取引
続きです。
◇◆◇
「ギギィッ!ソコッ!手ヲ休メルナァッ!!!」
「あうっ!!!」
(結局、アルメリアの説得にも失敗し彼女も同行する事になった)カエサルらの旅立ちと時を同じくして、大森林地帯の深層の地域では、アクエラ人類にとっての地獄の様な光景が広がっていた。
以前にも述べた通り、元々この大森林地帯(後の世では“大地の裂け目”と呼ばれる地域)には、多種多様な魔獣やモンスター、そして様々な部族や民族の人間達も混在する地域であった。
もちろん、生存競争から彼らは敵対する立場でもあったが、それでも絶妙なバランスで共存する関係でもあったのである。
(ちなみに、わざわざそんな危険地帯に住む事はないだろうと思われるかもしれないが、長らく住んでいる場所を放棄する事は容易な事ではないし、他の部族や民族との対立などもあり、その地に住まう人間達にとっては、ある種この場がもっとも安全かつ楽園的な場所だった訳でもある。)
しかし、そのバランスが魔王・マルムスの台頭によって一気に崩れ去ってしまったのであった。
先の要人襲撃の件で魔王軍を動かしたマルムスだったが、それが失敗すると、方針をアッサリ転換した。
すなわち、“ガンガンいこうぜ”から“いのちだいじに”、である。
元々魔獣やモンスターは、その種族や個体によっても様々であるが、平均寿命は短かったりする。
平和な環境ではまた違うかもしれないが、彼らは生存競争の場で生きているから、戦いに勝ったり負けたりするからである。
逆に言えば、種の保存の観点から、世代交代が早い、という裏返しでもある。
産まれたての子鹿が、わずか一日も経たずして立って歩ける様になるのも、そうしなければ死んでしまうからでもある。
つまり、人員の増強が比較的容易である、という事でもある。
セレウスとハイドラスによる一部魔王軍の壊滅(封印)はかなりの痛手であったが、人間に比べたら体勢を立て直すのは割とスムーズだったのである。
ただ、その為には食糧の確保が急務となる。
生命体である以上、食べない事には生命を維持出来ないからである。
その為、彼らは、元々その地に住んでいた人間達を“奴隷”として、自分達の食糧を生産させていたのであった。
もちろん、その種や個体によっては人間も食糧となるが、自分達にはない器用さを持つ人間は貴重な労働力だった事もあり、魔王マルムスの号令により、人間らしい生き方や自由と引き換えに、彼らの生命だけは保証されていた訳であるが・・・。
こうした事もあり、大森林地帯深層の地域では、魔獣やモンスターにとってのこの世の楽園が、人間達にとってのこの世の地獄が形作られていた訳であるーーー。
・・・
「いやいや、お見苦しいところをお見せしましたな。どうも奴らは、すぐにサボろうとするクセがありましてなぁ〜・・・。」
「い、いえいえ・・・。」
にこやかに笑うオーガの対面には、若干引きつった表情を浮かべる取引相手がいた。
誰あろう、かつて『新人類』と呼ばれた者達、その中の獣人族と呼ばれる種族の男であった。
以前にも語った通り、“セルース人類”が生み出した『新人類』達は、ある種の禁忌、遺伝子操作によって産み出された。
本来、彼らは産まれるべきではなかったのかもしれないが、それはあくまで“セルース人類”のエゴであり、一度この世に生を受けた以上、彼らにも当然ながら生きる権利があった。
とは言えど、自分達の都合の為には一度この世界から姿を消す必要のあった“セルース人類”は、結局は彼らの問題をアクエラ人類に丸投げする事となってしまう。
まぁ、それによって、ラテス族が選民思想に毒される遠因ともなったのであるが(“セルース人類”から『魔法技術』を与えられた上、彼らから“使命”を与えられた、と受け取った為であり、それは自分達が選ばれた民だからである、という思考に陥った為である。)、回り回って『新人類』の面倒を見る役割は、セシリアに一任される様になってしまった訳であった。
まぁ、彼らにとっては幸運な事に、セシリアは比較的マトモに彼らの教育を全うしていたし、セシリアに任される以前から、ある程度彼らもアスタルテのもとで成長していた事もあり、独立、というのも、そう遠くない未来の話であったのである。
もっとも、これは何度となく言及している通り、ラテス族側と連合側との間に戦争が勃発してしまった影響により、彼らは中途半端に放り出される事となってしまったのであった。
