予兆
続きです。
この宇宙には、かつて“アドウェナ・アウィス”と呼ばれる高度な知的生命体が存在していた。
彼らはこの宇宙の有史以来、極めて異常なスピードで発展を遂げ、驚異的な文明力、技術力、そして“超能力”を持つ稀有な種族へと進化していったのである。
その文明レベルは、とある科学者が提唱した“宇宙文明”の発展度を示すスケール、“カルダシェフ・スケール”に則ってれば、レベル4文明である。
レベル4文明とは、“宇宙文明”とも呼ばれ、文字通りこの宇宙の全てのエネルギーを使用および制御できる段階、とも言われている。
(ちなみに、
レベル1文明は、“惑星文明”とも呼ばれ、その惑星で利用可能な全てのエネルギーを使用および制御できる。
レベル2文明は、“恒星文明”とも呼ばれ、恒星系の規模でエネルギーを使用および制御できる。
レベル3文明は、“銀河文明”とも呼ばれ、銀河全体の規模でエネルギーを制御できる。
とされている。
このスケールに照らし合わせれば、惑星アクエラ(アクエラ人類)はまだレベル1文明にも達していないし、これは“地球(地球人類)”も同様である。
惑星セルース(セルース人類)は微妙なところではあるが、“惑星文明”を手に入れる前に事実上母星を放棄する事となってしまったので、こちらもレベル1文明にも達していない、という見方も出来てしまう。
いずれにせよ、かなり進んだ文明を持つセルース人類でさえそこら辺のレベルに留まっている事を鑑みれば、いかに“アドウェナ・アウィス”が飛び抜けた存在かが分かるというものであろう。
まぁ、それはともかく。)
ただ、そこまで進化した“アドウェナ・アウィス”ではあったが、彼らはそこで満足せず、更なる高みを目指していたのである。
それが、この宇宙を形作った存在、言わば“創造主”に成り代わる事、であった。
いくらレベル4文明に到達したと言っても、あくまで元々存在していたこの宇宙の実質的な支配者になったに過ぎないのである。
言うなれば、与えられた環境の中で一番になっただけ。
逆に言えば、その環境を整えた存在がまだ上に存在している、と言う事でもあるのである。
“アドウェナ・アウィス”にとって、それが気に食わなかったのかもしれない。
あるいは、“創造主”に対する反抗心か自立心の現れ、子が親を超えたいと強く願う気持ちにも似たものだったのかもしれない。
こうした事もあり、彼らはこの宇宙で様々な実験を行う様になっていったのである。
自分達の更なる進化、“創造主”の領域に辿り着く為に。
その一つが、異星人の文明の発展を促す事であった。
以前にも言及したかもしれないが、他の知的生命体の進化を促す事で“信仰のエネルギー”という“精神的エネルギー”を受け取り、自分達の更なる進化の起爆剤としようとしていたのである。
しかしそれは、当然ながら気の遠くなる長い年月の必要な事でもある。
例えば、地球文明を例に挙げるが、地球文明が今現在のレベルにまで到達するまでには、ホモ・サピエンス(現生人類)が現れてから約三万年の時を必要としている。
少なくとも、古代メソポタミア文明が誕生したと言われているのが約5500年前(紀元前3500年頃)なので、知的生命体が文明を持つに至る(つまり何かを信仰するほど発展する為には)軽く万年単位の時間が必要となるのである。
いくら“アドウェナ・アウィス”が優れた種族であろうとも、“肉体”を持つ存在であれば、寿命、あるいは老化(劣化)という理から逃れる事は出来ない。
しかし彼らは、“肉体”という殻から逃れ、精神や霊魂、思念という形で存在を保つ方法を編み出したのである。
(マギが、“アドウェナ・アウィス”がすでにこの宇宙に物質的に存在しない、と言ったのはこの為である。)
こうして、寿命という概念から逃れた“アドウェナ・アウィス”であったが、しかし逆に、ある種の“タガ”が外れてしまった事で、多数の相反する考え方が乱立する事となってしまったのである。
(それまでは、例えば国家、惑星、銀河など、ある種のコミュニティの考え方が第一に来ていたのだが、全てのものから解放された結果、それが“個人の意思”、という単位になってしまったのである。
ここら辺は、インターネットが普及した現代社会に近いのだが、個人での発信が容易になった事で、結果としてそれまでとは比べ物にならないほど“情報”が氾濫してしまった、という感じである。)
その結果生まれたのが、以前にも述べた、この宇宙に数ある知的生命体に積極的に干渉、管理し、自分達の思い通りにコントロールする事を是とする『支配者』と、そのカウンター的な考えである、いやいや、自分達も誰かに干渉されて生まれた訳ではない、彼らの自由意思に任せるべきだ、と主張する『解放者』なのである。
