あまり人気の出ない修行編 2
続きです。
世の中には“エネルギー効率”という考え方が存在する。
“エネルギー効率”とは、広義には投入したエネルギーに対して回収(利用)できるエネルギーとの比を指す。
狭義には、燃焼反応のうちどれだけのエネルギーが回収出来るかという比率の事。
それに伴い燃焼して反応した時はエネルギーに対して効率が良いと考えられる。(某百科事典より抜粋)
意外、ではないかもしれないが、実は入力されたエネルギーと出力されるエネルギーは同一ではない。
何故ならば、どこかしらにロス(損失)が発生するからであり、その差が小さければ小さいほど、“エネルギー効率”が良い、と言われているのである。
こうした考え方は、特に近年では、環境への配慮からや“省エネ”の観点からも重要視されている。
実際家電なんかでも、最新の物の方が、昔の物よりもこの“エネルギー効率”が優れている、と言われている。
(最新家電の方が電気代が安いと言われるのは、この“エネルギー効率”が良いからである。)
つまり極論を言えば、同じ“エネルギー”を利用したとしても、効率によってより効力を増す事が出来る(つまり、今までロスしていたエネルギーを回収出来ている)、という訳である。
そして当然ながら、こうした考え方は、何も家電などに限った話ではない。
無駄なエネルギーや動作をなくす事によって、より洗練される事はよくある話である。
例えば、スポーツの話でも、素人と玄人では“力の入れ方”が全く異なる。
素人は、まだどこがキモとなるのかが分かっていないので余分な力が入ってしまう事が往々にしてある。
対して玄人は、キモとなる部分がすでに分かっているので、余分な動作も力も入れる事もなく滑らかであり、その見た目的にも美しく、かつ“エネルギー”的にも非常に効率が良いのである。
そして当然ながら、“魔素”を利用するに当たっても、この“エネルギー効率”という考え方は当てはまる訳であったーーー。
・・・
「・・・つまり、僕達の“術式”には無駄がある、と?」
やや心外だ、という表情を浮かべるカエサル達に対して、しかし(偽)ハイドラスは無情にもハッキリ頷いた。
〈はい。いえ、もちろんあなた方を貶すつもりは毛頭ありませんよ?実際、数々の学びの結果もあったのでしょうが、そこから既存の魔法とは異なる新たなる魔法を生み出したのは称賛されるべき事ですからね。ですが、そこで“完成”という訳でもない。もしかしたら、そこには更なる改良の余地があるかもしれませんからね。少なくとも、“術式”を見直す事で、同じエネルギーでもっと大きな力を発現出来る可能性もある。〉
「・・・しかしそれだと、同じ効果を発揮するか分かりませんよ?」
ルドベキアの発言だ。
「確かに。」
〈いえ、そうでもありません。そこで知識が重要になってくるのですよ。〉
「知識、ッスか?」
〈ええ。これは、アルフォンスくんにも先程言った事にも通じるのですが、何故その様な現象が起こるのか、を正しく理解していれば、必要なもの、必要ではないもの、というのが自ずと分かってくるものなのですよ。例えば火系の術式で一例に挙げると、これは“燃焼”という現象が基礎としてあります。“燃焼”とは、すなわち燃料と支燃物、典型的には空気中の酸素ですね、との激しい酸化還元反応の事です。これによって、光や熱の発生を伴うのです。我々が一般的に“火”と定義しているものも、この“燃焼”という現象によって起こっている過程に過ぎません。〉
「そうなんですか・・・。」
(偽)ハイドラスの説明に、カエサルは目を丸くしていた。
以前から言及している通り、彼らは科学知識には明るくない。
というか、この世界ではそういう方面には発展していない、と言った方が適切かもしれない。
だが、別にそれらを知らなくても、例えばサバイバルなどでも活用される技術として、簡易的な火起こし器を使って火を起こす事自体は知っている事は珍しい話ではなく、そして経験的に、酸素を供給する、薪を投入する、などによって、その持続時間を長くする事、水などの消火剤を使う事によってそれを止める術を身に付けている事も往々にしてあるものである。
そうでなければ、そもそも科学知識も何もない原始の時代から、人類が“火”を扱ってこれたのがおかしな話になってしまうからである。
