『盗賊団』との遭遇戦 1
続きです。
この時期に下手に髪を切ると風邪をひいてしまいますよね~。
と、言っても切らない訳にもいかず・・・。
インフルエンザも流行しているので、皆さんも体調には気を付けて下さいね~。
「敵襲ー!!!」
隊商の護衛を務めている『冒険者』パーティーの野伏・イドリックがそう叫んだ。
その声に反応し、一行は馬車を止め、戦える者は一斉に外に飛び出した。
隊商は、元々『盗賊団』や『モンスター』・『魔獣』から身を守る為に、複数の『商人』達が連係して集団で行動する一種の『軍隊』である。
『冒険者』の次に各地を飛び回る『職業』である『商人』、特に『旅商人』は、こうして大事な商品や人材を守っているのだ。
彼らは意外と荒事には慣れているし、この世界の者達は、環境柄、戦う術を身に付けている。
とは言っても、彼らはあくまで『商人』であり、『戦闘のプロ』ではもちろんない。
『戦闘のエキスパート』とも言える『冒険者』パーティーを雇っているのも、そうした理由からだ。
「どこからですっ!?」
この隊商の隊長を務める男がそう聞いた。
「3時と9時の方角からだっ!俺達を挟み撃ちにするつもりだぞっ!!」
「隊長さんっ!これは多分罠だっ!逃走するより、この場で迎撃した方が良いっ!」
イドリックがそう報告すると、『冒険者』パーティーのリーダーである弓使い・ディナードがそう助言する。
隊商の隊長は頷き、皆に指示を飛ばした。
「了解っ!皆、迎撃用意っ!!」
「「「「「「「「「「応っ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
集団で行動している隊商は、それだけで『外敵』から身を守る術にはなるのだが、その代わり『機動力』は著しく低下してしまう。
そうした場合、慌てて行動すると仲間同士での交通事故が起こってしまうし、『敵』の『罠』にも警戒する必要がある。
その事を熟知しているディナードは、馬車を止めさせ、この場での迎撃を選択した。
その選択は正しい。
逃走を選択すれば、横と後ろから突っつかれて、前方で待ち伏せしている別動隊に阻まれて完全に包囲されてしまうだろう。
そうなると乱戦は必至で、上手く撃退出来たとしても、相当な損害が出ると予測される。
故に、この場で各個撃破しつつ、安全を確保しながら進むのは理にかなっている。
しかし、襲撃部隊はディナードの想定をはるかに越える規模だった。
「来るぞっー!!!」
「なっ!!」
左右から進行して来た武装集団は、隊商の軽く見積もっても二倍の数はいた。
「な、なんて数だっ!?」
「くそっ!ランツァー一家かっ!?」
隊商の隊長は、一番警戒すべき相手が襲撃部隊と理解し、顔を歪めた。
ただの『盗賊団』が、隊商の数を越える数を揃えられる筈がない。
身も蓋もない言い方をすると、それほどの数の人間を食わせていけないからである。
『盗賊』と言うのは、それほど楽な商売ではない。
隊商などの襲撃により、物資や人材を強奪する事は可能だろう。
強奪した物資の中には、水や食料もあるだろう。
しかし、彼らは『盗賊団』ゆえに、強奪した物資や人材を売り捌く術がない。
『村』や『街』に入るには『検問所』を通らなければならないので自殺行為であるし、万が一入れたとしても、強奪した物資や人材を買ってくれる相手がいない。
この世界に限った話ではないが、『売買』は一種の『契約』であるので、『身分証』の提示を求められる事がままあり、少額の取引ならともかく、額が大きい取引の場合は、相手の『素性』を確認するのは当然と言える。
『盗賊団』である彼らは、『身分証』を持っていない者もいるし、『冒険者ギルド』が発行している『仮市民証』を持ってる者も中にはいるが、ある一定期間『冒険者ギルド』で依頼をこなしていないと、効力が無効になってしまう。
ゆえに、強奪した物資や人材を売り捌く為に『盗賊団』が最終的に行き着く先が『闇市』であるが、こちらも一筋縄では行かない。
『闇市』とは、所謂『闇ギルド』が取り仕切っている非合法の市場で、この世界の各地にて秘密裏に開催されている。
