内部分裂 1
続きです。
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「・・・ではキミ達は、最終的には彼らと事を構えるつもりなのかね?」
「ええ、もちろんです。説得に応じるならばそれが一番理想的ですが、事ここに至っている以上、それも難しいと言わざるを得ない。同胞が過ちを犯すと言うのなら、それを正す事が出来るのは、同じセルース人である我々しかいないと思います。ある種、当然の考え方だと思いますが?」
「「「「「・・・。」」」」」
首尾よく肉体を取り戻した俺らは、同時に解放した“能力者”、あるいは“能力者”ではなかったが、同じ移民船団の乗組員だった者達に事情を説明していた。
まぁ、事情を知らなかった者達からしたら、ようやく念願の新惑星に辿り着いたと思ったら、すでに一部の同胞が暴走してその惑星を植民地化しつつあり、なおかつ“能力者”の勢力がそれを食い止めるべきだと主張し始めた訳である。
まさに“寝耳に水”。
意味が分からなくて、混乱したり困惑したりするのは当然の反応であろう。
双子の兄であるハイドラスが、年配の男性からの質問にそう返した事で、更に混乱に拍車がかかった。
「い、いきなりそんな事を言わせても・・・。」
「・・・こう言っては何だが、彼らの妄想ではないかね?科学者や研究者達は、言わばセルース人類の頭脳集団だ。そんな者達が、彼らが言う様な愚かな判断をするとは考えづらい・・・。」
「まさか、科学者や研究者達を貶める為・・・?」
「・・・可能性はある。“能力者”達は彼らに、直接的にか間接的にかはともかく、恨みがある者達も多いと聞く。まぁ、過去に実験動物同然の扱いを受けていた訳だから、それも当然と言えば当然なんだが・・・。」
「それを晴らす機会である、と?で、何も事情を知らない我々を利用しようとしている・・・?」
「あくまで一つの可能性だがな・・・。」
そんな内緒話が、俺にはバッチリ聞こえていたりする。
うん、“能力者”の力をあんまりナメない方がいいですよぉ〜?
しかし、やはり思い込みや知らないという事は、どこまでも恐ろしい。
確かに常識的に考えれば、移民船団の中でもエリート中のエリートである科学者達が、その様な暴挙に出る筈がない、と思うのも無理からぬ話である。
それだけ、社会的地位を持つ者達に対する、盲目的な信頼があるからな。
しかし、現実的に彼らは間違いなく暴走しているのである。
大事なのは、下手な思い込みで判断するのではなく、客観的な事実からどうすべきかを判断するべきである。
だが、この場に集まっている多くの者達が、科学者や研究者達に対する信頼感と、“能力者”達に対する懐疑的な目から、その様な勝手な推論を述べる始末であった。
もちろん、中には冷静な者達もいる。
「・・・とりあえず、事情は何となく分かった。しかし、流石にキミ達の判断はやや早計であると言わざるを得ない。少なくとも、我々は、まだ片方の意見しか聞いていないからね。」
「・・・確かに。」
「一方の意見だけを鵜呑みにするのは、もっとも愚かな行為だと私は思う。故に、それを踏まえた上で、科学者達の言い分も聞いておきたいところだな。」
「「「「「・・・。」」」」」
そう発言した男に、その場に集まっていた者は無言で同意していた。
双方から事情を聞いて、その上で判断する。
これは、常識的には間違った手法ではないだろう。
しかし、これは結果論ではあるが、この判断が後に過ちを犯す事となる。
そもそも俺らは、“何故科学者達が暴走したのか”をもっと真剣に議論すべきであった。
だが、この場での俺らは、彼らの言う事ももっともだと判断し、すでに彼らと袂を分かちつつあった俺らは出席は見送ったが、言うなれば中立的な立場であった彼らと、科学者側との会談を容認したのであったーーー。
・・・
「ハイドラス。何で彼らに科学者連中と接触させる事を容認したんだ?」
「簡単だよ、セレウス。それでは彼らが納得しないからさ。」
説明の後、俺はハイドラスにその点について質問をぶつけていた。
「けど、事実は変わらないぜ?科学者連中は、間違いなくこの惑星を植民地化する腹積もりだ。少なくとも、現時点で我が物顔でアクエラ人達を支配している。」
