セシリア・シリウス
続きです。
◇◆◇
セシリア・シリウスは、マグヌス・シリウスのパートナー、つまりは妻であった。
ただ、それだけでなく、彼女には様々な立場が存在してもいたのである。
その中の一つが、“長老の娘”という肩書であった。
ちなみに、ラテス族の社会は、いくつかの集落に別れていた。
これは、元々の部族やグループの名残であり、まだ中央集権的な政治体制が出来上がっていなかった事もあった。
ラテス族全体の行方を決めるのも、各集落の代表が一同に介し、そこで話し合いで決める、という、議会制に近い形式なのである。
ある意味では、民主主義めいた体制だ。
ただ、だからと言って公平公正な訳でもなかった。
何故ならば、そこには微妙な力関係が存在していたからである。
以前にも言及した通り、今やラテス族の社会ではセルース人類が遺した『魔法技術』が大きな社会基盤となっているし、それ故に新技術の開発に成功した者達には大きなアドバンテージがあった。
言わば、“技術力の競争”である。
それ故に、『魔法研究家』の存在意義は大きいし、より優秀な『魔法研究家』を抱えている集団は、他の者達に対する発言力や影響力も大きくなっていくのである。
となれば、ラテス族随一の天才、かつ変わり者であるマグヌスが、ある種高嶺の花とも呼べる“長老の娘”という立場を持つセシリアと婚姻を結べたのも、そうした政治的な背景もあったのである。
まぁもっとも、彼らはそんな事関係なく、お互いに想い合っていた訳でもあるのだが。
まぁ、それはともかく。
ただ、そうした政治的は話とは別に、ラテス族の共通認識、かつ重要な使命の一つに、“神々”から託された『新人類』の育成、というものがあった。
これは、彼らにとっても難問であった。
当たり前だが、“神々”から託された存在をぞんざいに扱う事など出来ない。
所謂“孤児”を拾うのとは訳が違うのだ。
かと言って、先程も述べた通り、ラテス族には中央集権的な政治体制はまだ確立していなかったので、所謂“政府”が責任を持って面倒を見る、という事も出来ない状況だった。
そこで、各集落の代表者が、分散して面倒を見る、という結論に落ち着いたのである。
なんだかんだ言って、各代表者達が一番権力や資産を持っている=高い教育を受けさせる環境が整っているからであった。
とは言っても、各代表者にはそれなりにハードなスケジュールが存在するので、こうした事は結局は他の誰かが代行する事となる。
で、マグヌスらの集落においては、その代行者がセシリアであった訳である。
先程も述べた通り、“長老の娘”という血縁関係が存在するので、これはある意味で当然の帰結であろう。
つまりセシリアには、“マグヌスの妻”、“長老の娘”、の他に、“『新人類』の育ての親”という肩書が存在していたのであるがーーー。
・・・
「あっ!セシリアセンセイッ!」
「こんにちはぁ〜!!」
「はい、皆さん、こんにちは。今日も元気ですか?」
「うんっ!」
「元気だよぉ〜!」
集落の外れ、集団から隔離されるかの様に、とある施設が存在した。
ここは、言わば“孤児院”の様な場所だ。
ただ、その規模は一般的な“孤児院”とは比べ物にならないほど豪華であるし、環境や施設も高水準であったが。
これは、神々から託された『新人類』に対する配慮だった。
神々から託された以上、彼らをぞんざいに扱う選択肢はラテス族にはなかったし、それ故に自分達が持てる最高の環境で彼らを育てるべきだとの結論に達した為である。
もっとも、通常の人間種とは違い、他種族・異種族である彼ら『新人類』は、色々と性質や気質が違う面もある。
それ故に、彼らを育てる事は、通常の子育て以上の試行錯誤が必要でもあった。
こうした事もあって、下手にラテス族の一般社会の中で育てる事は困難である事もあって、まるで隔離施設の様な状況ともなってしまったのであるが。
具体的には、獣人族やエルフ族は、やはり自然豊かな場所を好む傾向にあるので、自然に近い方が落ち着くみたいだし、鬼人族はその脳筋染みた気質から身体を動かす事が大好きであり、やはり自然豊かな土地の方が何かと都合が良いのだ。
また、ドワーフ族に関しては、鬼人族と近しい気質も持ちつつ、研究や加工なんかも好きであるから、様々な材料が手に入りやすいこうした土地は、やはり環境としては好ましいのである。
「皆さんもご苦労さま。何か、問題はないかしら?」
「いえ、セシリア様。今のところ、大した問題はありませんよ。」
