“魔王”誕生 2
続きです。
『魔眼』。
これは、以前のニコラウスの件でも出てきた能力の概念である。
再三述べている通り、この世界には“魔素”という未知の物質(?)が存在し、この世界の鉱物、生物、植物問わず、大小様々な影響を与えている。
それを意識的に扱う方法が『魔法技術』や『魔法科学』なのだが、当然ながらそれらはほんの一部に過ぎず、“魔素”のもたらす現象や影響はもっと複雑怪奇で多種多様なものなのである。
で、『魔眼』とは、生来“魔素”との親和性が高い者がまれに発現するスキルであり、その効果は“魔素”を無意識的に操作する事、であった。
先程出てきたニコラウスは、その『魔眼』を活用(悪用?)し、深度の深い“催眠術”などを駆使して、人々を扇動したり利用したりとした訳であるが、その時にも解説したかもしれないが、実は“催眠術”はある程度の知性を持つ種(例えば動物など)ならば効果を発揮するらしいのである。
では仮に、件のオーガがこのスキルを発現したとしたら、一体どういった事が起こり得るであろうかーーー?
◇◆◇
「『魔眼』、ですか・・・?いえ、聞いた事がありませんな・・・。」
グエルの問いかけに、しばし考えた末に司令官はそう答えた。
副官も同様だったのか、頭に疑問符を浮かべた状態でこちらもコクリと頷いていた。
「まぁ、それも無理はありません。私共も、誰もその存在を知らなかったのですからね。とはいえ、『魔法技術』に明るいラテス族側なら、“もしや”とも思っていましたが、やはり、まだまだ知らない事は多いのですなぁ〜・・・。」
途中から個人的な感想になっていたグエルに、しびれを切らした様に二人は先を促した。
「それで?その『魔眼』というのと、魔獣やモンスターが組織的に動く事と、どう関係するのですか?」
「おっと失礼。で、その『魔眼』というのは、我々が持つ『魔法技術』とはまた別の体系の技術、いえ、個人的なスキル、の様なものなのだそうです。その効果は、他者を意のままに操る、というものなのだそうですね。」
「それってっ・・・!!」
「ええ。仮に魔獣やモンスターの中に、それもかなり高い知能を持つ者がこのスキルを獲得したとしたら、魔獣やモンスターが一つに統一された事も説明がつきます。本来は多種多様な種が存在する筈ですから、そもそも意思疎通すら困難だと思われますが、それらを全て無条件で操れるのならば、意志の統一や言語の統一すら不用なのです。むしろ、一人の意思決定者の思うがままに動く組織と考えると、様々な考え方を持つ我々よりも組織としては上かもしれませんな。」
「ふむ・・・。」
当たり前だが、“魔素”の影響を受けているのは何も人間だけではないのである。
この世界に存在するものなら、無機物・有機物、果ては物理現象そのものにすら影響を及ぼす。
それ故に、魔獣やモンスターとて、1から学べば『魔法技術』を獲得する事は可能なのである。
もっとも、アクエラ人類がそれをする筈もないし、魔獣やモンスターが少なくとも十年スパンくらい大人しく学ぶほどの自制心などが存在する筈もないので、『魔法技術』が彼らに流出する恐れは限りなく低いのだが。
しかし、何も『魔法技術』だけが“魔素”の活用技術の全てではない。
少なくとも、『魔闘気』や個人的なスキルになら、目覚める可能性はあるのである。
(実際、後の世のアキトに保護されていた『白狼』のクロとヤミは、魔獣にも関わらず『魔闘気』、正確には『覇気』だったが、を身に付けている。
もちろん、彼らが英雄や女神の庇護下にあったからこそ、でもあるが、彼らの仲間の中には、独自にこの『覇気』に目覚めていた者達もいる。)
で、例のオーガはヴァニタスの強制レベルアップを受けた事によって、この『魔眼』に目覚めてしまった訳であった。
もっともこれは、本来の『魔眼』とは似て非なるものでもある。
ニコラウスの時にも言及したが、本来『魔眼』というものは、生来の魔素に対する親和性の高さ故に持ち得るスキル、資質であり、レベルが上がったから発現する、という類のものではないからである。
ただ、これはアキトが実践済みであるが、場合によっては後天的に魔素の親和性、すなわち“魔素感受性”というものを伸ばす事は不可能ではなく、そして、『魔眼』に近い形で他者を操る術、すなわち“幻術系魔法”、“幻術系スキル”、あるいは“精神干渉系魔法”、“精神干渉系スキル”等を発現する事もあるのである。
件のオーガの場合も同様で、ヴァニタスによる強制レベルアップと共に、知性が上がった事によって、彼は一つの欲望を持つに至ったのである。
すなわち、自分が“この世界”の支配者になる、という願望であった。
