新人類の子ども達
続きです。
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“魔石”自体は、自然発生的に生まれた物質である。
“魔素”という物質、あるいは現象が存在するこの世界であるならば、“魔素”を溜め込む性質の物質が存在したとしても不思議な話ではないからである。
故に、後の時代にアキトやリリアンヌらがそれらを生み出した訳ではない。
彼らが行ったのは、元々自然界に存在したそうした類の物質を利用したに過ぎないのである。
むしろ重要なのは、『魔素結界炉』を可能とした加工技術の方である。
ここでは、ある特定の術式を刻み込む事による『刻印魔法』、であった。
しかし、当然ながらそうしたアプローチの方法は、一つではなかったのである。
ここで、他種族・異種族の特性を思い出していた頂きたい。
以前にも語った通り、鬼人族とドワーフ族はこの『加工技術』に優れた種族であった。
特にドワーフ族は、『魔工』という特殊な技術に優れた種族であり、物に特定の魔法効果を封じ込める、あるいは付与する事を得意としていた。
これは、マグヌスの今の研究のもっともキモとなる部分でもあった。
・原動機を動かすには、“電気”の魔法が必要である。
・『魔法技術』を使えば“電気”は簡単に生み出せるが、しかし結局は使用者が『魔法技術』を習得している事が前提条件になってしまう。
彼が目指していたのは、あくまでその利用者が、誰でも問題なく動く装置であるから、そうなると、
・“電気”を自動で生み出す装置が必要である。
となる。
しかし、セルース人類は“霊子力エネルギー”を“電気エネルギー”に変換し、それを各家庭に供給するインフラ整備を整えていたので問題ないが、そもそもそうした概念のないアクエラ人類にとってはこれは難問であったのだ。
そんな訳で行き詰まっていたマグヌスであったが、セシリアの提案によって、息抜きを兼ねて『新人類』と直接触れ合う事で、思ってもみなかった形でその答えにたどり着いた訳であるがーーー。
◇◆◇
以前にも述べた通り、『新人類』が保護されている施設はラテス族の集落からは離れた位置に存在していた。
元々自然と共に生きる性質を持っていた彼らにとっては、こうした環境の方が良かった事もある。
それに、これはラテス族側の都合もあった。
神々から預かった『新人類』を、ラテス族の間で大事に育てる事も可能であったが、しかし、得体のしれない存在に対する不安や不満がないとも限らない。
もちろん、ラテス族は神々を信仰していた部族、民族であるから、下手な事は起こらないだろうという考え方もあったが、不安要素は極力避けたいのが人間の心理というものであろう。
それ故に、ある意味隔離施設のような感じに、集落からは離れた位置に保護施設、“孤児院”を置いた訳であった。
そこで、理解ある者達、使命感のある者達だけで彼らを育てていたのである。
故に、一般のラテス族は、『新人類』との関わりが薄い傾向になっていたのである。
マグヌスの家の近所に住む農業従事者の男達が、『新人類』の動向を詳しく知らなかったのはこうした為であった。
まぁ、それはともかく。
そんな訳で、一定の管理のもと『新人類』は育てられていた訳であるが、とは言っても、“子供”という好奇心の塊の様な存在が、大人しく施設内だけで過ごしている、という訳もない。
誰しも経験があると思うが、親や大人の言いつけを破って、気の向くままに“冒険”を楽しむ事もままあるのである。
しかも、彼らはまだ幼い、とは言っても、元々のスペックは人間族を大きく上回る様に設計されているし、“魔素”に対する耐性や親和性も高い。
そんな訳で、そんな悪ガキ共の一部は、“孤児院”の外、ラテス族の集落の外に広がる深い森の中を、大人の目を盗んでは冒険に出掛けていた訳であるがーーー。
・・・
「うぎゃあぁぁぁ〜〜〜!!!」
「キャッキャッ!!!」
「落ち着け、フリットッ!ただのゴブリンの群れだよっ!!」
「そ、そんな事言ったってぇ〜〜〜!」
「チッ、仕方ねぇ〜な。ヴェル、二人で奴らを片付けちまおうぜっ!」
「・・・だね。」
「ギャッギャッギャッ!」
「ギギッ、ギギィッ!」
ラテス族の集落の外、“孤児院”の外に広がる森林の中に、4つの影が存在していた。
「おら、行くぜゴブリン共っ!」
「ギャアァァァ〜〜〜!!!」