「・・・ですが、そろそろ彼らも、種族特性が現れてくる頃ですから、各々の環境に合わせる必要もあるかもしれませんね・・・。」
「ふむ、なるほど・・・。」
当然ながら、こうした施設を運用する以上、セシリアだけで回す事など不可能である。
そもそも彼女には、家庭もある事であるし。
故に、あくまで彼女の立場は、この施設の責任者、管理者という立ち位置であり、子ども達を実際に面倒見たり、教育を施したりするのは、他の職員達の役割であった。
一通り子ども達と戯れた後、現場の職員達とそんな会話を交わすセシリア。
人間種とは異なる彼らの育成は色々と手探りではあるものの、実はかすかなりとも資料などは遺されていたのであった。
これは、『新人類』の生みの親たるアスタルテの遺した物であった。
もちろん、全てが正確に分かっていた訳でもないのであるが、DNAを“組み合わせた”時に予測された性質だったり、実際に生育した時の記録(以前にも語った通り、最終的には彼らはソラテスらの手によって“擬似霊子力発生装置”のエネルギー要員となってしまったが、それ以前の構想では、彼らはセルース人類の新たなる器とする計画だったので、ある程度の生育はしていたのである。)などを彼女は遺していたのだ。
それが、彼女からハイドラスらへ、そして最終的にはラテス族に受け継がれた訳であった。
流石にハイドラスらも、全てをラテス族に丸投げした訳ではなかったのである。
まぁそれでも、ラテス族が大変な事には変わりないのであるが。
「そちらに関しては私の方で対応を考えますわ。他には?」
「分かりました。いえ、それ以外は特に・・・。」
「そう。何か問題があればすぐに報告して下さいね。細かい事でも結構ですので。」
「分かりました。」
だが、幸いな事に、今のところ大きな問題は出ていなかったようである。
セシリアは内心ホッとしつつ、報告を受けた事を頭の片隅に記憶するのだった。
「えぇ〜、セシリアセンセイ、もう帰っちゃうのぉ〜?」
「センセイは忙しいんだよ。ワガママ言わないのっ!」
「そりゃそうだろ〜けどさぁ〜・・・。」
「ほらほら、ケンカしないの。」
「ごめんね、皆さん。今度はゆっくりと時間を作るわ。」
「はぁ〜い!」
「やくそくだよぉ〜?」
「ええ、約束ね。」
子どもは意外と敏感なものだ。
セシリアが帰るような雰囲気を察して、そんなワガママを言い出した。
まぁ、それだけ慕われている、という事でもあるが、本音を言えば、親という存在がいない以上、やはり寂しい想いがあるのかもしれない。
もちろん、職員達が親代わりであるし、仲間も存在するのだが、事“母性”というものをセシリアに感じているのかもしれない。
「ああ、そうだわ。今度は、マグヌスも連れて来るわよ。どう?」
「マグヌスにぃーちゃんかぁ・・・。」
「いいんじゃない?また、変な発明を見せてもらおうよ。」
「今度はバクハツ、しない、よね?」
「ダイジョーブじゃない?それに、万が一バクハツしても、マグヌスにぃーちゃんの頭がスゴい事になるだけだしねぇ〜!」
どうやらマグヌスは、子ども達にとっても変わり者という認識の様であった。
もっとも、そこにはマイナスの感情はなく、面白いにぃーちゃん、というある種のオモチャ扱いの様でもあるが。
最後にそんな約束をし、別れの寂しさを忘れた子ども達に安堵しつつ、セシリアはその場を辞したのであったーーー。
◇◆◇
マグヌスが『魔法技術』をラテス族以外の他のアクエラ人達にも広く普及させるべきである、という考え方に至ったのは、実はこのセシリアとの出会いがあったからであった。
セシリアと出会う以前のマグヌスは、これは他の多くの『魔法研究家』と同様に、どちらかと言えば自身の名誉などの為に研究に勤しんでいた側面があったのである。
もちろん、以前にも述べた“魔法オタク”、“セルース人類オタク”という面は、元々持っていたのであるが。
では、そんな彼が、何故その様な心変わりをしたのかと言えば、ここでセシリアと『新人類』との関わりが影響してくる。
セシリアに出会う以前のマグヌスは、こちらも多くのラテス族と同様で、自分達は神々に選ばれた民族である、というある種の『選民思想』に毒されつつあったのである。
つまり、自分達以外の民族、種族を、無意識に下に見ていたのであった。
だが、『新人類』という、そもそも人間種とも別の種族である彼らを、別け隔てする事なく愛情を注いで接するセシリアを見てから(もっとも、彼女にとってはある意味使命でもあったのだが)自身の考え方に疑問を抱く様になったのである。
