偽りの記録 2
続きです。
◇◆◇
〈お察しの通り、私達はこの大森林地帯の出身ではありません。それどころか、この大陸の出身でもない。もっと遠く、海を隔てた別の大陸からやって来た、言わば流れ者、ですね。〉
〈この世界は案外広い。お前らが知っている“世界”だけでなく、その外側にはもっと広大な“世界”が広がっているんだ。そしてそこには、当然ながら数多くの人間、魔獣、モンスター、野生動物などが暮らしている。〉
〈まぁ、とは言え、もとを正せばあなた方のご先祖様も、この地にずっと定住していた訳ではない。住処を転々とする事自体は、別段珍しい話ではないのですよ。・・・まぁ、流石に海を渡ってくるのは、かなり稀な例でしょうがね。〉
「「「「「「「・・・」」」」」」」
案外航海技術というのは文明初期の段階でも発達するものではあるが、この世界の特色としては、“魔素”と呼ばれる物質が存在する事によって、生命体が驚異的な進化を遂げる事がある。
それ故に、海では陸上以上に危険な魔獣やモンスターが存在するので、航海技術がそこまで発展しなかった、という経緯がある。
それ故、別大陸を移動する事は極めて珍しいのである。
別大陸に渡るにしても、寒冷期などの陸続きになっている時期での移動が関の山であり、二人の様に、全く別の大陸から海を渡ってやって来た、という者は皆無に近いのである。
しかし逆に言えば、だからこそこの地に住まう彼らには他の大陸で起こった事が分からない、という利点もある。
好き勝手に話を創作しても、それを確認する術がない。
正体を隠したい二人にとっては、これほど都合の良い事もないだろう。
しかも、ただ単に嘘をついているだけでなく、彼らの力の源泉が別大陸の技術である、という説得力を持たせる事も可能だ。
色々と考えるものである。
まぁ、それはともかく。
〈では何故、海を渡る危険を押してまで、私達がこの大陸までやって来たのか?普通に考えれば、自分達の出身の地で一生を過ごせば良いだろうに。〉
「・・・確かに。」
この世界の一般的な人間は、あまり自身が生まれた土地を離れない。
もちろん、魔獣やモンスターの襲撃などもあるのでそれも一概には言えないが、ある程度の文明が成り立つと、それらにも対処が可能となる。
自ら危険な世界に飛び出していくのは、それなりの理由がある筈なのである。
・・・そう、ちょうど目の前の彼らの様な。
〈答えは意外とシンプルです。私達はとある存在を追いかけてきたのですよ。〉
「・・・とある存在?」
〈“神々の末裔”を自称する野郎だ。見た目こそ少年だが、おそらく俺らよりも長く生きている。〉
「「「「「「「???」」」」」」」
ここで、ヴァニタスの存在を匂わせておく。
もっとも、目の前の彼らは、奴とは直接的な面識がない。
だから、その頭には疑問符を浮かべていたが、それは問題ではない。
実は起こっている問題の裏には、それを操っている者がいる。
そう認識して貰えれば良いのだから。
それに、彼らは知らないまでも、この大陸の人間とヴァニタスは接触している。
そうした意味でも、話に整合性を持たせる事が出来る。
「・・・何者なんですか?」
〈さあね。俺らにもそいつの確かな素性は分からん。だが、重要なのはそこじゃねぇ。奴は確かに様々な知識を持ち、とてつもない技術を持っている、ってところだ。〉
〈実際、我々の同胞も奴によって恩恵も受けていました。奴がもたらした技術によって、生活が豊かになりましたし、かつては脅威であった魔獣やモンスターなどとも対等、どころか場合によっては一方的に討ち滅ぼす事も出来る様になりましたからね。しかし人間というのは愚かな生き物です。生活が豊かになれば、自分達を脅かす存在がいなくなれば、どんどん傲慢になっていったのです。例えば、他民族が持つ技術であるとか、土地であるとかが欲しくなるとか。以前は交易などによって平和的にそれらの交換を行っていたのですが、力を手に入れた事により、“支払いをする”、という当たり前の事すら面倒になったのです。力づくでそれを手に入れれば良い。そうした考え方が蔓延していったのですよ。〉
〈そうなりゃ、当然他の民族は面白くない。となればどういう事が起こるか?そりゃ、戦争しかないだろう。〉
〈思えば、奴の狙いは最初からそれだったのでしょうね。力を、技術を手に入れた人間はいずれ傲慢になる。そうした人間の心理を奴は熟知していたのでしょう。問題は、奴がそうした事を知った上で、そうならない様に苦言や助言を与えるのではなく、積極的に技術や知識を与えていた点です。それに気が付いた時は、後の祭りでしたが。〉
「・・・では、あなた方はそれで同胞や仲間達を・・・。」
彼らは、私の作り話をすっかり信じ込んだ様だ。
悲痛な表情を浮かべてそう呟いた。
〈いや、それだけだったら、まぁ、かなりの血が流れる事となるだろうが、いつか誰かが自分達がやっている事がおかしい事に気付いただろう。実際、そういう流れはあったみたいだからな。・・・まぁ、残念ながら俺らは、そん時はまだガキンチョだったから、人間同士の争いを止められる立場にはなかったんだが。〉
