出会い
続きです。
◇◆◇
「お初にお目にかかります、ノリス・マーティン様。私が、現・バートン家の当主、カドック・バートンです。」
「はじめまして、カドック殿。私は“マーティン商会”の代表、ノリス・マーティンです。」
結局、なし崩し的にタヌキ親父達の提案を受け入れた事により、バートン家が“マーティン商会”の傘下に収まる事となる。
今回は、その件の両商会の代表者達の顔合わせとなったのであった。
実質的な規模で言えば、当然ながらまだ新進気鋭の“マーティン商会”の方が、すでに三国の間では有数の“豪商”であるバートン家に比べたら小さい。
しかし立場的には、“マーティン商会”が上でバートン家が下、という、ある意味歪な関係になってしまった訳であった。
まぁ、ここら辺はあえて狙っている節があるが。
「とりあえず、頭を上げて頂けますか?それではお話もろくに出来ない。」
「ハッ!」
平身低頭といった態度を示すカドックに、ノリスは困った様にそう言った。
それを受けて、カドックは頭を上げたが、しかしノリスに対してひたすら恐縮した様子を変える事はなかった。
「・・・そういえば、前代表の姿が見えない様子ですが・・・」
「っ!!!」
ふと、気になった事を何となしに尋ねるノリスに、カドックの顔が強張った。
「も、申し訳ありません、ノリス様っ!父はすでに隠居しておりまして・・・。もちろん、バートン家とはすでに一切の関係を絶っております。ですから、父の意向がバートン家に影響を与える事もありません。」
「あ、ああ、そうなんですか。」
納得した様な表情を浮かべるノリスに対して、カドックは次いで、恐ろしい言葉を発するのであった。
「も、もし、それでもご納得が頂けないのでしたら、父の首を持参して参りますが・・・」
「・・・はっ?い、いえいえ、そこまでして頂く必要はありませんよ。もう、こちらに迷惑をかけないとお約束して頂けるのでしたら、現状のままで結構です。」
「は、ははー!寛大なお言葉に感謝致しますっ!」
「・・・・・・・・・」
話が、噛み合っている様で噛み合っていなかった。
ここら辺はアベル達やタヌキ親父達が脚色していたからであるが、この二人には認識に違いが存在していたのである。
あくまで、商売人同士の争いと捉えていたノリス。
もちろん、バートン家による不法侵入や暴力によって、自身の商会、従業員に被害があった事に対して思うところはあったまでも、それもあくまでマドクが主導した事であって、目の前のこの男、カドックに落ち度はない訳である。
一方のカドックは、マドク=バートン家な訳であり、彼の失態はすなわちバートン家全体の失態な訳である。
下手をしなくとも、今回の件は、バートン家そのものの存続を危うくする事であるから、この目の前の男の匙加減次第で、全てがご破算となってしまう可能性もあるのである。
故に、ノリスの顔色を伺っていた訳である。
この、狡猾な父すら手玉に取った、恐ろしい男の機嫌を損ねない様に。
・・・もちろん、それは誤解である。
あくまでマドクの企みを阻止したのは、アルフォンスや商会に所属している優秀な部下達であり、言い方は悪いが、商売人としてはともかく、事武力方面や政治方面にはてんで明るくないノリスに、そんな真似は出来ないからである。
しかし、“マーティン商会”の代表、という立場と、今回の件の経緯も踏まえると、まるでノリスが冷酷かつ凄まじい策略家であるかの様に見えてしまうのも、これは無理からぬ話なのであった。
それ故に、この構図なのである。
怯える罪人の如きカドックと、(端から見たら)苛立った様な(本人は戸惑っているだけなのだが)ノリス。
・・・これでは、話がまともに進みそうもなかった。
と、
「ち、父上をイジメるなっ!!!」
「っ!?」
「こ、これっ、バルドッ!」
微妙な空気が支配しているその場に、闖入者が現れたのであった。
慌ててカドックはその闖入者、歳の頃、十歳を少し超えたくらいの元気な男の子を制した。
「も、申し訳ありません、ノリス様。」
「い、いえ、それは良いのですが・・・。そちらは?」
「は、はい。私の息子のバルドに御座います。どうしても私の出張について行くと聞かなくて・・・。」
「ああ、なるほど・・・」
ノリスは苦笑した。
ノリスも子を持つ親である。
セレスティアは彼ほど駄々をこねるタイプではないが、それでもこれくらいの子供が、親を困らせる事はよくある事である。
