あまり人気の出ない修行編 1
続きです。
以前にも述べたかもしれないが、“魔素”の運用方法は大きく二つに大別出来る。
一つは、所謂“放出系”だ。
“魔素”を起爆剤として、様々な物理現象、化学反応等を再現する技術。
つまりは『魔法技術』であり、これによって火や水、風、土などの属性攻撃などを術師は放つ事が出来る訳である。
術師の身体から離して運用する、という観点から、“放出”という分類となる訳である。
そしてもう一つが、所謂“強化系”である。
これは、“魔素”を身体能力強化等に利用する事によって運用される形式である。
ラテス族の扱う『魔法技術』の大元が、元々この“強化系”寄りの考え方に基づく“呪紋”から来ているので、ある意味原点に近い形の運用方法と言える。
ただ、“呪紋”の場合、その身体に直接“術式”を刻み込まないと発動しない、という欠点を抱えている。
今現在のこの世界では、当然ながら一度刻み付けた刺青は取り消せないので、ある種限定的なパワーアップ、場合によっては弱体化となってしまう可能性もあった。
ただ、これはあくまで“魔素”に明るくない素人向け、初心者向けの技術である。
と、言うのも、こちらも以前にも言及したかもしれないが、元々“魔素”というのは、“術式”なしでも扱う事が出来るからである。
特に、“魔素”との親和性の高い者達は、無意識レベルでそれを扱う事が可能である。
具体的には、以前にアキトの前に立ちはだかったニコラウスは、生来の“魔素”への親和性の高さから、『魔眼』という能力を持ち合わせていた。
『魔眼』は、すなわち深度の高い催眠術の事であるが、これをニコラウスは、訓練も学習もなしに行使が可能だった訳である。
とは言えど、これはある種のギフトである。
大半の人間族は、“魔素”との親和性がそこまで高くないので、“ガイド”、すなわち“術式”や“呪紋”によって“魔素”の方向性を決めてやる必要がある。
そうして、効率的に、合理的に“魔素”を運用する方法が、総称して『魔法技術』となっていった訳である。
が、先程も述べた通り、“魔素”を取り扱う上では、必ずしも“術式”や“呪紋”が必要な訳ではない。
特に元々“魔素”に対する親和性の高い者達、あるいは“魔素”に対する習熟度が高い者達は、無意識レベルで“魔素”を取り扱っている場合があると先程も述べた通りで、それを意識的、自由自在に操る技術を、『魔闘気』、『覇気』と呼ぶのであったーーー。
◇◆◇
〈んじゃ、早速始めちまおう。まず確認しておきたいんだが、お前らは“魔素”を感知する事は出来るか?〉
しばらくの休憩の後、宣言通り、早速訓練に移っていた(偽)セレウスは、アベル、ヴェルムンド、フリットの三人組にそう尋ねていた。
「・・・正直、よく分かんねぇっす。」
「私は何となく分かります。『魔工』の時に感じる微かなモヤ、というか、鈍い光、みたいなものですかね?」
「ああ、そういうものならたまに感じた事はあるよ。その時って、滅茶苦茶調子が良いんだよね。」
「あぁ〜、言いたい事は何となく分かったかも。」
ドワーフ族であるヴェルムンドの言葉で、アベルはようやく何かを察した様であった。
『新人類』達は、そもそものコンセプト的に“魔素”への親和性の高さ、あるいは耐性の高さを持って生まれる様に設計されているだけあって、彼らも例外なく“魔素”への親和性の高さを持っている。
が、その中でも上下、というかより高い種族、というものが実は存在する。
もっとも“魔素”への親和性の高い種族が、再三述べている通りエルフ族である。
彼らは、“魔素”を精霊という概念で捉える事ができ、それを持って何の学びも訓練もなしに“精霊魔法”という技術体系を扱う事が出来た。
次いで高いのがドワーフ族であり、流石にエルフ族ほどではないにしても、彼らは生来、金属加工技術に対するギフトを持っている事もあり、物質に“魔素”をこめる技術、すなわち『魔工』を扱う事が出来るのである。
これも、一種の“魔素”を用いた運用方法の一つであるから、ドワーフ族の中でも特に『魔工』に高い適性を持っていたヴェルムンドは、アルフォンスとは別の意味で、“魔素”との付き合いが深かったのである。
(ちなみに、残りの鬼人族と獣人族は、どっこいどっこいである。
ドワーフ族とは別の方向で加工技術に優れた鬼人族であるが、彼らはどちらかと言えば脳筋寄りであり、残念ながら『魔工』に目覚める素質が低かったのである。
その代わり、『新人類』の中では随一の膂力に強靭な肉体など、まさに戦う為に生まれてきた様な種族として仕上がっている。
