バトンタッチ
続きです。
『時間操作』。
これは、多くの物語に登場する概念、あるいは能力である。
大抵の場合、その強力な能力故に強キャラ御用達の能力だったりするが、残念ながらこの世界には、『時間操作系』の能力、あるいは“魔法”は存在しなかった。
いや、厳密に言えば、限界突破を果たした者達、あるいは神性の存在達ならばそれも不可能ではないのであるが、結局彼らは現世へと干渉するには制約があるので、それもあまり意味のない事なのであった。
では何故、“能力”や『魔法技術』の様な、ある種超常的な力が存在するのにそれが不可能なのかと言うと、結構簡単である。
範囲が広すぎるからであった。
当たり前だが、“時間”というものはこの宇宙全体に作用している。
もちろん、脅威的な天体の中には、そのあまりの重力故に、時空間が歪んでいる事もあるが、どちらにせよ、“時間”というのは、ある特定の惑星内部にしか存在しない現象ではないのである。
つまり、いくら様々な物理現象を再現可能な『魔法技術』であっても、“時間”という強大で曖昧なものに干渉する事は、そのあまりの範囲の広さ故に不可能なのである。
しかし逆に、惑星全土、あるいは宇宙全体は不可能までも、生命体単体の“時間”を止める事は不可能ではなかった。
もちろん、完全に停止させる事は不可能に近いが、それを限りなく遅らせる事は可能なのである。
実際、セルース人類は、それを“コールドスリープ”として実現していた。
彼らは、遠い他の銀河からやって来た訳で、その長い航海の中で寿命が尽きてしまっては意味がない。
それ故に、自分達の存在を維持する上で、老化を限りなく遅らせる、つまりは自分達の“時間”を止める方法を編み出していたのであった。
もちろん、それを実現するには膨大なエネルギーが必要となる。
セルース人類は、それを“霊子力エネルギー”、しかも宇宙を航行する事すら可能なほどの絶大なエネルギーによって実現していたが、仮にそれらを『魔法技術』で再現するとなると、これはかなりの難問であった。
再三述べているが、この惑星には“魔素”という未知の物質、あるいはエネルギーが存在する訳であるが、それを術者単体で扱える量には限りがあるのである。
これは負荷の問題だ。
理論的には、膨大なエネルギーを生み出す事は可能かもしれないが、いくら優れた術者でも、単体では制御するだけで脳機能や肉体に負荷が掛かり続けてしまう。
最悪、脳が焼き切れたり、肉体が崩壊してしまう恐れもあるだろう。
今現在のセレウスとハイドラスは、あくまで『化身』とは言っても、その理から逃れる事は出来なかった。
しかし、術者単体で無理ならば、誰かにサポートして貰えば良いだけの話である。
例えば、機械とかである。
実際、科学技術は、人間には不可能な事を可能する事が出来る。
人間以上の速度で走る自動車やバイクを作る事も出来るし、単体では飛べない人間が飛行機を使う事によって飛翔する事も可能だ。
そして、人間では到底生み出す事の出来ない膨大なエネルギーを機械を使って生み出す事も出来るし、それを制御する事も可能にしている。
と、この様な考え方から、ハイドラスはネモを改造したセージという人工知能にサポートさせて、科学技術ではない、『魔法技術』による“コールドスリープ”を編み出したのであった。
しかし、元々の理論はすでに確立していた訳であるから、それを『魔法技術』に応用する事は不可能ではなかったのだが、それをセージ以外は機械を使わずに、全て『魔法技術』でまかなうのはかなり無茶であった。
(例えば、セルース人類が使っていた“コールドスリープ”は、制御自体は人工知能に出来ても、それを具体的に実現するプロセス、つまり“凍結”させる為のマシン、それを維持する為のマシン、そして最終的に、それを問題なく“解凍”するマシンが別途必要となる訳だ。)
人工知能にプラスして、天体の力すら借りてエネルギー自体は確保したものの、通常の“コールドスリープ”の様な効果を発揮するかは、セージの計算でも成功率は8割ほどであった。
確かに一見すれば悪くない確率ではあるのだが、あくまでそれは“コールドスリープ”が上手く行く確率でしかなく、全く問題が起こらないと言う訳ではなかった。
一か八かの賭けはハイドラス達が勝った。
少なくともグエルらを襲おうとした魔王軍は、セレウスとハイドラスの手によって“封印”、すなわち、強制的な“コールドスリープ”によって、擬似的に時間を止められ、活動が出来ない状況に追い込まれてしまったからである。
