強制レベルアップ
続きです。
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一方、セレウスとハイドラスの話題に挙がったその件のヴァニタスであるが、二人の予測通り、彼はセレウスらが現界する事を察知して、いち早く行方をくらませていた。
何故ならば、この二人なら、自分を殺し得る事を理解していたからである。
もっとも、彼にとっては自身の命、あるいは存在そのものに対する執着はほとんどないのだが、それとは別に、自身の存在意義、すなわちこの世界に混沌を生み出す、という事に対する興味や執着は持ち合わせおり、言ってしまえば、
“彼らに邪魔されると、この世界を引っ掻き回す事が出来なくなる”
という考えから、単純な自己保身の為ではなく、もっと厄介な理由(ある種の使命感)からそうしていたのであった。
とは言えど、これも彼が“そう在る”様に求められた結果でもあるのだが。
まぁ、それはともかく。
そうした事もあってヴァニタスは逃げた訳であるが、先程も述べた通り単純に自分の命惜しさに逃げた訳ではないので、またしても彼は、アクエラ人類、あるいはセレウスやハイドラスにとっては厄介な事を企んでいた訳であるがーーー。
・・・
「まぁ、そんな訳で、キミ達には“人間”を排除して欲しいんだよねぇ〜。」
「ウガウガッ・・・(ふぅ〜む・・・)。」
「別に悩む必要はないでしょ?彼らはキミらの領域を荒らした侵入者だ。縄張りを荒らす者は排除する。何もおかしな話じゃないじゃない。」
「ウガウガッ・・・(いや、それはそうなんですが・・・)。」
ヴァニタスは今、ラテス族と連合が争いをしている大森林地帯、その更に奥にある地域へとやって来ていた。
以前から解説している通り、この世界には“魔素”の影響によってか、向こうの世界ではファンタジーの中にしか存在しない様な、“魔獣”とか“モンスター”と呼ばれる、通常の野生動物とは異なる種が存在していた。
セルース人類が現れるまでは、この世界の支配者、正確には、食物連鎖の頂点に君臨していたのが、そうした魔獣やモンスター達なのであった。
で、そんな魔獣とかモンスターと呼ばれる種の中に、“オーガ”と呼ばれる種が存在していたのである。
オーガは巨躯を持ち、二足歩行する生物であり、トロールの近親種であるとされている。
だが、トロールとは違い、その知性はかなり高く、人間に匹敵するレベルであった。
ただ、その個体数はそこまで多くなく、その生息域も森林の奥まった方である事から、人間が出会う確率はかなり低いのである。
そして、これは当然ながら個体差もあるのであるが、知性が高いという事は、慎重でもある、という事でもある。
もちろん、多くの魔獣やモンスターと似通った部分としては、その“強さ”が一種の社会的ステータスである事も否定はしないのであるが。
で、ヴァニタスはこのオーガを使って、更に混沌を広げようと試みていたのであるが、その件のオーガの代表者はかなり慎重であり、その返答は芳しくなかったのであった。
客観的に見れば、一般的な少年くらいの背丈のヴァニタスと、3メートルを有に超える巨躯を持つオーガが共にいると、まるで襲われる瞬間の様な光景に映るのであるが、実際にはそのヴァニタスの方が主導権を持っていて、オーガの方がその巨躯を縮みこませる、という奇妙な構図となっていた。
ー・・・ふむ、思ったより慎重だなぁ〜。まぁ、頭が良いからこそ彼らに目をつけたんだけど、まさかここまでとはねぇ〜・・・。ー
目の前のオーガの反応に、ヴァニタスはそう頭の中で考えていた。
正直に言えば、オーガ以外にも当然ながら魔獣やモンスターは存在する。
なので、彼らに断られたら、別に他の種を扇動すれば良いだけの話である。
ただ、事“知性”、という点においては、彼らに並び立つ種はそう多くないのである。
(後の時代にアキトと共に過ごしていた魔獣、『白狼』は、その数少ない高い知性と社会性を持った種であるが、同時にかなりプライドが高い事でも知られており、また、人間に対する興味は低い。
もちろん、自分達の生活圏を荒らすのならば敵対する事もあるだろうが、あえて人間を襲う事もする必要がないのである。)
知性が重大な事など、今更議論するまでもないだろう。
そもそもの話として、確かに魔獣やモンスターは、人間達から比べたら身体能力などといって面では数段優れている。
故に長らくこの世界の頂点に君臨していた訳であるが、少なくとも今現在のラテス族と連合は、『魔法技術』というものを持ち合わせているのだ。
それ故に、確かに一対一では魔獣やモンスターに軍配を上げるだろうが、数を揃える事によって、その勝敗はひっくり返ってしまう可能性が高いのだ。
何故ならば人間には、作戦を考える頭があり、効率的な『魔法技術』を運用する工夫ができ、更にはそれを集団で行う社会性もあるからである。
つまり、今現在のラテス族や連合に何の知性もない魔獣やモンスターをぶつけたとしても、力押ししか出来ない者達では軽く返り討ちに遭う可能性が非常に高いのである。
