『英雄の因子』所持者の『異世界生活日記』 4
続きです。
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再び目覚めた時、状況は劇的に変化していた。
と、言うのも、(一部の)アクエラ人達の文明が急激に進歩していたからである。
聞けばその変化は、我々セルース人達が関与した結果なのだという。
私はその事に驚きを禁じ得なかったが、説明を受けて納得していた。
結果から言えば、我々セルース人の惑星アクエラへの入植の実験、つまり『アクエラ入植計画』は失敗に終わったそうだ。
我々セルース人が元々持っていた技術に加え、“先史宇宙文明”の遺跡類から獲得した“バリア機能”を持ってしても、魔素の影響を阻む事が出来なかったからである。
生身でもダメ、宇宙服やバリア機能付きの施設でもダメとなると、我々セルース人達が惑星アクエラに生きる事は実質的に不可能に近い。
と、ここまでなら、せっかく発見した理想的な惑星と言えど、我々はこの惑星を諦めざるを得ない、という結論に達する事だろう。
ところが、実験そのものは失敗に終わったものの、その活動そのものは無意味ではなかったのである。
何故ならば、アクエラに住む人類、アクエラ人の秘密に踏み込む事が出来たからである。
すでに観測結果や、私自身も経験した事ではあるが、この惑星の環境は非常に厳しい。
いや、気候とか構成物質的な話ではない。
むしろ惑星アクエラの環境は、暑すぎず寒すぎず、生命の源である水も液体として存在する、我々の様な生命体にとってはある種理想的な環境と言っても過言ではない。
しかし、人類にとって過ごしやすい環境と言う事は、つまり他の動植物にとっても楽園の様な環境でもある事の裏返しでもある。
そして、この惑星には、非常に強力な生命体が多数存在しているのである。
我々はそれを、便宜上“魔獣”や“モンスター”と呼んでいるが、それなりに強力な武器や兵器、“能力”さえ持っている我々セルース人ですら苦戦するそれら生物達は、我々に比べたら文明力の劣ったアクエラ人達にとっては脅威以外のなにものでもないだろう。
つまり、生存競争としての環境が厳しいのである。
生存競争において、弱肉強食、あるいは選択と淘汰が起こるのが普通の事である。
弱い生き物は(あるいは肉体的には優れていたとしても環境に適応出来なかった結果)いずれ駆逐される運命にある。
つまり、今現在まで生存している事が、その種の“強さ”を現している、と言っても過言ではないのである。
では何故、これほど強力な生物がそこら中に跳梁跋扈する世界でアクエラ人達は生き残ってこれたのか?
強力な爪も牙もなく、我々の様な武器や兵器、“能力”もなく、である。
その答えが、魔素にあったのである。
魔素を利用する事によって、基本的には我々とそう大差ない身体能力であるアクエラ人も、超人の様な身体能力を発揮する事が出来る様だ。
中には、単独で魔獣やモンスターを倒せる猛者もいるそうである。
それ自体も非常に興味深い情報であるが、我々にとってもっとも重要なのは、つまり、魔素をコントロールする術がある、という事の方だ。
一見すれば危険極まりない物質であっても、コントロールする事が出来れば一転して有益になる事も珍しい話ではない。
例えば、古来から存在する毒は、コントロールする事によって薬にもなるし、“霊子力エネルギー”を獲得した我々にとってはもはや前時代的なエネルギーであるが、原子力なんかも、兵器として利用すれば大量破壊兵器、あるいは放射能を撒き散らす厄災と成り得るが、しっかりとコントロールさえすれば、有用なエネルギー源であった。
つまり、魔素もコントロールさえ出来れば、我々に対する悪影響を封じ込める事が出来るかもしれないのである。
むしろ、“霊子力エネルギー”とはまた別側面で、有用なエネルギー源となるかもしれないのである。
しかも、一からその方法を探るのではなく、すでにそれを活用している実績が目の前にあるのだから、惑星アクエラを放棄する判断は、時期尚早と言わざるを得ないだろう。
こうした事もあり、魔素のコントロールの術を学ぶべく、アクエラ人達との交流にシフトした訳である。
いや、もちろん奪い取る事も出来たかもしれないが、それは確実に生態系に影響を与えるだろうから論外であるし、ならば積極的に関与する事によって、逆に生態系への影響を最小限に抑えよう、という意見は至極もっともな話だろう。