だが、その代償として、セレウスとハイドラスも、同じく“封印”の余波に巻き込まれて、その活動を停止してしまったのである。
もっとも、これは最初から想定された事でもある。
機械のサポートが得られない(というか、自分達の都合もあって、使うに使えなかったのだが)状況の中では、自分達を依り代に使うしかなかったからである。
こうした事もあって、特にグエル達“パクス・マグヌス”にとっては非常に頼りになる存在であったセレウスとハイドラスが、自分達を救う為に犠牲となり(もっとも、あくまで仮死状態なので本当は死んではいないのであるが、擬似的に生命活動が止まっている=心臓や呼吸もほぼ止まっている為に、グエル達はそう勘違いしていた。)、しかしまだ脅威である魔王軍が全て全滅した訳ではない、というアクエラ人類史上、もっとも危機的な状況に置かれてしまったのであるがーーー。
◇◆◇
「・・・さあ、いつまでもこの場には居られません。そろそろ退避しませんと・・・。」
“石化”したセレウスとハイドラスのそばでガックリとうなだれていたグエルに司令官はそう声をかける。
「・・・ええ。そうですね・・・。」
グエルもその言葉に、力なく頷いた。
しかし、二人の言葉に、その場に留まっていた他の者達の反応は違っていた。
「いやいや。そちらの英雄殿達の働きによって、魔物共はその活動を停止したのだろう?今更慌てて逃げる事もないのではないか?」
その意見は楽観的過ぎたが、しかし、その言葉を投げかけた者の他の者達も、その言葉に大きく頷いていた。
確かに移動にはかなりの労力を使う。
特に、要人達の移動には、細やかな集中力や注意力が要求されるのだ。
それに、要人ともなると、物理的な重鈍さもあるものだ。
少なくとも、グエルや司令官達はまだまだ年若い年齢ではあるが、ラテス族側、連合側の上層部は、一団を率いる者達という事もあって、やはりそれなりに老齢の年齢に差し掛かっている者達ばかりであったのだ。
(組織を率いる者が高齢である例は珍しくもない。
もちろん、名目上のリーダーが若者になっている事も多いのであるが、今回の件は、ラテス族側、連合側の今後を左右する重要な会議であった事もあり、両陣営の“本当”のトップ達が集っていたのである。
むしろこれは、わざわざ彼らを引っ張り出したグエル達の功績なのであるが。)
つまり、本当の意味で“腰が重い”のであった。
「そうも言っていられません。確かに、目の前の危機は一時的に去りましたが、魔物共がこれで全てだとは思えないからです。」
「「「「「なっ・・・!?」」」」」
冷静な司令官の言葉に、要人達は目を丸くした。
司令官の言葉が信じられなかったからであろう。
もっとも、彼らの勘違いも分からない話ではなかった。
この場を襲った魔物達は、かなりの数にのぼっているからである。
そうなると、魔物達が総力を上げてこの場を襲ったと思っても無理はないのであるが、しかし、魔物達は高い知性を持つ者に操られている事を忘れてはいけないのである。
一軍を率いる立場であった司令官からしたら、全ての戦力を一点に集中する事のリスクは当然理解していた。
「司令官という立場から言わせて頂ければ、全ての戦力を一点に集中する事はほぼありえないと考えています。敵勢力が思った以上に強力かもしれませんからね。それ故に、例え総攻撃を加えるにしても、部隊をいくつかに分けるのが常識的な判断でしょうね。罠がないとも限りませんしね。」
そうなのだ。
実際、軍隊というのはいくつもの部隊に分かれているのが一般的であった。
所謂“リスク分散”の為である。
全軍突撃した結果、それが壊滅した場合、自身の手元には戦力が残らなくなってしまう。
もちろん、以前にも解説した通り、軍事的な“全滅”や“壊滅”が文字通りの意味ではない事も否定しないのであるが、仮に兵士がそれなりに生き残っていたとしても、それを組織的に運用出来るかどうかはまた話が別なのである。
以上の観点から、バックアップも鑑みると、セレウスとハイドラスが“封印”したこの魔王軍が、魔王軍としての全勢力であるとは中々考えづらいのである。
それに、魔王・マルムスの獲得したスキルを鑑みれば、仮にこの場にいる勢力が魔王軍の全てだとしても、簡単に戦力を増強してしまえる可能性もある。
