偽りの記録 1
続きです。
◇◆◇
「くそっ!じれってえぜっ!」
天上の方で何やら一悶着あった一方、カエサル達を取り逃がしたドレアムはまるでイモムシの様にもぞもぞと動いていた。
アルメリアの放った“ウォーターカッター”により、両手と両足が胴体から切断されていたからである。
まぁ、それでも何の問題もなく生きている事自体、彼の驚異的な生命力を表している訳であるが、とは言えど、流石に某宇宙人の如く胴体からさよならした四肢が生えてくる、なんて事はないので、彼は切断された両手両足を探し求めて、蠢いていた訳である。
まぁ本来ならば、切断された両手両足を探し出せたとしても、くっつければ元通り、なんて訳にはいかないのであるが、彼の驚異的な回復力であればそんな不可能も可能になる。
とは言えど、当然ながら接合までにはかなりの時間を要するので、首尾よく片腕を見付けたまでは良かったが、これが上手くくっつかずにじれていた訳であった。
しかしその一方で、ドレアムは己の幸運を感じてもいた。
強者と戦う事を至上の喜びとし、己の生命力と回復力に絶対の自信を持っている半ば脳筋みたいなドレアムではあるが、しかし全く頭が回らない訳ではない。
強制進化したマルムスらの様に、人間並みの知能を持ち、思考力や判断力を持ち合わせているので、アルメリアの放った魔法の恐ろしさをしっかりと理解していたからである。
ルドベキアも指摘していた通り、あの恐ろしいほどの破壊力と貫通力で仮に四肢ではなく首と胴体がさよならしていたら、あるいは重要な臓器、心臓や脳などを破壊されていた場合、流石にドレアムと言えど復活は出来ない。
そうならなかったのは、単にアルメリアが“逃げる”事だけを考えていたからであり、“仕留める”事にまで頭が回っていなかったからに過ぎないのである。
しかしそんな事を知らないドレアムからしたら、助かった、と思う一方、見逃された、あるいは見下された、と感じる要因ともなっていたのである。
アルメリア達にそのつもりはなかったが、ある種プライドを傷付けられたドレアムからしたら、より一層彼女達を追いかける、付け狙う理由が増えたとも言えた。
「・・・しかし、あんなもん、どうやって防げばいいんだ・・・?」
何とかくっついた片腕の感触を確かめながら、ドレアムはその事を考えていた。
仮に無事に復活を果たしたとしても、その足で彼女達を追いかけたとしてもまた同じ事の繰り返しである。
いや、今度は先程述べた通り、命はないかもしれない。
となれば、その対策を打つのが当たり前の話だ。
頭が回るのなら、より慎重になるだろう。
だが、いくら考えても、あれを防ぐ術が思い付かなかったのである。
非常に硬い物質として知られる金剛石。
それすら容易に貫く“ウォーターカッター”は、仮にいくらガチガチに防具を着込んだとしても、実質的に防ぐ事は不可能に近い。
(もちろん、金剛石よりも硬い鉱石や、この宇宙にはもっと未知の物質なども存在するかもしれないが、ここではあまり意味ない話である。)
故にその対策としては、食らわない様にする、という一点しか突破口はなかったのである。
だが、それもかなりの難問だ。
水圧の関係上、ものすごい速度で射出されるそれは避けるのは不可能に近いし、逆に術師を何とかするにしても、今度は仲間達の存在が鬼門になる。
あいにく単独での任務に就いているドレアムには仲間は存在しないし、そもそもドレアムは群れるタイプでもなかった。
後は、残された手段は、相手に全く気付かれずに術師を仕留めるくらいか。
しかしそれも、元々大柄、どころか人間を遥かに超える体躯を持つオーガにとっては、隠密行動は一番不向きな作戦でもある。
ここに来て、自分達の持つ優位性が全て裏目に出た格好であった。
「・・・どうしたものか・・・。」
そうこうしている内に見付けた片足をくっつけながら、ドレアムは答えの出ない問答を頭の中で繰り返していた。
しかしここで、ドレアムにとっては思い掛けず幸運な、カエサル達にとっては非常に迷惑な出会いが果たさせる事となったのである。
「お困りの様だね?」
「ぬっ!?誰だっ!?」
そう、誰あろう、ヴァニタスがドレアムに接触したのであったーーー。
◇◆◇
「ようやく・・・!」
「ああ、着いたな・・・!」
一方その頃、首尾よくドレアムの魔の手から逃れたカエサル達は、当初の目的地である“封印の大地”に辿り着いていた。
以前にも言及した通り、一口に大森林地帯(後の世では“大地の裂け目”と呼ばれる一帯)と言っても非常に広大な土地である。