それでは、一時的な混沌を生み出す事は出来ても、ヴァニタスが望んでいる大きな混沌には程遠い訳である。
それ故に、知性の高いオーガ達を第三勢力として、どうにか混沌を長引かせる事を考えていたのであった。
ー・・・仕方ない。ちょっと裏技だけど、手っ取り早く彼らに“力”を与える事とするか・・・。ー
しばらく悩んだ後、ヴァニタスはそう結論を出していた。
「オーケー。なら、見返りを用意しよう。確かキミ達は雑食だったよね?」
「ウガウガッ・・・(まぁ、そうですね・・・。)」
「だったら、人間も食糧になるんじゃない?」
「ウガウガッ(確かに人間も食べますな・・・。まぁ、基本的にこんな森の奥深くまでは入ってきませんから、あまり食べる機会はありませんが。)」
そう。
オーガは人間も食べるのである。
ここら辺は、もちろん種によって異なるのだが、オーガやトロールは、肉食寄りの雑食生物であり、普段は獣の肉が主な主食であるが、仮にここに人間がいれば、それも捕食の対象となるのである。
で、ここら辺は向こうの世界の食物連鎖のピラミッドと同様で、所謂“肉食”に属する生物達は、個体数が少ないのである。
当たり前だ。
食べられる生物が限定されているのだから、所謂“草食”生物の数によっては、そのバランスが一定に調整されてしまうからである。
仮に“肉食”の数が増えてしまうと、食糧を巡った争いに発展したり、餓死してしまうので、数を増やしようがないのである。
オーガの個体数が多くないのは、この食糧問題が大きいのであった。
では、仮に、食べられる食糧が増えればどうであろうか?
これは、以前にも解説した通り、狩猟採集社会から農耕社会へと変化した人類にも見られた傾向であるが、食糧を安定的に確保される事によって、その個体数が大幅に増える事となるのである。
もっとも、これも以前にも解説した通り、それによって新たなる問題点も増えたのであるが(土地を巡る争いが起こる様になったり、貧富の差が大きくなったなどである)、種の保存という観点から見れば、種が繁栄する事はやはり歓迎すべき事であろう。
「今、人間はその数をメチャクチャ増やしているんだ。って事は、キミ達にとっても、食糧が増えた事と一緒だよねぇ〜?いっぱい食糧があるなら、キミ達にとっても種の繁栄のチャンスじゃない?ほら、これでもう二つも大きな理由が出来たっ!」
「ウガウガッ(うぅ〜む・・・。)」
畳みかける様なヴァニタスの言葉に、若干揺れ動いた様な感じになるオーガ。
やはり生物の本能というのは、中々抗えない魔力を秘めているのかもしれない。
しかも、ヴァニタスはここで終わらせるつもりもなかった。
「もちろん、キミ達の懸念事項は分かっているさ。その前にキミ達が殺られたら元も子もない、でしょ?」
「ウガウガ(まぁ、そうですな・・・。)」
「だったら心配いらないよ。僕がキミ達を“パワーアップ”させてあげるからねっ!」
「・・・ウガッ(・・・はっ!?)」
困惑するオーガを尻目に、ヴァニタスは掌に“何か”を集め始める。
それがオーガに吸い込まれていくと、劇的な“変化”が訪れた。
「ウガアァァァァ〜〜〜(ぎゃあぁぁぁぁ〜〜〜!!!)」
まるで肉体が鞠か餅の様に、ボコボコと姿を変えたのである。
当然ながら、それはとてつもない激痛を伴う事だろう。
オーガの絶叫が森に木霊していた。
もっとも、ヴァニタスはそんな事は気にしない。
これによってこのオーガが死んだところで、その死骸を利用すれば良いだけの話だからである。
完全に人でなしである。
もっとも、彼は“人”ではないのであるが。
しかし、元々の肉体が頑強だった事もあったのか、このオーガはその“変化”に耐えてみせた。
このオーガからしたら永遠とも思える時間、しかし実際には数分程度の苦痛の末に、“変化”が完了する。
「・・・ほう。」
「ウ、ウガ(はぁはぁはぁ・・・。)」
見た目的な“変化”は大してなかった。
先程と変わらない姿がそこにはあっただけである。
だが、その“中身”は先程までとは全く別物であった。
「ウガ(こ、これはっ・・・!)」
本人も、自身の“変化”に気が付いたのであろう。
「ウガァ〜〜〜(す、凄いっ!パワーがみなぎるっ!!)」
「どうやら成功の様だね。どうだい?これなら問題ないだろう?」
「ウ、ウガ(ええっ!)」
「うんうん。なら、先程の話、受けてくれるよね?」
「ウガウガ(もちろんです、ヴァニタス様っ!)」
「うんうん。気持ちの良い返答で僕も安心したよ。じゃあ、手始めに、キミの仲間達も同じく“パワーアップ”させちゃおう。・・・ああ、心配はいらないよ。他の者達は、キミよりもう少しだけ弱くしておく。キミがトップとして、彼らを率いれば良い。」
「ウガウガ(は、はいっ!)」
大きな“力”を手にした事によってテンションが一気に上がったのか、先程まで渋っていたのが嘘かの様に、そのオーガは二つ返事でOKをする。
まぁ、ここら辺は、人間もモンスターもそう大差ないのだろう。
更には、その自尊心を刺激してやる事で、このオーガは完全にヴァニタスの操り人形となったのであったーーー。
