英雄譚 再び
続きです。
◇◆◇
その事件は、またたく間にラテス族全体に伝わる事となった。
結局、唯一の生き残りとなったあの例のマグヌスに心酔しつつあった交渉団の男が、何とかその事をラテス族側に伝えたからである。
あくまでこの事件は、連合側の一部の者達の暴走であり、ラテス族側の女性達に対する暴行をしておきながら捕らえられ、その罰を与えられる事になった、という至極真っ当な流れを不服として、所謂“自爆テロ”(本人にもそのつもりはなかった。あくまで例の下手人の男も、ヴァニタスに騙されただけなのである。)を敢行したーーー、と言うのがある種の真実なのであるが、生き残りがほとんど存在しなかった事もあって、ある憶測がまことしやかに囁かれる様になってしまったのであった。
すなわち、元々連合側はそのつもりでわざわざラテス族側に捕らえた男達を送り込んだのではないかーーー?、と。
客観的に、冷静になって考えると、それもおかしな話なのだ。
少なくとも、所謂”スパイ“を送り込んだのが事実だとしても、わざわざ交渉団を葬り去る必要はないからである。
もし、自爆テロを用いてラテス族側に大打撃を与える事が狙いだったとしても、ラテス族側の本拠地にてそれを敢行した方がもっと効果的であろう。
何ならラテス族側の上層部も巻き込まれば、それだけラテス族側の混乱を長期化出来る訳だ。
いくらラテス族側の武力が高くとも、組織的に混乱していれば、それだけ連合軍側からしたら付け入る隙が生じるというもの。
だが結果として、マグヌスや穏健派であった長老(セシリアの父親)が亡くなってしまった事で、“チャンスを与えたにも関わらず、またしても奴らはこちらに牙を剥いた”、という考え方が蔓延し、しかもそれを止められる存在もいなくなってしまったのであった。
元々連合側を下に見ていた一部の過激派や、選民思想に毒された者達が勢いを増す下地が出来上がってしまった訳であった。
一度世論が形作られると、その流れを覆す事は非常に難しい。
世の中というのは、多数派の意見や大きな声がまかり通るものであるから、その結果、ラテス族側は今回の件を口実に、連合側との交渉を打ち切り、本格的な武力衝突の準備を始めてしまったのであるーーー。
もちろんこれは、ヴァニタスの策略であった。
ヴァニタスの思惑では、以前の衝突でなし崩し的に連合側とラテス族側が戦争状態に突入すると思っていたのである。
しかし、ヴァニタスの思惑は、お互いの勢力に慎重、かつ賢しい者達が存在した事によって、それが未然に防がれる形となってしまったのである。
当たり前だ。
ハッキリ言って、戦いを始めるのは簡単かもしれないが、それを収めるとなると非常に難しいからである。
しかも、不公平感や嫉妬心はあったとしても、連合側にはラテス族側を必要以上に憎しむ道理はない。
それはラテス族側にも言える事だ。
お互いに、そこまでの関わり、関係性がないのであるから、それも当たり前の話なのである。
以前のヴァニタスは、そうした人間の心理などを、まだまだ理解していなかったのである。
しかし、一度失敗して学べば、腐っても神の一柱であるから、それらを修正する方法を思い付いてしまったのであった。
つまり、今度こそ戦う動機、あるいは正当性を互いの勢力に与える事、である。
もちろん、これは以前にも試みた方法だ。
少なくとも、マグヌスらが所属していた集落が襲われ、少なくない人的被害も出ている。
ラテス族側からしたら、これは十分に戦う為の動機となるだろう。
もっとも、これはこれまで語った通り、マグヌスらの尽力によって回避されてしまった訳であるが。
しかし今回は、ラテス族側の要人、かつ賢人であったマグヌスらを、愚者を使って葬り去った事で、ある種の憎しみを増幅する事に成功していた訳である。
名目上は人の命の重さに上下はないが、政治的な話では、やはり一般人よりも要人を殺されたとあっては、当然その衝撃や深刻度は重く受け止められる訳である。
と、同時に、マグヌスら穏健派を排除する事によって、元々過激な思想や戦いを主張していた者達の一種の楔を解き放った訳であった。
さて、困ってしまったのは連合側である。
以前の件は何とか穏便に済ます事が出来たが、今回の件は、どう言い繕っても戦いを回避する事が不可能だからである。
それはそうだろう。
曲がりなりにもラテス族側の要人を殺めてしまったのだ。
自分達とは無関係である、とは言っても、元々それを引き起こした張本人は連合側に所属していたのだから、ラテス族側の疑いを払拭する事は困難であろう。
