決着 3
続きです。
フィクションやゲームなんかにおいて、所謂“霊的な存在”、つまり実体を持たない系の敵なんかには、通常の物理的攻撃が一切効かない事がしばしばある。
こういう敵に対処する為には、何か特別な武器を用いるか、あるいは魔法を活用するしかない、というある種の法則の様なものがいつしか定着しつつあった。
実際、近年の作品の影響によって、普通の攻撃が一切効かない怪物に対しての特効武器として、“銀の弾丸”が有効である、などのイメージを持たれているし、それが後の作品にも大きな影響を与えている事もある。
(もっとも、古来の欧州では、確かに銀には高い殺菌作用があるほか、ヒ素化合物のひとつである硫化ヒ素と反応して黒変する性質がある為、古くから害をもたらす毒や未知の存在へ対抗する不思議な霊力があるとしばしば考えられてきたのは事実であるが、そうした武器が存在した、という伝承はなかった、らしい。
それらはあくまで、近年の作家が創作した“設定”、だそうである。)
ただ、そうしたイメージとか思い込みというのは結構大事なものであり、現実的にも、出来る、と信じた者達が、それまで実現出来なかった事を実現しているケースには枚挙に暇がない。
まぁ、それはともかく。
話を本編に戻そう。
では、カエサルは何故、そこまで自信満々に言い放ったのか?
ルドベキアの言う通り、“レギオン”には通常の物理的攻撃は有効ではない。
少なくとも、決定打にはなりえないので、いくらレールガンを再現出来たとしても、それで“レギオン”を葬る事は実質的に不可能であるし、下手をすれば、そのダメージを補填する上で、ますます周囲の樹木、植物などから『霊魂』を奪い取る=自然破壊、それも、再生が極めて難しい自然破壊を助長する事となりかねないのである。
しかし、カエサルは、覚醒によって、通常は知り得ない情報をどこかからか引っ張ってきている節がある。
レールガンにしてもそうであったが、では、同じく未知の知識、知恵を、その“どこかからか”引っ張ってきていたとしたら、どうであろうかーーー?
◇◆◇
「はぁはぁっ・・・!ど、どれくらい倒した?」
「い、いちいち数えてるワケないだろ・・・。けど、ようやく底が見えてきたな・・・。」
本体から切り離された“触手”、それが変化して小型の“レギオン”になったものを倒し続けていたアベル達は、息もたえだえになりながらもそんな会話を交わしていた。
彼らがレベルアップ、更には覚醒を果たしているとは言えど、基本的なスペックが爆発的に増加した訳ではない。
少なくとも、無限の体力は持ち合わせていないので、戦闘が長引けば長引くほど、体力の低下、疲労の蓄積とは切っても切り離せないのである。
それでも、小型の“レギオン”を葬る手段があるだけまだマシな方である。
仮にもし彼らが覚醒を果していなかったら、もちろん彼らほどの強者であればすぐにやられる事はなかっただろうが、相手にも致命傷を与えられないので、やがてすり潰されておしまい、だった訳である。
(本物)のセレウスやハイドラスを除けば、今現在の彼らに匹敵する実力者、使い手は、この世界には存在しない。
つまり、彼らが敗れてしまった時点で、この世界“レギオン”を倒せる者はほぼ存在しない事となる。
思惑が一致しただけとは言えど、マギとネモの干渉が、結果として彼らの身を助ける事、ひいてはこの世界に生ける全ての者達を助ける事と繋がった訳である。
・・・だが、ようやく明るい兆しが見えた彼らにとって、現実はあまりに残酷であった。
「・・・ウソ、でしょっ・・・!?」
「ど、どうした、アルッ!?」
最初にその事に気付いたのは、(カエサルとルドベキアを除くと)やはりと言うか、元々霊的素養の高かったアルフォンスであった。
彼の悲鳴にも似た驚愕の声に、フリットがいち早く反応する。
この二人は、元々仲が良かった事もあるが、今現在の状況からしたら、アルフォンスが後れを取ったのでは、という焦りもあったからかもしれない。
