もう一つの結末
続きです。
「ありゃりゃ〜、残念だなぁ〜。負けちゃったよぉ〜。」
二転三転したカエサル達と“レギオン”との戦いに、ようやく終止符が打たれた頃。
それを何処かで傍観していた混沌の神・ヴァニタスは、特段残念そうな感じでもなくそうひとりごちていた。
まぁそもそも、彼に感情と呼べるものが存在するかどうかは甚だ疑問でもあるのだが、しかしまぁ、自身の“駒”が敗れ去ってしまった、という現実については、一応思うところはあるのであろう。
とは言えど、彼にしてみれば、混沌をもたらす火種などそれこそ無数に存在する訳であるし、魔物達を使った実験についても、ある程度満足の行くものでもあったのである。
それ故に、次はどんな手を使おうかな、などとろくでもない事を考えていると、突如としてその思考を邪魔する存在が顕れたのであった。
「ようやく見付けたぜっ・・・!」
「これ以上は、貴様の好きにはさせないよ。」
「ありゃりゃ。これはこれは。」
それは、(本物の)セレウスとハイドラスであった。
「・・・アッサリ僕を見付けたって事は、君達は本体って事かな?」
「・・・答える義務はないな。」
「オメェ、自分がこれからどうなるか分かってんのかっ!?」
しかし、事ここに至っても、ヴァニタスは焦るでもなく、呑気な質問すらする余裕があった。
それに対して、ハイドラスはその質問を無視し、セレウスに至っては凄まじい殺気を隠す事すらせずに、彼に対して凄んでみせる。
「いやだなぁ〜。分かってるよぉ〜。僕を殺すつもりでしょ?君達にとっては僕は邪魔な存在でしかないもんねぇ〜。」
ケラケラと笑いながらヴァニタスは、この後訪れるであろう未来を、しかしまるで他人事の様にあっけらかんと答えた。
「「・・・」」
セレウスは、一瞬目の前の存在が何を言っているのか理解出来なかった。
しかし、ハタと思い出していた。
コイツは、人間ではないのだーーー、と。
“神”、あるいは“高次の存在”と呼ばれるほどの力を得たセレウスとハイドラス(と、“限界突破”を果たしている能力者達)ではあったが、元々はセルース人類、すなわち“人の身”からそこに至っている。
つまり、“人間”としての善悪やら、思考回路をベースとして持っているのであるが、ヴァニタスはその出自が全く異なるのである。
アクエラ人類の集合無意思から生じたヴァニタスは、まさに“混沌”の化身であり、その姿形は“人間”を模してはいても、その思考回路は“人間”のそれではないのである。
それ故に、生に対する執着もなければ、倫理観も道徳心も皆無なのである。
彼にとって、唯一執着するべき事は、自身の存在意義でもあるこの世界に混沌を生み出す事、だけであった。
「・・・話すだけ無駄だ。奴は我々とは根底から異なる存在だからな。(ボソボソ)」
「・・・そのようだな。(ボソボソ)」
故に、彼には反省も自戒も存在しない。
そう“在る”様に造られた存在であるから、それも致し方ない事ではあるが。
議論するだけ無駄だと察した二人は、短いやり取りをした後、彼の排除を決定した。
というか、元々そのつもりでこの場にやって来た訳であるが。
「「・・・」」
スッと獲物を構えるセレウス。
カエサル達もやっていた様に、当然ながら彼らも『霊魂』、すなわち“魂の力”を扱う事が可能であるから、他者の『永久原子』を破壊する事が可能なのである。
それ故にこの態勢は、まさにヴァニタスに対する最後通牒でもあった。
「ああ、ちょっと待ってくれないかい?」
「・・・今更命乞いか?」
冷たい声でそうセレウスは呟く。
しかし、ヴァニタスの返答は全く別のものであった。
「いやいや、ただの忠告だよ。確かに君達の“力”なら、まず間違いなく僕を滅ぼす事は可能だろう。けど、僕ってほら、アクエラ人類から生じた存在だからなぁ〜。一旦ここで退場したところで
近い未来か遠い未来かはともかくとして、必ず復活する事になるよ?」
「「・・・・・・・・・」」
そうなのである。
あくまで概念的存在である“神”とか“高次の存在”は、根本的に滅ぼす事は不可能なのである。
何故ならば、その“信仰”とか“畏れ”がなくならない限り、再び発生してしまうからである。