しかも、あくまでラテス族側を交渉のテーブルにつかせるのが狙いであったと言っても、ラテス族側から人質を取る為に、過去にそれなりの所業を引き起こしている訳であるから、それらを踏まえると、今回の件が所謂“作戦”ではない、と言っても、説得力がないのである。
こうして、お互いを疑心暗鬼にする事によってお互いの言葉に耳を傾ける余裕をなくし、もはや戦争が避けられない状況を作り出す事にヴァニタスは成功した訳であった。
これは、連合側やラテス族側からしたらはた迷惑は話であろうが、“混沌の神”としての面目躍如であった。
だが、それを黙っていない者が存在していた。
誰あろう、セレウスであったーーー。
◇◆◇
ー・・・どこに行くつもりだ、セレウス?ー
ー・・・俺はお前と違って頭は悪いからよ。やっぱ、黙ってこの状況を見てるなんてできねぇよ。ー
一方、ラテス族側と連合側がそんな状況になっている事を見ていたセレウスは、いよいよ我慢の限界に達していた。
確かにこれは、客観的に見れば、アクエラ人類同士の争いだ。
セルース人類であるセレウスが介入する事は、本来はお門違いであろう。
しかし、その遠因となっているのは、セルース人類からもたらされた『魔法技術』でもある。
もちろん、それを与えたのはソラテスらであるから、こちらに関してもセレウスらとは直接的に関係があるものではないが、しかしやはりセルース人類が持ち込んだ争いの種でもあるので、全くの無関係でもなかった。
それに、単純にセレウスは、争いをよしとはしていないのだ。
彼自身は、今現在では圧倒的強者、かつ、限界突破を果たして神性の域にまで達しているが、セルース人類の歴史では、元々“能力者”達は搾取される側だった事もあって、この争いによって、所謂“弱者”が虐げられる事がどうにも我慢ならなかったのであろう。
どこまでもまっすぐで、自身の心に従って動くセレウスは、あくまで論理的思考に準ずるハイドラスとは、双子とは言えど対極に位置する考え方の持ち主なのであった。
やれやれ、といった感じのハイドラスの思念に、セレウスは踵を返していた。
ー待て、セレウス。ー
ー止めんな、ハイドラス!ー
それに、ハイドラスはもう一度声をかける。
が、セレウスの決意は固い。
が、フッ、とハイドラスは笑い、
ー早合点をするな。止めるつもりはない。ー
ー・・・・・・・・・はっ?ー
ー私も、一緒に行こう。ー
ーなっ・・・!?ー
思わぬハイドラスの言葉に、セレウスは耳を疑った。
以前にも言及した通り、ハイドラスは、今現在の立場上、セルース人類の利益を最優先に考える必要がある。
そして、今現在のセルース人類は、惑星アクエラへの再入植、“神々”としてではなく、あくまでアクエラ人類のどこかの部族、民族として彼らの内部に入り込む為に、アクエラ人類の記憶から自分達の存在が薄れるのを待っている状況だ。
それなのに、今回の件に介入するのは、その理論に矛盾する事でもある。
それ故に、自分の事は棚に上げて、セレウスはハイドラスの言葉に耳を疑った訳である。
ー・・・どういうつもりだ?ー
ー何。お前を一人で行かせる方が、色々と面倒だと思ったまでだよ。ー
ー・・・・・・・・・。ー
ハイドラスの答えに、セレウスはぐうの音も出なかった。
確かに、事戦闘センスとかそちらの方面の才能はセレウスの方が上ではあるが、ハイドラスには、それらを補って余りあるほどの知識、弁舌、政治力、すなわち頭脳があった。
それ故に、ハイドラスの答えには、妙な説得力があったのである。
ー・・・と、言うのは半分冗談だ。実際には、我々でなければ対応出来ない存在が少し気になっていたからな。ー
ーああっ・・・!ー
半分は本気なのか、とも思いつつ、セレウスはハイドラスが何を指してそう言ったのかを察していた。
そう、ヴァニタスである。
先程も述べた通り、ラテス族側と連中側の争い事は、いくら遠因がセルース人類にあるとは言えど、あくまでアクエラ人類同士の争いである。
故に、結局は元々別の惑星の出身であるセルース人類がこれらに干渉するのは、ある意味ではお門違いなのである。
例えば、自然界では生存競争が日常茶飯事である。
仮にそうした事柄に、可愛そうだ、などの理由で干渉する事は、ひいては生態系のバランスを崩しかねないのである。
ここら辺は、良いとか悪いとかの話ではない。
人間の身勝手な理屈によって、ある種の理を歪める事は、ひいては自分達にもしっぺ返しがあるかもしれないのである。
それ故に、もちろんセルース人類側にも色々事情があるまでも、基本的にアクエラ側の事情に深入りしない様にしていたのである。
