内部分裂 2
続きです。
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「本日は、わざわざお時間を頂いてありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそ。こちらとしましても、皆さんと直接対話する機会を頂きまして、大変光栄であります。」
ほどなくして、科学者・研究者達の代表であるソラテスらと、“能力者”達以外のセルース移民船団の乗組員の代表者チームが会談を行う運びとなった。
両者は一見“大人”として朗らかに挨拶を交わしつつ、その実、互いを値踏みする様な素振りも見せていた。
「しかし、かの高名なソラテスさんまで会議に出席して頂けるとは・・・。」
「いえいえ、そんなそんな。私など、たまたま科学者チームの代表に就任しただけに過ぎませんよ。」
「いやいや。」
「いえいえ。」
当然であるが、同じセルース人、同じ移民船団でこの惑星にまでやって来たからと言っても、全ての者が知り合いでは当然ない。
例えるならば、同じ企業に勤めていたとしても、部署が違えば関わりが全くない、なんて事も珍しくないのである。
ソラテスら、科学者・研究者グループは、未知の惑星に向かうに当たって、その事により、未知の問題が生じる可能性もある訳で、それらの解決や改善を担う事を期待されて移民船団に抜擢されたエリート中のエリートである。
もちろん、その専攻や分野は多岐に渡るが、言わばその各々の学問に精通した、所謂『頭脳集団』であった。
一方の“一般労働階級”と揶揄された者達も、実際にはその道の専門家である。
セルース人が生存可能な惑星に降り立ち、様々な問題が解決したとなれば、当然その後は入植の流れとなる。
で、入植するに当たって、例えば農作物の生産、居住区の整備、上下水道、電気、道路などのインフラ整備など、それらに直接携わる人材は必要不可欠である。
もちろん、セルース人達の技術力ならば、色々とオートメーション化が進んでいるにはいるが、最終的にはそうした専門家の経験がものを言うのは、これはよくある話である。
そんな事もあって、実際には彼ら“一般労働階級”と呼ばれる者達の存在感や権限はかなり大きなものであったのであった。
少なくとも、科学者・研究者グループや、“能力者”のグループが無視できない程度には、彼らの発言力にはかなりの影響があるのであった。
まぁ、それはともかく。
(ちなみに、企画・立案が科学者・研究者グループだとして、その実働・現場管理が“一般労働階級”のグループだとしたら、では“能力者”は何なのかと言うと、平たく言うと傭兵の様な扱いであった。
と、言うのも、未知の惑星であれば、所謂秩序があるかどうかも分からないので、当然その現地民や現地生物と争う可能性もあった。
なおかつ、セルース人達が持つ現行の兵器類などでは、もしかしたら地場や電磁波の影響等で役に立たない可能性もあったので、その中にあっても安定的に力を発揮出来るであろう“能力者”達にその役割が回ってきたのである。
また、これは裏に隠された思惑でもあったが、セルース人達の重要エネルギー源である“霊子力エネルギー”の燃料としての側面もあり、こうして“能力者”達のグループも移民船団に同行していた訳であった。)
ひとしきり、社交辞令的やり取りをこなした後、彼らは対面に腰掛けていた。
ようやくここからが、ある意味本題である。
「さて、すでにそちらもお察しだとは思いますが、本日我々がこの場を設けたのは、あなた方の行動などをご説明頂く為です。」
「と、申しますと?」
口火を切ったのは、ハイドラスに冷静に両者の言い分を聞くべきと主張していた男であった。
やはり、かなり頭のキレる者だった様で、こうして“一般労働階級”の者達の代表の一人になっていた様である。
いきなり本題に切り込んだ男の発言に、しかしソラテス側もそれは承知していたのか、慌てる事なくそう返した。
「我々もとても信じられないのですが、“能力者”達のグループが言うには、あなた方はこの惑星を植民地化しつつあり、なおかつ現地民、アクエラ人ですか、もその傘下に収めつつあるそうです。・・・これは事実なのでしょう?」