「それは、私達が“知っている”からさ。実際に、それを見聞きしたからね。しかし、彼らにとってはそれは、私達からの又聞きに過ぎない。それが本当だとしても、その事実を確認したいのが人の心理というものさ。」
「まぁ、そりゃ分かるんだがよー。」
「・・・どうした?何か心配事でも?」
「あ、いや、特に何が、って訳じゃねーんだがよ。何か強烈に嫌な感じがすんだよなー。」
「“野生の勘”、か・・・。お前の勘は当たるからなぁ〜。」
様々なスキルや能力において、俺がハイドラスに勝る事はほとんどない。
同じ双子だというのに、頭のデキでもハイドラスにゃ敵わない。
そんな俺でも、ハイドラスに唯一(と言ってもいいレベル)勝てるのが、何の根拠もないただの“勘”であった。
ハイドラス曰く、“能力者の勘は、ただの勘ではなく、何かしらの未来予知に近いのかもしれない。”、との事。
それ故に、ハイドラスも俺の言葉にしばらく黙考する事となった。
「・・・分かった。いずれにせよ、双方の会談を容認した以上今更阻止する事は出来ないが、お前がそう言うなら、最悪の事態を想定した対応を考えておく事としよう。」
「頼むわ。」
・・・
「やはり、“能力者”をもっと警戒すべきだったかもしれんな・・・。」
ソラテスは、そうひとりごちていた。
全てが順調に進んでいた中で、“コールドスリープ”を悪用し、セルース人達を拘束、封印していたのだが、つい最近、それらが一斉に解除されるというイレギュラーな事態が起きたからである。
当初は、仲間の裏切りも頭をよぎったのであるが、しかし、それはありえない、とその可能性は一蹴した。
そして、次いで考えられる可能性が、“能力者”の存在である。
どうやったのかは皆目見当もつかないが、しかし、ここで重要なのはその方法ではなく、“能力者”の集団が自分達の行動を把握しており、なおかつ彼らがすでに自由の身となってしまった事の方である。
幸いな事に、科学者側は惑星アクエラの拠点に居を構えていたので特に大きな問題はなかったが、それでも宇宙船や衛星基地を“能力者”達に掌握されたのは痛手である。
しかも彼らから、すぐに現行の全てのプロジェクトを凍結し、様々な権限も返還する様に、との通達も出ている。
見方によっては、これは最後通牒だ。
少なくとも、こちらの行動は筒抜けとなっており、なおかつそれを見過ごす判断はしない、と言っているのである。
もちろん、こちらにも言い分はあるし、新技術である『魔法技術』や『魔法科学』がある以上、仮に“能力者”と争ったとしても勝機はある。
しかし、すでにこちらの予想外の能力を見せている“能力者”を侮るのは悪手も悪手だろう。
少なくとも、もう少しこちら側に人材を引き込んでしまえば、大義名分も成り立つのであるが・・・。
「ソラテス様っ!向こう側からこの様な文書がっ!!」
「・・・見せてみろ。」
そう考えを巡らせていると、執務室に飛び込んできた影があった。
各自に電子端末を持っているのだから、わざわざ知らせに来なくとも、そのまま私の電子端末に送れば良いとは思うが、それだけ重要な内容だったのだろう。
彼から端末を受け取ると、私はそこに書かれていた文書を黙読する。
そして、まだ、運命はこちら側を見捨てていなかった事を確信する。
「会談を要請する文書、か・・・。」
「・・・どうされるのですか、ソラテス様?」
「もちろん、受けるつもりだよ。」
「しかし、そこに書かれている名前は、明らかに“能力者”の代表ではありませんが。おそらく、労働者や一般市民階級の代表だと思われます。」
「その様だね。」
「いやいや、それではあまり意味がないのでは?“能力者”達の代表と話し合う事が出来たら、また話も変わってきますが。」
「ところがそうでもない。考えてもみたまえ。そもそも移民船団と言えど、その乗組員の割合で一番多い職種は何か、を。」
「職種・・・?」
「当然、我々“科学者”ではない。ましてや、“能力者”でもない。そう、彼ら、一般労働者達なんだよ。」
「あっ・・・!」
「気が付いたかね?惑星セルースにおいてもそうであったが、真に世の中を動かしているのは“世論”だ。為政者や力ある者ではないのだよ。では何故、過去の指導者達が様々な政策に打って出る事が出来たのか?もちろん、その時代や背景もあるので一概には言えないが、為政者達の力が絶大だった時期もあるからね。しかし、大抵の場合は、つまり“世論”を味方につける。あるいは、世論を操作して、自分達の味方になる様に促したからさ。先程の話と重複する部分もあるが、世の中は多数派が動かすものだ。では仮に、この会談で彼らの支持を取り付ける事に成功したとしたら、どうかね?」