どちらにしても、ひとまず安心だからといってこの場に留まり続ける事の方がリスクが高かった。
「どちらにせよ、先程お二方も仰っていた通り、我々は後の事を任させたのです。まずは安全を確保しつつ体勢を整える必要がありますし、その為には、この場を放棄する必要があるでしょう。」
「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」
司令官がそう締めくくると、その場の者達から異論は出なかった。
色々と一癖も二癖もある要人達ではあったが、しかし、自分達の死が間近に迫った時の感覚と、それを命懸けで何とかしてくれたセレウスとハイドラスに思うところはあった訳であり、その二人を引き合いに出されてしまえば、それ以上言葉を続ける事が出来なかったのであろう。
それに、遅ればせながら、彼らは今後、そんな英雄が不在な中魔王軍と戦わなければならない現実に直面する事に気が付いていた。
ここからは、楽観的な判断をしても、それを助けてくれる者達、セルース人類にしても英雄もいないのである。
「・・・とにかく、この大森林地帯から退避しましょう。同盟にしても何にしても、話はまずそれからだと愚考致します。」
「「「「「・・・。」」」」」
司令官の促す様な言葉に、その場にいた者達は無言で頷くのであったーーー。
◇◆◇
その事件は、大森林地帯周辺に住むアクエラ人類の間で瞬く間に伝播していった。
今現在のこの惑星の通信技術、情報ネットワークがいくら未発達だからといっても、自分達“人類”の危機となると、それは非常に重要な情報であるから、テレビやインターネットにも匹敵する拡散現象が起こっていたのであろう。
“口コミ”というのは、案外バカに出来ないものである。
もちろん、これはある種パニックを引き起こしかねない情報であるから、所謂“箝口令”だったり、情報規制が敷かれたとしても不思議な事ではなかったが、各方面の上層部も混乱していたし、また、そうした集団ヒステリーや集団パニックといった現象を知らなかった事もあり、また、先程も述べた通り、この件は自分達の命に直結する情報だった事もあり、結局はそうした類の規制は出来なかったのであろう。
そんな事もあり、“魔王軍”の脅威、そしてそれを封じ込めた英雄達の存在、しかし、問題はまだまだ解決していない事などの情報が、各勢力の上層部だけでなく、広く一般市民にまで浸透していたのであった。
もちろんそれは、子供達とて例外ではなかった。
さて、こうした事件を経て、ラテス族と連合との間に起こっていた戦争は、急速に下火になっていった。
当たり前だ。
“魔王軍”の台頭という現象が顕在化した今、もはや人間同士で争っている場合ではないからである。
しかもその脅威を、ラテス族、連合両陣営の上層部、停戦を仲介していた“パクス・マグヌス”の面々も、直接目にしていた。
いかに楽観的な者であったとしても、目の前で未曾有の危機的状況に直面すれば、その考えを改めざるを得ない。
しかも、それを回避出来たのは、セレウスとハイドラスという存在が居ただけの幸運に過ぎず、その英雄二人も今や不在となってしまったのである。
そうなれば、頼れるのは自分達の力しかない。
もちろん、“セルース人類”が救ってくれる、と考える者達も少なからず存在していたが、ハッキリ言えばそれはナンセンスな事だ。
少なくとも、神々の慈悲にすがりつくのは最終的な手段であろう。
現実的な話として問題が起こったのなら、神々に祈るよりもまず先に、自分達の力で解決策を出す方が有益である。
こうして、戦争が下火になると同時に、“魔王軍”に対抗すべく、アクエラ人類同士の同盟、連合を組む動きが急速に高まっていったのであった。
・・・だが、これから語るのは、そうした大人達の政治的な駆け引きの話ではなく、セレウスやハイドラスの跡を引き継ぐ事となった、不幸な子供達のお話であるーーー。
◇◆◇
以前、偶然にもルドベキアとアルメリアを助け出したセレウスとハイドラスであったが、実際には二人が助け出した人々、子供達はかなりの数に登っている。
そして、その中には、あのカエサルもいたのであった。
カエサルは、マグヌスとセシリアとの間に生まれた少年である。
ラテス族始まって以来の天才であるマグヌスと、ラテス族の一部集落を統括する有力者であった者の娘、セシリアの才能を譲り受けたのか、彼は小学生くらいの年齢ですでに高い見識と才能を併せ持っていた。