ただ、(偽)ハイドラスも言及している通り、そのプロセスやメカニズムを理解していれば、こちらも先程から言及している“効率”というものが変わってくるのである。
〈では、“火”を起こす方法は一つだけだと思いますか?ルドベキアさん。〉
「ん、ボクかい?うぅ〜ん、そうだねぇ〜。・・・もちろん、一つだけではないだろうね。」
まるで授業よろしく、突如指差されたルドベキアだったが、しばし考えた末にそう答えた。
〈その通り。実際には、これは“火”に限らずですが、その方法というのは幾通りもあるものなのですよ。ではその中に、今の方法よりも素早く着火出来る方法があれば、どうでしょうか?〉
「・・・当然ながら、“効率”が非常に良くなる?」
〈その通りです。これが知識、あるいは知恵です。これは魔法の“術式”も同様なのですよ。同じ現象を引き起こすにしても、方法は一つだけとは限らない。そしてその中には、今よりももっと“効率”の良い方法があるかもしれません。〉
「なるほど・・・。」
先程の火起こし器についても、棒と板をこすり合わせる方法から、弓式火起こし器に発展していったり、今現在では、マッチやライターによって一瞬で火を着ける事が可能である。
当然ながら、ここでは“火が着く速度”というのが段違いであるから、その後の展開、例えば料理をするなり水を沸かすなりの作業がスムーズとなる。
これを火系の“術式”に当てはめると、当然ながら、まず火を着ける、という作業が必要となるのであるが、先程も述べた通り、正しい知識や知恵を持っていれば、それをもっと素早く、少ないエネルギーで着火出来る、=魔法の発動スピードをより高める事が出来る、という訳である。
〈これはあくまで一例に過ぎませんが、今現在のこの大陸で扱われている『魔法技術』はまだまだ発展途上なのですよ。先程の火系術式の話は、実際にあなた方が使用する『魔法技術』の話なんですが、まず火を発現するに当たって非常に原始的な方法を用いているのと同じなのです。仮にその術式の一部を見直して、より効率の良い方法を組み込めれば、もっと負担も軽くする事が出来る。そしてそれは、あくまで“火を着ける”という一連の作業の見直しに過ぎないので、“魔法”そのものの効果を打ち消すものではない。つまり、ルドベキアさんが先程懸念を示したものには該当しない、という事です。〉
「ふむ・・・。」
〈ただ、“改良”と一言で言ってはいますが、何の知識もなくそれをするのは、途方もない年月がかかります。もちろん、偶発的に理想的な方策を発見する可能性もあるので極短期間でそれを成す事も可能ですが、あくまでこれは幸運な例ですね。しかしここで、我々が今まで身につけてきた“知識”が意味を成します。〉
「セレウス様やハイドラス様が扱う『魔法技術』、という事ですね?」
〈ええ。もちろんそれだけでなく、我々が実践(実戦)の中で培ってきた技術も含まれますがね。基本的にはこの大陸と我々の出身の大陸で、『魔法技術』の体系的に大きく異なる点はありません。結局は“魔素”を起爆剤としている事には変わりありませんからね。しかし、先程から述べている通り、方向性が少し変わるだけで、全く異なる発展を遂げる事も往々にしてある。そして当然ながら、特に我々の置かれた状況下から、“効率化”という点においてはあなた方の扱う技術よりも優れている自負があります。何故ならば、そうしなければ生き残れなかったからです。〉
「「「「・・・」」」」
少なくとも、(偽)ハイドラス達が自分達より遥かに年上であり、長年戦って来た事、そしてそれで生き残ってきた事を信じ込んでいたカエサル達は、納得の表情を浮かべていた。
もちろんこれはマギ達による創作な訳であるが、しかし本物のセレウスとハイドラスが、セルース人類としての科学知識などを応用してオリジナルの『魔法技術』を開発していた事も事実であるから(自身の正体を隠す為に、“能力”を制限した結果、戦う術としてすでにある程度この世界で浸透しつつあった『魔法技術』を利用した為)、少なくとも現時点でのカエサル達よりも数段優れた理論を持っていたのは嘘ではなかった。
そして(偽)ハイドラスは、ここで追い討ちをかける様に彼らに寄り添った提案をする。