「・・・“能力者”の方が、一転して孤立する事となる?」
「その通り。もちろん、“武力”という面で見れば、“能力者”達の集団は脅威以外のなにものでもない。我々も分かったつもりでいたが、今回の事態から鑑みれば、明らかにまだまだ未知の力を秘めている可能性が高いからね。しかし、仮に武力衝突したとしても、多数派がこちらならば、大義名分もこちらにある。言わば、“能力者の反乱”という体にする事が出来る訳だからね。」
「・・・なるほど。しかし、そう想定通り上手く行きますかね?彼ら一般市民階級が、我々の崇高な行いを理解出来ない可能性も考えられますが。」
「それは問題ないよ。そもそもキミ、彼らを侮り過ぎだよ。確かに、我々に比べたらIQや学力において劣ってるかもしれないが、それでもセルース人達の社会を下支えしていた者達だ。しっかりとした説明をすれば、必ず我々の思想に共感してくれると私は確信している。」
「はぁ・・・。」
彼は曖昧な返事をする。
内心、納得していない感じなんだろうな。
もっとも、それが通常の反応だ。
何故なら彼は、“洗脳”の事実を知らないからである。
故に、相手がこちらに同調してくれる可能性はそこまで高くないだろうと考えたとしても不思議な話ではないが、私からしたら、こちらと対面した時点で、ほぼ勝ちが見えている状況なのである。
しかし、彼の反応でふと思ったのであるが、“能力者”達もその事に気付いていない可能性がかなり高い事に私は気付いていた。
仮に“能力者”達が“洗脳”の事実を知っていたとしたら、間違いなく彼らをこちら側と接触させる事をどうにか回避しようとする筈だからである。
もっとも、彼らの説得に難儀した可能性も否定出来ないが、だとしても彼らの力を鑑みれば、どうにかする方法はいくらでもあるからな。
それをしない、という事は、彼らでも知り得ない情報があった、という事だ。
これは、この先大きなアドバンテージとなるかもしれない。
そんな事を考え込んでいた私は、そんな私の姿に疑問を持ちながらも退室していく彼の事をすっかり忘れ去っていたのであったーーー。
・・・
『新人類創造計画』。
これは、既存のアクエラ人のDNAをもとに、新たに魔素に対する耐性、あるいは高い親和性を持つ生命体を生み出す構想であった。
もちろん、セルース人のDNAを組み込む事も可能だが、しかしそれだと、魔素に対する耐性や親和性においてネックとなるので、今回の場合は見送る事となった。
この計画が始まって最初に頭を悩ませたのが、どの様なDNAを組み込むか?、であった。
先程も述べた通り、魔素に対する耐性や親和性をより高めた生命体の創造であるから、もちろん惑星アクエラを原産とする生物がその対象となるが、そのどれを組み込むのがもっとも良いかの判断がつかなかったからである。
と、言うのも、我々がこの惑星にやって来てから主に進めていた研究は、魔素に関連する事ばかりであったからである。
もちろん、その過程で現地生物の研究データも蓄積しつつあっが、やはり同じヒト種であり、なおかつ魔素の具体的な運用方法を持っていたアクエラ人に目が向くのは、これは致し方ない事であろう。
これらの事から、セルース人の技術力と、アクエラ人の技術力を合わせた全く新しい技術、『魔法技術』、『魔法科学』が発展する事となったが、その一方で、現地生物の研究についてはまだまだ進んでいなかったのが実情であった。
とは言えど、先程も述べた通り、魔素の研究の過程である程度の現地生物に関するデータは存在したので、それを参考にする事とした。
もっとも、もっと詳しく調べれば我々の既知の生物よりも、より魔素に対する耐性や親和性を持っている生物が存在していたかもしれないが、ここで我々の老化という事実が重くのしかかってくる。
当然ながら、研究や解析には多くの時間を消費してしまう事となる。
この惑星の生物を全て調べていたら、その一割にも満たないところで我々の寿命が尽きてしまうのは目に見えていた。
そんな事もあって、私が着目したのが、アクエラ人達の脅威となり、実際セルース人達も苦戦を強いられた生物であるところの、“魔獣”や“モンスター”のDNAを組み込む事であったーーー。
