謀略
続きです。
◇◆◇
『ふむふむ。二人がそんな事をねぇ〜。』
「いかが致しますか、ヴァニタス様。」
『そうだねぇ〜・・・。』
ラテス族、連合、またその他の勢力など、様々な者達が集まり、あるいは行き交い、ある種の文化や資源、考え方や技術が集まるこの集落は、その恩恵によって、ラテス族とも連合ともまた違った形で様々な発展を遂げていた。
実際、ルドベキアらが目撃した様に、高度な建築技術だったり土建技術、『魔法技術』を生活に落とし込んだ治水、あるいは上下水道の様な生活インフラも発展している。
この様に、ある種の交易の場所となる拠点が、独自の進化を遂げる事はよくある話だ。
逆に言えば、様々な物や人が集まる場所だからこそ、元々は小さな勢力に過ぎなかったこの集落が、ラテス族側や連合側も無視出来ない第三勢力と成り得た訳であり、“中立の立場”などという、互いの勢力にとってはふざけた主張もまかり通る事となった訳である。
だが、これはあくまで良い側面の方だ。
様々な物や人が行き交う場所、という事は、逆に悪しき思惑を持っている者達も入り込みやすい環境でもある。
こうした場所ではどういう現象が起こるかというと、つまりは“謀略”である。
この集落がラテス族側や連合側にとっても無視出来ない勢力となっているのならば、逆にここを自身の勢力に組み込む事が出来れば、一気に自勢力が有利となる。
となれば、使いなどを送り、この集落を自分の側に加わる様に画策する事はよくある話であろう。
ただ、今現在絶賛戦争中である両勢力が、公に使者を向かわせるのはリスクが高い。
場合によっては、予期せぬ衝突が起こる可能性もあるし、その結果この集落を巻き込んだりしたら、もはやこの集落が耳を傾ける事がなくなるかもしれないからである。
それだけならまだマシで、味方にしようとした結果、思わぬ厄介事を招いたとして、敵側につかれたら目も当てられない。
となれば、“公式”ではなく、密かに内部に入り込んで、内側から流れを作るのがもっともリスクが少ない。
例えば、商人なり、渡りのハンターなどに扮して内部に入り込み、そこで情報収集をし、影響力の高い人物に密かに接触する。
そして、金品などの報酬をちらつかせたりして“こちら側”に傾倒させて、ある種合法的に味方に引き込むのである。
ここら辺はよくある手法である。
元々中立の立場だった国家が、親〇〇派政権となった結果、その〇〇国家と同盟関係を結ぶ、などがその最たる例であろう。
(もちろん、それらの人物らが裏で接触している明確な事実はほとんど分からない事だ。
ただ単に、たまたま理念や考え方が近かっただけかもしれないが、当然、そこに策略がある事も往々にしてあるのである。)
以前に言及した通り、人々には欲望というものが存在するので、こうした事もまかり通るのである。
この集落にも、当然ながらそうした思惑でラテス族側、連合側問わず、様々なスパイの様な存在が潜入し、特に上層部に何とか取り入ろうとしていたのであった。
で、そんな様々な情報が集まる場所は、当然ながらヴァニタスとしても利用価値が高い訳だ。
特に今の彼は、セレウスとハイドラスから追われる身となっている。
しかも、彼自身の持つ“力”を無闇に使うと、いくら“力”をセーブしていると言っても、下手すればセレウスやハイドラスに自身の居場所を突き止められてしまう懸念もある。
ならば、自身の手足として動く“人間”に、色々と活動させれば良いだけの話。
そんな訳もあって、この集落の上層部に近い場所に、自身の手駒を置いておいたのである。
そして、そんな駒から、今まさに報告を受けていた訳であるがーーー。
『・・・今は泳がせても良いかもね。流石にボクの居場所までは特定出来ていないだろうし、魔獣やモンスター達が良い目眩ましにもなってくれるし。ここで下手に何かすると、かえって勘付かれてしまうかもしれないしねぇ〜。』
「では、あえて誘導する事もない、と?」
『そ。むしろキミは下手に彼らと接触しない方が、ボクとしてはありがたい、かな?“スパイ”ってのは、空気に徹するべきだよ。』
「ヴァニタス様がそう仰るのであれば・・・。」
“通信機”越しにそう答える謎の男。
しかし、その口振りからは、やや意気消沈した雰囲気が漂ってきていた。
『しかし、報告はありがとね。こっちでも色々と考えてみるよ。』
「は、ハッ!勿体ないお言葉・・・!」
ヴァニタスもそれは感じ取っていたのだろう。
リップ・サービスとばかりに、彼の忠心に労いの言葉をかける。
それを受け、分かりやすく声に喜びの色が浮かんでいた。
ヴァニタスは“通信機”越しに苦笑しつつ、
『じゃあまた。』
と言って通信を切った。
