披露宴 1
続きです。
◇◆◇
結局、セレスティアは自身の“スキル”を封印する事に決めたらしい。
長らく同族から迫害、差別意識を向けられていたとは言えど、やはり心のどこかで普通に人間の様に生きたかった、という淡い願いがあったからかもしれない。
まぁ、本来ならば、彼女自身の生に紐付けられた“スキル”を無くす事は不可能なのであるが、そこはそれ、チート染みた力を持つネメシスならばその不可能も可能だった事もあり、確かに無くす事は出来ないが、表面上、それが無かったかの様にする事が可能だったのである。
もちろん、封印故に、それを一時的に解除する事も可能だ。
子供の頃ならいざ知らず、それなりに成熟した今のセレスティアならば、所謂“TPO”を弁える事が可能だ。
つまり、“人間族の社会”、すなわち一般社会で生きる時はその“スキル”を封印し、休暇などの際に再びエルフ族の国(彼女からしたら実家)を訪れる際には、それを解除して“お友達”と交流を取る事が可能なのである。
ここら辺は、ネメシスの恩情だったのかもしれない。
彼女から、“お友達”と過ごす時間まで奪う必要はない、と考えて、あえてそういう形にしたのだろう。
ちなみに余談だが、彼女の“スキル”の封印については、彼女に近しい者達、すなわち彼女の両親やアルフォンス、バルドやカドックなどにも、事前に説明と了解を取ってある。
まぁ、その際に一悶着あったのだが(そもそもそんな事が何故可能なのか?、という当然の疑問があったからである。)、そこは“ネメシスだから”、という理由で強引に推し進めた。
実際、普通の一般社会で暮らす以上、彼女の“スキル”は必要ではないし(それどころか、逆に足かせになる可能性の方が高い)、彼女自身が納得している以上、反対する理由もなかったからである。
こうして、やはりある程度懸念されていた彼女の“スキル”が思わぬ形で(表面上)無くなった事により、バルドとセレスティアの婚姻の話が大きく前進したのであったがーーー。
・・・
「やはり、大々的に開催するべきだと思うのですよ。」
「う〜む、しかしですなぁ〜・・・」
マーティン商会の代表、兼マーティン家の家長でもあるノリスと、バートン商会の現・代表、兼バートン家の現・当主であるカドックはそんな会話を交わしていた。
向こうの世界の、特に近年の日本においては、婚姻に関しては、当人達が決める事がほぼ普通かもしれないが、この世界の、特に名家ともなると、そうした話は当人達ではなく、家同士の家長が決定する事が慣例となっていた。
特にバルドとセレスティアの婚姻に関しては、やや政治色も強い事もあり、こうしてカドックとノリスが出張って来ていたのであった。
「・・・あまりセレスティアは目立つ事は避けたいと思うのですが・・・」
どうやら二人は結婚式、披露宴の話で意見の食い違いが発生している様である。
大々的に開催すべきである、というカドックに対して、ノリスはこの様に難色を示していた。
「・・・それに関しては、バルドも同じ考えだと思われます。どうもあの二人は欲がないと言いますか、そうした事は好まない傾向にある。まぁ、似た者同士である意味お似合いだとは思うんですが・・・」
娘の事を第一に考えるノリスに対して、カドックは一定の理解を示した。
親が子供の事を最優先で考えるのは、ある意味間違った事ではないからである。
「ですが・・・」
カドックは続けた。
「望むと望まざるとに関わらず、二人の婚姻はマーティン商会とバートン商会だけの話ではないのです。我々の存在は、三国やエルフ族の国の、特に経済界に強い影響力を持つに至っていますし、それこそ国家のトップの婚姻に次ぐレベルと言っても過言ではないほどなのですよ。」
「ふぅ〜む・・・?」
カドックの言葉に、残念ながらノリスはピンと来ていなかった。
しかし、それも致し方ない事である。
ノリスは元々商売人ではあったが、『魔石』で成功するまでは、並の商売人でしかなかったからである。
対してカドックは、“バートン家”という、三国の間では名の知れた豪商、名家の生まれであり、つまり元々の立ち位置が違うのである。
商売人なら縦でも横でも、所謂“繋がり”が非常に重要なのはノリスも理解しているが、その規模や範囲が、一介の商売人とバートン家ほどの名家では天と地ほどの差があるのである。