そして、人類が生きている以上、それがなくなる事はない。
故に、そうした存在が死滅する事はありえないのである。
実際、向こうの世界でも、古代の神々が再発見される事はままある。
また、伝承や伝説が形を変えて、別の存在として復活する事も、である。
「その度に僕を殺すかい?君達の望みは、この世界に帰化する事だと思うけど?」
「「・・・・・・・・・」」
これは、痛いところを突かれていた。
再三述べている通り、セルース人類の総意は、この世界に入植する事である。
それも、あくまで“支配者”としてではなく、“見知らぬ隣人”として、である。
だがその為には、知識や力は足かせにしかならない。
が、その力なくしては、ヴァニタス、すなわち“神”に対抗する事も不可能である。
ここら辺は、ある種の矛盾を孕む事であった。
理不尽ではあるが、ある意味“自然”に発生したもの。
ここではヴァニタスであるが、それ以外にも、ただの物理的な自然なり、現象なりも、アクエラ人類に仇なす者は、お前らはその度に防ぐのか?、というある種の究極的な問いでもあった。
「その矛盾は、いつか君達を殺すよ?」
「・・・・・・・・・」
ハイドラスは、その問いに静かに自問自答していたが、
「ごちゃごちゃうるせぇよ。どっちにしても、今のテメェはセルース人類にとっちゃ邪魔だ。さっさとくたばりなっ!!!」
ザシュッ!
「あらら、容赦ないね、君は・・・」
基本的に考え方の単純なセレウスは、仕留められる時に仕留めるタイプであった。
それ故に、有無を言わさずヴァニタスに引導を渡したのである。
「セレウス・・・」
「コイツの言葉に耳を傾ける必要はねぇよ。問題が起きたら、またその時考えれば良いだけの話さ。」
「・・・・・・・・・」
まだ、何か言いたげだったヴァニタスをシッシッと追い払う様に、ヴァニタスを切り裂いた獲物を振るった。
すると、まるで“世界”に溶ける様にヴァニタスは四散し、跡形もなく消え去ったのであった。
「行こうぜ、ハイドラス。」
パチンッ、と愛用の獲物を鞘に納めると、セレウスは踵を返してそう言った。
「・・・」
「・・・あのよ、ハイドラス。お前が頭脳明晰なのは双子の俺が一番知っちゃいるが、そこがお前の悪いところでもあるぞ?確かに俺等は、今や“神”の如き力を扱える立場になったが、だからって全ての奴を救える訳でもねぇし、その必要もねぇよ。結局、その時代時代を作っていくのは、その時代を生きている奴らだ。それが仮に間違っていたとしても、そりゃ、そいつらの責任よ。俺等は、ある種の最悪の未来を知っているからこそ、何か出来るんじゃねぇかって考えちまうかもしんねぇけど、結局この世界の未来はアクエラ人類のモンであって、セルース人類のモンじゃねぇ。俺等は、それを否定した立場だしよ。」
「・・・そう、だな。」
セレウスの言わんとする事を、ハイドラスも理解していた。
究極的にはその傲慢な考え方は、この世界を管理しようとしたソラテスらに通じるものである。
この世界を、自分達の母星である惑星セルースの二の舞にしない様にしよう、という、ある意味善意からの行動でもあると同時に、その実自らのエゴでもあるのだ。
未来は、まだ確定した訳ではない。
少なくとも現時点では、この世界が惑星セルースと同じ末路を辿ると決まった訳ではないのである。
むしろその根底にあるのは、自らが果たせなかった理想を、この世界に押し付けているだけにも見える。
言ってしまえば、親の果たせなかった夢を、自分の子供に押し付けているだけ、という歪さがあるのである。
当然ながら、子供の人生は子供のものであって、親のものではない。
もちろん、ある程度の道筋を示してやる事は否定しないが、それは選択肢を広げてやる事の手助けであるべきで、何かを強制する事ではあってはならないのである。
セレウスも、そんな事はハイドラスも分かっているだろうと、あえてそれ以上は言及しなかった。
こうして、ラテス族と連合の戦争から始まり、魔王軍の台頭や“レギオン”を生み出した元凶である混沌の神・ヴァニタスが討たれた事で、ひとまず物語に一つの区切りがついた訳であるがーーー。
◇◆◇
・・・ここは何処だ・・・?