民族や種族による上下などなく、皆平等に『魔法技術』によって幸福になっても良いのではないか?、と。
まぁこれは、セシリアに惚れてしまったが故の多少いやらしい男心があった事も否定はしない。
惚れた相手には、なるべく良い格好を見せたいものだからである。
しかし、始まりがどうかはともかくとして、それが後にマグヌスの大きな研究テーマとなっていったのであった。
すなわち、ラテス族以外の民族、種族達にも、『魔法技術』の恩恵をもたらす事、であった。
ただ、やはり『魔法技術』そのものの流出はラテス族全体からの反発は予測出来たので(当然ながら技術力の流出は、ラテス族の優位性や存在意義そのものを危うくする危険性があったからである)、別アプローチとして、“発明品”によってそれを実現出来ないか、と徐々にシフトしていったのである。
それが、他の『魔法研究家』が見切りをつけた禁足地である、旧・セルース人類の拠点に足しげく通う理由であり、それによって生み出された副次的効果が、ラテス族の『魔法技術』を引き上げる事となった事で、マグヌスの評価も上がっていったのである。
人との出会いが人生を左右する事の、ある意味好例であろう。
で、最終的にはセシリアのハートを見事に射止め、二人は婚姻を結ぶ運びになったのである。
これは以前にも言及した通り、ラテス族の社会では『魔法研究家』の社会的スタータスが高かった事、プラスセシリアとの出会いを経て、非常に優秀な『魔法研究家』へと成長した事による、ある種の囲い込みという政治的背景もあったのだが。
こうしてマグヌスは、より一層、“魔法研究”に没頭していったのであった。
もっとも、そうした自分独自の考え方が他のラテス族に受け入れられない事もマグヌスは分かっていた。
かつて自分も、同じ様な考え方を持っていたのだから当然と言えば当然だが。
それ故に、元々自分が人付き合いが悪かった事を逆に利用して、他の『魔法研究家』達から距離を置いたのであった。
まぁその事が、他の『魔法研究家』達との間に軋轢を生む要因となってしまったのだが。
まぁ、それはともかく。
そして現在は、セルース人類が遺していった原動機の研究に勤しんでいた訳であるがーーー。
・・・
原動機とは、自然界に存在する様々なエネルギーを機械的な仕事(力学的エネルギー)に変換する機械・装置の総称である。
古来より人類は、風力や水力を利用してきた。
後にタービンや内燃機関へと進化していき、広く普及していったのである。
もちろん、これはあくまで“地球”の話であったが、地球以上の技術力をもったセルース人類にも、この“原動機”という概念は存在していたのであった。
もっとも、セルース人類にとっては、今更原動機など使い古された技術にしか過ぎない。
それ故、逆に文明のそこまで進化していなかったこの惑星においては重宝されていたのであった。
自分の持つ技術の流出を抑えられるし、“霊子力エネルギー”という夢のエネルギーを獲得していたセルース人類にとっては、惑星環境に与える影響も軽微だったからである。
(温暖化の一番の要因は、二酸化炭素の排出量が増加した事によるものだ。
材木や石炭、石油などを燃やす事による火力発電は、大きなエネルギーを得られると共に、二酸化炭素の排出量を一気に増やした要因でもある。
だが、“霊子力エネルギー”は、人の持つ『霊魂』からエネルギーを抽出しているので、当然ながら二酸化炭素を排出しない。
セルース人類が使っていた原動機そのものは、電気で動くタイプであったから、こちらも二酸化炭素を排出しない。
故に、この惑星に与える影響は軽微だった訳である。)
で、それがまわりまわってマグヌスのもとへと転がり込んだ訳であるが、ここで問題が生じた。
当然ながらこの世界には、まだ“電気”という概念が存在しなかったのである。
先程も述べた通り、マグヌスが手に入れた原動機は、電気の力によって動くタイプである。
もちろん、『魔法技術』を使えば電気を発生させる事は可能であったが(実際、マグヌスもそれによってセシリアに動かしてみせたのである。)、彼が目指していたのは、『魔法技術』を前提としない発明であるから、それでは意味がなかったのである。
まぁ仮に、コイルと磁石による電気の発生、という科学的な発見をする事でもあれば、また別側面でこの世界の技術は発展していったかもしれないが、あくまで彼らが持っているか知識のベースは『魔法技術』であるから、彼が考えたのは、“魔素”を利用して上手く電気を作れないか?、という方向だったーーー。
・・・
