衝突
続きです。
戦いにはある程度“セオリー”があるものである。
例えば、時代によっては様々な形式を重んじる事もあるが、今回の場合はそういう話ではなく、所謂“作戦”の方である。
当然ながら攻め込む側からしたら、真正面から正々堂々、なんてのはリスクが高い。
先程も述べた、形式を重んじるならそうした事もあるだろうが、今回攻め込む先は、客観的に見れば“強者”であるラテス族の集落なのである。
ならば、当然ながら攻め込むタイミング、というものが重要になってくるのである。
先程の“セオリー”で言えば、自分達に優位、かつ相手にとっては不利な状況。
そう考えると、ある程度の、“時間帯”というのが読めてくる。
襲撃のもっともベストなタイミングと言われているのが、所謂“夜襲”である。
当然ながら人は、昼に活動して夜は眠りについているからである。
眠り、すなわち一番無防備なところを襲われれば、当然その分反撃に転じるのも遅くなる。
それ故に、“夜襲”は、相手の不意をつくもっともポピュラーな奇襲でもあった。
しかし実は、一見仕掛ける側が有利な様に見える“夜襲”であるが、実際にはそうではない事もしばしばある。
当然ながら夜間は、視界が極めて悪い。
が、襲われた側、今回の場合はラテス族ではあるが、は自陣であるから、勝手知ったる我が家の如く、土地勘があるのだ。
一方の攻め込む側は、事前に綿密な情報収集をしておかなければ、右も左も分からない場所に放り出される事と同義なのである。
そして、一度戦闘に突入してしまったら、こちらも警戒しなくてはならないのが、所謂“フレンドリーファイア”である。
所謂“同士討ち”であるが、視界が悪い中で、なおかつ土地勘もない、十分な装備もなければ、その危険性はグッと増してしまう訳である。
残念ながら他部族、他民族は、ラテス族の集落についての十分な情報を持っていなかった。
そんな事もあって、あえてまだ陽が沒む前の時間帯、視界が悪くなる前の夕方前に、今回彼らは“セオリー”を外して襲撃を敢行したのであったがーーー。
・・・
「火事だぁ〜〜〜!!!」
「「「「っ!!!???」」」」」
その日、突如そんな叫び声が、ラテス族の集落に響き渡った。
ラテス族にとっても、当然火事は非常に恐ろしいものである。
その声を聞いた者達は、慌てて外に飛び出してくる。
「どこだっ!?」
「あっちだっ!煙が見えるだろっ!?」
残念ながら、ラテス族の集落には、所謂“消防隊”は存在しない。
が、一人一人が『魔法技術』の使い手でもあるので、火事があった場合は皆で協力して鎮火するのがお決まりであった。
だが、仮にそれが複数の場所で発生したとしたら?
「ちょっと待てっ!向こうの方も火の手が上がってるぞっ!」
「な、何っ!?」
当然、大パニックである。
隣接する家ならばともかく、別々の場所から上がった火の手は、それを鎮圧する為に、それだけ“人員”が割かれる事となる。
彼らは混乱しながらも、とりあえず自分達に近い位置に走り出していったのであるーーー。
当然ながら、これも他部族、他民族が仕掛けた人為的な火災である。
“火攻め”は、こちらもある種の“セオリー”であるからだ。
当然ながら人は、火事があったのにノンキにはしていないものであるから、簡単に混乱を作る事が可能だ。
その機に乗じて攻め込むなりすれば、アッサリと目的を果たす事も可能である。
他部族、他民族の目的はラテス族を皆殺しにする事ではなく、あくまで彼らの持つ『魔法技術』の開示、あるいは譲渡であるから、その為に動く必要があった。
つまり“交渉”な訳であるが、当然ながらただ話をするだけでそれが済むとは思っていない訳であるから(もっとも、ラテス族の思惑もあって、他部族、他民族が思い描いた形とは違うまでも、『魔法技術』がアクエラ人類全体に共有される未来もあったのだが)、その為には所謂“手札”が必要となる。
“手札”。
分かり易く言えば、相手に譲歩を引き出す“何か”である。
もちろん、“武力”による脅しも、一つの“手札”となるだろう。