まぁ、セシリアが戦争の余波で命を落としてしまった事もあるし、彼らの面倒を見ていた職員達も散り散りになってしまい、彼らも戦争に巻き込まれない為には逃げる他なかったのであるが。
こうして、なし崩し的に独立する事となった『新人類』であったが、それでもある程度の準備や学びを得ていた事から、身を寄せ合って何とか生き延びていたのであった。
(『新人類』には様々な種族、例えば獣人族やエルフ族、鬼人族やドワーフ族などが存在していたのであるが、この時点では各々の種族が別々に別れる事はなかったのである。
元々同じ施設で育った事もあったし、まだまだ生きていく、暮らしていくには経験も浅かった事もあり、生き残る上での生存戦略的にも、一塊でいた方が良い、との判断からであろう。)
当然ながら、戦争を避ける為には、大森林地帯の奥へと逃げ延びなければならない。
もちろん、大森林地帯から出て、他の場所に生活圏を築く事も出来たかもしれないが、先程の述べた通り、あくまで彼らの独立はなし崩し的に始まったものであるから、本当の意味での準備は一切出来ていない状況だったのだ。
そんな状況の中では、一団を率いてこの広い大陸を旅する事は現実的な話ではなかったのであろう。
まぁ、その結果として、彼らはラテス族と連合との戦争に巻き込まれずに生活する事が出来ていた訳であるが、しかし逆にその事が、新たなる問題を引き起こす事となってしまった。
魔王軍の台頭である。
魔王・マルムスが誕生する以前までは、厳しい環境ながら、元々森との親和性の高さや各々の種族の特性などもあって、魔獣やモンスターとも、ある種の共存共生が成り立っていた。
もちろん、生存戦略的には敵対する事もあったが、元々野生動物の延長線上に過ぎない魔獣やモンスターには、執拗に彼らを狙う、という思考がなかったのである。
しかし、ヴァニタスによってマルムスが高い知性と思考力に目覚めた結果、状況は一変する。
それまでてんでバラバラに好き勝手生きていた魔獣やモンスターが、一つの組織を形成するに至ってしまったのである。
(もちろん、その種によってもバラバラではあるが)魔獣やモンスターのスペックは“人間”よりも遥かに上である。
それは、彼らの遺伝子を組み込まれた『新人類』達にとっても変わらなかった。
いや、もちろん、一部の部分、例えば、鬼人族やドワーフ族の圧倒的な膂力や、『精霊魔法』が扱えるエルフ族、強靭で柔軟な瞬発力を持つ獣人族のスピードなど、魔獣やモンスターより優れた部分は存在したのであるが(だからこそ、他の人間達にとっては危険地帯である大森林地帯の深層でも、彼らが生き残る事が出来ていた訳であるが。)、それはあくまで個々の性能の話であって、数の上では圧倒的に上回っている魔獣やモンスター達に、総数としては多くない『新人類』達が対抗するのは、ハッキリ言って無謀だったのである。
こうして、またしても厳しい状況に置かれてしまった『新人類』達であったが、しかし、ここで幸運は彼らの味方した。
同じ遺伝子をベースに持っていた事もあってか、魔王・マルムス、魔王軍は彼ら『新人類』達には比較的友好に接してきたのであった。
もっとも、ここら辺は経済的な理由も存在したのであるが。
当たり前だが、人間社会においては、経済的な交流は非常に重要である。
これによって、自国だけでは手に入らない物などを得る事が出来る為である。
魔王軍にしても、組織としてやっていくのであれば、単純に他者から奪うだけではもはや成立せず、自分達で物を作る(もっとも、これは奴隷にした人間達にやらせているのであるが)、それを元手に他者と交易などをしていかないと成り立たないからである。
こうした事もあり、先程の理由も併せてその取引相手に『新人類』達が選ばれた訳である。
『新人類』達からしたら、これは渡りに舟な提案だった。
単純に魔王軍に逆らうのは、先程も述べた理由によって難しいし、もちろん人間達には義理や恩義もあったが、それでも自分達の安全が最優先事項であるから、結果として彼らは魔王軍との取引を受け入れたのであった。
(その結果、後の世に魔王軍に味方した者達として、『新人類』達は人間族から差別意識を持たれるに至った訳であるが。
まぁ、それはともかく。)
