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続きです。
◇◆◇
「・・・ところで一つ疑問なのですが、お二方はその人物を追っていた筈なのに、何故この場でこの様な状況に陥っているのでしょうか?」
話が一段落したタイミングで、おそらくずっと気になっていた疑問を獣人族の青年が私達にぶつけてきた。
この“封印”についての事を言っているのだろう。
まぁ、正直言えば、私達が彼ら二人に一旦退場して貰う為に仕掛けたものであったが、それっぽい理由を捏造する事は簡単である。
〈当然の質問ですね。しかし、これには理由が二つあります。一つは、奴の油断を誘う為です。奴ほどの存在ならば、我々が奴を追っている事は当然察知している筈です。ですから、我々もこの大森林地帯で活動して結構長いですが、いまだに奴の尻尾を掴むに至っていない。もちろん、この大森林地帯が非常に広大な事もその理由の一つですが、単純に奴が逃げ回っている、という線もあるのです。何故そんな事をするのかは知りませんが、もしかしたら、我々と奴が戦った場合、かなり広範囲に影響を与える事を考慮して、奴の言う“実験”とやらが頓挫する事を避ける為だったのかもしれませんね。ですが、我々が身動き出来ない状況になれば、狡猾な奴であろうとも油断が生じる。実際、一時は鳴りを潜めていた奴ですが、最近、また活動を活発化している兆候もあります。それが狙いの一つです。〉
「・・・と、言う事は、お二方はその“封印”を自ら解く事が出来る?」
〈自分達で仕掛けた事ですからね。当然そうなります。ですが、ここでもう一つの理由です。あなた方の様な存在が現れる事を待つ必要もあったからです。〉
「・・・と、申しますと?」
〈先程も述べた通り、我々の目的はあくまで奴の排除です。元凶を止めない事には、この大陸での事態はある程度収束出来ても、また別の場所でそういう事が引き起こされる可能性がある。ある意味いたちごっこですよ。とは言えど、魔王軍の脅威も無視は出来ない。魔物達が台頭する限り、奴の“実験”とやらも終わらない事でしょう。そうなると、単純に我々二人ではその二つに対処する事は難しいのです。魔王軍を無視して奴を追い掛けていたら、またのらりくらりと尻尾を掴ませずにどんどん被害を拡大させる事でしょうし、逆に我々が魔王軍討伐に動き出せば、魔物達の脅威を退ける事は出来ても、奴に逃げられる事になる・・・。となれば、現地の人々に魔物達の対処をお願いする必要があった。〉
〈だが、奴による企みによって、人間側の結束はバラバラの状態だった。それ故に、そのバラバラだった結束を結集し、魔王軍に対抗出来る組織なり人物が現れるのを待つ“時”が必要だったんだ。〉
〈おりしも、この地では当時、台頭してきた魔物達に関する事で人間側の重鎮達が会議を開いておりました。そこに、魔王軍が襲撃を仕掛けてきたのです。〉
〈魔王軍からしたら、人間側のトップを排除出来ればその後やりたい放題だし、奴にとっても混乱を招くのは喜ぶべき事態だった事だろう。だが、それを事前に察知していた俺らは、逆に一手仕掛けたのさ。正直言や、この場にいる魔物達を壊滅させようと思えば出来ない事はなかった。だが、奴の油断を誘う為、そして人間側に危機感を持って貰う為にも、あえて“封印”という形を取ったのさ。〉
「・・・なるほど。」
嘘ではない。
実際、二人の脱落によって人間側は危機感を抱いていた。
二人を知る者達にとっては非常に頼りになる存在が実質いなくなったのに等しいし、逆に彼らを知らなかった、その力を信じていなかった者達も、自分達の目の前でその力を発揮するところを目撃している。
流石にその目で見た以上、彼らの実力を疑い余地ないのだが、知った時には遅かったのである。
魔王軍討伐、という人間にとっての悲願を、彼ら二人を抜きにして実行しなければならなくなったからである。
それはもう、戦争どころではない。
人間か魔物か。
その生き残りを賭けた、ある種の生存競争が、否が応でも始まってしまったからである。
その後、人間側は各勢力のトップ達が態度を急変させた事を受け、急速に結束し、魔王軍に対抗する組織、解放軍なる部隊を発足するに至っている。
もちろん、そこら辺にも政治的な力関係やバランスを気にしたちょっとした諍いや不平不満がない訳ではなかったが、目的と目標が一致していた事もあって、ある程度は無視出来るレベルである。