その過程で、そもそもアクエラ人達がいなくなっては困る、という訳で、その生存率を上げる為に、こちらの技術を少し伝えた様である。
彼らの信頼も勝ち取れる、一石二鳥の方法だった訳だ。
その甲斐あってか、魔素の研究は劇的に進んだ様である。
と、同時に、我々から学んだ知識を持って、アクエラ人達の文明や生活水準も大きく向上した、という流れだった訳であるがーーー。
・・・
「・・・このように、魔素の研究は、今や破竹の勢いで進んでおります。その中で分かった事を、私なりにまとめてみました。こちらを御覧下さい。」
アクエラのコロニー内に存在する講堂の様な場所にて、ソラテス・ウィンザーは熱心な説明を行っていた。
対面には、かなりの数の座席が存在しており、実物やモニター越しに大学の講義よろしく、移民船団の主だった面々が彼の説明を興味深げに聞き入っていた。
「この“呪紋”は、所謂プログラムの一種だと考えられます。これを介する事で、アクエラ人の肉体に影響を与えます。具体的には、病気に強い肉体をなったり、頑強な肉体になったり、更には、超人的な知能、肉体を持つ事すら可能の様ですね。」
ソラテスは、アクエラ人達の刺青と実際に動いてる場面、それに、客観的に比較したデータなんかも次々と映し出していった。
「「「「「おおっ・・・!!!」」」」」
それに、そこに集まった者達はどよめきを上げる。
この場に集まっている者達は、科学者や研究者など、様々な知見を有する者達であるから、データから示された値だけでも“呪紋”の施された者達の身体能力の異常性にすぐに気付いていたのである。
まぁ、それに実際の戦闘データも動画付きで見れる訳だから、視覚的にも分かりやすかったのであるが。
これだけのデータが示された以上、“呪紋”、すなわち、魔素を利用する技術がある事はもはや疑いようがない。
「・・・それでソラテス主任。その“プログラム”の解析、あるいは解読は進んでいるのかね?」
ただ、彼らセルース人達にとって重要なのは、それが自分達にも応用出来るか?、という事の方である。
だから、そこに参加していた者の一人の発言に、一斉にソラテスに注目が集まる。
「それについては、正直まだ道半ばであります。それと言うのも、我々はいまだアクエラ人達の言語を完璧に習得していませんし、そもそも“文字”とここに掘られている紋様は一緒ではない可能性も高い。つまり、単純に我々の言語を同じ様に配列したとしても、同じ効果が見込めない可能性があるのです。例えるならば、我々が日常で使っている文字と、コンピュータプログラムに用いてる言語は全く異なるのと同じです。」
「なるほど・・・。」
「ただ、おそらくですが、この“呪紋”をそっくりそのままコピーする事によって、アクエラ人達が獲得している身体能力や効果を、我々セルース人が獲得する事は、多分可能です。」
「何故だ?もしかしたら、施術そのものに、何か秘密があるかもしれないだろう?」
「いえいえ、すでに動物実験をしているのです。その結果、我々、正確には人工知能が、ですが、施術しても、同様の効果が見られました。ですから、それをそのままセルース人に施術したとしても、おそらく成功する可能性は極めて高いのですよ。もちろん、倫理的にも人道的にも皆様に無断で行うつもりもありませんし、そもそももっと研究が進めば、これ以上の効果を見込める可能性もありますので、現状では人への施術はあまり意味はありませんがね。」
「なるほど・・・。」
新薬の実験などでも動物実験は珍しくないので、すでにソラテスらが動物実験の成果を持っていた事に対する疑問は生じなかった。
もちろん、すでに人体実験に踏み込んでいたとしたら、大問題ではあるのだが・・・。
「と、そんな訳で私から皆様にお願いと提案が御座います。」
「「「「「・・・。」」」」」
「現状でも魔素の研究はかなり進んでおりますが、それでもやはり人手不足感は否めません。我々の仲間は優秀な者達も多いですが、やはりそれぞれ専門も違いますからね。そこで、言語学に秀でた人々やコンピュータプログラムなんかに詳しい専門家の人々は、我々の研究に合流して欲しいのですよ。」
「・・・なるほど。餅は餅屋、という訳だね?」
「ええ。」
以前にも言及した通り、魔素の悪影響を受けた関係でセルース人のほとんどが“コールドスリープ”状態で待機している。
その中には、言語学やコンピュータプログラムに詳しい人材も含まれていたのであった。
ソラテスの要請に、その場にいた者達は納得の表情を浮かべていた。
