忖度
続きです。
突然だが、人々の意識を統一する為にはどんな手法が有効だと思うであろうか?
一つは、帰属意識だろう。
特定の国家、民族、宗教、社会、コミュニティ、家族に属している、という意識が仲間意識、同族意識を生み出し、人々をまとめ上げるのに一役買っている訳である。
実際、特に“宗教”を政治の道具として利用する例には枚挙に暇がない。
特に複数の民族が集まった集団であれば、民族的な帰属意識ではなく、こうした宗教をベースにした方が、特に為政者達としては都合が良かった、という側面があったのであろう。
しかし、それも絶対ではない。
当然ながら、人々の考え方は同一ではないから、同じ宗教を信仰していたとしても、内部で様々な派閥が誕生してしまうからである。
実際、元々は同じ宗教を信仰していたのに、〇〇派と✕✕派に別れて対立してしまう、などという例にも枚挙に暇がないのである。
この様に、人々の意識を統一する事は非常に難しいのである。
だが、為政者側から見れば、人々が様々な不満を持ったり、対立をする事は当然ながら避けたい事態な訳である。
秩序を保つ為、というのももちろんあるが、もっと現実的かつ個人的な事として、そうした事態が続けば、最終的に自身が倒される可能性が高まってしまうからでもある。
まぁ、それはともかく。
では、それを踏まえた上で“三国同盟”が抱えている問題は何であろうか?
答えは簡単である。
元々はお互いに対立する関係だった、という事である。
ラテス族と連合は、元々戦争をするほど仲違いをしているし、それを仲介していた“パクス・マグヌス”も、お互いに譲歩も歩み寄ろうともしない両者にうんざりしていた訳である。
そこへ来て、カエサル、ルドベキア、アルメリアが強力なカリスマ性とリーダーシップ、知識と知性を持って、それをまとめ上げる事に成功した訳であるが、あくまでそれは、彼らという存在があって初めて成立する事であって、彼らがいなくなれば、徐々にその均衡も崩れてしまう程度のものでしかなかったのである。
とは言えど、カエサル達はカエサル達で、自らの事情もあって政権に居座り続ける事も出来なかったし、それでなくとも元々政治的な分野に長く関わる事は良しとしていなかった事もあり、そこら辺の問題点や後継者の問題にはある程度の対策を打っていた。
それが、“三国同盟”であり、ブルータスである。
システムとしての機関を設立しておけば、自分達がおらずとも機能を続けられると考えていたし、三国が政治的、経済的、軍事的に連携する事によるメリットは非常に大きい。
それに、それを主導する立場としてブルータスという人材を置いておけば、悪い様にはならないだろう、というある種の信頼もあったのである。
事実、カエサル達が去った後も、ブルータスや“三国同盟”の尽力により、ラテス族、連合、“パクス・マグヌス”の三国の間には、平和で平穏な時が流れていた。
・・・あくまで表向きは、であるが。
だが、その裏で、人々の心も変化していたし、“英雄”不在を良い事に、良からぬ事を企む者達も現れてしまった訳であるがーーー。
◇◆◇
「しかしフィリップ様。何故、ブルータス様は今更『新人類』などに友好的な接触を図らせるのでしょうか?あの様な下賎の輩、力づくで支配すれば良いと思われますが・・・」
次なる目標の地に向かう道すがら、例のアベルに暴言を吐いた使者の男・ダルトンはフィリップにそう訪ねていた。
それにフィリップは顔をしかめたが、ふと周囲を見回すと、ダルトンだけでなく他の者達も声にこそ出さなかったが同じ様な疑問の表情を浮かべている事に気がついた。
フィリップは小さな溜息を吐く。
だが、これが今の“三国同盟”、いや、三国の人間族が抱いている共通認識なのである。
先程、意識の統一には帰属意識を持つ事が重要と述べたが、実はもっと簡単な方法があった。
それは、“共通の敵”を作り出す事である。
思想や宗教などによる統一は確かに有効なのであるが、その分時間も資金もかかる。
つまりコストが非常に高いのである。
その点、誰かを“敵”とするのであれば、時間も資金も大幅にカットする事が出来るのだ。
しかも、これはイジメなどの事象にも見られる事であるが、共通の“敵”がいる事で、それに加担している者達同士には奇妙な連帯感、仲間意識が発生するのである。
“アイツ生意気じゃね?”
“あ、お前もそう思う?”
“な。ちょっとチョーシノッてるよな?”