ある種、緊張した空気が、バルドの登場によって弛緩するのをノリスは感じていた。
ノリスはニコリと笑うと、
「バルドくん、だったね?別に私は、君のお父さんをイジメるつもりはないんだよ?」
「・・・本当?」
優しく、そう声をかけた。
ノリスは、本来はおおらかで優しい男である。
それが、子供には色眼鏡なしに伝わったのか、先程の勢いはどこへやらと、バルドは急に素直になっていた。
「で、でも、バートン家を潰すつもりだって・・・」
「こ、これっ・・・!」
「・・・・・・・・・」
大人達の心配話が耳に入ってしまったのだろう。
バルドはそう呟き、カドックは真っ青になった。
一方のノリスは、ようやく事態が飲み込めた様であった。
再び苦笑いを浮かべ、しかし努めて冷静にバルドに話しかける。
「そんな事はしないさ。今日からお父さん達は私の“お友達”になったんだからね。せっかく仲良くしてくれる“お友達”を攻撃するなんて、そんな事は君もしないだろう?」
「・・・そっか、そうだよね?」
「ああ。さぁ、お父さん達とはこれから難しい話をしなければならない。君にとっては退屈だろうから、外で遊んでくると良い。・・・セレスティアを呼んで下さい。」
部下にそう告げると、ほどなくしてセレスティアが現れる。
「セレスティア。こちらはカドックさんの息子さんのバルドくんだ。退屈だろうから、この辺を案内してあげなさい。」
「うん、分かった。いこ?」
「う、うんっ!」
やはり子供同士は子供同士が気が合うのか、ニコッと笑って二人は出ていった。
嵐が行き過ぎると、ノリスは改めてカドックに向き直った。
「色々と誤解があった様ですね。では、まずその誤解を一つずつ解いて行こうと思います。」
「・・・と、申しますと?」
「はい。まずですが、私としてはバートン家を解体するつもりはありません。」
「・・・何故ですか?我々、というか父が、あなた方にご迷惑をかけた事は事実ですが。」
「それは承知しておりますが、正直に申し上げますと、それはこちら側にはメリットがない。感情的な話でバートン家を潰したところで、それは骨折り損のくたびれもうけでしかない。」
「・・・ふむ。」
「次に、仮にバートン家を潰さなかったとしても、あなた方トップを廃して乗っ取ると、という手法もあるかもしれませんが、こちらも正直に申し上げますと、我々の側にそれだけの力がない。客観的に見た場合、商会としての力は圧倒的にあなた方の方が上だ。それを御するだけの人材が、我々にはないのですよ。」
「・・・なるほど。」
バルドに対する態度から、カドックはノリスに対する極端な恐怖から脱却し、互いにようやく商売人としての顔で会話を進めていった。
「ですから、私からの提案は現状維持です。形式上はバートン家がマーティン商会の傘下に収まる、という形にはなりますが、実際にはバートン家は以前の様にあなた方に管理をお任せする事となります。つまり、何も変わらないのです。」
「・・・ノリス様は、それでよろしいのですか?」
「ええ。ただし以前と違う点は、我々が手を組む、という事です。これまでは、マーティン商会だけで『魔石』の発掘から流通まで手掛けて来ましたが、それを我々が手を組む事で、更に効率化、細分化する事が可能となります。例えば、バートン家は三国に対する強力な販売網、販路をお持ちだと思われますが、我々はそれを利用する事により、収益の拡大が見込める訳です。逆にバートン家としては、我々が卸す『魔石』を独占的に扱う事が出来るので、そちらにとっても旨味のある話となる。」
「ふむ・・・」
商売人としてカドックは、ノリスの言う“旨味”を素早く頭の中で計算した。
ハッキリ言ってこれは、以前のバートン家に比べても更なる収益の拡大、大きな事業となる提案であった。
バートン家がマーティン商会の傘下に収まる、という一点さえ目をつぶれば、むしろメリットしかない。
逆にマーティン商会も、自分達の販路をそのまま使えるのでこちらも事業の拡大となる。
いやむしろ、ノリスの言う通り“販売”に関してはバートン家が担当し、マーティン商会は採掘、すなわち“製造”に注力出来れば、効率は更に良くなる可能性すらあった。
「・・・こちらとしては願ってもないお話ですが、しかししつこい様ですが、本当にノリス様はそれでよろしいのですか?」
「良いも悪いもありませんよ。我々はあくまで商売人です。ですから、何より重視すべきは感情論ではなく損得勘定であるべきだ。もちろん、再びあなた方が裏切った場合はその限りではありませんが、貴方も商売人なら、ここで我々を裏切るリスクは理解しておられると思います。」