「それと、もう一点は、他の現地人、アクエラ人達との交流の幅を広げるのを承認して頂きたい。」
「「「「「なっ・・・!?」」」」」
「・・・それは・・・。」
だが、次なるソラテスの発言には、その場にいた者達からどよめきが生まれていた。
「もちろん、皆様のご懸念も分かります。我々がアクエラに関与し過ぎると、生態系への影響や果ては惑星環境そのものに悪影響が起こる可能性もありますからね。しかし、それでもサンプルは多いに越した事はない。」
「・・・それは、そうだな・・・。」
「我々が関与したのも、まだまだ一部の部族でしかない。彼らの言語や技術がアクエラの全てではないだろうし・・・。」
「しかし、過度な干渉は、彼らへの技術革新、果ては環境破壊に繋がるのではないかね?」
「しかし、このまま手をこまねいていても、いずれ頭打ちになるかもしれんぞ?」
「だがっ!」「しかしっ・・・!!」
白熱する議論の中、渦中のソラテスは冷静に再び口を開く。
「あぁ〜、オホン。先程も述べた通り、皆様のご懸念は私も理解しております。しかし、ここでも魔素の特異性が重要な鍵となります。言うなれば魔素は、この惑星における自然由来のエネルギー源です。我々が木炭を、石炭を、石油を、原子力を使うとのは訳が違う。もちろん、我々がそれらの技術を伝えれば話は変わってくるかもしれませんが、あくまで我々の研究目的は魔素にありますから、それを扱う限り、この惑星への影響は軽微であると言えるでしょう。言うなれば魔素は、太陽エネルギーや風力、水力などと同様の、再生可能エネルギーなのですよ。」
「「「「「あっ・・・!」」」」」
「そうでなくとも我々は、かつての教訓がある為に変化を恐れる傾向がありますが、仮に我々が干渉しなかったとしても、すでに魔素を利用する技術が存在する以上、いずれアクエラ人類は文明的に大きく発展する可能性は高い。しかし逆に彼らには我々の様な教訓はありませんから、いくら自然由来のエネルギーとは言えど、無茶をして惑星環境に多大なダメージを与えてしまう可能性もある。ならばあえて我々が関与する事によって、そうならない未来を選択する事も出来るのではないでしょうか?」
「「「「「・・・。」」」」」
言うなれば、ソラテスが主張しているのはこの惑星を完璧に“管理・運営”する事であった。
ソラテスの発言に、その場にいた者達はアクエラ人類に比べて超高度な文明力を持つセルース人達なら、もしかしたら可能なのではないかと錯覚する。
彼らセルース人達は、もしかしたらある意味熱に浮かされていた状況なのかもしれない。
しかも、セルース人達には、具体的にそれを出来る代物も存在していたのである。
「・・・し、しかし、それはあまりに傲慢な考え方ではないかね?確かに我々の技術力はかなりのものであると自負してはいるが、あくまで我々は“人間”だ。“神様”の様に、永遠にこの惑星に君臨出来るとでも?」
「・・・確かに。一度管理を外れてしまったら、暴走する事は目に見えている。それについては、もう一度議論すべきではないだろうか?」
「・・・そうであるな。しかし私は、個人的には交流の幅を広げるのは賛成だがね。」
「もちろん、結論を急ぐ必要はありませんよ。私はあくまで、可能性の一つを提示したに過ぎませんからね。しかし、一点、我々には大きな味方がいる事を忘れないで頂きたい。」
「「「「「・・・???」」」」」
「『大賢者マギ』。“先史宇宙文明”の遺跡類から発見され、我々をここまで導いてくれた人工知能、ですよ。」
「「「「「あっ・・・!!!」」」」」
彼らセルース人達は、“先史宇宙文明”を遺していった異星人との直接的な面識はない。
しかし、そんな彼らが、短期間の内に“バリア機能”や“ジャンプ機能”、つまり“ワープ航行”の技術などの超技術を獲得出来たのも、謎の座標を直接与えたのも、他ならぬ人工知能なのである。
また、セルース移民船団の旗艦である『エストレヤの船』に搭載されている人工知能も、他の船に搭載されている人工知能も、“先史宇宙文明”の遺跡類から発見された人工知能の流れをくんでいる。
当然ながらこの惑星にやって来るまでに、彼らの体感的にはそこまでの時間経過はないが、ワープ航行技術があったと言えど、本来はかなりの時間が流れている。
しかし、それなのに今現在でも問題なくその人工知能が稼働しているのは、この為であった。
いくらセルース人達の技術力と言えど、本来“機械”であれば、年数が経つにつれて、経年劣化や不具合が生じるものだが、“先史宇宙文明”の人工知能にはそうした点は見受けられなかった。
