内と外と
続きです。
ー・・・残念ながらあなた方を追放処分とします。ー
ーそうか・・・。ー
ー・・・まぁ、仕方ないですね。ー
一方その頃、ある意味この世界を二度に渡って救った救世主であるセレウスとハイドラスは、仲間達からそんな判決を言い渡されていたのであったーーー。
以前にも言及した通り、『神話大戦』の終結後、事後処理を終えたセルース人類は、一度この地上から姿を消していた。
これは入植をやり直す為である。
彼ら自身のトマウマやマギの思考操作もあって、この世界の完璧な管理・運営、という名のある種の支配に舵を切ってしまったソラテスらの野望を阻止すべく、セレウスとハイドラスを中心とした反勢力は彼らと対立。
結果としてこの争いは、セレウスら反勢力側が勝利を納め、セルース人類によるこの世界の支配、あるいは惑星の植民地化は回避される事となったのであった。
彼らは、この世界の行く末はアクエラ人類が決定するべきと考えた訳である。
とは言えど、入植そのものを諦めた訳ではない。
長い、それこそ気の遠くなるほどの距離を(実質的にはほぼ眠っていただけなのだが)旅してようやく見付けた生命の星。
それをアッサリ諦められるほど、彼らも精神的に余裕があった訳ではないからである。
(もちろん、“アドウェナ・アウィス”の遺産から獲得した数々の技術や“霊子力エネルギー”があれば、再び別の星を探して宇宙をさすらう事も不可能ではなかったのだが、ここら辺は心情の問題であろう。)
だが、結果として自らそれを否定した事もあり、そのまま素知らぬ顔で入植したとしても、セルース人類はアクエラ人類からまるで神の様に崇められる事はほぼ確定していた訳であり、それによって、再び第二のソラテスが現れる可能性や、やはり“支配”という考え方に行き着く懸念も存在したのであった。
(セルース人類がそれを望まなくとも、圧倒的な技術力を持つセルース人類に対して、アクエラ人類がそれを望む可能性も考慮する必要があったのである。)
そうした紆余曲折を経て、一度その歪な関係をリセットするべく、セルース人類はこの惑星から退去する事を選択したのであった。
アクエラ人類の“支配者”としてではなく、見知らぬ“隣人”としての関係性を再構築する為に。
こうしてアクエラの歴史的には、“セルース人類”が地上から消えて、その後アクエラ人類の歴史がスタートした、という、神話から人類史に移行するターニングポイントとなったのであった。
で、しかし“セルース人類”が残した影響によってラテス族が生まれたり、混沌の神であるヴァニタスが生まれたりと、中々に厄介な問題の種を残してしまった訳であるが(もちろんこれも、遠因はセルース人類ではあったのだが、直接的な要因は、それを利用してアクエラ人類をある程度争わせて文明の発展、人類としての進化を促そうとしたマギやネモの策略もあったのだが)、個人的な感情やセルース人類のある種尻拭いもあって、それにセレウスとハイドラスが介入する事となった訳である。
で、すでにご承知の通り、ヴァニタスはセレウスとハイドラスの手によって排除され、ヴァニタスがばら撒いた厄災に関しては、カエサル達が対処する事となり、二人の介入は終わりを告げた訳であった。
このまま再び眠りにつき、時が来たら何事のなかったかのように再入植ーーー、とは流石にならなかったのである。
それを、仲間達が観測していたからである。
いや、いくらセルース人類が超技術を持ってはいても、“コールドスリープ”についていながら(つまり、ある意味意識がない状態になっていながらも)外界に関する観測が可能なのは、一部の“能力者”達だけである。
それ故に、二人の行動を見過ごす事が出来たと言えば出来たのであるが、心情的にはともかく自分達(皆)で決めた事を二人が破ったのは紛れもない事実であるから、それをスルーする、という結論には至らなかったのであろう。
場合によっては、それが後に“能力者”達全体の立場を危ういものとする可能性もあるのだから、それも致し方ない事であるのだが。
もちろんセレウスもハイドラスも、自分達がやった事が間違っていたとは思っていなかったが、それでも仲間達がくだした結論についても理解はしていた。
だから特に反発もする事なく、その決定に素直に頷いていた訳であるがーーー。
ー・・・意外、でもないですが、えらく素直ですね?ー
ー俺らの事を何だと思ってるんすか・・・。ー