一つは、歳の頃十歳前後の勝ち気な少年であった。
その頭には、まだ小さいながらも立派な“角”を携えており、彼が“鬼人族”と呼ばれる種族である事を示していた。
やはり、全種族中一、二を争う膂力は幼くても健在なのか、素手にて危なげなくゴブリン達をふっ飛ばしていった。
「悪く思わないでよ。襲ってこなけりゃ、こっちも手出しするつもりはなかったんだから、さっ!!」
「アビャッ・・・!」
一つは、こちらも歳の頃十歳前後の小柄な少年であった。
その身体は浅黒く、彼の小柄な身長に不釣り合いなほどの大きな木槌を携えていた。
彼は、“ドワーフ族”と呼ばれる種族であり、鬼人族に匹敵する膂力を持つ種族である。
その証拠に、自分と大して変わらない身長であるゴブリンの身体は、彼の木槌の一撃にて空中を舞っていた。
おそらく、そのゴブリンはほぼ即死であろう。
「ギャッギャッギャッ!」
「ギギッ、ギギィッ!」
「んぎゃあぁぁぁ〜〜〜!こ、こっち来ないでぇ〜〜〜!!」
「だぁ、だぁっ!!」
そして、ギャーギャーと鳴き叫びながら、情けなく逃げ回る影と、その影に抱きかかえられながらも妙に楽しそうな影が一つ。
その頭には、これまた特徴的な所謂“ケモ耳”が、その臀部には“尻尾”が生えていた。
彼は、“獣人族”、その中でも人狼族と呼ばれる種族であった。
鬼人族の少年とドワーフ族の少年とは違い、獣人族の少年はただただ逃げ回っているに過ぎないが、しかし腐っても人間族を大きく超える身体能力は持ち合わせており、特に“瞬発力”に関しては目を見張るものがあった。
その証拠に彼を追いかけ回しているゴブリン達は、彼が人一人抱えている状況にも関わらず彼に追いつく事すら出来ずにいた。
ゴブリン自身の知性が低い事もあってか、結果彼の騒がしい逃げ回りっぷりは、所謂“釣り”の状況、ゴブリン達の分断に一役買っていたのである。
で、そんな彼に抱きかかえられた存在は、こちらも特徴的な長い耳、所謂“エルフ耳”を持っていた。
彼は、“エルフ族”であった。
三人の少年の見た目上は同じくらいの年頃であったが、このエルフ族の男の子だけは、まだ二、三歳くらいの幼児の見えた。
だが、実際にはこの四人は同い年くらいである。
これは、以前にも言及したかもしれないが、エルフ族が長命の種族であるが故の“成長速度の違い”によるものであった。
他の種族は、人間族と成長速度に関してはさして変わりがない。
しかしエルフ族だけは、成長速度が非常に緩やかなのである。
ここら辺は、おそらく“コンセプト”の違いによるものであろう。
以前にも言及した通り『新人類』が生み出されたキッカケは、老齢に差し掛かり、肉体の衰えを感じ始めていたソラテスらが、“新たなる器”を欲した為である。
まぁ、具体的にどうやって全く別の存在である彼らに精神や霊魂を移し替えるつもりだったのかは定かではないが、もしかしたら“霊子力”の研究を経て、セルース人類にはそうした事も可能としていたのかもしれない。
まぁ、それはともかく。
で、そうなると、よりこの世界の環境に適応した肉体の方が色々と都合が良い訳だ。
多少は克服したとは言っても、そもそもセルース人類はこの惑星の出自ではなかった為に、所謂“魔素酔い”という症状を引き起こしてしまうからである。
故に、頑強で病気などに強い身体、“魔素”に対する高い適正、あるいは親和性、などを考慮した結果、アクエラ人類とモンスター、魔獣の遺伝子を利用しようと考えついた訳である。
結果、それで生まれたのが鬼人族、ドワーフ族、獣人族だった訳である。
その一方で、それらプラス不老不死の存在を生み出す為に創られたのがエルフ族だった。
より長い期間、若々しさを保つのは、これはやはり人類の夢、特に女性にとっての夢であるだろうから、こうした流れはある種必然であったのかもしれない。
ただ、ここで一点、ある種の懸念が生じたのである。
意外と肉体と精神は深く連動しているので、片方に引っ張られると、色々と不具合が出る可能性があったのだ。
例えば、精神的に疲弊し、老け込んでしまっている人は、肉体もそれに引っ張られる様に老け込んでしまう事もある。
逆に精神的に若々しい人は、実際の年齢よりも若く見える事もしばしばあるし、実際に“肉体年齢”も若かったりするケースもある。
もちろん、個人差もあるだろうが。