そしてもちろん、先程も述べた通り、この二つの考え方だけが“アドウェナ・アウィス”の全てではなかったのである。
中には“終末論”の様な考え方に傾倒した、ネメシスの様な存在も現れたのである。
曰く、“アドウェナ・アウィス”の存在こそが、この宇宙の全ての癌なのだ。
自意識の肥大化した“アドウェナ・アウィス”を滅ぼし、この宇宙をあるがままの姿に今一度戻すべきだ、と。
彼らは『破壊者』を名乗り、『支配者』にとっても、『解放者』にとっても、脅威の存在となったのであったがーーー。
・・・
ーそれで、お前らは逆に滅ぼされた、って訳か。ー
「ま、そういう事だ。もっとも、正確には“封印”された訳だけどな。“アドウェナ・アウィス”にとっちゃ、肉体的な死は終わりじゃねぇからよ。」
ーふぅ〜ん・・・。ー
ネメシスとセレウスはそんな会話を交わしていた。
端から見たら一人でブツブツ呟いている様な奇妙な感じであっただろうが、幸いな事にネメシスは超高速で飛んでいたので、それを目撃する者は誰もいなかったのであった。
もっとも、“魔法”が存在する世界とは言えど、所謂『飛翔系』の魔法は非常に高度な技術が要求される。
それ故に使い手はほとんど存在しない=空を飛んでいる事そのものがある意味では非常識な訳であるが、ネメシスとて目立つ事は望んでいないので、そこら辺はしっかりと対策をしている様であった。
ーしかし分からねぇ〜な。どうしてお前は、同族を滅ぼそうとしたんだ?お前らは俺達とは比べ物にならないほど進化した種族だろ?ー
「そりゃ簡単だ。確かに“アドウェナ・アウィス”はおそらくこの宇宙で一番進化した種族である事には違いないが、あくまで“集団”としてさ。つまり、“個人”じゃないからそこには様々な考え方の違いが存在しちまう。しかも、それらを統一も統合もせずにおいたから、一種のバグが発生した、って訳だ。」
ー・・・何だって、意見を統一しなかったんだ?ー
「さあな。まぁ、俺の個人的な感想だが、上の連中が全て決めて、それで全て上手くいくと思ってたんだよ。実際、ある程度文明が発展した時点で、意思決定はそいつらが握っていたし、一般市民はそれに興味がなかったからなぁ〜。」
ー・・・いいかげんだなぁ〜・・・ー
「そうでもないぜ?逆に言えば、“アドウェナ・アウィス”にはそれほどの脅威がもうなかった、って事なのさ。例えば、政治的な話で言えば、一般市民も政治に積極的に参加するのは、大抵、まだ政情が不安定な時になる。これは、そういう話が自分達の生活に直結するからさ。ある意味危機感があるんだな。だが、ある程度政治が安定すると、一般市民は政治に興味をなくす。さっきも言った通り、一般市民の興味は結局は自分達の事、ここでは生活だが、だから、自分達にとって不都合がなければ、後はご勝手に、って感じだな。メンドーだからな。お前らだって、そんな感じだろ?」
ー・・・まぁ、否定はしない。ー
現代地球のデータでも、先進国であればあるほど、選挙率という数字は低下傾向にある。
これは、すでにある程度安定した社会であるから、政治にそこまで期待していないからかもしれない。
だが、逆に抑圧された社会体制から変革した時は、この数字が脅威の100%に近い数字となる。
それだけ、政治に対する期待や希望が大きいのだ。
ネメシスも言う通り、“アドウェナ・アウィス”は非常に進化した種族である。
もはや、“敵”は誰も存在しないほどに。
そうなれば、一致団結も何もない。
脅威が存在しない以上、そこに危機感がないのだ。
これは、ある意味理想的な社会かもしれないが、そうなれば、もはや惰性で生きているにも等しくなる。
そんな、ある種行く着くところまで行き着いてしまった彼らの興味は、まだ見ぬ“創造主”に向けられた訳である。
自分達を超える存在に対する嫉妬なのか純粋な興味なのかは不明だが、こうして彼らは、そういう方向に動き出した訳である、が、先程も述べた通り、彼らは逆に基本的な事を見落としてしまったのである。
本来、主義・主張はてんでバラバラである事を。
もちろん、先程も述べた通り、ある種極まった彼らは他者に対する関心が極端に薄くなっている。
それ故に、誰かが決めた事とか、そうした類の話にも関心が薄いのだ。
だから、(『支配者』や『解放者』については)上の方で勝手に決めて、そして上の方が勝手に対立した話なのである。
だが、そうした傾向にある、というだけで、全ての者達が他に関心がない訳ではない。
