調査隊とネメシス
続きです。
◇◆◇
「お疲れ様でした、ネメシス様っ!」
「おうっ!」
「明日もよろしくお願いします、ネメシス様。」
「任せとけっ!」
あれから、ほどなくしてブルータスは本当に心労の為に突如として倒れた。
幸い、一命こそ取り留めたが、その健康状態や精神的な事を鑑みれば、とても仕事に復帰出来る状況ではなかった。
少なくとも、“三国同盟”のトップに返り咲く事は、これは周囲の反対もあって出来なかったのである。
そうした事もあり、ブルータスは引退を余儀なくされ、そして次期トップは、タヌキ親父達が内密で決めていた、例のプトレマイオスがつく事となる。
ここら辺は、例の“水晶”の予言通りであった。
で、こうして“三国同盟”は新たなる体制に移行した訳であったが、ここから少々話はおかしな方向に向かう事となる。
と、言うのも、プトレマイオスは所謂“反亜人派(反新人類派)”であった為、『新人類』達への風当たりが強くなかったからであった。
もちろん、元々魔王軍の件もあり、『新人類』達に対する差別意識を持っていた者達は一定数いたのであるが、ブルータスが抑えていた事もあり、また、文明や生活の発展の為、つまり自分達の利益の為には『新人類』と仲良くした方が得策であるという理由もあって、これまではそうした過激な思想が広がる事もなかったのである。
しかし、これは向こうの世界でも良くある話であるが、トップの意向がそのまま世の中の風潮に影響を与える事も往々にしてある訳で、もちろん実益的には反発する者達もいたのであるが、プトレマイオスに賛同する者達の声も大きくなっていったのであった。
また、これはプトレマイオスの存在だけでなく、所謂“宗教的”な観点から、造られた存在である『新人類』達は(まぁ、本来は『新人類』をセルース人類が創り出した、というのは極秘中の極秘であるから、そうした情報が出回る事はない筈なのである。
しかし、陰謀論的に、あるいは人間族より優れた『新人類』を貶める意図があったのか、確かな情報は何もなかったが、限りなく正解に近い噂が世に出回り、それを根拠に)自分達人間族と対等な立場ではない、という、ある種『新人類』を攻撃する格好の燃料が投下されてしまった訳である。
ここら辺は、元々ラテス族が持っていた選民思想と、新たに生まれたある種の人間至上主義的な考え方が合体して生まれた教義だったのであろう。
こうした事もあり、反新人類の感情が高まっていった訳である。
もちろん、それを『新人類』達、特にアベルら四人組が黙っている筈もない。
そもそもお互いに一度は別れて暮らしていたところを、政治的、利益的な観点から国交回復に踏み切ったのは人間族の方である。
それが、トップが代わった事もあるかもしれないが、急にお前達は悪だ、などと言われて、納得出来る筈もないのである。
とは言えど、一度形作られた世論を覆す事は当然容易ではない。
彼らに出来た事はせいぜい火消しであり、またやはり実益の面での自分達の利点をアピールする事だけであった。
こうして、根本的な解決方法(そもそも、そんなものは存在しないのかもしれない。これは多くの場合にも言える事であるが、お互いの相互理解、あるいはお互いにお互いの立場などを尊重出来る寛容さがあって、初めて解決出来る事でもあるからである。)を導き出せぬまま、時間だけが過ぎていったのである。
しかし、その中でも希望はあった。
それは、セレスティアとバルドの存在である。
もちろん、セレスティアは純粋な人間族なので、若干意味合いは違うのであるが、これを国家、あるいは国籍と考えた場合、セレスティアは『新人類』達の国籍を持っている、言わば“『新人類』達の国の者”なのである。
一方のバルドは、当然“人間族の国の者”であるから、この二人は、ある意味両者の架け橋と成りうる人材だったのである。
しかも、あの出会いから数年経ち、二人はお互いに惹かれ合っていた。
このご時世に二人が婚姻ともなれば、それは十分に明るい材料となるのである(マーティン商会の傘下に入ったとは言えど、バートン家が“豪商”である事には変わりなく、その次期後継者が結ぶ縁談となると、かなりの影響力を持っていたのである)。
そしてこれは、バートン家にとっても悪い話ではなかったのである。
仮にセレスティアとバルドの婚姻が成立すれば、必然的にマーティン商会の次期後継者、という立場も得られる可能性があるからである。
(言うなれば、子会社の次期後継者が、親会社の代表の令嬢と婚姻する、みたいなものだからである。
もちろん、バートン家、カドックやバルドのこれまでの働きから、不審な様子や野心が見え隠れしてあたとしたら、そうした話になる事もなかったのだが、幸いな事に、野心家だったのはマドクだけであり、カドック、バルド親子は商売人として真摯に仕事をこなしていたのである。)
大商会の御曹司と令嬢の婚姻。
流石に一国の王子とお姫様ほどの注目度はないかもしれないが、経済的な面から言えば、それに引けを取らないほどの影響力があったのである。
・・・だが、それを面白くないと思う者達もいる訳である。
誰あろう、例の教団の者達であった。
彼らからしたら、『新人類』達は悪であり、そうでなくてはならない。
でなければ、自分達の主張に矛盾が生じ、求心力に影響が出てしまうからである。
今更人間族と『新人類』達が手に手を取って仲良く、など、彼らにとっては都合が悪い流れでしかないのである。
・・・となればどうなるか?