ここでは、『素性』も『人種』も関係なく、金さえ払えば誰でも自由に『売買』が可能だが、相場の軽く二倍、下手すると数十倍の値段で取引される事も日常茶飯事だ。
『交渉術』も出来ない、『目利き』も出来ない『素人』が行った所で、海千山千の『猛者』達の良いカモである。
口八丁手八丁で、安く買い叩かれたり、逆に高く売り付けられたりして、すごすごと退散するのがオチである。
『裏』の市場だけに、それに納得がいかずに喧嘩などになる事はある程度容認されているのだが、刃傷沙汰にでもなり『闇ギルド』に介入される事態になれば完全にアウトだ。
『表』にも『裏』にも居場所はなくなり、『モンスター』や『魔獣』との熾烈な生存競争を生きていくしかなくなる。
こうして、いくつもの『盗賊団』などの犯罪組織は淘汰されていくのだが、その中でランツァー一家はある意味成功した例であった。
イザッコ・ランツァーは、とにかく『強者』に取り入るのが上手かったのだ(ここで言う『強者』とは『権力者』の事である)。
レイモン伯の例にある様に、入念な下調べの元『闇市』へ通い、『闇ギルド』の幹部などに取り入り、その『権威』を借り、『売買』による『交渉事』を有利に進めた。
幹部には『袖の下』を握らせて、より懇意になる。
そうした活動をコツコツ積み重ね、『盗賊団』を『大組織』にまでのし上がらせたのだった。
『道』さえ間違えなければ、今頃イザッコは優秀な『商人』だったかもしれない。
まぁ、それはともかく。
そうした訳で、ランツァー一家が持つ武力は、並の『盗賊団』とは一線を画した規模となったのだった。
「今日のエモノはそれなりに稼げそうだっ!テメーらぬかるんじゃねーぞっ!!」
「「「「「「「「「「応っ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
ランツァー一家の襲撃部隊・頭目の男は、アキト達の手により『組織』が事実上壊滅した事も知らずに、いつもの様に略奪行為に勤しもうとしていた。
「ヒャハハハハハハッ~っ!」
「金目のモノと女だけ置いてけやっ~!」
『盗賊団』の団員達は数に置いて有利な事を承知しているので、弱い者をいたぶるつもりで、下卑た笑いを滲ませていた。
しかし、『盗賊団』には二つ、いや、三つの誤算が合った。
「ちっ、盗賊風情が調子に乗るなよっ!」
「アーヴィンっ!お前は逆側の部隊を足止めしろっ!」
「おいおいっ、俺一人だけ貧乏くじじゃね~?」
「隊商の皆さんもいるし、レオニールもサポートに回すっ!」
「だったら、まぁ、何とかやってみっかっ!」
『冒険者』パーティーの戦士・アーヴィンはそう言って、隊商西側側面に突撃した。
「アーヴィンさんっ、あんまり突っ込みすぎないで下さいよっ!?」
「わぁ~ってるよっ!」
そんなアーヴィンを呆れた様子で見送りながら、魔法使い・レオニールが詠唱を開始した。
「え、詠唱っ!?ま、魔法使いだとっ!?」
「オメーらの相手は俺だろ~がっ!?」
襲撃してきた盗賊達は、魔法使いの存在に狼狽える。
すかさず、アーヴィンはヒット&アウェイを繰り返し、襲撃部隊の進行速度を遅らせる事に成功した。
「アーヴィンさんっ!」
「あいよっ!!」
レオニールの声に、アーヴィンは素早く反応して後退する。
「『ファイヤーボール!!』」
アーヴィンが『魔法』の効果範囲から離脱したのを確認すると、レオニールは火系術式の『ファイヤーボール』を盗賊達に叩き込んだ。
『ボール系』や『アロー系』は、初級魔法に分類される『魔法』だが、非常に使い勝手の良い『魔法』だ。
その『球』や『矢』の数は『使い手』によって変動するが、一つ一つの威力はあまり変わらない。
特に火系術式は、副次効果も含めて非常に優秀な『攻撃手段』になる。
「う、うぎゃあぁぁぁぁぁ~!」
「ひっ、俺の腕がぁぁっ!アツいっ、イタいぃぃぃぃっ!」
「クヒューッ、クヒューッ・・・。」
まず直撃した者は、全身を炎に巻かれる。
当然その者はパニックになり、炎を消そうと滅茶苦茶に動き回る。