つまり、肉体の状態、あるいは精神の状態によって、互いに様々な影響を与える事があるのだ。
ではここで、エルフ族の寿命について考えてみよう。
流石に不老不死は現実的には不可能であったが、肉体の老化を限りなく遅らせる事は可能であった。
その結果、エルフ族は長い寿命を持つに至った訳であるが(計算上は、もっとも長くて500年ほど生きる、らしい。)、あまりに長すぎる時間は、精神に変調をきたす恐れも内包しているのである。
先程も述べた通り、肉体と精神は深く連動しているので、精神的に不安定であると、肉体もそれに引っ張られて変調をきたす可能性があった。
これは、エルフ族のコンセプトを鑑みれば、厄介な問題だった訳である。
そこで、その一つの解決策として、“成長速度を緩やかにする”、という案が浮上したのである。
人間と野生動物では、当然ながら寿命にも違いが存在する。
もちろん、医療の発達などもあるが、人間が平均で80年ほど。
野生動物は、その個体や種によって違いは存在するものの、そのほとんどが人間よりも短いのである。
という事は、当然ながら成長速度にも違いが存在する訳だ。
特に有名なのは、生まれたての子鹿が歩行を可能とするのは、わずか1〜2時間ほどである。
一方で、人間の赤ん坊が歩行するまでには、9ヶ月ほどもかかるのである。
これは、野生動物の、特に草食動物は、肉食動物から逃れる必要がある為だと言われている。
この様に、これは進化の過程で獲得してきた生態であり、早く環境に適応する為に成長速度を早めた結果かもしれない。
逆に言えば、成長速度が非常に緩やかであれば、先程の人間の赤ん坊と野生動物の赤ん坊との違いの様に、何かを可能とする速度にも違いが生じてしまうが、その分、寿命も長くなるのである。
こうした事例などを参考に、肉体と精神のバランスを上手く取る為にも、エルフ族の成長速度は非常に緩やかになるように設計された訳であった。
同い年くらいにも関わらず、肉体的、精神的差異が現れたのはこの為なのである。
まぁ、それはともかく。
(ちなみに、後の世の時代に、アキトの仲間であるエルフ族のイーナがあえて歳の割に子供っぽい感じを装っていたのは、この精神と肉体のバランスを取る為である。
彼女は、所謂“精神的に早熟”であった為に、エルフ族の寿命の長さ故、後々それが肉体的、あるいは精神的に変調をきたす恐れがあったからである。
そこで彼女は、ティーネの祖父にして、“十賢者”の一人であったグレンに相談し、子供っぽい『演技』をする手法を授かったのである。
『演技』は、ある種の“自己暗示”に似た効果もある。
実際、殺人鬼を演じた演者が本物の殺人鬼になるケースはほとんどないが、逆に恋人を演じた者同士が、現実でも本当に恋人同士になる例には枚挙に暇がない。
この様に、エルフ族には、長命故の独自の対策などが伝わっていったものと考えられるのである。)
「あ〜い〜!」
「ギャッ!!!」
「ナイス、アルッ!」
だが彼は、まだ赤子同然とは言えど、『新人類』の中でも特に“魔素”に対する親和性の高さ故に、懲りずに獣人族の少年を追いかけているゴブリン達に、火の“精霊魔法”をお見舞いする。
当然ながら、仲間が火だるまになれば、他のゴブリン達も混乱する。
慌てて火を消そうとしたり、逆に距離を取ろうとしたり、少なくとも獣人族の少年を追い掛けていた事すら一瞬忘れてしまう事だろう。
元々分断されていた事もあって、この隙に鬼人族とドワーフ族の少年は、自分達の方にいたゴブリン達を片付けて、獣人族の少年を追い掛けていたゴブリン達を更に追い掛ける形となっていた。
所謂“挟み撃ち”である。
「ギィギィッ!?」
「ギャッギャッギャッ!!」
その事に、遅ればせながら気付いたゴブリン達は、慌てて逃げ出そうとする。
まぁ、逃げるというのならは、あえて追わないのも一つの手ではあるが、
「わりぃが逃さねぇ〜よっ!」
「また仲間でも連れて来られても厄介だからねっ!!」
幼いとは言えど、鬼人族とドワーフ族の少年は中々シビアな考え方を持っていた様である。
撤退を決め込むゴブリン達を追撃し、容赦なく全てのゴブリンを屠っていったのであった。
多少ひどいと思われるかもしれないが、これがある意味では最適解なのである。
何故ならば、ゴブリンには高い知性がない割にしつこいので、ここで一匹でも逃がせば、また仲間を引き連れて襲ってくる可能性が極めて高いからであった。