〈・・・?それでは何が?〉
〈あなた方と同じですよ。魔物達の台頭。混乱し、疲弊した人間達に追い討ちをかける様に、突如として魔物達が組織立って動き始めたのです。〉
「「「「「「「!!!???」」」」」」」
何処かで聞いた様な話だからか、目の前の彼らは今度こそ衝撃的な表情を浮かべていた。
そう、まさに今現在、彼らの身に起こっている事だからである。
もちろん、これは、逆に彼らの身に起こっている事をそのまま自分達の過去として偽っているだけである。
しかし、だからこそ、二人がどうしてこの大陸で活動しているのか、に対する説得力を持たせる事が出来る訳である。
〈もう分かったと思うが、それを先導したのはそいつだ。そもそもおかしな話なのさ。確かに俺らもこの世界の全てを知っている訳じゃないが、今まで好き勝手に生きていた魔獣やモンスター達が、長い年月をかけて人間の様に進化するならともかく、急にまとまって動く事などありえない。となれば、当然“誰か”が意図的にそうしている、と考えるのが普通だ。もちろん、普通の人間にゃ、そんな事は無理だろう。ある程度、方向性をつけてやる事は出来ても、例えば、ゴブリンの群れにちょっかいかけて逃げる。んで、わざと自分達に敵対する勢力に誘導する、って事は出来ても、種類も種別もバラバラ。中には、本来ならば天敵同士、ってな奴らが争う事なく、仲良く人間達を襲う、なんて事はな。ここに来て、ようやく人間達は思い知らされたんだよ。自分達がそいつに都合良く操られていた事に。〉
〈先程も言いましたが、気付いた時にはもはや手遅れでした。長らく人間同士で争っていたところに、魔物達の襲撃。もちろん、人間達もタダ殺られた訳ではなく応戦しましたよ。けれど、ただでさえ疲弊している上に、長らく人間同士で争っていた事もあって、中々素直に手を組む事も出来ません。そうこうしている内にどんどん魔物達の勢力は拡大。人間達がようやく一致団結した時には、もはや彼我の戦力差は覆す事が出来ないところまて来ていた。後は簡単です。緩やかに我々は、すり潰されていったのです。〉
「「「「「「「・・・」」」」」」」
先程も述べた通り、今現在の彼らの状況と酷似している(そういう風に作った話だからであるが)話だから、それが妙なリアリティを持って彼らにも想像が出来たのだろう。
神妙な面持ちで彼らは私の話に聞き入っていた。
〈とは言えど、流石に人間全てが殺された訳じゃねぇ。そこまで状況が悪いとなれば、少なくとも逃げる奴らはいるからな。いくら人間とは異なる理で動いている魔物達だって、散り散りに逃げた人間をいちいち追い掛ける事はしない。下手な追撃は返って自分の身を危うくするし、“組織”から離れたら立場を乗っ取られるかもしれねぇからな。まぁ、あくまで想像でしかないが、こうして人間VS魔物の戦いは終結した、って訳さ。残念ながら人間側の惨敗、って形でな。〉
「「「「「「「・・・」」」」」」」
〈・・・しかし、これだけで私達が、住処を離れて奴を追い掛ける動機にはなりえません。そもそも先程も述べた通り、我々は当時はまだ若く、物事の裏側や政治的背景など分からないですからね。・・・本来ならば。〉
「・・・?では、一体何が・・・?」
いよいよ物語の核心部分に触れた事で、彼らの興味を完全に惹きつけた様だ。
うめく様な質問に私は答えた。
〈簡単さ。出会っちまったのよ。そいつに直接、な。〉
「「「「「「「!!!???」」」」」」」
〈相手が子供だと油断したのでしょうか。あるいは、子供特有の突拍子もない行動を予測出来なかったのかもしれません。いずれにせよ、我々は本当に偶然、奴と邂逅し、まぁ、正確には奴が我々を認知していたかは定かではありませんが、恐ろしい真実を知る事となったのですよ。〉
・・・
ある時を境に、魔物達の動きに変化が起きた。
それまで組織立って動いていた魔物達が、まるで以前までの様に秩序を失ったのである。
まぁ、本来ならばそれが普通の姿だ。
落ち延びた我々はその幸運に感謝し、人間側の完全なる全滅は避けられたのである。
そうして時は過ぎ、奴からもたらされた技術や知識によって何とか人間側が復興を遂げていた時、我々兄弟はちょっとした冒険をしていたのである。
子供が大人の課したルールを破る事はよくある事である。
それに、我々兄弟は身寄りをなくしていたので、どうにもその集団に馴染めなかった事もあるかもしれない。
今思えば、贅沢な話であるが、そんな事もあって、我々は落ち延びた人間達の集落を離れる機会があったのである。
そして目撃した。
用済みになった魔物を処理する奴の姿をーーー。
「な、何故ですか、ヴァニタス様っ!我々は貴方様がおっしゃった通りの事をしたまでなのにっ・・・!」
「いやぁ〜、悪いんだけどさぁ〜。僕が望んでいたのは一方的な殲滅じゃないんだ。混沌。そう呼ばれる状況なんだよねぇ〜。」
「な、何を言ってっ・・・!ガッ!!!」
「ごめんねぇ〜。」
ザシュッ!