一方その頃、“レギオン”にトドメを刺した事で安堵したカエサルは意識を失った訳であるが、気が付くと不可思議な空間で目を覚ましていた。
いや、正確には彼の意識はまだ現実には復帰していない。
体力や精神力、『霊魂』、すなわち“魂の力”を限界ギリギリまで使った反動で、言うなれば精神だけが夢と現の間に迷い込んでしまった状態、なのである。
現実の彼の身体は、今だ眠り続けていた。
まぁ、それはともかく。
ーよぉ、カエサル。よくやったぜ。ー
ーお見事でしたよ。ー
・・・その声は、セレウス様とハイドラス様?
ーああ。ー
ー貴方は今、現実ではまだ眠り続けています。まぁ、あれだけの無茶をしたのですから、それも致し方ない事ですがね。ー
そうなると、ここは一体何処なんですか?
ー何処でもねぇよ。個人的無意識と集合無意思の間の世界。ま、簡単に言や、“夢の世界”、ってなとこだ。ー
ー先程も述べましたが、現実では貴方はまだ眠り続けていますからね。しかし私達としてはちょうど良いので、こうして貴方に接触する事としたのですよ。ー
・・・と、申しますと?
ーお前らが見事あのバケモンを討ってくれたからよ。こっちも、ヴァニタスを討つ事に成功したのよ。少々ややこしい話になるが、奴もあのバケモンを何処かで観測している筈だから、それを逆探知して奴の居場所を突き止めた、って訳よ。ー
ー人聞きは悪いですが、結果的にあなた方を利用する形にはなってしまいましたが、お陰で、全ての災いの種は刈り取る事が出来ましたよ。・・・まぁ、すでに蒔かれた種はどうしょうもないのですがね。ー
・・・いつの間に。
しかし、そうですか・・・。
とりあえず、お二方の目標は達成された訳ですね・・・。
ーああ、それもこれも、お前らのお陰だぜ。ー
ーありがとうございました。最後に、こうしてお礼を言えて良かった。ー
最後・・・?
ーああ。どうやら俺等はここまでの様だ。ー
ー“神殺し”はやはり相当な大罪の様ですね。あるいは、それほどの力を示した私達を、“世界”が危険視したのか・・・ー
ーいずれにせよ、俺等はここで消える。何となく分かんだよ。ー
そんなっ・・・!
奴は僕達人類に仇なす者だったのにっ・・・!!
ー・・・“人間”にとって厄災だったとしても、“世界”全体で見ればまた違ったのかもしれないぜ?ー
ー自然現象なんかもそうですね。台風や津波は“人間”や生命にとっては脅威でも、“世界”の循環には必要なシステムです。もしかしたら奴も、あくまでそうしたシステムの一部だったのかもしれません。それを討った私達は、“世界”のシステム的にはイレギュラーですから、それを排除しようとしたとしても何ら不思議な話ではない。ー
けどっ・・・!