〈もちろん、“術式”というのは、ある種“魔法使い”の生命線となるものですから、そうやすやすと他者に開示出来るものでもないでしょう。ですから、あなた方が戸惑うのも分かります。しかし、今は時間があまりありませんし、そもそも言い方は悪いですが、私達にとってはあなた方の持つ知識程度では、あまり参考になりません。むしろ、私達の持つ知識を授ける方が私達にとっては何のメリットもないのですが、そこはそれ、私達は“仲間”な訳ですし、我々としては、我々の様な人間が今後二度と現れて欲しくない。ですから、お互いに協力しませんか?〉
「「「「・・・」」」」
ある意味上から目線ではあるが、言われてみればその通りなのだ。
以前から言及している通り、“術式”というのはある種の特許、秘伝の様なものである。
これを他者に開示するという事は、言ってしまえば自身の優位性を担保出来なくなるのに等しい訳であるから、それを秘匿するのはある意味当然の流れである。
特にカエサルらのオリジナルの魔法は、彼らにとっての切り札である。
特に慎重になるのも道理であろう。
しかし、(偽)ハイドラスの言う通り、彼らにとってはその魔法とて、別に特別なものではないのである。
仮に同じ様な魔法を持っていなかったとしても、その知識や知恵から、アッサリと同じ魔法を再現する事が出来てしまうからである。
それこそ、今のカエサル達でさえどうなっているのかさえ分からない魔法(封印魔法)を使っている以上、『魔法技術』においては天才たるカエサル達より更に数段上にいるのは明白なのである。
だから、『魔法技術』の知識をお互いに晒す事は、自分達にこそメリットはあれど、彼らにはメリットがないに等しいのである。
だが、彼らは彼らで、これまで説明した通り、ヴァニタスをどうにかするのが目的であるから、その他の事をカエサル達にどうにかして貰いたい思惑がある訳で、全くメリットがない訳でもない。
いずれにせよ、(真実はどうであれ)崇高なる思い、願いの為に惜しみなく自分達のこれまで培った知識や知恵を授けようとしている(偽)ハイドラス達に対して、もちろん(偽)ハイドラスもフォローしているが、ある種の保身から“術式”の開示を躊躇しているカエサル達。
どっちがカッコいいかは明白であった。
カエサル達も遅ればせながらその事に気付いたのだろう。
お互いに目配せをして頷くと、カエサルが代表して言葉を発した。
「分かりました。よろしくお願い致します。」
〈・・・ありがとうございます。〉
・・・
「・・・こんな感じ、かなっ?」
「「おおっ!!」」
シュッ!
ドゴンッ!!
「ってぇ〜!!!」
「ア、アベルッ!?」
「だ、大丈夫かっ!?」
「へ〜きへ〜き。」
〈“入り”は良かったが、最後まで油断しちゃダメだ。キモとなるのは“抜き”、つまりブレーキの方だからな。〉
「難しいッスねぇ〜・・・。」
カエサル達が(偽)ハイドラスの説得に応じて、“術式”の開示、そこから“術式”の効率化に本格的に着手し始めた一方、アベル達の修行は大分進んでいた。
いや、正直に言えば、ヴェルムンド以外の二人、アベルとフリットは、“魔素”の感知はともかく、“魔素”の操作に難航していた。
しかしここで、(偽)セレウスは発想を変えた。
より実践に近い形ならば、彼らも飲み込みやすいだろう、と。
彼らが(偽)セレウスから学んでいるのは、あくまで『魔闘気』や『覇気』と呼ばれる技術の方だ。
つまり、身体強化、すなわち“魔素”を自身の“身に纏う”方式であるから、どちらかと言えば“放出”寄りの“魔素”の操作を省いても問題ないだろう、と考えたのである。
もちろん、本来ならばそちらも出来た方が色々と応用が利くのであるが、ここで注意したいのがアベル達はそれなりに年を重ねている、という点である。
まだ十代半ばであるカエサル達に対して、アベル達は今現在のこの世界の平均寿命から鑑みれば“青年”、どころか“中年”と言っても差し支えない年齢なのである。
つまり、柔軟性において大分失われているのだ。
まぁ、その分、戦う術、実戦経験においてはカエサル達よりも勝っている訳であるが。
柔軟性が失われている、という事は、すなわち新たなる事を覚えるまでに時間がかかる、という事でもある。
(もっとも、本来修行、訓練などはそれなりの期間を経て行うものであるから、ある意味今の状況がイレギュラーなのであるが。)
ただし、すでに身に付けているスキルに関連したスキルであれば、案外それもスムーズに習得出来る可能性もある。
そしてその狙いが見事に上手く行った訳であった。
アベル達が“魔素”をハッキリと認識したのはつい先程の話だ。