「私とて、なるべくならば当人達の意向を尊重したいのですが、だからと言って、何もしない訳には行きません。下手をすれば、その事がキッカケで不興を買う事もありえますし、少なくとも我々の存在を軽く見られる事は多いにありえるでしょう。“あの家は、この程度の事にも金を出せないのか…”、とね。それは、ひいては両家や両商会の評判にマイナスの影響を与えかねないのですよ。」
「・・・なるほど。」
王侯貴族はもちろんの事、それなりに社会的立場を持つ者達は、常に外聞を気にしなくてはならないのである。
結果として、それが見栄を張っている、という風に見える訳であるが、その国の権威やその家の豊かさを示す上では、かなり重要な事でもあるのである。
「それに、何も悪い事ばかりではありません。商売人としては、当然、招待客との繋がりを持てる事は言わずもがななのですが、もっと大きなくくりとして、“人間族”と“エルフ族”の仲を深める事にも貢献出来るからです。」
「何故です?バルド殿はもちろん、セレスティアもれっきとした“人間”ですが・・・」
「重要なのはそこではありません。所謂“所属”の問題なのです。セレスティア殿、あるいはマーティン商会は、言ってしまえば“エルフ族の国の商会”です。それに、セレスティア殿はもちろん、ノリス殿やマーティン商会も、彼らとの繋がりは深い。それ故に、対外的にはマーティン商会の立ち位置としては、“エルフ族の国”の代表的な立場となる。少なくとも、仮に披露宴を開催するにあたって、その“エルフ族の国”の人々をそれなりに招待する事となるでしょう。我々商売人にとっても、繋がりを持つ事は非常に重要ですが、それ以上に、国同士の繋がりを持つ事はもっと重要なのは言うまでもない事ですよね?」
「・・・確かに。」
「で、あるならば、正式な国家交流とは別に、ある意味私的な会において両者が繋がりを持つ事は、ひいては両国、いえ、“人間族”と『新人類』達の関係を、より強固なものとする可能性を秘めているのですよ。」
「・・・ふぅ〜む。」
力説するカドックに、ノリスも徐々に理解を深めていっていた。
特に王侯貴族の主催するパーティーは、一種の外交の場にも利用される事がままある。
向こうの世界でも、何かしらの式典を開催する場合、他国の首脳や要人を招待し、平和(安全保障)や友好の証とする事もよくある話であった。
カドックは、バルドとセレスティアの婚姻を、そうしたものとして利用しようとしていた訳である。
もちろん、カドックには商売人としての計算はあったまでも、あくまで善意からこの提案をしていた。
先程も説明した通り、両家、両商会の力のアピールもありつつ、三国やエルフ族の国の経済界に顔が効く者達を招待する事で、様々な繋がりや人間族と『新人類』達(特にエルフ族)の関係を深める一助となるからである。
元々カドックも、バートン家の教育によって、所謂“人間(族)至上主義”に傾倒していた時期もあったが、実際に商売を通じてエルフ族と付き合いが出来ると、その考え方を改めていた。
当然ながら彼らは、人間族に劣る種族ではなく、ある意味では人間族よりも、全てにおいて優れた種族なのである。(まぁ、そうなる様に設計されている訳であるが。)
間違った認識や、思い込みによって、一方的なものの見方しか出来ないのは、これは不幸な事であろう。
時として、その“思い込み”が憎しみや戦争を生み出す事もあるので、相互理解がいかに重要か、という事が分かる。
もちろん、あくまで一商売人にであるカドックやノリスがそこまで考える必要はないのかもしれないが、ここら辺は力ある者の責任と矜持として、逆になんだかんだ言って、政治にそこまでの深い関わりやしがらみがない事もあって、こういう行動にも出られるのである。
「いずれにせよ、確かに今の二人には色々と負担は重いとは思いますが、逆に将来的な布石を打っておく事は、未来の二人にとっては良い事だと思います。親として、商会の代表としては、今の内からそういう道筋を作っておく事も必要な事だと私は愚考致します。」
「・・・・・・・・・」
そう締めくくったカドックに、ノリスは深く黙考した。
当然ながら、三国や『新人類』の国々の関係が安定していた方が、商売人としては良いのである。
(まぁ、戦争による特需は否定しないが、それはあくまで一時的なものに過ぎない。)
そして、一商売人に過ぎない彼らには、そうした話に介入する事は本来出来ないのである。
つまり彼らは、本来ならば誰かの事情に巻き込まれる立場に過ぎないのである。