しかし、すぐにそちらを見たフリットは、疲労の色こそ見えるが五体満足で立っているアルフォンスが確認出来たので、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「驚かすなよ・・・。で、どうしたんだ?」
「・・・どうしよう、フリット・・・。“精霊”達が悲鳴を上げてる・・・。」
「えっ・・・?」
以前にも言及したかもしれないが、エルフ族は“魔素”の存在を“精霊”として知覚している。
が、正確には“精霊”と“魔素”そのものは、実際にはまた別の存在なのである。
そもそも“魔素”は、あくまでカテゴリー的には物質に属する。
まぁ、まだまだ謎も多い物質(?)、なのでハッキリと明言する事は出来ないのであるが、それでもそこには、“明確な意思”、というものは存在しないのである。
ここら辺は、やはり粒子とか元素とかと同じである。
それらには、当然ながら善も悪もない。
ただ、そう在る事を義務付けられたものであって、その独自のルールによって、変化したり変質したりするだけなのである。
一方で“精霊”には、ある程度の“意思”、あるいは“自我”というものが備わっていたりする。
似た様な現象を起こすものの、『魔法技術』と『精霊魔法』にはそこに決定的な違いが存在するのであった。
まぁ、それはともかく。
“意思”や“自我”が存在する以上、“精霊”にも当然ながら『霊魂』が存在する。
つまり、彼らも“レギオン”の捕食の対象となってしまっていた訳であった。
そんな彼らが、成す術なく喰われていく訳であるから、それは悲鳴の一つも上げたくなるだろう。
もっとも、通常ならそれを知覚する術はないのであるが(これは、仮に覚醒を果たしたとしても、相当レベルが高くないと分からない事である。カエサル達が異変を感じ取ったのも、あくまで視覚的にであって、“声”を聞いた訳ではない。)、元々エルフ族は“精霊”との繋がりの強い種族であるし、その中でもとりわけ高い素養を持っていたアルフォンスは、覚醒を果たした事も相まって、声なき声を拾う事が出来てしまった訳であった。
・・・もっとも、それが良い事かどうかはともかくとして。
アルフォンスは項垂れる様に、ポロポロと泣き出してしまった。
「やめて、やめてよっーーー!!!」
「お、おいっ!しっかりしろよ、アルッ!!」
次いで、子供の様な金切り声を上げた。
(まぁ、今現在のアルフォンスは、見た目的にも精神的にもまだまだ子供であったが。)
それに戸惑うフリット。
ーーー見えないものが見える、あるいは聞こえないハズのものが聞こえるという事は、こういう事、なのである。
ここら辺は、限界突破を果たした、覚醒を果たした者達の弊害であった。
すなわち、“情報の流入”、である。
そもそも、何故『霊魂』、すなわち“魂の力”を扱う事が通常は不可能かと言うと、それがある種のストッパーとなっているからであった。
『肉体』においても、段階を踏んで鍛えていく訳であるが、これは『肉体』に掛かる負荷の問題である。
仮にとてつもないパンチ力を持った者がいるとして、しかしその者がまだそれに耐える“器”が出来上がっていなかったとしたら、その者は己のパンチ力の反動によって自らの身体を壊してしまう事となりかねない。
もしかしたら、将来的には世界的なボクサーになる可能性、才能があったとしても、それを一瞬で失ってしまうのである。
逆に才能を開花させる為には、地道に身体を作っていくのが遠回りな様で一番の近道、かつ正攻法なのである。
実際、こうした話は別に珍しい話ではなかったりする。
他のスポーツでも、才能に溢れ、将来を有望視されていたものの、まだ身体が出来上がっていない段階で無茶をした(させた)結果、その道が閉ざされる例には枚挙に暇がない。
この様に、大き過ぎる力を扱う為には、それに耐えられる“器”が必要なのである。
『肉体』であれば、それに見合う筋肉だったり柔軟性だったりする訳であるが、では『霊魂』の場合はどうか?