客観的な事実から言えば、当然ながらラテス族の総人口よりも、他部族、他民族の総人口の方が多い。
となれば、いざ“戦争”ともなれば、数の上では他部族、他民族の方が圧倒的に優位である。
しかし、ここで忘れてはならないのが、ラテス族の持つ『魔法技術』の方が、圧倒的に上である事である。
今更語るまでもないが、技術力に大きな開きがあった場合、数の脅威を簡単に覆す事すら可能なのである。
あくまで“if”の話ではあるが、もし、向こうの世界の最新兵器を持ったまま、古代の戦地に行ったとすると、これは初めから勝負にすらならない。
何故ならば、射程距離がそもそも違うからである。
相手の攻撃は一切届かず、こちらの攻撃は通る訳であるから、一方的な蹂躙が可能であろう。
もちろん、補給などの事もあるから、それも絶対ではないのだが、それは相手には分からない事でもある。
相手からしたら、自分達の常識では推し量れない攻撃。
それは、言わば“魔法”や“魔術”の類だと思う事だろう。
相手に恐怖心を植え付けられれば、もはや戦う必要もなくなるのである。
実際に史実として、“アステカ帝国滅亡”というものがある。
まぁこれは、色々と条件が重なった上での事ではあるが、結果としてわずか数百人のスペイン人によって滅ぼされた、というのは事実である。
そしてその一因には、技術力に差があった為である、とも言われている。
この様に、技術力の差を埋めるのはかなり大変な事なのである。
仮に、全面的な戦争へと発展したとしたら、技術力で勝るラテス族に打ち勝つ事は容易な事ではないのであった。
故に、他部族、他民族達の狙いは、武力による“脅し”ではなく、もっと現実的な作戦であった。
つまりは“人質”、である。
作戦はこうだ。
まず、“火攻め”を敢行し、ラテス族達を大パニックに陥れる。
その混乱に乗じてラテス族の集落に入り込み、女子供を出来るだけ捕らえる。
そして、反撃される前に素早く撤退する、という流れであった。
こうすれば、他部族、他民族にとっては、“交渉”を有利に進める為の“手札”を手に入れる事が出来るし、ラテス族側としても、当然ながら“人質”を取られた以上、彼らの事を無視する訳にもいかなくなる。
そして、その成功率を上げる為にも、複数の場所で火の手を上げる必要があった。
複数の場所で火災が起これば、当然ながら“人手”がそちらに割かれる事となる訳で、彼らの作戦をよりスムーズに進める事が可能となるからである。
そして、彼らの思惑通り、ラテス族側は複数の火災現場に赴く事となり、作戦は次の段階に入っていった訳であるがーーー。
(ちなみに、ヴァニタスの真の狙いは、“混沌を生み出す事”であるから、この作戦にも異議を唱えていなかった。
いやむしろ、関係がこじれればこじれるほど、“混沌”が生まれやすくなる訳だから、積極的に助言しているほどだった。)
「・・・頃合いだな。」
「ああ。」
森林に身を潜めてその様子を見ていた他部族、他民族の連合軍は、“火攻め”の成果を確認しながらそんな事を呟いていた。
「突入するぞ!なるべく多くの人質を取るのが望ましいが、相手に勘付かれるのはなるべくなら避けたい。故に、陽が完全に沒むまでに、作戦を完遂し撤退するようにしろ!」
「「「「了解!!!」」」」」
指揮官らしき男の小声での指示に、部隊の者達も小声で応じる。
どうやら、夜襲の“セオリー”を無視した行動の理由は、ここにもあった様である。
彼らには、まだ“時間”という概念が存在しない。
もちろん、大まかな“昼”とか“夜”という概念は存在するだろうが、同一の時計の様な、正確に時を共有する指標がないのである。
ここら辺は、元々別々に暮らしていた他部族、他民族であるが故の弊害である。
しかし、太陽(正確には、アクエラ星系の中心となる恒星)の浮き沈みは同一であるから、それを使って時間を共有しようとしたのであろう。
なるほど、これなら撤退の目安も分かりやすいので、統率の取れた行動が可能だろう。
そうこうしている内に、連合軍側がいくつもの部隊に別れてラテス側のエリアへと侵入していく。
作戦が開始されたのである。
