ネメシスとセレスティア
続きです。
◇◆◇
「・・・またここにいたのか、セレスティア。」
「あ、ネメシス様・・・」
ラテス族の国家で、そんな事になっているとは露知らず、セレスティアは例のお気に入りの場所で動物や魔物達と戯れていた。
そこにネメシスが現れ、彼女は明るい笑顔を見せるのだったーーー。
“マーティン商会”、というか、エルフ族の国(集落)と正式に技術提携を結んだネメシスは、彼らの受け入れが整った時点で、大森林地帯からエルフ族の国(集落)に移り住んでいた。
そこで、“『魔石』の効率化”を(それなりに時間をかけて)見事に成功させ、一応はお役御免となっていたのであるが、ネメシスは当初の目的である“アドウェナ・アウィス”の遺跡の発掘にはすぐに戻らず、今現在もこうして集落に身を寄せていたのだった。
その理由が、目の前の少女だったのである。
いや、もはや少女と呼べる年齢ではなく、美しい淑女へと成長を遂げていたセレスティアは、しかしあいも変わらず動物や魔物達と戯れる為、大森林地帯とエルフ族の集落のちょうど中間、彼女のお気に入りの場所に頻繁に通っていたのであった。
「不安なのか?」
「・・・えっ!?」
思いがけないネメシスの言葉に、セレスティアは一瞬何を言われたのか分からず、目をパチクリとさせていた。
「お前は不安な事があると、いつもここを訪れている。・・・その様子では、自分でも気付いていなかったみたいだが・・・」
「アハハ、そーかもしれないですね・・・。流石はネメシス様です。全てお見通し、ですね。」
「からかうな。どれ、話してみろ。」
「・・・・・・・・・」
結構グイグイ来るネメシスに、また別の意味でセレスティアは戸惑い、言葉を探していた。
「・・・その前に、一つお聞きしても?」
「何だ?」
「以前から気にはなっていたのですが、何でネメシス様は、私を気にかけて下さるのでしょうか?」
「ああ・・・」
そんな事か、とネメシスは思った。
しかし、考えてみれば、ネメシスは自分の身の上話をするタイプではない。(と、言うか、実際には色々と言えない事も多いだけなのだが。)
少なくともセレスティアやエルフ族の国に住まう者達は、ネメシスの事を深く知っている者は皆無であった。
その割には、やたらとセレスティアを気にする素振りを見せていた事もあり、穿った見方をする者などは、“ネメシス様はセレスティアに気があるのでは?”、と邪推する者もいたほどである。
まぁ、ネメシスは噂話などを気にするタイプではないので別に何も感じなかったが、それでも、当事者であるセレスティアにすら何も言っていなかったのは、流石にネメシスもやり過ぎたか、と考えていた。
「・・・実はお前は俺の身内に似ているのだ。いや、容姿が、とかそういう話じゃないぞ?雰囲気とか、そういうものだ。」
「は、はぁ・・・」
突然のネメシスの独白に、セレスティアは何と反応して良いのか分からず、ただただ曖昧に頷くしかなかった。
「だから、何故か気になるのだ。・・・変か?」
「い、いいえ。」
変・・・、ではない。
むしろ、全てを超越したかの様な存在であるネメシスも、人間らしい背景や感情がある事に多少の驚きがあっただけである。
「・・・ちなみに、その私に似ている、と言われた方は・・・?」
「死んだよ。遠い昔に、な。」
「・・・そうですか・・・」
藪蛇な質問に、セレスティアは顔を歪めた。
「気にするな。もう、本当に昔の話だ。」
「・・・」
ニカッと笑うネメシスに、何故かセレスティアは胸がズキッと痛んだ。
おそらく、本当にネメシスの言う通り”昔の話“なんだろうが、彼はその事をひと時たりとも忘れた事がないのだと、直感的に感じたからであった。
「ま、まぁ、俺の事はどうでもいいだろ?それよりも、だ。今はお前の話だ。」
珍しく慌てた様子のネメシスに、セレスティアはクスッと笑った。
そうした心情が功を奏したのか、はたまた言ってもそこまで近しい距離でもない関係性だった事が逆に幸いしたのか、いつの間にかセレスティアは素直な気持ちを吐露していた。
「・・・おっしゃる通り、確かに不安です。」
「・・・それは、婚姻に関する話か?」
以前にも言及したかもしれないが、セレスティアは運命的な出会いを経て、バルドと婚姻の話が持ち上がっていた。
これは、家同士の、所謂”政略結婚“とも呼べるものでもあったが、セレスティアもバルドも、お互いに好き合っている者同士であった事もあり、その事に対して不満などはなかったのである。