『霊魂』、すなわち“魂の力”は、他には“霊能力”とか“超能力”と呼ばれる訳であるが、これにも当然、『肉体』と、更にはこちらが特に重要なのであるが、『精神』の頑強さが必要となってくる。
そもそもそれらの力は、先程のアルフォンスの例にもある通り、他者の意思や自我が己の内側に入り込んでしまう可能性もあるからである。
未熟な『精神』で、それらの情報の奔流に晒されたとしたら、下手すれば自我の崩壊、あるいは『精神』の変調を招きかねない。
そうならない為には、やはり『精神』と『肉体』は連動しているので、強く柔軟な『肉体』、そして強く強固な『精神』を練り上げる必要があるのである。
(より具体的には、情報の奔流にそのまま立ち向かうのではなく、ある種の“防壁”、“精神障壁”などによって自らを保ちつつ、自分にとって必要な情報をピックアップする術を身に付ける必要がある。)
生まれつきの“能力者”達は、これをごく自然に身に付ける訳であるが、後天的に“霊能力”、“超能力”に目覚めた者達はそれを持たない。
故に、下手をすれば先程の話の様に、自我が崩壊、するだけならばまだマシな方で、より最悪なのは、“レギオン”と化した元・ドレアムだった魔物の様に、生者に仇なす者になりかねない訳である。
(それがどんな種族であれ)生命体が進化、発展した先にどの様な“答え”に辿り着くかを観測する為に存在するマギやネモが、『霊魂』、すなわち“魂の力”を与える事を躊躇していたのも、これが理由であった。
故に、『資格』、なのである。
で、残念ながらカエサル達は、まだその段階には達していなかったのである。
いや、再三述べている通り、彼らは今現在のこの世界においては人類の中ではトップクラスの強者である事は否定しないが、大人であるアベル、フリット、ヴェルムンドはともかく、まだ精神的に未熟なカエサル、ルドベキア、アルメリア、そしてアルフォンスは、『精神』という項目で鑑みれば、まだその『資格』を満たしていない“器”なのである。
それ故に、正攻法である『限界突破』の試練を受けられなかった訳であるが、これまで述べた通り、“レギオン”を何とかする為の苦肉の策として、裏技である“覚醒”という方法を試みた訳であった。
結果としてそれはある意味成功した訳であるが、奇跡的に高い深度の“魂の力”を操りつつあるカエサルとは裏腹に、元々それらに高い素養を持っていたアルフォンスだけは、更に深い覚醒を果たしてしまった、なおかつ十分な“精神防壁”を練り上げられていなかった事も相まって、非常に危険な状況に陥ってしまった訳であった。
高い素養が仇となり、“精霊”達の悲痛な叫びが否が応でもアルフォンスの耳、というか心の中に直接流れ込んでくる訳である。
それは、とても平常心を保っていられる筈もなく、結果としてアルフォンスはある意味戦意を喪失して、ただただ泣き出すだけの状況となってしまったのであった。
・・・ただ、彼にとって幸いな事に、彼は一人ではなかった。
パンッーーー!
「いたっーーー!」
「しっかりしろ、アルッ!何があったかは知らないが、今はまだ安心出来る状況じゃないっ!」
「っ・・・!!!」
フリットの平手打ちによって意識を現実に引き戻されたアルフォンスは、続く彼の言葉にハッとした。
確かに小型の“レギオン”は片付きつつある。
しかし、本体である“レギオン”はいまだ健在であり、ここでアルフォンスが戦力外となれば、それだけ仲間達の生存確率が下がる事となる訳だ。
もしそれで、仲間達が傷付き、あるいは倒れたとしたら、そしてそれでもアルフォンスだけが生き残ったとしたら、それで心を痛めるのは彼自身なのである。
確かにアルフォンスにとって“精霊”も身近な存在かもしれないが、それ以上に仲間達の生死の方が重要であろう。
フリットの言いたい事。
それは、
“悲しむのなら後にしろ”、
と言ったところか。
喜びも悲しみも、幸福も不幸も、生きているからこそ感じられる事なのだ。
逆に言えば、死ねば全ては無に帰す。
それは当たり前の事であるが、そんな当たり前の事をつい忘れがちになるのが、人、というものなのである。
「グスッ・・・。ごめん、フリット。もう大丈夫。」
「・・・」
アルフォンスの目に光が再び宿った事を確認したフリットは、コクリと頷いた。
もちろん、アルフォンスの耳には、あいかわらず“精霊”達の悲痛な叫びが聞こえてきてはいるのだが、それをあえて意識外に締め出す事が出来たのであった。
ーーー奇しくもそれが、先程述べた“精神防壁”の様な役割を果たす事となった訳であったーーー。
・・・
さて、こうして何とかアルフォンスが持ち直し、パーティーが瓦解する事は未然に防げた訳であるが、以前として状況が好転した訳ではない。