この様に、時に強い願望は、思わぬスキルを与える事があるのだ。
そして、アクエラ人類には厄介な事に、“魔素”そのものには善も悪もない。
人類に恩恵を与える事もあれば、逆に人類に脅威を与える事もある。
そうした意味ではこの“魔素”も、色々と超越した物質(?)の様で、やはり“自然現象”と同じカテゴリーに属する“何か”なのかもしれない。
まぁ、それはともかく。
で、こうした事もあって、単純な“力”と共に、強力な“催眠術”、あるいは“強制”の力を持ってして、本来はありえない筈の、オーガを中心とした魔獣、モンスターの混合軍を組織するに至った訳であった。
「・・・仮にその事が本当だとしたら、確かに戦争どころではありませんな。」
「そうですね。言ってしまえば、連合と魔獣やモンスター、双方を相手にしなければなりませんからね。」
「その通り。ですから我々は、ここは一旦連合側と停戦し、ラテス族側、連合側、そして我々とで手を組んで、魔獣やモンスター達に対抗すべきだと愚考しているのですよ。」
「なるほど・・・。」
司令官と副官も、ようやくグエルの言葉が全て飲み込めた様である。
当たり前だが、戦略的には敵が増える事は厄介な事でしかない。
しかも、魔獣やモンスターが連合側だけを叩くならいざ知らず、自分達の部隊がすでに奴らに壊滅させられている可能性を考慮すれば、奴らの狙いは“人間”全体である事は明白である。
そもそも、アクエラ人類が魔獣やモンスターを個々に区別出来ない様に、彼らにとってもアクエラ人類を区別出来る筈もないのだ。
彼らにとっては、この自分達の生活圏を脅かす存在は、誰であれ攻撃の対象なのかもしれない。
もちろん、元々この大森林地帯が魔獣やモンスターの生活圏だからと言っても、アクエラ人類がある種の侵入者、侵略者だとは言っても、それで負けてやる道理はない。
言うなれば、これは生存競争だ。
お互いの言い分が違う事による戦争ともまた別のものであり、お互いの生き残りを賭けた戦い、とも言える。
その事を、司令官と副官は理解したのであった。
「・・・しかし、事はそう簡単ではありますまい。それに、本国の者達がどう判断するか・・・。」
「それに、連合側がどう判断するかも不透明ですな。」
「そちらに関しても、こちらから使者を派遣して説得に当たっています。もちろん、それが絶対に成功するとは限りませんが、最低でも、両者を一度交渉のテーブルにつけるまでには何とか漕ぎ着けるつもりです。」
「・・・ふむ。で、グエル殿の真の狙いは、我々にその口添えをして欲しい、と?」
司令官がそう指摘するとグエルは苦笑する。
「・・・根回しは重要ですからな。いきなりラテス族の本丸に突撃したとしても玉砕するのがオチです。ならば、我々の主張に賛同してくれる者を、一人でも多く味方につけるのが良い。まぁ、そちらも一種の賭けではありますが、しかし、やはり現場の者達の意見は重要です。今回の場合はたまたまでしたが、やはりこの大森林地帯に異変が起こっている事を肌で感じている事でしょうからな。これは、現場を一切知らない者達には分からない事でもあります。」
「・・・確かに。」
グエルの言葉に、司令官も副官も苦笑いをしていた。
ラテス族軍の司令官とは言えど、あくまで軍部のトップでしかない司令官(と副官)にわざわざグエルが接触したのは、彼が言った通り根回しの為であった。
本来ならば、あくまでラテス族側の意思決定をする者達はまた別に存在するのだから、そちらに話を通すのが筋なのだが、これは向こうの世界でもそうであるが、そうした為政者達が現場の状況を理解していない事も往々にしてある。
それ故に、今グエルが言った事を、そのままそちらに持っていったとしても、軽く一蹴される可能性が高いのである。
(もちろん、中には優秀な為政者が存在する事も否定はしないが。)
だが、仮に現場を知り、なおかつそれなりに発言力のある者達の助言・意見があれば、また話も変わってくる。
今回の場合、それが司令官や副官に該当し、“パクス・マグヌス”から異変の話を聞いた後に彼らからも同様の意見があれば、流石に何らかの異常が生じた可能性がある、とラテス族側の上層部も考える事だろう。
先程も述べた通り、少なくとも“パクス・マグヌス”が単独で説得などに当たるよりも、ぐっと成功率は上がる筈である。
司令官も副官も、やはり現場と上層部との温度差を感じていたのか、グエルの行動に納得すると共に、そこまで政治的な事を考えていたグエル、ひいては“パクス・マグヌス”に感心するのであった。
「・・・それで、いかがですか?」
「・・・司令官。」
「ふむ・・・。」