だが、いざ結婚が近付いてくると、所謂”マリッジブルー“ではないが、漠然とした不安が生じる事もままある話だ。
「それも、ですね。けど、それ以上に、私は”人間の社会“で暮らしていけるのかな、って。」
「・・・ふむ。」
しかし、続くセレスティアの言葉に、ネメシスは静かに納得するのだった。
セレスティアの不安の根源は、彼女自身のトラウマが原因であった。
以前にも言及したかもしれないが、バルドは豪商であるバートン家の次期当主である。
まぁ、紆余曲折を経て、バートン家は今現在はマーティン商会の傘下に収まってはいるが、セレスティアとバルドの婚姻を契機に、その関係を解消しようとする動きが見られたのである。
そもそもマーティン商会よりバートン家の方が、元々規模としては大きかった事もあり、対外的には子会社化したとは言っても、実際にはバートン家の自治権は認められていた。(と言うか、マーティン商会側にバートン家側を支配する力も人材もなかった事もあるが。)
つまり、マーティン商会とバートン家の関係は、実質的には“合併”というよりかは“業務提携”に近い形だったのである。
しかも、規模や資金力的にはバートン家の方が上、というかなりややこしい関係だった事もあり、経営側としてはそれで合意していたのであるが、徐々に内部から不満が持ち上がり始めたのである。(例えば、現場レベルでは、極端に言えば所謂“中小企業”の者達が、“大企業”の者達を顎で使う、という現象が発生してしまった事もあり、多少の軋轢が生まれてしまったのである。)
そこで、セレスティアとバルドの婚姻、すなわちある種の“政略結婚”を契機としてその関係を解消し、協力関係はそのままに、両者の立場を同等のもの、対等なものとする動きが現れたのである。
立場的な関係性の不満はあったまでも、商売自体は上手く行っていたので、この事自体は両者が納得していた事なのである。
ただ、問題となるのは、立場がもとに戻ると言う事は、今度はセレスティアの立場が微妙になるのである。
先程も述べた通り、バルドはバートン家の次期当主であり、言うなれば“大企業”の御曹司に“中小企業”の社長の娘が嫁いでくる、という構図であり、もちろん、これまでの関係性や商会同士の関係強化を鑑みれば、これも悪い話ではないのであるが、言ってしまえばセレスティアは、これまでの生活から一転して、様々な社会的立場を求められる事になってしまうのである。
名家の次期当主の妻。
豪商の次期トップのパートナー。
話だけ聞けば、ある種のシンデレラストーリーの様にも見えるのであるが、逆に言えばそれだけ重責を担う事となるのである。
まぁ、彼女の両親やアルフォンスらの指導により、彼女の才覚や能力、頭脳はそれに見合うレベルではあるのだが、一番のネックは、彼女が再び“人間族の社会”と向き合わなければならない点なのである。
彼女の過去を鑑みれば、自分(と家族)を爪弾きにした“人間族の社会”に大きなトラウマを抱えていても不思議ではない。
(いや、むしろ、見当違いな差別意識から迫害を受けた彼女の立場としては、不信感や憎悪を募らせ、“人間族の社会”に復讐を企ていたとしても何ら不思議な事ではないほどである。
まぁ、幸いな事に、彼女にはそうした悪感情とは無縁だった事もあって、そうした最悪のケースは起こり得なかったのであるが。)
だがしかし、バルドのパートナーになると言う事は、そうした事を全て乗り越えて、“人間族の社会”で上手くやっていく必要があるのである。
先程も述べた通り、バルドには“人間族の社会”にて社会的な立場があるので、今は“出張”や“派遣”と名目でエルフ族の国にて、現地のバートン商会の実質的トップとして滞在してはいたが、いずれバートン商会(家)本体に戻る事、すなわち“人間族の社会”に戻る事がある意味決まっている。
そして当然ながら、そんなバルドのパートナーになった者も、必然的に彼について行く事となる、すなわち“人間族の社会”に行かなければならない訳である。
セレスティアとしては、それが不安だったのだ。
「もちろん、彼の立場も分かっています。それでも、“人間族の社会”に恐怖感を持っているのも事実なんですよ。」
「・・・・・・・・・」
“まぁ、彼が支えてくれる、と言ってましたが、ね。”、と付け足したセレスティアだったが、ネメシスは正確に彼女の持っている不安を理解していた。