そして獣人族は、まぁ、一口に“獣人族”と言っても実際には基となった魔獣やモンスターの数だけ細かい種に分かれているのであるが、総じて獣特有の素早さやバランス感覚に振られている傾向にある。
もっとも、後の世の妖狐族であるヴィーシャの様に、一部特殊能力として“魔素”を利用しているケースもあるので一概には言えないが、どちらかと言えばやはり鬼人族寄りの、身体能力に寄った種族として完成させていった経緯があった。)
そんなヴェルムンドの具体的な言葉から、アベルとフリットはこれまで意識してこなかった“魔素”をようやく認知した、といったところか。
〈うむ。どうやら、“魔素”の感知自体は問題なさそうだな。実際、ここがいっちゃん大変なんだよ。特に人間族は、お前らほど“魔素”に対する親和性が高くないから、“魔素”を感じ取るだけでも数ヶ月、下手すりゃ年単位をかける事もザラだからな。そうした意味じゃ、お前らはすでにかなりのアドバンテージを持ってるってこった。〉
「・・・なるほど。」
実際、『魔法技術』が確立してかなりの年月が経っているが、それを自然発生的に身に付ける、という事は不可能である。
いや、先程も述べた通り、ギフト持ちのニコラウスの様に、無意識に扱う事がある、というのも事実であるが、あくまで彼は『魔眼』という形のみでしかそれを発現出来ない。
以前にも言及した通り、仮に師匠なりから教えを施されたならば、それを他の能力として発現出来た可能性もあるし、場合によっては後世に名を残すほど優れた“魔法使い”となっていた可能性もあったが、彼の場合はそれを自身で拒否している。
つまり何が言いたいかと言うと、『魔法技術』もあくまで体系化された“技術”であるから、武術や他の技術なんかと同様に、技術を継承するなり盗むなりしない事には、高いレベルでの行使は不可能なのであった。
そして、その一番最初の関門にして、ある種もっともキモとなるのが、この“魔素”の感知、そこから派生した“魔素”を自在に操る術、なのである。
〈そんじゃ、それを意識的に出来る様になる事から始めよう。コツを掴めば、お前らならすぐだと思うぜ。〉
「はぁ・・・。」
そう言われても、たまに感じていた不可思議な感覚でしかなかったものを、すぐに捉えろと言われても困ってしまう。
が、そこはそれ、それなりに修羅場を乗り越えてきたアベル達である。
三者三様に、それを感じた時の事を頭に思い浮かべて、意外と短時間で意識的な感知に成功していた。
「あれ?出来たわ。」
「そうだな。もっと難しいと思っていたんだが。」
「何だがいつもの景色が違って見えるよ。」
〈お、流石だな。ま、そもそも“魔素”ってのは、この世界のどこにも存在するモンだから、“視える”様になりゃ、結構簡単なんだがな。んじゃ、早速次の段階だ。今度は、それを自分の意思で動かしてみな。〉
「う、動かせったって・・・。」
〈何でもいいんだ。例えば、自分のもとに集まれ、とか、こっちに移動しろ、とかを念じるのよ。要はイメージだな。〉
「はぁ・・・。」
感知が出来たと思ったら、早速(偽)セレウスは三人組に“操作”をする様に指示を出した。
これが、“魔素”を操る上での基本中の基本にして奥義でもある。
まず、“魔素”を感知する(感じ取る)事。
そして、それを自在に操る事。
これが出来て、初めて次の段階、操った“魔素”を“術式”なりを経由して現象を起こすのである。
当然ながら、これは物事の“発動スピード”にも関わる事なので、これに習熟した者は他の者よりも圧倒的なアドバンテージを持つ事となる。
サッカーで例えるならば、トラップからのパス、あるいはシュートが極めて早い、といったところか。
これもある意味基本中の基本だが、これがスムーズかつスピーディーな者ほど相手に反応する隙も与えず自分の有利な条件に持ち込む事が出来る。
“魔素”の取り扱いもこれと同様で、仮にもよーいどんで同じ事をしても、先に“魔法”を発動させた者の方が有利なのは言うまでもない事であろう。
もっとも、三人組の適性は“魔法使い”ではないのであまり関係ない様にも思えるのであるが、彼らが今から学ぶのは、やはり“魔素”を活用した『魔闘気』とか『覇気』と呼ばれる技術であるから、これに慣れているほどやはり有利なのであった。
「こ、こんな感じ、か?何だが滅茶苦茶難しいな。」
「よっ、ほっ・・・!」
「ヴ、ヴェルはもうコツを掴んだのかい?」
「元々『魔工』で慣れてるからね。ま、やっぱ勝手は色々と違うんだけど。」