色々な意味を含めたグエルの確認に、司令官はしばし考えをまとめていた。
すでに、おおよそグエルの話を信じていた司令官(と副官)だったが、しかし、確実な物証がある訳でもない。
しかし、何らかのイレギュラーが発生した事はまず間違いなく、ここで対応を誤れば、おそらくその先に出る被害はかなりのものとなるであろう。
これは、一種の賭けだ。
正しい判断をしたとして、後の世の人々に称賛されるか、間違った判断をしたとして、後の世の人々から鼻で笑われるか。
もちろん、司令官の仕事は軍部の指揮でしかないので、彼が政治的な話に口を挟むのは本来筋違いかもしれないが、これもよくある話であるが、職務に忠実である事だけが何も正しい訳ではないのである。
「・・・あい分かった。私程度の力がどこまで役立つかは分からないが、貴殿に協力する事としよう。」
「おおっ!ありがとうございますっ!」
結局、司令官は最終的にそう判断した。
グエル、というか、“パクス・マグヌス”に協力する道を選択したのである。
「では、私はこれで失礼します。」
「ありがとうございました。有意義な時間となりましたよ。」
「それはこちらも同様ですよ。」
その後、少しばかり詰めの協議をした後に、グエルはその場を辞していった。
結局のところ、司令官の助力が必要なのはラテス族側の上層部を説得する時であり、とりあえず今の時点では彼へと話が通り、それを了承してもらえた事がグエルにとっては何よりの成果であったからであろう。
にこやかに別れの挨拶を交わし、グエルは足取り軽く去って行った。
「・・・よろしかったので?差し出がましい様ですが、“パクス・マグヌス”に協力するのは、軍人としての本分とはかけ離れている様にも思われますが・・・。」
グエルが去るや否や、副官はそう問い掛ける。
もちろん、副官とて司令官の判断を否定するつもりはない。
だが、司令官をサポートする事と共に、場合によっては司令官が暴走した時の静止役でもある彼にとっては、一応司令官の考えを確認しておく必要があったのだろう。
「お前の考えも分からんではない。軍人は命令に忠実であれば良いのだからな。しかし、“パクス・マグヌス”の話は筋が通っているし、実際イレギュラーが発生したのは間違いない事実であろう。まぁ、実は全く別の要因によるものである可能性も否定しないが、仮に魔獣やモンスター共の仕業であれば、“パクス・マグヌス”の言う通り、もはや戦争どころではないだろう。事は、我々人類の存亡の危機かもしれんのだからな。ならば、“パクス・マグヌス”に協力し、上層部の説得を成功させる事が何よりも重要となるだろう。」
「・・・。」
執務机に腰掛け、腕を組みながらそう語る司令官。
副官は、彼の真意を推し計る為、黙って彼の言葉を聞いていた。
「・・・と、いうのは建前だ。半分は、私自身の保身の為でもある。」
「・・・と、申しますと?」
司令官も、副官の考えを見抜いていたのだろう。
そこから更に、言葉を付け加えた。
「私も、流石に“パクス・マグヌス”の言葉を全面的に信用した訳ではない。だが、ここで“パクス・マグヌス”の話に乗っかっておく事は悪くない判断だと思ったのだよ。何故ならば、仮に様々な事態が本当だとしたら、色々と有耶無耶に出来る可能性があるからな。」
「・・・なるほど。」
副官は、司令官の言葉に納得していた。
これがどういう事かというと、案外単純である。
自分達の評価を鑑みた上での事である。
と、言うのも、客観的に見た場合、今現在の彼らの評価はかなり危ういものであったからだ。
再三述べている通り、今現在、この大森林地帯では、ラテス族側と連合側とで絶賛戦争状態であり、なおかつ、長らく膠着状態が続いている。
で、ラテス族側の当初の予測では、自分達の優位性、すなわち『魔法技術』を有している事もあって、もっと早くに決着がついている筈、であった。
もちろん、自分達の勝利という形で。
もっとも、連合側の数の上での優位性や、彼らもラテス族側に比べたら初期段階とは言えど、『魔法技術』を有していた事もあり、その予測は大幅に外れ、決着どころか、泥沼の膠着状態と至った訳である。
もちろんこれは、机上の空論、自分達の存在価値を過大評価していたラテス族側の上層部の失策な訳であるが、ここら辺はよくある話であるが、その責任を現場、すなわち軍部に押し付けてきたのであった。
つまり、“お前達がしっかりしていないからこういう事態になった”、という訳である。
当然ながら、これは言いがかりも甚だしい事柄な訳であるが、しかしこうした事がまかり通るのもまた世の常でもある。
