衝突
続きです。
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”軌道エレベータ“という単語をご存知であろうか?
軌道エレベータとは、惑星などの表面から静止軌道以上まで伸びる軌道を持つエレベーターの構想である。
”宇宙エレベータ“とも呼ばれる。
今現在の現代地球の科学技術では、地球から宇宙空間への物資輸送はロケットを用いる他ないが、宇宙空間まで到達する高さの構造物があれば、それを昇降する事でコスト、安全性が格段に効率的になる。
その構造物をエレベータのように移動する構想が研究されている。
地上から宇宙空間まで延びる塔、軌条、ケーブルなどの構造物に沿って運搬機が上下する事で宇宙と地球の間の物資を輸送出来る。
動力を直接ケーブル等に伝える事で、噴射剤の反動を利用するロケットよりも安全に、かつ遥かに低コストで宇宙に物資を送る事が出来るのだ。
しかし、長大な構造物はそれなりの自重がある為、軌道エレベータを建設する為に必要な強度を持つ構造材料は昔は存在しなかった。
かつて軌道エレベータはSF作品などの中で描かれる概念的な存在でしかなかったが、理論的に必要な強度を持つ材料としてグラファイト・ウィスカー(針状の炭素)などが発見された。
さらに、20世紀末になってカーボンナノチューブが発見された事により、その実現を目指した研究プロジェクトが発足している。(某百科事典より抜粋)
もちろん、現代地球には存在しない物ではあるが、しかし上記の通り現実味を帯びた話になって来ているのである。
で、これはあくまで現代地球の話であるが、当然ながら現代地球を遥かに上回る技術力を持ち、かつ宇宙空間にまで居住地を広げていたセルース人類にとっては、軌道エレベータを作り上げる事など造作もない事であった。
もちろん、リスクの分散などの観点から、惑星アクエラに降り立つまでに、仮の拠点として惑星アクエラの2つの衛星、衛星『レスケンザ』、衛星『ルトナーク』にそれぞれ宇宙船を基盤とした施設も建造している。
そして、惑星アクエラに本格的に降り立つ際に、この軌道エレベータを建造していたのであった。
もちろん、これらが現地人、すなわちアクエラ人類に発見されてしまっては大事になるし、仮に攻撃される様な事があっては大惨事となる可能性もあるので、機密保持の観点からもセルース人類の科学力をフル活用して”見えない“様にしている。
故に、一見すれば、惑星アクエラの空には、特段の変化が訪れる事はなかったのであった。
(これは、もちろん後の世にまで有効である。
アキトらが生きる現代においても、それが発見されていなかったので、やはりセルース人類の科学力は相当なレベルであると同時に、半永久的に作動するシステムなのかもしれない。)
で、この軌道エレベータの静止衛星上に存在する中継基地の様な存在が、セルース人類の旗艦であるところの『エストレヤの船』だったのである。
これらの利点は、大きく分けて2つである。
一つは、先程も述べた通り、物資の輸送をスムーズに出来る点である。
事前に下調べをしたものの、それでも惑星アクエラという未知の惑星において、何が起こるかは不透明な部分も多かった。
故に、“宇宙船”としてはほぼ全ての事がこの中で完結するシステムが搭載されていたが、しかし、以前にも言及した通り、この中で生活する“拠点”としては明らかに不向きな『エストレヤの船』に、地上から物資を送る必要が生じたのであった。
(もちろん、ソラテスらが地上に築いた仮の拠点も存在するが、当然ながら全ての者達がそこに滞在した訳ではないからである。)
また、もう一点は、エネルギーを供給する為の施設としての側面である。
今でこそ“魔素”という未知の物資、エネルギーを発見、活用する事によって、『魔法技術』、『魔法科学』を獲得するに至ったセルース人類であるが、当然ながらそれまでの間は、生活するに当たってエネルギーが必要となった。
(もちろん、エネルギーなどなくとも、原始的な方法で生きる事も可能ではあったが、ある種の“現代人”たるセルース人類が、その様な方法を良しとする訳もない。)
そこで、物資の双方向への輸送と共に、『エストレヤの船』で得られた“霊子力エネルギー”を地上に送る役割が軌道エレベータに与えられたのである。