「・・・まぁ、概ねその通りですね。」
「なっ・・・!!!」
「「「「「・・・!」」」
彼らの予測では、仮にその通りだったとしても、何某かの言い訳をするものと思い込んでいたのだが、ソラテスはその事実をアッサリと認めたのである。
戸惑ったのは、むしろ口火を切った男だった。
「で、では、それは事実であると認められるのですね?」
「ええ、そう申し上げております。」
「な、何故その様な事を・・・?我々の目的は、この惑星への入植であって、支配ではなかったと記憶しておりますが・・・!?」
彼ら第25セルース移民船団は、『楽園開拓計画』に端を発したプロジェクトの一員である。
セルース人類が居住可能な惑星を発見、開拓し、そこに移り住むのが目的だった筈である。
少なくとも、その惑星を支配し、セルース人達の好きに使う為ではなかった筈なのである。
それは、母星を、故郷を失ってしまったセルース人達にとっては、一番やってはいけない事だと考えられていたからである。
男の発言にソラテスは目を瞑り、ややあってこう切り出したのであった。
「では、逆にお聞きしましょう。確かに仰る通り、我々の行動は入植の域を超えた事かもしれません。本来の『楽園開拓計画』の理念とはかけ離れた事かもしれませんね。しかし、ですね。しかし、あなた方は、実際にこの惑星に降り立ってみて、どう感じられましたか?」
「ど、どうって・・・。そりゃ、とても言葉では言い表せないほど感動しましたよ。どこまでも広がる空。圧倒的な自然。広大な大地に海。頬を撫でる風。生き生きとした生命の息吹を感じる森などなど。しかしあなた方の行いが事実だとしたら、これらを故郷の二の舞いにする可能性があるのですよね?」
以前にも言及した通り、現存のセルース人類は、ほとんど惑星内、天然の自然の中で暮らした事がなかった。
人工的に作られた自然、施設の中で生まれ育った者達が大半であったからこそ、惑星が持つ“本物の自然”に人一倍心惹かれ、感動し、それを大切に思う様になったのかもしれない。
これは、ソラテスらも同様であった。
だからこそ、ただの倫理観や歴史から学ぶという枠を飛び越えて、この自然を人の手で壊す事に何よりも忌避感を覚えているかもしれない。
男の発言に、ソラテスは首を振った。
「いいえ、むしろ逆ですよ。我々も、あなた方同様にこの惑星の自然に感動し、魅了された者の一人なんです。この美しい惑星を我々の母星の様に汚すべきではない。そう考えています。」
「「「「「っ!!!???」」」」」
ソラテスの発言に、一般労働階級の者達は困惑する。
少なくとも、ソラテスが認めた発言内容(惑星アクエラを植民地化し、アクエラ人を支配している事)と、彼が今指し示した考え方は矛盾すると思ったからである。
「・・・では何故、この惑星を植民地化しているのですか?何故、アクエラ人達を支配する様な真似を・・・?」
「それは、この惑星を管理する為ですよ。」
「・・・はっ?」
「確かにあなた方が仰る通り、この惑星の環境を保全する意味では、我々が過度に干渉すべきではないでしょう。それは、惑星環境を一気に破滅へと導くシナリオに繋がりかねませんからね。」
「・・・ええ、そう思います。」
「それについては、私も否定はしません。しかし、考えても見て欲しい。我々に比べたら文明力では劣るとは言えど、すでにこの惑星にはアクエラ人類が存在している事実を。」
「あっ・・・!」
ソラテスの指摘に、男は何かに気付いた様である。
「どうやらお気付きの方もいらっしゃる様ですが、改めてご説明しましょう。仮に我々が干渉しなかったとしても、先程述べた通り、すでにアクエラ人類が存在する以上、今すぐの話ではないかもしれませんが、いずれこの惑星の環境を汚す事となる。何故ならば、人が生活を営む過程で、必ず何かを消費する事となるからです。例えば農業一つを取ってみても、当然ながら食糧生産は人類にとって重要なのは言うまでもない事ですが、しかし実際にはこれらは自然環境を破壊する事でもあります。何故ならば、農業とはあるがままの自然を人類にとって都合の良い方向に改変させる事だからです。場合によっては、土壌汚染、水質汚染、生態系の破壊など、環境に負荷を与える事にもなりかねない。しかしながら、農業は、動植物である作物や家畜の生産力に頼る活動である以上、自然の物質循環と全く離れて存続出来るものでもないのです。こうした矛盾を抱えながら、農業生産者をそれを上手く管理している筈ですよね?」