こうした事もあって、司令官達はかなり肩みの狭い思いをしていた訳であった。
そこへ来て、ただでさえ低い評価が、自分達の最大戦力の一つである北部方面に展開していた部隊を失ったとあっては、それは更に地に落ちる事となる。
が、ここで、先程のグエルの話が活きてくる事となる。
グエルの話を信じるのであれば、少なくともこの北部方面に展開していた部隊の壊滅の原因は魔獣やモンスターの仕業である。
つまり、自分達の落ち度、戦争の結果としての壊滅ではない事となる。
それどころか、グエルの話を全面的に信用するのであれば、魔獣やモンスターが組織的に動いている結果の産物であり、放っておけば、被害は更に拡大する事となる訳だ。
ここへ来て、仮に司令官、すなわち軍部が“パクス・マグヌス”に賛同し、ラテス族側の説得に協力したというスタンスを示したとしたら、評価が逆転する可能性がある。
つまり、異変、イレギュラーの予兆を見逃さず、本来の自分達の職務を逸脱した行為ではあるが、結果としてラテス族側、どころか人類存亡の危機を未然に防いだ傑物である、という図式が成り立つのである。
もちろん、再三述べている通り、それはあくまでグエル、ひいては“パクス・マグヌス”の言葉を全面的に信用するのであれば、という前提条件がつくのだが、上記の通り、ここで何もしなければ、現状の評価から脱する事は叶わないのである。
故に、一種の賭けではあるが、司令官はここはグエルの話に乗っかっておこう、とした訳であった。
また、仮にその話が真実ではなかったとしても、グエル、つまり“パクス・マグヌス”に騙された、という言い訳も一応成り立つし、場合によっては、このカードが、“パクス・マグヌス”側をラテス族側に引き込む交渉手段にも成りうるのである。
つまり、中々危ない橋ではあるが、どちらに転んでも自分達に損がない、という判断のもと、司令官はグエルとの交渉に応じた、という流れであった。
本来は軍人であるにも関わらず、やはり政治にも関わる機会があるからか、この司令官も中々どうして食えない人物の様であった。
また、副官もそうした方面の話には精通していたのか、司令官の判断を非難するでもなく、淡々と受け止めていた。
“保身”というと聞こえは悪いが、リスクを鑑みて、総合的に判断する事は何も悪い訳ではないからである。
「向こうも思惑があっての事。ならば、せいぜい利用してやろうではないか。」
「そうですな。まぁ、悪い話ではありませんしな。」
若干黒い部分をのぞかせながらも、二人はそう締めくくるのであったーーー。
「ところで話は変わりますが、何故グエル殿は、我々さえ知り得ぬ情報を知っていたのでしょうかね?」
「む?」
「ほら、『魔眼』とかいう・・・。」
「ああ、なるほど。」
と、先程までの黒い雰囲気は四散し、司令官と副官は再びただの雑談に戻っていた。
もっとも、内容的には先程の話の延長線上の事であるし、結構重要な事でもあったのだが、先程のグエルとの協議においては、聞くに聞けない雰囲気だった事もあり、今になって疑問が噴出したのかもしれないが。
「“パクス・マグヌス”には、我々ラテス族側の者や連合側の者も合流していると聞く。そうした意味では、“パクス・マグヌス”は我々とも連合とも違う、独自の技術なんかが発展しているのかもしれん。」
「それもあり得る話ですが、私が聞いた噂によると、“パクス・マグヌス”には別の大陸からやって来た者達の出入りもあると聞きます。もしかしたらその者達の知識によるものかもしれませんよ?」
「・・・ほう。」
彼らが住んでいる場所は、ハレシオン大陸という惑星アクエラでも最大の大陸である。
だが、当然ながら他にも大陸がある訳で、そして他の大陸に住んでいる人間達も存在する訳である。
それ故に、仮にラテス族以外にも神々から教えを受けた者達がいたとしても、何ら不思議な話ではないのである。
もちろん、ラテス族の中には、所謂選民思想に毒された者達も多いので、それを認めるかどうかはまた話が別であるが、しかし、そうした思想とは別にして、自分達とは異なる技術体系を持っている者達がいるとしたら、それはそれで利用価値が高い訳である。
何故ならば、それは結果として自分達の技術力を更に発展させる事に繋がるかもしれないからである。
「・・・だとしたら、ますます“パクス・マグヌス”と繋がりを持てた事は良かったかもしれんな。」
「ですな。」
ただの雑談から、またしても自分達にとって有利なカードが浮上したからか、どこか上機嫌に二人は笑うのであったーーー。
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