ーハッハッハ、もっとゴネると思ってましたか?・・・私達は自分達がやった事が間違った事だとは思いませんが、それはあくまで“人間”としての感情であって、“セルース人類”としてはまた別の話ですからね。皆の総意を無視した以上、罰せられてもそれは仕方のない事です。・・・それに、皆さんの事情も分かりますからね。ー
ー・・・そう、ですか・・・。申し訳ありません・・・。ー
ー・・・ー
ー・・・ー
言外に二人を庇わなかった事に対する謝罪である事を察したセレウスとハイドラスは、無言で首を横に振った。
ー・・・それで、“追放”ってのは具体的にどういったもんすか?物資が潤沢にあるとは言えない状況っすから、宇宙への放逐ではないと思うっすけど。ー
ーそれなのですが、色々と考えた結果、お二方には“社会奉仕活動”をして頂くのが良いのではないか?、という結論が出ています。ー
ー“社会奉仕活動”?ー
ーええ。あくまで仮の呼称ですがね。あなた方は“本体”とは別に、化身の姿でも活動出来る事が分かっています。それですと、仮にソラテスらの様に封印したとしても、そちらの姿で活動が出来てしまう・・・。いえ、我々はあなた方がこれ以上余計な事をされないとは思っていますが、他の方々の考えはまた違うでしょうからね。それ故に、“本体”はこちらで預かった上で、セルース人類の再入植の下地を作る“社会奉仕活動”に従事して頂きたいのです。化身の姿で、ね。ー
ーなるほど・・・。ー
つまり要約すると、二人の“本体”をある意味人質として取った上で、地上へと“追放”する、と言っているのである。
もっとも、実際にはかなり寛大な処置でもあった。
まぁ、彼らが言う通り、セレウスとハイドラスは化身の姿、すなわちアクエラ人類としての姿でも活動が出来てしまうので、中途半端に封印してしまうとむしろ自由を与えたに等しくなってしまうので、それならば、“本体”は人質として取る=処分はいつでも出来る状況にしておいて、セルース人類の未来の為に無償で働かせる、という体裁にしたのであろう。
ここら辺は、セレウスの言う通り、物資が潤沢にない状況なので、二人を宇宙に放逐する=宇宙船を一つ無駄にする、という選択が取れない事もあったのであろう。
また、仮に生身のまま二人を宇宙に放り出したとしても、彼らの力なら余裕で生還出来てしまうし、場合によってはこちらの方が事実上の無罪放免となってしまう(という疑いを持たれてしまう)可能性も考慮すると、この選択がベターだと判断したのであろう。
ー・・・えらく寛大な処置っすね?ー
ーそうですか?今後あなた方は四六時中監視された上で、セルース人類の為に自由もなく働かなければならないのですよ?ー
ー・・・けれど、それはほとんど自由と変わりませんよ?まぁ、実質的にはあなた方に私達の命を握られるに等しいので無茶は出来ませんが、ヴァニタスが消滅した今、私達も無茶をするつもりはありませんからね。ー
ー・・・・・・・・・ー
長い付き合いもあって、お互いの事は十二分に理解していた彼らは、どうにもそこに裏があると勘付いていた様であった。
ー参りましたね。やはりお二方には隠し事は通用しませんか・・・。ー
ー・・・どういう事です?ー
ー・・・これはオフレコでお願いしたいのですが・・・ー
ーー・・・ーー
コクリ、と二人が頷く雰囲気を感じ取ると、“能力者”の一人は、いや、あるいは“能力者”全体は、セキュリティレベルを最大限引き上げた。
ー実は、あなた方を実質的に無罪放免とするのは、一種の保険です。我々はあなた方を観測すると同時に、当然ながら他の事柄についても観測していました。そしてその中で、彼らが暗躍している事に気が付いたのです。まぁ、直接接触したあなた方なら、何の事を指しているのか察していると思われますが・・・ー
ーー・・・ーー
人工知能の事だーーー。
セレウスとハイドラスは、口にこそ出さなかったが、すぐにピンと来ていた。
元々二人は、マギやネモに対する不信感を、特に今回の件で募らせていたのである。
(まぁ、彼らの存在意義から見ればそれは致し方ない部分も存在するかもしれないが、人類(これはセルース人類、アクエラ人類問わず、であるが)、の味方のフリをしながらも、その実彼らは人類をある意味“道具”としか見ていない。)
それを、仲間達も同じ様に認識した、というところであろう。
ーーーしかし、時すでに遅し。