しかも、整備された舗装もなく、様々な勢力が入り乱れる混沌とした地域でもあり、実際、魔王軍とは関係のない魔物達も数多く存在する関係上、そこを移動するだけでも途方もない時間のかかる地域であった。
カエサル達が旅立ってから、そしてアベル達と合流してからもかなりの時が経っていたが、それだけかかってようやく一つの目標地点に到達した訳である。
感慨もひとしおであった事であろう。
しかもそこで見られる光景は、ある種神秘的、かつ凄まじいものでもあった。
「・・・これ、全部本物の魔物、なんだよな・・・?それも、生きている・・・。」
「・・・らしいな。俺達の目には、石像にしか見えないけど・・・。」
アベル達が言った通り、そこら辺一帯はおびただしい数の石像で溢れかえっていたのである。
見方によってはそれは、ある種の宗教画か芸術作品の様な様相を呈していたが、もちろんそれはどこぞの酔狂な芸術家が作った作品ではなく、実際に過去この場で起こった事であった。
以前にも言及した通り、この場では人間側の重要人物達を抹殺すべく、魔王軍の一斉襲撃が起こっていた。
もっとも、それを事前に察知していたセレウスとハイドラスの機転により、彼らを封印する、という形でその場を収めたのである。
この“コールドスリープ”を応用した封印によって、擬似的な石像が完成した訳である。
その故に、この地が“封印の大地”と呼ばれる様になったのだ。
もちろん、彼らは生きている。
まぁ、セレウスとハイドラスの力であれば、この場に集まった魔物達を屠る事は普通に可能であったが、アクエラ人類の結束を促す為か、あるいは危機感を持たせる為だったのか、あえて“封印”と形を取ったのである。
結局、この惑星の主役はアクエラ人類な訳であるから、どんな困難も自らの手で乗り越えていかないと意味がない、と判断した為だろう。
あるいは、それすらもマギやネモに思考を誘導された結果かもしれないが。
実際、その目論見通りとなった。
魔王軍の台頭以前は、技術の獲得の為、あるいはある種の嫉妬心から対立していたアクエラ人類達であったが、人類にとっての脅威である魔獣やモンスターが組織立って動き出した事をその目で目の当たりにした事で、人類同士で争っている場合ではない事を悟ったからである。
しかも、謎の傭兵であり、とてつもない実力者であったセレウスとハイドラスを失った事で、彼らに頼る事も出来ずにその脅威と自分達だけで立ち向かわなければならないのだ。
こうして、アクエラ人類は魔王軍に対抗する解放軍を組織するに至ったのである。
そしてここは、そのある種の“始まりの地”だった訳である。
「・・・っ!?見てっ!」
「どうした、ルドベキア?・・・っ!!」
「あの石像はっ・・・!!」
圧巻の光景に圧倒されていたカエサル達だったが、ルドベキアが何かを見付けて指さした。
それを追って、カエサルとアルメリアもとある2体の石像を発見したのであった。
誰あろう、セレウスとハイドラスだった。
構図としては、二人はおびただしい数の魔物達と対峙する様に立っている。
その様子は、まさに英雄的に映った事だろう。
同時に、ある意味悲劇的な光景にも見えるので、二人を知るカエサル達にとっては、知ってはいても、やはり衝撃的な光景にも映ったのである。
実際、アルメリアはともかく、ルドベキアは珍しく感情的な表情を浮かべていた。
所謂、“悲しみ”の表情であった。
一方のカエサルは、憤怒とも発奮とも取れる、複雑な表情を浮かべていた。
志半ばで倒れた二人に成り代わり、魔王軍を打ち倒そうとする新たなる決意と共に、だが、二人をして果たせなかった目的を、自分に出来るだろうか、というところか。
「・・・彼らが・・・。」
「うむ。噂の英雄殿だな。たった二人で、これほどの数の魔物達を抑えた豪傑。願わくば、こうなる以前にお会いしたかったものだ・・・。」
「・・・」
「・・・」
カエサル達に遅れて、二人の石像を発見した4人組は、直接的な面識こそなかったが、やはり噂は耳にしていたのだろう。
初めて目にするセレウスとハイドラスに敬意と賛辞を贈りつつ、英雄達の末路に思いを馳せていた。
七人が七人、思い思いに過ごす中、アルフォンスが突然何かを感じ取った。
「っ!?」
「・・・?どうした、アルフォンス?」
ちょうど近くにいたフリットがアルフォンスの変化に気付き、そう声をかける。
「“声”が聞こえたっ!フリット、皆を集めてくれっ!!」
「あ、ああ・・・。」
それに、いつもとは違った迫力でそう返したアルフォンスに戸惑いつつ、フリットは言われた通り散らばっていた仲間達を集めた。
「どうしたんだ、アルフォンス?」