人間の言葉を話す見た事もない強そうな魔物。
その魔物の首をアッサリ切り離した、見た目十代前半の黒髪の少年。
そんな場面を、私達は物陰に隠れながら目撃していたのである。
正直訳も分からなかったが、とにかく何か恐ろしい事が起こっていた事は当時の私達にも分かった。
ガタガタと震えながら、とにかくその少年に存在を気付かれない事だけを祈っていた。
「・・・ふぅ。とりあえず、“力”を与えた魔物達は彼で最後かな?自分でやっといて何だけど、あまりむやみやたらに“力”を与えない方が良かったなぁ〜?事後処理が面倒だもん。」
「「・・・」」
「しかし、思ったよりも人間側が脆かったなぁ〜。タイミングが早すぎたかな?・・・いや、逆に遅すぎたのか?人間同士で争う期間が長すぎたかもしれないし、もうちょっと、バランスを考えた方が良いのかもしれない、か。」
「・・・(な、何を言っているんだ・・・?)」
「(しっ!奴に存在を悟らせるなっ!)」
「・・・(コクコク)」
訳の分からない独り言に、セレウスは思わずそう小声で私に話しかけるが、私は奴に気付かれたら終わりだと考えていたので、その疑問を飲み込ませた。
「ま、けど、課題が分かっただけでも良しとするか。どっちにせよ、“実験”のつもりだったしねぇ〜。」
・・・実験?
・・・では、私達はそのくだらない実験とやらの為に、こんな状況に陥っているのかっ・・・!?
私は愕然とした。
そして、その内、腹の底から言い様のない感情が渦巻いたのである。
その名は“憎悪”。
この目の前の全ての元凶に対する怒りと憎しみ、その他、ありとあらゆる負の感情が私の心を塗りつぶしていくのがハッキリと分かった。
「さて、次は何処に行こうかなぁ〜?・・・そういえば、ハレシオン大陸には、神々の寵愛を受けた民族がいるって話だったなぁ〜。当然、他の民族や部族からしたら面白くないだろう・・・。って事は、ちょっと背中を押してやれば、すぐに武力衝突に発展するだろうなぁ〜。・・・うん、決めた!今度はハレシオン大陸に行こうっ!よぉ〜し、次こそもっと長い期間人々を苦しめるぞぉ〜!!」
私達はゾッとした。
奴が言っている事は、常軌を逸した悪逆非道の企みであるにも関わらず、その表情には一切の悪意も敵意も見て取れなかったからである。
むしろ、まるでそれが良い事であるかの様な無邪気さや純粋さが、逆に怖かったのである。
その瞬間、私達は理解した。
奴は、どうあっても我々とは相容れない存在なのだ、と。
長い独り言の後、唐突に奴は姿を消した。
私達は、危険が去った事を理解しながらも、あまりの出来事にしばらくの間、茫然自失となっていた。
その間、私達はお互いに無言であった。
だが、お互いに会話を交わさずとも、共通した答えが頭の中に浮かんでいたのである。
奴を止めなければならない、とーーー。
・・・
〈もちろん、その当時の我々では奴に敵わない事は明白でした。だから我々は、必死に技術や知識を吸収し、仲間達のもとを出奔し、実践で更なる成長を遂げていったのです。そしていつしか我々は、魔物を狩る凄腕の傭兵、などと呼ばれる様になっていったのです。〉
「「「「「「「・・・」」」」」」」
〈そうして、ある程度目処がついたと判断した我々は、こうしてこの大陸にやってきました。〉
〈・・・もう分かんだろ?俺らがわざわざ海を渡ってまでこの大陸に来た理由は、義侠心からでも正義感からでもない。もっと単純で個人的な理由、つまり奴に対する復讐心からさ。・・・幻滅したろ?〉
自嘲気味な(偽)セレウスの言葉に、しかし少年少女の反応は予測通りのものであった。
「そんな事、ありませんっ!理由はどうあれ、僕達があなた方に救われたのは事実です!」
〈〈・・・!!〉〉
「ボクらも、だね。お二方がいなければ、ボクもアルメリアも、とっくにこの世にはいなかっただろう。お二方にとっては、そいつを追い掛けるついでだったのかもしれないけど、それでボクらのお二方に対する価値が変わる訳じゃないさ。」
「っス。」
〈・・・〉
〈・・・そう言って貰えると、我々も大分救われるな・・・。〉
重苦しい空気が、その会話で多少緩和された感じになった。
まぁ、狙い通りだ。
人間らしい演技は中々骨が折れるが、互いに意図せず影響を与えた、という印象は与えられたのではないだろうか?