だが、(残念ながら“放出”の基礎となる“魔素”の操作は上手く行かなかったが)すでに“魔素”を使った身体強化に進んでいる。
もちろん、まだまだ荒削りである事は否めないが、それでも格段の進歩であろう。
今もアベルが、“魔素”を利用した“瞬動術”に挑戦し、それに半分失敗していたところであったがーーー。
〈だが、要領は掴めたんじゃないか?つまり『魔闘気』ってのは、そうした身体操作の次元を一段引き上げるものなんだ。素の身体能力だけでは不可能な事も、『魔闘気』を扱う事が出来ればそれも可能となる。〉
「確かに便利ッスねぇ〜。スピードにおいては、俺もフリットには敵わないと思ってたけど、“瞬動術”を極めればそれもひっくり返るかもしんない。」
「・・・それはどうかな?仮にフリットも“瞬動術”を同レベルで使えるなら、結局基本的な能力の高い方が有利となるだろう。」
〈その通り。だが、そもそも『魔闘気』、あるいは『覇気』と呼ばれる技術は、『魔法技術』以上に使い手が限定される。ってか、“魔素”を扱えるなら、『魔法技術』を習得した方が色々と便利だからな。様々な現象を起こせるだけでなく、戦いにおいても遠距離から一方的に攻撃する事が可能だ。その点、『魔闘気』や『覇気』は、あくまで身体強化に過ぎない。もちろん使いこなせれば非常に有利な状況とはなるが、結局は敵に近付かないと使えない技より、そっちの方が当然より安全だからな。つまり、まぁアベルとフリットが同レベルで技術を習得したとしたら、やはりパワーではアベルが、スピードではフリットに軍配が上がるかもしれんが、それはあくまで仲間内の事で、他の者がそれを使いこなしたお前らに追従する事はほぼないと思っても良いだろう。〉
「なるほど・・・。」
(偽)セレウスの言葉にアベル達は納得の声を上げた。
まぁ、以前にも解説した通り、アベルは“鬼人族”の特性として強さを求める傾向にあるので内心思うところはあったが、流石にそれにこだわるほどこじらせても青くもないので、フリット、というか“獣人族”の特性であるスピードに関しては自分が一段劣っている事も素直に受け止めていた。
〈だが、これも使い方次第だぜ?要は判断力と応用力がものを言うのよ。当たり前だが、事戦闘においては全く同じタイミングで行動する訳じゃない。仮にアベルの方が早いタイミングで“瞬動術”を使ったとしたら、その瞬間だけだがフリットのスピードを上回る事が出来るし、またその逆も然りだ。それに、『魔法技術』とは違いあくまで自分の身体限定ではあるが、それでも『魔闘気』を極めていくと自己回復なんかも出来る様になる。つまり、格段に継戦能力を高める事が出来るんだ。お前らの様な近接戦闘タイプの戦士にとっちゃ、『魔闘気』は非常に有用なスキルだと思うぜ?〉
「・・・まだまだ『魔闘気』は奥が深そうですね。」
〈そうだな。正直、俺らが知っている使い方も、当然それが『魔闘気』の全てじゃない。あくまで俺にとって使い勝手の良い技を開発したに過ぎないからな。だから、基礎が固まったら後はお前ら次第だ。自分の特性を更に伸ばす使い方をするのか、逆に自分の弱点を補強する使い方をするのか。あるいはもっと他の使い方を選択するのかは、な。〉
「「「・・・」」」
以前から言及している通り、『魔闘気』や『覇気』と呼ばれる技術は、言わば“自己強化”である。
だが、その“振り分け”は各々の選択肢次第であり、パワーに極振りをしてスピードを犠牲にするのか、逆にスピードに極振りをしてパワーを犠牲にするのか。
はたまた、それらをバランス良く使うのかは使い手に依存する。
もちろん、相当な使い手となれば、先程の“瞬動術”の様に一瞬だけスピードを高める様な非常に効率的な使い方が出来る様にもなるが。
〈ま、俺が知ってる技はとりあえず全て教えてやっから、それを参考に考えてみな。〉
「・・・うっすっ!」
「「・・・はいっ!!」」
最後に、その方向性を考える上での指標を授ける、と言った(偽)セレウスに、色々と頭の中で考えていた三人組はこれ幸いにと気持ちの良い返事を返すのだったーーー。
(偽)セレウスの指導によって、着実に『魔闘気』を習得しつつあったアベル達、そして(偽)ハイドラスの説得に応じて“術式”の開示に合意したカエサル達と、着実にパワーアップが進んでいったのであるがーーー。
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