かくして、一度目の襲撃はセレウスとハイドラスに阻まれて失敗した魔王軍、魔王・マルムスであったが、その失敗を糧に、奴隷化した人間族、『新人類』達との交易を経て、組織の強化に成功していた訳であったーーー。
「そ、それで、お聞きした話ですと、“魔法武器”の供給量を増やして貰いたい、との事でしたが・・・。」
「ええ、ええ、その通りです。もちろん、その分対価を上乗せするので、何とかお願い出来ませんか?」
「ふぅ〜む・・・。」
獣人族の男は難しい顔をした。
“魔法武器”とは、読んで字の如く、“魔法”の効果が付与された武器の事である。
広義の意味では『魔道具』もそれに含まれるが、こちらは特に武器・防具を指した言葉である。
魔獣やモンスターの中には、目の前のオーガの様に、人間と同じ様に道具を扱える者達もいる。
魔王軍の強化を目的とするならば、当然、強力な武具で身を固めるのがもっとも効率が良い訳である。
ただ、残念ながら魔獣やモンスターは武器を加工する技術を持たないのである。
いや、原始的な物、例えば木材を加工した物や石などを加工する事は出来るので、ゴブリンやトロールが棍棒などを持つ事はあるが、それが金属などとなると話は変わってしまう。
逆に言えば、己の身体能力や初歩的な武器しか持たなかったからこそ、『魔法技術』が普及する以前の人間達も(数を揃えれば)彼らと何とか渡り合えた経緯もある。
そして、当然ながら『新人類』、特にドワーフ族は鍛冶技術に優れた種族であるから、彼らの求める武器を作る事が出来る訳である。
魔王軍が彼らを重宝するのも無理からぬ話なのであった。
ただ、獣人族の男が難色を示したのは、別に人間族に対する義理や恩義からではなく、単純に彼らの要求が難しかったからであった。
“魔法武器”、あるいは『魔道具』を作る事は実は非常にハードルが高い。
何故ならば、それには希少な鉱石である“魔石”が必要となるからである。
いや、実際には“魔法武器”や『魔道具』を作成するに当たって、必ずしも“魔石”が必要な訳ではない。
ただ、物質に“魔法”の力を定着させるのは、これは更にハードルが高いのである。
ドワーフ族の技術の中には、『魔工』という技術が存在しており、これは武器や防具、道具などの“物”に“魔法”の効果を付与する特殊技術であった。
しかし、誰にでも扱える技術ではなく、ドワーフ族の中でも、特に腕の良い鍛冶職人が稀に発現する程度の希少なスキルなのである。
ただ、そうした『魔工』のスキルに目覚めた者は、普通の物質、例えば“魔石”といった特殊な鉱石などを用いずとも、武器や防具、道具に“魔法”の効果を付与する事が可能であった。
もっとも、“魔石”などの特殊な鉱石を組み込む事で、『魔工』のスキルに目覚めていない者達でも、“魔法武器”、『魔道具』を作り出す事は可能である。
だが、いずれにせよ、『魔工』のスキルを持つ者達は少なく、なおかつ先程も述べた通り“魔石”も非常に希少な鉱石なのだ。
となれば、当然ながら生産量には限界がある訳で、魔王軍が求める増産は実質的に不可能なのであった。
とは言えど、それをそのまま伝える事で、魔王軍からの反感を買いたくなかった獣人族の男は、難しい顔をした、という訳であった。
だが、難しいものは難しい訳で、ここで下手に“出来ます”と言ってこの場を穏便に済ませたところで、その後“やっぱり出来ませんでした”となる方が当然心象は悪い。
そこまで考えた上で、獣人族の男は素直にその事を告げる事とした。
「・・・なるほど。人材と素材、両方に問題がある訳ですか・・・。」
「ええ、実はそうなんですよ。もちろん、現在の生産量ならば問題はないのですが、これ以上の増産となると些か難しいかと・・・。せっかくのお話なのに恐縮なのですが・・・。」
「ふぅ〜む・・・。」
獣人族の男の説明に、今度は魔王軍のオーガが難しい顔をした。
当然ながらオーガの方も、自分達の要求が通らない事は困った事となる。
組織として見た場合、このオーガの組織内での評価が下がってしまうからである。
とは言え、獣人族の男が示した通り、これが中々難しい話だというのはこのオーガも理解していた。
もちろん、所謂圧力をかける事で無茶な要求を押し通す事は不可能ではないかもしれないが、それは将来的に自分達の首を絞める事にもなりかねないからである。
組織の事情を優先するか、『新人類』達との関係を優先するのか、道は二つに一つであった。