そのまま順調に成長すれば、将来はマグヌス以上に優れた“魔法研究家”として、様々な『魔法技術』を世に送り出した事だろう。
だが、残念ながらそんな彼は、ラテス族側と連合側の戦争によって、両親を揃って失っていたのであった。
マグヌスに関してはこれまで語ってきた通り、ある種の謀略の犠牲となっている。
そしてセシリアに関しても、戦争が始まって人々を救う事に従事していたのであるが、その戦争の余波で命を失っていた。
こうしてカエサルは、まだ十歳にも満たない若い美空の時点で、天涯孤独となってしまったのであった。
そんな折に、セレウスとハイドラスに救われ、彼だけは何とか一命を取り留めていたのであった。
とは言えど、いくら天才児と言っても、まだまだ幼い彼が続けざまに肉親を失ったとあれば、精神的なショックは計り知れない事だろう。
もちろん、セレウスとハイドラスの計らいで、彼もノイン・ストレリチア、セシリアと共に孤児院を運営していた老齢の女性に保護されて、安定した生活基盤と安全が確保された訳であるが、それとこれは話が別である。
“ストレリチア荘”で生活し始めた彼は、当初塞ぎ込みがちになり、周囲と打ち解ける事もなかったのであった。
そんなカエサルだったが、自分を救ってくれたセレウスとハイドラスだけには心を開いていた。
単純に、強くてたくましい二人に、男の子として憧れを抱いていたのかもしれない。
二人も、カエサルの事はなるべく気に掛けていた。
二人もカエサルの才能にいち早く気が付いていたからであろう。
上手くすれば、アクエラ人類を導けるほどの才覚を有しているカエサルは、本来存在しない筈の二人にとっては、自分達がいなくなった後の世界でアクエラ人類の若きリーダーとして期待が持てたから、という理由からかもしれない。
そんな訳で、両親を揃って失ってた事によって歪みかけた彼の精神は、セレウスとハイドラスの存在によって何とか持ち直したのであった。
仮に二人に育てられたら、マグヌスやセシリアのもとで育ったのとはまた別の方面でカエサルは大成していた・・・、かもしれない。
だが、そんな彼を嘲笑うかの様に、運命は彼から再び大事な人達を取り上げたのであった。
ご承知の通り、先の魔王軍の強襲を未然に防いだセレウスとハイドラスだったが、その代償として二人は“石化”、正確には、“コールドスリープ”技術を無理矢理『魔法技術』に落とし込んだ結果、魔王軍を封じる事には成功したものの、自分達もその余波を受けて仮死状態になってしまったのである。
当然ながら、そんな現象を知らないアクエラ人類にとっては、魔王軍と二人が“石化”、すなわち(本来はまだ死んでいなかったのであるが)、彼らが死んでしまったものとして認識されていたのである。
(もっとも、仮に“石化”を解除、すなわち“コールドスリープ”を解除するのであれば、“コールドスリープ”技術についての知識を正確に理解している必要があるので、現時点でのアクエラ人類にとっては、ほぼ不可能、つまり、死んだも同然である、という状況に変わりなかったのであるが。)
当然ながらその情報は、カエサルの耳にも入ってしまったのである。
再び打ちのめされるカエサル。
しかし今回の場合は、まだ魔王軍の脅威が完全に去った訳ではなかったのである。
こうした事もあってカエサルは、徐々に“力”に対する執着心を持つ様になっていったのである。
いや、小学生くらいの年代の男の子が、“強さ”に対する興味を持つ事自体は別に珍しい事ではない。
その年代の男の子は、“強くてカッケェ”ものに憧れるものだからである。
その対象が、父親であるとか、兄であるとか、スポーツ選手であるとか、あるいは昆虫であるとか、人によっては様々だろうが、そうした傾向にあるので、カエサルのそれも、端から見た分には特段違和感のないものだったのである。
それに、彼の内心はどうあれ、元々才能の塊であるカエサルが勉学に運動にと励む姿は、“ストレリチア荘”の子供達の良いお手本になったのであった。
やがて月日が流れ、カエサルが十代半ばほどに成長すると、彼は突然“ストレリチア荘”を出奔したのである。
いや、彼だけではない。
同じく美しく成長したルドベキアと、彼らよりも若干年下であったアルメリアも、揃って“ストレリチア荘”から姿を消したのであったがーーー。
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