技術提携 1
続きです。
◇◆◇
「アルフォンス先生。最近、あまりに事を急ぎすぎている様に思われますが・・・」
「ノリスさん・・・。ええ、はい、その通りだと思います。」
一方その頃、実質的にマーティン商会のスポンサーとして、ある意味外部取締役的な立場となっていたアルフォンスは、ノリスからそんな指摘を受けていたのであった。
「・・・やはり、例の件であったから、ですか?」
「そう、ですね。僕達は人間族に比べたら弱い立場です。ですから、彼らに自分達の価値を認めさせる必要がある。」
「ふむ・・・」
ネメシスが懸念していた、調査隊に対する過度な成果を求める傾向は、実はアルフォンス(というか、エルフ族全体の事情)に由来する事だったのであった。
と、言うのも、以前にも言及した通り、ブルータスが倒れ、“三国同盟”のトップにプトレマイオスがついた事と、例の教団が勢力を拡大した事により、エルフ族を含めた『新人類』達に対する風当たりが強くなったからである。
“英雄”たるアベル達四人組が健在ではあるが、元々『新人類』達はその総人口数は多くない。
つまり、いざ戦争ともなれば、数の上では圧倒的に不利なのである。
もちろん、多少年老いたとは言えど、アベル達の力ならばそれを覆す事も可能なのであるが、いずれにせよそうした事態ともなれば、大なり小なり犠牲が出てしまう事は避けられない事態なのである。
若い頃とは違い、今や国の人々を率いる立場にあるアベル達は、当然ながら安易に戦争、という選択肢は取れない。
となれば、他の事でそれらを回避する方法を模索するしかないのである。
そして、その結果取られた手段が、経済や技術を前面に押し出した戦略だった訳である。
以前にも言及したかもしれないが、今や『魔石』の存在は、三国(というか人間族)の生活に必要不可欠な物となっている。
そして、それを人間族は『新人類』達の輸出に依存している状態なのである。
(向こうの世界で言えば、エネルギー産出国とそれを輸入している国、という関係に似通っている。
色々な問題や思惑はあるまでも、エネルギーに関してはそこに頼っている以上、両者の関係は良好を保つ必要があるのである。
でなければ、エネルギー供給が途絶え、生活に多大な影響が出てしまうからである。
仮に、両者の関係が悪化したから、別の産出国に頼る、という事は不可能ではないが、当然ながらそれはコストの問題もあって、物価の上昇に直結する事、すなわち一般市民の生活に悪影響を及ぼす事でもある。)
それ故に、ある意味『魔石』を人質に取る事で、両者の関係を悪化させないある種の牽制としたのである。
結果として、その戦略はしっかりと機能していた。
先程も述べた通り、今現在の人間族にとって『魔石』は生活に必要不可欠な物であるから、実益の面から反新人類感情の抑止となったからである。
しかしその為には、『新人類』側は『魔石』を安定的に確保しておく必要があった訳である。
この様に、『魔石』という、ある種の戦略物資が存在するからこそこのバランスが成り立っている訳であり、仮にそれが枯渇する事にでもなれば、実益の面から抑え込んでいた反新人類感情を止める手段が他になくなる。
もちろん、イメージ戦略として親新人類感情を植え付けるべく外交努力には取り組んでいるが、こうした事は長い期間をかける必要があり、すぐに成果が現れる事でもない。
つまり『魔石』の安定的な確保は、エルフ族のみならず、『新人類』達にとっては喫緊の課題なのである。
こうした政治的背景もあって、一見ブラックとも言える調査隊への無茶振りがあった訳である。
しかし、ある種国家の存亡を賭けたものなだけに、アルフォンスもノリスも思うところはあっても、それを止められない(むしろ推奨する)状況だった訳であった。
「せめて数年持ちこたえられる鉱脈でも見付かれば・・・」
「・・・難しいですね。元々『魔石』は非常に貴重な鉱石ですからね。先生達が先天的にそれを見付ける事に適した力を持ってはいても、そもそもその絶対数が多くない。いずれ・・・」
「・・・需要と供給のバランスが崩れる、ですか。」
