マグヌス・シリウス
続きです。
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意外と思われるかもしれないが、セルース人類はかなりしっかりとしたリサイクル・リユースの精神を持ち合わせていた。
これは、『資源戦争』を経て、自らの母星である惑星セルースに壊滅的な被害をもたらした為、それによって新たに資源を獲得する事が困難になってしまったからである。
新たなる資源、資材がないのであれば、既存の物を使い回すしかない。
それ故に、『資源戦争』後のセルース人類は、リサイクル・リユース技術を伸ばしていった背景があるのである。
実際、『霊子力エネルギー』に関しても、資源を必要としないエネルギーの研究、すなわち『再生可能エネルギー』の発想から始まっていた。
まぁ、その結果は中々に非人道的なものでもあったが、ぶっちゃけるとセルース人類全体の滅亡に比べたら、一部の“能力者”達が不当な扱いを受ける程度でそれが回避出来るのであれば、そうした方が良い、という考え方もあったのであるが。
まぁ、それはともかく。
その後、『霊子力エネルギー』を獲得し、セルース星系の他の惑星に進出した事によって、ある程度は資源を獲得する手段を得られたのであるが、しかし一方で、一度染み付いた生き方、考え方が無くなる事もなかったのである。
まぁそもそも、“宇宙で生きる”という事は、どけだけ上手く循環させるか、がキモになってくる。
かつての大量生産、大量消費を繰り返していれば、すぐに頭打ちになってしまうからである。
それ故にセルース人類は、このリサイクル・リユースの精神を大事にしていたのであった。
それはもちろん、この惑星に来てからも変わらなかったのである。
そもそもソラテスらがこの惑星を管理しようとしたキッカケも、このまだ汚れていない美しい惑星の環境保全の為、であった。
まぁそれが、マギによる“洗脳”もあっておかしな事になってしまった訳ではあるが、一度失ってしまったセルース人類だからこそ、こうした精神が失われる事はなかったのかもしれない。
で、それは当然ながらハイドラスらも同様だったのである。
それ故に、もちろん技術の流出を恐れた事もあるのであるが、ソラテスらの暴走後、一時的にこの惑星を去るにあたって、彼らが築いた拠点から大まかな物品などは全て回収していたのであった。
とは言っても、流石に全部を持ち出した訳でもないし、そもそもこの惑星から得られた資源などもあったので、彼らが持ち出したのはあくまで彼らにとって“重要な物”だった訳であるが、しかしアクエラ人類にとっては、彼らが遺した一見大したものでもなくとも、そこにはとてつもない価値や発見もあるかもしれない訳でーーー。
・・・
「おぉい!セシリアッ!!」
「あら、お帰りなさい、マグヌス。どうしたの、そんなに慌てて?」
歳の頃、二十代半ば、やや痩せ型の色白の青年が息を切らせながら部屋に飛び込んできた。
それを迎え入れたのは、こちらも二十代半ばほどのおっとりとした金髪碧眼の美女であり、その様子は特に驚いた感じでもなかった。
おそらく、これが彼らにとっては日常なのであろう。
あくまでのほほ〜んとした、セシリアと呼ばれた女性とは対象的に、マグヌスと呼ばれた青年は興奮冷めやらぬ様子でこう告げた。
「見つけた、見つけたんだよっ!今度こそ、私達ラテス族の『魔法技術』を更に発展させるだろう、画期的な遺物をねっ!!!」
「・・・そう。」
彼、マグヌス・シリウスは優秀な『魔法研究家』であった。
・・・あったが、それ以上に“変わり者”としても有名であった。
まぁ、“馬鹿と天才は紙一重”、とも言われるのでそれ自体は彼にとっては不名誉な称号ではなかったのかもしれないが。
ちなみに『魔法研究家』とは、アクエラ人類が元々持っていた『魔法技術』や、セルース人類が開発した『魔法技術』を研究し、新たなる『魔法技術』を生み出す為に生まれた、所謂“専門職”である。
