さらばアクエラ
続きです。
当たり前だが、どれほどの賢人・知者であっても、未来を見通す事は難しい。
何故ならば、未来への選択肢は無限に存在するからである。
もちろん、ある程度の流れを予測する事は可能だし、限界突破を果した“能力者”、特にハイドラスの知性はすでに神性の域に達しているので、ある程度の未来予知、予言めいた事も可能であったが、しかしそんなものは、イレギュラーがあればすぐに崩壊してしまう程度のものでもあった。
それだけ、“未来”とは非常に不明瞭で不確かなものなのである。
それを理解していたからこそ、ハイドラスはソラテスらの野望を否定した訳である。
“完全なる管理”。
確かに、それが実現出来れば、少なくともこの惑星に理想的な世界を築く事が出来るかもしれない。
しかし、先程も述べた通り、未来なんてものは、ちょっとした選択肢によって容易にその姿を変えてしまうものである。
故に、仮に“アドウェナ・アウィス”の遺産であるスーパー人工知能であるマギが君臨し続けたとしても、それはほぼ実現不可能なのである。
また、優れた知性を持ち主であり、先程も述べた通り、今や未来予知めいた事や、予言めいた事も可能としていたハイドラスではあったが、そんな彼を持ってしても、この惑星の未来がどの様な形となるのかは不透明であった。
それ故に、改めて“仕切り直し”する事で、未来への展望をより分かりやすくしようとしたのかもしれない。
だが残念な事に、この時点での“能力者”達は、確かに限界突破を果たして神性の域に達していたとは言えど、まだその力を扱いきれていなかったし、そうした自覚もなかった。
だから、同じく神性の存在であるヴァニタスが生まれた事も、またその彼が密かに暗躍を始めた事も、彼らは見過ごす事となってしまったのであったーーー。
◇◆◇
「何もアスタルテを“幽閉”する事はなかったんじゃないか?」
「致し方ないさ。本人たっての希望だったからな。・・・それに、彼女が一時的にでも、ソラテスらと結託していた事もまた事実だ。まぁ、彼女の存在がなければ我々が行動を起こす事も遅くなっただろうから、そうした意味では減刑されて然るべきだ、とは私も思うんだがな・・・。」
セレウスとハイドラスは、『エストレヤの船』内にてそんな会話を交わしていた。
ソラテスらの“幽閉”処分は、すでにくだされていた。
首謀者であるソラテス(とマギ)は、この惑星の海中深くに封印。
ソラテスの仲間達(超越者達)は、ネモの監視のもと、『新人類』、すなわちアスタルテが生み出し、本来はセルース人類の新たなる器として、後に“疑似霊子力発生装置”を動かす為のエネルギー源として利用された異種族・他種族の代わりに、『エストレヤの船』にて半永久的に“コールドスリープ”される事となった。
これは、マギによる洗脳が解く為でもある。
以前にも言及した通り、今やセルース人類は(この広い宇宙の中に散らばっているとは言えど)実質的に彼らのみとなっている。
故に、無闇に処分をくだすのは目覚めが悪いし、そもそもマギによる洗脳と、ソラテスによる扇動があった事もまた事実であるから、この程度の処分で所謂“落としどころ”としたのである。
“半永久的に”、というのは、あくまでマギによる洗脳が解ければ、再び開放する事もありうるからである。
もっともネモによれば、一度精神に直接作用し、なおかつ“超越者”として強制的に目覚めた者達は、それをするのが非常に困難であるらしいが。
また、ソラテス(とマギ)については、その制限が超越者達よりも厳しい。
ネモによれば、ソラテスは超越者としてだけでなく、ある種の信仰を受ける立場となってしまった結果、神格化され、そのまま放っておけば、いずれ“本物の神”になってしまう恐れがあったからである。
(もちろん、この時点でのハイドラスを含めた“能力者”達は、自分達も限界突破を果した身とは言えど、“神”というものをハッキリとは理解していなかったのだが。
故に、あくまである種のアイコンとしての危険性だと判断していた。)
彼らについては、完全に外界から引き離す必要があった。
そうした訳で、ソラテス(とマギ)だけは、海中深く、という、ある意味でもっとも遠い場所へと“幽閉”される事となったのであった。
で、二人の会話にもあったのだが、これによって“神話大戦”の事後処理はある程度終わった訳であったが、ここで残ったのが、アスタルテの処分をどうするのか?、という事であった。
評議会においても、これは意見の分かれるところであった。
確かに彼女が、ソラテスらと共謀したのも事実ではあるが、他方で彼女の裏切りがなければ、そもそもハイドラスらが素早く動けなかった可能性が非常に高い事もまた事実であったからである。
そんな訳で、非常に繊細で難しい彼女の問題は後回しにして、ソラテスらの幽閉処分がくだったのであるが、そうしてようやく一区切り、というタイミングで、彼女自身から直接申し出があったのである。
“自分も彼らと同様に幽閉して欲しい。”、と。
さて困ったのは評議会の者達である。
先程も述べた通り、彼女の場合は判断が難しいからである。
“彼女がソラテスらと共謀したのは事実だから、彼女の言う通り、彼らと同じ処分をくだすべきでは?”
