技術提携 2
続きです。
◇◆◇
「・・・そ、それはどういった意図があるのでしょうか?」
ネメシスの真意を測りかねたノリスは、率直にそう尋ねた。
「何、これがお互いの為になる事だと思ったまでよ。さっきも言ったが、俺は流れの『魔法研究家』でよ。で、これもさっき言ったが、専門が『魔石』な訳よ。んで、本来これはあまり人に言うこっちゃないんだけど、その研究テーマは、“『魔石』の効率的な運用方法”、なんだよ。」
「・・・なるほど、そういう訳ですか。」
「えっと、つまり・・・?」
そこまで聞いて、アルフォンスはピンと来ていたが、いまいち話が見えていなかったノリスは小声でそう聞いた。
「つまり、ネメシス殿が調査隊の皆さんと邂逅したのは偶然ではなかったのです。彼は、ご自身の研究テーマの為に『魔石』を必要としていた。それも、すでに加工が施され、市場に流通した物ではなく、純度100%の『魔石』を、ね。それ故に、フィールドワークも兼ねて、現場に足を運んでいたのです。」
「そこで、我々と出会った、と。」
アルフォンスの説明に補足する様に、調査隊のリーダーがそう合いの手を入れる。
「ええ。我々に協力して下さったのも、その方が効率が良かったからでしょう。ネメシス殿は、どうやら我々とは比べ物にならない探知技術をお持ちの様ですが、しかし、当然お一人で探されるよりも集団で探した方が効率的です。結果として、極短期間に十数か所の鉱脈を発見される事となった訳ですから、これは疑いようのない事実でしょう。で、そこで本来のお互いの目的、『魔石』を獲得する、という目的は達した訳です。ですから、これ以上、こちらに協力する道理はなくなった訳です。・・・本来ならば。しかし、調査隊の皆さんの労働環境なんかを危惧し、こうしてわざわざ我々のもとまで足を運んで下さったんですよね?」
「ああ。」
「しかし、そこで、我々の、特に『新人類』の置かれている状況を察した。そこでネメシス殿は、当初の予定を変更され、正式に我々に協力して下さる、とおっしゃってくれた訳です。そしてそれは、ご自身の研究テーマにも合致する事だったから、ではないでしょうか?」
「中々鋭いな、アンタ。その通りだぜ。さっきも言ったが、俺の研究テーマは“『魔石』の効率的な運用方法”だ。今現在使われている『魔石』の運用効率は、正直あまり高いとは言えない。少なくとも、相当なエネルギーロスが存在すると俺は思っている。仮にその運用効率をもっと高める事が出来れば、今使われている『魔道具』の寿命は倍、上手くすれば数倍長くする事が可能だろう。これはつまり、単純に『魔石』の節約にも繋がる訳だ。」
「おおっ・・・!」
ネメシスの言葉に、ノリスは目を輝かせた。
向こうの世界でも、この“エネルギーロス”という問題は存在する。
具体的に言えば、
発電ロス 発電所でのエネルギー変換効率の限界や、発電所の自家消費による損失。
送電ロス 電線における抵抗によるジュール熱の発生や、変電所でのエネルギー変換時の損失。
設備ロス 機械の摩擦、振動、熱放出など、設備を稼働させる過程で生じるエネルギー損失。
熱損失 熱を伝える過程での放熱や、温度差によって生じる熱の移動による損失。
などが挙げられる。
もちろん、これらを完全に克服する方法は今のところ皆無である。
しかし一方で、高効率の施設やシステムを組み込む事で、これらのロスを少なくする事は現時点でも可能である。
実際、これは市販の家電や自動車なんかにおいても、昔と今では、省エネになっている、燃費が向上している、というデータも存在している。
で、当然ながら、そうした考え方はこの世界にも存在する訳である。
特に高位の“魔法使い”は、術式を研究・改良し、より威力を発揮する、あるいはより低コストで同じ効果を発揮する方法、すなわち、“術式の効率化”を命題にしている者達も多い。