『魔法研究家』の存在があったからこそ、セルース人類から継承された様々な技術があったとは言えど、今日のラテス族の発展に大きく貢献したと言っても過言ではなかった。
当たり前だが、“技術”というのはただ持っているだけではなく、それをいかに上手く扱えるか、いかに伸ばしていけるかが重要となってくる。
つまり、その技術がどんなものかを理解し、それを上手く利用する方法が確立してこそ、真の意味で“技術”を活かす事が出来るのである。
そうした意味では、ラテス族にとって『魔法研究家』の存在意義は非常に大きく、所謂“社会的地位”もかなりのものとなっていたのであった。
まぁ、それはともかく。
そんな中にあって、彼、マグヌスが優秀であり、なおかつ変わり者と認識されていたのは、彼が所謂“魔法オタク”、いや、もっと言ってしまえば“セルース人オタク”だったからであった。
以前にも言及した通り、彼らラテス族が居住している場所は、元々は草木も生えない不毛の地であったが、そこにセルース人類が緑化再生を施した事で自然豊かな土地へと様変わりしている。
ただ、あくまでそれはセルース人類のおこぼれを預かっただけに過ぎないのであるが。
つまり何が言いたいかと言うと、彼らが住まう土地は、セルース人類が地上に拠点を築いた場所からかなり近い場所である、という事である。
もっとも、セルース人類は、同時にラテス族にとって信仰の対象でもあったので、彼らが居住していた土地に無闇に立ち入る事は憚れた。
それに、セルース人類とて魔獣やモンスターの脅威は承知していたので、外敵に対するセキュリティはしっかりと施していたのである。
当然ながらこれは、人間にも有効であった。
故に、いくらラテス族と言えど、セルース人類がかつて住んでいた土地に入る事は、一般的には不可能であったのだ。
ただし、何事にも例外はあるものだ。
本来ならば、このセキュリティを突破する為には、正式な鍵、所謂“セキュリティパス”が必要となるのであるが、『魔法技術』を活用すれば、それらがなくとも侵入する事が可能なのである。
もちろん、先程も言及した通り、ラテス族にとってその場所はある意味“聖地”の様な場所であるから、一般的には入ってはいけない場所(禁足地)となっているが、ただし『魔法研究家』だけは、もちろん危険は伴うのであるが、入る事を容認されていたのである。
何故ならば、今やラテス族にとって『魔法技術』は非常に重要な立ち位置にあるし、このセルース人類の拠点にはその『魔法技術』を更に発展させるヒントが眠っている可能性があるかもしれないからである。
ただ、先程も述べた通り、セルース人類は徹底したリサイクル・リユースの精神を持っていたし、自らの持つ高度な技術がアクエラ人類に流出する事の危険性も理解していたので、その場所に残っていたのは、ガワである建物と、ほとんどガラクタ同然の物くらいであった。
故に、マグヌス以外の『魔法研究家』は、今やこの場所に入る事はほとんどなくなっていたのである。
その中にあってマグヌスだけは、あいかわらず定期的にその場所に入っては研究を続けていたのであった。
ほとんどの者達が“無駄である”、とすでに見切りをつける中でのその行動は、周囲が彼を“変わり者”と認識させるには十分過ぎる理由であろう。
しかし、その一見無駄とも思える彼の研究によって、ラテス族の『魔法技術』のレベルが引き上がっているのもまた事実なのであった。
では、何故彼が、それほどの功績をあげられたのかと言うとーーー。
「コイツを見てくれっ!!!」
「・・・何、その丸っこい箱?、みたいな物は?」
「僕にも分からんっ!!」
「・・・。」
自信満々にそうのたまうマグヌスに、慣れているとは言えど流石のセシリアと呼ばれた女性も呆れた様に彼を見返した。
「た、確かにこの使用用途は分からんが、重要なのはそこではないんだよ、セシリアッ!」
「はぁ・・・。」
流石にセシリアの冷たい視線は痛かったのか、取り繕う様にマグヌスは続けた。
「これにこうすると・・・。」
ブブブッ!