しかし、幸いな事に、今現在の立場なら、間接的にもそうした話に介入する事が出来る立ち位置にいる訳である。
で、あるならば、親としても商売人としても、政治的にも経済的にも、その他諸々も含めて、二人や、将来生まれてくるであろう孫(ひいては同じ世代に生きる民衆の為にも)、今の内から安定した社会に向けてのアプローチ、下地を作ってやりたい、と思ったとしても不思議な話ではないのである。
まぁその結果、今現在の二人には負担を強いる事にはなるが、“若いうちの苦労は買ってでもせよ”、ということわざもある通り、本当に二人の事を思うのであれば、時に厳しい状況を経験させておくのも親や先達の役割なのかもしれない。
ノリスもそう考えたのだろう。
「・・・あい分かりました。カドック殿の深い配慮、私も感銘を受けましたよ。」
「おおっ!ではっ・・・!!」
その返答に、カドックは破顔した。
「ええ、カドック殿の提案を受け入れようと思います。どうせなら、盛大にやってやりましょうっ!」
「そうですな。」
固く握手を交わした両者は、自然と笑い合っていた。
「では問題となるのは、後は二人の説得と出席者の選定ですな・・・」
「当人達への説明と説得は、私が承りましょう。その代わり、出席者に関しては、少なくとも私は人間族に関してはあまり詳しくありませんので、そちらはカドック殿に一任致します。」
「承知しました。では、逆にエルフ族に関しては、ノリス殿に一任しても?」
「ええ、分かりました。」
一度話がまとまると、その後の進展はスムーズに進んで行ったのであった。
こうして、バルドとセレスティアの“結婚披露宴”は、政治的・経済的な思惑も含めて盛大に執り行われる事となったのであるがーーー。
◇◆◇
「お初にお目にかかります、イアード殿。」
「こちらこそ、直接お会い出来て光栄です、プトレマイオス閣下。」
一方その頃、ブルータスに成り代わり“三国同盟”のトップに就任していたプトレマイオスは、例の新興宗教の教主であるイアードと密かに面会をしていたのであった。
二人は挨拶を交わすと、どちらともなく固く握手を交わしていた。
「・・・しかし、色々とやり取りはしているのに、直接会うのがこれが初と言うのも、何だか不思議な感じがしますな。」
「ははは、私もちょうど同じ事を考えておりましたよ。」
プトレマイオスが豪華なソファーに腰掛ける様に促すと、イアードはそれに応じた。
そのタイミングを見計らった様に、プトレマイオスの秘書なのか侍従なのかは定かではないが、そうした者達が複数名サッと現れて、あっという間に机の上には軽食とお茶が置かれるのだった。
役割を終えた侍従達は、一礼するとその場を辞していった。
イアードは、その一糸乱れぬ統率の取れた様子に、おお、と感嘆の声を上げた。
「お食事はお済みでしょうが、貴方をお迎えするのに何もないのは味気ないですからな。簡単なお菓子とお茶をご用意させて頂きました。どうぞ、遠慮なくお召し上がり下さい。」
「お心遣い、ありがとうございます。ちょうど、喉が渇いていたところなのですよ。」
プトレマイオスの言葉に、イアードは遠慮するでもなく警戒するでもなく、差し出されたお茶に口をつける。
「・・・もしや、先程まで説教をされておいでで?」
「ええ、それが私の役割ですからな。」
訳知り顔のプトレマイオスに、イアードも何の疑問もなくそう答える。
「しかし、いくら魔法技術の補助があるとは言っても、主のお考えを皆に伝えるに当たって、私もついつい熱を持って話してしまいます。それ故に、説教が終わるとこうして喉がカラカラ、なんて事はザラなのですよ。」
「ははは、なるほど。」
イアードの教主としての裏話がいきなり飛び出した格好だったが、逆にプトレマイオスもその事に何の疑問も抱いていない様子であった。
お茶で喉を潤して、ようやく人心地ついた様子のイアードを確認すると、プトレマイオスはこう口火を切った。
「さて、今回わざわざ起こし頂いたのは、進捗を確認、共有しておこうと思ったからです。」
「ええ。」
その発言には、イアードも襟を正し、真剣な表情で先を促す。
「我々は、偶然にも主によって選ばれた同志です。その目的は一致しているとは思いますが、私は為政者の立場で、貴方は教主としての立場故、見えているものが違う可能性もある。それ故に、一回直接お会いする機会を設けた訳ですね。・・・まぁ、今現在の立場ならば、お互いに面会しても不自然ではなくなった、という事もありますが。」