これによって、ソラテスらは、地上での活動をスムーズに行う事が出来た訳である。
そして、これらの施設を、そのまま“擬似霊子力発生装置”へと流用したのであった。
ここで、改めて人工“神化”と“擬似霊子力発生装置”について解説しておこう。
以前にも言及した通り、『エストレヤの船』には広大な宇宙を航行する為の“宇宙船”としての側面と同時に、その為に必要なエネルギーを発生させる発電施設としての側面もあった。
乗組員達は、長期間の移動を想定した延命措置、老化などを防ぐ為に“コールドスリープ”が施されていたのであるが、同時に長期に渡る航行に必要なエネルギー、“霊子力”を発生させる“燃料”としても利用されていたのである。(もちろん、これは事前に知っていた事でもあるから、利用されていた、というのはいささか語弊があるが。)
これは非常に合理的な事であった。
もちろん、核燃料や太陽光エネルギーを利用する事も可能であるが、これらは長期的、安定的にエネルギーの供給が難しいデメリットがあった。
(当然ながら、核燃料は燃料切れを起こす可能性があるし、太陽光エネルギーは、広大な宇宙空間では、都合よく恒星がそこかしこに存在するとは限らないから、安定供給とは程遠い。)
その点、乗組員が生存している限り、半永久的にエネルギーを生み出す“霊子力エネルギー”と“コールドスリープ”の親和性は非常に高かったのである。
が、新たなる生活可能な惑星(惑星アクエラ)を発見した事によって、それらの役割は終わりを告げた事となる。
もちろん、その技術は様々な事に応用が可能であったので、今度は“宇宙船”としてではなく、拠点や“エネルギー施設”として再利用される事となったのであるが。
ただここで、根本的な問題が浮上してしまう事となった。
当然ながら、“燃料”となる生命体が存在しなければ、“霊子力エネルギー”を発生、供給する事など不可能である。
もちろん、本来は段階的に惑星アクエラに入植する予定であり、最終的にはセルース人類が持つ技術そのものを放棄し、惑星アクエラに帰化する予定であったからそれでも問題はなかったのであるが(どれだけ技術が進んだとしても、惑星環境に悪影響を与える可能性を考慮した為である。)、しかしここで、自身の持つ技術力を使って、一部の者達が惑星アクエラの管理(支配)を企む欲が出てしまった事で、様々な計画に狂いが生じてしまったのである。
そして、上記の通り、『エストレヤの船』を再利用する事によって、軌道エレベータによって地上と繋げて物資の輸送やエネルギーを供給し、地上に高度な拠点を築き上げつつ、当初の予定とは異なり、“コールドスリープ”についていた乗組員達を段階的に目覚めさせる事なく“燃料”として利用し続けようとしたのであった。
ところが、ここで、“能力者”達が反逆する事となった。
本来ならば、意識のない彼らには、ここで起こっていた事は知り得ない情報である筈だったのだが、彼らが所謂“幽体離脱”の様な、眠りについていながら惑星アクエラにてソラテスらが行っていた事を察知した事によって、惑星アクエラの管理(支配)を企んでいたソラテスらに反乱を起こす事となったのである。
まぁ、結果として彼ら“能力者”達は、セルース人類の総意の前に追放される事となったが、それによってほぼ大半のセルース人類が“コールドスリープ”から目覚めた事により、彼らは深刻なエネルギー不足となってしまったのであった。
もちろん、先程も述べた通り、この頃になれば新たなるエネルギーである“魔素”を活用する技術や研究が進んでいたので、当初の予定とは違うまでも、結果としてこれらを放棄したとしても問題はなかったのであるが(そうした事情もあり、貴重な宇宙船である一部を、“能力者”達を追放する為に利用したという側面もある。)、その後ご承知の通り、ハイドラスらが“アドウェナ・アウィス”の遺跡を発見してしまった事によって、再び風向きが変わったのである。
限界突破を果たした“能力者”達の力は、もはや人知を超えたレベルである。
まさしく自然災害に等しいレベルであり、いうなれば“神”に等しい力を得た、と言っても過言ではなかったのである。
それを、マギからの情報提供によって知ったソラテスは、それに対抗すべく、マギからの提案、技術支援も受けつつ、セルース人類が目覚めた事によって、半ば放棄されていた形になっていた『エストレヤの船』を再々利用したのであった。