「動いた、わね・・・。」
「どうだい!?凄いよねっ!?」
「はぁ・・・。」
セシリアの正直な感想を言葉にすれば、“だからどうした?”であるが、マグヌスからしたらこれは画期的な発見であった。
「分からないかいっ!?つまりこれを解析すれば、僕達の生活が更に豊かになる可能性があるんだよっ!」
「・・・と、言うと?」
「さっきも言ったけど、これの使用用途は正直僕にも分からない。分からないけど、この“自動で動く”ってところの方が重要なのさ。もしこの動力を解明出来て、僕達なりに再現出来れば、色んな事に応用が可能となるんだよ。例えば、水を汲む、とかね。」
「なるほどね・・・。けど、そんな事しなくても、『魔法技術』があれば水なんていくらでも生み出せるでしょ?」
「それはそうだけど、さっきも言った通り、これの大きなところは、“自動で動く”ってところさ。『魔法技術』は確かに便利だけど、要は僕達が一々操作しなければならない。しかも、『魔法技術』を学ぶ為には、それなりの期間を費やす必要もある。けどこれは、使い方され学べば、誰でも使えるんだよ!」
「ふむ・・・。」
ラテス族にとって、今や『魔法技術』は一般的なものとなっている。
故に、それを前提として考える事もある種一般的になっていたが、マグヌスは常々この『魔法技術』を使えない人にもその恩恵をもたらせないか、という考え方を持っていたのである。
ある種、ラテス族としては異端である考え方であった。
ただ、だからこそ、通常とは違う視点を持てていた部分も存在するのであった。
「・・・何となく言いたい事は分かったわ。つまりこれは、その第一歩になる可能性がある、って事ね?」
「その通りさっ!・・・ただ、問題もあってね。今のところこれは、ある特定の“魔法”を使わないと動作しないんだよ。」
「・・・それじゃあ意味ないわね。」
「いやいや、諦めるのはまだ早いさ。それに、まずはこれの原理を解明しない事には始まらないしね。・・・と、言う訳だから、僕はしばらくこれの研究をする事とするよっ!」
「はいはい。」
新しいおもちゃを見付けた様なマグヌスの表情に、若干呆れながらもセシリアは彼に手を振るのだったーーー。
マグヌスが発見した代物。
それは、何の変哲もないただの原動機だった。
おそらく、何かの家電に使われていた物であろう。
しかし、もはやセルース人類にとっては大した技術ではなかったとしても、科学技術自体がまだ存在しないこの世界の住人にとっては大きな発見なのであった。
(故に、地上を去ったハイドラス達も、これを見過ごす事となってしまったのである。
いくらリサイクル・リユース精神が根付いているとは言っても、“日用品”まで徹底的に回収した訳ではないからだ。
それに、この地に拠点を築いていたのはあくまでソラテスであり、ハイドラス達ではなかった事もこうした細かい点を取りこぼした理由かもしれないが。)
もちろん『魔法技術』という、利便性においてはセルース人類が持っていた科学技術すら凌駕する可能性のある技術をラテス族は持ち合わせていたが、それもマグヌスも言及していた通り、あくまで“個人”の技術としての側面が大きい。
科学技術の優れた点は、これは以前にも言及したが、“誰にでも扱える点”である。
こうした細かい視点や考え方の差異によって、他の『魔法研究家』が見過ごした物を、マグヌスは見付ける事が出来たのである。
そして回り回ってその事が、彼を優秀な『魔法研究家』たらしてる理由でもあり、なおかつ誰も見向きもしなかった代物を後生大事にするからこそ、彼が“変わり者”と呼ばれる所以でもあるのであるがーーー。
・・・
「またマグヌスの奴、“変な物”を見付けて来たみたいだな。他の『魔法研究家』みたいに、神々の文献や資料でも見付けてくりゃいいのによ。」
「いやいや、バカには出来ねぇよ。奴はこれまで、その“変な物”で数々の新発見や新発明をしてるんだからよ。」
「ま、そうなんだがな・・・。」
マグヌスの近所に住む者達は、大慌てで帰宅したマグヌスの様子を遠巻きに見ていたのか、畑仕事の休憩中にそんな会話を交わしていた。
ラテス族が他の部族や民族に比べて発展していると言っても、当然ながらこうしたところは案外普通であった。
まぁ、“農耕技術”そのものがある意味大きな発明であるから、彼らの様な農業従事者の存在が、ラテス族の社会を支えている訳でもあったが。
しかし、先程も述べた通り、ラテス族は一般的にも『魔法技術』が普及していたので、彼らの様な農業従事者と言えど『魔法技術』を扱うし、一般的に想像する“農作業”とはかなり異なっていた。
またそれもあって、『魔法研究家』が新たに生み出す技術は、彼らの仕事や生活にも大きく関わる事もあり、『魔法研究家』に対する注目度も高いのである。