“そうそう。”
“ちょっと痛い目に遭わせてやるか。”
“お、いーね。”
って感じである。
更には、そうした行いは、大抵“罪の意識”を持たない事もしばしばある。
いや、むしろある種の“正義”として、正当化される事さえあった。
これに似た現象が、人間族の間で広がっているのだ。
再三述べている通り、『新人類』達が魔王軍に与した事は事実である。
もちろん、あくまで国家戦略、生存戦略としてであり、魔王軍に協力する見返りに、自分達の安全性を確保したに過ぎないし、彼らが魔王軍と一緒になって人間族を攻撃した、という事実はない。
だが人間族側からしたら、自分達だけ助かろうと、魔王軍に媚びへつらった様に見える訳である。
(もっとも、人間族も同じ立場となれば、おそらく同じ様な立ち回りをする事であろうが。)
そうした事もあり、こちらも再三述べている通り、これらに関してはすでに決着のついた話であっても、『新人類』達に対する不信感、不快感が人間族の間に残ってしまった訳である。
いや、もっと言えば、誰かが意図的にそうなる様に仕組んでいたのである。
その方が、三国を統治するのに都合が良かったからである。
元々あまり仲の良くない三国は、しかし『新人類』達を下に見る、あるいは“共通の敵”とする事で、先程述べた奇妙な連帯感、仲間意識を持つに至っている。
これによって、三国の治世や情勢を安定させる事に成功している訳であるが、その代わり、『新人類』達に対する差別意識が根付いてしまった訳であった。
フィリップを除く使者達の間ですら、先程の反応となるのだ。
三国にいる一般市民達ならば、よりそれらは顕著である事であろう。
まぁ、それはともかく。
「・・・ダルトン。それに皆も良く聞いて欲しい。」
意を決してフィリップは皆に語り掛ける。
表向きは、『新人類』達と友好関係を結ぶ事を目的としているこのフィリップ率いる使節団の認識が、微妙にずれていると感じ取ったからである。
フィリップは、認識のズレがその後取り返しのつかない事態に発展する事を危惧したのかもしれない。
「皆の気持ちは分かる。『新人類』達はかつて我々人間族を裏切った者達だからね。しかし、それはあくまで過去の話だ。すでに“追放”の処分が与えられているし、あちらにはカエサル様達と共に戦った英雄達が今だ健在だ。それ故に、敵対的な態度はあまり好ましくない。我々は戦争を始めたい訳ではないからね。」
「・・・しかし、いくら英雄達がいると言っても、今の我々の戦力ならば、奴らを叩き潰す事は容易では?」
しかし、なおも食い下がるダルトン。
フィリップは、一旦息を吐いて言葉を続けた。
「それも分かる。しかし、先程述べた通り我々は、特にブルータス様の意向では、彼らと事を構える事を望んでいる訳ではない。あくまで更なる経済圏の拡大が我々の目的であり、その為の交渉の下地を作るのが我々に課された使命だ。これが失敗する事は、我々の評価を下げる事に繋がるばかりか、その後の施策を妨げる事にも繋がりかねない。それ故に、皆には自重して貰いたいのだ。」
「・・・その後の施策?」
「うむ。『新人類』達の隷属化だ。」
「「「「「!!!」」」」」
フィリップはニヤリと笑った。
「ブルータス様が何故、この様な回りくどい手を使われたのか?それは、経済的にこちらに依存させて、合法的に彼らを支配されるおつもりだからだ。ただ戦う、というのは野蛮なやり方でしかない。それはかつての魔王軍や『新人類』達と同じ土俵に自ら立ってしまう事を意味するからな。それ故に、安易に攻撃して支配する、という考え方を皆には改めて欲しいのだ。」
「おおっ・・・!」「その様なお考えがっ・・・!」
フィリップの言葉に、ダルトンらは己の浅はかな考えを恥じた。
皆が理解したらしい事に、フィリップは満足げに頷いた。
「分かってくれればそれで良い。二度と同じ過ちを繰り返さなければな。これからは、こちらの考えを彼らに見透かされない様に、上手く立ち回ってくれる事を私は望む。」
「「「「「はっ!!!」」」」」
小気味の良い返答に、フィリップは満足げに頷いた。
これがブルータスの思い描いた支配圏の拡大であった・・・、訳ではない。
そもそもブルータスは、確かに“三国同盟”の枠組みを更に拡大させて、『新人類』達もそれに参加する事を望んだが、別にそれは、彼らを合法的に支配する思惑からではない。
むしろ逆。