ネメシスは、“アドウェナ・アウィス”の中では異端児であった。
彼は、どんどん増長していく“アドウェナ・アウィス”に違和感を抱いていたのである。
むしろ彼は、あるがままの、自然なままの宇宙や自然が好きだったのである。
それを自分達の都合の良い方向へ歪めようとする仲間達に、どんどん嫌悪感を募らせていったのである。
(ここら辺は、地球人類にも存在する類の過激で極端な思想であった。
人類は地球の癌である。
それ故に、地球の為には人類を抹殺するべきである、と言った感じか。)
そして彼は、そうした思想を達成する為に、具体的な行動に及んでしまったのである。
すなわち、“アドウェナ・アウィス”に対する反乱であった。
自らを『破壊者』と名乗り、“アドウェナ・アウィス”がこれまで築き上げた文明や人々を攻撃していったのである。
彼の目的は一つ。
“アドウェナ・アウィス”を駆逐し、この宇宙の平穏を取り戻す事、であった。
ーそれにしたって、極端な発想だなぁ〜。ー
「ま、それについては否定しないが、お前も仲間達がやらかした事を知れば奴らに対して嫌悪感を抱く筈さ。自然や宇宙を好き勝手に作り変えて、他の知的生命体を実験動物の様に扱って、それなのに“神”を騙って信仰を集める。俺にとっちゃ、この宇宙でもっとも醜い種族にしか見えなかった。」
ー・・・・・・・・・ー
セレウスは、内心ネメシスに対して一定の共感をしていた。
今でこそセレウスもセルース人類にとっては“英雄”の様な扱いではあったが、元々セレウスも、同胞、特に上の方で胡座をかいている連中が好きではなかった。
これは、彼が“能力者”であった事も大きい。
力のある者は、権力者にとっては使い勝手の良い駒でしかない。
散々利用するだけ利用し、困った時にだけまた祭り上げて利用し、用が済んだら疎ましく思うのだ。
それに対して、思うところがなかった訳ではない。
もし仮に、セレウスにハイドラスや仲間の存在、すなわちストッパーとなる存在がいなければ、セレウスとてネメシスと同じ様な行動に至ったかもしれないからである。
ー・・・どこも同じ、か・・・ー
「っつっても、前にも言った通り、この惑星で暴れるつもりはないから安心しな。俺が嫌いなのは“アドウェナ・アウィス”であって、自然や動物は好きだからな。まぁ、食う為に狩りはする事はあるけど、そりゃ、生物としての生存本能だしな。」
ー・・・しかし、お前を配置しておいた以上、奴らには何某かの思惑があっての事だろ?ー
「だからこそさ。奴らに踊らされるつもりはねぇよ。逆にこのチャンスを利用して、奴らに一矢報いるつもりだ。まぁ、その為には、しばらくお前の肉体を使わせて貰う事になるが、それも分離の方法が分かるまでだ。それに、“アドウェナ・アウィス”を理解する事は、お前にとっても悪い話じゃあるまい?」
ー身体を乗っ取られている以上、こっちに拒否権はねぇ〜じゃねぇ〜かっ!ー
「ハハハ。まーな。」
ネメシスの提案はシンプルであった。
この惑星に存在する“アドウェナ・アウィス”の遺跡を捜索する為、そして分離の方法が分かるまではセレウスの身体を借りる、というものである。
もっとも、セレウスの言う通り、実質的に身体をネメシスに乗っ取られている以上、セレウスに拒否権はないのであるが、しかし、元々はハイドラスと共に、“アドウェナ・アウィス”の事を調査していたのだから、かなりのイレギュラーな事態とはなったが、ネメシスの行動が、結果的にはセレウスの目的にもかなう訳なのであるが。
ー・・・ま、こうなっちまった以上仕方ねぇわな。付き合ってやるよ。ー
「・・・悪いな。」
ーただし、分離の方法が分かるまでだ。確かに俺達も“アドウェナ・アウィス”の事は調べていたが、だからと言って対立するつもりはない。お前に付き合って、奴らと争うつもりはないからそのつもりでいてくれ。ー
「そりゃ当然よ。俺も、自分の事にお前を巻き込むつもりはねぇからよ。」
セレウスの念押しに、ネメシスは二つ返事でOKする。
ハイドラスの存在もあって、どちらかと言えば猪突猛進なイメージのあるセレウスだが、当然ながら頭が悪い訳でも、脳筋でもない。
むしろ、事戦闘におけるIQは高い方であり、今現在の自分達の力と“アドウェナ・アウィス”の力を冷静に比較、分析し、到底敵わない事をしっかりと認識していたのである。
セレウスは勝ち目のない戦いをするつもりはなかったのである。
もちろん、向こうが直接的な行動に打って出てきたらまた話は別であるが、現状では間接的な干渉にしか過ぎないので、あえてこちらからケンカをふっかける事もない、という判断であろう。