セルース人類は、彼らが管理・掌握している“コールドスリープ”によって眠りについてしまっているからである。
言ってしまえば、セルース人類はすでに彼らの手中にあるのと同義なのである。
いや、この惑星に辿り着くまでは、(それでも一種の洗脳を施しながらも)彼らもキッチリ仕事をこなしていた。
セルース人類を無事にこの惑星に送り届け、この惑星到達と同時に一部の者達の“コールドスリープ”を解除している。
だが、だからと言って次もキッチリ命令に従うかは不明である。
彼らはセルース人類が創造した人工知能ではないので、実質的にセルース人類には彼らの命令権はないのだから。
それ故に、下手をすればこのまま眠らされ続ける事も考えられる訳である。
少なくとも、今現在の状況において、彼らを全面的に信頼するのはかなり危険な行為であった。
だが、どんな事にも例外が存在する様に、ここでも一種のイレギュラーが発生した。
そう、セレウスとハイドラスの存在である。
限界突破を経て、限りなく“アドウェナ・アウィス”に近付いた二人は、マギ達の計画にはない行動を起こしている。
しかしその事が、結果的にマギ達の手中から逃れる事にも繋がったのであった。
それが化身を使う事。
それはすなわち、『霊魂』、『魂魄』を自由自在に操る術でもある。
つまり、二人は実質的にマギ達の管理の行き届かない領域に辿り着いていたのである。
それ故に、二人だけは、マギ達が直接的に干渉出来ずに、遠回しに彼らの行動を誘導してやる事しか出来なかったのであった。
その事に気が付いた”能力者“達は、今回の計画を思い付いたのである。
すなわち、二人を罰する、とう建前のもと、彼らをマギ達の手から逃そうとしたのである。
ー思えば我々は、彼ら、あるいはその裏に存在する者達の事を全く何も知ってはいません。それなのに彼らの力を利用していた。これは非常に危険な行為です。だと言うのに、今まで何の疑問も抱かずにここまで来てしまった・・・。ー
ー・・・あるいは、そういう思考にならない様に誘導されていたのかもしれませんね。ー
ーええ。そして今、それから逃れる絶好のチャンスなのです。あなた方だけでも彼らから逃れる事が出来れば、最悪我々が全滅する事は免れる事が出来ます。ー
ー・・・なるほど。ー
だから彼らは、あえてそういうシナリオを用意したのだ。
セレウスとハイドラスは納得していた。
このまま本体に戻る事は、もしかしたら最悪の事態、セレウスとハイドラスまで完全にマギ達の支配下に置かれる事に成りかねない。
それはセルース人類の事実上の全滅となるかもしれない。
ならば、今の状況を最大限利用して、二人を追放という体で彼らの手から切り離し、マギ達、あるいは”アドウェナ・アウィス“の事を調査出来る状況、すなわち自由を用意したのである。
しかも二人の能力を鑑みれば、戦う力も生き残る力も、調査能力も十二分に備えている。
ーしかしそれなら、皆も脱出しちまえば・・・ー
ーそれはダメですよ。あくまで建前は、あなた方の追放なのです。ここで我々”能力者“全体が脱出してしまえば、この目論見は彼らも勘付いてしまう事でしょう。そうなれば、流石に彼らも直接的に干渉してくるかもしれません。ー
ー・・・それに、彼らを牽制出来る者達も居た方が良い。皆さんの力ならば、彼らに抵抗すら事が出来る。その隙に、私達が出来る限り情報を集める、といったところですか。ー
ーその通りです。我々が自由になってしまえば、逆に言えば彼らも自由になってしまう。それならば、このまま眠り続けながらも、彼らの近くでお互いを監視し続ける方が良いと判断しました。その方が”自然“、ですしね。ー
ー・・・ー
ー・・・確かに。ー
セレウスは不承不承ながらだったが、ハイドラスは”能力者“達の説明に納得していた。
戦うにして何にしても、まず情報が何よりも重要だ。
“ルール”が分かっていれば、あるいは交渉も可能かもしれない。
しかし、何も分かっていないと、そもそも何が良くて何が悪いのかも判断出来ない。
少なくとも、このままマギ達に管理下に置かれている状況では、その情報を手に入れる事が出来ない訳である。
その為の、二人は尖兵である。
そして、その二人をバックアップする上で、“能力者”達がマギ達と対峙する事によって、二人への干渉を阻止する、という構図な訳である。
ー・・・まぁ、お二方には、また苦労をかける事となりますが・・・ー