(もっともこれらはある種の独占技術でもあるから、秘匿され、後継者や弟子だけに継承される、所謂“一子相伝の技術”に近しいものであるが。)
で、あるならば、それを更に『魔石』に応用しようとする者がいたとしても不思議な話ではないのである。
(もっとも、天才たるマグヌスが生み出したこれらの技術を更に発展させる事は可能であったが、残念ながら彼を超えるほどの『魔法研究家』は、例外的にその子であるカエサルを除いて、これまで現れる事はなかった。
そのカエサルについても、『魔法研究家』としての素質はマグヌスを超えるほどであったが、魔王軍の討伐からの“三国同盟”の設立などもあって、本格的に何かを研究する時間はなかった事もあって、これまでこうした研究に取り組む者は、いたかもしれないが、成果を上げるには至っていなかったのである。)
「・・・つまり、ネメシス殿がおっしゃっている事は、貴方を正式に雇う事によって、我々に出資者になる事を望まれている訳ですか?」
「そういう事だ。いや、本来はあくまで個人的な趣味の様なものだったから、別に急いじゃいなかったんだけどなぁ〜。」
「「「・・・・・・・・・」」」
呑気な顔をしてそう笑い飛ばすネメシスに、しかし三人は神妙な顔をしていた。
彼の実力とその研究テーマの重要性から鑑みれば、それこそ彼のパトロンやスポンサーになる人物や団体が存在していたとしてもおかしな話ではない。
しかし、調査隊が接触するまで、彼は一人だった訳である。
つまり、彼にはパトロンやスポンサーが存在しない事になる。
それはあまりに不自然な状況であるし、非常に危険でもある。
だが、そんな状況になったとしても、不思議ではないシナリオも存在するのだ。
例えば彼が、“世捨て人”である、とかである。
この世界においても、高位の“魔法使い”などの実力者が、所謂“役職”にも就かずにフリーである事は珍しくない。
何故ならば、そこには様々な思惑やしがらみが発生してしまうからである。
例えば、何らかの組織に所属する“魔法使い”や『魔法研究家』も存在するが、彼らはその後ろ盾によって、研究資金や様々な権限が得られるメリットがあるが、一方でその研究成果や名誉などは、その組織に取られてしまうというデメリットも存在する。
実際、向こうの世界でも、こうした特許や知的財産が会社側に取られてしまう、などのケースには枚挙に暇がない。
こうした経験をした者達は、自分達の権利を守る為に、あえてフリーになる者達も多く、その研究成果や技術なんかを秘匿する事もまま起こっている。
(結果として、この世界の『魔法技術』は、今現在頭打ちとなっている訳である。
社会の為、国の為という名目で、術者達の権利を蔑ろにしてきたツケが現れた格好であろう。)
こうした問題を知っていれば、ネメシスの不自然な状況にも説明が出来てしまう訳である。
過剰に欲深い者達に警戒するところ。
高い実力に様々な知識。
公共性の高い研究テーマ。
にも関わらず、パトロンやスポンサーを持たず、独自に研究している事。
これらの事を鑑みると、ネメシスには暗い過去があり、その結果として“流れの『魔法研究家』”に身をやつしてしまったのではないか?、と勝手に勘違いしてしまったのである。
(もちろん、これはアルフォンス達の考えすぎである。
当然ながら、ネメシスにそんなバックボーンは存在しないし、今語っている事も、ただの口からでまかせである。
だが、その一方で、異常に高すぎる実力に幅広い知識などを持つ事からも、そうした勝手な誤解に説得力を持たせる要因となってしまったのであった。)
「・・・一つご質問しても?」
「ああ。」
「もちろん、こちらとしては非常にありがたい話なのですが、どうして、その、我々に本格的に協力して下さる気になったのですか?」
「ああ、その事か・・・」