だが、このオーガは中々頭が回る様で、そこから第三の選択肢を導き出していた。
軍属などやっていないで、本格的に商売人にでもなれば、かなり名うての商人として名を馳せる可能性もあり、後の世の人間達や『新人類』達にとっても、魔獣やモンスターの見方が変わったかもしれない。
まぁ、残念ながら後の世のアキト達の時代でも、魔獣やモンスターとは基本的に敵対する関係であるから、そうした流れにはならなかったのは明らかなのであるが。
それはともかく。
「・・・でしたら、こちら側から人員と投入する、というのは如何でしょうか?」
「はっ・・・?」
オーガの突然の提案に、獣人族の男はポカンとした。
しばらくの後、ようやくこのオーガの言っている事を理解して、しかしと頭を振った。
が、それより早くオーガが言葉を続ける。
「いえ、もちろん我々が鍛冶の真似事をする、という話ではありません。単純に、その“魔石”ですか?、を発掘する人足をこちらで用意すると言ったらどうなるか?、という話ですよ。」
「あっ・・・!」
獣人族の男は、オーガの真意を理解して衝撃を受けていた。
先程も述べた通り、“魔法武器”の増産の一番のネックは人員不足と素材不足であった。
『魔工』のスキルを習得しているドワーフ族は限られており、これを増やす事は実質的には不可能である。
ならば、『魔工』のスキルを必要としない“魔石”を組み合わせ技術ならば、一般的な鍛冶職人にも“魔法武器”を量産する事は可能なのであるが、今度はこの採掘量を増やす事が難しいのである。
単純に、“魔石”が希少な鉱石である、という理由もあるのであるが、『新人類』の総人口的にも、採掘作業を行える人員が限られているからであった。
そこでこのオーガは、その採掘作業に魔王軍から人員を派遣させる、と言っているのである。
確かにこれならば、素材不足を解消する事が可能である。
そして、“魔石”の供給量が増えれば、言い方は悪いが、素材がない事で遊んでいた一般的なスキルしか持たないドワーフ族の鍛冶職人を働かせる事が出来るのである。
結果として、“魔法武器”の増産が可能となるから、魔王軍にとっても『新人類』達にとっても、これはWin-Winの提案なのであった。
「・・・それならばいけるかもしれませんな・・・。しかしよろしいので?その、そちらでも、人員を使われるのでは・・・?」
獣人族の男はウンウンと頷きながらも、しかし、やや言葉を濁しつつオーガにそう聞いた。
まさか、
“何処か人間族を襲うのに人員を使うのでは?”
とは聞けないので、こういう言い方になったのだ。
一方のオーガも、獣人族の男の裏の真意を完全に理解しながらも、軽い調子で頭を振った。
「いえいえ、こちらも当分動く予定はないのですよ。つまり、お恥ずかしい話、今現在遊んでいる者達も多いのです。それならば、そちらの作業に従事させた方が自分達の為にもなりますし、色々と効率が良いと考えたのですね。もちろん、これは私個人の発案ですので、完全にこれが決定稿、という訳ではありませんが、まぁ、おそらく大丈夫でしょう。上の方も、予定が順調に進むのは望むべきものですからね。」
「ふむ・・・。」
アッサリと魔王軍の内情を語ったオーガに、獣人族の男は軽く面食らいながらも、そこは彼も大人であるから、内心の動揺を微塵も感じさせずに言葉を続けた。
「分かりました。では、次回まではそちらの回答待ち、という事になりますか?」
「そうですな。まぁ、長くお待たせするつもりはありませんから、そちらでも軽く話を進めておいて下さい。私には詳しい事は分かりませんが、人員をどう振り分けるか、なんかもあるでしょうしな。」
「承知致しました。」
最後に、軽く詰めの打ち合わせをして今回の会合はお開きとなった。
残念ながら契約締結には至らなかったが、まぁ、前向きな議論が出来た事であろう。
獣人族の男も、魔王軍側のオーガも、何処かホッとした顔をしていた。
こうして、『新人類』達と魔王軍の関係は強化されていき、ある種『新人類』達の立場は盤石なものとなっていったのである。
だが、当然ながら『新人類』達も一枚岩ではなく、魔王軍との関係に否定的な意見を持つ者達もいたのであるがーーー。
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