「ふむ・・・」
対外的には“三国同盟”のトップであるプトレマイオスは、一国の国家元首よりも権力や影響力を持つ存在である。
一方で、イアード率いる新興宗教は、最近までその名を知られる事もなかった新興勢力に過ぎないのである。
当然ながら、それほどの影響力を持つ人物が、一商売人とか、一宗教家と面会しているなどとなったら、要らぬ誤解を受ける可能性を考慮する必要があるのだ。
まぁ、プトレマイオスの権力であれば、そうしたものを握り潰すのもわけはないのであるが、彼らの目的としては、今、人間族の間で不和を生むのは望ましい事ではないのであった。
そんな事情もあって、今までこの二人が直接会う機会はなかった訳であるが、今現在のイアードの新興宗教は、ラテス族の国だけでなく、“連合”や“パクス・マグヌス”、果ては“三国同盟”の中にもシンパを広げるほど、その影響力を拡大している=それほど影響力のある宗教の教主ならば、“三国同盟”のトップであるプトレマイオスと面会したとしても不自然な状況ではない、というところまで漕ぎ着けたのである。
その時機を見て、こうして今回の面会が実現したのであった。
「・・・それで、確認しておきたい事柄、というのは?」
イアードがそう水を向けると、プトレマイオスは待ってましたとばかりに饒舌に語り出した。
「一つは、やはり貴方の信者達の様子ですね。一応伝え聞いたお話では、かなり良い感じに仕上がっているとは聞き及んでいますが、やはり直接貴方から見た印象を一度聞いておきたいのですよ。」
「ふむ。」
「それで・・・、いかがですか?」
「そうですな・・・」
イアードは、しばし考えた末に口を開いた。
「おっしゃる通り、かなり良い感じに『新人類』達に対する悪感情は高まりつつあります。一部では、“『新人類』排除”を是とする過激派も生まれるほどですね。ただ、大半の信者達はあくまで『新人類』達に対する不信感が高まった程度で、具体的に何か行動を起こすほどではないですな。」
「・・・ふむ、予想通り、と言ったところですか・・・」
「・・・ですが」
「・・・?」
一旦言葉を区切ったイアードに、プトレマイオスは不思議そうな表情を浮かべた。
「私が扇動した結果でもありますが、更に一部の過激派の中には、“魔女狩り”を強行しようとする一派も現れています。彼らの行動いかんでは、面白い事が起こると思われますよ。」
「ほう・・・。それはそれは。」
良い表情で笑うイアードに、プトレマイオスもニコリと微笑んだ。
残念ながら、この二人は『新人類』達との戦争を望んでいた。
まぁ、“人間(族)至上主義”を唱えている以上、それも当然と言えば当然なのであるが。
しかし、立場的には(プトレマイオスは政治家として、イアードは宗教家として)表立って“主戦派”を名乗る事は出来ない。
そこで、世論を操作したり、信者を煽るなどして、そうした機運を徐々に拡大させた訳である。
その甲斐あって、(自分達の手を汚す事なく)そのキッカケを作ってくれるであろう所謂“過激派”を生み出す事に成功していたのだ。
「彼らは、どうやら例の両商会に潜り込む事にも成功した様です。」
「ほう。ならば、もはや時間の問題、といった感じでしょうか?」
続いて伝えられた情報に、プトレマイオスはそう確認した。
「おそらくは。しかし、やはり一番状況が動きそうなのは、披露宴の時でしょうな。」
「なるほど・・・。で、あるならば、もう一つの計画についても、なるべく急いだ方が良さそうですな。」
「・・・と、申しますと?」
プトレマイオスの呟きに、イアードはそう聞いた。
「・・・貴方が率いる教団を、三国の国教にする計画ですよ。」
「おおっ!ではいよいよっ・・・!」
「ええ。主のお望みの理想郷を、我々の手で作り出す準備が整いつつある、という事ですっ!!」
「っ・・・!!!」
声高に宣言したプトレマイオスの言葉に、二人は恍惚とした表情を浮かべて、まるで熱に浮かされた様に同じ文言を呟いたのである。
「「全ては主の御心のままに。」」
これが、単純にこの二人の純粋な思いであったなら、この後の展開も変わっていたかもしれない。
しかし残念ながら、彼らの精神はこの時すでに、全く別の存在から操られたものだったのであったーーー。
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