だがしかし、これが、“誰か”の干渉で引き起こされた事ならば、話も変わってくる。
ー正直に言えば、彼がどの様な存在なのかは私にも分からん。おそらく、神性の存在である事は間違いないだろうが、な。仮に彼を、アクエラの“神”とするならば、やはり我々が干渉するのは本来お門違いではあるが、しかし彼は、その自身の出自をとある経歴に偽っている。ー
ー・・・“神々の末裔”、か。ー
ーそう。つまりは、我々の子孫であると主張しているのだ。まぁこれは、アクエラ人類に接触するにはその方が都合が良かっただけの話かもしれないが、しかし我々からしたらたまったもんではない。せっかく地上から姿を消し、“コールドスリープ”にてアクエラ人類の記憶から我々の存在が薄れるのを待っている状況だというのにそんな事を言っているとあっては、我々の記憶が薄れるどころではないからな。ー
ー・・・確かに。ー
そうなのだ。
ヴァニタスが“神々の末裔”、すなわちセルース人類の血に連なる者である、と騙っている以上、セルース人類を忘れるどころの騒ぎではないのだ。
少なくとも、連合内部では、彼の経歴がそうしたものであると認知されてしまっているし、しかもそれを補強する意味でも、ラテス族のみが扱える『魔法技術』に精通している、という証明までしてしまっている。
仮に彼をこれ以上放置すると、下手すれば彼の偽りの経歴、ひいてはセルース人類の存在が、連合側の歴史に書き記されてしまう可能性が高いのである。
ー彼を放置するのは危険だ。もちろん、我々にとっても、な。しかも、彼が本当に神性の存在であれば、今現在のアクエラ人類では到底対処出来ない。神性の存在に対抗出来るのは、我々の中でも、限界突破を果たし、同じステージに立っている私達だけだろう。ー
ー・・・だろうな。ー
ーそれ故に、私も行く、と言ったのだ。これは、我々セルース人類の利益にもなる事だしな。そのついでではないが、ある程度の慈善活動をする事は咎められないだろう。ー
ーっ!!!ー
回りくどいが、やはりハイドラスとて、この争いに心痛めていたのであろう。
・・・素直じゃないな、と思いながらも、セレウスはあえてそれは口に出さなかったが。
その代わり、フッと笑った。
あくまで思念であるから、その感情までもハイドラスに伝わったかは謎であるが。
ー・・・しかし、自分の事を棚に上げて言うけどよ。具体的にどうするんだ?冷静になって考えると、ただ“コールドスリープ”を解除しただけじゃ意味ねぇよな?ー
セレウスはそう疑問を口にした。
確かに考えなしに飛び出そうとした彼が言う事ではないが、セルース人類の記憶を薄れるのを待っている状況の中、なおかつその意図を無視し、“神々の末裔”である、と偽証したヴァニタスを排除する為にも関わらず、自分達が“セルース人類”として地上に降り立ったのでは意味がないのだ。
だとすると、一体どうすれば良いのだろうか?
ー本当に、自分の事を棚に上げたな・・・。が、それについては考えがある。ー
ーなんだ?ー
ー“セルース人類”としてではなく、全くの別人として地上に降り立てば良いのさ。ー
ー全くの別人・・・?ー
ーああ。お前は、“化身”って知ってるか?ー
ーア、アヴァ・・・、何だ、それ?ー
ーま、簡単に言えば、地上で神様が活動する上での別形態だな。同じ様な考え方は様々な宗教にも存在するが、しかしそれらは、あくまで“人間”の中から選んだ、言わば地上における“神の代行者”、というニュアンスが近い。が、この“化身”は、神樣自身である、とされている。ー
ーは、はぁ・・・。ー
ーまぁ、小難しい話はおいておいて、本体とは別の、自分で操作する分身、とでも思っておいてくれ。ー
ーなるほど・・・?ー
ここでハイドラスは、そうした提案を主張した。
“化身”。
昨今の物語やゲームなどにおける、所謂“アバター”の語源となった概念である。
昨今の、特にゲームなんかでは、あらかじめ用意されているキャラクターを使用するのではなく、自分でキャラメイクをしたキャラクターを使用する事が多い。
これは、言うなればその“ゲームの世界観”をより身近に体験する装置となっている。
所謂“没入感”であるが、もちろん、人によっては自分自身とは似ても似つかないキャラクターを創作する事もあるが、やはり自分自身にそっくりな見た目にすれば、あたかも自分自身がその“世界”で生きているかの様な感覚を得る事が出来るのである。
まぁこれは、あくまでゲームなどの話にはあるが、では仮に、現実の世界でそれが可能だとしたらどうだろうか?