客観的に見れば両者の戦力差は明らかであるから、ただ闇雲に少年達を襲っても、軽く返り討ちが関の山である。
自分より強い者に策もなく挑むのは、ぶっちゃけて言うとアホのやる事である。
しかし、ゴブリン達にはそんな事を冷静に分析出来る頭がないので、無謀な特攻を敢行してしまう可能性が極めて高い。
それ故に、その場で全滅させてしまった方が、返って後の被害を最小に抑える事が可能となる事もあるのだ。
つまりこの少年達は、自分達が後々襲われたら面倒である、という理由と、ゴブリン達の被害を抑える為、という両方の理由もあって、追撃の手を緩めない、という選択肢を取った訳である。
子どもとは言えど自然と共に生きる、野生に近い生態を持つ『新人類』だからこその判断と言えるだろう。
と、
「ふぅ〜・・・。これで全部か?」
「だね。ゴブリンの一団は、これで全部だと思うよ。」
そうこうしている内に、二人の少年はゴブリン狩りを終えた様である。
その場には、彼ら以外に動く影は確認出来なかった。
全て、狩り尽くしたのであろう。
「ね、ねぇ〜、もう帰ろうよぉ〜。」
「バッカ、オメー、ここまで来たのに、まだそんな事言ってんのかよ?」
「覚悟を決めなよ、フリット。今更引き返しても、もう“施設の外に出た”っていう結果は変わらないよ?今更戻ったところで、ただただ怒られるだけになっちゃうじゃないか。」
「だーだー。」
獣人族の少年、フリットと呼ばれた少年は、“ケモ耳”をペタンとしながらそんな泣き言を言い始める。
いや、彼の潜在能力は、鬼人族とドワーフ族の少年にも勝るとも劣らないので、ぶっちゃけるとこの程度の難事など物の数ではない。
しかし、生来の優しすぎる性質故か、この4人の中では何をするにも及び腰になってしまうのである。
「どうせ怒られるんなら、何か収穫があった方がマシだろ?」
「そ、それはそうかもしれないけどさぁ〜・・・。」
「あいあい。」
「見ろ。アルなんかちっとも怖がってないぜ?」
「あーいー。」
「いや、もとはと言えばアルのせいなんじゃ・・・。」
「う、うぅ・・・。」
「こら、言い過ぎだぞ。」
「ああ、ごめんごめん。」
先程も述べた通り、アルと呼ばれたエルフ族はまだ見た目的にも精神的にも幼児くらいである。
故に、まだまだ言葉を話す事は出来ていないのであるが、やはり十年近く共に育ってきた事もあってか、三人の少年には、彼が何を言っているのか、何を感じているのかが分かる様であった。
「しかし、本当にあるのかなぁ〜?あ、いや、アルを疑ってる訳じゃないんだけど・・・。」
そうこうしている内に、すっかり諦めるムードに入ったフリットはそんな事を呟いた。
こちらも長い付き合いもあって、この三人には何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
「それを確かめる為にここまで来たんだろ?」
「ま、それはそうだけど・・・。」
「僕はあると思うなぁ〜。ってか、あって欲しい。もしかしたら、特別な鉱石かもしれないしさぁ〜。」
「でたよ。ヴェルの鉱石オタクが・・・。」
「違うぞ、アベル。僕は鉱石のオタクじゃない。色々な鉱石を使って加工品を作るのが好きなんだよ。」
「・・・違いが分からん。や、俺も細工は嫌いじゃないけどよ。」
「はいはい。もう分かったから、とりあえずこんなところにいないでさっさと移動しちゃおうよ。」
「何だよ、フリット。急にやる気になったのか?」
「違うよ。目的を果たせば君らも満足するだろ?そうなれば、さっさと帰る事が出来る訳だ。君らの強情っぷりは嫌と言うほど分かってるから、これが一番最善策なのさ。」
「なるほどね・・・。」
どうやらフリットは、一度覚悟さえ決めてしまえば、結構な胆力の持ち主である様である。
と、同時に、意外と頭も回る方なのかもしれない。
「で、アル。その“光る石”を見たってのは、こっちの方向で合ってるのかい?」
「あーいー。」
「だ、そうだよ。」
「んじゃま、先に進みますか。」
「だね。流石に日が暮れてしまうと、センセイ達に心配かけちゃうからねぇ〜。」
などと会話を交わしながら、この異種族混成の奇妙な四人組はどんどんと森の奥深くへと歩を進めるのであったーーー。
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