小型の“レギオン”が駆逐されつつあるのは事実であるが、その結果、アベル達は体力と集中力をモロに使う事となり、疲労が蓄積してしまう事となったからである。
もちろん、自らの、あるいは仲間達の生死がかかった状況であるから贅沢は言っていられないのであるが、“レギオン”本体を攻略するにはかなり心許ない状況である事もまた事実であった。
「・・・作戦が必要だな。」
アルフォンスから詳細を確認したアベルの、第一声がそれであった。
「そうだな。まさか“精霊”まで喰らうとは予想外であったが、信じられなくても奴の力が復活しているのは否が応でも分かる。このまま何も考えずに突っ込めば、返り討ちに遭うのは目に見えているからな。」
「「「・・・」」」
それに、ヴェルムンドが賛同し、他の者達もコクリと頷いた。
「・・・しかし、具体的にはどうするんだい?」
「「「「・・・」」」」
フリットのその発言に、皆押し黙ってしまう。
もちろん、彼らの頭が悪い訳ではない。
むしろ事戦闘においては、前衛組であるアベル、フリット、ヴェルムンドは非常に高い思考力を持っている、と言っても過言ではない。
それだけ経験が豊富、という事なのだが、しかし逆に“レギオン”との戦闘においては、所謂通常の“セオリー”が一切通用しないのだ。
それこそ、前衛組で撹乱している間に、後衛組の強烈な一撃で葬り去る、という、もはや完全に出来上がりつつあった黄金パターンも決め手に欠けてしまう訳である。
何故ならば、“レギオン”を倒すには物理的な攻撃ではなく、霊的な、それも“レギオン”の“核”、すなわち『永久原子』に確実にダメージを与えられる攻撃でなければならないからである。
覚醒したばかりの彼らでは、その方法は相手の懐に入り、直接“核”に攻撃を加える、という方法しかない。
それはつまり、非常に危険な賭けに出なければならない、という意味でもある。
何故ならば、当然その者自身にも、相手からの攻撃を受ける危険性が伴うからである。
しかも、ただの攻撃ではない。
相手も同じく霊的な攻撃が可能だろうから、肉体的にも霊的にも致命的な一撃、なのである。
それは当然、誰もやりたくないし、誰もやらせたくない。
もちろん、誰も彼らを臆病者と笑う事は出来ない。
むしろ生き残る能力から鑑みれば、臆病、というか慎重過ぎるくらいの方が良いのである。
蛮勇は身を滅ぼす。
その事を彼らは、身に沁みて理解しているのかもしれない。
だが、
「・・・俺が行く。みんなは露払いを頼む。」
「アベルッ・・・!」
しばしの沈黙の後、アベルが名乗りを上げたのである。
先程も述べた通り、今の彼らにはそれしか方法がない。
故に、アベルの発言は理にかなっている訳であるが、しかし仲間達は反対の声を上げる。
「危険過ぎるっ!もっと他に良い方法がっ・・・!」
「・・・相手がそれを待ってくれるとは思えねぇけどな?このままここでウダウダしてても、被害が広がるだけだし、それこそ何の意見もまとまらないまま襲われたら、俺らもひとたまりもないぜ?」
「「「「・・・」」」」
人間、そうそう都合良くベストな選択肢や作戦を思い付ける訳もない。
アベルの提案は、この場における最適解に近いプランであり、それは自然環境に対する配慮はもちろんあるのだが、やはり一番は仲間達の身を案じる上での発言でもあった。
チーム内の意見が統一出来ていないと、結果としてバラバラに行動するよりもグダグダになってしまう可能性すらある。
それは、チームの瓦解を意味し、この場では全滅の可能性をグッと引き上げてしまう事を意味する。
その点、感情的には納得出来なかったとしても、アベルに先陣を切らせる作戦に統一した方が、成功率や生存率を引き上げる、ある種ベターな選択肢である。
リスクなしには成功は掴めない、と言ったところか。
仲間達は躊躇するが、確かに考えている時間はないかに見えた。
何故ならば、“レギオン”がモゾモゾと蠢いていて、再び活動を再開する気配が感じられたからである。
「・・・何、心配すんなってっ!俺も死ぬつもりはねぇよ。セレウス様に習った“瞬動術”もあるし、パワーは俺が一番あるからな。キッチリ奴をぶった斬って、逃げおおせてみせるさっ!オメェらがキッチリ協力してくれたらなっ!」
ニカッと笑うアベルに、仲間達も覚悟を決めた様であった。
「・・・分かった。露払いは任せろ。」
「お前には手出しさせないさ。」
「アベルは前だけ見れば良いよ。」
「勝ちましょうっスッ!」
口々に、己と仲間を鼓舞する様な言葉を発していった。
アベルはそれにコクリと頷くと、
「・・・行くぞっ!!!」
「「「「応っ!!!」」」」
気合を込めた言葉を発したのであったーーー。
〈ちょっと待って下さいっ!〉
「「「「「!!!???」」」」」
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