端から見れば、何かよく分からないダンスをしている人達に見えるが、”魔素“を感知出来る者達から見れば、三人組が懸命に”魔素“を操っている事が観察出来た。
当然ながら(偽)セレウスにもその様子は見えている訳で、アベルとフリットに比べたら、比較的スムーズにヴェルムンドが”魔素“を操っている事が観測出来た。
〈ヴェルムンド、って言ったな?何か二人にアドバイスしてやってくれないか?〉
「う〜ん、そうですねぇ〜・・・。」
あまりにレベルが違い過ぎると、返ってその助言が足かせになる事も往々にしてある。
よく、教師の言っている事は理解出来ないまでも、友人から教えて貰うと理解出来る、なんて事も起こるものだ。
目線が近い、あるいは分からなかったところが何となく分かる、というのは、それだけで重宝するものなのである。
「やっぱり頭の中のイメージじゃないかな?もっとより具体的なイメージを持つとやりやすいのかも?自然界の物質ってのは、大抵一つの“流れ”を持っているものだから、例えば水なんかは、高いところから低いところに“流れる”訳だけど、その流れに逆らわずに上手く自分のもとに引き寄せる、みたいな感じかなぁ〜?」
「・・・なるほど?」
「分かった様な分からない様な・・・。」
ヴェルムンドの抽象的過ぎる説明にアベルとフリットはポカンとしていた。
(偽)セレウスの思惑は思いっきり外れてしまった様である。
その後、“魔素”の操作に四苦八苦するアベルとフリットであったがーーー。
・・・
〈それでは早速、講義に移りたいと思います。その前にエルフ族の、確かアルフォンスくんと言いましたね?は、“術式”を用いた事はありますか?〉
「いえ。ボクは“精霊魔法”しか使えないから・・・。」
〈ふむ。まぁ、それもそうですね。貴方の場合、無理にそちらを用いる必要もない。しかし聞いておいて損はないと思います。具体的に“精霊”がどの様なプロセスを経て現象を起こしているのかの理解が深まれば、それだけで“精霊”との繋がりがより深くなると思いますからね。〉
〈はぁ〜い。〉
一方、“魔法使い”組の4人、カエサル、ルドベキア、アルメリア、そしてアルフォンスは(偽)ハイドラスの講義を受けていた。
彼らはアベル達とは違い、すでに“魔素”の感知に操作はマスターしているので、より専門的な事を教わる様であった。
「ところでハイドラス様。一つ質問なんですが。」
〈はい、どうしました?〉
おずおずと手を挙げたカエサルに、講義の出鼻をくじかれたにも関わらず気を悪くする風でもなく(偽)ハイドラスはそう聞き返した。
「先程からおっしゃっている、“精霊”とは何ですか?“魔素”とは違うものなのでしょうか?」
〈ああ、それですか。〉
合点がいった様に(偽)ハイドラスは頷いた、様な雰囲気をカエサル達は感じ取る。
〈基本的には“魔素”も“精霊”も全く同一のものです。しかし、エルフ族は特に“魔素”との親和性が高い種族なので、我々人間とは比べ物にならないほど“魔素”との繋がりが深いのですよ。ですから、見えているものも違う。我々が感じ取っている“魔素”は、あくまでエネルギーの塊の様なイメージかもしれませんが、おそらくエルフ族は、もっと具体的なもの、例えば“魔素”自体が一つの像を持っている。これが所謂“精霊”です。〉
「・・・小人、みたいなものですか?」
「うぅ〜ん、それとも違うかも。ボクも“精霊”とは言ってるけど、具体的な姿形までは分かんないや。けど、彼らは鈍く光ってるし、時たま囁きが聞こえてくるんだよねぇ〜。それに、特に“精霊”の多い場所なんかでは、強力な光を放ってる事もあるし。」
〈なるほど・・・。あなた方エルフ族も、あくまで一つの像として“精霊”を捉えているのではなく、イメージとしては“霊魂”に近い形かもしれませんね。まぁいずれにせよ、先程も述べた通り“魔素”と“精霊”は同一のものですから、捉え方が若干違う、というぐらいの認識で良いと思いますよ?〉
「ふむ・・・。」
(偽)ハイドラスの言葉に納得したのか、カエサル達からそれ以上の疑問の声は上がらなかった。
〈ではちょうど“精霊”の話も出た事ですし、“魔法”の発動条件をおさらいしておきましょう。もう知ってるよ、って話かもしれませんが聞いておいて下さいね?そもそも“魔素”、あるいは“精霊”というのは、この世界に普遍的に存在する、ある種ありふれた物質です。ですが、これはそのままでは大して意味のないものなのです。もちろん、それでもそれらは、我々やこの世界の生物・無機物問わず影響を与えるものですが、劇的は変化、あるいは現象を起こす事はないのです。〉