ハッキリ言って、バルドの考え方は楽観的で見通しが甘いと言わざるを得ない。
何故ならば、セレスティアの不安の方が、ある意味現実的だったからである。
ネメシスは、三国や“三国同盟”に関する事を深く知っている訳ではなかった。
なかったが、人間、というか知的生命体が持つ、差別意識や悪意というものに対しては、おそらくこの世界の誰よりも熟知していたのである。
そんな彼が頭の中で導き出した“答え”は、現状維持であった。
彼女の才能や境遇、立場などを考慮すると、“人間族の社会”と距離を置くのがもっともベストであり、無理に彼らの社会で暮らす必要はない。
それ故に、今の状況がもっとも理にかなっていたのであるが、そこに他者の事情が介入して来てしまった形なのである。
ハッキリ言って、ナンセンスな事である。
彼女の人生は、あくまで彼女のものであって、それを無理に他人に合わせる必要はないのだから。
彼女の事を真に思い、愛しているのであれば、“別々に暮らす”、という選択肢も有りなのである。
だが、それが最初から選択肢から除外されている訳である。
“彼の立場”とか、“商会の事情”などという理由で持って、である。
しかし、得てしてそういうものである。
社会が、文明がある程度成熟してくると、このある種の“常識”というものが、人間の行動指針になってしまうからである。
ネメシスも、流石にその事は理解していた。
それ故に、“別居生活すれば良いじゃん。”、とは流石に言えなかったのである。
・・・ならば、と次善策を口に出した。
「・・・俺に一つ考えがある。」
「・・・えっ?」
珍しく真剣な表情を浮かべるネメシスに、セレスティアはキョトンとした。
「お前の不安は、つまり突き詰めて言ってしまえば、その“スキル”によるところだな?」
「・・・まぁ、そうですね・・・。」
ある意味、当たり前の事を指摘され、セレスティアは頷いた。
・・・しかし、だからと言って、どうにか出来る事でもないのであるが。
「じゃあ仮に、その“スキル”を封印出来るとしたら、どうだ?」
「えっ・・・!?」
思いがけないネメシスの言葉に、セレスティアは今度こそポカーンとした。
当然である。
この世界の“スキル”は、所謂“パッシブスキル”と“アクティブスキル”のいずれかになる。
“パッシブスキル”、すなわち常時発動するタイプと、“アクティブスキル”、すなわち使用者が任意で発動するタイプである。
で、セレスティアの持つ“スキル”、これはもはや才能とかギフトと呼ばれるものであるから、当然ながら前者である“パッシブスキル”に該当する訳である。
(ちなみに、『魔法技術』や武術など、使用者が後天的に体得、会得する技術は、後者の“アクティブスキル”に該当する。
もっとも、超一流の使い手ともなると、本来は能動的に発動すべきスキルを、無意識レベルで使用可能であり、もはやそのレベルになると、“パッシブ”か“アクティブ”かの区別は曖昧なものになってしまうのであるが。
まぁ、それはともかく。)
で、ゲームとして考えた場合、この“パッシブスキル”は非常に使い勝手が良いのだが(“プレイヤー”がいちいちコマンドを選択する必要がなく、勝手に発動してくれるからである。)、現実的に考えると、“パッシブスキル”は非常に面倒なものでもあるのだ。
つまり、“アクティブスキル”とは違いオン・オフが選べないので、場合によってはその事が使用者にとっての足かせになる事もあるからである。
セレスティアもそうなのである。
いや、もちろんしっかりと修練すれば、ある程度力をコントロールする事は出来るのであるが、そもそもその“スキル”は彼女の生に紐づいているので、それを無くす事は不可能なのである。
・・・本来ならば。
しかし、色々とチート染みた力を行使する事の出来るネメシスであれば、その不可能すら可能なのである。
(場合によっては、“封印”ではなく、“消去”すらやろうと思えばやれるほどである。)
「・・・そ、それはっ・・・!」
真剣な表情のネメシスに、セレスティアは、これが冗談じゃない事を理解していた。
ネメシスならあるいは…、と考えていたのかもしれない。
「だが、封印となると、お前の今までの境遇は全て変わる。当然だが、もう“お友達”と話す事は出来ないし、相手の思っている事を理解する事も出来ない。その代わり、人間達から不気味に思われる事はなくなるがな。逆に、封印を拒み、人間達から奇異な目で見られながらも、“お友達”との関係を重視するのもお前の自由だ。」