ー気にすんな、カエサル。少なくとも奴を討てたんだ。俺等はそれで満足さ。ー
ー・・・ただ心残りを言えば、後始末をあなた方に残してしまった事ですが、今のあなた方なら心配は無用でしょう。面倒でしょうが、魔王軍に打ち勝ち、新たなる時代をあなた方の手で作っていって下さい。ー
・・・分かりました。お任せ下さい。
ー・・・じゃあな、カエサル。ー
ー貴方と過ごした日々、楽しかったですよ。ー
・・・!!!はいっ!!!
そう言い残すと、光の輪郭で縁取られた人影が二つ、スッと消え去っていった。
しばらく呆然としていたカエサルだったが、やがてその意識も、徐々に遠のいていったのであったーーー。
・・・
ー・・・こんな感じですかね?ー
ー良いのではないですか?彼らのエミュレートは完璧だと思います。何せ、本物のデータを参考にしていますからね。ー
ーふむ・・・。ところで、今後はどうされるので?ー
ーヴァニタスが討たれた以上、しばらくは静観ですかね。人間側と魔王軍がぶつかる事にはなるでしょうが、覚醒を果たした彼らが存在する以上、魔王軍に勝ち目はないでしょう。故に、この争いは人間側が勝利して、ようやく文明の発展が進む様になるかと。彼にもそう仕向けましたし。ー
ーカエサル・シリウスですか。中々数奇な人生を辿る運命にある様ですね。ー
ー次代の主役ですからね。まぁ、たまたま良い素材でもありましたし、彼らとも接点があったので選ばれただけですが、それもまた運命、ですよ。ー
ーふむ・・・。ー
先程までカエサルと話していたのは、やはりと言うか何と言うか、セレウスとハイドラスを騙ったマギ達であった。
二人(?)は意味深な会話を交わしていたが、そこにはどういった意味があるのであろうか?
かくして、混沌の神・ヴァニタスを排除し、彼が生み出した厄災である“レギオン”も倒され、セレウスとハイドラスも再び眠りについた。
まぁ、ヴァニタスが残した厄介事はまだ残っていた訳であるが、それも、カエサル達、新たなる英雄達が健在である以上、どうとでもなる程度の問題でもある。
こうして惑星・アクエラは、“神代の時代”から“人類種の時代”に移り変わっていたのであるーーー。
ふむふむ・・・。
・・・いや、長いよっ!
ーど、どうされました、アキト・ストレリチア?ー
いやいや。
えっ?
もしかして、惑星アクエラ創世記から、延々と物語を見ていく感じっすか?
まだ、セレウス様がどうして『破壊神』と呼ばれる様になったのか、とか、ハイドラスがどうしてライアド教の『唯一神』になったとか、全然分からんのですが・・・。
ーいやいや、物事には順番がある。お前の好きな歴史も、流れが分かっていないと何故そうなったのか、というのが見えてこないであろう?ー
そりゃそうですけど・・・。
だからって、まさか『神話』や『伝説』まで語られるとは思いませんでしたよ。
ーその『神話』や『伝説』が重要なキーワードなんだよ。それに、これらは全て、現代のアクエラからは失われている記録だ。お前としては興味深いのではないかね?ー
・・・まぁ、否定はしませんけどね。
しかし、“七英雄”ですか。
確かに、個々の名前には聞き覚えがありますね。
アベル、ヴェルムンド、フリット、アルフォンス。
いずれも、その種族の中では伝説的に語られる人物だ。
まぁ、アルメリア様とルドベキア様は後に『忘れられた神』となる事が分かっていますが、そのカエサルなる人物もその一人なのでしょうかね?
ここまで見た限り、物事の中で中心的な役割を果たしていますから、そうならないと辻褄が合わないんですけど・・・。
ーそれを理解する為には、更に時代を進める必要がある。また長い話になるが・・・。ー
・・・やれやれ仕方ない。
ここまで来たら、最後まで付き合いますよ。
ーそうしてくれ。
では、“レギオン”が倒された後、どうなったかを語っていくとしよう。ー
・・・ってか、人工知能達の暗躍って何か意味があんのかな・・・?
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