「「「「「・・・」」」」」
4人は、(偽)ハイドラスの言葉にコクコクと頷いていた。
まぁ、先程から述べている通り一部例外も存在するのだが、今はあまり関係のない話などで割愛したのであろう。
〈それらに“意味”を与えるのが“術式”です。これこれこういう事をするから、その様に変化しろ、というある種の“命令書”ですね。ただ、ここで注意してほしいのは、これはあくまで人間族が扱う『魔法技術』の話であって、エルフ族の扱う“精霊魔法”はその限りではない。私も詳しくは知りませんが、“精霊魔法”では“術式”を必要としないそうです。彼らは“精霊”、すなわち“魔素”に直接アプローチする事が出来ますから、このプロセスを丸々無視出来てしまうんですね。〉
「はぁ〜。改めて聞くと、アルフォンスさんはやっぱ凄いんですねぇ〜。」
「そうなのかな?それが普通だからよく分かんないや。」
なまじ『魔法技術』を修めているカエサル達からしたら、一つの工程を丸々無視出来るアルフォンスの存在は非常に恐ろしく、同時に羨ましくもあった。
〈ただ、ここも注意点なのですが、それもあくまで“簡単な命令”に限定されてしまう、という点です。何故ならば、“精霊”には複雑な命令を処理する能力がないからです。例えば、“火を出して”という簡単なものは、“精霊”もすぐに実行に移せます。しかし、“火を出した後、水も出して、それを混ぜ合わせて爆発させろ”という複数の条件を提示した命令は、“精霊”には受け付ける事が出来ません。ですから、そうした事をしたい場合は、結局“術式”、すなわち“命令書”、“指示書”が必要となってくるのですよ。ですよね、アルフォンスくん?〉
「はい。基本的に“精霊魔法”では、所謂“基礎四大属性”しか使えません。ですがボクの場合は、上位精霊も視えるので、“雷”や“氷”などの属性も使えますが。」
〈ほぉ、それは興味深い。それに“上位精霊”、ですか・・・。無意識の内に、化学反応を利用している可能性もありますね。(ボソ)〉
「あの、ハイドラス様?」
〈おっとこれは失礼。ともかく、アルフォンスくんは特別製の様ですが、エルフ族とて正しい知識がないと、難しい魔法は扱うのが困難なのですよ。それは『魔法技術』でも同じ事が言えますがね。〉
「・・・確かに。」
アルフォンスはともかく、カエサル、ルドベキア、アルメリアはハイドラスの言葉に激しく同意していた。
彼らは、自身でオリジナル魔法を組み上げるほどの術師であるが、当然ながらそれには途方もない時間を要している。
まさに、仮説と実験の繰り返しである。
もちろん、所謂向こうの世界の科学技術とて、先人達が途方もない年月、それこそ人生を賭けて発見した知識の結集である。
それでも、まだまだ発見されていない、解明されていない現象や物質なども存在する訳であるが、ここでは関係のない話などの割愛しよう。
重要なのは、しかし、人類のもっとも優れている点の一つが、そうした知識や経験などを、後世に伝承出来る点であった。
〈あまり時間がないので、私が教えられる事は限られてしまいます。本来ならば、我々が身に付けている“魔法”をあなた方に伝授する事も考えましたが、先程も述べた通り、正しい知識がないと難しい魔法は扱えない。これは、危険性の上でも、です。何故そうなるのか、その結果、どの様な事が起こるのか?これを正しく理解していないと、返って自身や仲間の身を危うくしかねない。例えば、特にアルメリアさんの魔法なんかは、正しく運用しなければ、モロに仲間達に被害をもたらしてしまいますよね?〉
「・・・そうッスね。」
〈ただ、貴女の場合、自身で開発した魔法ですから、その危険性についても熟知している為に、問題なく運用出来ますが、仮にその“術式”を他の者達に与えたとして、上手く運用出来ると思いますか?〉
「それは・・・、多分無理ッスね。もちろん、その危険性についてしっかり説明すればその限りじゃないッスけど・・・。」
〈その為には、最低でもそれを理解するだけの前提知識が必須となる。そして当然ですが、あなた方はかなりの知識量、理解力を持っていますが、それでも一朝一夕で身に付けられるものでもない。ですから、私はアプローチを変える事としました。つまり・・・〉
「・・・つまり?」
「”術式“の効率化です。〉
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