「・・・・・・・・・」
再びカドックは素早く頭の中で計算した。
カドックはマドクとは違い、分不相応な野心を抱く愚か者ではなかった。
むしろ、父親の強引な手法を間近で見ていた経験からか、そうした事柄に嫌悪感すら抱いていたほどである。
もちろん、あえてマドクを擁護するならば、時に強引な手法やワンマン経営が必要な場面もあるのだが、それでは要らぬ敵を作りすぎる事も往々にしてある。
結局、その結果が自身の失脚に繋がった訳であり、仮にカドックが同じ轍を踏めば、今度こそバートン家は跡形もなく解体される事だろう。
逆に、マーティン商会と二人三脚で歩む事は、バートン家の成長は緩やかになる事となるが、存続はかなう訳である。
ノリスの言う通り、バートン家がここで下手な裏切りをする事は、ハイリスクローリターンなのだ。
いや、むしろバートン家云々は置いておいたとしても、仮にマーティン商会を裏切った場合、それはこの件で骨を折ってくれた者達の顔に泥を塗る行為であるから、今度こそ自分達が理由で紛争が起こる可能性の方が高い。
欲の全てが悪い訳ではないが、少なくともこの局面で欲をかくと、誰にとっても得のない事になる未来をカドックは幻視していた。
「・・・愚問でしたな。こちらとしては願ってもない話です。」
顔を上げたカドックの表情に、ノリスは自分の言葉が彼に正確に伝わった事を理解していた。
「では、お互いに合意した、という事でよろしいですかな?」
「ええ、もちろんです。これからよろしくお願い致します。」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。共に両商会を盛り立てて行きましょう。」
「はい。」
言って、二人はガッチリと握手を交わした。
・・・これは、両者の未来に明るい兆しを見せた瞬間となったのであるがーーー。
・・・
「ちょ、ちょっと待ってよ、セレスティアさんっ!」
「セレスでいいよ、バルドくん。どうしたの?」
ノリスとカドックが大人の会話をしていた頃、二人の子供であるセレスティアとバルドは、言われた通りこの辺りを散策していた。
と、言っても、アルフォンスらの指導を受けているセレスティアと、箱入り息子であるバルドでは、その体力に明確な違いが存在していた。
具体的には、野生動物を彷彿とさせる身軽なセレスティアに比べて、バルドは全く彼女の身のこなしに着いていけなかったのである。
もっとも、これについてはセレスティアがおかしいだけで、バルドは至って普通、というか、彼も名家の後継者としてそれなりの教育を受けている。
それ故に、同世代の子供に比べたら勉学や運動もそれなりにこなせるのであるが、残念ながらセレスティアは”英雄“たるアルフォンス直々の教え子であるから、彼女に比べたらエリートであるバルドすら一般人と何ら変わらなかったのである。
まぁ、それはともかく。
ハァハァときつそうなバルドに振り向き、セレスティアは不思議そうな顔をする。
「い、いや、足はやっ!ってか、そこは道じゃないでしょ?」
「ああ、ごめんごめん。ここじゃこれが普通だったから、つい。」
そう言うと、セレスティアは木の上から跳躍してバルドの前に降り立った。
「・・・・・・・・・」
ここら辺は、セレスティアの若干ズレたところであった。
以前にも言及した通り、彼女は自身の持つ才能のせいで、極端に同世代の友人と交流する機会が少なかった。
それに加えて、エルフ族の集落に来てからは、アルフォンスや“友達”達と過ごしていた事もあって、ある種の世間知らずになっていたのである。
普通の子供は、木登りはするかもしれないが、そこをピョンピョンと自由自在にかけたりはしないのである。
バルドは内心、複雑な感情を抱いていた。
客観的に見ると、セレスティアは所謂“美少女”と言っても差し支えない容姿をしている。
それに加えて、健康的な生活をしている事も相まってか、発育も同世代の娘に比べたら若干早く、早い話がバルドはセレスティアに一目惚れに近い感情を抱いていたのである。
セレスティアはこれまでバルドの周辺にはいなかったタイプの女の子だろうから、それも致し方ない事であろう。
しかし蓋を開けてみると、そんな淡い憧れを抱いた少女は、自分を大きく上回る身体能力を持っていた。