自分とは別の分身を操作して、その世界に介入する。
これならば、“セルース人類”として介入する訳ではないので、彼らの求める条件に合致する訳である。
もっとも、いくらセルース人類が高い技術力を持っているとは言えど、クローン技術や遺伝子操作的な技術はやはり禁忌となっていた。
まぁ、それについても、アスタルテがそれを犯し、『新人類』を作るに至っているが、あくまでその技術はアスタルテの個人的な技術である。
仮にその方法を採用するにしても、ハイドラス達がそれを実現するまでには、相当な時間を必要とするだろう。
それでは、ヴァニタスを今すぐ止めるのは不可能となってしまう。
では、所謂ロボット的なものを利用すれば良いのだろうか?
いや、もちろん、セルース人類の技術力ならば、人間そっくりな“アンドロイド”を作る事も不可能ではないだろうが、万が一それが人間ではない事がバレてしまっては、そんな事が可能なのは“セルース人類”しかいないだろう、とう事で、そのプランも無しであろう。
となるとどうすれば良いかなのだが、その答えは意外と簡単であった。
ー今現在の私達ならば、一から全く新しい生命体を作り出す事が、おそらく可能だ。ー
ーはっ・・・?ー
ー忘れたのか?私達は限界突破を果たして、神性の仲間入りを果たしているのだ。流石に天地創造やら、全く別の人類を作り出す、などは難しいだろうが、アクエラ人類の模倣を作る事は、そう難しい話ではないだろう。そして、それに“憑依”すれば、“アクエラ人類”の私達の誕生、なのだよ。ー
ー・・・そんな事が出来んのかっ!?ー
ーもちろん、私も試した事はないが・・・、なんとなく出来そうじゃないか?ー
えらく曖昧な言い方をするハイドラスであったが、その言葉に精神を集中させたセレウスも、何故か不可能ではない、と思っていた。
通常の人間には不可能な事が可能となるーーー。
おそらくそれが、神性に至る、という事なのだろう。
ーと、まぁ、そんな訳で、条件は揃っているんだ。早速、ヴァニタスとやらに接触する為に出発しよう。ー
ーわ、分かった・・・。ってか、他の奴らには言ってかなくて良いのか?ー
先程までとは立場が逆転したセレウスとハイドラス。
一度決断すると大胆になるハイドラスに対して、猪突猛進ながらも、案外慎重な(ヘタレともいう)セレウスは、最後にそう確認した。
ー・・・あくまでこれは、お忍びの事だからな。黙っておいた方が良いだろう。それに、我々の様に、眠りながらも世の中の状況を知覚出切るのは、“能力者”達だけだし、その中でも取り分け同じく限界突破を果たした仲間達だけだしな。仲間達も全員連れて行ってしまうと、それこそ大事になってしまうし、仲間達にはある程度の事情を話して、留守を頼むのが良いかもしれんな。ー
ー・・・ふむ。ー
流石に大勢で押しかけては、それこそセルース人類を忘れるどころの騒ぎではない。
いくらアクエラ人類のレベルにまで力をセーブしても、超強い集団が突如介入してきたとか、セルース人類を想起させてしまうからである。
かと言って、他の者達ならばともかく、同じ“能力者”、その中でも取り分け彼らと共に限界突破を果たした者達は、彼らほどではないにしても、世の中の事を知覚している筈なので、事情も説明せずに飛び出していくと別の問題が発生してしまう恐れもある。
ならば、最悪彼らには事情を説明し、何かあった時の為の、言わばバックアップをお願いした方が建設的であろう。
そう判断したハイドラスは、早速仲間達の思念に接触を始めた様であったーーー。
こうして、あくまで当時はセルース人類の内輪もめであったが、惑星アクエラの危機を救ったかつての英雄二人が、再びアクエラの危機に際して冒険を繰り広げる事となったのであるがーーー。
誤字・脱字がありましたら、御指摘頂けると幸いです。
いつも御覧頂いてありがとうございます。
よろしければ、ブクマ登録、評価、感想、いいね等頂けると非常に嬉しく思います。
よろしくお願いいたします。