それが、二人の狙い、計画だった、という体にしたのだ。
獣人族の青年も、私の言葉を疑う事なく素直に納得していた。
〈狙いは上手く行きました。まぁ、“封印”後、魔王軍が鳴りを潜めたのは予想外の事でしたが、人間側にある程度の準備期間が出来たと解釈すれば悪い話でもありません。更には、魔王軍に対する抑止力だけでなく、魔王という、表向きの元凶を何とかしようと立ち上がった者達、つまりはあなた方の事ですが、が現れた事によって、我々の復活の準備が整った訳です。〉
〈・・・だが、ここでイレギュラーが発生しちまった。例のバケモンの存在だ。〉
〈そう。そこでもとの話に戻る訳です。〉
「・・・僕達を導く云々の話ですね?」
〈ええ。〉
色々と回りくどい、というか私達の創作もあったのだが、を経て、ようやく本題に入れた。
〈先程も述べた通り、今現在のあなた方の力では、魔王・マルムス自体の討伐は可能でも、それに至るまで、例えば例の突然変異体などの妨害を跳ね除けるのは中々困難です。しかしそれだと、もちろんこちら側の都合もありますが、人間側にとってもあまり都合がよろしくない。もっとも、先程も述べた通り、人間側は人間側で魔王軍に対抗する為の組織、解放軍を組織しているので我々の様に一方的な展開にはならないかもしれませんが、こちらも先程述べた通り、元凶を何とかしない事にはその争いがずっと続く事となる。ならばどうするか。答えは意外とシンプルです。あなた方に、今以上の力を身に付けてもらう事、ですよ。〉
〈お前らが魔王・マルムスを倒せば、後は瓦解した魔王軍を解放軍が駆逐するだろうし、俺らも元々の目標である奴の排除に本腰を入れる事が出来る。お互いに悪くない話だと思うぜ?〉
「・・・確かにそうなのですが・・・。」
〈・・・???他に何か不明な点でも?〉
私達の言葉に頷きつつ、何処か浮かない顔をする青年達と少年少女達。
・・・何か、問題になる事を言っただろうか?
「いえ、単純な話です。自分達がこれ以上の実力を身に付ける事が出来るだろうか、という不安があるのですよ。カエサル達はまだ若いので可能性はありますが、我々はそれなりに歳を重ねています。ですから、中々イメージがつかないと言いますか・・・。」
〈ああ・・・。〉
・・・そんな話か。
確かに、客観的に見て、まだ十代そこそこの少女少女達は“成長”という意味ではかなりのアドバンテージがある。
一方、『新人類』の青年達は(エルフ族は除くとして)、今現在のこの世界での平均から考えれば、“青年”ではなく“中年”と言っても差し支えない年回りでもある。
少なくとも、少年少女達よりかは完成している事もあり、今以上、これ以上をイメージするのが中々に難しいのかもしれない。
・・・だが、ハッキリ言って何の問題もない。
〈心情は何となく理解しました。ですが、全く問題ありませんよ。先程も申し上げましたが、我々がこれから伝える事は、一からまた新しい事を身に付ける事ではありません。むしろ逆。あなた方の特性や方向性に合わせた、ちょっとした修正に過ぎませんからね。〉
〈ある程度完成してるお前らに、今更新たなる武術やら戦い方を教えたってある意味逆効果さ。それに、お前らは今のままでも十分強い。だが、長年戦って来た俺らからしたら、まだまだ無駄な部分も存在する、って話さ。この、ちょっとした事、ってのは、案外バカに出来ないモンでな。それを覚えるだけでも劇的に変わる事もあるモンさ。〉
「・・・そうなんですか?」
〈ええ。そもそも“魔素”の活用術は、あなた方が知っているものはほんの一部にしか過ぎない。いえ、私達が知っているものですら、あなた方と同様かもしれません。とにかく奥が深く、発想力と応用力次第では、更に可能性を広げる事すら可能です。例えばアルメリアさんは、既存の魔法技術からは逸脱したオリジナルの魔法を行使していますが、それこそが“魔素”の非常に懐の深いところなんです。固定概念に囚われない柔軟な発想力によって、これまで出来なかった事を簡単に可能にしてくれるのです。・・・ただ、そこに至るまでがイバラの道でして、それを生み出すまでにかなりの研究と実験を必要としたハズです。〉
「・・・そうッスね。」
少女は遠い目をしていた。
おそらく、自分の生み出した魔法が生まれるまでの、苦悩と葛藤の日々を思い出していたのであろう。
それだけかかってようやく一つか二つの新しい魔法が生まれたのである。