「・・・しかし、気まぐれで“人助け”はしておくものだなぁ〜。まさか、こんな風に動いてくれる駒が手に入るとはねぇ〜。」
通信を終えたヴァニタスは、そうひとりごちた。
色々と厄介な問題を起こすヴァニタスではあるが、しかし、実は彼を慕う者もいたりする。
これは何故かと言うと意外と単純で、彼の“気まぐれ”で救われた人達もいるからである。
人間というのは結構単純なもので、正しいか正しくないかは別として、自身の境遇なり環境を救ってくれる者に傾倒する傾向にある。
実際、大局的に見れば全然正しくない事を成そうとしている人物であっても、自身の都合や自身の得となるならば、その人物を支持する事はよくある話だ。
こうした事があるからこそ、人物としては大した事はなくとも、所謂“無能”がトップになってしまう事も往々にしてあるのである。
まぁ、それはともかく。
で、この男も、そんなヴァニタスに救われた一人であった。
その事により、ヴァニタスを深く心酔していたのだ。
もっとも、実際にはヴァニタスも、自身を慕ってこられても困ってしまっていたのだが、しかし、セレウスとハイドラスの登場により、自身が自由に動けない中で自分の手足の様に動いてくれるこの男の存在は、一転して利用価値が出たのである。
ここら辺はヴァニタスの言う通りで、様々な繋がりを持っておく事で、後に自身の助けとなる可能性もあるので、色々と面倒な側面もあるのだが、“人脈”というのは持っておいても良いのかもしれない。
まぁ、そんな感じに様々な思惑が交錯するこの集落に、この男は再び埋もれていったのであるが、
「ビンゴ、だな。」
残念ながら、自分を追跡していた者の存在には気付いていなかったのであったーーー。
◇◆◇
ところかわって、この集落にてセレウスとハイドラスが常宿としている場所に移る。
ルドベキアとアルメリアを無事に“ストレリチア荘”に引き渡し、その後、上層部との情報交換、協議を終えた二人は、好意に甘えてこの宿屋にて羽根を伸ばしていたーーー、訳ではなかった。
「お前の読み通りだ、ハイドラス。ようやく、ヤツの尻尾を掴んだ。」
「ふむ、やはりな。」
何故ならば、部屋にいたのはハイドラス一人であり、セレウスは、今の今まで外で活動していたからであった。
戻ってくるなりそんな事を言ったセレウスに、ハイドラスはコクリと頷いた。
「しかし、よく分かったな。ヤツがスパイを潜り込ませてる、なんてよ。」
「それはそうさ。相手の情報を知っておけば、逃げるにしても何をするにしても有利に働くからな。しかし、我々の存在もあって自由に動けないヤツが、それでどうするかと言ったら、ここに自身の息のかかった者を配置する事、だろうからな。少なくとも、私がヤツの立場ならそうする。」
「ほぉ〜ん。」
続けて、呆れた様な感心した様な表情を浮かべながら、セレウスはハイドラスの読みの鋭さに感嘆の声をあげる。
それに、別になんて事はない、という風にハイドラスは応じるのだった。
ヴァニタスにとっては残念ながら、ハイドラスと知恵比べするのは、かなり分が悪い勝負であった。
ハイドラスが言う通り、情報は武器である。
当然ながら、知っているのと知らないのでは、雲泥の差があるものだ。
いち早くセレウスとハイドラスの現界に気が付き、行方をくらませる判断をしたヴァニタスは、これは客観的に見れば素晴らしい判断である。
君子危うき近寄らず。
自身を滅ぼし得る存在と、真正面から向き合うのは愚か者のする事であろう。
しかし、そこから先は、見方によってはある種当然だし、そうした方が何かと有利であるが、ヴァニタスは悪手を打ってしまっていた。
相手の情報を得ようとする事は何も悪い事ではないし、それによって次なる一手を打つ事も出来るのであるが、逆に言えば、相手に情報を与えてしまう可能性もある。
相手の弱みを握ろうとスパイを送ったは良いが、逆に捕まり、自身の情報を取得されてしまった、などがその最たる例だろう。
この様に、自身の駒を送り込んでおく事は、場合によっては自身の首を絞める可能性も内包しているのである。
もっとも、人間同士であったならば、スパイを切り捨てるなり、知らぬ存ぜぬを貫く事も出来るかもしれないが、今現在はアクエラ人類に扮しているとは言えど、仮にも神性の存在へと片足を突っ込んでいるセレウスとハイドラスには、虚偽も偽証も通用しない。
ヴァニタスに繋がる点さえ確保出来れば、それでチェックメイトなのである。
仮にヴァニタスが完全にセレウスとハイドラスを出し抜くのであれば、“何もしない”のが正解であった。
二人のアンダーカバーではないが、別の大陸に渡り、しばらくじっと息を潜めていれば、少なくとも色々と制限のある今の彼らに捕まる事もなかったのである。