周囲の者達は、その余波の高温や炎で火傷に見舞われる。
運の悪い者は、その熱波をモロに吸い込んでしまい、肺がやられる。
人数が多ければ多いほど、その混乱は致命的な隙を作ってしまうのだ。
「おっしゃ、チャンスだぜっ!隊商の皆も突っ込めっ~!」
「「「「「お、応っ!!!!!」」」」」
「あんまり突っ込みすぎないで下さいよっ~!?」
『魔法』の威力に一瞬怯んだ『商人』達だったが、相手は盗賊で、殺らなければこちらが殺られる。
自分達の『命』と『商品』を守る為にも、彼らも武器を手に覚悟を決め突撃したのだった。
中には、要領の良い者もいて、
「護衛を努めますっ!」
「安心して、『魔法』をお使い下さいっ!」
「あっ、ど、どうも、ありがとうございますっ!」
と、ちゃっかりレオニールの護衛に回る者もいたが・・・。
しかし、『砲台』であるレオニールを守るのは理にかなっているので、「上手くやりやがってっ・・・!」とは心で思っても、口には出せなかった。
東側側面のディナードとイドリック、そして、重戦士・ゴドウェルも、有利に事を進めていた。
こちらには、レオニールの様な『魔法』の『砲台』はないが、ゴドウェルを起点に陣形を上手く組み対処し、野伏であるイドリックと、弓使いであるディナードが『弓矢』を使い牽制する。
矢には『毒』が塗られているので、致命傷でなくても当たれば相手の動きは鈍る。
さらに、ゴドウェルの『シールドバッシュ』による『ぶちかまし』は、まともに食らえば全身複雑骨折は免れない威力を秘めていた。
『戦闘のプロ』ではない『商人』達が、的確な陣形を組めるのは、ひとえにディナードの指揮能力の高さゆえだ。
さらに、イドリックの絶妙な敵の誘導と、『壁』役のゴドウェルの存在も頼もしい。
隊商側の『士気』は、少しずつ上がっていった。
これが、『盗賊団』一つ目の誤算、『守護者』の異名を持つ『A級冒険者パーティー』・『デクストラ』の存在であった。
(『デクストラ』とは、叙事詩『シャルトワ』に登場する伝説的騎士団の名で、『竜殺し』で名高い『英雄・イスティス』を支え、その旅を助けたと伝えられている。
特に、その『デクストラ騎士団』・団長にして、『英雄・イスティス』の盟友にしてライバルの『ヴィクトル・デクストラ』は、イスティスと人気を二分するほどの有名人である。
有名なエピソードは、やはり『悪竜退治』であろう。
〈ある時、王様から日照りの村の原因である『悪竜退治』を命じられた『若き勇者・イスティス』は、盟友・ヴィクトルと『デクストラ騎士団』を伴ってその村に向かった。
村は、日照りによる飢饉にあえぎ、一刻の猶予もないと焦ったイスティスは、山にいる悪竜の元へと急ごうとした。
盟友・ヴィクトルは、『最強種』たる『竜種』の危険性を指摘し、準備をしてから挑むべきだと助言したが、イスティスは聞き入れなかった。
山に到着した一行は、川の水を塞き止め、雨雲をブレスで蹴散らす『悪竜・ゴルトラス』に出会う。
イスティスとヴィクトル、そして『デクストラ騎士団』は、ゴルトラスに戦いを挑み、激しい戦闘となった。
やはり『竜種』は恐ろしく強く、精強な『デクストラ騎士団』の団員達も、一人また一人と倒れていった。
しかし、ゴルトラスにも着実に傷を負わせ、もう一息と言う所で、イスティスは功を焦った。
大振りな攻撃体勢に入ったイスティスに、瀕死だったゴルトラスが最後の力を振り絞り炎のブレスを吐いたのだ。
これを食らえば、致命傷は避けられない。
瞬時に悟ったイスティスであったが、そこに割って入ったのがヴィクトルであった。
ゴルトラスの炎のブレスを受けながらもヴィクトルは、イスティスに叫ぶ。
「い、今だーっ!」
イスティスは、ハッとして、隙だらけになったゴルトラスに渾身の一撃を見舞った。
断末魔の声を上げ、ついに『悪竜・ゴルトラス』は倒れたのだった。
・・・しかし、その代償はあまりにも大きかった。
「ヴィクトルっ!ヴィクトルっ!!しっかりしろっ!!!」
「・・・や、やったな、イスティス・・・」