「それは・・・。」
フリットに呼ばれた仲間達は、ちょうどセレウスとハイドラスの像の前に集合した形となった。
訳も分からないまま呼ばれた事もあり、アベルが代表してアルフォンスに問いかけ、それにアルフォンスが答えようとしたところで、アルフォンスだけでなく、仲間達は全員謎の声を聞いたのであった。
〈よくぞこの地まで辿り着きましたね、勇敢なる若者達よ・・・。〉
「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」
それは、今まさに身動きの封じられている、目の前の英雄の像から発せられたものであったーーー。
◇◆◇
「そ、その声はっ・・・!」
目の前の少女は驚愕の表情を浮かべていた。
喋る筈もない、しかし確かに聞き覚えのある“声”に、信じられない、といった感情なのだろう。
同じ様な表情を浮かべているのは、もう一人の少女と、凛々しい少年であった。
ただ、“異種族”の青年達は、それとはまた別の訝しげな表情を浮かべていた。
まぁ、彼らは二人とは面識がない様なので、それも不自然ではないだろう。
とりあえず“声”の再現は成功の様である。
私は、少年少女の反応を見てそう判断していた。
そう、当然ながらその“声”は、例のセルース人類の二人のものではない。
目の前のアクエラ人類を導く為に、我々が彼らを騙り、ある意味“吹き替え”をしているのである。
もちろん、すでに二人には通知済みだ。
了承を得られたかどうかは定かではないが、まぁ、それは些末な問題である。
それに、これは彼らにとっても悪い話ではない。
どうやら二人は、かなりこの目の前の者達に肩入れをしていた様子だし、彼らが良い方向に向かうのであれば、細かい事はいちいち気にしているだけ損である。
とは言えど、二人が気を悪くするのはこちらとしても本意ではないので、我々が知り得る限り、二人に似せる努力をしていた。
“声”もその一つであり、後は語り口と考え方、といったところか。
〈お久しぶりですね、カエサル。〉
〈ルドベキアとアルメリアの嬢ちゃん達もな。いやぁ〜、デカくなったもんだ。〉
「で、では、やはり本当にセレウス様とハイドラス様なのですねっ!?」
〈ええ。もちろん、御覧の通り、我々は今身動きの取れない状況ですから、肉体的な声ではありませんけどね。どちらかといえば、あなた方の脳に直接語りかける様な、念話の様なものだとでもご理解下さい。〉
〈ま、こまけぇ〜事は気にすんなっ!何にしても、とりあえずこうして話している、って事が重要だぜっ!〉
「「「ははは・・・。」」」
私の演技が良かったのでしょう。
少年少女は、偽セレウスの言葉に呆れながらも、どこかそれを懐かしむ様に、うっすらとその目には涙を浮かべている。
・・・とりあえず、この精神性の幼い三人組は上手く騙せた様だ。
しかし問題は、こちらの『新人類』達の方か。
「お話中に失礼します。お二方が、噂の英雄殿、で合っていますか?」
来た。
和やかな雰囲気を壊さない様に努めて冷静に、しかしどこか疑う様な素振りを見せながらもドワーフ族の青年がそう切り込んできた。
もっとも、そちらも予測通りだ。
こちらに辿り着く前から、私はすでに下準備を済ませているからな。
〈どういう噂が飛び交っているかは分かりませんし、我々は英雄と呼ばれるほどの存在ではありませんが、確かにこの地で魔物達を封じたのは我々です。それに、こちらもあくまで偶然に過ぎませんでしたが、運良くカエサル達を救い出したのも我々で間違いありません。〉
「ふむ・・・。」
〈・・・それと、あなた方をこちらに呼び寄せたのも我々です。そちらのエルフ族の少年、彼の魔素への感受性の高さに着目し、精霊を介して接触しましたからね。まぁ、カエサル達が同行したのは嬉しい偶然でしたが・・・。〉
「なんとっ・・・!?」
そう。
エルフ族の少年が聞いていた謎の予兆。
それは、我々が仕込んだものであった。
「・・・何故、その様な事を?」
〈答えは決まっています。あなた方を導く為です。残念ながら、見ての通り我々は今、身動きの取れない状況だ。ですから、何かを伝えるにしても、近くまで来て貰う必要があった。そちらのエルフ族の少年にしても、遠く離れていては、あくまで我々の“声”の一部を受け取る事しか出来ませんでしたからね。しかし、今現在の状況を見て頂ければお分かりの通り、近くまで来て頂ければ、直接“声”を届ける事が出来る。〉
「俺達を、導く・・・?」
〈ええ。あなた方の目的は我々も理解しています。魔王軍、いえ、魔王・マルムスの討伐。それによって、この地に平穏を取り戻す事、ではありませんか?〉