それは、バルドの男子としてのプライドは軽く打ち砕くものだった事だろう。
だが、別にそれで幻滅する、といった事もなく、むしろこれまで感じた事のない劣等感の結果、この娘に良いところを見せたい、という男子特有の見栄を刺激される事となったのであった。
「ここでは、その、そういう移動方法が一般的なの?」
「う〜ん、よく分かんない。けど、ここら辺は森に囲まれてるからねぇ〜。地面を歩くより、時には木の上を走り回った方が危険が少ない、らしいよ?」
「へ、へぇ〜」
のほほんとしたセレスティアの言葉に、バルドは内心冷や汗をかいていた。
“危険”、というワードにドキリとしたのである。
当然ながら、箱入り息子であるバルドは、これまで野生動物や魔物に遭遇した事などない。
そういったものから遠ざけられてきたからである。
しかし、今回、無理やりカドックに同行し、人生で初めてリアルな“世界”というものを体感していた。
もちろん、エルフ族の集落はそれなりに安全(というか、アルフォンスや猛者であるエルフ族が集団で存在しているので、よほど知能の低い魔物でもなければ、彼らの集落に近寄りさえしないのである。)なのだが、それでも周辺は深い森に囲まれた立地であり、そこかしこから獣達の息遣いが木霊する様な環境である。
バルドは急に不安にかられた。
もしかして自分は、今、とんでもない状況にあるのではないか?、と。
しかし、この状況に慣れているセレスティアは、不安がる事も、怯える事もなく平常運転であった。
気になる女の子が平気そうなのに、自分がビビってる場合じゃない。
バルドはそう己を奮い立たせて、再度セレスティアに話しかけた。
「と、ところでセレス。どこに向かってるの?」
「私のお気に入りの場所だよ。ああ、心配しないで。そこはまだ安全な場所だから。」
「へ、へぇ〜、そう。」
気になるワードはいくつかあったが、バルドはそれらを全て飲み込んだ。
・・・それに、今更一人で戻る事もバルドには出来なかったので、再び楽しそうに歩くセレスティアの背を、バルドは追いかける事にしたのであった。
「着いたよぉ〜!」
「ハァハァ、わ、わぁっ!!!」
今度はバルドのペースに合わせて地面を歩いてきたセレスティアがそう言うと、バルドは疲れも忘れて感嘆の声を上げた。
突然だが、ここでエルフ族の生活様式を簡単に解説しておこう。
以前にも言及したかもしれないが、『新人類』達はその遺伝子に刻まれた本能的に、自然豊かな森で暮らす事を好む傾向にあった。
その中でも、とりわけエルフ族は自然を愛する種族であり、それは生活の様々な面でもその傾向が見られたのである。
具体的には、彼らが暮らす集落では、その建築物もかなり独特なのである。
他の種族達は、建物を建てる際に様々な加工を施すところを、彼らは樹木そのものを利用した建築方法を好む傾向にあったのである。(イメージとしては、童話などに登場する“ツリーハウス”の様なものである。)
実際、セレスティア達が住む住居も、エルフ族にならった“ツリーハウス”であるし、先程ノリスとカドックが面会していた場所も、大木を切り抜いた大きな“ツリーハウス”であった。
(先程セレスティアが木々を移動するのが普通だと言っていたのも、こうした生活様式、建築様式がここでは一般的であったからである。
更に言えば、これは好みだけの問題ではなく、外敵から身を守る為の知恵でもあり、存外、しっかりと理にかなったものでもあった。)
そしてそれは、住居だけでなく他の建築物にも応用されている。
具体的に言えば、遠くを見渡す為に設けられた“物見台”などもそうである。
で、二人がやってきたのは、その“物見台”だった訳であった。
バルドの目の前に広がっていた光景は、まさに絶景であった。
本来、外敵の監視や災害の確認の為などに設けられた“物見台”であるが、一際高い場所に設置されている関係で、当然その見晴らしは抜群なのである。
「す、凄い景色だねっ!」
「でしょ?ここからの眺めは最高なんだよ。あっちが集落で、あそこら辺が私のもう一つのお気に入りポイントなんだ。まぁ、流石にバルドくんには危険過ぎるから、今回は紹介するのは止めたんだけど。」
「へ、へぇ〜・・・」
サラッと怖い事を言うセレスティアに若干引きながら、バルドは初めて見る大自然の圧巻の光景を心ゆくまで楽しむのだったーーー。
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