「・・・ええ。」
アルフォンスは頭を抱えていた。
ここら辺は、魔王軍の頃から何も変わっていないのかもしれない。
強国の存在に、『新人類』達はあまりに無力であった。
魔王軍台頭の折には、魔王軍と協定を結んでしのいでいたが、その結果として人間族に冷たい目で見られる事となり、その件が尾を引いた形で人間族から差別意識を向けられ、今の状況となっているのだ。
魔王軍の件の折には、そうした上層部のごますりに嫌気がさし、魔王軍討伐に乗り出したアベル達ではあったが、彼らが以前の上層部と同じ立ち位置に立った結果、ようやく当時の彼らの苦労を思い知る事となったのであった。
「・・・話は聞かせてもらったぜ?」
「「っ!?」」
が、ここで突如登場した人物によって、その雰囲気は全て壊される事となる。
「だ、誰ですかっ!?」
「どこから入ったんだっ!?」
アルフォンスは驚愕していた。
今現在のアルフォンスの力は、“英雄”と呼ばれるにふさわしいレベルである。
特にエルフ族の特性として長命である事もあり、老いと共に多少衰えたアベル達とは違い、アルフォンスは依然として若々しく、むしろ今が全盛期と言っても過言ではない。
そんな彼に一切悟らせる事なく(まぁ、それだけ頭を悩ませていた、という見方も出来るが)、この人物は自分達の目と鼻の先にまで踏み込んで来たのだ。
驚くのも無理はないであろう。
更に言えば、その人物の姿がどことなく見覚えがあった事もそれに拍車をかけたのかもしれない。
結局アベル達は直接的に彼らには会った事はないが、封印(石化)した状態での二人を見た記憶があるからである。
それ故に、驚愕と共に、“まさかっ・・・!?”、という思いも同時に存在していたのであった。
一方、その話題の中心人物は、何故かズビビ〜と鼻をかんでいた。
その目には、うっすら涙も滲んでいる。
「いやいや急にすまねぇ〜。俺は怪しいモンじゃねぇ〜よ。」
「お、お話中失礼しましたっ!急にネメシス様が飛び出してしまわれたので・・・」
「いやいや、こんな話を聞かされたら、誰だってこうなるってっ!」
ネメシス、と呼ばれた人物に後れ、慌てた様子で駆けてきた調査隊のリーダー。
その会話から、アルフォンスは軽く落胆していた。
“やはりセレウス様ではないのか・・・。”、と。
エルフ族としての鋭敏な感覚からも、目の前の人物の“魂”が、セレウスとは全くの別物である事が理解出来てしまったのである。
・・・実際にはそれは間違いである。
この身体は元々セレウスのものであるし、その内部にはセレウスの“魂”が確実に存在しているのであるが、残念ながらあくまで『限界突破』の簡易版でしかない覚醒しか果たしていないアルフォンスでは、『霊魂』、すなわち“魂の力”を十全には扱えずにいたのである。
つまり彼は、ネメシスがセレウス本人であるにも関わらず、それをしっかりと認識する事が出来なかったのであった。
まぁそれは、色々と秘密の多いセレウスにとっては、不幸中の幸いであったのであるが。
それはともかく。
「・・・失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「ああ、まだ名乗っていなかったか、俺は・・・」
「いえ、ここは私からご紹介させて頂きます。こちらはネメシス殿。高位の『魔法研究家』であり、我々の活動にも協力して下さった方です。」
「おおっ・・・!では貴方が・・・」
「そういう事でしたか・・・」
このままネメシスに任せるのはマズいと判断したのか、調査隊のリーダーは彼を制してノリスとアルフォンスにネメシスを紹介する。
それで、調査隊からの定期的な報告を受けていた二人は納得の表情を浮かべていた。
「我々の事業に御協力頂いてありがとうございました。僭越ながら私が、マーティン商会の代表を務めております、ノリス・マーティンです。」
「同じく、マーティン商会の外部取締役であるアルフォンスです。」
「おう、よろしくなっ!」
ノリスとアルフォンスの自己紹介に、ネメシスはニカッと笑ってそう返事を返した。