ノリスの質問に、ネメシスは意味深に遠くを見やった。
「・・・さっきも言ったが、アンタらが欲深い者達ではない事が分かったからさ。むしろ、アンタらはそれを、皆の為、社会の為に役立てようとしてる、ってな。まぁ、その為に多少無茶をしちまった様だが、それでも、自分達の事しか考えてないアイツらよりはマシだしな・・・。」
「「「・・・・・・・・・」」」
ネメシスの独白に、三人は自分達の想像が当たらずとも遠からずである事を察していた。
・・・もちろん、これも誤解である。
ネメシスが語った“アイツら”とは、彼の同胞である“アドウェナ・アウィス”を指した言葉だったからだ。
だが、事情を知らないアルフォンス達からしたらそんな事が分かる訳もなく、誤解が益々加速する事となってしまっていたのである。
「まぁ、もっと単純に言えば、俺はアンタらの事が気に入っちまった、って事だ。それ以上の理由が必要か?」
「「「っ・・・!!!」」」
続いて飛び出したシンプルな理由に、三人は首を横に振った。
「いえ、必要ありません。」
「代表も言いましたが、こちらとしてそんなありがたいお話を断る道理はありませんよ。」
「同じく。」
「そうか。んじゃま、しばらく世話になる、って事で良いんだな?」
ネメシスの最終確認に、三人は大きく頷いた。
「「「はい。」」」
「そうか。よろしくな。」
小気味の良い返事に、ネメシスはニカッと笑った。
こうしてマーティン商会は、ネメシスとの技術提携を結ぶ事になった訳であるがーーー。
◇◆◇
「ふぃ〜、生き返るぜぇ〜!」
ー・・・お前、本当に温泉が好きだなぁ〜・・・ー
「おう、当然よ。風呂は人類の生み出した偉大な発明だからなっ!」
ー・・・・・・・・・ー
アルフォンス達との面会を終えたネメシスは、一旦“アドウェナ・アウィス”の遺跡を探す為の仮拠点としていた場所、以前にもセレウスにツッコまれつつ楽しんでいた天然の温泉に戻っていた。
これは、話がトントン拍子に進んではいたが、彼自身も述べていた通り、元々はアルフォンス達に合流するつもりはなかったからである。
まぁ、結果としてネメシスは、アルフォンス達に合流する事にしたのはこれまで述べてきた通りであるが、だからと言って、“じゃあ今日からお世話になります。”という訳にも行かないのだ。
これは、拠点に置いてある荷物などを取りに行く必要になるから、というもっともらしい理由もあるのであるが、もっと現実的な話として、アルフォンス達がネメシスを受け入れる準備も必要だろう、という配慮もあったからである。
・・・それに、ネメシスとしては、この身体の本来の持ち主であるセレウスに対する説明も必要だったからでもあるのだが。
「ま、まぁ、それはいいとして、だ。すまんな、セレウス。」
ー・・・それは、『新人類』達に本格的に協力する事を言ってんのか?ー
温泉ネタで軽いジャブとして雰囲気を柔らかくする筈が、その目論見が外されたネメシスは神妙な顔をしながらそう切り出した。
「それも、だが、それによって、お前との約束を果たすのも、当分先の話になっちまうからよ・・・」
ー・・・ー
そうなのだ。
ネメシス達がこの地を訪れた理由は、以前にも言及した通り、分離の方法を探す為である。
それが色々とあって、まぁ、調査隊、あるいはアクエラ人類に“アドウェナ・アウィス”、あるいは彼らが遺した遺跡を知られる事を避けたかった事もあり、色々ともっともらしい理由をつけて“大地の裂け目”の深層から遠ざける為に一芝居打った訳であるが、それが何の因果か、結果として彼らに本格的に協力する事となってしまった訳である。
当然ながらこれは、セレウスの了承を得た事ではなく、あくまでネメシスの独断であった。
それ故に、セレウスには、しっかりと謝っておく必要があったのである。