・・・さて、しかし話はまだ終わらない。
適当な過去話をでっち上げた訳であるが、問題は今現在の彼らの話だからである。
「・・・では、我々が今遭遇している事態も、あなた方が言うその存在によって引き起こされた事である、と?」
〈おそらくそうでしょう。類似点が多く存在しますし、我々の独自の調査でもそれらしい人物が多数目撃されておりますから。〉
「・・・ならば、我々が討つべきは、魔王ではなくその人物なのでは?」
・・・来た。
そういう結論になる事は、話の流れから予測出来た。
だが、私はすでに用意していた否定の言葉を発した。
〈・・・私達が今まで真実を語らなかったのは、あなた方ならそう言ってくれる、と半ば確信していたからでもあります。少なくとも、あなた方は昨今の情勢に流される事なく、独自に魔王を討伐しようと志すほどの意思と覚悟を併せ持った英傑達だ。真実を知れば、きっと私達に協力しようとするだろう、と。しかしそれは、私達が望むものではないのです。〉
「何故ですかっ!?一人より二人。二人より、九人なら、出来る事の範囲も広がるではないですかっ!!」
〈・・・一般的にゃそうだ。だが、忘れるな。奴は俺らの常識では推し量れない存在だ。こう言っちゃ何だが、魔王軍にすら苦戦する今現在のお前らじゃ、足手まといにしかならない。むしろ、人数が増えれば増えるほど、奴にとっちゃ内部に不和を撒き散らす格好の餌食になる可能性もある。〉
〈奴の特筆すべき点は、まず間違いなくとんでもない力を持っているのにも関わらず、それに頼らない点です。おそらくですが、この世界を滅ぼそうと考えたのならば、それが出来るほどの力を持っていると思われますが、今のところそうした兆候はない。むしろ、チマチマと人間同士を争わせたり、魔物に力を与えるなどの裏工作の方を重視している様に見受けられます。〉
〈そして、それがことごとく成功している。奴にとっちゃ、人間、だけじゃなく、生物を思い通りに操るなんざ、文字通り朝飯前なのさ。そして、むしろお前らの様に強者と呼ばれる部類に属する存在の方が、奴が言っている“混沌”を呼び起こす、あるいは長引かせる為にゃ、格好の燃料だろうよ。普通の奴を操るより、英傑と呼ばれる存在を操った方が、その影響力は格段に広がるからな。〉
「「「「「「「・・・」」」」」」」
本物の二人にとっても、彼らがヴァニタスに関わる事は望まない筈である。
そして私達にしてみても、せっかくの人材をみすみす失うのは惜しい。
もちろん、ヴァニタスは正直私達にとっても目障りであるが、それはどちらにせよ本物に任せる方が無難だ。
あわよくば、両者が共倒れしてくれるとなお良いが、とにかく彼らが直接的にヴァニタスに関わらせない、という点においては、おそらく私達と二人で利害は一致していた。
〈ともかく、申し出は非常にありがたいがそれについちゃ俺らに任せてくれ。そして、もし俺らに協力してくれるんなら、さっきも言った通り、そっちじゃなくて、魔王の方をお前らに何とかして貰いたいんだ。〉
〈御覧の通り、私達は今現在動けない身ですからね。〉
「「「「「「「・・・」」」」」」」
しぶしぶと言った感じであったが、そうまとめると彼らはコクリ、と頷くのであった。
まぁ、私達に言われるまでもなく、元々そのつもりだったのだから、理由が一つ増えただけに過ぎないだろうがーーー。
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