それはもう、謀略しかないであろう。
こうして、様々な思惑が交錯する中、時は流れていったのである。
しかしその渦中に、何故か一人の男の存在があったのであったがーーー。
ー・・・何してんだ、ネメシス?ー
「お、おう。急に話しかけるなよ。周囲に怪しまれるだろ?」
ー・・・今は周りに誰もいねぇよ。ー
「・・・ふぃ〜・・・」
ーこら、聞けや、人の話っ!ー
一仕事終えたセレウスことネメシスは、以前に見つけた天然の温泉にて汗を流していたのであった。
「うっせぇ〜なぁ。しょうがねぇだろ、こうなっちまったもんは?お前も、これまでの流れくらいわかってんだろ?」
ー・・・まぁそうなんだけどよぉ〜・・・。何だってまた、こっちに戻ってきちまったんだか・・・ー
「この地は、何か特殊な土地柄なのかもしれねぇ〜な。龍脈の真上だし、実際、異常なほど動植物の活動も活発だからな。奴らも、何か隠すとしたら、この場所がうってつけだったのかもしんねぇ〜ぞ?」
ー・・・ー
“アドウェナ・アウィス”の策略によって身体を乗っ取られたセレウスは、しかしその乗っ取った相手、ネメシスが“アドウェナ・アウィス”と対立する関係だった事もあり、その存在を(思念とか霊魂が)消される事もなく、一つの肉体に二つの霊魂が存在する、という奇妙な共同生活を送りながら、分離の方法を探していたのであった。
そしてネメシスの感覚を頼りに、こうして一度は離れた“大地の裂け目”に戻って来ていたのである。
これは、セレウスらにとっては灯台下暗しであった。
様々な事件の中心地となっていた事もあり、今更この地に“アドウェナ・アウィス”が遺した遺跡はない、と思い込んでいたのだが(それに、セルース人類であるセレウスとハイドラスが、アクエラ人類達、特にカエサル達を心理的に避けた事もあっただろうが)、よくよく考えてみれば、これほど生態系の多様化が進んだ土地は非常に珍しく、ここにはまだ眠っている何かがあったとしても不思議な事ではなかったのである。
ネメシスはセレウスとは違い、それまでの流れや立場的な事がないので、純粋に自身の感覚を信じた結果、こうしてこの地に戻ってこれた、という事であろう。
まぁ、それはともかく。
こうして、密かに“大地の裂け目”に戻ってきたネメシスとセレウスは、“アドウェナ・アウィス”の遺した遺跡の調査を開始したのであった。
だが、ここでイレギュラーが発生した。
以前からこの地には、連合のもととなった各部族達が転々と存在していたのであるが、元々この地は魔獣やモンスターの勢力圏であり、人が住まうにはあまり向いた土地柄ではなかった。
それに、元々呆れるほど広大な土地でもあったので、本来、この地で人に会う可能性は限りなく低い確率だったのである。
しかし、以前にも言及した通り、魔王軍の台頭からの壊滅を経て、魔獣やモンスターに性質の似ている『新人類』達が勢力を拡大した結果、その前提条件が崩れ去ったのである。
まぁもちろん、『新人類』達の総人口を鑑みれば、多少出会う確率が上がっただけであり、それも誤差の範疇であった。
問題となるのは、『新人類』達が人間族との国交を回復させた事によって『魔石』の需要が高まった事であり、結果として『魔石』の新しい鉱脈を探していた調査隊と、遺跡を探していたネメシスが偶然にも出会う事となってしまったのであった。
セレウスとしては、『新人類』を含めたアクエラ人類と接触する事はなるべくなら避けたかったのだが、ネメシスにはそうした事情はあまり関係がない。
(もちろん、ネメシスとてセレウスの嫌がる事はなるべくしない方針だったが、今現在の肉体の主導権はネメシスが握っているので、それもネメシス次第だった訳である。)
関係がなかったが、彼は彼で“アドウェナ・アウィス”の遺跡を探していた事を誤魔化す必要もあり(以前にも言及したが、今現在のアクエラ人類の文明レベルであれば、“アドウェナ・アウィス”の遺した遺跡の技術を手にする事は劇薬でしかない)、ネメシスは偽りの経歴をでっち上げる事としたのであった。
すなわち、自分は流れの『魔法研究家』であり、魔法の修行と研究の為、独自に『魔石』を探していた変わり者、というものであった。
マグヌスもそうであったが、今現在の三国には『魔法研究家』という職業、というか生き方をする者達は一定数いる。
(そもそも彼らが存在する事で、その研究結果が市民の生活に還元されている事もあり、割と尊敬を集める職業でもあった。