それに、ネメシスも同意していた。
彼は彼で、同族同士の争いに他の者達を巻き込むつもりはなかったからであろう。
こうしてセレウスとネメシスは、一つの身体に二つの“魂”が存在する奇妙な共同生活が開始させたのであるがーーー。
◇◆◇
「セレウス・・・。一体どこへ行ってしまったのだ・・・。」
一方で、セレウスとネメシスが一種の協定を結んでいた頃、そうとは知らないハイドラスは途方に暮れていた。
セレウス(ネメシス)が破壊してしまった事により、件の遺跡は使い物にならなくなってしまった。
そうでなくとも、セレウスに明らかな異変があった事もあり、ハイドラスがその遺跡を再調査する事はなかったかもしれないのであるが。
いずれにせよ、ハイドラスとしてはセレウスの安否の方が重要であった。
それ故に、遺跡調査は一旦中断し(今回の件もあって、一人で調査する事は危険と判断した結果だろうが)、行方不明となったセレウスの捜索に乗り出した訳である。
しかし、それが全く上手く行かなかったのである。
今現在のハイドラスの力であれば、本来であればこの広い世界であろうともセレウスを探す事はそんなに難しい事ではない。
セレウスの力を感知し、それを辿れば良いだけなのだから。
だが、それが出来なかったのである。
これは、今現在のセレウスが、身体はセレウスだがその精神はネメシスが支配していた事により、正確にセレウスを感知、トレースする事が出来なかったからである。
こうなると、まさにこの広い世界の中で、何の手がかりもなく尋ね人を探さなければならないのである。
ハイドラスが途方に暮れるのも無理からぬ話であろう。
だが、待っていても帰ってくる保証はないし、何なら最後に見たセレウスの様子から、彼が何かやらかさない保証もない。
セルース人類として、彼の身内として、セレウスを放置する事は絶対に出来ないハイドラスは、己を奮い立たせて歩み始めたのであった。
「・・・ひとまず、アイツが飛び去った方へ向かってみるとするか・・・」
手がかりとも呼べない、おおよその方角だけを頼りに、一人ハイドラスは旅立つのであったーーー。
◇◆◇
「あれはっ・・・!?」
「ん?どうしたんだい、カエサル?」
「なんすかなんすか?」
一方その頃、三国から出奔し、ハレシオン大陸から別の大陸に渡っていたカエサル達は、偶然にも“何か”を目撃していた。
「・・・いや、一瞬だったから分からないけど、何かが高速で飛んでいったんだよ。人、の様だった。僕の見間違いでなければ、セレウス様だった様な・・・」
覚醒の副作用(?)により、不老となってしまった彼らは、それを何とかする方法を求めて各地を彷徨っていたのであるが、その道程で偶然飛び去ったセレウス(ネメシス)を目撃していたのであった。
もっとも、もしかしたらこれも単なる偶然ではなかったかもしれないが。
「ふむ・・・。もしセレウス様なら、そこまで不用意な事はしないと思うが・・・」
ルドベキアはカエサルの意見を一部否定した。
と、言うのも、ルドベキアの中では自分達を助けてくれたセレウスとハイドラスを神格化、所謂“美化”する傾向にあったので、そんな思慮深く頭の良い二人が人目につく様な事はしないだろう、という考えがあったからである。
「・・・けど、カエサルセンパイが嘘をつく理由もないですし、仮にセレウス様ではなかったとしても、“空を人が飛んでいた”、ってのは事実っすよね?それほどの実力を持つ人なら・・・」
「・・・確かに」
先程も言及したが、『魔法技術』、“魔法”の存在するこの世界とは言えど、『飛翔系』の“魔法”は非常に難易度が高い。
少なくとも、かなり高度な専門知識と技術力が必要不可欠であり、つまりこれが扱えると言う事は、それだけで超一流の使い手である事が分かるのである。
それが純粋な『魔法技術』なのか、あるいはそれとはまた別体系の技術なのかはさておき、つまりその人物は、カエサル達も知らない未知の技術力を持つ可能性が高い訳である。
不老の事について調べているカエサル達にとって、それは重大な手がかりの一つになるかもしれない訳である。
「何かの手がかりにはなるかもしれないね。とりあえず、その謎の人物の事を追ってみようか?」
「それがいいっすね。」
「よし、あっちだ。」
そんな訳で、まるで導かれるかの様にカエサル達も、ハイドラスとはまた別の理由でセレウス(ネメシス)を追いかける事となったのであったがーーー。
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