決起
続きです。
◇◆◇
「やあやあ。いやぁ〜、随分と様になってきたねぇ〜。」
「こ、これはヴァニタス様っ!」
「ああ、そんな畏まらないでよ。」
「は、はぁ・・・。」
一方、ヴァニタスとの邂逅の数年後、ラテス族以外の部族、民族達は、“神々の末裔”である彼から授けられた初歩的な『魔法技術』を使いこなす事に成功していた。
当たり前だが、技術は一朝一夕に身に付くものではない。
故に、ある程度の期間を要してしまう事となっていたが、しかし『魔法技術』の利便性に触れた事によって、彼らの生活は圧倒的に良くなっていた。
魔獣やモンスターとも対抗出来る様になったし、農耕技術も順調だ。
しかし、人間とは欲深い生き物であり、これほど劇的に生活環境が改善されて、それで満足するかと思いきや、むしろますますラテス族への羨望と不満を募られていたのであった。
これほどの生活を、彼らはずっと以前から享受していたのか、と。
いや、むしろ曲がりなりにも『魔法技術』を獲得した事によって、ますますラテス族と自分達との間には、大きな差がある事実に気付いたと言っても過言ではないだろう。
『魔法研究家』の存在もあって、ラテス族は同じ『魔法技術』であっても、より便利で最先端な技術を次々と生み出しているからである。
(ここら辺は、むしろ同じ競技を経験しているからこそ、プロアスリート、それもトップクラスの実力者達がいかに凄いかを実感出来る事と似ているかもしれない。)
そんな、明るい表情の中にも、言いしれぬ劣等感や負の感情が見え隠れする彼らの“仕上がり”に、ヴァニタスは満足げに頷いていた。
ヴァニタスがやって来た事はすぐに部族内で噂となり、族長などを中心とした部族の主要人物達が集まってくる。
そして、すぐに集会所の様な場所に集うと、ヴァニタスをもてなしつつ、会合を始めたのであった。
「いやいや、結構な歓待を受けて申し訳ないねぇ〜。」
「いえいえこちらこそ。ヴァニタス様から授けられた『魔法技術』によって、我々の生活はより良くなっておりますからなぁ〜。この程度でよろしければ、いつでも歓迎する用意がありますれば。」
ハッハッハと、以前とは比べ物にならない豪華な内装や食事を前に、豪快に笑う者達。
ここでヴァニタスは、軽くジャブを打ち込む事とした。
「・・・その様子だと、今の生活には満足、だよね?」
「「「「「っ!!!」」」」」
彼らには、以前にヴァニタスの“目的”を伝えている。
要約すれば、ラテス族が独占している『魔法技術』を、本来の形であるアクエラ人類全体で共有する事、であった。
その為には、ラテス族に技術の独占を止めさせる必要がある。
が、当然技術を開放せよ、と言ったところで、簡単に聞き入れられない事は目に見えている訳である。
ならば、攻撃するしかない。
もちろん、それはやや早計でもある。
何故ならば、ラテス族の中にも、マグヌスという変わり者が存在するからであった。
確かに、多くのラテス族は、考え方はマチマチであろうが、“神々”から授かった『魔法技術』を流出させる事には難色を示している。
単純に自分達の優位性を損なう事でもあるし、“神々”が自分達だけに与えたもうた業である、というある種の信仰という名の選民思想に直結する事でもあるからである。
とは言えど、先程言った通り、マグヌスという存在もあり、なおかつ彼が今現在手掛けている物は、『魔法技術』そのものではなく、あくまでもそれをベースとした“アイテム”という事もあり、いずれはラテス族から何らかのアクションが示される可能性もあったのである。
これは言ってしまえば、ある種の依存である。
あくまで『魔法技術』はラテス族で独占しつつ、その一部技術を使った様々な“製品”を他の部族達と取引すれば、マグヌスの理想とする“『魔法技術』なしでも、誰でも『魔法技術』の利便性を享受出来る”事と、ラテス族の持っている優位性を崩さずに、むしろ便利な“アイテム”を与えてくれる存在である、つまり、ラテス族の者達が密かに持っている選民思想を満たす事、更には、経済的依存にも繋がる非常に強力な一手となるからであった。