もっとも、当然ながらそうなる為には、極めて高いレベルで『魔法技術』を修めていなければならないし、その他にも多方面の知識や技術にも造詣が深くないとならないので、その担い手は数が限られているのであるが。)
そして、腐ってもネメシスは“アドウェナ・アウィス”であるから、アクエラ人類に出来る事、セルース人類に出来る事なら何でも再現してしまう事が可能であり、その偽の経歴に説得力を持たせる事が出来てしまったのであった。
それだけならばまだ良かったのだが、調査隊はそのネメシスの強大な力を目の当たりにした結果、彼に協力を要請してきたのである。
曰く、“自分達を助けて欲しい”、と。
マーティン商会とバートン家が実質的に統合した結果、ある意味では効率が良くなったのだが、その反面ただでさえ高まっていた『魔石』の需要は更に爆発的に跳ね上がる事となっていた。
今現在では需要に供給が全く追い付いていない状況であり、更に悪い事に、一つの鉱脈にある『魔石』の埋蔵量はさして多くなく、鉱脈を発見した先から取り尽くし、また新たなる鉱脈が必要となる、という状況に陥っていたのである。
彼ら調査隊が鉱脈を求めて彷徨っていたのもそうした事情からであり、本来ならば出会う確率の極めて低いネメシスと出会ってしまったのも、鉱脈を求めてかなり深い領域まで入り込んでいたからでもあったのである。
そしてあろう事か、ネメシスはこれをOKしてしまったのである。
いや、ネメシスの名誉の為に言及しておくが、彼も一度はそれを断っている。
彼には彼で目的もあったし、セレウスとの約束でもある分離の方法を探す必要もあったからである。
しかしこの男、『破壊者』などという御大層な二つ名を持っていながらも、実際のところはかなりのお人よしだったのである。
(そもそも、彼が“アドウェナ・アウィス”に反旗を翻したのも仲間達の傲慢さから他種族、他知的生命体を守る為であり、つまり他者に対する慈愛の心を持っていたからでもある。
まぁその為の手段として、暴力を用いたのは紛れもない事実ではあるが“アドウェナ・アウィス”は“アドウェナ・アウィス”で、自分達の目的の為に散々他種族、他知的生命体を利用して来ているので、そこはどちらも良し悪しである。)
それ故に、尚も食い下がってきた調査隊に押し切られる形で、いつの間にか彼らに協力する事となってしまったのであった。
セレウスもそれを彼の中で呆れながら見ていた訳であるが、セレウスはセレウスでネメシスと似たようなところがあるので(仮に身体の主導権がセレウスにあり、同じ様な状況に置かれた場合、彼もネメシスと同じ様に調査隊に押し切られる可能性が高い。)、それを仕方なく容認していたのであった。
こうして、直接的ではないものの、間接的に調査隊を通じてマーティン商会にネメシスは関わる事となってしまったのである。
その結果が、冒頭のやり取りであり、ネメシスは彼らに協力して『魔石』の鉱脈をいくつか探り当てたのであった。
ー・・・しかし、これ以上深い領域に連中を向かわせる訳にゃいかねぇ〜ぞ?ハッキリ言って、今の連中では、無駄に命を散らすだけの結果になりかねねぇ。ー
「・・・確かに、な。この先には、強力な魔物達がウヨウヨいるからなぁ〜・・・」
ある程度はネメシスの行動を容認していたセレウスだったが、これ以上の協力には難色を示していた。
と、言うのも、彼が言った通り、これ以上深く踏み入ると、彼らの生死に関わるからである。
調査隊の者達は、“大地の裂け目”に踏み入ってくるほどの猛者の集まりではあったが、それでも強さとしては平均より多少上、程度の実力を持つ者達でしかない。
少なくとも、ネメシスはセレウスはもちろんの事、“英雄”と呼ばれたカエサル達やアベル達のレベルには全く届いていない訳で、強力な魔物達がゴロゴロひしめき合っている魔境の様な領域では、一日と保たずに全滅してしまう可能性が極めて高かったのであった。
「・・・しかし、それを彼らに伝えたとしても聞き入れられるかどうか・・・。彼らは誰かの指示で、こんなところまで来ている訳だからなぁ〜。」
ーそれも命あっての物種だろうよ。少なくともお前の協力によって、それなりの数の鉱脈は確保出来たんだから、それで納得してもらうしかねぇだろ?欲をかき過ぎると、身の破滅を招くぞ?ー