三国の連携によって、人や物、情報が活発に行き交う事で、文化的にも経済的にも豊かになってはいたが、しかし結局は三国だけの繋がりであるから、いずれはそれらにも限界が訪れる訳である。
更に経済的成長を促すのであれば、その間口を広げる事が必要である。
以前にも述べたが、ブルータスはカエサルの信奉者である。
そのカエサル達が諸般の事情によって“三国同盟”から去った訳であるが、その後、それを受け継いだブルータスとしては、現状維持、では満足しなかったのである。(まぁ、カエサル達からしたらそれだけでも十分だったのだが。)
いずれ彼らが戻った時に、事業が更に拡大していれば、きっと彼らも喜ぶ事だろう。
言うなれば、純粋に彼らの驚く顔が見たい。
あるいは、良くやったと褒められたい、という思いがブルータスにはあった訳である。
そうした訳で、今回、使節団を使って『新人類』達に“三国同盟”への参加の打診、文化的、経済的交流を促す政策に打って出た訳であるが、ここでまた別の人物達の力学が働いてしまったのだ。
残念だが、ブルータスは優秀な男ではあったが、流石にカエサル達ほどの圧倒的なカリスマ性はなかったし、権謀術数や腹芸に長けている訳でもなかった。
カエサル達がいた頃は大人しくしていた者達を抑え込めるほどの力量が、彼にはなかったのである。
いや、逆にある種のお人好しである彼は、疑う事を知らなかったのかもしれない。
“三国同盟”に集まった者達が、純粋に自分と同じカエサルや英雄達の信奉者である、と固く信じていたのである。
そんな訳がない。
世の中には、自分の利益や、甘い汁を吸う事しか考えていない輩が一定数いるのだから。
今現在、ブルータスの周囲を固めているのが、そうした連中だったのである。
例の、ブルータスがカエサル達を追い出した、と勘違いした連中である。
彼らは、ある意味では無能であったが、またある意味ではブルータス以上に“政治屋”だったのだ。
今回のブルータスの政策に関しても、勝手にブルータスの“裏の真意”を決め付けて、『新人類』達の支配への地盤固めだ、と曲解した訳である。
いや、もしかしたら、分かっていてあえてそうしたのかもしれないが。
当然だが、今回の政策が上手く行けば、“三国同盟”は更に巨大な権力を持つ事となる。
そうなれば、彼らの立場も、更に盤石なものとなるだろう。
そんなバカな。
そう思われるかもしれない。
トップの意向にそぐわない決定を下せる筈がない、と。
しかし、得てして集団の中では、こうした他者から見れば不可思議な事が起こり得るのである。
実質的にブルータスは、“三国同盟”のトップとも呼べる立場にある者だ。
となれば、当然彼が忙しいのは自明の理であり、全ての確認事項が、彼のもとまで辿り着かない事も往々にしてあった。
しかも悪い事に、ブルータスは残念ながら強烈なカリスマ性を持つタイプ、つまり企業で言えばワンマン経営者ではないので、そうした連中の入り込む隙があったのである。
“これこれこういう事をしたいんだけど。”
“分かりました。こちらでやっておきますので、どうかお任せ下さい。”
“そう?悪いね。”
“はい。”
という感じである。
先程も述べたが、ブルータスは彼らが自分の仲間だと思い込んでいるので、悪い様にはしないだろう、という思いもあって彼らに丸投げしてしまう。
そうなれば、後は彼らの好き放題である。
もちろん、以前にも述べた通り、そうした連中は保身には長けているので、自分達の立場を危うくするほどの思い切った行動はしないのであるが、多少の解釈を歪める事によって、自分達の有利となる様な計算高さは持っているのである。
そしてその結果、今回の様な政策の拡大解釈となってしまったのである。
更に悪い事に、先程も述べた通り、三国の者達の大半が、『新人類』達に対するネガティブな感情を抱いている。
となれば、隷属化、属国化はむしろ歓迎すべき事態であり、自分達の支持者を増やす事にも繋がる訳である。
もちろん、ブルータスがこの事を知れば、当然ながらそんなバカな事や止めさせた事だろう。
再三述べている通り、彼はカエサルの信奉者であると同時に、その仲間達の事もかなり正確に理解しているからである。
ハッキリ言って、アベル達を敵に回すのは得策ではない。
仮にある種合法的な支配だとしても、である。
アベル達は魔王軍との戦争にて活躍した歴戦の猛者達であり、その実力は歳を重ねた今現在でも衰えていない。