(向こうの世界でも、技術を持っているのと持っていないのでは、貿易の優位性は雲泥の差である。
もちろん、技術そのものの流出は避けるべきであろうが、それをベースとした様々な“製品”は、外貨を獲得する為の強力な武器となる。)
つまり、もちろん先程述べた通り、ラテス族側に依存する事となってしまう可能性もあるが、持ちつ持たれつ、話し合いで解決出来る、ある種穏便な未来もあったかもしれないのである。
だが、彼らは、ヴァニタスに乗せれられた面も否定出来ないのであるが、そういう真っ当な道を最初から選択肢から外して、“戦って奪い取る”という短絡的な思考に向かってしまったのであった。
「・・・いいえ、ヴァニタス様。確か貴方様から授かった『魔法技術』は素晴らしいものですが、ラテス族はそれ以上の『魔法技術』を持っているのですよね?」
「しかもそれは、ヴァニタス様が仰った通り、本来ならば我々アクエラ人類全てに与えられた筈のものだった・・・。」
「許せないぜ。こんな便利なモンを独占してるなんてよっ・・・。」
「もっと早くにこれがあれば、俺の息子はっ・・・!!!」
「ベン・・・。」
以前から言及している通り、セルース人類が来訪する以前のアクエラ人類は、生態系の頂点に君臨する存在ではなかった。
それらの王者は魔獣やモンスターであり、アクエラ人類は彼らの脅威に怯えながら暮らしていた訳である。
故に、当然ながら彼らの餌食となる者達も数多かった訳である。
この者達の中にも、身内が魔獣やモンスターの手にかかった者がいた。
彼からしてみれば、もしもっと早くに『魔法技術』を獲得していれば、もしかしたら自身の身内を助けられたかもしれない。
しかし、結果として、すでにその者は亡くなっており、しかしヴァニタスの情報操作によって、実際にはそうならない未来もあったかもしれない可能性もあったのである。
“ラテス族が故意に『魔法技術』を独占した”、というある種の誤解によって。
その事実(誤解)を知った時の彼の絶望感は半端ではなかった事だろう。
そしてそれは、やがてラテス族への憎悪となっていった訳である。
悲痛な叫び声を上げた男に、周囲の者達も同調する。
「やろうぜっ!これ以上、ベンの息子の様なヤツを出さない為にもっ!」
「ああっ、そうだなっ!!」
「ふむ・・・。」
盛り上がる男達をよそに、ここまで計算していたかどうかは定かではないが、ヴァニタスも彼らがやる気になっている事に満足げに頷いていた。
そして、もっとも悪魔的な言葉によって、彼らを更に扇動するのだった。
「君達の気持ちは分かったし、決意をしてくれた事を歓迎しよう。残念ながらラテス族は、僕のご先祖様の考えを裏切って誤った判断をした。ならば、それを正さなければならない。ご先祖様が与えてくださった『魔法技術』は、本来は君達アクエラ人類全員のモノなんだっ!決してラテス族が独占して良いものではないっ!」
「そうだっ!その通りだっ!!」
「本当ならばご先祖様も、アクエラ人類同士で争って欲しくはない事だろう。けれど、物事を正しい方向に戻す為には、時に立ち上がらなければならない時もあるんだっ!!」
「「「「「応っ!!!!」」」」」
ヴァニタスの力強い言葉に酔いしれる男達。
ここら辺は、ヴァニタスの人心掌握の妙であろう。
人がもっとも残酷になれるのは、自分が正しいと信じて疑わない時だと言われている。
例えば向こうの世界における“ネットリンチ”がその最たる例であろう。
とある人物が、社会的に不道徳、不義理を働いた結果(まぁ、中には全くの事実無根である例もあるが)、ネット上ではその人物に対する攻撃が始まる。
彼らにとっては、それは“正義の行い”である、という一種の“免罪符”が与えられたに等しいので、この攻撃は非常に苛烈になるのである。
もちろん、どんな理由があったとしても(そのとある人物がとんでもない悪党だったとしても)、そうした事は犯罪行為である。