「う〜ん・・・。やはり神々の遺した資料にも、そんな都合の良い物はないかなぁ〜・・・?」
マグヌスは今、彼の研究室にて膨大な量の資料と格闘していた。
全て全自動で動く装置。
そんな夢の装置を作る為には、『魔法技術』を自動で発現する装置が不可欠だったからである。
後の時代のアキトやリリアンヌらが、魔石(“魔素”を引き寄せる性質のある特殊な石)や『刻印魔法』によって、『魔素結界炉』という原動機を発明しているが、この時代には魔石はまだ発見されていないし、セルース人類すらも、その存在を認知していなかったのである。(あくまで彼らも、『魔法技術』に関してはそこまで深く研究が進められていなかった為である。)
神々(セルース人類)の遺した資料なら、何かしらのヒントがあるのではないかと思っていたマグヌスからしたら、落胆が大きかったのも無理からぬ話であろう。
コンコン。
「・・・ん?」
と、研究に行き詰まっていたマグヌスの研究室をノックする音が聞こえた。
ガチャ。
「マグヌス、今、いいかしら?」
「あ、ああ、もちろんだよ。」
そこに顔をのぞかせたのは、当然ながらセシリアであった。
争い事でもあったのか、という荒れ果てた惨状の室内を一瞥しつつ、セシリアはこう切り出した。
「研究は捗ってるかしら?」
「あ、いや、それが少し、いや、かなり行き詰まっていてね・・・。」
「・・・そのようね。」
室内の様子を見ればそれはすぐに分かったのか、セシリアは頷いた。
それに、少しバツの悪そうな表情を浮かべたマグヌスは、慌てて話題を切り替えた。
「そ、それで?何か用事だった?」
「ああ、その事なのだけどね。」
「うんうん。」
「今日も“子ども達”に会ってきたのだけど、その時に約束をしちゃったのよ。」
「約束?」
当然、“子ども達”というのが誰を指した言葉であるかを理解していたマグヌスは、話の腰を折るでもなくそう続けた。
「そう。今度、貴方を連れてくるわ、って。」
「・・・ああ。」
そこまで聞いて、マグヌスは全てを察した。
つまりセシリアは、そのお誘いにやって来た、という事であった。
「それで、どうかしら?」
「そうだね・・・。」
しばしマグヌスは考えた。
ぶっちゃけて言えば、彼の職業的には時間はいくらでも作れる。
もちろん、研究が佳境に入っていたタイミングであれば、なるべくそちらに没頭したい事だろうが、今は完全に行き詰まっている状況であった。
それ故に、気分転換も兼ねて“子ども達”と触れ合うのも、これは悪い選択肢ではなかった。
おそらくそれを理解していたからか、セシリアも研究の進捗を聞いたのであろう。
「OK。僕ならいつでもいいよ。また行く時には声をかけてくれよ。」
「そう。分かったわ。」
それ故に、マグヌスはそう答えたのである。
それに、セシリアもホッとした表情で頷き、一言二言話して、彼の研究室を辞していった。
「“子ども達”、か・・・。そういえば彼らは、“魔素”に高い適正を持っている子達が多かったなぁ〜・・・。」
セシリアで出ていった後、ふとそんな事を思い出していたマグヌスはそんな事を呟いた。
まぁ、彼らが創られた経緯を知っていれば、それも当然と言えば当然である。
彼ら『新人類』は、セルース人類が自らの古くなった肉体を捨て去り、新たなる器として用意した存在だからである。
それ故に、“魔素”に高い適正を持ち、身体能力も人間種を大きく上回る様に設計されていたのであった。
だが、マグヌスにとってはそれは知り得ない情報であるし、重要なのはそこではなかった。
つまり彼らは、ラテス族とも、他の部族とも異なる独自の魔法体系を持っている可能性が高く、それはもしかしたら、マグヌスらの持つ『魔法技術』を更に高めるヒントが隠されているかもしれない、という点の方だった。
そこまで考えて、ハッとマグヌスは思った。
もしかしたら、この時の為に神々は自分達ラテス族に彼らを託したのではないか、と。
もちろん、それはただの誤解だ。
そこまで深い狙いがハイドラスらにあった訳じゃないし、何なら面倒事を丸投げした、というのが正しい認識であったが、彼らが遺した『魔法技術』に加え、別側面で魔法体系を持つ存在を預けられた身から見れば、そこに大きな意味があるのではないか?、と思ったとしても不思議な話ではなかったのである。
そしてそれは、結果として研究に行き詰まっていたマグヌスに、新たなる発見をもたらした訳であったがーーー。
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