「「「「「「「・・・」」」」」」」
彼らは、それぞれがそれぞれの考え方のもと、人間種全体の組織としてではなく、少ない人数での魔王の討伐を志した。
戦争となると大規模な騒乱に発展するので、つまりそれだけ血が流れる事となる。
しかも、場合によっては中々決着がつかない事も往々にしてある。
だが、トップを暗殺すれば、保たれていた均衡が崩れるのは明白である。
少なくとも、魔王軍は混乱する事となるだろう。
しかも魔王軍が組織として成り立っているのは、マルムスの能力によるところが大きい。
いずれにせよ、トップの排除は、人間種にとって有利な状況を生み出せる事となる訳である。
その考え方自体は正しい。
だが、それをするのはかなり困難な道と言わざるを得ない。
少なくとも、今現在の彼らの力では。
〈残念ながら、今現在のあなた方では魔王・マルムスの討伐は難しいでしょう。単純に力が足りない。いえ、魔王・マルムス自体の強さの事を言っているのではありません。奴の力は驚異的ですが、あなた方が力を合わせれば倒せないほどではない。だが問題は、そこに辿り着くまでにはクリアしなければならない課題が山程ある、という事です。あなた方も、自分達の力不足は痛感していたのではないですか?〉
「・・・確かに。」
私の言葉に、悔しげに鬼人族の青年は頷いた。
おそらく、例のあの“突然変異体”を思い浮かべていたのであろう。
まぁ、あの突然変異体は本当に特殊な事例ではあるので、あのレベルの脅威が魔王軍にゴロゴロといる訳ではないが、しかし魔王軍が総力を上げてきたとしたら、あのレベルの存在に苦戦している様ではお話にならない。
実際には、それらのヘイトなどを人間側の勢力が引き受けるのが現実的な話なのだが、そちらも実現は不可能に近い。
彼らはある意味それらの勢力から独立しているのが強みであるから、連携という意味では成り立っていないからである。
まぁそちらも、人間側の動向を予測するなり、密かにパイプを持っておくなりの対処は可能なのだが、流石にそれほどの権謀術数に通じている者はこのパーティーにはいない。
となれば、必然的に自分達のレベルアップが必要、と考える筈だ。
「その為に、僕達を呼んだ、と?」
〈ええ、その通りです。〉
〈本当なら俺らが直接お前らに協力出来れば話は早いんだが、見ての通り俺らは身動きが取れない状況だからな。だから、俺らに代わって動ける強者、まぁ、それがまさかお前らだとは予測もつかなかったが、に更なる力を与えるべく、その可能性がある者達が俺らのもとまで辿り着く様に誘導した、ってなところだ。〉
「なるほど・・・。」
ドワーフ族の青年は、(偽)セレウスの言葉に納得の表情を浮かべていた。
「つまりお二方は、私達を更に鍛えるつもりだ、と?」
〈その認識で概ね合っています。まぁ実際には、我々の持つ魔素の知識を伝える事で、もっと効率的なそれらの運用や応用を身に付ける事、ですがね。〉
「・・・あの、ひとつだけお伺いしても?」
〈・・・どうぞ。〉
エルフ族の少年が、おずおずと手を挙げる。
「何故、あなた方はそこまでして下さるのですか?聞いた話ですと、あなた方はこの森の出身ではない、もっと遠くの土地からいらした方々だと伺いました。つまり、言ってしまえば、この土地で起こっている事は、あなた方には直接的に関係のある話ではありませんよね?もちろん、あなた方が立派な志の持ち主であり、正義感や義侠心から同じ人間族に協力している、と言われればそれまでなのですが・・・。」
〈〈・・・〉〉
中々良い質問だ。
その背景が分かれば、二人の行動の意味や、彼らに力を貸す理由も納得出来るだろう。
もちろん、流石に彼ら二人を本格的に敵に回すつもりはないので、あくまで彼らが利用していた“アンダーカバー”に少し脚色して、彼らに伝える事としよう。
〈そうですね・・・。あなた方やカエサル達には伝えておくべきかもしれません。我々の行動の動機やその背景を・・・。〉
〈ハイドラスッ・・・!〉
〈いえ、セレウス。彼らだって、きっと知りたいに違いありませんよ。それに、これから運命を共にする仲間、なのですから、嘘偽りは彼らにとって侮辱でしかない。彼らが受け入れてくれるか、不安な気持ちは分かりますがね・・・。〉
〈・・・〉
意味深な発言に、一同はゴクリと喉を鳴らした。
・・・掴みはバッチリ、という感じだろうか?
〈・・・それでは少し語りましょうか。私達の“物語”を・・・〉
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