とする意見がある一方で、
“彼女の裏切りなくしては今の結果はない。故に、もっと軽めの処分で済ませるべきだ。”
との意見に二分されたのである。
意見の対立は、いずれ争いのもととなりかねない。
それを懸念したハイドラスは、アスタルテ本人にその真意を問いただす事とした。
そして語られたのは、彼女自身の“罪の意識”であった。
以前にも言及した通り、アスタルテ本人もマギの洗脳を受けていた。
もっともこれは、こちらも以前にも言及した通り、本人の人格を書き換える様なものではなく、あくまで倫理観や道徳観など、人としての感情の一部を欠落させる、あるいは薄れさせる程度のものであったが。
しかしこれは、やはり大きな効果をもたらす結果となった。
良識とも呼べる部分が希薄になってしまった事で、結果この惑星の管理、という名目の支配に舵を切ってしまったからである。
もちろん、マギの洗脳がなかったとしても、(これは地球でも見られる事であるが)“支援”という名目で最終的に所謂“発展途上国”を実質的に支配下に置く事はあり得るかもしれないので、そうした意味では、マギによる洗脳が全て悪い、という事ではなく、元々そうした意識や欲望を持っていた事自体が問題であったのだが。
まぁ、それはともかく。
しかしアスタルテは、結果自力でその洗脳から脱する事となった。
皮肉にもそれは、自らが産み出してしまった過ちである『新人類』が、非人道的で不当な扱いを受けた事によって芽生えた“母としての愛”故の事でもあった。
そして、それ自体は、ハイドラスらがソラテスらに打ち勝った事で、彼らは無事開放される事となったが。
だがしかし、マギの洗脳から脱した事によって、彼女は人としての良識をも取り戻す事となってしまったのである。
セルース人類にとっても、倫理観や道徳観の観点から、新たなる生命を創造する事はある種のタブーとなっていた。
しかし図らずも彼女は、マギの洗脳を受けた事によって、そのタブーを犯してしまった訳である。
仮にアスタルテが正気に戻ったとして、そして自身がやってしまった事を改めて自覚したとしたら、それは当然ながら罪の意識が芽生えたとしても不思議な話ではないだろう。
しかも当たり前だが、一度出てしまった結果を、なかった事には出来ない。
その事実が、彼女に重くのしかかる事となってしまったのである。
だからこそ、彼女は自分自身も処分を受ける事を望んだのである。
これは、ある意味で彼女自身が心の均衡を保つ為には必要な事だったのであろう。
もちろん、マギによる洗脳が原因の一つでもある、と擁護する声もあったが、仮に自分に意識がなく、操られるままに殺人を犯した者がいたとして、その者が正気に戻ったとしたら、その者はその結果をどう受け止めるか?、という話である。
まぁ、人によっては、それは洗脳した者が悪いのであって、自分は悪くない、と開き直れる者もいるかもしれないが、少なくともアスタルテは、そこまで図太い精神の持ち主ではなかった。
それに、少なからず自分にも、自身が持つ技術の可能性を確かめてみたかった、という思いがどこかにあったのではないか、と考えていたのである。
そんな事もあって、彼女の心境を言語化するのであれば、もし自分を憐れに思うのであれば、“許す”のではなく、しっかりとした“罰”を与えてほしい、といったところか。
そして、最終的には彼女の意向は尊重され、セレウスらも語っていた通り、彼女もソラテスらと同様に“幽閉”という処分に落ち着いたのであった。
もっとも、そこは“神話大戦”時における彼女の功績なども考慮して、ソラテスはもちろん、超越者達と同じところではなく、この惑星の衛星にセルース人類が築いた拠点への“幽閉”に留めたのであるが。
「まぁ、今更我々が何を言ったところで、彼女の意志は変えられなかったさ。すでに彼女の中に、一つの結論があったのだからな。・・・それよりも問題なのは、彼女の“子供達”をどうするか、という話だ。」
「ああ。」
実はアスタルテには、一つだけ気がかりな事があった。
それは、『新人類』、つまり、彼女が産み出した異種族・他種族の今後の処遇についてである。
当然ながら人為的に産み出された存在とは言えど、一度このこの世に生を受けた以上彼らにも生きる権利がある。
しかし、罪の清算・懺悔を望む彼女には、彼らの今後の生活のサポートなどは不可能であった。(まぁ、そもそも『新人類』は一人や二人ではないので、通常の子育てとは違い、到底彼女一人で面倒を見切れるものではないのであるが。)
そこで、彼女自身、図々しいお願いである事は重々承知の上で、彼らの今後についてを、ハイドラスらに託したのであった。
もちろん、ハイドラスらとて、彼らにも生きる権利がある事は十分に理解していたのであるが、残ったハイドラスらセルース人類も、すでに一時的にこの惑星から姿を消す事が決定していたので、その件をもて余す事となってしまったのである。