一見すればそれはかなり失礼な態度ではあったかもしれないが、二人は不思議と特に不快感を感じる事もなかった。
彼の方があらゆる面で上位の存在である事を、本能的に理解していたからかもしれない。
「それで?何かご用があって、わざわざ起こし頂いたと存じますが?」
「ああ、それな。いや、最初はお前らに忠告する為にやって来たんだけどよ・・・。」
「あ、ここは私からしっかり御説明させて頂きます。」
「・・・」
再び調査隊のリーダーに出ばなをくじかれたネメシスは、口をへの字に曲げた。
しかし、すぐに横道にそれる傾向にあるネメシスに説明を任せると文字通り日が暮れてしまうので、そのリーダーの行動は英断だったのかもしれないーーー。
・・・
「す、すでに十数か所の鉱脈を発見した、ですってっ!?」
「・・・っ!?」
リーダーの報告に、ノリスとアルフォンスは今日何度目かの驚愕の表情を浮かべていた。
特にアルフォンスは、自身も『魔石』を探した事のある経験者として、それがいかにとんでもない事かを理解していた。
エルフ族の特色として、『魔石』、というか“精霊”を視認する事が出来るので、そうした事が出来ない他の種族、特に人間族に比べて魔石探しには大きなアドバンテージがある事はすでに述べた通りである。
しかしあくまでそれは、発見しやすい、という事であって、向こうの世界の最新のレーダー探査機の様に、地上からある程度当たりをつける事が出来る訳ではないのである。
あくまで、長年の経験や勘から判断し、試し掘りをして、初めて鉱脈の発見と相成るのだ。
しかし、調査隊の言う通り、仮にすでに十数か所の鉱脈が発見されているとしたら、少なくともそれをしている時間すらない。
先程も述べた通り、ネメシスの協力を得られた、という報告は二人はすでに受けていたが、その時には、そんな情報はなかった訳であるし。
であるならば、その報告から今日までの極短期間の間に、それらを成した事となる。
ハッキリ言って、異常である。
最初から鉱脈の位置を知っていた、と言われた方が、まだ納得出来るほどである。
「ああ、それはそこまで難しい事じゃない。聞いてるとは思うが、俺は流れの『魔法研究家』でね。特に『魔石』は専門な事もあって、それを探すのは得意なんだ。一応企業秘密もあるから詳しくは教えられないが、一見『魔石』を探し出すのは難しく見えるんだが、そこにはある一定の法則みたいなモンがあるんだよ。」
「そ、そうなんですか・・・」
「ああ。」
実際、調査隊がすでに十数か所も鉱脈を発見している事からもそこには説得力があった。
自分達も把握していない法則。
『魔法研究家』という肩書からも、二人はそれを妙に納得していた。
「ただ、これ以上はアンタらに協力する事は出来ねぇんだ。もちろん、鉱脈はまだまだ存在するぜ?しかし考えてもみてほしい。『魔石』が存在するって事は、逆にそこは“魔素”の活動が非常に活発、って事でもある。“魔素”は、この世界のあらゆるものに影響を与えるから、当然ながらそこに住まう生物にも影響がある。簡単に言えば、『魔石』が生成されやすい環境ってのは、イコールそれだけ強力な魔物達も生まれやすい環境、って事だ。これ以上を望むとなると、そうした危険地帯に突っ込んで行く必要がある。悪いが俺は、コイツらにそんな危険な事をやらせるつもりはねぇのよ。」
「なるほど・・・」
「確かに、そうですね・・・」
ネメシスの論理的な説明に、特にアルフォンスは大きく頷いていた。
今までは漠然とした感覚で理解していたが、それが言語化されると納得しかなかったのである。
『魔石』の特性は、“魔素”を蓄積、あるいは引き寄せる性質にある。
これによって、電池よろしく、術者を必要とせずに“魔素”というエネルギーを扱う事が出来る訳である。
逆に言えば、この世界では普遍的に存在する“魔素”であるならば、こうした鉱石がどこにでも存在したとしてもおかしな話ではない、筈なのである。
しかし、当然ながらそんな事にはなっていない。
そこら辺に転がっている石だったりが、実は『魔石』でした、という事は起こり得ないのである。
何故か?