何故ならば、これらには自己修復機能などが備わっていたからである。
案外、“ワープ航行技術”などの超技術に目が行きがちであるが、“先史宇宙文明”を築いた異星人達の置き土産としてセルース人達に一番大きな貢献を果たしているのは、この人工知能なのかもしれない。
自己修復機能を持つ機械。
つまり、理論上、滅びる事のない存在。
しかも、実際に“先史宇宙文明”を築いた異星人達が、いつ惑星バガドに例の遺跡類を造ったかは定かではないが、少なく見積もってもかなりの年月が経っている筈だから(当然ながら、例の遺跡類の年代測定は調査済みだ。もっとも、正確なところは結局分からなかった様だが、おそらく数千年単位は経っているらしい。)、その間も問題なく過ごしている事を鑑みると、事“管理・運営”という意味では、これほどまでに適した存在もないだろう。
ソラテスの言わんとする事を、その場に集まっていた者達も遅ればせながらに察した。
しかし、結局結論は有耶無耶にする事とした。
何故ならば、少なくとも、まずは自分達がこの惑星に無事に入植する事が出来ない事には、“管理”も“運営”もないからであった。
「と、とりあえず、その話はまた今度にしよう。いずれにせよ、まずは魔素のコントロール技術をしっかりと確立しない事には、我々の入植も何もないのだからね。」
「そう、ですな・・・。」
「ああ・・・。」
「ええ、もちろんです。では、とりあえず、先程も申し上げた通り、今後の研究の為にも、他のアクエラ人達との交流を進めたいのですが、そちらに関しての反対意見はおありでしょうか?」
「「「「「・・・。」」」」」
あまりの衝撃的な事実に、その場に集まった者達は一瞬思考が停止していた。
いや、もちろん、ちらほらと反対意見、懸念事項を再度述べる者達もいたが、明らかに精彩を欠いていた様に見える。
しかし、これも無理からぬ事であろう。
何故ならば、この場に集まった者達は、紛うことなき“エリート”達だったからである。
彼らは自負している。
惑星セルースが居住不可能な場所になった後、衛星基地やコロニーを維持・管理していたのは紛うことなく自分達であると。
彼らは自覚している。
自分達はセルース人達を代表する“頭脳”の集まりであると。
そんな彼らの目の前に、今、惑星を管理・運営をする考え方が明示されたのである。
とかく人は、“成功体験”に引っ張られてしまう悪癖がある。
もちろん、“成功体験”自体は、人が自信を身に着ける上で、成長する上でも重要な要素である。
しかし、あくまで“成功体験”は、成功した体験でしかない。
つまり、一度成功したからと言って、その方法を次回も使ったとしても、当然ながら上手くいく保証はどこにもないのである。
故に、人の成長や自信に繋がる要素ともなるが、過去の経験・知識が生かせない状況下でも、過去の成功体験を手放せず、それに縛られて、自分の能力を過信し、傲慢になり、アドバイスや現実を受け入れ難くなり、新しい考えを取り入れる事が遅れがちになったりもするのである。
そして、今の状況だ。
問題となった点(魔素)の改善の兆しが見え、なおかつ、衛星基地やコロニーなどの、人工的な建造物の中で人々が生活する環境を実際に管理・維持してきた彼らにとっては、もしかしたら、この惑星もそうする事が出来るのではないか、と考えてしまった訳である。
当然ながら、惑星と衛星基地、コロニーとでは、その規模が段違いである。
しかも、あくまで自分達の都合の良い様に造られた建造物とは違い、惑星上には“自然”という不確定の要素も存在する。
だが、それでも“もしかしたら”と思ってしまった要因は、人工知能の存在であった。
故郷の惑星を、自らの過ちによって壊滅的な被害をもたらしてしまった者達の子孫としては、歴史にもしはないが、もし仮に同じ様な事があったとしたら、もっと上手くやれたのではないか?、滅びを回避する事が出来たのではないかと?、と思ってしまうものだろう。
そして、その状況が、数奇な運命と共に目の前にやって来た訳である。
さて、その後、ソラテスの提案は了承され、他のアクエラ人達とも広く交流を持つ事となった一部のセルース人達であったが、彼らはその傲慢な考えのもと、徐々に暴走していく事となったのであるがーーー。
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