故に、自分が加害者とならない為にも、客観的な視点を持つ事や、情報に踊らされないなどの、所謂“ネットリテラシー”が重要になってくるのである。
だが、時代や環境が違えば、これらを止める事は非常に難しい。
ヴァニタスの嘘があったとしても、ラテス族が『魔法技術』を独占している事は事実であるし、それによってその他の部族、民族が彼らに対して不満だったり、不公平感を持っていた事も事実なのである。
いくつもの事実が重なり、ヴァニタスの嘘は、“本当の事”となり、そして彼らのこれから起こす行動は、言わば“正義の行い”となったのである。
こうなれば、もはやブレーキは無いも同然だ。
仮にここに、冷静に判断出来る者達が存在したとしても、一度醸成された“流れ”を変える事は難しい。
下手をすれば、ラテス族側の肩を持つ者達だとして、彼らも攻撃の対象になってしまう恐れもあるからである。
こうした事も丸々計算したかはともかくとして、こうしてヴァニタスは、彼にとって“面白い”状況を作り上げる事に成功していたのであるがーーー。
◇◆◇
一方で、ヴァニタスが密かに暗躍し、かなりきな臭い状況になっている中、しかしラテス族の社会は平和そのものであった。
いやむしろ、稀代の天才であるマグヌスと紆余曲折を経て『新人類』が手を組んだ事によって、それまでとは全く異なる体系の『魔法技術』、いやもはや『魔法科学』が発展しつつあった程だ。
やはり、原動機と“光る石”、『魔石』とか『精霊石』と呼ばれる鉱石の相性は抜群であった。
それまでは原動機を動かす為にはいちいち『魔法技術』を用いる必要があったが、“光る石”が発見され、それを解析、加工する技術が開発された事によって、もはや『魔法技術』が不要となるまでになっていたのである。
後は、ここからそれらの応用の始まりである。
例えば、アキトとリリアンヌが共同開発した様な“農作業用大型重機”を生み出す事も可能となるし、原動機を応用して、自動で水を組み上げる“ポンプ”を生み出す事も可能だ。
発想次第では、更に便利なアイテムを次々と生み出す事が可能となり、ラテス族の文明力は、ある意味では新たなる段階に入ったと言っても過言ではなかったのであった。
これは、マグヌスの理想とする社会への足掛かりとなる。
以前から言及している通り、マグヌスはセシリアとの出会いを経て、それまでの選民思想に毒された考え方から脱却し、誰もが『魔法技術』の利便性を享受出来る社会を目指していた。
その想いは、『新人類』と深く接する様になってから、また、自身に待望の子どもを授かった事によってより一層深くしていっていたのである。
少なくとも、『新人類』と自分の子供が、仲良く暮らしている様子を眺めていれば、その平和を守る為にもそういう考え方に行き着くのは当然の帰結であろう。
しかし、それでも問題がなかった訳ではない。
ラテス族にとっては、そうした考え方は異端であったからである。
少なくとも、神々から授かった『魔法技術』を、他の部族や民族に伝える事には異論があったのである。
そこら辺は、信仰的な側面と、他部族、他民族に対する優位性の側面、両方の考え方が複雑に絡み合っていた結果であろう。
だが、その程度で諦めるマグヌスではなく、ならば『魔法技術』そのものではなく、あくまで『魔法技術』をベースとしたアイテム類によって、それを成そうとしたのである。
それが、先程も述べた原動機+“光る石”の組み合わせによって現実的な話となったのである。
そこからは、各方面への説得に時間を費やす事となった。
お世辞にもマグヌスは交渉事、というかコミュニケーションが得意な方ではない。
しかも、『魔法技術』ならともかく、政治的・経済的な話は門外漢であり、どの様にして自分の開発した技術を他に流す事を認めさせるかはかなりの難問だった訳である。
ここで存在感を示したのが、彼のパートナーにして、“長老の娘”という社会的立場や、『新人類』の“孤児院”を経営している経験からも、経済的な話にも造形の深いセシリアであった。