まぁそもそも、家の近所に、自分達にとっても身近な『魔法技術』を研究する存在が居て、なおかつそれが有名な“変わり者”ともなれば、嫌でも話題にあがる、というものかもしれないが。
「しっかし、セシリアも気苦労が絶えないよなぁ〜。奴にもう少し社交性があれば、大研究者の奥さん、なんだけどなぁ〜。」
「ま、それが分かった上でくっついてるからな。俺等がとやかく言う事じゃねぇさ。だが、お前さんの言う通り、もうちっと立ち回り方ぐらいは学ぶべきだろうな。奴を目の敵にしてるヤツも多い、って噂さ。」
「やっぱそうなのかぁ〜。ま、悪いヤツじゃねぇんだけどよぉ〜・・・。」
「まあな・・・。」
実はマグヌスは、『魔法研究家』達の間では評判が悪かった。
いや、彼が優秀なのはこれまで語ってきた通りだが、しかし、ここら辺は人の心理、というやつである。
マグヌスは人付き合いが極端に下手であった。
いや、研究家なんだから研究さえ優れていれば良い、と思われるかもしれないが、そうも行かないのが集団というものなのである。
ここら辺は、向こうの世界の企業なんかでもよく見られる事ではあるが、優秀な者達が必ずしも報われている訳ではないのだ。
逆に、大した才能も持っていないのに、コミュニケーション能力が優れているが為に、上から重宝される、なんて事例もある。
もちろん、集団をまとめ上げる上では、所謂“緩衝材”の役割を果たす者達も時には必要なのであるが、他方ではある種の集団圧力だったり、同調圧力だったりもする。
そうした意味では、『魔法研究家』達のコミュニティに馴染もうとしないマグヌスは、ある種の“はみ出し者”なのである。
集団においてはこうした者は、よく目の敵にされるものなのであった。
また、それらも含めて、マグヌスの才能に嫉妬していた側面もある。
自分達に出来ない事を平然とやってのけるマグヌスに、ある種の“やっかみ”を感じていたのだ。
逆に言えば、マグヌスを羨ましいと思っている事の裏返しでもあるのだが、強力な光が逆に影を濃くしてしまう様に、努力すれば努力するほど、自分達と彼の差を思い知らされる結果となってしまったのである。
そうなると、逆に彼を憎む様になる。
“魔法研究”という分野で勝てないのであれば、別の方法で自分達の自尊心を保とうとするのである。
それが、マグヌスが『魔法研究家』達からの評判が悪い理由であった。
“彼、研究は凄いけど、人付き合いは、ねぇ〜・・・。”
と、言う事である。
これは、アキトが前世で経験した事とも似通った話だったりする。
自分以上に優れた才能を持っていたアキトに、“自分も努力する”、という至極真っ当な答えに行き着くのではなく、“相手の足を引っ張る”という外道な考え方に行き着く辺り、結果、アキトにサッカーを諦めさせた元・チームメイトと彼ら『魔法研究家』達の精神性は似通っていたのであろう。
その後、アキトに関しては危うい部分も存在しながら、対話やコミュニケーションを重要視し、あえて目立たぬ様に自分の実力を押し隠す術も身に付けて、社会人としてやっていく事が出来ていたが、マグヌスに関してはそうした人々の心理にとことん無頓着だったのであった。
そうした彼の気質を、周囲の者達は危惧していたのである。
いずれ、『魔法研究家』のグループとの軋轢や対立を生み出すのではないか?、と。
先程も述べた通り、彼らにとっても、『魔法技術』の利便性が更に向上する事は歓迎すべき事態であるから、理想を言えば、手に手を取り合って仲良く出来れば良いのだが・・・、そうは上手く行かないのが人々の社会、というものなのかもしれない。
もっとも、彼らの懸念が現実になる事はなかった。
これは、ヴァニタスが暗躍していた事もあったのだが、それともう一つ。
彼には、セシリアというパートナーがいたからであったーーー。
「ま、それに関しても俺等がとやかく言うこっちゃねぇわな。あの二人なら何とかすんだろ。長老もいる事だしな。」
「そうだなぁ〜。さて、んじゃまぁ、畑仕事を再開するとしますかねぇ〜。」
「そうだな。あ、ってか、そういや、“神々の子ども達”は、今はどんな状況なんだ?」
「さてねぇ〜?彼らに関しては、俺等一般人とは関わりがほとんどねぇ〜からなぁ〜。今度、セシリアにでも聞いてみるか?」
「あ、いや、別にそこまでする事でもねぇだろ。特に問題がなけりゃそれでいいしな。」
「だな。“触らぬ神に祟りなし”、ってな。」
「ああ。」
最後に彼らは、そんな雑談を交わした後、各々の仕事に戻っていったのであったーーー。
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