ヴァニタスがやった事。
これは非常に単純であった。
オーガの“レベル”を強制的に引き上げたのである。
これによってこのオーガは、これまでとは比べ物にならない“力”を持つに至った訳である。
もちろん、特定の条件を満たしてもいないのに“レベルアップ”する事など通常不可能なので、この裏にはろくでもない“等価交換”が存在するのだが、まぁ、ヴァニタスに言わせれば、
“聞かれなかったから”
でスルーするつもりである。
さて、この世界がゲームやアニメ、マンガの様な、所謂“ファンタジー”っぽい世界観なのは、ひとえに“魔素”という特殊な物質(?)が存在するからである。
この“魔素”が生物の進化に干渉した結果生まれたのが、魔獣やモンスターという生物、種なのである。
で、これらを意識的に利用したのが『魔法技術』なのであるが、この“進化”とか“魔法”とは別に、その個体を強化する方法として、“レベルアップ”という概念が存在するのである。
もっともこれらは、あくまでセルース人類が定義したものに過ぎない。
そもそも“魔素”という物質(?)などなくても、人は訓練によって技術を習得したり、肉体を強化する事が可能だ。
例えば、元々はヒョロヒョロだった人間が一念発起して筋トレに励んだ結果、ムキムキの肉体を持つ事は普通に可能である。
ただその場合、当然ながら“筋力”というものを持つ事となるが。
だが、この世界では、見た目上はヒョロヒョロに見えても、屈強な男よりも“力”が強い場合も往々にしてある。
例としては、アイシャやリサなど、どう見てもそんな“力”がある様に見えないのに、人間を簡単に吹き飛ばすほどの怪力を持っている。
もちろん、これは種族的な特性もあるのだが、もう一つには、やはり“レベル”という恩恵の賜物でもあった。
この様に、特定の訓練や経験を経て“レベル”を上げる事によって、内部的な数値だけが強化させる事によって、見た目上は華奢に見えるが、屈強な男よりも力が強い、という現象が起こるのである。
“魔素”による身体強化の永続化、常態化、これが所謂“レベルアップ”のメカニズムなのである。
で、しかし、当然ながらこの“レベルアップ”は、所謂“経験値”を積まないと引き上げる事は不可能なのであるが、とある条件によっては、強制的に“レベルアップ”する事も不可能ではないのである。
これが、ヴァニタスが行った事であり、その“条件”とは、その個体の“時間”である。
より分かりやすく言えば、所謂“寿命”だ。
先程も述べた通り、通常は長い時間をかけた訓練や経験を積む事によって初めて“レベルアップ”が可能なのであるが、それを事前に差し出す事を条件に、強制的にレベルを引き上げる事が可能なのである。
言ってしまえば、本来レベルアップに必要な期間、時間を引き換えにしているので(例えば、武術などの修業に十年くらい費やして達人レベルに到達するのが正攻法だとしたら、一瞬でそうなれる代わりに、その“十年”という時間を対価として支払っている訳である)、こちらの方がある意味効率的な様に見えるのだが、当然これは“外法”であり、デメリットもある。
そもそもの話として、これの決定的な欠点は、“そこには経験が伴っていない事”、である。
確かに額面上は達人と同じステージに立っている訳であるが、あくまで“力”が同程度なだけで、そこには技術や経験がない。
つまり、本物の達人とぶつかった場合、付け焼き刃に過ぎない“達人もどき”では勝負にならないのである。
(これに良く似た例として、『異世界人』達の存在がある。
彼らは、いきなり“レベル500”だったが、当然ながら戦闘に関してはズブの素人であった。
もちろん、その圧倒的なステータス、レベル差の前に小手先の技術などあまり意味はないのであるが、しかし仮に相手が同程度の存在だった場合、技術も経験も思考力もない彼らでは、“本物の達人”たるアキトらには通用しなかったのである。)
この様に、簡単に強くなれるという事は、その分欠点も多いので、結局同じ“時間”を使うのであれば、地道で地味な正攻法に勝るものはないのである。
まぁ、それはともかく。
とはいえ、ヴァニタスにしてみたら、別にオーガに肩入れしている訳ではなく、あくまで争いの火種にさえなれば良い、という考えがあるので、これでも問題はないし、そもそもオーガ達はこの欠点を認識してすらいない。
“何か知らないが、メチャクチャ強くなった。
やった。”
ぐらいの感覚だろう。
もっとも、これによって新たなる脅威が誕生した事は間違いない。
今現在のこの世界には、この“強制レベルアップ”したオーガに対抗出来る存在は皆無に等しいからである。
もちろん、『魔法技術』などを用いて数で押せば、討伐する事は不可能ではないのであるが、しかし今現在、目下戦争中のラテス族と連合が、協力したりする事が出来るかと言うと・・・。
かくして、ヴァニタスの狙い通り、新たなる混沌を作り出す第三勢力が密かに産声を上げた訳であったがーーー。
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