『新人類』の創造は、比較的スムーズに事が運んだ。
もちろん私にとっても、動植物ならともかく、“人間”を新たに創造する事は初めての試みであったから不安な部分も存在したのだが、長年遺伝子工学に携わっていた事が幸いしたらしい。
最初に創造したのが、先程も述べた“魔獣”のDNAを組み込んだ人間だ。
“モンスター”に比べたら“魔獣”の方が、まだ容易にDNAを入手しやすかった、という理由もある。
それに、私の独自の見解だが、“モンスター”そのものが、すでにある種の突然変異の様な生命体である可能性を捨てきれなかったので、種類も多く、比較的与し易い“魔獣”の方を選んだのである。
この様にして、後に“獣人族”と呼ばれる“異種族・他種族”が誕生したのである。
もっとも、中には明らかな失敗作も存在したが、実験そのものはほぼ成功したと言っても良いだろう。
もっとも、まだハッキリと成功した、とは言い難い状況でもある。
と言うのも、彼ら『新人類』の創造には成功したが、当然彼らはまだ生まれたばかりであるから、その成長の過程で何かしらの不具合が出ないとも限らないからである。
確かに魔素への耐性や親和性が高くとも、それですぐに死んでしまっては元も子もない。
それに、こちらもいまだ不明な部分ではあるが、彼らが通常の生命体と同様に、繁殖する事が可能かどうかも分かっていないのである。
裏の目的としては、我々の新たな“肉体”となる予定である彼らが、出来損ないでは目も当てられない。
しかし、彼らの成長を待っていては、我々の寿命が先に尽きてしまう可能性もある。
やはりここは、一端『マギ』に管理を任せて、我々も再び“コールドスリープ”した方が賢明かもしれないーーー。
と、思っていたのだが、どうやら状況はあまり芳しくない様子であった。
と、言うのも、封印していた筈の“能力者”達が、どの様な手段を用いたかは定かではないが“コールドスリープ”から目覚め、活動を開始したらしいという噂話を聞き及んだからである。
しかも彼らは、こちら側に敵対する意思を見せ、なおかつ移民船団にて待機していた他の人員達も次々と目覚めさせているそうだ。
多くのセルース人にとっては、当然“ヒト”の創造はタブーであるし、惑星アクエラの実質的な植民地化についても、否定的である事は間違いないだろう。
かつては私もそうだったからな。
仮に武力衝突に発展したとすれば、もはや『新人類』の創造どころではない。
まして、“コールドスリープ”など行おうものなら、今度は我々が“能力者”達に封印されてしまう恐れもある。
もっともソラテスは、私の懸念に問題ないと答えた。
曰く、一般階級の者達を、こちら側に引き込む算段がある様なのだ。
確かに、我々の活動に一般階級の者達が理解を示したら、“能力者”達を孤立させる事は可能だろう。
少なくともそうなった時、客観的に見れば、どちらが反乱者であるかは明白である。
その為の“手段”にも心当たりがある。
かつての私に施した様に、“説得”をするつもりなのだろう。
これならば、確かに勝機はある。
少なくとも、時間的猶予を作り出す事は可能だろう。
それに、“能力者”が魔素の影響を受けにくいらしいデータは存在するが、とは言え全く影響がない訳でもないから、本格的にこの惑星で活動する為には、『魔法技術』、『魔法科学』の習得が必須条件だ。
そしてその技術を握っているのは、他ならぬ我々の側である。
もちろん、ある程度の流出は避けられない事態だろうが、それでも知識不足に技術不足、人員不足という事態となれば、本格的に事を起こすにはかなりの準備期間を要する事となる。
少なくとも、短期決戦で収まるほど、単純な構図ではなかった。
もっともこれには、一般階級者達の引き込みが絶対条件となるが、先程述べた状況から、その目算はかなり高いのである。
ただ、“能力者”の力を侮る事は出来ない。
私は『新人類創造計画』に掛り切りになってしまうので他の事に手を出せない状況ではあるが、“能力者”達に宇宙船や衛星基地などの施設を抑えられる可能性を考慮すれば、こちらも本格的にこれまでの知識や技術を結集した施設を建造する必要があるだろうな。
そう考えた私は、早速その旨をソラテスに伝える事としたのであったーーー。
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