それはその特性の通り、『魔石』の生成には通常の鉱石の生成プロセスと共に、高濃度の“魔素”が必要となるからである。
つまり、特に“魔素”溜まりの多い場所。
そうした条件に当てはまる場所が、『魔石』が存在する可能性が極めて高い訳である。
これが分かっていて、なおかつ“魔素”を感知する能力を、それも非常に高いレベルで持っていれば、エルフ族以上に『魔石』の鉱脈を探し当てる事が出来る訳である。
もちろんネメシスは、この条件に当てはまる。
彼は、腐っても“アドウェナ・アウィス”である。
しかも、これは不可抗力でもあったが、今現在彼が使っている身体は、元々はセレウスのアクエラ人類としての“化身”であり、そのポテンシャルはアクエラ人類としては最高峰のレベルである。
つまり、この世界の『魔法技術』を最高レベルで扱う事が可能であり、なおかつ様々な知識や別の能力も扱う事が出来る訳である。
それ故に、虚偽の『魔法研究家』という肩書も、あながち嘘ではなかったのであった。
ある意味ネメシスは、セレウス達以上にチート染みた存在な訳である。
しかし逆に言えば、それだけ”魔素“が濃い場所には、強力な魔物も生まれやすくなる。
『魔石』の鉱脈が危険地帯にある確率が高いのは、そうした事情があったからなのであった。
「まぁ、それだけの鉱脈があれば、少なくとも数年は保たす事は出来るだろ?だから、それも踏まえて、最初は忠告の為にここまでやって来た、って訳さ。アンタらが欲をかけば、金と引き換えに大事な人材を失う事になる、ってな。」
「「「・・・・・・・・・」」」
ネメシスの言葉に、三人は三者三様の表情を浮かべていた。
ノリスは、利益優先に舵を切っていた自身にバツの悪い表情を浮かべて。
アルフォンスは、それも分かっていながら、エルフ族、『新人類』達を守る為には必要な事だったと複雑な表情を浮かべて。
そして調査隊のリーダーは、まだ知り合ってそこまで日も経っていなかったにも関わらず、自分達の事をそこまで慮ってくれていたネメシスの思慮深さに感銘を受ける様に。
「・・・最初、は?」
いち早く思考の渦から抜け出したアルフォンスは、ネメシスが言った言葉に違和感がある事に気が付いていた。
「ああ。さっきも言った通り、コイツらの上司がただの欲には目が眩んだ連中なら、忠告だけして協力を打ち切る事を考えていたんだ。最悪、敵対する可能性すらあったぜ?それでも危険地帯に突っ込んでいったら、力づくでも止めるつもりだった。」
「「「・・・・・・・・・」」」
今度のネメシスの発言には、三人とも同じく冷や汗をかいていた。
と、言うのも、彼にはそれが出来るだけの力量がある事が、短いながらも十分に理解出来てしまっていたからである。
仮に、ノリスやアルフォンスが、ただの欲深き者達であったならば、本当にネメシスは調査隊の者達を死なない程度に無力化していた事だろう。
「だが、悪いがアンタらの事情は盗み聞きさせてもらった。それによって、アンタらにもやむを得ない事情があった、って事は俺も理解したぜ。」
「「・・・・・・・・・」」
それが、ネメシスが突然入ってきたタイミングなんだと、ようやく二人も理解していた。
「事情を知っちまった以上、アンタらだけを責める事も出来ねぇ。だが、それと調査隊なんかの命を軽く見積もる事はイコールじゃねぇ。これは、人道的な観点とは別に、アンタらの為でもある。当たり前だが、そこら辺から優秀な人材がポンポン生まれる訳じゃない。コイツらレベルの人材を育てるとなると、相当な年月と金が必要になる筈だ。少なくとも、事情があったとしても使い捨てて良いレベルの奴らじゃない。かと言って、そうしなけりゃ、アンタら全体がヤバい事になる・・・。そこで、だ。」
「「「・・・?」」」
ネメシスは、そこで言葉を一旦区切った。
三人は、ネメシスの次の言葉を、緊張した面持ちで待っていた。
「・・・正式に、俺を雇ってみる気はないか?」
「「「えっ・・・???」」」
しかし、思わぬネメシスからの提案に、三人は唖然とするのだったーーー。
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