しかし、逆に言えば、一つか二つしか生み出せなかった、とも言える。
もちろん、それが出来るほどの術師は限られている。
しかし『魔法技術』もそうであるが、技術の優れた点は、それが一代限りではなく、後進に伝承出来る点である。
〈私達も、あなた方とは体系が多少異なるかもしれませんが、ある程度『魔法技術』を習得しています。その我々が持つ技術は、優れた“魔法使い”であるあなた方ならば、すぐに吸収する事が可能でしょう。もちろん、そこから新たなる『魔法技術』を生み出すとしたらそれ相応の時間を必要としますが、現時点ではそれはやる必要はありません。〉
〈・・・それと、“魔法使い”ではないアンタらだが、元々“魔素”との親和性の高さから、実は無意識に“魔素”を使っていたりする。まぁ、そっちのエルフ族は顕著なんだが、彼はどちらかと言えば“魔法使い”寄りだから、ハイドラスの指導を受けた方が良いかもな。問題となるのは残りの三人だ。〉
「私達、ですか?」
〈ああ。その“魔素”の活用術、俺らは『魔闘気』とか『覇気』と呼んでいるが、を無意識ではなく意識的に使いこなせる様になれば、まず間違いなく戦力アップとなるんだ。だが、さっきも言った通り、今のアンタらはそれを正しく認識しちゃいない。だから意識的に使おうにも使えない=無駄が多い、って事さ。言ったろ?そんなちょっとした事だが、それが案外バカに出来ない、っな。〉
「なるほど・・・。」
兆しが見えた為か、彼らの表情には若干明るさが戻っていた。
〈ちなみに、セレウスはそちらの技術の専門家です。まぁ、我々は二人だった事もあり役割分担を明確にする余裕もありませんでしたから、私も使えますがね。いえ、もしかしたら、ある一定以上の使い手になると、“前衛”とか“後衛”などの概念からは逸脱するのが通常の流れなのかもしれませんが。とは言えど、得意不得意というものは出てきますから、“前衛”、すなわち近接戦闘を主とするあなた方は、セレウスの指導を受けるのが効率的かと思われます。そして、私はどちらかと言えば“後衛”、すなわちサポートや遠距離攻撃を得意としていたので、“魔法使い”であるあなた方、そして“精霊魔法”の使い手であるエルフ族の貴方は、私が担当するのが効率的と言うものでしょう。〉
「「「「「「「・・・」」」」」」」
私の言葉に、今度は憂いの表情はなく力強く彼らは頷いた。
〈ま、そんな訳で、着いて早々で悪いが、一息吐いたら早速訓練に移りたいと思う。〉
「えっ・・・!?」
色々と情報を詰め込み過ぎて、少しは整理したり落ち着きたいとは思うのだろうが、こちらの都合もあってあまり深く考えさせたくない、という思惑もありつつ、そんな事は馬鹿正直には話さず、もっともらしい理由を付け加える。
〈ってのも、本来はもうちょっと余裕を持って臨みたいんだが、例のバケモンが復活すりゃ、まず間違いなくお前らを狙いに来るからだ。〉
「あっ・・・!」
そう。
例の突然変異体に、彼らはトドメを指した訳ではないのだ。
そうなると、必然的に彼らを再び狙ってくるのは至極当然の流れである。
・・・まぁ、正直に言えば、今現在の彼らでも例の突然変異体に打ち勝つのは可能であるが、どうせなら、それを事を急ぐ理由としたのである。
・・・それともう一つ。
〈・・・それに、実は念話を使うのはかなりの消耗となるのですよ。少なくとも、長期間、あなた方に接触するのは、我々にかなりの負担をもたらす事となる。先程も述べましたが、我々の目的は奴を排除する事です。しかし、いざその段階となって、力の損耗が激しく復活出来ない、となっては目も当てられない。故に、こちらの都合で申し訳ないのですが、なるべくなら早めに伝えるべき事は伝えておきたいのです。〉
「・・・なるほど。」
そう。
この特殊な状況を利用したのである。
もちろんこれは嘘だ。
私達にとって念話、言うなれば“テレパシー”は、特に負担となる事はないからである。
しかし、目の前の彼らにはそれは分からない事でもあるから、私がそうだと言えば、それが真実となるのであった。
納得の表情を浮かべたのを見て取った私は、こう締めくくったのであった。
〈まぁ、先程は少し脅しもしましたが、セレウスの言う通り、今現在のあなた方も十分に強者の部類に属する存在です。そんなあなた方がちょっとコツを覚えれば、すぐに私達に並び立つくらいにはなれますよ。共に協力し、平和な世を勝ち取りましょう!〉
「「「「「「「っ・・・!はいっ・・・!!!」」」」」」」