彼女は、経済的な繋がりを持つ事で、他部族、他民族との間に友好関係を結ぶべきである、と主張したのである。
客観的な視点で見た場合、今現在のラテス族と他部族、他民族との関係が良好でない事は紛れもない事実である。
もっとも、ラテス族の特に一部の者達は、彼らを下に見る風潮から、そんな事をして何になる、と取り合わなかった者達も多いのだが、彼女は粘り強く説得したのである。
少なくとも、関係を改善するつもりがなければ、こじれにこじれて、最終的には衝突するのは、これは少しでも頭が回れば分かる事だろう。
だが、下手な信仰心やプライドが邪魔をして、それらを阻む事も往々にしてある。
あくまで個人的な見解ではあるが、“信仰”とか“教え”というのは、絶対にそうしなければならない、というものではなく、人生を豊かにする為のツールの一つ、くらいに考えておかなければならない。
それが、それを遵守する事を最優先にした結果、時代にそぐわなくなってしまう事も往々にしてある。
そもそもの話として、生物、これは人間も同様であるが、時代や環境の変化に“適応”するのが、ある意味では自然の摂理であろう。
ならば、一つの考え方に固執して、時代の流れや環境の変化に対応出来ないのは、これは生物として誤っていると言っても過言ではないのである。
まぁ、それはともかく。
ラテス族も最初はセシリアの言葉を軽く無視していたのであるが、彼女の優れている点は、そこに多大な利益があれば人は動く事を知っていたところであろう。
マグヌスが生み出した技術は非常に利用価値が高い。
少なくとも、これを輸出する事によって、他部族、他民族がラテス族に依存する可能性が高いからである。
人は、一度引き上げた生活水準を元に戻す事は難しいと言われている。
マグヌスの生み出した技術は、他部族、他民族の生活環境を大幅に改善する事となり、彼らの生活はより豊かになる事であろう。
しかも、あくまでこれらは、『魔法技術』を応用したアイテムの類であるから、ベースとなる技術そのものは、ラテス族が独占したままの形となる。
となれば、下手にラテス族に逆らうよりも、友好関係を結んでしまう方が良いのだ。
何故ならば、先程も述べた通り、一度引き上げた生活水準は元には戻せないからである。
ここで下手にラテス族と争う姿勢を見せてしまえば、むしろ内部からの反発が予測されるのである。
当たり前だが、ほとんどの一般市民にとって重要なのは、自分達の生活だからである。
より良い生活をする為には、ラテス族に従う方が良く、結果として、『魔法技術』を上手く活用する事によって、アクエラ人類の盟主という立場を平和的に手に入れる一手ともなるのである。
これは、ラテス族の持つ選民思想やプライドにも合致するアンサーであり、ある程度のリスク(例えば自分達が授かった『魔法技術』を流出させる必要があるなど)さえ覚悟しておけば、ラテス族にとっても理想的かつ現実的な状況に持ち込む事も可能だった訳である。
この様な、色々な思惑が絡み合う複雑な交渉を経て、セシリアはラテス族の説得に成功していたのである。
まぁもっとも、これは遅きに失したと言わざるを得ないが。
何故ならば、すでにヴァニタスの暗躍によって、ラテス族以外の他部族、他民族は、彼らに対する攻撃を決意していたからである。
故に、今更その様な事をしたとしても、全てが無駄なのであった。
しかしまぁ、こうした事は歴史的にも往々にしてある。
重い腰を上げた時には、すでに全てが遅かった事など。
もっとも、これもラテス族が選んだ選択肢の結果でもある。
何かしらの問題が表面化する以前から対策を打っておければ、最悪の未来を回避する事が可能だ。
ただ、人はそこまで未来を見据える事は出来ないし、仮にそれが出来るほどの優れた人物が存在したとしても、社会全体を動かすのは容易な事ではないのであるーーー。
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