「なっ・・・!?だ、誰だっ、貴様らっ!!??」
「チッ・・・!」
だが、やはりまだ陽のある時間帯であるから、どれだけ細心の注意を払っても、集団で動けばラテス族側にも気付かれる訳で。
たまたま連合軍の姿を目撃してしまった男に、顔を歪めた連合軍の部隊の一人がおもむろに腕を突き出した。
「う、うわあぁっ〜〜〜!!!ガッ!!!」
当然ながら彼も、『魔法技術』の使い手であった。
しかし、不意をつかれた事もあってか、突如眼前に現れた“火”に戸惑い、その隙に短剣で胸を貫かれてアッサリとその生を終えた。
「やれるなっ!」
「ああっ!コイツら、戦いは大した事ないぞっ!」
人の命を奪ってしまった部隊の男達であったが、それよりも自分達の“スキル”がラテス族に通用した事の方に喜んでいた。
ここら辺は、すでにアドレナリンが出ていて、軽い興奮状態だったからかもしれない。
以前にも言及した通り、ラテス族の『魔法技術』、『詠唱魔法』は、応用力にこそ優れているが、戦闘特化か、と言われればそれは否である。
術式を発動する為には、“魔素”を集めて、それを集約し、規定の動作、印、文言によって効果を定め、そして発動する、というプロセスが必要となるからである。
その点、“精霊魔法”は、選択肢こそ少ないが(『基礎四大属性』)、一番時間のかかる規定の動作、印、文言を紡ぐプロセスを丸々省略出来るので、発動スピードは圧倒的に早い訳である。
この利点は、後の世に『無詠唱魔法』、特定の『魔法発動体』を媒介した所謂“オートマチック方式”として採用されている。
もっともその為には、それを可能とする物。
すなわち、『精霊石』などの魔石に、あらかじめ術式を仕込んでおく必要があるが。
残念ながら現時点では、魔石はマグヌスらが発見して間もない事もあり、当然ながらその流通はほぼ無いに等しい。
しかし連合軍の部隊は、不意をついたとは言えど、『魔法技術』の使い手であるラテス族の男よりも早く“魔法”を発動している。
では、どうしてそれほどの発動スピードを誇っているかと言うと、これはもう一つの単純な手段、ある種の非人道的な手法によってそれを可能にしていたのであった。
ここで思い出して欲しいのは、ラテス族が受け継いだ『魔法技術』のもととなった技術である。
そう、“呪紋”である。
こちらも以前から言及している通り、“呪紋”は肉体に直接刺青を施す事によって、通常の人間以上の身体能力を発揮する技術である。
刺青自体は向こうの世界においても存在する技術であり、呪術的な意味合いや、後にファッション的な意味合いにも変わっていった訳であるが、“魔素”の存在するこちらの世界では、実際に効果があるのである。
では、その“効果”を肉体の強化ではなく、『魔法技術』を扱う為に入れれたりしたとしたらどうだろうか?
これが、連合軍側が使っている“魔法”の正体である。
ただ、これは当然ではあるのだが、一度刻み込んだ刺青を消す事は容易ではない。
技術的に発達している向こうの世界ではいくつかの手法があるのであるが、残念ながら今現在のこちらの世界では、“皮を剥ぐ”、以外の選択肢はないのである。
まぁ、それでも利便性を考えれば有用に変わりはないのであるが、そうは言っても非人道的な手法と言わざるを得ないだろう。
もっとも、連合軍の者達からしたら全く問題ないのだろうが。
また、これは客観的な事実として、ラテス族以外の部族、民族の者達は、マトモな教育を受けていない事もある。
今更教育がいかに重要かなど議論するまでもないのであるが、“学”、すなわち知識がないと、どれほど優れた技術を持っていても、それを活かす事が出来ない。
仮に他部族、他民族の者達に、ラテス族が持つ様な『魔法技術』(『詠唱魔法』)を仕込んだとしても、知識がないのでこれらの持つ一番の利点である“応用力”を発揮する事が出来ないのである。
『魔法技術』の本来の目的は、生活を豊かにする為の手段である。
しかしそれを使いこなす為には、様々な知識が必要となる。
当たり前だが、教育、すなわち知識を詰め込もうとすると、これは途方もない時間がかかる。