そして、その一番のキモとなる部分であった“燃料”を、自分達の新たなる肉体として産み出していた『新人類』を使用し、これによって、セルース人類やアクエラ人類からの理解も得つつ(彼らからしたら、自分達にその矛先が向かなければ良かったし、ある意味では『新人類』の所有権はソラテスらにある訳だから、人権に配慮する必要もなかったのである。)、“擬似霊子力発生装置”の建設が進んでいったのである。
これのこれまでと大きく異なる点が、“宇宙船”としてでも、“エネルギー施設”としてでもなく、これによって得られた膨大な“霊子力エネルギー”をある特定の人物に集中させる事によって、人工的に限界突破を果たした“能力者”と同レベルの存在する事であった。
だから、人工“神化”であり、そしてセルース人類を利用した訳ではないので、“擬似霊子力発生装置”、なのである。
また、これらの事から、この二つの単語の意味する事が理解出来れば、これらの施設がどこにあるかは、“能力者”達が予測する事は実は容易い事なのである。
何故ならば、“能力者”達の中にもかつては『エストレヤの船』に滞在していた者達がいるからである。
当たり前だが、大掛かりな施設を1から建造するとなるとかなり長期の時間を用する。
“能力者”達が続々とパワーアップを果たす中で、それに対抗する為の現実的な話となると、有る施設を利用するのがもっとも合理的な判断だった事だろう。
しかし逆を返せば、元々有った施設を流用している訳であるから、人工“神化”と“擬似霊子力発生装置”の意味するところが分かってしまえば、どこをターゲットにすればもっとも効率が良いかも分かってしまう訳である。
当然ながらソラテスらもその事は分かっていたから、これらは極秘のプロジェクトとして秘密裏に事を進めていたのであるが、ここでアスタルテの裏切りによって、その事が“能力者”達も知るところとなってしまったのであった。
当然ながら、大型の施設を即座に移動させる事など、いくらセルース人類の技術を持ってしても不可能に近い。
故に、ハイドラス達からすれば、狙うべきターゲットが決まったと同時に、ソラテス達からしたら、守るべき対象が決まった事を意味するのであったーーー。
◇◆◇
「狙いは『エストレヤの船』、か。」
「ああ。あそこを掌握してしまえば、そもそも彼らが人工“神化”する術を失うからな。アスタルテ女史の情報を信じるならば、私達と同程度の力を有する存在と、真正面からやり合うのはどう考えても得策じゃない。」
「ま、そりゃそーだ。けど、そんな事は相手方も分かってるだろうぜ?」
「それは分かっているさ。おそらくあそこには、多数の人員を投入して防衛を強化しているだろうし、罠を設置している事だろう。少なくとも私が彼らの立場なら、同じ措置を取るだろうしな。」
「それが分かっていてもやるってのか・・・。」
「そうするしかない。いくら私達がパワーアップしたとしても、数の上では圧倒的に不利な事には変わりないからな。少しでも勝算を上げるとなれば、おのずとその答えは限られてくるものだよ。」
「・・・ふむ。」
“能力者”達の上層部から(消極的な)承認を得たハイドラスらは、作戦を遂行する為に“軌道エレベータ”のあるポイントまでやって来ていた。
ハイドラス達の戦力は、限界突破を果たした若手チームであり、その数はお世辞にも多いとは言えない状況である。
これは、流石に足元をお留守にする訳にも行かないからであり、一種の保険をかける意味合いでも、“能力者”側の今現在拠点となっている場所に半数を残してきたからであった。
もちろん、本来ならば、戦力の分散は悪い事ではないのであるが、今回の作戦を遂行する為には、多少の不安も残る部分でもあった。
とは言え、ハイドラスがそれを良しとしたので、セレウス以下、若手チームからの不満は出て来なかったのであるが。
「さて、皆聞いてくれ。作戦自体は至ってシンプルだ。夜更けと共に軌道エレベータ、及び『エストレヤの船』を掌握する。ここさえ押さえてしまえば、我々の勝利だからな。もっとも、相手方もそれは分かっているだろうから、非常に難しい作戦となるし、おそらく激戦となるであろう。命の惜しい者、私の作戦に疑問のある者達は、ここで逃げたとしても私は咎めない。」
「「「「「・・・。」」」」」
セレウスとの会話を終えると、ハイドラスは仲間達にそう告げる。