「わ、私、は・・・」
唐突に突きつけられた選択肢に、セレスティアは大きく困惑していた。
彼女にとって、“お友達”との関係は非常に重要なものである。
時に危険な事にも遭遇する可能性はあるが(そもそも“対話”すら不可能な動物や魔物も存在するからである)、彼らの存在は彼女の傷付いた精神を癒してくれる効果もあったからである。
しかしその根底にあるのは、“人間族の社会”に溶け込めなかった事への裏返し、一種の代償行為だった訳である。
(本当は彼女も、同じ人間族の“お友達”が欲しかったのだ。
しかしそれが叶わなかったので、動物や魔物の“お友達”を得る事でその代替としたのである。)
その、彼女が無意識的に封じ込めた願望が、もしかしたら叶うかもしれないのである。
彼女の頭の中はグチャグチャだった事だろう。
ネメシスもその事は理解していた。
だから、流石にこの場で“答え”を出す事は求めなかった。
不意に立ち去る気配を見せたネメシスに、セレスティアはハッとした。
「・・・俺は何も強要はしない。全てはお前次第だ。しばらく考えてみるんだな。本当はお前がどうしたいのか、をな。」
「・・・・・・・・・」
そう言い残すと、ネメシスは立ち去っていった。
残されたセレスティアは、心配そうに見つめる“お友達”に囲まれながらも、先程のネメシスの言葉を頭の中で反芻するのであったーーー。
・・・
ー・・・あの娘、どんな選択をすんのかね・・・?ー
「お、おぅ・・・。急に話しかけんなよ。ビックリすんだろーが。」
シリアスな感じに歩いていたネメシスの頭の中に、セレウスの声が鳴り響いた。
ーおお、悪い悪い。しかし、俺も気になったからよ。ー
「・・・そうか。」
長らく身体を共有している関係上、セレウスも興味本位からではなく、本当にセレスティアの事を心配してそう言っている事がネメシスには分かった。
ーってか意外だったのが、お前が封印を強要しなかった事だな。あの娘の事を考えれば、それが一番ベストだったろ?ー
「アホか。それは出来ねぇ〜よ。そもそも、どんな奴にもそいつの人生ってモンがある。どんだけ素晴らしい答えがあったとしても、それがそいつにとってのベストの答えとは限らねぇのさ。だから俺は、誰にも答えを強要したりはしない。たとえそれが、どんだけ間違った事であったとしても、な・・・」
ー・・・そうか。ー
その言葉に、セレウスはネメシスの心の葛藤を感じ取っていた。
アクエラ人類すら、いやその更に数段上のレベルに達していたセルース人類すら超越していた“アドウェナ・アウィス”であるネメシスは、ある意味では全ての“答え”を識っている存在な訳である。
だから、そんな彼の導き出す答えは、ある意味で全て正しい訳であるが、しかし、“正しい”事とその者が持つ人生観や価値観が必ずしも一致する訳ではないのである。
(例えば、どこかの世界のどこかの時代の武人にとっては、主の為に死ぬ事がもっとも美徳となる事もあるだろう。
当然ながら一つの生命の本能としては、“生き残る”事こそ本来は優先されるべき事なのであるが、そこにすでに矛盾が生じる訳である。
つまり、感情を持つ生命体にとっては、本来間違っている事すら正しい事にも成りうるのである。)
だからネメシスは強要しないのである。
他者に自分の事情を押し付ける事は、自分が否定した“アドウェナ・アウィス”と同じになってしまう、という心情もそこにはあったのかもしれない。
まぁ、それはともかく。
「いずれにせよ、俺らはこの世界の役者じゃねぇんだ。だから、あまりこの世界に生きる者達の人生に干渉すべきじゃねぇ〜のさ。」
ー・・・そうだな。ー
ネメシス自身、自分がちぐはぐな事を言っている自覚はあった。
それなりに干渉しているくせに、何を今更、といったところか。
だが、セレウスは、それも分かった上で何も言わなかった。
この世界の住人に感情や人生がある様に、彼らよりある意味上位の存在であるネメシスやセレウスにも“感情”が存在するからである。
感情を持つ以上、それがどれだけ間違った事だと分かっていても、つい手を出してしまいたくなるものだ。
それが“人間”というものであり、超常的な力を持つ二人ではあったが、彼らもやはりどこまでも人間だったのかもしれないーーー。
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