ー・・・ま、正直、何勝手な事やってんだ、って気持ちもあったがよ。だが、俺とて、別に人の心がない訳じゃねぇよ。ー
「・・・・・・・・・へ?」
責められると思っていたネメシスは、セレウスの意外な言葉にポカーンとしていた。
ー何マヌケな顔してんだ?もしかして、俺がお前に罵詈雑言を浴びせるとでも思ってたんか?ー
「ま、まぁ・・・」
ネメシスは素直にコクリと頷いた。
ーへっ、今更だぜ。お前がお人好しで義理人情に厚い、なんてこたぁ、これまでの付き合いでとっくに分かってるっつーの。ま、お前はぜってー認めないだろうがな。んで、そんな奴が『新人類』達の事情を知っちまったら、まず間違いなく首を突っ込むだろう事も予測出来ていたぜ。ー
「っ・・・・・・・・・」
セレウスの言葉にネメシスは一瞬反論しようとしたが、身体を共有する関係で、お互いの精神も、完全ではないものの、一部繋がっている事を思い出していた。
これによって、セレウスはネメシスの事を、ある意味身内以上に理解するに至っており、その逆もまた然りなのである。
ー・・・正直に言や、俺もアイツらの事は助けてやりたいしな・・・。迫害を受けんのはメチャクチャキツいし、あん中の一人は、一応俺の教え子でもあるし、な。ー
「セレウス・・・。お前・・・」
先程も述べたが、セレウスにネメシスの心の内が多少分かる様に、ネメシスにもセレウスの心の内が何となく分かっていた。
これによって、ネメシスはこの男も自分と似た者同士である事を理解していたのであった。
ネメシスはフッと笑った。
「なるほどな・・・。お前は、所謂“ツンデレ”ってやつか。」
ーそんなんじゃねぇ〜よっ!それに、男のツンデレとか、誰得なんだっつ〜のっ!ー
軽口を叩き合う二人だったが、不思議と心は通じ合っていた。
ーま、ともかく、お前が約束を違えるとは思ってねぇ。それに、結局アイツらの問題を解決しない事には、アイツらも現状を何とかする為に無茶をやらかして、ここら辺にまでやって来ちまう可能性が高いのも想像がつくからな。下手に遺産に触れようもんなら、それこそ遺跡の発掘どころじゃねぇし。ー
「・・・ああ、そうだな。」
一転して神妙な口調になったセレウスに、ネメシスはコクリと頷いた。
以前にも述べた通り、“アドウェナ・アウィス”の遺した遺産、遺跡は、現段階のアクエラ人類にとっては劇薬に等しい。
大きな力を手に入れる事が出来るが、精神性の成熟していない者達がそれを獲得してしまうと、厄災にもなってしまうからである。
少なくとも、現状のアクエラ人類よりも数段階上の文明力を持っていたセルース人類でさえ扱いきれなかった代物であるから、セレウスがそれを危惧するのも道理であろう。
“アドウェナ・アウィス”であるネメシスは言わずもがな。
子供には、過ぎたオモチャなのである。
仮にネメシスが今回の件で介入しなかった場合、彼らの事情もあって、『魔石』の鉱脈を探し求めて、場合によっては遺跡を発見してしまう可能性もあった。
そうなれば、この地は再び大きな戦火に見舞われる可能性が高かったのである。
そうした意味でも、実はネメシスの行動は理にかなっていたのである。
ーとりあえずさっさとアイツらの問題を解決しちまって、俺らは俺らの目的に戻ろうぜ。ー
「・・・そうだな。」
大いなる力には大いなる責任が伴う。
特別な力を持ちつつ、それに翻弄されてきた二人だからこそ、その厄介さや重さについて十二分に理解していたのであろうーーー。
ー・・・これはこれは。中々面白そうなネタが転がっているじゃありませんか・・・ー
だが、その一方で、そんな覚悟も矜持もない者達も存在するのであるがーーー。
誤字・脱字がありましたら御指摘頂けると幸いです。
いつも御覧頂いてありがとうございます。
よろしければ、ブクマ登録、評価、感想、いいね等頂けると非常に嬉しく思います。
ぜひ、よろしくお願い致します。