ただでさえ、“魔法”を習得するだけでも時間がかかるのに、それに加えて知識まで詰め込んでいたら、軽く見積もっても十年は必要となるだろう。
故にヴァニタスは、あえて知識の必要のない、“呪紋”という形を選択したのである。
それも、両腕に刻み込める制限として、“精霊魔法”よりも少ない、二系統の“魔法”のみ、という少なさであった。
ただ、その利点として、種類を制限する事によって先程も述べた圧倒的な発動スピードを獲得したし、ある意味では使い勝手も良かったのである。
(例えば、“火”と“水”を持っていれば、戦闘にも利用可能だし、生活する時にも、瞬時に火を生み出したり、水を生み出したりする事が出来るので、こちらもかなり便利なのである。
少なくとも、これがあるとないとでは、生活の質は比べ物にならないだろう。
また、“呪紋”を刻んでいるのなら、“魔法”の習得に時間がかからない様に思われるかもしれないが、自動的に“魔素”を集めてくれる媒体、『魔石』とは違い、“呪紋”を利用した“魔法”は、あくまで術者本人が“魔素”を集める必要がある。
アキトも言及していた通り、“魔素”を感じ取る事が一番難しい事であり、そこから更に、ある程度“魔素”に干渉し、それを集約させるのは、一朝一夕で身に付く技術ではないのである。
故に、彼らがここまでになるまでに、今現在に至るまでのそれなりの時間を要する事となったのである。
更にちなみに、肉体強化系の“呪紋”は、わざわざ“魔素”に干渉する必要がない。
言うなれば、パッシブスキルとアクティブスキルの違いであり、劇的な効果は見込めないが、それなりの効果が現れる肉体強化とは違い、通常の物理現象を無視して新たなる物理現象を上書きする“魔法”では、どちらがよりエネルギーを必要とするかは、これは言うまでもないだろう。
もちろん肉体強化の方も、それなりの効果を期待するのであれば、それなりに“魔素”に対する干渉力を鍛える必要はあるのだが。)
こうした事もあって、連合軍の者達は、扱える“魔法”の種類こそ少ないものの、ラテス族を圧倒する発動スピードを獲得するに至った訳であった。
ある意味、戦闘特化型の技術だ。
総合的な力や技術はラテス族が勝っていても、一瞬の判断がものを言う戦場では、彼らの技術の方が優位であった。
「鎮まれ。俺達の目的を忘れるな。」
「「「「「っ!!!」」」」
軽く浮かれる部下達に、指揮官の男は冷静にそう述べる。
「確かに、我々の技術が奴らに通用する事が分かったのは良いが、それでもなるべくなら戦闘は避けるべきだ。引き続き、周囲に警戒し、目的を遂行せよ。・・・分かってるとは思うが、無闇に奴らに攻撃せんようにな?」
「「「「「・・・。」」」」」
妙な圧力を放つ指揮官の男に、部下達はゴクリッと生唾を飲み込んで頷いた。
指揮官の発言は正しい。
彼らの利点は、こうした潜入や暗殺においては有利に働くが、大規模な戦闘には、少なくともラテス族相手には不向きなのである。
それに、今現在は複数の部隊に別れての任務の最中であるから、ここで調子に乗って片っ端からラテス族側に手を出していけば、結局自分達の首を絞める事となる可能性もあるのだ。
“強さ”というものは非常に難しいもので、その時々で流動的に変わるものである。
まるで“ジャンケン”の様なもので、絶対的な優位とはならないものなのである。
(まぁ、中にはアキトの様な例外もあるのだが。)
連合軍の者達は、多かれ少なかれラテス族に対する嫉妬や不満を持っていた。
だからこそ、自分達の方が優位であると分かると、そのフラストレーションを発散されてしまう危険性もあり、それを危惧した指揮官の男は、浮つきかけた部下達の気持ちを現実に引き戻そうとしたのかもしれない。
「・・・行くぞ。」
「「「「「了解!!!」」」」」
気持ちを入れ直した部下達に頷いて、指揮官の男はそう号令を発した。
それに小声で返答し、彼らは再び静かにラテス族の集落を駆けていくのであったーーー。
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