だが、それは“混沌”を生み出す、という彼の本質とはかけ離れているし、通常の人間の様に、自己保身、つまりは死にたくない、消えたくない、というある意味普通の感性を持っていなかった事が災いし、彼にとっては最悪の一手を打たせる事となったのであった。
それに、正直に言えば、セレウスやハイドラスが気になってしまった、という事もあるのかもしれない。
自分を滅ぼし得る存在が、今どこにいるのか、何をしているのか、それらを把握しておきたかったのかもしれない。
先程も述べた通り、本来の情報戦においては、それも悪い手ではないのだが、“好奇心は猫を殺す”、“過ぎたるは及ばざるが如し”。
下手に何かしてしまう事によって、カウンターを食らう事も往々にしてあるのであった。
「んじゃまぁ、ひとまず奴さんを確保するか?」
「いや、今はその時ではない。彼を確保すればヴァニタスの情報が手に入るが、そうなれば当然ヤツに我々が勘付いた事を悟らせるからな。再び逃げられると厄介だし、今度は同じ手は通用しないかもしれない。ここは、慎重に事を進めるべきであろう。」
「んな悠長な・・・。」
条件が揃ってるのだから、今すぐとっ捕まえればというセレウスに、しかしハイドラスはこのまま泳がせるべきだと述べる。
それに、若干不満そうにそう言うセレウスだったが・・・。
「焦りは禁物だぞ、セレウス?それに、その時はおそらくそう遠くないと私は踏んでいる。ヤツは、この大森林地帯で魔獣やモンスターを使って何かをしようとしている。ならば、当然ヤツも出張ってくる筈だ。黒幕を気取っている者が、どういう行動を起こすかというと・・・。」
「・・・高みの見物、か。」
「ああ。」
あくまで二人の本命はヴァニタスだ。
だから、彼に繋がる手掛かりとしてスパイを確保したとしても、それにいち早く勘付かれて、所謂“トカゲの尻尾切り”の状態にされては目も当てられない。
当たり前だが、一度警戒した相手を再び引っ張り出すのは、難易度が数段跳ね上がる。
それならば、一旦泳がせておいて、ヴァニタスごと一網打尽にするのが理想的な展開なのである。
ここら辺は、組織犯罪の捜査の難しさに通じるかもしれない。
末端をいくら押さえても意味はないのだ。
本命を押さえるのならば、慎重さとタイミングが重要なのである。
だが、ハイドラスの読みでは、それも遠くない未来だと踏んでいた。
ここら辺は、確かにヴァニタスは神性の存在であり、普通の人間とは比べ物にならないくらい非常識な事が出来る存在ではあるが、あくまでも“混沌”を司る神であり、知恵とか権謀術数が専門の“賢神”ではない事が功を奏した形かもしれない。
慎重過ぎるくらい慎重に事を進めるタイプではないと見抜いていたハイドラスは、自身の策略が上手くいった時に油断するタイミングがある、と考えていたのである。
「人間かどうかは別として、知性のある存在は自分の成果を確認したくなるものさ。そこに付け入る隙がある。」
「ヤツをぶっ飛ばすのはその時、って事だな?」
「ああ。そうなれば、もはや遠慮はいらん。思いっきり暴れまわってやれ。だが、その時までは我慢してくれよ?」
「りょ〜かぁ〜い。」
ハイドラスの説明に納得したセレウスは、上機嫌になってそう答えた。
それに、ハイドラスは苦笑しつつ、
「とりあえず、それまではこちらも別の行動を起こすとしよう。少しでも、ヤツの企みの被害を抑える為に、な。」
「バカのフリをする、って事か?ヤツの術中にハマった様に見せかける為・・・。」
「両方さ。いずれにせよ、ヤツの狙いを妨害すれば、それだけヤツの苛立ちも募らせる事となるからな。そうすれば、ヤツもますます慎重さを欠く事となる。つまり、捕まえやすくなる、って事だからな。」
「ふむ、なるほどな・・・。」
と、別の目的を設定する事で、セレウスのフラストレーションを解消しようとしたのである。
流石は双子だけあって、ハイドラスもセレウスの性格を理解しているのだろう。
正義感が強く、地頭は悪くないが、猪突猛進気味な熱血漢。
“戦士”として見た場合は非常に頼りなる男であるが、それを扱う“策略家”にとっては、上手く手綱を取らないと暴走する恐れもある。
そうした事もあって、ヴァニタスへの策謀とは別に、セレウスの意向なんかも汲み取る必要があるのだ。
ここら辺は、人を使う者達が直面する問題だろう。
敵(外)に集中し過ぎるあまり、足元がお留守になると、内部から不満が持ち上がる事はよくある話だ。
そうした意味では、現時点では、どちらも上手く扱っているハイドラスは、やはり侮れない人物なのであった。
こうして“神々”がその策謀を巡らせる中、一方の当事者であるアクエラ人達はというとーーー。
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