つまり、ダルトンが言う様な力による支配など、手痛いしっぺ返しを食らうだけの事なのである。
逆に、知力を駆使した戦い方(今回の件の様なやり方)も、カエサルやルドベキアには一歩劣るまでも、アベル達も十分にそうした実力を持っている。
下手にちょっかいをかけるより、誠心誠意礼儀を尽くすか、逆に関わらない方がまだマシなのである。
“触らぬ神に祟りなし”。
彼らは、まさしくそういう存在であった。
もっとも、残念ながら大半の者達が、覚醒を果たした者達や、『限界突破』を果たした者達がどの様な存在かが理解出来ていない。
それ故に、今回の様なある種無謀な“経済支配”が上手く行くと考えてしまった訳である。
フィリップ率いる使節団は、気持ちを新たに次なる交渉先に一歩踏み出した。
しかしそれは、自らの破滅への第一歩を踏み出すのに等しい事だったのであるがーーー。
◇◆◇
「仕込みは上々、と言ったところか?」
「ええ。使節団の面々は、こちらの息がかかった者達ですからね。それは、ブルータス議長が自ら選ばれたフィリップ殿とて同じ話です。」
「うむ。」
一方その頃、件の元・“反カエサル派”、現・“ブルータス支持派”の男達は、内々にそんな密談を交わしていた。
「しかしよろしかったのですか?ブルータス議長の思惑を勝手に捻じ曲げてしまって・・・」
そんな彼らの中にも、マトモな感性を持っている者達はいたのだが、残念ながら老獪なタヌキ達を相手取るにはまだまだ未熟であった。
「フフフ、キミはまだ若いな。・・・良い機会だ。少し講義をしてやろう。」
「は、はぁ・・・」
老齢の男の方が、自信満々にそうのたまう。
それに戸惑いながら若い方の男は、渋々と頷いた。
「良いかね?真に“デキる者”、というのは、相手の望む事を先回りして準備出来る者の事を言う。例えば、私がお茶をしたい、と思ったとしよう。それに対して、普通の者達は、“一息つきたいのだが”と言われて、初めてその事に気が付く訳だが、“デキる者”は言わずともそれを察してお茶を出すものなのだ。政治の世界でも同じ事だよ。相手の言う事を、額面通りに受け止めるのはまだまだ未熟な証拠。真に“デキる者達”は、その先。相手の裏の真意まで先回りして準備出来てこそ、一流というものなのだよ。」
「は、はぁ・・・。そういうものですか?」
例え自体は分かる話だが、それが事政治にも繋がる話かは甚だ疑問だった若い男は曖昧に頷いた。
しかし、タヌキ親父は己の発言に一切の迷いがないかの様に頷いた。
「うむ。今はまだ分からないかもしれんがな。それに、ブルータス議長はお忙しい方だ。そんな方のサポートをするのが我々の務めだ。キミも早くこの高みにまで登ってくると良い。」
「・・・分かりました。」
無理矢理納得した様な雰囲気で若い男は頷いた。
それに、彼はまだ若いから、とひとまず頷くタヌキ親父。
当然ながら、タヌキ親父の言ってる事は間違いである。
言いたい事は分かるが、それも多少論点のすり替えでもあるし、そもそもきちんとコンセルサスを取るのであれば、逐一ブルータスにお伺いを立てるのが筋というものだからである。
しかし、こうした“忖度”は、政治の世界だけでなく、広く社会生活に蔓延している事でもあった。
“忖度”とは、他人の心情を推し量る事、また、推し量って相手に配慮する事である。
本来はポジティブは意味合いなのであるが、近年ではネガティブな意味合いで使われる事も多い。
・上司の顔色を伺う
・上司にごまをする
・権力のある人へ媚びる
・目上の人の機嫌をとる
・立場が上の人の意図をずる賢く察し、根回ししながら行動する事。
などである。
彼らがやっている事は、まさにこうした事であった。
ブルータスに良い顔をしながらも、その範囲内で自分自身の利益の為に上手く立ち回っているのだから。
本来の意味合いであれば、ブルータスの意思が最大限反映されなければならないのに。
こうした認識の齟齬は後々己自身だけでなく、周囲すら巻き込んだ大ダメージとして返ってきてきてしまうものであるが、果たして・・・。
ただ、一つ言える事は、やはり“賢者の皮を被った愚者”という存在は、容易に世の中を“悪い方向”へ誘ってしまうものなのかもしれないーーー。
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