力”と成ってもらおうと、再び役割を与える事としたのである。
(もちろん、“アドウェナ・アウィス”が出張って行けば話は早いのであるが、それをすると、せっかく新たなるアプローチで進化を果たしつつある観察対象達に悪影響を与えてしまう可能性があるので、“アドウェナ・アウィス”が直接手を下すのは避けたかったのである。)
と、言っても、いくら高い技術力を持つセルース人類とは言えど、“神”たるヴァニタスに対抗出来る存在というのは限られてくるのだ。
『限界突破』を果たした“能力者”達。
人工“神化”を果たした“超越者”達。
そして、“神”に至る資格を満たした者達だけが、その対象者となるのである。
(つまり、『霊魂』、すなわち“魂の力”を、それも高いレベルで扱える者達だけがその対象者となる訳である。)
で、セレウスとハイドラスを中心とした“能力者”達は、確かにヴァニタスを一度は打ち倒してくれたものの、それもあくまで彼らの事情が上手い具合に重なっただけであり、ヴァニタスに対抗する為の抑止装置、“世界の管理者”たる“神”に成る事に関しては拒否されるだろう事は容易に想像がつく。
それはある意味では、惑星アクエラの支配であるから、それを一度は否定した立場である“能力者”達が、簡単に鞍替えするとは思わなかったのである。
(むしろ、強引にそうした事を進めた場合、今度は“能力者”同士で分裂が起き、こちらもアクエラ人類を巻き込んで多大な悪影響を与える可能性がある。)
それに、特にセレウスとハイドラスに言える事であるが、彼らはすでに“アドウェナ・アウィス”に不信感を持っている事もあり、下手に彼らに手出しした結果、反抗のキッカケとなる事も避けたかったのである。
(もちろん、先程も述べた通り、今現在のセレウスとハイドラスであろうとも、“アドウェナ・アウィス”とでは天と地ほどの力の差があるので勝負とはならないのであるが、それならそれで戦いようはあるのだ。
例えば、“アドウェナ・アウィス”が嫌がる事をする事で、一矢報いる事は可能だ。
もっとも、セレウスとハイドラスの二人がそれを選択する事はないかもしれないが、それが出来る、という事だけでも、“アドウェナ・アウィス”にとっては彼らを避ける理由にはなるのである。)
では、人工“神化”した“超越者”達はどうか?
“超越者”、すなわちソラテスを中心とした科学者グループであるが、彼らは先の戦いによって、セレウスとハイドラスを中心とした“能力者”達のグループと対立し、敗北を喫している。
その結果、特にソラテスは捕らえられ、深い深海の底に“封印”されているし、彼に賛同した者達も『エストレヤの船』にて“コールドスリープ”という名の軟禁状態となっている。
(後に、セルース人類達のほぼ全員が、同じく“コールドスリープ”についているが、あくまでそれは時間経過の為のものであって、時が来ればそれらは解除させる。
一方で、“能力者”達のグループに施された“コールドスリープ”は拘束の為でもあるので、特別な手続きをしない限り彼らが解放される事はない。)
もちろん、再三述べている通り、“アドウェナ・アウィス”の手に掛かれば、この程度の障害などあってない様なものなので、ソラテスを含む“超越者”達を解放する事など造作もない事ではあるが、先程の話と同様で、それでは再びセルース人類同士での対立が起こるだけなのである。
どちらも、ヴァニタスほどの影響はないとは思われるが(セルース人類は、別に惑星アクエラやアクエラ人類を滅ぼしたい訳ではないからである。)、それでも先の大戦でもセルース人類同士の対立がヴァニタスを生み出すキッカケとなっている訳だから、流石の“アドウェナ・アウィス”と言えど、これ以上のイレギュラーはなるべくなら避けたい訳である。
そこで、白羽の矢が立ったのが、両者とはあまり関係のないアスタルテ・キャンベルだった訳である。
もちろん、これまで述べてきた通り、彼女は元々はソラテスらのグループに所属していた。
しかし、彼女が生み出した『新人類』達の扱いを巡ってソラテスらと意見が対立し、彼女は助けを求める様に“能力者”達のグループに鞍替えしたのだ。