全身を酷い火傷に見舞われながらも、ヴィクトルはまだかすかに息があった。
「・・・もう、おれがまもってやることもできない・・・イスティス、あせるなよ・・・」
「ああっ!ああっ!!」
「・・・おまえはえいゆうになれるおとこだ・・・あとのことは、たのんだぞ・・・」
「ヴィクトルっー!!!」
ついには絶命したヴィクトルに、イスティスは己の浅はかさを呪い、嘆き悲しんだ。
イスティスと満身創痍な『デクストラ騎士団』が山を下りると、これまでの日照りが嘘の様に恵みの雨が降り注ぎ、村人達は『若き勇者・イスティス』と『デクストラ騎士団』を称えたのだった。
王様の元へ戻ったイスティスと『デクストラ騎士団』は、事の顛末を報告する。
王様は、ヴィクトルと数多くの団員達を失った事を深く悲しみ、彼らを手厚く埋葬させた。〉
後に、『悪竜・ゴルトラス』の亡骸から手に入れた『霊槍・アングウィスコルヌ』と、盟友・ヴィクトルの意思を継ぎ、イスティスは『英雄』と呼ばれる様になってゆく。
このエピソードは、若さゆえの先走りと無鉄砲を諌める教訓的な意味合いが強く、『若き勇者・イスティス』が『盟友・ヴィクトル』を失って、初めて己の直情的かつ思慮の足りない性格を自覚し、『英雄』として成長してゆくプロセスを描いている。
その後のイスティスは、誰もが認める『英雄』なのだが、『盟友・ヴィクトル』の騎士道精神と思慮深さに多大な影響を受けたと言われている。
それゆえに、特に若い騎士達からはヴィクトルは絶大な人気を誇ったのだった。
『英雄・イスティス』を守り支えた事から、のちに『知者・守護者』の象徴となり、ディナード達も、彼にあやかってパーティー名を『デクストラ』としたのだった。)
「くそがぁっ!ちっ、しかたねぇー。お前ら、火矢を放てっ!」
「「「「「お、応っ!!!!!」」」」」
倍以上の人数で襲撃したにも関わらず、『デクストラ』の存在により襲撃部隊は劣勢を強いられていた。
襲撃部隊に取っても大事な『商品』や『人材』を、なるべく無傷で手に入れたかったが、負けてしまっては元も子もない。
そう判断し、襲撃部隊・頭目の男は、手下達に指示を出した。
「あ、あいつら、馬車に火矢を放つつもりだっ!」
「止めさせろっ!」
「ああっ!皆さん『陣形』を崩さないで下さいっ!」
その襲撃部隊の暴挙に、『商人』達は焦りの色を滲ませ、ディナードが指揮する即席部隊の『陣形』に綻びが生じた。
その隙を見逃す盗賊達ではなかった。
『陣形』の綻びを突破し、追い討ちをかけるように馬車に火矢が放たれ、戦闘は新たな局面に突入した。
すなわち、泥臭い乱戦である。
「ヒャハハハハッ!お宝いただきだぜぇっ!」
「隠れてるヤツら人質にして、あいつらなぶり殺しにしてやろーぜっ!」
「散々やってくれたからなっ!」
襲撃部隊の中でも足の早い者達が、とうとう馬車に到達してしまった。
『デクストラ』のメンバーには、彼らを止める術が無かった。
西側側面のアーヴィンとレオニールは、そちら側の襲撃部隊の対処に追われているし、東側側面のディナードとイドリックは矢が底を尽き、剣や短剣で応戦しながら盗賊達に追い縋る。
ゴドウェルは『陣形』を立て直しながら孤軍奮闘している。
人質を取られたらアウトだ。
少なくとも、『商人』達には動揺が広がるだろう。
ディナードがそう考えた時、馬車の中から一人の少女の声が響き渡った。
「うるさいなぁっ!子どもたちが怯えてるでしょーがっ!」
「「「へっ!?」」」
間の抜けた声が漏れ、盗賊達は一瞬ポカンとした。
次の瞬間、彼らは物凄い衝撃を受け、放物線を描いて空中に吹き飛ばされていた。
「「「「「「「「「「・・・」」」」」」」」」」
まさに衝撃映像だろう。
大の男が三人、空を飛んだのだ。
それを引き起こした者は、浅黒い肌をした小柄な少女であり、彼女の手には、その体躯には不釣り合いの巨大な鎚が握られていた。
「な、なんじゃありゃあ・・・。」
「おいおい、リサ嬢ちゃん。あんま無茶すんじゃねーよっ!」
「でもドニさん。この隊商をやらせる訳にはいかないでしょっ?」