「それは分かってる。・・・一度彼らの上司に忠告しておいた方が良さそうだなぁ〜・・・」
本来、彼らがここまでする必要はなかったが、知り合ってしまい、多少なりとも関わってしまった事で、調査隊の者達にはそれなりの情が湧いていた。
それ故に、温泉で疲れを癒しながらも、二人でそんな考えをまとめていたのであったがーーー。
・・・
「ネメシス様っ!おはようございますっ!本日もよろしくお願い致しますっ!」
「おう、おはよう。」
翌日、ネメシスが今現在拠点としている場所にゾロゾロと集結してきた調査隊に挨拶を返しながら、ネメシスは口火を切るタイミングを計っていた。
「本日は、どちらの方面に向かいましょうか?」
「あぁ〜、それなんだがよぉ〜・・・」
そのタイミングは、思ったより早く訪れた。
「・・・すまんが、これ以上お前達に協力する事が出来ねぇ。」
「「「「「えっ・・・!?」」」」
ネメシスからの突然の言葉に、調査隊の者達は困惑する。
「・・・それは、私達に何か落ち度があったからでしょうか?」
しばし考えた末に、調査隊のリーダーとおぼしき男が、ポツリと呟いた。
「いや、そんなんじゃねぇ〜よ。すまん、言い方が悪かったか。つまり、これ以上はお前らの命の保証が出来ねぇ~って事だ。」
「・・・と、申しますと?」
「お前らも十分理解してるとは思うが、森ってのは、深層に踏み入れば踏み入るほど、危険度は跳ね上がっていくのよ。単純に魔物達がバカ強くなっていくのはもちろん、天然のトラップみたいなもんも増えていくからな。俺の見立てだと、お前らのレベルで行けるのはギリギリここら辺が限度、ってとこだな。これ以上奥に進むんなら、さっきも言った通り、命の保証は出来ねぇ。ああ、先に言っておくが、俺に頼られても困るぜ?確かに俺の力なら、この先に進む事は可能だが、あくまで俺単体の話だ。お前らを守りながらとなると、残念ながら不可能と言わざるを得ない。」
「・・・なるほど。」
ネメシスの説明に、リーダーは納得の表情を浮かべていた。
彼らも、自分達の力量くらいは朧気ながらにも把握している。
そうでなければ、ここまで生き残っては来れないからだ。
それと同時に、短い付き合いではあるがネメシスに対する信頼度は極めて高く、彼がそう言う以上、本当にこれ以上進む事は危険である事を悟っていたのである。
「すでに鉱脈はそれなりに発見しているだろ?悪い事は言わねぇ。ここら辺が潮時だと思うぜ?」
「ふぅ〜む・・・」
しかし、納得はしていても、調査隊のリーダーは難しい顔をしていた。
隊を預かる者としては、隊員達の安全確保が最優先であるべきだが、それと同時に彼には、多少功を焦っている節が見受けられたのである。
ここら辺は、組織に属する者達がよく陥る罠であろう。
よくある話ではあるが、時に組織に属している者達は、安全より納期を優先する傾向が見られる事がままある。
それだと、最終的には全てを失う事もあるにも関わらず、短期的な利益を優先してしまうのである。
こうした考え方に染まっている者達を止める事はかなり難しい。
少なくとも、同じ組織に属している者達では特に、である。
逆に言えば、そうした組織の理論とは無縁の者であれば、それを指摘したり止める事も可能である。
それ故に、第三者による監視や監査が必要不可欠となるのである。
ネメシスもそう考えた。
それ故に、逆にこんな提案をしたのであった。
「・・・とりあえず、鉱脈を複数発見した事を一旦報告に戻っちゃどうだ?俺も、お前らの所属している組織の者達には会っておきたいからよ。」
「え・・・?ネメシス様が、同行して下さるのですか?」
短い付き合いではあるが、ネメシスがこんな場所に一人でいる事から、てっきり世捨て人か人間嫌いかと思っていただけに、その提案には驚いていた。
「忠告も兼ねて、な。そっちの事情は知らねぇが、安全より利益を追求する様なら、その先に未来はない。少なくとも、貴重な人材をドブに捨てる様な奴らなら、お灸をすえる必要もあるしな。」
ゾクッーーー!
調査隊の者達は、その淡々と語るネメシスに身震いしていた。
結局、ネメシスの雰囲気におされて、また、確かに一旦進捗の報告は必要と判断した結果、調査隊の者達はネメシスを伴って本部に帰還する事としたのであったーーー。
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