◇◆◇
一方その頃、ドレアムは内心冷や汗をかいていた。
目の前に現れた存在は、どう見ても人間の少年である。
つまり、圧倒的強者である自分と比べるべくもなく、か弱く、触れれば折れてしまうほどの弱者である、・・・ハズなのである。
それは、まだ四肢が完全に接合していない今の状況でも変わらない。
しかし、ドレアムの中の本能とも呼べる部分、生物としての危機察知能力が、目の前の存在に対して警鐘を鳴らしていたのである。
ここら辺は、元々オーガ、というか魔獣やモンスターが動物寄りの存在だからであろう。
野生で生きる上での必要な生存能力、相手を見た目だけで判断しない、もっと本質的な部分を感じ取る能力が優れていた為であろう。
「・・・何者だ?」
しかし、やはりドレアムも中々の胆力の持ち主であった。
自分の中の畏れをグッとこらえて、先程と同じ質問を繰り返したのである。
対して、ドレアムと相対した少年、ヴァニタスは一切の緊張感もなくカラカラと笑っていた。
いや、むしろその瞳には、新しいオモチャを見付けた様なキラキラした輝きすら見え隠れしていたが。
「ああ、安心していいよ。ボクはキミの味方だからね。少なくとも、キミと敵対する存在じゃない。ま、ボクがそのつもりなら、とっくに攻撃を仕掛けているし、それは分かるでしょ?」
「・・・」
ヘラヘラとそう述べるヴァニタスに、しかしドレアムは一切笑う事なく警戒を続ける。
「あ、一応自己紹介をしておこうか。ボクはヴァニタス。これでも、この世界の神さ。」
「・・・ハッ!神っ?何をバカげた事をっ・・・!!!」
ヴァニタスの言葉にドレアムは嘲笑を返した。
ある程度知能の高くなっている今のドレアムには、疑う、という機能が備わっているのでその反応を無理からぬ事であった。
「ま、別に無理に信じる必要はないんだけどねぇ〜。ボクが何者であるかはキミには関係ない話だし。それよりも、キミにとって重要なのは、ボクがキミに更なる“力”を与えられる点だよ。」
「“力”、だと・・・?」
ドレアムは、そのワードにはピクリと反応してしまう。
以前にも述べた通り、ドレアムは“力”、すなわち“強さ”を追い求める傾向にあった。
そんな彼が、“力”を与える、という言葉に反応しない筈もないのである。
もっとも、通常の状態であれば、それは一笑に付したかもしれない。
あくまで彼が追い求めているのは、自分で強さを極めていく事であるから、他者から“力”を与えられる事にはあまり意味がないからである。
もちろん、例えばマルムスの部下から貰った獲物、強大な鉄の塊などの武具であれば話も変わってくるのであるが、少なくとも今の話の流れからすると、そういった類の話ではない。
だが、ここで重要なのは、今現在のドレアムが通常の状態ではない事であった。
カエサル達と戦い、まぁ、結果としては彼らが逃げたので、客観的に見れば引き分け、という格好であったが、ドレアムからしたら敗北、もしくはわざと見逃された、と感じていただけに、そこに内心の焦りがあったのであった。
そうした弱みを見逃すヴァニタスではない。
人間もそうであるが、思考がマイナス方向、あるいは後ろ向きな状態では、正常な判断をくだせない事もままある。
“溺れる者は藁をも掴む”、ではないが、今のドレアムが、ある種の虚勢を張っているだけである事を完全に看破していたのであった。
ここら辺は、奇しくも例の人工知能達とやり口がそっくりであった。
ある意味、似た者同士、という事かもしれない。
まぁ、それはともかく。
「ハッ!えらく大口を叩いたな、小僧っ!そんなもの、与えられるものなら与えてみろっ!・・・もし虚言であった場合、どうなるか分かっているだろうなっ・・・!?」
それ故に、無視をするでも聞き流すでもなく、それを挑発か何かと思い、そんな事を口走ってしまったのであった。
「・・・もちろんさっ!!!」
ヴァニタスはニヤリと笑う。
言質は取った、といったところか。
口約束でも契約は成立する。
一見、デタラメな様なヴァニタスではあるが、彼の中でも一定のルールが存在しているのである。
それは、しっかりと相手の同意を得る事、であった。
「じゃ、お互いに同意したという訳で、早速やっちゃうねっ!」
かくして、それぞれがそれぞれの事情のもとに、使える駒のレベルアップを図ったのであったがーーー。
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