「まぁ、そーだがよぉ・・・。」
これが、『盗賊団』二つ目の誤算、『ドワーフ族』・リーゼロッテの存在であった。
「おや、リサは凄い力持ちなんだねぇ~。」
「す、すげ・・・(あんま怒らせない様にしよう・・・)。」
「リサお姉ちゃんすご~いっ!」
馬車の中には隠れていたドニ、シモーヌ、アラン、エレオノールの姿もあった。
『ドワーフ族』は、『鬼人族』と『獣人族』に匹敵する身体能力を有する。
特にその『膂力』には、目を見張るモノがあった。
しかも、『ドワーフ族』は小柄な『種族』なので、子どもぐらいの者が化け物じみた怪力を繰り出すのは、対峙した者に取ってはある種恐怖だろう。
ドニも、『鍛冶職人』ゆえに腕っぷしにはそれなりに自信がある。
この二人は、下手な冒険者より遥かに強いのだった。
しかし、『商人』達と同じく、二人も『戦闘』に関しては素人同然だし、この隊商ではただの同行者に過ぎない。
それゆえ、今まで彼らは迎撃には参加せず、大人しく隠れていたのだった。
「つ、次から次へと、な、何だってんだっ!」
再び流れが変わり、襲撃部隊・頭目の男はヒステリック気味に叫ぶ。
放たれた火矢は、リーゼロッテの鎚のひと降りでかき消されてしまうし、それをすり抜けた矢も、火の手が回る前に消火されてしまう。
その内に、盗賊達の手持ちの矢も底を尽きてしまった。
『陣形』をすり抜けた盗賊達も、下手にリーゼロッテとドニ一家には近寄れない。
近付けば、吹き飛ばされて痙攣しながらまともに動かない三人の男の二の舞になるからだ。
そうこうしている内に、ディナード達も体勢を立て直していた。
作戦は失敗だ。
不確定な要素が2つも重なり、しかも襲撃部隊側の損害は無視出来ないレベルに達している。
マトモな『指揮官』なら、やむを得ず撤退を選択する所だろう。
優秀な『指揮官』なら、『デクストラ』の存在発覚の時点で、部隊の損耗が軽微な内に西側・東側の部隊を一時後退させ、待ち伏せしている別動隊と合流、部隊を軽く再編して再び襲撃をするくらいの機転を効かせるだろう。
しかし、襲撃部隊・頭目の男は『指揮官』としては未熟だった。
「お、おいっ!別動隊に伝令を出せっ!『待ち伏せ』を中止して、こっちに向かわせるんだっ!」
「は、はいっ!」
事ここに来て、まだごり押しを通そうとしたのだ。
確かに西側・東側の部隊はまだ健在だが、盗賊達の『士気』は下がっているし、スタミナの問題もある。
スタミナに関しては、隊商の『商人』達や、『デクストラ』のメンバー、リーゼロッテ達も同じく消耗しているので、別動隊が合流出来れば反撃の芽はあるかもしれない。
だがしかし、西側・東側の盗賊達が逃げ出してしまい、別動隊がそこに合流したら、大混乱に陥り、下手すると全滅の危険性も大いにあるのだ。
彼らは盗賊で、軍隊と違い、忠誠心も練度も低い有象無象の集まりなのだ。
この状況なら、自分の身が危ないと分かると、いつ逃げ出してもおかしくない。
さらに、一人が逃げようとすると、連鎖的にその数は増えていく。
そう言った『集団心理』を、襲撃部隊・頭目の男は全く理解していなかった。
さらに・・・。
「それには及びませんよ。別動隊の皆さんには眠ってもらっていますから。数日間は、まともには動けないんじゃないですかね?」
「ダッ、誰だぁっ!?」
不意にくぐもった声が響き渡り、頭目の男はもはや半狂乱になりながら上擦った声で誰何した。
そこには、先程まで影も形も無かった仮面を着けた小柄な少年と、フード付きマントに身を包み、顔を隠した怪しげな人影が数人。
それと、先程のリーゼロッテの再現の様に、いや、それよりもさらに恐ろしい光景が広がっていた。
盗賊達が、次々と謎の乱入者により空中に吹き飛ばされていく様が、頭目の男の目に映ったのだった。
これが、『盗賊団』三つ目にして最大の誤算、アキトとその仲間達の存在であったーーー。
誤字・脱字がありましたら、ご指摘頂けると幸いです。
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