もちろん、この場まで付いてきた者達は、すでに覚悟を決めているし、セレウスの作戦や指揮能力を信頼している。
故に、それについて反対意見は出なかった。
「・・・ありがとう。では、時間まで交代で休憩しつつ、待機してくれ!」
「「「「「応っ!!!」」」」」
もちろん考えあっての事であるが、ろくに詳しい説明をしない自分を信じてくれる者達に目頭が熱くなりつつ、ハイドラスはそう締めくくった。
彼らの為にも絶対に失敗出来ない、と改めて決意しながら。
・・・
「時間だ。」
数刻の後、ハイドラスらは一斉に動き始めた。
戦にはある程度セオリーがあるものだ。
その中で、相手が寝静まったであろう夜間に仕掛ける事は、ある意味では使い古された手でもある。
しかし、やはりこれは効果的であるし、相手方に比べて少数であるハイドラスらにとっては、作戦の成功率を上げる上でもこの手を用いるしかなかった。
もちろん、相手方にとっても、夜襲はもっとも警戒すべき点でもある。
故に、当然ながらここには、見張りや罠が仕掛けられていたのであった。
〈〈〈〈〈警告します。この地は、第一級の特別機密区画です。正規の手段以外で侵入を試みる者は、誰であろうと排除します。これを解除する為には、速やかに認証コードの送信か、通行許可証の提示をお願い致します。繰り返します・・・。〉〉〉〉〉
「やっぱ罠が仕掛けられていたな。」
「想定内だ。速やかに殲滅しよう。」
それは、防衛機能であった。
それも、一体や二体ではない。
アーロスらが散々苦しめられた相手が、少なくとも十数体は存在していたのである。
もちろん、それで焦るハイドラス達ではない。
少なくとも限界突破を果たした今の彼らにとっては、それらは大した脅威ではなかったからであった。
以前にも言及したかもしれないが、現存の“能力者”達はやや軍事色の強い者達である。
故に組織としての連携はしっかりしているし、その練度もよく練られているのだ。
「ハァッ!」
「どりゃっ!!」
「うりゃっ!!」
危なげなくセシルを殲滅していくセレウスら。
流石に限界突破を果たした恩恵は流石のもので、今の彼らにとっては、セシルの存在などただの足止めにしかならなかったのである。
その中にあって、もっとも活躍を果たしていたのがセレウスであった。
限界突破の試練も一番にクリアした彼は、今現在存在する“能力者”達の誰よりも、その力が極まっていたのであった。
仲間達もそれは認識していたのか、セレウスがエースとして八面六臂の活躍を果たし、後ろには頼りになる司令塔であるハイドラスが控えている事もあってか、彼らの士気は徐々に高くなっていった。
“行ける・・・!”
誰もがそう確信していたタイミングで、しかしそうは問屋が卸さないのが現実であった。
「流石ですね、“能力者”の皆さん。」
「「「「「っ!!!」」」」」
当然ながら、科学者グループにとって、セシルによる防衛機能などほんの小手調べに過ぎなかったのである。
もちろん、これで終われば万々歳ではあるが、少しでも“能力者”達の足止め、時間稼ぎが出来ればそれで良かったのである。
やはり本命はこちら。
人工“神化”を果たした者達の存在である。
「ですが、その活躍もこれまでです。ここを狙った以上、いくら同胞とは言えどもはや容赦はしませんよ?」
「・・・けっ!」
続々と集結する超越者達。
その数はセレウスらを上回るほどであった。
一触即発の雰囲気の中、しかし超越者達は余裕の笑みを浮かべて、セレウスらに問い掛ける。
「さて、一応聞いておきますが、投降するおつもりは・・・。」「ねぇよ。」「・・・ですよね。では、もはや問答は不要、ですね?」
最後通牒のつもりか、その言葉に、しかしにべもなく答えたセレウスに呆れながらも、どこか嗜虐的な笑みを浮かべて彼らは“力”を開放した。
「では皆さん。反逆者をお仕置きしてあげましょうか?」
「「「「「応っ!!!」」」」」
「来るぞっ!注意しろっ!!」
「「「「「お、応っ!!!」」」」」
想定以上の力に恐れ慄きながらも、セレウスの鼓舞に“能力者”達は気合を入れ直してそう答えた。
こうして、とうとうセルース人類同士の本格的な衝突に至った彼らであったがーーー。
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