「・・・確かに。」
「逆に言えば、そうした事へ配慮しなければ、あるいは知らなければ、そのまま放置してしまう事にもなりかねない。実際、惑星セルースの歴史でも、汚物をそのまま川や海に垂れ流していた時代もありますし、産業が活発化した時代などは、大気汚染が深刻になってしまった事もある。では、あえて聞きますが、それは惑星にとって良い事だと言えますか?」
「・・・言えませんね。」
「その通り。もちろん、先程も述べた通り、今すぐ、という話ではありませんよ?現時点でのこの惑星の文明力、技術レベルで言えば、まだまだ惑星の持つ自浄作用で何とかなるレベルですからね。しかしこの先、この惑星が順調に発展していけば、それは百年先か千年先か、はたまた万年先かは分かりませんが、まず間違いなくこの美しい惑星を汚す事となりかねないでしょう。」
「・・・それを回避する為に、あえて干渉している、と?」
「その通りです。我々には、それが出来るだけの知識があり、知恵があり、経験があり、技術力があります。逆に何もしなかったら、それこそこの惑星が我々の故郷と同じ結末を迎えるかもしれません。」
「「「「「・・・。」」」」」
ソラテスの意外な説明に、一般労働階級の者達は黙り込んでしまっていた。
それは、最悪の結末を辿った者達の子孫だからこそ、容易に想像出来てしまったからである。
現時点では、それこそセルース人類の誰が見ても、“美しい”と感じる惑星が、アクエラ人類の文明が発展する事で、どんどん汚れていく過程を。
もちろん、だからと言って、この惑星が惑星セルースと同じ道を辿るとは限らない話ではあるが。
「し、しかし待って欲しい。あなた方の主張は分かりましたし、その意義も理解出来ましたが、現時点でアクエラ人類にその事を理解させるのは難しい話では?惑星環境がどうこうなど、それこそ“マクロな視点”で物事を見られる様になってからだと思われますし、また、そうなるまでに、我々がずっと管理していられる保証もない。」
「御指摘の件はもっともです。残念ながら我々は、“寿命”というものを克服してはいない。また、“環境問題”という、ある意味大局的に物事を見る視点がないと真に理解する事が出来ない問題を、現時点でアクエラ人類が理解出来ない可能性についても、ね。そうなると、戒め的に警告を残す事は出来ても、未来永劫、彼らを導き、管理し続ける事は困難な事でしょう。」
「そ、そう思います。」
「もちろん、その件についての解決策も用意しております。と、言いますか、我々には強力なパートナーがいる事をお忘れですよ?」
「・・・パートナー?」
「『マギ』、ですよ。」
「「「「「あっ・・・!!!」」」」
ソラテスの言葉に、今度こそ一般労働階級の者達は二の句が継げなかった。
「当然ながら、人工知能である『マギ』には、寿命の概念が存在しません。もちろん、本来ならば機械である彼、あるいは彼女を運用し続ける為には人の手が必要となるところですが、ご承知の通り、『マギ』は“先史宇宙文明”から発見された人工知能を元にしていますので、そこら辺の問題はクリアしているのですよ。実際、我々がこの惑星に辿り着くまでに、どれくらいの時が流れたのかは正確には分かりませんが、少なくとも数十年は経過している事でしょう。その間も問題なく『マギ』は稼働を続けており、こうして我々はこの惑星の地に立っている。」
「「「「「・・・。」」」」」
以前にも言及した通り、『マギ』には強力な“自己修復機能”が備わっている。
故に、ある意味彼、あるいは彼女には“終わり”というものが存在しないのである。
しかも、命令に忠実である事も実証済みだ。
少なくとも、下手な自己進化や学習機能によって、セルース人類に成り代わり、彼らを管理、支配しようとする様子もない。
つまり言ってしまえば『マギ』は、命令に忠実で滅びない存在なのである。
これほどセルース人類にとって心強い味方もいないであろう。