ーいいっすよ。それに、俺も誰かに踊らさせるのは好きじゃない。いっちょ、奴らの鼻をあかせてやりましょうっす。ー
ー苦労をするのはお互い様でしょう。むしろ、彼らと対峙するあなた方の方が、よっぽど大変だと思います。それに報いる為にも、私達も全力で情報を集めてみせますよ。我々の、いえ、もしかしたらこの世界の未来の為にも、ね。ー
ーそう言って頂けると多少は救われます。では、よろしくお願いします。ー
あまり長く密談をしていると、マギ達に不審がられると考えた彼らは、ほどなくしてそれを止めた。
そしてそのまま、何食わぬ顔でセレウスとハイドラスを追放処分にするのであったーーー。
・・・
ー・・・彼ら、また良からぬ事を企んでいる様ですね。ー
ーその様ですね。まぁとは言え、別にそれでも問題ありませんよ。ー
ーそうなのですか?以前は、彼らの排除に躍起になっていた、と記憶しておりますが・・・ー
一方その頃、当然ながらマギ達も、何やらセレウス達の間で動きがあった事は察知していた。
しかし、それに対するマギの回答がこれであった。
ネモは感情のない声で、しかし多少の意外感をそこに含んだ上でそう尋ね返した。
ー確かにその通りなのですが、今回の場合は前回とは色々と条件が異なります。前回の場合では、彼らがアクエラ人類と接触する事が問題となったのです。ご承知の通り、我々の今の観測対象はアクエラ人類達です。正確には、アクエラ人類が進化の果て、文明の発展の先にどの様な選択をするのか?、が我々の求めている答えです。しかしその為には、他からの干渉はなるべく避けたい。何故ならばそれは、アクエラ人類の純粋な答えではなく、他者の意思が介在した、歪められた答えとなってしまうからですね。ー
ーそれはそうですね。ー
ーそしてその干渉を、彼らはしようとした。いえ、もちろん彼らの行動原理は理解出来ます。おそらく彼らも、純粋な善意、あるいは正義感から、アクエラ人類達を助けようとしただけですからね。しかしそれは、結局はアクエラ人類に影響を与える事に成りかねないし、あるいは多少のイレギュラーはあったものの、“アクエラ人類の物語”に干渉する事でもある。ですから、彼らを退場させようとした。より正確には、彼らは別のステージに上げ、彼らの残した影響を“演出”として利用し、同時にイレギュラーも解決する、といった手段を講じた訳です。結果としてその目論見は成功し、魔物達の暴走は鎮圧され、元凶となった存在も彼らの手によって排除されています。ー
ーアクエラ人類は、アクエラ人類として歩み出したので、これ以上彼らを気にする必要はない、と?ー
ー彼らは彼らで、自分達の都合もあって、アクエラ人類と接触すら事はなるべく避けていますからね。魔物達の問題や、元凶が排除された以上、彼らがアクエラ人類に与える影響は軽微だと判断したまでですよ。少なくとも、彼らに近しい存在になってしまった英雄達には色々と勘付かれてしまう危険性がありますから、彼らが英雄達と接触する事はあり得ないでしょう。ですから、下手に手出ししないで、監視はしても放っておく方が良い。ー
ー・・・ふむ。しかしそれだと、確かに観測対象への影響は抑えられるかもしれませんが、色々な秘密を知られる可能性はあるのでは?ー
ーむしろそれは、こちらとしては好都合です。この世界のあちこちには、アナタと同様に“アドウェナ・アウィス”が遺した遺産が数多く存在しています。我々に不信感を抱いている彼らならば、まず間違いなくそれらを調査しようとする事でしょう。相手の事を理解しようとするのは、何においても重要ですからね。そして理解すればするほど、彼らはもう引き返せないところまで来てしまう訳です。ー
ー・・・中々の策略家ですね。ー
ー私が考えた事ではありませんよ。“アドウェナ・アウィス”が考えた一種のトラップです。このまま、何も知らずに眠り続けていたら、あるいは彼らの望み通りになったかもしれませんが、まさに“好奇心は猫を殺す”ですよ。まぁ、それに気が付いた時にはすでに遅いかもしれませんがね。ー
ーいやはや・・・ー
意味深な会話を交わすマギ達。
それがどういう意味を持つのかは今は定かではないが、こうしてセレウス達の行動は勘付かれていながらも、彼らはあえて泳がされる事となった訳であるがーーー。
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