彼女の要請を受けて、“能力者”達と“超越者”達は激突する事となった訳であり、そうした意味では彼女は両者との関係性が深い様にも思えるが、あくまで彼女の存在は数ある要因の一つにしか過ぎないのである。
実際、これは彼女自身が望んだ事ではあるが、『神話大戦』が終結し、“超越者”達の処分が終わったタイミングで、彼女自身も自らを処分する様に申し出ている。
これは、彼女の中に『新人類』達を生み出してしまった事による罪の意識、生命に対する冒涜だった、という罪悪感があったからであるが、セレウスとハイドラスらは、彼女を“超越者”達と一緒くたに処分する事については難色を示していた。
彼女がソラテスらのグループに協力していた事は事実だが、途中で我に返り、最終的には“能力者”グループに合流。
その事が、“能力者”グループに勝利をもたらす要因の一つともなったので、“能力者”達には彼女を罰するつもりもなかったし、仮に罰するとしても、軽い処分でお茶を濁すつもりだったのである。
だが、彼女の決意は固く、最終的には押し切られる形で彼女の処分が決定。
ただ、やはり“超越者”達と同一に扱う事はない、という事で、彼女はソラテスとも“超越者”達ともまた別の特別待遇、惑星アクエラに降り立つ為の前哨基地として準備していた衛星ルトナークの施設を改造し、そこに彼女を幽閉する事でとりあえずその話は落ち着いたのであった。
こうして、ある意味ただ一人、セルース人類達の中から切り離される格好となったアスタルテは、“アドウェナ・アウィス”にとっては非常に扱いやすい人物だった訳である。
何度となく言及しているが、彼女自身には“能力者”達や“超越者”達の様な特別な力はなかったが、『新人類』達を生み出した事によって“神”に至る資格を持ち、なおかつ、彼女自身の意向もあって、衛星ルトナークにただ一人幽閉されている環境。(つまり、アクエラ人類に影響を与えずに、なおかつセルース人類にも勘付かれずに干渉する事が非常に容易な環境だった訳である。)
更には、“能力者”達とも“超越者”達とも関わりがあるが、どちらともそこまで深い関係性ではなかった事(つまり、彼女に干渉する事によって、再びセルース人類同士の対立構造を生み出す可能性も少ないと考えた)もあいまって、彼女にヴァニタスに対抗する為の抑止装置、“神”としての役割を与える事としたのである。
また、これは彼女自身の性格や性質もあって、『新人類』達をどうこうする事により、彼女を操る事が非常に容易であった事もある。
(子供のピンチとあらば、何を投げうってでも子供達を守るだろう、という“母親”としての心理を利用したのである。)
結果として、“アドウェナ・アウィス”の目論見は成功した。
様々な困難に直面した『新人類』達には、所謂“拠り所”が必要だったのだろう。
これまでも述べてきた通り、セシリアに対する恩義やその悲劇的な最期も含めて彼女の存在は神格化され、ある種の“聖女信仰”が『新人類』達の間で生まれたのである。
それが、時を経て“聖女信仰”から“女神信仰”へと発展し、最終的には“地母神信仰”へと繋がり、その信仰エネルギーがセシリアを通じてアスタルテにも流れ込んだのである。
こうしてアスタルテは、『限界突破』を果たした“能力者”達とも、その“能力者”達に対抗する為に、人工的な“神化”を果たした“超越者”達ともまた別の、ある意味では正規の手段によって“神(女神)”へと至ったのであった。
“神(女神)”へと至った事で、アスタルテは普通の人間には出来ない事が可能になり、当然ながらヴァニタスにも対抗する事が可能となった。
これで、晴れて抑止装置を生み出せて“アドウェナ・アウィス”としては万々歳ーーー、なのであるが、当然ながら、“人の心”というものは、“アドウェナ・アウィス”を持ってしてもそう簡単に計算出来ないものなのであった。
・・・いや、下手に生命体を超越した存在になって久しい事もあり、生命体(特に人類種)の持つ、複雑な感情、というものを、“アドウェナ・アウィス”はいつしか忘れていたのかもしれないーーー。
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