「確かに御指摘の通り、我々もいつかは滅びる事でしょうが、しかし我々の心強いパートナーである『マギ』は生き残れます。そして、そんな彼、あるいは彼女が管理してくれれば、それらの問題を全て解決する事が出来るのですよ。」
「「「「「・・・。」」」」」
「いつかアクエラ人類の子孫が、あるいは我々の子孫が生きる時代にも、この美しい惑星を、彼らに残す事が出来るのです。それは、我々の先祖が成し得なかった事でもあります。それを、もしかしたら我々は成し得るかもしれないのですよ!」
「「「「「お、おおっ・・・!」」」」」
ソラテスの力強い言葉に、いつしか一般労働階級の者達も熱に浮かされた様になっていた。
彼らにとっても、やはり故郷を失った事は強烈なトラウマとして残っているのだろう。
それが、場所は違うまでも、方法がやや強引であったとしても、自らの手で先祖が成し得なかった事を成し遂げられるかもしれない可能性に、知らず知らずの内に彼らも魅せられ始めていたのかもしれない。
「以上の観点から、我々はこの惑星の植民地化を進める事としたのですよ。確かに、一見すると愚かな行為の様にも見えますが、先程の述べた通り、その根底にはあなた方と同じく、この美しい惑星を守りたいが為なのですよ。更には、幸い、と言うのはおこがましい事かもしれませんが、アクエラ人類は我々を神か何かと同列に見なしている様です。こちらもご承知の通りだとは思いますが、宗教観や価値観の違いによって、人々は容易に争いを起こしてしまう。しかし、我々を神と崇めてくれている以上は、同列の価値観に基づく文化となりますから、争いに発展する可能性も低くなります。つまり、戦争、争いによる環境破壊も回避出来るかもしれないのですよ。こちらについても、我々は滅びたとしても『マギ』による統一が出来るので、彼らアクエラ人類を傘下に収めているのはそうした事情によるものです。」
「・・・なるほど・・・。」
多くの偉人達が夢見た統一。
理論上は、強力な力を持つ者が従えれば、争いなど起こりようもない。
まぁ、歴史的にそれが上手くいった試しはないし、“神”と一言で言っても、実際には様々な“神”が存在するので、思想的に統一する事も困難な状況である。
しかし、この惑星では、今現在、セルース人類がその“神”の座に一番近い立ち位置におり、彼らがアクエラ人類を従える事によって、一つの思想、一つの巨大な文化圏を築く下地は出来上がっていた訳である。
何から何まで、非常に都合の良い状況であった。
もちろん、“魔素”というイレギュラーな要素があった為、全てが上手く行っていた訳でもないが、それも今はコントロール化に収め、むしろ新技術を築く下地となっていた。
ソラテスから全ての話を聞き終えた一般労働階級の者達は大きく揺らいでいた。
ソラテスの語った事は、ある意味セルース人類にとっては究極的な理想であり、なおかつ、それが空想の域を出ない事ではなく、現実的に実現可能だったからである。
確かにある種拡大解釈ではあったかもしれないが、『“楽園”開拓計画』とも矛盾しない、様に思えたからである。
「・・・お考えは理解出来ました。しかし、やはり我々の一存で意思決定をする事は難しい。この件は持ち帰って、改めて検討させて頂きたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「もちろんですとも。皆さんで議論して頂きたい。ただ、我々の方は、いつでも受け入れる準備がある事をここに明言しておきましょう。」
「「「「「・・・。」」」」」
その対応も、一般労働階級の者達を揺らがせる大きな要素となった。
科学者や研究者グループを排除すべきと主張する“能力者”グループ。
一方で、今すぐに結論は急がず、いつでも門戸は開いてると明言する科学者グループ。
好戦的な主張よりも平和的な主張の方が支持されるのは、これは当たり前の話であろう。
こうして、科学者グループと一般労働階級者達のグループの会談が終わりを告げた。
その後、一般労働階級者達のグループは議論を重ね、科学者グループに賛同、合流する事となったのであるがーーー。
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