「・・・やはり彼らの今後については、同じアクエラ人である彼らに任せるのが一番良いんじゃねぇ〜の?」
「ふむ・・・。それが一番現実的な話だろうな・・・。」
セレウスの発言に、しばし黙考したハイドラスも頷き、そう返した。
彼ら、というのは、ソラテスらがこの惑星に築いた拠点(“魔素”を調査する為の実験場の意味合いが強い)の周辺に集落を築いたアクエラ人類の部族の事である。
以前にも言及したかもしれないが、彼らはソラテスらに庇護を求めてやって来た者達だ。
しかし、その後ソラテスらの“魔素”に関する調査やその利用方法を確立する為に協力関係を結んでおり、結果、ソラテスらが確立した『魔法技術』や『魔法科学』を(一部)学んだ部族でもあった。
ここでポイントとなるのは、それらの経緯の結果、彼らがセルース人類を非常に慕っている、いや、あえて言葉を選ばずに言うのであれば、信仰している、と言っても過言ではない点である。
まぁ、ハイドラスとしてはそれに思うところはあったものの、一時的に、とは言えど、アクエラ人類にとっては気の遠くなるほどの時間をこの惑星から去る予定であるセルース人類からしたら、『新人類』の今後を託すにはまさにうってつけの人材だった訳である。
何故ならば、信仰しているセルース人類から、“『新人類』達を頼む”と言われれば、悪い様にはしないだろう、という確信があったからである。
「なら、評議会にはそう了承を得るんだな。・・・しかし、今更だが、よくお前の提案に皆従ったモンだよなぁ〜。」
「この惑星を一時的に去る話か?それについては、私も正直驚いている。この星は、ようやく辿り着いたある種の理想郷だからな。少なくとも、様々な懸案事項はあっても、それでも入植するべきだ、という意見があってもおかしな話じゃないからな。しかし、ソラテスらの暴走がある意味で良い薬になったんじゃないか?自分達にそのつもりがなくとも、この惑星の環境を守る為に、もしかしたら彼らと同じ様な結論、行動に走ってしまうかもしれないからな。その結果、この惑星の環境を破壊してしまったら、それは本末転倒だろう。そして、今回はそこまでの被害は出なかったが、次も同じ様に収まる保証はどこにもない訳だしな。」
「ふむ・・・。」
とかく“人”というものは、長期的なスパンでの展望を持つ事が下手な生き物である。
少なくとも向こうの世界の現代人であっても、100年先、1000年先を見通して行動を出来る者は皆無に近いだろう。
これは、先程も述べた通り、未来を見通す事が非常に困難だからでもある。
故に、未来という不確かなものではなく、あくまで現在、今目の前で起きている問題に対処する事が関の山なのである。
もっとも、セルース人類は、すでにソラテスらが暴走した事により、自分達も同じ轍を踏むのではないか、という疑念を抱いていた。
故に、ハイドラスの提案に乗り、一時的にこの惑星を去る事に同意したのかもしれないーーー。
〜〜〜
どこからともなく現れたその人々は、それまで魔物の脅威に怯えつつ暮らしていた我々に様々なものを与えてくれた。
魔物を退ける方法、農耕、建築、そして『魔法技術』、などである。
こうして我々は、魔物が支配するこの世界で安全に暮らせる事ができるようになったのであるーーー。
〜中略〜
我々は今、恐ろしさに震えていた。
何に?
もちろん、魔物などではない。
今更魔物など、謎の人々から与えられた『魔法技術』によって、我々の脅威にはなり得ないからである。
答えは、その彼らの怒りであった。
我々の認識では、謎の人々は理知的で大人しく方々であったが、やはりその力は我々などとは比較にならないほど強大であった。
もちろん、謎の人々が我々に怒りを向けている訳ではない。
どうやら、謎の人々の間にも、様々な意見があったらしく、その結果として双方が争う事となったようなのである。
その結果が、天地を揺るがすほどの衝突であった。
我々に直接向けられたものではないとは言えど、その余波で大気は震え、地面がめくれ、津波が押し寄せてくる。
当然ながら、我々になす術などない。
我々は、ガタガタと震えながら各々の家に引きこもり、その怒りが過ぎ去るのを待つ他なかったのであるーーー。
〜中略〜
いと尊き方々は、地上からお隠れになられるようであった。
やはり争い傷付かれ、その傷を癒やされる為なのだろう。
そして最後に、いと尊き方々は我々に使命を授けてくださった。
彼の方々が産み出した子供らを、我々で育てよ、と仰られたのだ。
なるほど、我々に叡智を授けてくださったのは、まさにこの時の為なのだろう。
子供らを立派に育て上げ、彼の方々がお戻りになるまでの間、我々に地上をお任せになる為に。
この時より我々ラテス族は、神々の使徒としての使命と、異種族達の後見人としての立場を持つ様になったのであったーーー。
ーとあるラテス族の記録より抜粋ー
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